17

 少年は、頭をがつんと殴られたような気分になった。

 ドラコの腹で、泣いているノーム。

 仲間が仲間を殺すだなんて、残酷すぎると、彼は、ノームを止めようとする。

 ……が、そのとき、まったく別の声が、三人の中に割り込んだ。

「えぇっ! のぉむ、んじゃうのっ!?」

 三人は、暗い表情も忘れて、まぶたを広げた。その声がしたほうを見上げる。

 ダンジョンの天井辺りに、それはいた。

 小さな羽を羽ばたかせている、手のひらサイズの冒険者――フェアリーだった。

「おぉっ、フェアリー!? 無事だったか!」

 と、少年が声をかける。

「うん、ぶじだよぉ」

 フェアリーは旋回しながら、三人の真ん中辺りにまで降り、滞空した。

 こんな小さい体の彼女が、ひとりダンジョンに放り出されて、大丈夫か? ――と、少年は思っていたところだったし、すこし明るい気分になった。

「フェアリー様、再びお目にかかれて嬉しいです! これも、女神様のご加護ですね」

「うんっ! あたちもうれちぃ! だからぁ、あのねふたりとも」

 フェアリーは、ノームとドラコをそれぞれ指差しつつ、ぐるぐる体で渦を作った。

「じぶんから、ぬって……そんなこと、言っちゃだめだよぉ」

「フェアリー様……!」

 ノームは、赤い目を見開いた。

(おぉ……っ。そ、そうだよな。フェアリーも、なかなか良いこと言うなぁ……!)

「――どうせぬんだったらぁ、あたちに、やらしぇてほちいなぁ~っ☆」

 と、フェアリーは弾んだ声で言った。

 そして、体を高速で回転させはじめる。

「は……?」

 彼女のダンスの中に、何かするどいものが光を反射して輝いた。

 羽か、あるいはアクセサリーか――と、少年は思った。

 が、ドラコには違うものが見えたらしい。

「……危ない!」

 ドラコが、独楽みたいに回っているフェアリーをはたいた。

 短く叫び声を上げ、フェアリーが吹っ飛ばされる。

「ぐ……あぁぁっ!?」

 しかしドラコも、同時に低くうめいた。

 彼の手首から先が、なくなっていた。それは、物みたいに、力なく床に落っこちる。

「なっ……!?」

 血は出ていない。

 切断面は鏡のように滑らかで、凸凹ひとつなかった。

 だが痛みまでないというわけではないらしく、傷口を押さえ、さすがのドラコもしゃがみこんでしまう。

「ドラコ!? 大丈夫ですか!」

 と、ノームが回復呪文を詠唱しはじめる。

 ドラコは、それでも、そうとう我慢強いらしい。ぶるぶる震える手で、自分の手首を拾い上げ、もとの所にあてがっていた。

「うぐ、ぬ……っ!」

 膝をついている彼の姿に、少年は、自分の肝が冷えた。

(え? これ、フェアリーがやったのか……!? まさか、なんで……!)

 考える間もなく、数メートル先で、フェアリーがまた飛び上がる。

「いったぁ~! もぉ、なにするのぉ? ちぇっかく、あたちがやってあげようと思ったのにぃ?」

 羽先がちょっと折れ曲がっていたが、フェアリーは、ごくごく健康な様子だ。

 ただ、後ろ手に刃物のようなものを持っている。

 それが彼女の5、6枚目の羽になったみたいに、背中から飛び出して見えた。

「ちゃんと、ジっとちてなきゃダメだよぉ? あ、あたちのことは気にちないでね。いままで黙ってたけどぉ、こういうのちゅきなんだ♪」

 満面の笑みで、少年たちに笑いかけた。

「他の人を殺すのが。……ねっ♡」

「ひっ……!」

 まだ、魔王に攻撃されたほうがマシだったかもしれない。少年の心臓が、キュッと縮まった。

「……逃げるぞ!」

 ドラコの大声に、少年とノームは我に返った。

 盾を構えたドラコにしんがりを任せ、曲がり角を曲がるまで、少年とノームは走る。

 ドラコの盾の影に隠れ、三人はしゃがみこんだ。

「はぁ、はぁ……ぐっ……!」

「ドラコ! まだお怪我が!」

 まだつながりきっていないドラコの手首へと、ノームが回復呪文をかける。

「くそっ……なんなんだ!? フェアリー、あんな凶暴な奴だったのかよ……!」

 そうぼやくうちに、フェアリーは曲がり角を通って、少年の視界に現れた。ニッコリ笑って、方向転換してくる。

 ドラコは、盾を構えるだけで精一杯。

 ノームは回復呪文で忙しい。

 フェアリーは、刃物を持ってまっすぐ突撃してきている。

 その相手ができるのは、もう自分しかいない――

「……くそっ!」

 少年は、覚悟を決めて盾から飛び出した。フライパン二本を、小さな盾のように構える。

「ヒューマン様!? どうされたのですか、危険です!」

「……大丈夫です。俺にだって……何かさせて下さい! ふたりだけにいいカッコされるなんて、俺は嫌ですよ!」

 と、カッコつけた台詞を吐く。

 前傾姿勢になり、つま先でダンジョンの床を蹴った。

 だが。

 少年は、いざ高速で接近するフェアリーを前にすると、それだけで小便を漏らしそうになる。

「うっ……!」

 すばやく飛び回り、ぎらついた刃物を操る。人殺しに、ためらいもなさそう――そんな、分の悪すぎる敵だった。

 真正面から戦えば、あっという間に殺される。ゲームで鍛えた彼の勘が、そう告げていた。

(何かないのか……手は!)

 腕力も、頑丈さもなく、呪文もない。

 そんな最弱職業の観光客ツーリストにできることは少ない。少年は、文字通り、フェアリーとダンジョンを見ることしかできない。

 ――しかし、それで充分だった。

「……見つけたっ!」

 少年は、前に跳んだ。

 ダンジョンの壁や床には、ときおり「隠し扉」とか、「隠しボタン」とかいうものが置かれていることがある。

 ゲームの中で、そういった隠し要素を探すのに慣れすぎた彼は、壁や床に「違和感」があれば、敏感に察知するだけの視力を身につけていた。

 少年の斜め上、ダンジョンの壁――そこに、鎖のつながった取っ手のようなものがぶら下がっているのを、彼は見つけた。

 跳躍し、指の先がかろうじてその取っ手に届く。

「間に合えええええええっ!」

 取っ手の先を絡めとり、思い切り引っ張った。

 その瞬間、天井に格納されていた鉄格子が外れる。耳障りな音をを立てて、格子が床に落下した。

「やった!」

 それは、鉄格子によってモンスターの襲撃などを阻める、といううれしいギミックだったらしい。

 これで、フェアリーは来れない。そう確信して、少年は喜ぶ。

 が、その安堵は、あまりにも早すぎるものだった。

 フェアリーは、体をぐるんと回転させた。その刃物を、投げ放ったのだ。

 複数の刃を回転させながら、高速で突進する流れ星――それは、手裏剣だった。

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