16

「このままでは、次に死ぬのはドラコだ」

 ――女神が、そう言ったらしい。ということを知らされて、少年は、そして当のドラコも、ノームの前で固まった。

 いやな沈黙が流れる。

「……そ、そんな!」

 少年は、やっと口を開いたが、それでも、それ以上なんと言ったらいいのか分からない。

 少年は、もやもやとしていた。

 次に死ぬのが、自分じゃなくて良かった……と思ってしまって、どこかほっとしている彼もいたが、かといって、仲間のドラコが死ぬと言われて落ち着いてはいられない。

「どうして、ドラコさんが……っ」

 言いながら、その言葉の意味のなさに、少年は自分で寒気を覚える。

(バカか俺は。マシなこと、せめて、何かもっと……!) 

 ポケットの中で、少年は見えないようにこぶしを握った。

「……で、でも。あの女神、ぶっちゃけ、なんかおかしくないですか?」

 ノームとドラコが、ちらっと彼のほうを見た。

「もともと、風邪が治んないなんて、ちょっと胡散臭かったですし。もしかしたら……ノームさんに、う、ウソでもついたんじゃないすか?」

「……もしかしたら、そうかもしれませんね。女神さまがウソをつかれるなんて、あまり考えたくありませんけど」

 ノームは、ちょっと寂しそうに笑い返した。

「私、朝は、自害しようと考えていました」

「……!」

 ドラコは、少年は、目を見開いた。

 そんな言葉は、笑顔に似合わないはずなのに――と、少年は思う。

 けれど、あんまりけろっとしているので、いまの少年のほうが、よほど酷い表情なのは確実だった。

 恐ろしいことに、その時のノームの表情は、とても――少年が見た中で、いちばん惹きつけられる笑顔だった。

「でも私、ウソはついてません。絶望なんか、したワケじゃないんです。ただ、そうすれば、皆様のお役に立てるかと思っただけで」

 ノームは立ち上がって、ローブについた埃を払う。

 ドラコが、はっと肩を持ち上げた。

「ノーム! 私は、早まるなと言ったはずだ……」

「ええ」

 ノームは、ドラコの手を握った。

「お二人に止めていただいて、私、うれしかったです。本当は、自刃する勇気なんてありませんでした。ヒューマン様のナイフを見たら、それだけで身がすくんでしまって」 

「じゃ、じゃあ……」

 少年は、「良かったです」とか言いそうになる。

 ……が、それをぐっと飲み込んだ。 

 そんな、小学生のような単純な感想を言ったら、馬鹿に思われそうだった。 

 それに、もしノームが自殺しなくても、ほかの冒険者が犠牲になる。

 けっきょく、話は振り出しに戻るだけだ。

(そんなの、良いわけねぇじゃん……!)

 黙った少年を、ノームが下から見上げた。

「どうかしましたか、ヒューマン様。お手洗いの我慢でも?」

「俺を、トイレ我慢キャラにしないで下さい!」

 言い返すと、ノームはやはり笑った。

(くそ、何かできないのか、俺は……!)

 少年は、脳を絞るように考える。

 ダンジョンRPGには、人一倍くわしいはずなのに。肝心な時に鍵って、役に立ちそうなことは何も思いつけない。

「でも……ドラコが次に犠牲になると知って、私、こんどこそ決心がつきました」

 ノームは、ドラコの手を離した。

「私はドラコのために、先に逝きます」

 と、微笑む。

 少年も、ドラコも、暗いダンジョンに閉じ込められたような顔になった。

「バカな事を……。そんな事をしてどうなる!」

「私が逝けば、ドラコ、少なくともあなたは生き残ります。それは、大きな成果です。あなたは、ご自身の命が大切ではないのですか?」

 それはこっちの台詞だ――と、少年は思ったが、ノームのはっきりした言い様に、気おされて言えなくなってしまう。

「ノーム……私を、これ以上、騎士として失格にするつもりか。お前まで失えば、私は……」

 ドラコは、喉から絞りだすように言って、ノームの手首を掴んだ。

 だが、ノームは、その手を振り払う。

 大柄なドラコの手と、ノームのちいさな手が、まるで逆になったみたいだった。

「ごめんなさい……」

 ノームは、頭を下げた。

「でも、七人の中で、いちばん強いのは王宮騎士団長のあなたです。あなたを失えば、魔王を倒せる可能性は、ずっと少なくなる」

 少年は、ハッとした。

 確かに、防御力にすぐれ、敵の前に立てるドラコは貴重だ。

 ゲームなら、少年も同じ選択をしたかもしれない。

 けれど、これはゲームではない。

「騎士だからこそ……私は、女を先に死なせることなどできない」

「本当に、それでいいのですか。ドラコ」

 ノームは、落ち着いた声で告げる。

「私の知っている貴方は、公私混同をする方ではないはずです。私ひとりの犠牲で、魔王を倒せるなら……私は本望です。力ない私の代わりに、魔王を倒してください」

「ノーム! 私は――」

 何か言おうとするドラコに、ノームが激しくしがみついた。

「ひとつ、お願いしてもよろしいでしょうか。最期はせめて、あなたの手で……。ドラコ、私を逝かせて下さい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る