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「女神様。なぜ、あのようなことをおっしゃられたのですか……!?」

 ノームがダンジョンの床にしゃがみこみ、瞑想すると、彼女の意識は女神のいる領域にまで飛んでいった。

 現れた女神の前で、ノームはひざまずき、しかし、尋ねる。

 女神は相変わらず、体を休めているらしい。正座で、じっとしている。

「私は病気だ。そう言ったはず。治療の、邪魔する気?」

「も、申し訳ありませんっ」

 ノームは、両こぶしを額にこすりつけて謝った。ロリは、ため息をついて手を振る。

「……で、『あのような事』って?」

「はい。あの……皆様の命を……絶て、というお言葉のことです」

 ノームは、やっとそう言った。

「私は、アドバイスをした。別に強制するつもりはない。それに……ほかに手はなかった。これもぜんぶ、魔王って奴のせい」

 女神は、悪びれるでも、申し訳なさそうにするでもなく、眠そうな目をこすっている。

 ノームは、胸が苦しくなった。

「……それが分からないのです。女神様は、この世界の創造者だと伝えられました。私もそう信じています。しかしそれなら、なぜ魔王という者が、ダンジョンが、モンスターが、私たちの前に現れるのですか? あなた様なら、そんな悪の存在しない世界に、できるはずではないのですか!?」

 言ううちに、胸やけみたいなものがこみ上げてくる。彼女は胸を強く押えたが、それでも震えた。

「こんなことを申し上げて、本当にごめんなさい。でも――」

 女神はまた手を振って、ノームをさえぎった。

「ふむ……お前は、ずっとそれが言いたかったのか」

 女神は、ノームを値踏みするように見た。


 魔王の出現とともに、アンヴェルダには「病気」というものが、徐々に現れるようになった。

 神聖ロリ=リロ教会で、妹と共に教師をしていたノームは、そのことを風聞で知った。

 そんな得体の知れないものにかかった患者は、気味悪がられて遠ざけられるのが常だったが……。

「お姉様、あの部屋です」 

 ある日、二人は、何日も外に出られていないという患者の部屋に入った。

 家族が怖がって逃げ出してしまって、患者は水も食事も与えられていない。ベッドの上でやせ細っていた。

 これほど酷い状態を見るのははじめてで、ノームはなんども同じ事を反芻した。

(どうして、この人がこんなに苦しまなくてはならないのかしら……?) 

 彼の手を握り、耳元で、

「大丈夫ですか!? 今、欲しいものをお持ちします」 

 姉妹は部屋の中を駆けずった。水と、果実をお盆に載せて、戻ってくる。

 患者が口を開くのにあわせて、手ずから水を飲ませ、果実を与えた。

 朦朧としていた患者だったが、おかげで、数時間後には喋れるようになった。

「あぁ……ありがとうございます、先生さん! なんだか、生き返ったような気分だ……!」

「私たち、お礼を言われるようなことは何もしていません」

 自分よりはるかに大きい体躯の患者に、ノームは笑顔を向けた。

 そして、妹とも笑顔を見合わせる。

「女神様は、いつもあなたの傍におられます」

 すこし生気の戻った患者の姿に、ノームは嬉しさを覚えた。

「また明日、参りますね」

 と告げて、姉妹で教会に戻る。

 けれど実際は、翌日に、姉妹で見舞うことはなかった。

 未知の病気が流行って、その地域の治安が悪くなっている――という事実を、ノームは気にしていなかった。

 せいぜい、悪くて物を盗られるていどだろうと。

 教会で、ちょうど強盗らしい集団が出てくるのに鉢合わせしてしまい、妹の命が奪われて――はじめて、彼女は苦痛を自分の身で味わった。

 

 ノームはうつむいたまま、女神へ言う。

「私の妹は……亡くなりました。けれど、私……最近かんがえるのです。私達が病人の方を助けたのも、妹が強盗の方に殺されたのも、じつは、同じことなんじゃないかって。他の方をお手伝いしたことに、変わりはないんじゃないかって……。その内に、冒険者として選ばれましたので、今はこうして皆様と共にいるのですが」

 女神は、だまって聞いていたが、

「お前、ほんとうに尋ねる気があるの」

「え……?」

「さっきから、自分ひとりだけで、ベラベラしゃべってる」

 女神は、風邪の赤い顔で言った。ノームのほうも、風邪がうつったように、少し赤くなる。

「そう……ですね」

「お前はもう、どうしたいかを決めてる。私が答える事なんか、何もない」

 女神は、暑そうに着物の首元をはためかせた。

「……でもおまけ。ひとつだけ、お前が知りたそうなことを教えてやる」

 女神は、チョイチョイとノームに手招きした。

 言われるがままに近寄る。と、女神は抱きつくくらいに口を寄せてきた。

 信仰している女神様に、ちょくせつ抱擁される――というのは、ちょっと漏らしそうなくらい、ノームには感動モノの体験だったのだが。

「今日、このまま鐘が鳴ったら、次に死ぬのはドラコだ」

「……!」

 そのささやきを最後に、ノームの意識は、自分の体へと急落下していった。

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