14
「女神様。なぜ、あのようなことをおっしゃられたのですか……!?」
ノームがダンジョンの床にしゃがみこみ、瞑想すると、彼女の意識は女神のいる領域にまで飛んでいった。
現れた女神の前で、ノームはひざまずき、しかし、尋ねる。
女神は相変わらず、体を休めているらしい。正座で、じっとしている。
「私は病気だ。そう言ったはず。治療の、邪魔する気?」
「も、申し訳ありませんっ」
ノームは、両こぶしを額にこすりつけて謝った。ロリは、ため息をついて手を振る。
「……で、『あのような事』って?」
「はい。あの……皆様の命を……絶て、というお言葉のことです」
ノームは、やっとそう言った。
「私は、アドバイスをした。別に強制するつもりはない。それに……ほかに手はなかった。これもぜんぶ、魔王って奴のせい」
女神は、悪びれるでも、申し訳なさそうにするでもなく、眠そうな目をこすっている。
ノームは、胸が苦しくなった。
「……それが分からないのです。女神様は、この世界の創造者だと伝えられました。私もそう信じています。しかしそれなら、なぜ魔王という者が、ダンジョンが、モンスターが、私たちの前に現れるのですか? あなた様なら、そんな悪の存在しない世界に、できるはずではないのですか!?」
言ううちに、胸やけみたいなものがこみ上げてくる。彼女は胸を強く押えたが、それでも震えた。
「こんなことを申し上げて、本当にごめんなさい。でも――」
女神はまた手を振って、ノームをさえぎった。
「ふむ……お前は、ずっとそれが言いたかったのか」
女神は、ノームを値踏みするように見た。
魔王の出現とともに、アンヴェルダには「病気」というものが、徐々に現れるようになった。
神聖ロリ=リロ教会で、妹と共に教師をしていたノームは、そのことを風聞で知った。
そんな得体の知れないものにかかった患者は、気味悪がられて遠ざけられるのが常だったが……。
「お姉様、あの部屋です」
ある日、二人は、何日も外に出られていないという患者の部屋に入った。
家族が怖がって逃げ出してしまって、患者は水も食事も与えられていない。ベッドの上でやせ細っていた。
これほど酷い状態を見るのははじめてで、ノームはなんども同じ事を反芻した。
(どうして、この人がこんなに苦しまなくてはならないのかしら……?)
彼の手を握り、耳元で、
「大丈夫ですか!? 今、欲しいものをお持ちします」
姉妹は部屋の中を駆けずった。水と、果実をお盆に載せて、戻ってくる。
患者が口を開くのにあわせて、手ずから水を飲ませ、果実を与えた。
朦朧としていた患者だったが、おかげで、数時間後には喋れるようになった。
「あぁ……ありがとうございます、先生さん! なんだか、生き返ったような気分だ……!」
「私たち、お礼を言われるようなことは何もしていません」
自分よりはるかに大きい体躯の患者に、ノームは笑顔を向けた。
そして、妹とも笑顔を見合わせる。
「女神様は、いつもあなたの傍におられます」
すこし生気の戻った患者の姿に、ノームは嬉しさを覚えた。
「また明日、参りますね」
と告げて、姉妹で教会に戻る。
けれど実際は、翌日に、姉妹で見舞うことはなかった。
未知の病気が流行って、その地域の治安が悪くなっている――という事実を、ノームは気にしていなかった。
せいぜい、悪くて物を盗られるていどだろうと。
教会で、ちょうど強盗らしい集団が出てくるのに鉢合わせしてしまい、妹の命が奪われて――はじめて、彼女は苦痛を自分の身で味わった。
ノームはうつむいたまま、女神へ言う。
「私の妹は……亡くなりました。けれど、私……最近かんがえるのです。私達が病人の方を助けたのも、妹が強盗の方に殺されたのも、じつは、同じことなんじゃないかって。他の方をお手伝いしたことに、変わりはないんじゃないかって……。その内に、冒険者として選ばれましたので、今はこうして皆様と共にいるのですが」
女神は、だまって聞いていたが、
「お前、ほんとうに尋ねる気があるの」
「え……?」
「さっきから、自分ひとりだけで、ベラベラしゃべってる」
女神は、風邪の赤い顔で言った。ノームのほうも、風邪がうつったように、少し赤くなる。
「そう……ですね」
「お前はもう、どうしたいかを決めてる。私が答える事なんか、何もない」
女神は、暑そうに着物の首元をはためかせた。
「……でもおまけ。ひとつだけ、お前が知りたそうなことを教えてやる」
女神は、チョイチョイとノームに手招きした。
言われるがままに近寄る。と、女神は抱きつくくらいに口を寄せてきた。
信仰している女神様に、ちょくせつ抱擁される――というのは、ちょっと漏らしそうなくらい、ノームには感動モノの体験だったのだが。
「今日、このまま鐘が鳴ったら、次に死ぬのはドラコだ」
「……!」
そのささやきを最後に、ノームの意識は、自分の体へと急落下していった。
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