13

 ほぼ同時刻、ダンジョンの第二階層で。

 オークの遺骸を踏み砕き、ハーフリンクは小部屋に侵入した。

 さっきまでモンスターが守っていたらしい、宝箱を見つける。

「おーっ、ビンゴ!」

 一人で指を鳴らす。箱を持ち上げたり、ゆすったり、そして鍵穴を覗き見たりして確かめた。

「うーん……これは、毒針かな?」

 念のため、革の分厚い手袋を嵌める。そして短剣を箱の隙間に差しこみ、毒針が飛び出さないようにしてから、今度は針金で鍵を解除した。

 宝箱の罠解除は、盗賊としてお手の物だ。

「うんうん、さっすがおいらだね! さて、中身は……っと!」

 しかし、ニコニコと上がっていた彼の眉は、一転、萎えた植物のように垂れ下がってしまう。

 そこに入っていたのは、わずかな銅貨と、袋に入った薬だけだった。

 すばやく背嚢に納めつつも、彼はがっくり肩を落とした。

「はぁ。ついてないなぁ……」

 ハーフリンクは、とぼとぼ小部屋を出た。

「ただでさえ、大損しちゃってるのに」

 ハーフリンクは、ため息を連打する。

 彼は、昨日、魔王から「聖なるルビー」という貴重品を盗めた。

 もともと、女神が授けたものなのだから、きっと高く売れたはず。

 ……しかし、今朝目覚めたら、なんと、そのルビーがこつぜんと消えてしまっていたのだ。

 ポケットの中も、辺りの地面も探し回った。が、けっきょく見つからずじまい。

 しばらく、小部屋に力なく座っている。

 だが、やがて、彼は頬をぴしゃりと叩いて立ち上がった。

(んー、でも、しょぼくれててもしょうがないや。さ、もっとカモを探さないと。一攫千金、一攫千金!)  

 敵を仕留めたばかりの短剣を構え、静かに歩いていく。

 カモはいつ、目の前に現れるか分からないのだ。

 ハーフリンクは、昨晩の夢のことを思い出していた。

(『他の冒険者の命を絶て』か。女神さまも、言うことが結構……いや、かーなり、えげつないよ)

 目と耳は周囲に張り付かせながら、頭の中で方針をまとめる。

(とはいえ、殺るとこを見られても困っちゃうなぁ。……ま、その辺は、上手く隠れてやろうか)

 彼は、たいまつの光を避けた。影を選んで、立ったり、屈んだり、身長を自由に調整する。

 短剣に、くちびるをゆがめ、歯を見せて笑う彼の顔が、映った。

「しっかし、ホントに女神なのかな……アレ? くくっ!」

 

「はぁ~、スッキリしたぁっ!」

 ぶるるっ、と羽を震わせると、水の飛沫が飛び散る。

 フェアリーは、ついさっき、ダンジョン内に小さな泉を見つけた。喉をうるおして、さらに水浴びまでしていたところ。

 しかし、水では癒えない渇きもあった。

(みんな、こないなぁ)

 妖精用の小さいローブを、その中に飛び込むように着る。キョロキョロと、通路を見回したが、人影はなかった。

「おみずのある所なら、みんなくると思ったのにぃー。はやくちないと、みんなんじゃうよぉ……」

 フェアリーは今朝方から、余計に仲間に会いたくなっていた。

 冒険者となる前は、酒場に居ることの多い生活だった。夜中じゅう、ほかの者と会わないことなど、稀だ。

 そしてなにより、昨晩の女神のこと。

 こんな状況で、他の冒険者と会わずに時を過ごすのは、我慢ならなかった。

 待つのは諦め、彼女は羽ばたく。

「はやく、みんなにあいたいなぁ~っ♪ ……あれぇ?」

 その時、フェアリーの耳に、遠くから叫び声が聞こえた。

 甲高い声だ。それが男性のものでないことだけは、すぐに分かる。

「うふふふっ」

 と、フェアリーは、その叫び声と同じくらい高い声で笑った。

(のぉむ? ふぇるぱぁかな? あっちに、いってみよ~っと)

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