10
見れば、ロリの口元に、一瞬前まではなかったマスクがかけられていた。心なしか、頬も赤くなっている。
少年は、おかっぱを掻き分け、ロリのおでこに触れた。そこは、かなり熱かった。
「お、おい、大丈夫か?」
「……大丈夫じゃない。私は少女」
ロリは、じろっと少年をにらんだ。
なんだか、会話が噛み合っていない――と、少年は感じる。
「いや、お前はどうみても幼女だろ……。て、そんなことはどうでもいいんだ。何でこんな大事なときに、風邪とかひいてんだよ!? 腹出して寝てたんじゃないだろーな!」
「なに。アンヴェルダには、いままで『病気』というのがなかった。だから、この身をもって、実験しようかと」
「アホか!」
すましているロリに対し、少年はツッコミを入れる。
いっぽう、他の冒険者たちは「風邪」が何かを知らなかったらしい。漫才の笑いどころも分からず、二人をぼんやり眺めていた。
「ともかく私は、まだ治ってない。でも本調子になりさえすれば、魔王の術を解き、お前たちをダンジョンから脱出させることもできる。と、思う」
「おぉ……!」
と、少年は思わずガッツポーズをした。
「あぁ、女神ロリ様……お優しい方! ありがとうございます」
ノームが目をつぶり、両手を握ってロリを拝んだ。他の冒険者も似たような反応だ。少年は、肩の力を抜いてほっとした。
「……あれ? でもさ、女神様」
と、ハーフリンクが女神にたずねた。
「女神様が本調子になるまで、一体あとどれくらいかかるんだい?」
彼の問いに、少年はハッとする。
(あ、そうだ。魔王のやつは、『一日一人死ぬ』っつったんだよな。だったら、あと一日以内に治ってくれないと……)
ごくりと、唾を飲み込む。
「ふむ……」
女神は、ちょっと苦しそうに、こめかみを指で揉んで、
「たぶん、あと2、3日くらいかかる。と思う」
――と、告げた。
「え……?! お前、いまなんて……!」
「だから2、3日、私が治るまで待て」 ロリは、耳まで赤くして、くらくらと頭を揺らした。
「いやいや、ねぇよ……。ロリ、お前正気か!? 2、3日も待ってたら、俺たち、2、3人は死んじゃうってことじゃん! 頼むから、気合で治せよ!」
少年は、思わずロリにつかみかかってしまう。
「お、お待ちくださいヒューマン様! 女神様に、そのような言葉遣いは……!」
ノームが、少年の肩に手を置く。
が、少年は、そして女神も、ノームを無視した。
「私は正気じゃない。病気」
高熱のせいなのか、ロリは腰をびくんと震わせて、大きく息をついた。
「はぁっ……。ともかく、冒険者たち。私が治るまで、がんばって生き残れ」
「がんばってって……!」
ロリの言い様に、少年は開いた口がふさがらない。
「し、しかし……それでは、あんまりにも酷ではないか!」
と、ドワーフが叫んだ。
「女神どのが治るまでの間、死ぬか分からん恐怖におびえろというのか!?」
「そうだよぉ、ロリしゃまもがんばってよぉー」
ドワーフとフェアリーが、少年の言いたいことを代弁してくれる。
「そ、そうだそうだ!」
だが、女神はあくびをするだけだった。
「……ムリなものはムリ。私、もう帰って寝る」
女神の体が、とたんに薄く消え始める。
(う、うそだろ……!?)
少なくとも、数人の冒険者が犠牲にならなければならない。
だとしたら、次に死ぬのは少年自身かもしれないのだ。
少年は、急に、女神がはじめて訪れた夜のことが、遠い昔のことのように思えてきた。
ダンジョンRPGがどうこうだの――
美少女のお嫁さんがどうこうだの――
それらはもう、はるか遠い異世界での出来事に過ぎない。少年は、内臓が地獄に沈むような痛みを覚えた。
「……あぁ、でも、もう1つ伝えておくことがあった」
消えうせる寸前、女神は元に戻った。
「お前たちにかけられた呪いだが、必ずしも、まいにち発動するわけではないらしい。だから、方法はある」
「え……!? な、なんだよ、そうなのか?」
そういうことは早く言え、と少年は思った。内臓の痛みが、急にすっと軽くなる気がする。
女神は、ぐるりと冒険者たちを見回して、
「お前たちが、なんらかの原因で死んだ場合……その日の間は、呪いが発動しないようだ。つまり、お前たちのうち、誰かの命を意図的に絶てばいい。そうすれば、その日の間は、他の者は無事で済む」
再び、女神の姿は薄くなり、消え始めた。
「冒険者たち。がんばって……生き残れ」
その声だけが夢の中に響き、そして女神は、冒険者たちの前から完全に消えうせた。
「あぁ……そんな!」
ノームが顔を覆い、泣き崩れる。ドラコは、あわてて彼女に駆け寄っていた。しかし、女神の消滅にともない、冒険者も、共通の夢から弾き飛ばされる。少年の目の前が、暗く染まっていく。
(『命を絶て』だって……!? 冗談じゃねぇ!)
薄れゆく世界のなか、少年は息を呑んで、冒険者たちの顔色をうかがう。
すると、ほとんど全員と目が合った。
七人全員が、顔を上げている。
七人全員が、ほかの六人を見ている。
体の中に氷を入れられたように、少年は肝が冷えるのを感じた。
(それって……他の冒険者を『殺せ』ってことかよ……!?)
その思考を最後に。
少年は、夢のない、暗い眠りへと落ちていった。
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