09

 夢の中の世界。

 そこには、いぜん少年がアンヴェルダにワープさせられた時と同じく、女神ロリがいた。着物姿で、じっと正座している。

 少年に気づくと、顔を上げた。

「おはよう。ヒューマン、ドラコ、ノーム」

 どうやら女神と冒険者たち、全員で共通の夢を見ているらしく、少年のそばにはドラコとノームがいた。

「お前たちで、最後だ」

 と、女神は後ろを指さす。

 そこには、他の冒険者たち――第二パーティの四名も立っていた。

「あぁ……っ! 皆さん、無事だったのですね! 良かった……」

 と、ノームが彼らのほうに駆け寄った。

 少年も声さえ上げなかったが、ほっとしたのはじじつ。

 エルフに続いて、さらに死者が出ていたら、目も当てられない。

「あぁ無事だ。たかが落っこちた程度で死ぬほど、ヤワじゃぁない」

 ドワーフが両腕を組み、三つ編みにしたあごひげを撫でた。

「それより、お前さんらは、三人一緒に落ちたのか?」

「ええ。ということは、皆様は……」 

「うむ。どうやらわしらは、バラバラに落っこちたようだ。特に、大怪我を負った者はいないらしいがな」

 ドワーフは、ちらっと第二パーティの面々を見やった。

「うん、おいらはドワーフのおっちゃんと違って身軽だからね。受身の取り方くらいばっちりさ!」

 と、ハーフリンク。

 もっとも、ドワーフに後頭部を殴られてしまい、すぐに「ばっちり」な表情ではなくなったが。

「ちょっ、おっちゃん! 殴ることないだろ!」

「なぁに、夢の中で殴っても痛いのかどうか、確かめようと思ってな」

 ドワーフはそ知らぬ顔で言った。

 そして、その二人の上を、羽虫のような影が飛び回っている。

「あたちは、パタパタ~って飛べるからぁ、落っこちても平気だよぉ?」

 と、甲高い声で報告した。

 それは虫ではなく、妖精族フェアリーの少女だった。

 確かに、今この瞬間も、彼女は背中の羽で宙に浮いている。怪我のしようもないだろう。

 最後に、獣人族フェルパーの少女もいたが、

「……」

 彼女は無言だった。もっとも、平気な顔をしているから、とくに大怪我はないのだろう――と、少年は察する。

「あぁ、良かった……本当に!」

 と、ノームが涙声で叫ぶ。

 すると、ドラコがノームの傍に寄り添い、彼女の肩に無言で手を置いた。ノームは自分の手をそこに重ねて、泣き笑いを見せた。

「……ロリ様、私達に力を貸していただきたい」

 ドラコは、兜を脱いで、女神ロリに頭を下げた。

「我々はひとまず無事とはいえ、それでも、陛下はお命を奪われた」

 その言葉を聞き、ドワーフとハーフリンクは言い争いを止める。

 フェアリーはぶんぶん飛び回るのをやめ、じっと滞空する。

 フェルパーも含めて、全員が、沈うつな表情になった。

「いまの我々には一刻の猶予もない。主の助けが、必要なのです」

 少年も、冒険者たちも、ロリをずらっと取り囲む形でじっと見守る。

「……おっけー。もちろん、力は貸す」

「ありがたき幸せ」

 と、ドラコが礼を言う。冒険者達はほっとした雰囲気になる。

 妙な所もあるとはいえ、ロリは、異世界へ人をワープさせられるほどの存在なのだ。

 これで、なんとかなる――と、少年は、ようやく人心地ついた気がした。

 ノームが、ロリにたずねる。

「では、ロリ様。まず、私達をこのダンジョンから出していただいてもよろしいでしょうか?」

 すると、女神が答えないうちに、ドワーフが口を出した。

「待て待てっ、出たからと言ってどうなる? 魔王とやらに、妙な術をかけられたのだぞ。まずそれを解いてもらわねば、わしらは全滅だ」

「……それは、両方ともムリ」

 女神は、目をつぶって静かに言った。

「な、なんだと!?」

 ドワーフは目を剥いた。

「魔王の力は、とても強力。私でさえ、閉ざされた扉を開けることも、術を解くことも叶わない」

「そんな……!」

 と、ノームが口を覆う。

 にわかに、他の冒険者もざわざわし始めた。

(マジかよ……女神でさえどうにもならないのか!?)

 少年は、動揺を隠せなかった。

 しかし、

「心配するな、冒険者たち。ムリとは言っても、それは今だけの話」

 ロリは脚をもぞもぞさせ、居住まいを正した。

 脚が痺れるなら、正座なんかするなよ――と考えつつも、少年は尋ねる。 

「どういうことだ、ロリ?」

「私は、いま風邪というものをひいている」

「……は?」

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