08

「……!」

 腕に当たる冷え冷えとした感覚に、少年は目を覚ました。

「ここは……!?」

 辺りは真っ暗――というわけでもない。微妙な薄明かりがある。

 かなり上方に、天井と、そこに空いた大きな穴が見えた。そこから微妙に光が差しているようだ。

「そうか、さっき落っことされたんだ」

 一階の松明か何かの明かりが、ここまで差している。となれば、ここは地下二階だろうと、少年は推測した。

「……くそっ!」

 少年は、瓦礫をこぶしで叩いた。

 ついさっきの、地下一階での惨状が頭に次々と浮かんでくる。

 ダンジョンの入り口が閉ざされたこと。

 エルフの死。

 魔王にかけられた妙な呪い。

 その上、他の冒険者と離れ離れにされ、上に登る手段もなく地下二階に突き落とされた。

 これがゲームだったら、すぐに電源を落としてリセットしている。そんな状況だった。

「ちっ、なんなんだよこのクソゲーは……! おい、誰か……誰かいないのか!?」

 少年は、そんな状況に耐えられない。暗闇に心をかき乱され、焦燥気味に叫んだ。

 辺りには、瓦礫しか見えない。

 が、大声を出しながらうろうろしていると、うめき声が聞こえる。

 駆け寄って見ると、そこには、横たわるドラコの巨体があった。

「ドラコさん! 無事ですか!?」

「……」

 ドラコは、顔をしかめてみせた。

「すまないが、瓦礫をどけてもらえるか」

「はい!」

 少年は踏ん張って、自分の体重ほどもありそうな瓦礫を、どうにか横にどけた。

「感謝する」

 ドラコは、気だるそうにゆっくりと仰向けになった。

 よく見れば、彼はノームを腹側に抱えている。どうやら、ドラコは彼女をかばいながら、落下したようだった。

「ノーム!?」

 ドラコがノームの頬を叩くと、彼女は目を開いた。

「うぅ、ん……? わ、私は……いったい……あ、ドラコ!」

「怪我はないか」

 ドラコが、ノームを立たせる。

「あぁ、ドラコ! 生きていらっしゃったのですね!」

 ノームが、ドラコの腹にはげしく抱きついた。ボロボロと涙をこぼしている。

「あなたにまで何かあったら、私は一体どうしようかと……!」

「私はどこにも行かない」

 ドラコは、ノームの肩に手を置いた。

 すると彼女の嗚咽はいっそう激しくなる。すすり泣きの音が無音のダンジョンの中にわずかに響く。

 大声で泣き乱したりはせず、子どものような泣き方だった。それがダンジョンの背景音楽BGMみたいに聞こえ、泣き声を聞かされても、少年はかえって落ち着かされるくらいだった。

「うぅ……あぁ、ドラコ、ドラコ……!」

 何かいたたまれないものを感じ、少年はばっと目をそらした。


 ノームは散々泣いた後、ようやく少年の存在に気がついたようだ。ぺこぺこ頭を下げ、ただでさえ女神ロリと同じくらいしかない身長が、余計に小さくなる。

「その……申し訳ありません、ヒューマン様。大変、お見苦しいところを」

「い、いえ……」

 少年の頬は微妙に熱くなっていた。

 ノームも同じかもしれないが、薄暗いせいでよく分からない。

(まぁ別に、人のこと詮索したくはないけどさ……)

 代わりに、彼は周囲を探索することにした。

 僧侶プリーステスであるノームが呪文を使い、魔法の光を点灯する。

 そして運よく、瓦礫に隙間があることを発見する。崩せば、瓦礫の外――ダンジョンの地下二階を探索することもできそうだった。

 とはいえ、今となっては、もう探索する意味などあるのかどうか。

 それさえ分からず、三人は瓦礫の中に腰掛けた。

「あの。エルフさんのこと……残念、でした」

 少年は、ぼそっと言った。

 と、ノームは、自分の目の周りをまた拭う。

「はい。エルフ様は、私たちのために……。とても、残念です。残念で……残念で、なりません」

 ノームは、手で空中に十字を書き、両手を握って祈った。

「それに、あの魔王という者の呪いも……」

 魔王という言葉に、三人は沈痛な面持ちになった。

 それっきり、誰も何も喋らない。

「陽が一巡するごとに、冒険者の命を奪う」――魔王は、確かにそう言ったのだ。 

 たっぷり、三年くらいは黙っていたんじゃないか? と、少年が思い始めたころ、ドラコが口を開く。

「女神に、伺いを立てるべきだ。まだ、方法はあるかもしれない」

「そ、そうっすね……」

 小さく、ぶっきらぼうなロリが、ちらっと頭の中に思い出される。少年は、くちびるをぺろっと舐めた。

 

 三人は、その場で寝ることにする。瓦礫の壁があるので、幸い、モンスターが入ってくる危険も少ない。

「……おやすみなさい」 

 手を枕にしても、床は固いままだった。

 少年は、寝られないかと思っていた。が、それでも疲れのせいか、ほんの数分で眠りの世界にいざなわれていく。

 意識が融ける最中、小さい話し声が聞こえる。

「――私は、一歩さえ動けなかった。騎士ナイトとして……失格だ」

「そんなことはありませんよ……! せっかく、ハーフリンク様がルビーを取り返して下さったのです。ここを出たら、お供えしましょう。……大丈夫、女神さまが守って下さいます」

 そして、耳を澄まさないと聞き逃してしまいそうな、衣擦れの音がした。

 それ以上、聞くのは悪いと感じたし、何よりまぶたが死ぬほど重い。少年は、その欲求にしたがった。

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