05

「え? ちょっ……!」

 少年は、たじたじになって顔をひっこめる。

「え、なにそのウブな反応。いいじゃん別に?」

「いや、それは色んな意味でまずいんじゃないかと!」

「色んなって……たとえばどんな?」「うっ……!」

 などと、二人が平和な会話をしているちょうどその時。

 ダンジョンに、人の悲鳴が響き渡った。自分の叫び声より大きい気がして、少年はぞくっとする。

「ダンジョンの入り口のほうから聞こえたな……。よし、みんな、行こう!」

 エルフが掛け声をかけ、進む。それに、少年、ドラコ、ノームも続いた。

 

「……な、なんだいあれは!?」

 ダンジョンの入り口付近で、四人は立ち止まった。

 いや、立ち止まらざるを得なかったのだ。

 そこには、巨大な悪魔がいた。

 頭から二本の角を生やし、かぎ爪と翼を振りあげている。

 そして、その先には四人の冒険者たち――第二パーティの面々がいた。悲鳴は、彼らがあげたようだ。

(あの悪魔……大悪魔グレーターデーモンか!? 一階に、あんな強い敵でてくるわけないのに……!)

 少年は、ダンジョンRPGの、強力なモンスターの名前を思い出す。

 が、その予想は、より悪いほうに外れた。

『聞け、冒険者ども。私は、このダンジョンのあるじ……魔王だ』

 唐突に、そんな言葉がフロアに響いた。

 瞬間、冒険者達は後ずさり、歯の根を震わせ、あるいは口を覆う。

 エルフやドラコでさえ、顔を青くしていた。

 本来、ダンジョンの最奥にいるはずの大ボスが、なぜ入り口にいるのだ――と。

「みんな、逃げろ!」

 と、エルフが大声で叫ぶ。

 それに、皆、ハッとしたのだろう。弾かれたように、入り口――今は出口――に向かって逃走する。

 だが、出口の扉をいくら引いても、それは決して開かなかった。

『無駄だ。私がいる限り、もうお前たちはここから出られない。……もう一つ、このダンジョンのルールを教えてやる』

 魔王の言葉が、冒険者達を追撃する。

『弱い者から死ぬ――それがルールだ』

 ついで、魔王は本当に追撃を加えてきた。

 瞬時に距離をつめ、巨大な腕を伸ばす。その先には、冒険者の一人――小人族ハーフリンクの男性がいた。

 その小柄な身長からすれば、魔王の手にまるごと握りつぶされてしまいそうだ。

 魔王のあまりのすばやさに、誰も――当の小人ハーフリンクさえ、反応できない。

 ただ一人の例外を除いて。

「よせっ!」

 それは、エルフだった。杖を構え、攻撃呪文の詠唱を始める。

 まともな行動ができたのは、彼女だけだ。

 しかし、呪文の詠唱が、かえって魔王の注意を引いてしまう。魔王は、手をエルフのほうに伸ばした。

「危ない!」

 少年は、エルフの手を掴もうとした。

 しかし、その手は消え去る。エルフの体ごと、宙に持ち上げられたのだ。

「っ……あぁぁぁっ!? 止め、ろ……!」

 肺がつぶされているからか、エルフの声はくぐもっていた。

 魔王は、エルフのすぐ近くで、巨大なあごを開き、

「グガァァァァァァァァァッ!」

 と、咆哮をとどろかせる。

「ひっ……!?」

 耳元でそんな奇声を浴びせられ、エルフは顔を引きつらせた。

「陛下!」

「エルフ様っ!」

 ドラコとノームが、必死に叫ぶ。

 しかし、その叫びもむなしく、悪魔がこぶしに力を込めると、エルフの体は真っ二つに寸断された。

「!? えるふ、さ、ん……!」

 ダンジョンは、冒険者を閉じ込めて殺す牢獄。

 そんな単純な真理を、少年はありありと思い出させられる。

 彼の膝から、力が抜けた。

 ダンジョンの床に、しりもちをついて。

 一瞬前までエルフだったモノが砕け散る様を、彼は、その目に焼き付けていた。

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