第三話:強さをその手に#2

 これはりっぱな装備を貰いました、あとは獲物を持てば立派な冒険者ですね!早速買いにいきます!!もう品定めはしてあるんですよ!!

 そんな風にいきまくテリオスをほほえましく思うベネッタとともに、ギルド長の執務室を後にしたとたん。


 冒険者ギルドの受付前ではちょっとした騒ぎがおこっていた、まあ日常茶飯事なのだが。

「どうしましたー?」

 もちろんこういった時真っ先に仲介に入ろうとするのが我等がテリオス。

 もちろん騒動の原因になることも多いので、必要な仕事である。


「ああ、ごめんテリオス君――――――明日の大捜索任務を張り出したとき、うっかり君も参加するって言っちゃってさぁ」

「中級以上の冒険者も初心者の引率に参加するって言い出しちゃって…………」


 テリオス達の姿を認めた冒険者達は無言で上着を脱ぎ始める。

 口論を嫌う彼のために、そのたくましい筋肉を見せて無言のアピールを図る腹である。

 その光景に目を押さえて床を転げまわる二人の女性ギルド職員。


 ベネッタはカマトトぶってんじゃねぇお前もやれ!みたいな視線を送ってきた冒険者の一人を、実力行使で追い返そうとした。

 そのときである、まるで全身甲冑を着込んだ騎士のような足音がギルド内に響き渡った。


 誰何する冒険者達がいっせいに振り返ると、其処にいた意外な人影に驚き絶句する。

 彼女は――――――足音の主はメイド服を着た可憐な女性だったのである。


『その新人引率任務、同じ新人冒険者ながらランク相当の評価をいただきました、このカペラが引き受けましょう』

 もっとも、色気とは無縁の雰囲気、感情を見せぬ言動と水晶の瞳を持つ彼女は自動人形オートマタである。



「「「いやいやいやいや…………」」」

 とたんにむさくるしい奴らに囲まれるカペラ、もちろんそのむさくるしい中にはベネッタも含まれる。

「そうはいってもカペラさん、ぶっちゃけ新人の中にはガッチガチに緊張する奴らもいるわけですし…………」

「もちろん捜索組の奴らはコボルド一匹通すつもりはないんでしょうがね?」

「ぶっちゃけなごやか~な雰囲気と緊張感を併せ持つ、柔軟かつ臨機旺盛な対応が求められてですね…………」

 口々にまくし立てられるそんな声を吟味しつつ、次にカペラの口から漏れた声はこんな感じだ。


『すなわち、皆様は私の技量では不適任であると、そうおっしゃりたいのですね』

 ギュイン、と聞いたこともないような音を立てて、辺りを見回す。

 総じて一歩後ろに引く冒険者達――――――草むしり以外の実力がいまひとつ不明にしても、相手は冒険者ギルドがざっくりと示した上位十の猛者。

 さしものテリオスも挨拶半分止めに入ろうかと思った瞬間、カペラはスカートのすそに手を入れ、一本の"なにか"を取り出した。




『オモシロを示せ、というならようございます。

ここは冒険者7大決闘法の1番"希望を手繰る胸"を用いて、異論を覆すことにいたします』



 そこにいる誰もが驚きの声を発した。

"希望を手繰る胸"――――――それはいの一番にありながら半ば風化した決闘法であったからだ。

 この戦いは定められるまでに二転三転するほどに混迷を見せた。


 いさかいを白黒つける上で相手を害してはならない、そんな複雑なルールを定める上で、はじめに持ち出されたのは 腕相撲アームレスリングである。

 たしかにはじめは其れで上手く行っていた、しかし些細なことでも持ち出される其れにあき始めた冒険者は、やはり喧嘩で腕っ節を図るようになる。

 賭け金を持ち出される事が多いのも悪かった。


 継いで示されたのは 尻相撲ヒップレスリングである。

 互いに背を向けた冒険者達がその腰と尻で狭いサークルから相手を押し出すのだ。

 これもまた、異性同士の決闘法としては不適切であると早々撤廃される。

 だって男性冒険者はこぞって相手のほうを向きたがるんだぜ?




 そして異界の知恵に詳しい賢者に相談してまでも生み出された苦肉の策はこうだ。

 まず柔軟性がある"一夜情交のツル"を適当な長さに切り、その先端に一組の止め金具を装着。

 競技者は上半身肌着一枚になり、向かい合うと胸部先端突起を止め具ではさみ、互いに引っ張り合うのである。


 勝者はツルが残ったほう、敗者は勢い良く外れる留め金具の痛みにもだえる。

 ――――――要するに 乳首相撲ニップレスリングである。




 確かに傍からみても面白く、諍いあう当人達からすれば笑われた上に激しく痛い、という観点から些細な揉め事は激減した。

 だがしかし、そんなものを持ち出す当人が自動人形オートマタ――――――全員の心が一つになった。

(((――――――アンタ痛覚ないじゃん!)))


 しかし、そんな彼女が差し出した一本のツルに、震える手を伸ばした者がいる。

 誰あろう、それはベネッタその人であった。


 おいおい、まじかよ…………そんなざわめきを受けながら、壁の隅でそっとうずくまるベネッタ。

 そして数瞬の時を経て――――――




「いたいいたいいたいたいいたいいたいいたいいたい!!!!!!!!」



 その剛の者に笑ってはいかんと理解しいつつも、噴出すのをこらえられない冒険者達。

 床に弾力あるそのツルを投げ捨てると、目の端に涙を浮かべたベネッタはテリオスの肩に手を置きこういった。


「さあ、武器を買いに行こうぜ?

 一人でモンスターを倒せるくらい上等なやつをさ、あたしも目利きを手伝うから」








 さて、そんなテリオスがやってきたのは武器屋ではない。

 なんと武器職人のドワーフが槌を打つ工房である。


 何でも小間使いでやってきたときに壁にかけられていた職人の一品、簡素な柄の先にある見事な刀身に魅入られたとの事だ。

 たしかに其れは見事な出来栄えで、ああ腕のいい職人なのだな、そんな彼が武器屋に卸さず壁にかけているならば、きっと傑作の一本なんだな。

 きっと貴族あたりがどんだけ金子を積んでも譲らんだろうし、冒険者始めたばかりの小僧なんぞが売ってくれと来たら怒鳴り帰すだけだな。

 そんなことはベネッタでもわかることだ。




 だがしかし、この小僧は――――――ドワーフの背丈にあわせた背の低いカウンターに上物の剣でも10本は買える金を乗せ、

さらに身をかがめて、カウンターの前で端から目だけで職人に訴えるテリオスは、その、そんじょそこらの駆け出し冒険者とはちがうのだ。




 こいつ、商業ギルドからも一目置かれるほどのやり手なのである。

 ここでむざむざ追い返したら、明日から彼の作品はこの町の武器屋から姿を消すかもしれん。

 ついでに昼の話で件の馬車からちょろっと聞いた話なのだが、件の『フォルクス乳業』のオーナーはフォルクス自身でなく、なんと目の前のテリオスなのだ。

 今目の前に積まれている金は、少年がこの日のためにと溜め込んだお小遣い(給金ではなかった)なのだが、

 金がたらんと言えば、今度はドワーフ一人の長い生が買えるほどの大金を持ってくる可能性がある。


 きっとこの見事な両手剣も、いっぱしのツワモノに振るわれたいことであろう。

 そう考えれば確かに、ただバカ力だけで剣の腕などまだまだ素人のテリオスに渡すわけにはいかん――――――身の丈に合わない武器は自身を殺す。

 そんなことぐらい中堅のベネッタは耳にタコが出来るくらいに聞いているものだが。

 果たしてそんな風に断った上で、彼がもし手傷でも被うものなら、いっぱしのツワモノどもがこぞってこの工房に押し寄せるだろう。

 このドワーフは半殺しだ、職人が続けられるかは怪しい。




 以上を鑑みて、このドワーフは背の壁にある名剣に見合った鞘を即座に見繕い、彼に手渡すほかないのである。

 彼の家族のために、そして彼自身のためにそうするしかないのだ。




 だがここで渡してしまったら彼はもうドワーフではないのだ。

 己が仕事に愚直なまでにまっすぐに、渡す消費者へ頑固一徹に徹しなければ、一息の呼吸すら自身にゆるさぬのがドワーフの職人魂。

 きっと今夜は町中の酒を飲み倒して、朝日を見ることなく首を吊る。

 このドワーフの職人は、今、命を懸けた戦いを挑まれているのである。


 だからベネッタは、戦士ではなく一人の女として目の前の小僧を止めてやらなければならなかった。

 知らず悪の道を進む前に、其れを正してやらねばならなかった。

「テリオス――――――アレは剣であって剣じゃないんだ、看板なんだ」

「はい」

 こくりとうなづくテリオス――――――もちろん彼も知っている。

 あれが地に下ろされる時は彼が槌を手放すときであると。

 それでもあきらめきれぬ名品であるがゆえに、彼は生みの親である彼の職人に頼んでいるのである。

 彼は一切の恫喝はもちださなかった、駄目だといわれて当然であるのだ。


 そんな自分は、ゆえに目の前の職人よりも目下――――――問題は彼の己自身に対する認識の甘さに合る。


「親父、この金でこいつに見合った剣を打ってくれ――――――明日の朝までに。

いい材料が使いたかったらこいつの名前出せば商業ギルドがすぐさま用意してくれる。

アンタの剣をこいつが使ってるって知れれば、この町の猛者達は誰しもアンタが一角の存在だってわかるだろうさ。

ならそこの看板に負けないもんを、売ったってことになるだろう?」

 本来駆け出しの武器など打たないだろう職人は、それでも全身を使ってうなづいた。

 厄ネタを何とかいい方向に向けてくれた、ベネッタを見るまなざしは、まるで女神に相対したような其れだった。








 そんなこんなで、彼らの長い一日が終わるのだが、最後に分かれたテオドールのほうに視線を向けてみよう。


 豆乳ミルク屋の仕事は深夜から始まるゆえに、日が沈む頃には『フォルクス乳業』の面々は寝入ってしまうところだが、今宵はちがう。

 町から帰還したその馬車を前に、重苦しい雰囲気でフォルクスが手にした"木の皮"を見せる。


「"発光"と"召還"を宿した魔方陣だ。

怪しい魔力の流れを感じ取って調べてみたら見つかった。

問題はこれが焼印としてあちこちの木に押されていることだ」

『本来なら周囲がこげて、使い物にならないくらいまでぼやける所だな』

 うなづくフォルクス。

「それが実用出来るほどに精緻なものだ、ハダールに聞いてもよほどの高熱で、一瞬に焼きつけた物としかわからなかった。

どんな鋳型を使おうとも出せない精度だし、いちいち判を掘り出すようなら途方もない手間がかかる。

咥えてこんな、掌大の魔方陣でも後ろから発光させることによって、陣が広がってありえぬほど大きな対象も召還できる」

 とりあえずこの建物の周囲だけ、木から陣をはがしてきた、とフォルクスは言うが、浮かぬ顔である。

 ドロップアウト組の駄目エルフでも森を荒らされるのは堪えるらしい。


「テリオス――――――これは君が懸念していた、例の組織が我らの膝元にやって来たと見て、間違いないものかな?」




 転生者が宿った馬車は、沈黙を持って其れに答えた。

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異世界の恋愛メソッドで君もモッテモテ むに丸 @620munimaru

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