第三話:強さをその手に#1

 馬車と別れたテリオス達はその足で冒険者ギルドに向かう。


 昨晩の騒ぎが嘘のように平常営業を再開したその場所には、すでに一仕事終えた冒険者達が依頼の達成報酬や採取物の鑑定などを求め、ごった返していた。

 掲示板を見れば、下のほうにあるお使い任務はほぼ消化され、首を上げれば少々てこずる討伐任務が散見される程度。

 ――――――後はおつけものである。


「ああ…………きっとベネッタさんならこのローパーの触手なんてダース単位で用意できるんでしょうねぇ…………」

「二匹分か――――――いや、同時に相手するんじゃなければ…………」

 習い性でその掲示板を眺める二人、実に色気のないウインドーショッピングを行う。

 そんな彼らを発見したギルド職員の女性が、背後から声をかけた。


 ギルド長がテリオスを呼んでいるので、奥の執務室に行って来いというのだ。








 はたして、テリオスがおまけを引っさげてギルド代表の部屋をノックしたのと同じように。

 ケツァゴールもまた彼とは別に、ほかの来客を相手にしているところであった。


「失礼します

――――――あれ?アゴワレトル魔術ギルド代表、お久しぶりです」

「うむ、息災のようだな少年」


 気難しい渋面を隠そうともせず会釈に答える壮年の男。

 その名も魔法ギルド代表、アゴワレトルその人である。

 年のころはケツァゴールと同じほど、自身の魔術研究もさることながら、若手魔道士の育成や仕事の斡旋なども取りまとめる苦労人。

 けして外交的ではない彼らの処世や生活を支えている故、こうして冒険者ギルドに足を運ぶことも多い。

 ろくに買い物などせず自身の研究に没頭する構成員が多いので、ケツァゴールには内緒で、文字通りの"おつかい任務"を斡旋してくれたりもする知り合いだ。

 確かに笑顔など見たこともない、とっつきにくい御仁ではあるのだが、冒険者達に負けず劣らず変人の多い魔術師達の間でも話しやすい相手であるのは事実だ。


 ――――――もちろん、顎が魅力的だ。


「おうテリオス、ちょっと待ってろな。

今こいつと魔道士達への見舞金つめちまうからよう」

「うむ、少年からも言ってやってくれ。

町に住まう以上、危機にはその身をもって向かう必要があるのに、この者は過剰な金銭を持って我がギルドの構成員に報いると言っておる。

たとえ手傷を負ったものが多いにしても、其れは個々の未熟。

見舞金など不要だと言うに聞き入れぬのだ――――――この石頭め」

「おめえさんに石頭呼ばわりされるとは聞き捨てならねえな…………隕鉄を頭突きで割る勝負でもするか?」

 ウマが合うのか合わないのか、彼らの会談はどうにもけんか腰である。

 いつもなら仲裁役を挟むのだが、今日のところはテリオスが割ってはいるほかになさそうだ。


「まあまあ、アゴワレトル代表――――――冒険者達も今回の騒動に駆けつけた人には特別手当が出るんですよね?

同じ額を魔術師ギルドでも構成員達へ払えばいいんじゃないでしょうか?」

「う、うむ……妙案とは思うのだが」

「金がねえんだよな、そっちは」

 この町におけるギルドの規模、大きさは冒険者ギルドが一番、金回りは商業ギルド――――――ぶっちゃけ魔術ギルドは零細である。

 三国で問題をおこしたものか、冒険者に首根っこでも掴まれてつれてこられたか。

 もしくは町の中央に有るダンジョンから産出される素材を目当てにしているか。


 上記のような例外を除き、大半の魔道士達は御国からの横槍を逃れて自身の研究に没頭したいがために、この町に居を置いているのだ。

 ろくに仕事をしない連中ばかりなのである。

 出資ばかりで、アゴワレトルが尻を叩かなければ収入がろくにない者ばかりだ。

 立派なローブの襟元で顎を撫でさする癖は、そんなギルドをまとめる苦悩を体で表現するものだ。


 テリオスは速やかに前言を撤回した。

「なおのこと見舞金は必要ですね、魔術師の皆さんの勤労意欲を刺激するためにも」

「少年が言うと説得力があるな――――――その折にはぜひ君の手から我がボンクラ達に手渡してもらいたい」

 使ってこそ魔道、散々生活に役立つ魔法の開発を奨励しているのに、ろくに手をつけない構成員達に腹を立てる魔道ギルド長なのであった。








 そんな折をみて、ギルド職員が四人分、豆乳ミルクたっぷりのお茶を持ってきた。

 昨夜の負傷者達のために治癒術士の増員を受け入れたが、さて住まいはどうするべ、などと肩のこった話題を出せば。

 それは商業ギルドから良い宿空けてもらえ、この町を気に入ってもらえれば定住してもらえるかもしれん、などと返す。


 二人のギルド長の脇に居るテリオスとベネッタは、なんともいたたまれない。

 早々いただいたお茶を飲み干して、そわそわし始めるベネッタ。

 彼女の姿を垣間見て、テリオスは失礼承知で話に割り込むことにした。


「それで、申し訳ありませんが本日自分をお呼び立てした御用向きはどのような…………?」

「おう、すまん。

俺の用は簡単なものだから、まずはアゴワレトルの話聞いてやってくれ」

 急に気安い口調に代わるケツァゴール、先を促されてアゴワレトルはテリオスのほうを向いた。


「少年――――――先の巨大ゴブリンとの戦いの折、アルドバラン史と共闘したという話は誠か?」

「はい、そういえばあの後ろくにお礼も出来てませんでしたね、あのおじいちゃんに」

 ともに危機を脱した相手に、勝手に戦友じみた感情を向けるテリオスである。

「あの者はこの町にいる魔道士の中でも指折りの偏屈でな。

 三国に居た頃は独自に開発した『瞬間凍結乾燥魔法』などといった高度な魔道を用いて"氷結の翼竜"とも評された優秀な存在であった。

 だがしかし、戦力を欲した地方貴族とのいざこざに辟易したのか、急に各国の魔道ギルドに言い放ったのだ」

 ため息を一つ、天を仰ぎ見て悲嘆そのものの声を挙げるアゴワレトル。


「『ワシ――――――魔道士やめる』とな。

 行方をくらました後はこの冒険者の町でカガクに傾倒する日々を送っている…………私もそんな彼の、過去の偉業に敬意を評してそっとしておいたのだが」

「アシがついたらまた厄介そうなんだな――――――まあ、従者のカペラもたぶん日銭稼ぎのために採取みたいな地味な任務ばっかりこなしてたんだろうが。

 それでもランカーの下に名前が載るくらいには優秀。

 そいつを作ったっていうあの爺さん、実際たいしたタマだったんだわ、俺も聞いてビックリした」


 甘さ控えめのミルクティーで口を湿した魔道ギルド代表は、小僧と呼んでも差し支えないテリオスに頭を下げる。

「伏して頼む少年、もし再び彼とまみえよう事があったら、君の口からも魔術ギルドに名前だけでも登録いただけるようお願いしてもらえまいか?

 彼の元に向かった使者も、魔術師というだけで門前払いされる有様、此度の問題はもはやわれらの手に負えぬ案件なのだ」

「わかりました、手前味噌ですが一応おじいさんやおばあさんには結構受けのいい自分です!」


 町をあづかる者の一柱から直接依頼を受けるという栄誉、テリオスは快諾した。

 しかし、と二人のおっさんは彼の背後に居る少女に目をやると、深くため息をつく。

 最も受けがいいのはジジババではなくどういった存在か、知らぬは本人ばかりなのだ。


「少年、もし良かったら女性魔道士の一人や二人紹介することもやぶさかかではない。

 なに、その気になれば家ぐらいすぐ買えるような実力者もおる――――――稼ぎはそいつらに任せ、その、君は家で飼い猫の面倒を見るような心持でな?

 そこの筋肉よりは、まあかわいげがあるのではないかと…………」

「おい、うちの子ディスってんじゃねえぞ」

 平手でギルド長の頭をはたくギルド長。









「で、俺の用ってのはな。

 明日裏の山を冒険者総出で一斉捜索して、件の化け物ゴブリンがどうしてここにやってきたのか探ろうという一大依頼を勅命してやろうと思ったのさ。

で、お前も其処の一番後ろに混ざらんか?という話を持ち出してやろうと思ってな?」


 目を見開いたテリオス、まさかの冒険者らしい冒険者依頼の話である。

 よもやそんな大依頼で自分に御鉢が回ってこようとは!!


「ぼ、僕でいいんですか!?」

「正直猫の手も借りたいくらいだ、最もお前はほかの新人どもと一緒に町の外周につく任務。

 肝心の森の捜索はベテラン共が入るから、討伐報酬は期待すんな?

 で、明日を無事に終えたら試験免除でお前も冒険者だ。

 まあ、下地はほかの奴らから入れ知恵されているだろうし、登録手続きを簡単にするのは俺からの一日遅い誕生日祝いと思っておけ」

 ああ、楽をしたいだけだな、とベネッタは察した。


「もちろん、例のでっかいお前の保護者からも許可をもらってる。

大手を振って町の平和を守る仕事に殉じてくれ。

――――――で、こいつはそんなお前の保護者からの誕生日プレゼントだ」

 背後の棚の上に鎮座ましましていた木箱を担ぎ出し、茶器をよけた机の上にドスンと置くケツァゴール。

 厚みはあまりなく、重さもそうでもない――――――唯でかいだけの木箱ではあったが、なんと言っても友からのプレゼントであった。

 これがわくわくしないわけがない。

「あ、あけてみてもいいですか!」

「おめえ以外に誰が開けるんだよ」

 苦笑いする3人の顔などものともせず、箱のふたに手をかけるテリオス。

 開封用のナイフなど用意するまもなく、手に身体強化の魔法を総動員して木箱のふたをベリベリと引き剥がす。




「――――――おお、これはッ」

 果たして、緩衝材代わりの報紙に挟まれるように入っていたのは、今トゲと並んで冒険者の流行。

 動きを阻害しない上に、十分な防御力を誇ると垂涎の的である上半身防具。

上衣ジャン!――――――上衣ジャンじゃないですか!」

「おぅ、上衣ジャンじゃん!?」

「いい上衣ジャンじゃん」


 その仕立ての見事さを褒め称える周囲の人間をさておき、テリオスはその手にある立派な防具をためつすがめつする。

 上衣ジャンは超文明世界の情景を記した"鏡板"と呼ばれる資料の中にも散見されるつくりの、服のような装備だ。

 聞くところによると刺繍が施された、おそらく儀礼用か何かとされるスカ・上衣ジャン、何かの競技者が待機する際に羽織るスタ・上衣ジャン

そして染料で青く染め抜かれた、おおきな需要に服飾技師が今最も開発を急いでいるとされるジィ・上衣ジャンがある。

 それらのなかで、冒険者達が最も熱い視線を集めている存在が、様々な生き物の皮を用いて仕立てられる皮・上衣ジャンであった。


 特にテリオスの手の内に有る真っ赤な其れは、サラマンダーの皮を用いて作られた別注品。

 銀と思わしき金属糸まで用意して、縫製された物は並みのレザーアーマーを凌駕した防御力を誇り、素材の裁断にあやふやなところもない。

 上半身にぴったりとフィットするだろうその一品は、吊るしの安物などでは到底及ばない気品のようなものまで備わっていた。


「ほう…………ボタンはエレクトラムを浮き彫り細工にしたものか。

 胸のは耐熱、対渇、対汚、対寒、防御――――――袖は左右に防御と対魔術の魔法が込められておる」

 資料でよく見られる『引き上げ金具』は熟練のドワーフ達を持ってしても再現が難しく、代わりに前止めのボタンや襟、すそ、袖や前併せ部分の篝細工は凝ったものが用いられる。

 特に護符と同じ機能を持った飾りボタンをあしらったものは高級品。

 デザインを犠牲にして魔法陣を背や袖にあしらったものもあるが、半端な素材ではすぐに焼ききれてしまうので、主流ではない。

 かわりに所属する寄合クランのエンブレムを胸元や腕にあしらうのがおもであった。




 そんな立派な上衣ジャンを与えられたテリオス、嬉々として袖を通し、ポケットに入っていたトゲを肩に当てる。

 もちろん、昨晩もらった冒険者有志からもらったものである。

「――――――こんなかんじですかね!?」

「いや、だから肩はちょっと…………」




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