第二話:たいへんだ、豆乳屋が#4
大通りではすったもんだこそあったものの、
宿屋をめぐる頃にはそんな騒ぎは沈静化している。
顔なじみの宿屋の親父さんは彼らにねぎらいの言葉をかけ、
町を救ったテオドールに挨拶をする。
そんな様を横目に、ベネッタは宿が用意した容器に、
ミルクタンクから直に
「で、今日は一寸多めに絞ってもらってるんですけど、
本当にいつもどおりの量でいいんですか?」
「ああ、暴利をむさぼるのは悪手、
くわえてうちらは朝食と併せて提供するからね。
おかわりを含めても、いつもの量で十分なのさ。
それに、ひいふうみい……うん、今朝はうちも満席になりそうだねぇ」
何を数えているかと思えば、テオドールの後ろにはずらりとこの町の女性冒険者達が列を成していたのである。
むさくるしい奴らよりは数が少ないが、それでも百余名はざらに居る。
「なーに?今日はフォルクス乳業の仕事うけたのー?」
「ほんとおいしい仕事持ってくよなー」
「うるせぇうるせぇ、手元狂うからそっちいってろ!」
ミルクタンクを抱えたベネッタにニヤケ顔で声をかけてくる同業者達、
もちろん重量軽減がかけられた其れを取り落とすことはない。
本当に軽いのだ、水筒とまでは言わないが遠出に出る自分の荷物よりは間違いなく軽い、大きくて胸に支えるほどなのにだ。
「まあ、ほかの宿もこんな感じだろうね。
さあ!うちの席は20名までだよ!ついでに朝食にトーストでもかじっていけ!」
「うーい」
「やっとなんか食えるわ、片付けだけで徹夜仕事だよ肌に悪い…………」
ぞろぞろと前から20名、宿の食堂に入ってゆく女性冒険者達、
もちろん訳知り顔でベネッタに一言かけてゆくのも忘れない。
二件目は未亡人が細腕一つで経営する朝霧の渚亭だ。
もしかして泊り客の袖引いてるんじゃないかと、
まことしやかにささやかれているが、
決してそんなことはないセイン女史の店である。
今朝もはよからけしからん色気を放ち、テリオスたちを迎え入れる。
「おはよぅテリオス君、今日はずいぶんとたくましい人たちと一緒なのね?」
「おいそのたくましい中に私は入っていないだろうな?」
すごむベネッタ。
ははは、とその場に笑いがこだまするが、
誰一人否定しないところで一寸へこんだ。
「並んでる女の子たちぃ、うちは10名引き受けるわ?
はいっていらっしゃいな」
「おいおい、ずいぶん少ないじゃないか」
「つめれば20名は行けるだろう?アンタの店もさ」
「ごめんねぇ、もう席半分ぐらい埋まっちゃってるのよ。
熱いミルクをほしがるベイビーたちは、なにも冒険者だけじゃないのよ?」
たしかに食堂のほうをみてみれば、
店主に負けず劣らずの色気過多なお姉さん達がすでに席についてた。
テリオスのほうに次々と投げキッスを艦砲射撃、
割ってはいるベネッタ、チョップでことごとく迎撃する。
なるほど、別に店主は客の袖を引いているわけではないらしい。
「ちょっとあんたらは夜のうちに熱い奴飲んでるじゃんよぉ」
と男性冒険者に負けず劣らず、
下品な事を呟きながらぞろぞろと入店する女性冒険者10名。
「テリオス君も今度うちに泊まりにいらっしゃいな?
お華ちゃんたちも貴方のことまってるわぁ」
「確かに、立派な花壇がありますね」
窓際を眺めつつテリオスは言う。
女性の経営する店は、やはり雰囲気がちがうものだ。
※
5件目、6件目を挟み、程なく列を成した女性冒険者がはけるころには、
料理のみを提供する小口の店舗にも配達が終わる。
次に向かうのは第三緩衝場に近い孤児院である。
「さあみんな!
わっとかけてくるテリオスよりも年少の子供たち。
「テリオスにいたん!テリオスにいたん、今日甘いの有る?」
「ベリーベリーは!バナー味は!?」
もみくちゃにされながら問われるテリオス、
さすがのベネッタも子供相手には手荒なまねはできん。
そのときである、建物からどすどすという足音とともに、
良く響く声がかけられた。
「こらっ!あんた等、味つきは週に一度だって何べんも言ってるじゃないさ!!
あんまりテリオスにいちゃん困らすんじゃないよ!」
牛顔だが肝っ玉母ちゃんの貫禄が見て取れる施設の責任者、
ミノタウロス型獣人女性のブルケリマさんだ、乳母もかねている。
「いッつもすまないねぇ、売りものの
「とんでもないですブルケおかあさん、ここは自分の古巣ですし」
「はっは!だから乳分けてるだけでアンタはあたしの子供じゃないっていっつも言ってるだろう?
だけどまあ、ろくに顔も見せない悪たれ卒業生どもにくらべりゃあ、
アンタはできの良すぎる息子さ。
いただいている
それにしても、と傍らで会釈するベネッタに近寄り、
その豊かな胸部装甲をむんずと掴んで言った。
「アンタも女連れまわすようになったか、
しょっちゅう施設を抜け出して無断外泊してたからねえアンタ。
それにしても人族にしてはいいおっぱいだ、
きっと子供はたらふくのめるよ?」
おいこの、とばかりに反撃に転ずる手をさらりとかわし、
今度は立派な馬車に目を向ける。
「それにしても昨日の騒ぎ、本当に大変だったね。
あたし達も隣の緩衝場で避難した人たちの手伝いをしていたからねぇ。
その馬車なんだろう?冒険者達の筆頭ってのは」
すでに何人かの子供たちにおもちゃにされているテオドール。
幌にもぐりこんだ子供たちは口々に「広ッ!!」と感嘆する。
『はじめましてブルケリマさん、いつもテリオスがお世話になっています』
急に人語を話し始めた馬車に上っていた子供が、
危うく滑り落ちそうになった。
「あれ、アンタあたしと会ったことあったっけか?」
『ああ失礼、何度もテリオスの話に出ていたので、
もしかしたら会ったことがあったと勘違いしていたかもしれません。
では子供たちよ、一寸離れていてくれたまえ』
「えっ?やるのテオドール!?」
わーっと離れる子供たちが十分な距離をとったのを確認すると、
孤児院中に響き渡る声で叫ぶテオドール。
『もちろんだ、顔を見せねば礼儀に反する。
Wake up!!』
起きろと気合一合、その馬車は前輪を立ち上げ、
車底に折りたたまれた手足を伸ばし、幌を腰へマントのように回し。
背にした御者台から人の胸元ほどもある、巨大な顔を引き出し、
瞳に強い光を放った。
『――――テオッッッ・ドォォォォォォル!!』
今町中で噂の種、彼の巨大な人型が孤児院の子供の前に姿をあらわした。
たちまちスゲーとデケー以外の言葉を忘れてしまった子供たちを前に、
背にした幌を後ろ手にごそごそやると、ミルクタンクを取り出す。
『さあみんな。
味つきはないけれど今日は私が
自分のカップをもってくるといい』
弓手に小ペットボトルサイズになったミルクタンクを、
引き手の親指で天を指し、子供たちに笑いかける。
大興奮で自分のカップを取りに行く子供たち。
注ぐ端から『大きくなれよ?私のように大きくなれよ!?』
と言って回るには、苦笑いが禁じえない乳母であった。
※
そして十分にあまった
ようやく仕事らしい仕事をこなせたベネッタ。
今テリオスは二人分の昼食を買いに走っているところ、
テオドールと二人きりだ。
人の顔ほども有る握り飼葉で腹を満たしている
いかんせん、あいては冒険者筆頭。
くわえて人知の及ばぬ威容を誇る馬車が相手だ。
偉大な先輩相手に冒険者としての心構えを聞くのもやぶさかではないが、
自然と選ぶ話題はテリオスのこととなる。
「じゃあ、あいつの性格はほとんどアンタの差し金か?」
『ああ、おかげで挨拶代わりに女性を持ち上げ、
踏み込んだ色恋に発展しそうな話題に関しては絶妙に聞き逃すように成長した。
―――結構苦労したんだぞ?』
おかげで現在進行形で苦労する女性が両手での指で足りないほど居ます。
やりきれない憎しみに、車輪を蹴っ飛ばすベネッタの足にも力が入る。
「ベネッタさーん、香草包み焼きとパン買って来ましたー!」
駆け寄ってくるテリオスをみて舌打ち一つ、
結局実になるようなテリオス情報は聞き出せないままだ。
自分達のためにとっておいた
パンに挟んだ肉をかぶりつく二人。
そんな仲の良い二人に、テオドールは声をかける。
『二人とも、昼からは冒険者ギルドに足を伸ばしてくれないか?
ミルクタンクの片付けは私がやっておこう、
帰りには
「えー?今日はずっとテオドールと一緒に居ようと思ったのに」
『はっはっは、其れは光栄だが。
まあだまされたと思って行ってみるといい。
ひょっとしたらいいことがあるかもしれないぞ?』
さて、そんな彼らを路地の片隅からみやる二つの影。
ハゲ散らかした頭の下で情熱的に馬車を見やるのは、
昨晩テリオスとともに戦った魔道士のDrアルドバラン。
別の意味で情熱的に馬車を見やるのは、
彼の手で作られたという"人工従者"カペラである。
「ぬぅ…………不思議、摩訶不思議よのうテオドール。
あのような存在は魔道ではけして有り得ぬ、
やはり超次元世界が誇るすべてを可能にする学問、
カガクの其れに相違あるまい」
学術的興味しんしんでその馬車を見つめる様、実にマッド。
魔法の世界から突如身を引き、
カガクを極めると行方をくらましていた彼は、
実にマッドな雰囲気で周りを寄せ付けない孤高の天才カガク者であった。
「よし、かくなるうえはワシも冒険者登録をするぞ!
新人冒険者としてならあの小僧に近寄ってもあやしまれまい!!」
『年齢制限に引っかかっています、わが主』
「なんとせちがらい世よのう。
だがワシもあのような巨神を作りたいのだ!
なんとしても情報をかき集めなければならん…………」
頭をかきむしるアルドバラン、そんな主を見下ろして、
カペラは一つの決意をした。
『では私があのテリオス少年に近づきましょう、
新人の育成も先輩冒険者の仕事
――――まずは私の魅力でかの少年を骨抜きにしてあげます』
まずは周囲から攻めるのだとバキゴキと鋼の人工関節を鳴らしながら、
冷たい水晶の瞳に炎を宿らせる。
骨抜きどころか骨が圧壊されそうな勢いであった。
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