第二話:たいへんだ、豆乳屋が#2

 そんなすったもんだの伝説から7年、

商業ギルドが一目置く寄合クランに『フォルクス乳業』がある。

 冒険者達が口々に呼び始めたその名も"乳豆"を安定して仕入、

消費者に供給し、かつ様々な味フレーバーを生み出した老舗。


 どうでもいいがもう一度言おう、その名も"乳豆"である。


 もしかしなくても:卑猥


 冒険者の心を掴んで離さないその豆は、名前からして一味ちがう。


 そんな大人気の食品を扱う一大寄合クランの本拠地を、

ベネッタは今案内されているのだ。

 山の中にあるくせにずいぶん先進的なその建物の廊下を、

少年が先導し、説明してゆく。


「事務所の奥は新製品開発の実験場になってまして、

きっと今日も徹夜でフォルクスさんがあたらしい味を求めているはずです」

 そんなテリオスの声を聞き、不健康そうなエルフが嬉々としてそちらを向いた。

「おおテリオス君、誕生日おめでとう」

「ははは、僕の誕生日は昨日です、やっぱり寝てませんね?」


 ゆらゆらと足元のおぼつかない、幽鬼のような足取りで近づいてくる男。

 名前からしてこの寄合クランの代表なのであろうが、

威厳などへったくれもない。

 エルフの見本のようなイケメンだが、目の周りに、隈がひどいのだ。

 全身から立ち上る雰囲気も、モヤシを想像してもらえればよい。

 わからなければモヤシを前にしてその気配を感じ取るのだ、君ならできる!!

「時に新製品の味を見てくれ、名づけて"マの121型"

原点に立ち返って豆乳ミルクのうまさを極限まで引き出した代物だ!」

「だからやくそうみたいな名前をつけないでください。

 ――――――あ、ベネッタさんもどうぞ」

 出会った瞬間に残念なイケメンだなあ、

と至極最もな感想を抱いていたベネッタは、

礼を言うとのその試飲用のマグを受け取る。

 なんか普段みる豆乳ミルクより、黄色が強い。


「んー、なんかスカッとしない味ですね…………」

「いや、地味…………滋味あふれる味といいますか…………」

「そうか、いや豆乳ミルクにね、

乳豆の粉末を混ぜて味わいを2倍にしてみたのだが、反応が悪いな…………」

 落胆するフォルクス、いや!わるくないんですけどね!

と必死にフォローを始めるテリオス。


 要するに『きなこ豆乳ミルク』であった。


「あの、つまり乳豆が持つ栄養が2倍ってことですよね…………?」

 いぶかしげに手を上げるベネッタ、考えてみればそのとおりだね、

とうなづくフォルクス。

 自尊心も誇りも高いエルフにしてはざっくばらんな人物だ、

冒険者に交わるとエルフでもこうなるのだろうか。

「まことしやかにささやかれている、美肌効果とかバストアップとか

…………その辺の効果も二倍なら、女性は放っておきません。

 最悪一昨年の秋に限定販売された"カカオ豆乳ミルク"の騒動、

その再来かも」

「ああ、アレはひどい事件だったね…………」


 フォルクスは思案し、テリオスは震え上がる。

 ごくわずかに南の温かい地方から手に入ったというカカオの実、

それと砂糖を混ぜ合わせたフレーバーは希少性もあいまって、

女性冒険者の間でリアルファイトを伴う奪い合いになった。

 甘さの中に際立つほろ苦さが後を引く味わいで、

瞬く間に甘いものを好む女性冒険者が中毒性を見せた。

 目の据わった女性陣に『なぜ限定販売なのか』

とつるしあげを食らったのは前線のテリオスである。


「まああれは、テオドール君が持ち帰った、

 わずかな材料だけで仕上げたものだからね。

 時に南方にカカオを求めて旅立った女性冒険者のパーティー

『カカオ特鮮隊』はその後どうかね?」

「いまだに帰ってきてません…………」

 遠くを見つめて呟くテリオス、彼女達の肌がカカオ色になって帰ってきたら、再びその味を販売する約束をしたのだが…………。

「いっそ、我等の安寧のために、帰ってこないほうがいいのかもしれないね」

 真顔で、フォルクスは言い切った。




 件の寄合クラン代表との豆乳ミルクの味談義は、

興味の尽きない物であったが、配達の時間は迫ってくる。

 しかし最後に伝えた

「甘酸っぱいベリーベリー豆乳ミルクが一番好きです、

でも冒険するときは持ち歩くので、

冷たくても溶けやすい粉にしてもらったらもっとうれしいのですが

…………いっつも底に残ってるし」

という一言が余計だった。

 再び気持ちの悪い笑いを浮かべながら粉をいじり始めるフォルクス。

 魔法より森の恵みをいじるほうが好きなエルフ。


 研究趣味に明け暮れて故郷で婚期を逃した残念な男は、

今日もミ○メーク作りに精を出す。







 続いて生産部門を案内しましょう、とテリオスに連れられてきたのは、

施設内で最も広いスペース。

 上下ともに真っ白な服と手袋をつけ、

白い袋に目の部分だけ穴を開けたものをかぶった人物達が出来上がる豆乳ミルクを次々とタンクに梱包してゆく。

 一部は味をつけるべく、

様々な色合いをした粉を熱々のそれにぶち込んで攪拌していた。

 どんな邪教か?


 そんな事を思った次の瞬間、背後から陽気な声がかけられた。

「ヨゥヨゥヨゥ!テっちゃんおはヨゥさん!!

 朝から何々?女連れ?ガールフレンドをつれてくるなんて、

早速大人の階段駆け上がっているみたいじゃないのヨゥ!ハッ!」


 およそテリオスとベネッタの中間くらいの背丈、全体的に細身の体、

黒髪を坊主頭にし口元にはちょび髭を生やした男がやってくる。

 黒っぽい肌をして、リズミカルに体を揺らし小粋にハミングする様、

実に陽気なおっさんだ。

「あ、ハダールさんおはようございます。

 こちらは冒険者のセンパイでベネッタさん。

 ベネッタさん、こちらは設備管理を担当しているドワーフのハダールさんです」

 一回転してよろしくナッ!と両手の人差し指をこちらに向けて挨拶。

 寡黙で職人気質が身上のドワーフの中で、とんだ異端児も居たものだ。


 諸君も、コメディ映画でこんな感じの御仁を見たことがあるかもしれない。

 即ち、とんだオモシロ外人である。


「そーよぉ~聞いて聞いてテっちゃん、

ついに『豆絞り三号機』完成したんさ!

 これでもう少し調理用の豆乳ミルクを宿の料理人たちに卸せるよ?

 マジよ!?」

 スタタン、スタタンと独特な歩法で二人を案内すると、

複雑にかみ合った金属製の歯車が石臼に装着された謎のマシーンがあった。


「マメいれるぅ!」

 石臼の窪みに乳豆をざらざらと流し込んだハダール、

脇からにゅっと伸びたレバーに手を添える。

「棒下ろすッ!」

 体重をかけてそのレバーを下ろしきると、

ごりんごりんと重苦しい音を立てて石臼が回り始める。


「表の川に水車がセットされていて、そこから動力を取っているんですよ」

 配管のあちこちを指差しながら、ベネッタに機械の説明を補足する。

「で・で・で、煮沸した水が流れ込むゥ

――――――熱いミルクが出来上がるゥ!HOooooooooooo!!」

 ハダールが猛烈な勢いで腰を前後に揺さぶるたびに、

 石臼にあけられた穴からだばだばとこぼれる豆乳ミルクは、

漏斗を介してミルクタンクに注がれてゆく。

「――――――どうよ」

「どうもこうも最高です、完璧な仕事ですよ!!

 機械の作成も維持も超次元世界の人々に、

負けず劣らずのMI・GO・TOな腕です」

「サァァァァァァァンクス!」

 ぐっと両手の親指を天に突き出すテリオス。

 つぎつぎとハイタッチを交わし、

背後で歯車と同期したように上体を回す白服たちの前で、

 絶好調といった心持でテリオスの方に腕を回し、

ん~まっん~まっ!と頬にちょび髭を押し付けるドワーフ。

 オイちょっと其処を代われといいたい。


「で、ユー。

今日はビッグガイと配達に出るんだろう?

できたて積んどいたからもう出られるぜユー。

量は8タンク、テイストがついたやつは今日はなしだ、

屋台通りで声を張る必要はないゼ。

こんなベッピンが来てくれるなら、

そいつも用意しておいたほうが良かったかなァんんんんん~?」

 裏手の搬出口に導くと、すでにテリオスが幌を閉じて待っていた。

「いやもう、これだけの量を抽出してくれただけで感謝感謝ですよ!

皆さんゆっくり休んでください」

「OH・いぇぁ!昼過ぎまで俺達は夢の住人さ。

容器はいつもどおり夕方まで返しておいてくれ。

ところで昨日ミルクタンク返しに来た冒険者の兄ちゃんは、

なんかノリわるかったなぁ」

「たぶん新人さんじゃないかと、また来たら宜しくしてあげてください」

 もちろん、ベネッタもついてゆけずに頬をヒクつかせていたのだが。








 朝の心地よい空気は自分には毒だぜ、

とばかりに響天ぎょうてん号は報紙で飼葉を巻いたやつを噛んだ。

 立派な鬣を収めた中折れ帽に挟んであった火付けのやくそうを一本取り出し、後ろ足の蹄でシュッとこする。

 じりじりと咥えた草を焼いてゆく火種、朝霧に紫煙が溶けて行く。


 はたして、いまテリオスが少女の手を引いてテオドールの元へ向かってゆく。

 思えば14年、あっという間の、長い長い14年だ。


 乳飲み子であったテリオスをつれて教国を脱出し、

ここにたどり着くまでに拾ったエルフ。

 彼の植物に関する知恵と、テオドールが持つ異界の知識をもって、

少年はここまで成長できたのだ。

 果たして豆乳を赤ん坊に与えて大丈夫なのか、

とガタイに似合わずうろたえていたテオドールの顔は今思い出しても笑えた。




 テリオスは、沢山の仲間に恵まれた。

 願わくば、彼は日の照らす正道を歩んでいけるようにと柄にもなく願う。

 幌の中に案内されたベネッタの「広ッ!」

という声が彼の元にまで聞こえてきた。


 今日も忙しくなりそうだ―――テオドールのともがらは、

蹄で草をもみ消すと馬車馬の責務を勤めるべく彼らの輪に歩み寄っていく。

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