第一話:少年の人形(アルヴィオス)#6

 そういえば、とテリオスは思い返した。

 ダイハチの荷台にはじめて乗せた人は、彼女が最初であった。

 3年ほど前にふらりとこの町にやって来た、そのときは13歳の女冒険者。


 ぜんぜん周りの冒険者になじめなくて、ずっと一人で依頼をこなして。

 口調こそ回りに似通って行ったが、いまでもなんだか浮き気味で、



 あれからずっと単独で任務をこなしている彼女。









 第16緩衝場にたどり着くと、そこではすでに数多くの冒険者達が巨大ゴブリンを包囲しているところであった。

 だがしかし、戦況はけして良いとは言いがたい。

 多くは半裸の冒険者達が見上げんばかりの巨体に罵声を飛ばし、

向こう脛を切ったり突き刺したりしている。

 だが視線を上げれば恐るべき脅威は、

その手に一人の女を掴んでいるところであったのだ。






「べ、ベネッタさん!?」




 髪を結い上げていようと見まごう事はない、

今まさに巨大なる脅威が握りつぶさんとしている相手は少年の知己であった。

 周りの冒険者達の声を聞けば確かに、何度もベネッタの名前を呼んでいる。

 魔力のつきかけた魔道士達は心身を振り絞るように、

彼女にいくつもの防御魔法をかけ続け。

 拘束されている本人は、もがき必死にその戒めを解こうとしていた。


 ぜんぜん周りの冒険者になじめなくて、ずっと一人で依頼をこなして。

 口調こそ回りに似通って行ったが、いまでもなんだか浮き気味で、

 あれからずっと単独で任務をこなしている彼女。


 だが、そんなベネッタを助けようと、

 幾人もの冒険者達がその力を合わせていたのである。




 ゆえに、少年は間に合った。

 だがしかしここからどのように彼女を救い出し、背にした兵器を起爆するか?

 考えをめぐらせる前に、荷台から二人分の重量が消えてなくなった。




「坊主、作戦変更じゃ!

―――――直接ぶつけてやれ!」

 アルドバランはカペラに抱えられて高く跳躍、

魔法を飛ばし相手の腕ごとベネッタを、固く防御魔法で包み込んだ。

「お、うぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおッッッ」


 テリオスはその四肢に身体強化魔法をみなぎらせ、

鉄棒のもち手をしならせる勢いで振りかぶる。

「テリ坊がぶちかますぞ!全員伏せろぉぉぉぉぉ!!」

 冒険者の一人が叫ぶ、蜘蛛の子を散らすように相手の巨体から飛びのくと耳をふさぐ。




 手を話す一瞬前に、テリオスは目を伏せた、このダイハチを作ってくれた友の事を思い出したのだ。

『よし完成だ、テリオス…………私の弟分だぞ?

明日からはこれで豆乳ミルク運びも楽になるだろう』

「へーぇ、なにこれ?小さい馬車?」

『大八車だ、私の世界で重い荷物を運ぶ時に使うものだ。

この大きさだとともがらはすぐに壊してしまうだろうなぁ』

 かかと笑う、見上げんばかりに大きな友達。

「あーそうだね…………でも、僕も毎日豆乳ミルクを配達していたら、

響天ぎょうてん号より力が強くなって、

こいつもすぐに壊れちゃうかもしれないね!!」

 はははこいつめ、と巨大な馬はその蹄でテリオスの頭をぐりぐりした。


 友も、巨馬も、そして自分も、心から笑っていた。




 そして一瞬の後に目を開いた。

 任務を立て続けにこなして、力尽きたように路地で座り込んでいた彼女。

 夕日の中、ベネッタを背の荷台に乗せ、

宿まで送り届ける道すがらの約束を思い出したからだ。

「うう…………なんかださい」

 おい見ろよ、ミルク運びが今日は牛を運んでいるゼ、

と指差すデリカシーにかける者たちがいた。

「ダサくないです!仕事をバリバリこなすベネッタさんはかっこいい!

それを運ぶ自分も、転じてこのダイハチもかっこいいです!

箔がつくってもんです!」

「いや、だってなぁ…………それこそ出荷されてく家畜みたいだぞ私」

「とんでもない!明日を生きる糧を運ぶためのダイハチです。

見ていて下さい、いつか貴方の窮地を救うために。

僕はきっとこいつを携えて飛んでいきますよ!!」







(さらばダイハチ!)


 その日、世界で一番かっこいい大八車が飛んだ。

 その背に特大の爆弾をかかえて、見上げんばかりの強敵へ一直線にだ。

 一人の女を守るためである、諸君、そのかっこよさに異論は認めぬ。




 肩にたたきつけられて、積荷ごと木片が四散する。

 熱い涙が頬をぬらすよりも早く、駆け出すテリオス、

程なく空気を焦がして飛ぶ一条の火の玉。


 轟音とともに爆発、身を焦がす衝撃!

地に落ちる巨大な戒めから解き放たれた少女の体を横抱きに受け止める。

「ベネッタさん!ベネッタさん、大丈夫ですか!?」

「て、テリオス…………」

 目立った外傷は無し、至近距離で爆風を受けたにしては煤一つついていない。

 なんと恐るべき、アルドバランの防御魔法であろうか。


 が、しかし。

 安堵するまもなく、ベネッタの瞳が再び恐怖で見開かれた。

 喉を引きつらせ、後ろを指差す―――継いでテリオスもみた。




 あちこち焦げ付いたその恐るべき巨大ゴブリンはいまだに存命。

 指向性を込めた試作品のやくそうであった、ぶちまけて火をつけた程度では威力が不足していたのだ。




 脅威は残った片腕にありったけの力を込め、その巨大な握り拳をこちらにたたきつけようと振りかぶっている。

「グ、グぅおおおおおおおおおおォォォォォォォォ!」

 その恐るべき咆哮、しかし身をすくませるものなど誰一人なく、

少年達に向かって駆け出す冒険者達。

 ふたたび杖を構える魔道士たち、カペラも跳躍のために身を沈ませる。


 だが、その誰もが間に合わない。

 今まさに振り抜かれる相手の拳、テリオスは目前の少女を守るためにその身を抱きすくめ。

 硬く目を閉じて、無駄な足掻きと知りながらも、

今わの際に、世界で最も好きな友達の名前を呼んだ。






「――――テオドールゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウッッッ!!」










 少年の背後で、ガキィンという金属音がした。

 けしてわが身を叩き潰す、肉と肉がぶつかり合うような音ではない。

 痛みにうめく相手のうなり声、誰もが目を疑い、声を出せないその場のなかで、少年はゆっくりと背後を振り向いた。




『……車道側に女の子を歩かせてはいけない、

近道だからといって人気のない裏道を歩かせてもいけない。

 夜道などもってのほかだ―――あらゆる危険がある道を、

デートコースに選ぶことを…………私はさせん!!』



 巨大なゴブリンの拳を、それはそれは立派な馬車が割り込んで、

しかと受け止めていた。


 前輪を浮かせ、そこから伸びた"腕"でしっかりとだ。


 程なく抱え込み宙返りをきめた、

中折れ帽をかぶった巨大な馬がテリオスの横に着地、

ニヤリと笑みを見せる。


「馬車…………」

「馬車だ…………いや、馬車か?」

「馬車から腕が生えてる…………腕?…………なんで?」


 誰もがその超常的な光景に声を奪われる中、

唯一少年だけが喜色万遍の笑みで彼の転生者の名前を呼ぶのだ。

「テオドール…………きてくれたんだね!テオドール!!」

『ああ、遅くなってすまなかった、テリオス!

誕生会に間に合わせるつもりではあったが、

このような危険が迫っていようとは思わなかったぞ、危ないところだった』

「ううん!間に合ってくれたから!!

一番来てほしい時に間に合ってくれたから、だからいいんだよ!!」

 そっと抱きしめていたベネッタの体を横たえると、

友の前に向かい合うテリオス。




『しかし、少女の危機を身を挺して守るとは見事な心がけだ。

よくやったぞテリオス―――フラグが立ったな』

「うん!」



 巨大ゴブリンの腕を握りつぶし、払いのけると後輪からスピンターン。

 そのたくましい鋼の親指をテリオスの前で立て、少年もそれに答える。

 そして惚けているベネッタの頭上に10個のハートマークが並び、

その内一つがビカァンと桃色の光を放った。

 おお諸君―――4つめである!!

(…………なんだこれ?)



 ズシンズシンとうろたえつつ後退し始める巨大ゴブリン。

そしてそれに立ちふさがる摩訶不思議な馬車。

 やがてテリオスが呼ぶ馬車の名に冒険者の一人が、

彼の正体に思い至った。

「なあ、テオドールって…………冒険者ランク1位の名前じゃねえか?」


『さあ、無粋な闖入者にご退場願うとしよう。

テリオス、君は彼女とともに、少し離れているといい』

 その声とともに、響天ぎょうてんが再び四足の獣と化し、

乗れよとばかりに背の鞍をカポカポーンと叩いた。

「乗っていいの?」

 うなづく馬、またがろうとすれば顔を嘗め回すばかりであったその馬に、

14の誕生日に認められる少年。

 即座に再びベネッタを抱きかかえると、

馬上の人となったテリオスは周囲に良く通る声で告げた。


「皆さんも後退を!後はテオドールが引き受けます!!」

『そのとおりだ!

いくぞ!ウェイクアップ《wake up》!!』







 それは巨大な四輪の幌馬車だった。

車体は木製と金属が半々、所々に聖銀や魔法合金でエングレービングが施され。

 みるべき者が見れば、使われている木材が魔力を吸い上げた魔法杖用のそれであったり。

 車体の金属も乗り心地だけにあらず、

荒地を走ってもびくともしない良質な素材であることを知るだろう。

 覆われている幌も、織り込まれた糸は魔獣由来の物だ、

箱馬車がもつ防御力など比べ物にならぬ。


 良い馬車である、だがしかし

―――そのようなごくまっとうな馬車では感嘆はされども驚きはあたえぬ。


 起きろと気合一合、その馬車は前輪を立ち上げ、

車底に折りたたまれた手足を伸ばし、幌を腰へマントのように回し。

 背にした御者台から人の胸元ほどもある、

巨大な顔を引き出し、瞳に強い光を放ったのだ。




『――――テオッッッ・ドォォォォォォル!!』




「ほわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?

アレは……アレは巨神か!?

伝説の…………伝説のぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 Drアルドバランは頭の天辺から驚きの声を上げた。

『…………素敵』

 心をもたぬ人工の乙女、

カペラすらも言葉の端にどこか熱を帯びた呟きを放つ。


 そして、馬車の豹変。

 否"変形"を見た冒険者達は誰しもが思い知るのだ。

 存在すら疑問視されていたかの冒険者ランク1位

―――テオドールの正体が本物の伝説であったことを。


 仕事の範囲が広すぎる、立派な馬車そのものでした。

 誰も彼の姿を見たものがいない、みても言葉にできない姿でした。

 相手取る魔物がでかすぎる、魔物よりさらにデカい。




 ――――まさか憶測のことごとくを上回ってくるとは!!




 そしてその力は見てくれだけではない。

 肩にある車輪の一つを取り外し、指先でまわすと轟音とともに、

外周に光の刃が現れる。

『デッドリィ・チャクラムッ!!』

 敗走そのものである巨大ゴブリンの背に、

その巨大な戦輪を投げつけると、あれほどの頑強さを見せた相手の背が。

 いとも簡単に両断され、風切音をたててテオドールの手に戻ってくる。


 金属音を立てて、再び彼の肩に車輪が戻るころには、

第16緩衝場には全員の笑顔と歓声が訪れた。








 そしてその夜。

 冒険者ギルドの建物の中では。

 予定通りとは行かぬが、テリオスの誕生を祝う宴が執り行われていた。


「はい、ベネッタさんあーんして、あーん」

「いやテリオス私自分で食べられるから」

「いやだって腕折れてるじゃないですか?はいあーん」

「折れてないから!!」


 長机に座った、ケツァゴールを中心としたギルド職員に囲まれて、

談笑の中で食事をするテリオスとベネッタ。

 表では机と椅子が片付けられ、

 冒険者達の元で一般の市民に料理が振舞われることとなった。

 まるで炊き出しのようである。


「畜生!なんで俺達働いてんだ!?」

「しょうがねえじゃねえかこんな時だし!

魔術師共だって黙って料理してんだ、お前もキリキリはたらけ!」

「ところで、何でこんなに先割れナッパの煮物が多いんだ?」




 そんな外の悲鳴が聞こえてくる中、

冒険者代表として職員達にさらし者にされているベネッタは、

小さくため息をついた。

 もちろん、そんな様をテオドールから長年の薫陶を受けたテリオスが見逃すはずもない。

「どうしたんですか?ベネッタさん」

「いや、この日のために新調した服、

こんなぼろぼろになっちゃってさあ…………」

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 それに気づいたテリオスの叫び声が響く。

「女の子の服を褒めるのをわすれたぁぁぁぁ!!」

 僕としたことがと苦悩するテリオスの痴態、

それを見て顔を赤くするベネッタ。

 そんな二人が落ち着くのを見計らって、

ケツァゴールが掌大の箱を取り出した。


「ときに、表のボンクラどもからお前にプレゼントだそうだ。

あけてみろよテリオス!」

 開くとそこに入っていたのは、冒険者達のステイタス。

「と、トゲだぁぁぁぁぁぁ!どうしよう、こんなに立派ですよ!?」

 ミスリルの塊から削りだしたと思わしき、それはそれは立派なトゲである。

 長く、そして太い。


 程なく、表から彼を寿ぐハピ・バス・デーの歌が聞こえてくる。


「どうしよう、ベネッタさん!

どこにつければいいと思います?」

 ふるふると首を振るベネッタ。

 表のアレの仲間入りは、正直どうかと思う16歳である。




 宴もたけなわ、そのうち食事を振舞っている冒険者達も、

 自主的に酒が入るだろう。

 今宵は誰しもが眠らない夜を過ごす。


 その宴の中心に居る、今日で14歳になったテリオスの顔を、

天井の明り取りから転生者が優しげな目で見守っていた。

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