第一話:少年の人形(アルヴィオス)#5
冒険者達が『裏庭』と呼ぶ町の裏手側。
ダイハチ一杯の先割れナッパを摘み終えたテリオスはパンパンと手をはたく。
「うん、こんなもんかな」
山と詰まれた収穫品を前に、少し幼さを残す顔いっぱいに笑みを浮かべた少年。
ちなみに足元を見れば地肌むき出し、いたるところに円形脱毛症みたいな跡が見て取れる、こんなもん所の話ではない。
少し小高い丘のようになっているその場所からは、冒険者の町が一望できる。
山岳地帯を背にし、向かい側を大きな塀で囲まれたその場所、
中心部には大きな穴が開いている。
ほんの少しだけ昔、それこそ自分が生まれたときと同じくらいに、
そこには神が落ちてきたのだという。
その名残はダンジョンとなり、それを管理するために三国は金と人員を出し合って、一つの町を作った。
本来、そこからあふれ出るモンスターを食い止めるために呼び寄せられた冒険者達は、三国の中心位置という立地とあいまって。
ダンジョンにもぐると同時に三国周辺各地の依頼をこなす中継地点となった。
けして世界の中心ではないが、今では三国の首都に続き、
最も栄えている場所のひとつに数えられる、最も若い町だ。
(僕の友達よ、僕と一緒に育ってきた町だ、嫌いなはずがない。
けれど、いつか、僕も君の旅に、―――ついていってもいいかい?)
今日、彼が、テリオスの一番の友人が、この町に帰ってくる。
最近はほとんど冒険者の町に帰ってこない、テリオスが生まれたときから一緒だった、大きな友人が。
※
冒険者の町にある、冒険者ギルドには貢献度を元にざっくりと並べられたランキングが有る。
各地にある冒険者ギルドよりも数段高いレベルにあると名高い、その町で上位と評されれば、間違いなく一流の存在であろう。
魔物の討伐数を誇るランカーもいる。
ダンジョンの未踏地域から生きて帰ったやつもいる。
三国や周辺地域への折衝が上手いやつもいる。
だが、そのトップに君臨するものを知る者は少ない。
せいぜいが名前と、眉唾な彼の動いた成果だけが一人歩きしているだけである。
曰く、ワイバーンを3頭同時に相手して、討伐した。
曰く、貴族の反乱軍から、村を一つ単独で守りきった。
曰く、オーク50体からの軍団が、その姿を見ただけで泣いて謝った。
曰く―――子供がいる。
彼の存在を口にすると、そこからはさまざまな憶測が生まれる。
仕事の範囲が広すぎる、立派な馬か馬車を持っているだろう。
誰も彼の姿を見たものがいない、名声に興味がない、立派な人物なんだろう。
相手取る魔物がでかすぎる―――3メートル以上あるんじゃない?背が。
もしくは存在自体がギルドが吹聴した作り話かもしれない。
それでも良かった。
今を生きる自分達の前に、今生きている伝説がある。
この、神に見放されつつあると不安視される世界のどこかに、
希望があるのだ。
※
さて、それじゃあ町に帰ろうか、かすかに喧騒が、ここまで響いてくる気がする。
そんな眼下の愛する町に向け、テリオスがダイハチに手をかけたその瞬間である。
今までの晴天がうそのように、背後の太陽が一瞬で翳った。
否、足元を見れば、何か巨大な人型の影が、彼の背後から覆いかぶさったのだ。
何か嫌な予感が彼の背筋を襲う、ゆっくりと背後を振り向くと、
そこには見上げんばかりの醜悪な影。
(ご、ゴブリン!?)
彼の愛読書である『魔物生態図画集』そのものの姿で、
ただ見上げんばかりに大きいゴブリンが、そこにいた。
冒険者達が酒の席で時折語る与太話に、
初めて相対したゴブリンは大きく見えた、という話がある。
大きくてもせいぜい胸元まで、上位種であるホブゴブリンに至っても、
せいぜい成人男子程度の大きさであるのが定説である、
そんなゴブリンをほら話でどこまで大きく表現するか、そんな遊びである。
だがしかし、少年の背後にいるのは姿形こそただのゴブリンだが
―――与太ですまない大きさがある。
なんといっても、奴めの獲物はまだ青く葉を生い茂らせている、
樹木を根元から引っこ抜いたものなのだ。
テリオスは逃げた、一目散に。
数瞬前にいた場所に、巨大なゴブリンモドキが振りかぶった樹木が叩きつけられる!
多くの葉と根についた土が飛び散り、少年が両腕を伸ばしても抱きかかえ切れないほどの太さをした幹が大穴を空ける。
異常事態であった、本来ならばダイハチをおいて逃げるべきなのに
、手がこわばって離すことができない。
むしろそれが幸いした。
下り坂をたっぷりと荷を乗せたダイハチが彼の背を後押しして、
制御不能なまでの速度を彼に与える。
走る、走る、走る―――走る。
無意識下で筋力増加の魔法をめぐらせ、
かろうじて進路を舵取る事、わずか10分に満たない時間。
冒険者の町、その裏手にたどり着いたテリオスは、腹から大声を出して駆け回った。
「山から魔物が降りてきます!町民は屋内に退避してください!
冒険者は武装して各干渉地区へ!大物です!!」
マニュアル化されていればとっさの時も声が出る。
冒険者の町において脅威の第一発見者は、
とにかく声を出せと子供の頃から聞かされる。
たとえ誤報であったり、いたずらであっても誰も咎めはしない。
指をくわえて黙っていることこそが悪、それがこの町の掟だ。
最もこのように伝令を飛ばすのは、
ダンジョンから魔物が漏れでた時のほうが多い。
ゆえに定型分は使えなかった。
戦闘都市とはいえ、外敵からの進行などは想像の埒外なのだ。
はたして、こんな信憑性の薄い声がけで、
どれだけの人々が反応してくれるのか…………。
(町民は動きが早い―――声が聞こえた分だけ戸板を閉めてくれる!)
この町の建物は民家に至るまで、
盾にでも使えそうな板で窓や入り口をふさげるようにできている。
中には骨組みを金属で覆ったような家もあるのだ。
万一洞窟からモンスターが都市内に迷い込むことがあっても、
この町の建物は篭城できるように考えられている。
「少年!君もうちへ入りなさい!!」
「駄目です!少なくとも大通りに出て声を上げるまでは、
自分は退避できません!!」
路地へ突っ込むようにダイハチを引っ張り、なおもまた声をあげる。
「冒険者は武装して各干渉地区へ!大物の魔物がもうすぐ町へ入ります!!」
しかし、肝心の攻め手……冒険者の準備がのろい。
もとより今日この日に限っては、最低限の警備を除いてほとんどが祭に浮かれて休暇を取っていたのだ。
自宅に居て眠っているものはまだましだった、たたき起こされれば武器を担いでまろび出る程度の動きは見せる。
だが、街中をうろついているほかの冒険者にいたっては、
なぜか下穿き一丁なのだ。
中には剣の変わりに石鹸を握り締めているものも居た、理解不能である。
(―――何故だ!)
致命的なまでに隙だらけ…………諸悪の根源だけがバカ騒ぎの理由を知らぬ。
「武器屋のおじさん!そこのタルに刺してるなまくらをまとめて買います!!
道路のど真ん中に出しておいてください!!」
「本気だな!よし金はいらねえ!
ぶちまけた端からもっていけボンクラども!!」
武器屋が剣や槍を路上にぶん投げ、
裸同然じゃあ不安だろうと、防具屋も盾やガントレットといった軽防具を持ち出した。
「すまんテリオス、相手は俺何人分だ?」
地に着き刺さった剣を抜き、冒険者の一人が声をかける。
間抜けな格好であろうとも、すでに顔つきは戦闘員の様である。
ざっくばらんな情報であっても、拾い上げる分だけ拾い上げる。
この町では冒険者を生かすように町民が動き、生きるぶんだけ働き、
戦うのが冒険者の務めだ。
ゆえに、彼らには自身の死はいとわないが、
自分が死んだ分だけ非戦闘員があいた穴に命を落とすことを教えられる。
死を厭わずとも、仲間を含め他人の命の責任だけが、自由気ままに過ごす彼らに課せられるすべてなのだ。
「身長だけでも、貴方3人以上です!!」
「ハァ!?――わかった3人以上だな」
相手の身長は俺の3倍以上だ!
そう同じことを繰り返しながらテリオスとは逆方向に走ってゆく冒険者。
冗談のような話でも勤めて本気で受け止めて対策を練る、
冗談ならば許し、後でいくらでも笑えばいい。
だが、今回ばかりは本気で信じざるを得ないようだ。
町の裏に近い一軒の民家が倒壊する音は、思いのほか大きかった。
※
いまでは、顔を上げれば町の表門からでも敵の醜悪な顔が見える。
すでにテリオスの声を聞かずとも、多くの町民達がそれぞれに成すことを考え、迅速に行動する。
今、特筆すべきは魔術ギルドの構成員達であろう。
町への被害を鑑み、炎系を除いたさまざまな属性の魔法が駆使され、
あちこちに点在する"緩衝場"と呼ばれる広場の一つ。
裏手に最も近い第16緩衝場へ彼らが脅威を足止めしている。
体を張ってだ。
だがしかし、これは戦闘の推移で考えれば致命的なことである。
本来魔法は大規模先頭の決め手となる、いわば『火力』である。
戦士、剣士、歩兵といった戦科が体を張って、
できる限り長く精緻な詠唱を伴う魔法を使って止めを刺す。
ありがちにして鉄板の戦法が、今まったく逆に働いているのだ。
踏み潰されないように巨体の足元をかいくぐり、
注意をひきつけるべく水鉄砲やそよ風に近い牽制を放つ。
避け切れない攻撃や建物を狙った打撃を、砂山程度の、
もろい土の防御魔法でそらしてゆく。
そんな綱渡りで時間をかせいでも、
後から駆けつけるのは原始的な取っ組み合いしか脳のない近接職のみ。
完全な消耗戦の体であった、故に勝利をつかむなら反対側に、
冒険者達の血を注いで天秤を傾けなければならない。
テリオスは一考を案じた、
あいてはオークやミノタウロスすらも凌駕する大型種。
ドラゴンを相手する腹積もりでかからねばなるまい。
(冒険者ギルドの倉庫なら、
対抗できるだけの"やくそう"が備蓄してあるはず…………)
かつて
喉が切れそうな勢いで叫びつつ、来た道を再び戻り始めた。
※
テリオスが知る由もない、ほんの数刻前までのバカ騒ぎを裏返したかのように、ギルドの建物周辺は火がついたような騒ぎだ。
人気がなくなった屋台、放置されたままの机と椅子。
そして不自然に広がった扇状スペースの中心で。
ギルド長のケツァゴールは職員達に指示を飛ばしている。
テリオスはそんな彼の目の前に、
たたきつけるように先割れナッパをぶちまけると、こう叫んだ。
「こいつ(ダイハチ)にやくそうをつんでください!
僕が運びます!!」
「なにィ!?」
「あるんでしょう、大型種を吹き飛ばせるくらいのは、
バの1号とまでは言いませんが2号か3号くらいは!」
バ系の"やくそう"はドカンといくものだ、
大体龍種や巨人種などの足元に埋めて、踏ませると同時に遠距離発火させる。
まず街中では使われない侵攻阻止用の1号ならずとも、
拠点防衛用の2号や対軍使用の金属片入り三号程度でも。
扱いようによっては戦況を覆せるはずなのだ。
「アホか!そんなもん使うなら町の裏庭にあらかじめ設置してある
捕縛魔方陣に誘導すりゃあいい、。
危険物をお前が持ってゆく必要はない!」
「相手を後退させられますか!?僕らでその陣を起動させられますか!
これ以上魔術師の皆さんに手は借りれないでしょう!!」
「後から頭ぐらいいくらでも下げてやらぁ」
首を傾ければアゴがつっかえると評判の男だが、
もとより
それがギルド長の責任である。
だが、そんな二人の口論に割ってはいる、しわがれた声があった。
「あんな若造に下げる頭なんぞいらんわ、
そこの坊主の考えもやり方によっちゃあうまい手かもしれんぞ?」
しろいローブにハゲ散らかした頭、年代物の片眼鏡にすきっ歯の、
お世辞にも見目が良いとはいえない老人である。
「…………おう爺さん、誰だあんたは」
ケツァゴールが誰何する声に答えたのは、その背後に居る背の高い影である。
『私の主―――Drアルドバランです、ギルド長』
その女、動くとメイド服の下で鋼が軋む音がする、と評判の冒険者ギルド貢献度ランク9位。
"人工従者"の二つ名を持つオートマタ、カペラその人である。
その女、その人と表現するには語弊があるかもしれぬ。
「おう!カペラ、お前さんが度々言ってた主ってのはこの爺さんか!」
『はい、今日も今日とてタダ飯タダ酒をかっ食らおうと、
あったこともない少年の誕生日を祝うために足を運んだあつかましい主です』
彼女に感情はない、水晶が埋め込まれた瞳をそっと閉じ、
ゆるゆると首を振るとぎゅい、と皮膚の下で鋼線が音を立てた。
「そんなことないよな!ワシらもう友達だよな!」
「あっはい!」
強引に肩を組んできた爺に賛同するテリオス、
物事がつかめなくてもとりあえず前向きに検討するのが本作の主人公である。
ノるかソるかの二択なら、ノる人間のほうがとりあえずモテるとは彼が敬愛する友人の弁だ。
『ともあれ、いま足止めをしている方々に代わり、私が外敵の足止めをします。
そしてやくそうを設置、後はこの主をそれに叩き込んで起爆、
皆様はゆるりと夕餉を楽しまれる寸法です。
―――――この案はいかがでしょうか?』
「…………わるくねぇ、か」
「悪いよね!?その流れだとワシ爆心に居るよね!?
火の玉ぐらい出せるわい!」
「おじいさんは魔道士でしたか!」
まあね、とテリオスの顔を見るDrアルドバラン、
従者に継いで主もかわいげはない。
「で、肝心のあんたは足止めできるのか?
正直採取系しか依頼受けている記憶がないのだが」
カペラは足元に転がる小石をつまむと。それを揉み始めた。
『荒事は好みませんが、
ダンジョンの5層まで散歩して帰ってくる程度の実力はあります』
石ころは砂に返り、風に舞って虚空へ消えてゆく。
とんでもないバカ力である。
話題の種というだけで、ランキング9位に位置しているわけではないのだ。
「今度からダンジョン行くなら討伐系の依頼受けてから足運べ
おいだれか、倉庫から"バ系試作6号"もってこい!!」
(バの6号―――新薬か!?)
聞いたこともないやくそうの名前に目を見開くテリオス、
やがて彼の前に一抱えもあるタルが運び出された。
「いいか、この六号は指向性爆薬ってぇよくわからんものを
コンセプトにつくられたもんだ。
要するに屋根をぶち抜く勢いで火柱が上がる、
金属で外周を覆ったほうが天辺、
滑り止めのギザギザがついたほうが底。
間違えんなよ、底のほうを埋めて火柱で相手の股座を焼くんだ」
ダイハチに乗せられるやくそう樽、
Drアルドバランはひょいと荷台に飛び乗るとその前に陣取り。
カペラは転がって暴発しないように後ろで樽をしっかりと支えた。
「きばってゆけぃ、坊主。
ワシはともかくカペラは成人男子の倍ほども重いぞ?」
『その言い方は甚だ不服です。
どうしてもっと軽量に作っていただけなかったのですかわが主』
新たに二人の道連れを得たテリオスは、
大きな声でいってきますと広場で見守る人々に告げた。
全身に自分史上最強の筋力強化をかけると、
すきっ歯からヒュウを笛を鳴らしアルドバランが囃す。
「坊主、見事な筋肉魔法じゃ」
「すいません、これしか魔法使えないんですよ。
放出系はなんか、相性最悪らしくて」
「じゃあそれで究極を目指せばよい、なぁに
、内包系の魔法だっていくつもあるからのう」
アルドバランも何事か呟いた、と
たんにテリオスの体内に更なる力がわきあがり、足元ががっちりと硬くなる。
「活力増加と、靴に硬化をかけたぞぃ、さあ行け、みんなまっとる」
「―――はい!」
爆発的なスタートダッシュを見せるダイハチ、
少年は今再び、速度というの名の暴力と化した。
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