第一話:少年の人形(アルヴィオス)#1

 夜通し酒を飲むベテラン、暑くならないうちに採取任務を終える若手。

 不夜城よろしく昼夜問わず動き続ける三国の中心、

冒険者の町にあっても早朝から活動をはじめる人物は少ない。


 店舗を持たぬ出入りの商人か、飲みすぎて路上でダウンしたおっさんか、

宿代も払えないほど賭博でスった馬鹿者か。

 人並みに賑わう町とはいえそんな彼らでもない限り、

山間の方向から土煙をあげて走り来る少年の姿をしらぬだろう。


 朝日を背に、

巨大なダイハチ(二輪の人が引っ張る荷台)を操り大通りに駆け込む少年。

 毎朝以下のような調子で、彼は大きな声で町におはようを告げる、

一日と欠かさずだ。




豆乳ミルクが通ります!すいません豆乳ミルクが通ります!!」





「うぁー!!み、豆乳ミルク運びのテリオスだッ!!」

「野郎共道をあけろ!

小僧の配達が遅れたら商業ギルドに目をつけられちまうぞ!!」

 夜の華からつけられたキスマークが目立つ冒険者イロボケが、

路上で高いびきをかく冒険者ヨッパライを蹴り飛ばした。

 吐瀉物を朝日に反射させながら、キリキリと音を立てて宙に舞う男。

 ダイハチが通り過ぎる一瞬前にダイブロールし、

大通りを駆け抜けてゆく少年に親指を立てる。

 そして跳ね飛ばされた男をゴミ箱でキャッチした、

目前の掃除を続ける店員も親指を立てる。

「今日もうまいミルクをたのむぜ!!」

「熱いうちに絞りたてを飲みに行くからよう!!」


「はい!各宿でおやじさんたちが待ってますので、お早めにどうぞ!」

 この十年で普及した豆乳ミルクは、

万年乳製品不足のこの冒険者の町にある提携店で大好評発売中。

 あまりの好評さに、料理で使われる以外の豆乳ミルク

昼を告げる鐘を聞いたことがないほどである。


 そして商業ギルド所属、妙に乳がでかいエルフの看板を掲げる

『フォルクス乳業』の名物丁稚、テリオス少年の名も、

町に居を構える中堅以上の冒険者ならば、

顔と名を知らぬものがいないほど有名なのである。





 十四年前に突如冒険者ギルドの支配人から、

すべての冒険者に下された勅命。

 実行期間無期限成功報酬なしのその依頼は、

その背後にある謎の一切を説明されぬまま、今もなお続いている。

 曰く『赤ん坊を一人前に育てろ』



その赤ん坊の名はテリオス。



 報酬がない代わりに遂行せずとも罰則が一切ない、

それゆえに荒くれたちは当初一切の興味を持ったことはなかったが。

 日がたつにつれて冒険者ギルドの小間使いとして働く子供として、

そして革新的な『豆をしぼったミルク』を販売する商業クラン、

その前線に立つ少年として認識が広がるにつれ、

彼を下に見るものは日に日に少なくなっていった。


 そして

「ようテリオス!今日の『誕生日会』は冒険者ギルドの建物でいいんだよな?

会場!」

「顔見せに行くから、酒と食い物残しといてくれよな!」


「はい!お待ちしています!

人が中に入りきらなくても軒先まで椅子と机用意してくれているらしいので、

もちろん飲み物と食べ物も!!」


 今日、少年は成人一歩手前、14歳の誕生日を迎える。

 7日前に冒険者依頼の掲示板の一番前に陣取ったわら半紙は、

冒険者を名乗るものなら見逃すはずもない上等な任務。


 冒険者ギルド、商業ギルドの連盟でブチあげられたその依頼は

『テリオス14歳を祝う宴』

 命の危険もなく、金銭的な実入りは一切ないものの、

代わりに酒とメシは食い放題。

 掲示板の利用率を上げるべく、時折張り出される武道講習や催しの類、

あるいは町内清掃といった新人救済依頼。


 ともすれば無視されがちなそれらとはちがって、

今夜のそれは各ギルドの力の入りようがちがう。

 この一週間にわたってひっきりなしで町に荷を運んでくる、

商業ギルド所属の定期馬車。

 妙に新作メニューの試食まがいの、宿の親父共が作る食事。

 誰に飲ませるわけでもない上等なヤツがはいった酒樽を、

カウンターの前からはみ出させている酒場。




 あれ?…………なんか夜も袖引きの華、少なくね…………?




 そんな取るに足らない小さな町の変化が、

日々危険を察知するのが生業の冒険者どもを予感させるのだ。




 大きな、とても大きな祭りの始まりを。







「ふう、今朝も配達任務完了…………っと」


 空の金属製ミルクタンクが乗っただけの、

すっかり軽くなったダイハチを前に、まるで剣舞後の残心を思わせるいでたちで、テリオスはゆっくりと息を吐いた。


 全身を駆け回っていた"筋力強化"の魔術が、解けるように霧散してゆく。


 帰り道は、自分の筋力だけで回収したミルクタンクを持ち帰る

 ほかの誰でもない、彼自身が決めた修練だ。

 今はまだ、商業ギルドの元で日銭を稼ぎ、

生活するだけの小僧であるが、将来は冒険者になる。

 そんな夢を追いかけている、彼はどこにでもいるただの少年である。


 なぜか時折昼食を一緒に誘われる、

見知らぬ女性冒険者達や夜の街を見張りする生業の女性達などは、

「絶対今のまま商業ギルドにいたほうがいいって!

そのうちあの『フォルクス乳業』から正規登録者のお声かかるでしょ?」

 とか

「博打みたいな生活は貴方にはにあわないわぁ~」

 みたいなことを言われたりする、

"口調は冗談半分みたいだけれど、誰もが目はマジな感じ"で言われたりする。



 おそらく、誰もが自身の心配をしてくれているのだろう、感謝。



だがしかし、そんな未来はロマンがないのである。

 大きな世界を駆け回って、各地の困っている人を助けたり、

超文明世界の遺産なんかを探してみたりしたいのである。

 もちろん、気を使って声をかけてくれる、

あまつさえ昼飯代を持つとか大いなる善意を向けてくれる女性の前で、

反論したりはしない。

 フォルクスさんみたいに新しい豆乳ミルクの味を

生み出すことはできませんよ~、とか。

 宿屋の親父さんたちも、

うちの店で雇ってやろうとか言われてるんですよね、とか。

 自分の将来をはぐらかしつつ、割り勘に持ち込むのが彼の精一杯だ。


 で、腹の膨れた帰りに冒険者ギルドの看板を冷やかしたりするものだから、

未練たらたらなのだと自分でも思うのだ、冒険者に。




 だって、僕の一番の友達も、冒険者だし。

 彼と一緒に、世界中を、世界の果てへも、行ってみたいのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る