後日談 「希望の未来へ」

 【1】


 後の世で黄金戦役と呼ばれるあの戦いから、4ヶ月が経った。

 年を越し、冬を超え、春になる間に、いろいろなことが起こった。


 一番大きな出来事は、進次郎のプロポーズだろう。

 サツキとレーナ、二人の女性に同時に指輪を送りつつ「君たち二人は、僕の翼だ!」と誇らしげに言った彼の姿は、今でも語り草である。

 世間では二股と言われる行為であるが、ふたりとも仲良く手をつないで喜んでいたので本人たちは満足しているのだろう。

 なお、日本で重婚が許されるのかという話に関しては進次郎曰く。


「一夫多妻制が存在するコロニーに一時的に籍を移し、そこで婚姻の手続きをしてから籍を日本に戻せば大丈夫」


 らしい。


 この話を聞いて、内宮がやけに悔しそうな表情をしていたのが裕太は印象に残っていた。


 ちなみに、プロポーズをしたとは言ったが、彼ら彼女らは未だ学生の身分であるので、正式な婚約はまだまだ先になるらしい。




 もうひとつ、裕太にとって大きな出来事。

 それは長年眠り続けてきた母、笠本由美江ゆみえが目を覚ましたことである。


 もともと、彼女の精神が異世界・タズム界へと行っていたことは周知の事実であった。

 しかしこの度、ついに向こうの世界の情勢が安定したために帰ってくることができるようになったという。

 5年も眠り続けていたため、衰えた筋肉をもとに戻すリハビリで入院生活は長引きそうではある。

 けれども、また家族で夕食を囲める生活がもどってくるという事実は、裕太にとって救いだった。


 そう、救いなのだ。


 友を失い傷心の裕太は、毎日ため息を繰り返して暮らしていた。



 ※ ※ ※



 今日は新年度の始業式……つまりは高校3年生へとなる日であるというのに、その表情は暗かった。


「ご主人さま、朝食はいかがでしたか?」

「ああ、ありがとう」

「では、行ってらっしゃいませ」

「ああ、行ってくる」


 無表情で玄関を出て、門の前で待っていたエリィと一緒に登校する。

 道中は、決して黙ったままというわけではない。

 エリィが話題を振れば受け答えはするし、冗談が面白ければ笑いもする。

 けれどもすぐにまた真顔に戻り、ぼんやりと空を眺める。


 そんな状態がもう何ヶ月も続いているのに、見捨てたりしないエリィや進次郎たちには、感謝していた。

 もちろん、裕太もなんとかしようと努力はしていた。

 けれども愉快な空気が生まれる度に、その中ではしゃいでいたはずのもうひとりの存在が心によぎってしまうのだ。


 ジェイカイザー。

 付き合いとしては1年にも満たない期間であったが、奇妙でかけがえのない、もういない友人。



 ※ ※ ※



 ドクター・デフラグとの最終決戦ののち、裕太達はすぐさま戦場となった寺沢山へと走り戻った。

 しかし、そこにあったのはクレーターの底で完全に融解した巨大な金属塊がふたつ。

 かつてジェイカイザーだったものは、完全に原型がなくなってしまっていた。



 【2】


「やっほぅ! 今年は同じクラスやな、笠本はん!」

「ああ、そうだな」

「銀川はんも岸辺はんも金海はんも一緒ってのは、なんか意図を感じひんか?」

「うーん、どうだろ」

「そやそや、新入生としてナインとシェンの奴が入学したらしいで! カーティスのオッサンところに下宿してるんやて」

「そうか、よかったな」


 内宮は、無表情で淡々と返答を返し続ける裕太の元から、足音をわざとらしく立てながら立ち去った。


「あー、アカンアカン! 調子狂いっぱなしや!」

「だから言ったでしょぉ? 内宮さんがクラスメイトになっても変わらないってぇ」

「せやけどなぁ……このまま笠本はんがしょげっぱなしってのも、うちとしては嫌やで。なあ岸辺はん」

「それはそうなんだが、どうするんだ? やれることなんてもうこの数ヶ月でやりきったぞ?」

「等身大サイズのジェイカイザーもどきを、水金族になってもらう案は試してみませんか?」

「サツキちゃん、それ絶対に逆効果だから絶対にやめてね?」

「はーい!」


「しゃあないなぁ。せやったら……」

「なあ」


 背後から話しかけられ、ギョッとしながら振り返る内宮達。

 そこに立っていたのは誰でもない、裕太だった。

 とても久しぶりに彼から話しかけられ、驚きを隠せない状態を前に、裕太が口を開く。


「さっき、進級祝いをやるから放課後に警察署へ集合。って大田原さんから連絡が来て……」

「笠本はんは、行かへんって言わへんよな?」

「……顔を出したらすぐに帰るよ。ワイワイやってるのを見るの、辛いから……」

「そか……」


 話し終わると、またすぐに席へと戻り窓の外をぼんやり眺める裕太。

 さすがの内宮も、この一連の行動を見たら諦めたくもなった。



 【3】


 始業式が滞りなく終わった放課後。

 校門で集合した裕太達は、一斉に警察署へと歩き始めた。

 もちろん、裕太は話しかけられなければ無言で、ただ先頭で話を聞くだけのスタンスだった。


「わぁ! 前も思ったけど、ナインとシェンの制服姿、似合ってるわよぉ!」

「それは褒めているのか? まあ感謝はしておこう」

「素直じゃないのうナインは」

「せやせや、二人とも部活はキャリーフレーム部に入るんか?」

「他に得意分野は無いしな」

「わらわとナインの無敵コンビがおれば、全国大会とて無双じゃろう!」

「でもさ、それって他の学校からしたらたまったものじゃないよな」

「高校野球にプロ野球選手が参加するようなものですね!」

「ついでにメジャーリーガーもってな感じやな。確かに相手がかわいそうや!」

「かわいそうといえばぁ、現2年生もかわいそうよねぇ」

「レギュラー、しかもエースの座を1年生に取られるわけだからなあ」

「訓練が足りないだけではないか。私よりも強くなるのは不可能ではない」

「学生に軍人級の練習を強いるなや……」


 後ろでかわされる楽しそうな会話。

 ジェイカイザーを失う前であれば、あの輪に気兼ねなく入れたのだろう。

 けれども今の裕太には、その勇気もなかった。


 自分の臆病さに嫌になりながら、気づけば警察署に到着していた。

 門の前で待っていたレーナが、遠くからこっちだと手招きする。


「ゼロセブン、なぜここに?」

「わたしも呼ばれたんですぅ~! っていうかナイン、まだナナねえって呼んでくれないの?」

「恋愛が成就したから無しだ。離婚のひとつでもしたら呼んでやらなくもない」

「じゃあもういいわよ! だって、進次郎さまとわたしはずーっと一緒だもん!」

「私も忘れちゃだめですよ! ですよね、進次郎さん!」

「う、うん。ふたりとも僕の大切な人だからね!」


「翼……」

「二人は僕の翼……やっけ、くすくす」

「ええい! ひとのプロポーズの台詞でいちいちからかうんじゃあない!」


「相変わらずにぎやかだな、若いもんは」


 裕太が顔を上げると、目の前に立っていたのは大田原だった。

 彼は裕太の方をバシバシと叩きながら、格納庫の方へと引っ張り寄せていく。


「い、痛いですよ大田原さん」

「坊主、なにいつまでもしょげてんだよ」

「俺だって、好きでこうなったわけじゃありません」

「へっ、その態度がいつまで持つか見させてもらうぜ」

「え……?」


 背中を押され、よろめきつつ足を踏み入れた格納庫。

 その中心には、ブルーシートにかけられたキャリーフレームの前に立つジュンナの姿があった。

 彼女の手には、宇宙服のヘルメットのような物体が抱えられている。


「ジュンナ……?」

「ご主人さま、これを」


 差し出されたヘルメットを、裕太は無意識に受け取る。

 その中には、なにやら機械の部品みたいな塊が一つはいっていた。


「ジュンナ、これは?」

「よくわかりませんが……あなたの大切なものだと」

「俺の……?」


 しばらくその部品を見つめ、思案を巡らせる。

 どう記憶をたどっても見覚えのない物体。

 頭の中にハテナマークを浮かべながらしばらく考え込んでいると、不意にポケットに入れていた携帯電話が震えだした。


「何だろ、母さんの病院からか……な……!?」


 携帯電話を手に取り、その画面を見た裕太は言葉を失った。

 明らかに有るはずのないものが、そこに映っていたから。

 角張った、直線で構成されたような、お世辞にも格好いいとは言えない顔のアイコン。

 まるで眠っているようにフガフガと言っていたそれは、目を覚ましたようにハッとした顔をした。


『な、なんだ……? ここがマシン戦士のヴァルハラか……? それとも天国か?』

「ジェ……ジェ……」

『むむっ!? なぜここに裕太がいる!? まさか、あの爆発に巻き込んで一緒に!?』

「ジェイカイザー!!?」



 【4】


 後から聞いた話によると、ジェイカイザーが生き残ったのは奇跡のようなめぐり合わせだったという。

 あの戦いの決着の時、この世に未練を残していたジェイカイザーは、機体が溶け切る前に無意識のうちに意識データを周囲に飛ばしていたらしい。

 その際、偶然にも近くに投棄されていた古い携帯電話にデータが転送され、爆発とともにその携帯はあらぬ方向に吹っ飛んでいったとのこと。

 そして昨日、落とし物として交番に届けられたボロボロの携帯電話。

 持ち主を探すためにとメモリの内容を引き出そうとしたところ、ジェイカイザーが発見されたという。


「ジェイカイザーーー、お前~~~!!!」

『な、なんだ裕太!? やっぱり一緒に死んでしまったのか!?』

「違うよ、俺もお前も……生きてるんだよ!! みんな!」


「え? なになに? ジェイカイザー?」

「生きてたのか! 本当に!?」

「わ~~良かったです~~~!!」

「だから言っただろう。あいつのようなやつが死ぬはずがないと」

「ほんま良かった~~! ジェイカイザー、笠本はんあんさんがおらん間ずっとな」

「めでたしめでたし、じゃのう!」


「裕太!」


 後ろから覗き込む面々をかき分け、裕太を背後から抱きつくエリィ。

 彼女の柔らかな感触が、裕太の背中を包み込む。


「本当に……本当に良かった……!」


 涙声で喜ぶ彼女に釣られて、涙が出そうになる裕太。

 けれども、ジェイカイザーの『いけーキスだー』というはやし立てを聞いてから、涙を流すのが馬鹿らしくなった。


「さて、もう一つサプライズがあるんだが……良いかな?」


 いつの間にか現れた訓馬に声をかけられ、「サプライズ?」と首をかしげる。

 彼の指差す方を見ると、ブルーシートがかけられたキャリーフレームの横で、照瀬と富永がシートの端を引っ張っていた。

 数秒の後に取り払われるシート。

 その下からは、信じられないようなものが姿を表した。


 趣味の塊のような、原色をふんだんに使ったロボット。

 青を貴重とし、頭部は絶妙に格好良くないカクカクとした顔が彫られている。


「ジェイカイザー……なのか!?」

『うおおっ! すごいではないか! 新品のピカピカだ!』


 細かいディテールこそ変わっているが、それはジェイカイザーそのものだった。

 エリィ達が一斉に群がり、ペタペタと装甲を触り始める。

 裕太が遠目からその外観に感動していると、訓馬が前に出てコホンと咳払いをした。


「正確には〈ジェイカイザーⅡ〉と言ったところか。フォトンリアクターこそ搭載していないが、〈エルフィスMk-Ⅱマークツー〉をベースにしたから性能は折り紙付きだぞ?」

『聞いたか裕太! ついに私のベースもエルフィスか、しかもマークツー!』

「……訓馬さん。俺、すっげー嫌な予感がするんですけど」


 ジェイカイザーの改修なりパワーアップに必ずつきまとうこと。

 それは、あまりにも膨大な費用がかかったことにより発生する借金。

 しかし、裕太の不安を吹き飛ばすかのように老人はクククと笑った。


「なあに、メタモス戦を始めとした地球を守る戦いで、コロニー・アーミィから莫大な報酬金がでていてな」

「そっか! よかった~」

「……で、残念なことに元のジェイカイザーのデザインを起こす際に、結構予算オーバーをしてしまって……」

「……やっぱり?」

「まあ、借金と言っても50万円ほどだ。君ならすぐに返せるだろう」

「ああーっ!! やっぱり借金生活じゃねえかよぉぉぉぉ!!」


 感動から一転、立て続けに別の涙を流すこととなった裕太。

 しかし、裕太の気持ちを汲む気などない、といった風に突然格納庫に警報が鳴り響いた。


「工業地帯にて、愛国社を名乗る暴走キャリーフレームが出現! 特殊交通機動隊は直ちに出撃せよ! 繰り返す、特殊交通機動隊は直ちに出撃せよ!」


 大田原たちへと放たれたであろう命令を聞き、裕太は訓馬と頷きあう。

 そして、目の前でコックピットハッチを開く〈ジェイカイザーⅡ〉へと駆け出した。


「よし、行くぞジェイカイザー! 出撃だ!!」

『おう!!』



 ───────ロボもの世界の人々 ~ 完 ~


          けれども、彼ら彼女らの人生は、これからも続く!!



───────────────────────────────────────



登場マシン紹介No.50

【ジェイカイザーⅡ】

全高:8.3メートル

重量:7.8トン


 訓馬が裕太のために用意した、ジェイカイザーそっくりな外見を持つキャリーフレーム。

 エルフィスMk-Ⅱマークツーをベースとしているため、性能は軍用機レベルの中の上といったところ。

 ジェイカイザーの意向を汲みフォトンリアクターは搭載していないが、実は後から搭載できるように訓馬が用意している。

 固定兵装は頭部バルカンのみで、標準装備として警察から支給された電磁警棒とショックライフル、及びΝニュー-ネメシスから差し入れされたビームシールドを搭載。

 これからの裕太の人生を彩る、素晴らしい機体である。


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