最終話 「大地に還る」

 【1】


 ジェイカイザーはΝニュー-ネメシスの甲板上で、人間で言うならば胸騒ぎに近い感情を抱いていた。

 レーダーに次々と映り込む反応。

 そのひとつひとつがアーミィから送られる敵性反応を示しつつも、ジェイカイザーの中ではそれらが仲間という認識が途切れ途切れに介入。

 その結果、レーダーの光点が赤と緑を交互に繰り返し、人間の目は黄色に見えるような輝きを発していた。


『画像解析の結果、出現している機体群は……非合体時のジェイカイザーにその意匠が78%ほど酷似しております』

『一体あれは……何なんだ?』


「ジェイカイザー!」


 通信越しの叫びと共に、ヘルメットをかぶった裕太がコックピットへと飛び込む。

 そのままパイロットシートに座った相棒へと、ジェイカイザーは不安を吐き出した。


『裕太、あれは何なのだ!? 何が起こっているのだ!?』

「わからねえけど、ヤバいってことだけは確かだ。……ん?」

『ご主人さま、艦長より通信です』


「裕太さん。あの機体群について、ジェイカイザーから情報はありましたか?」


 このような状況でも、相変わらず冷静な深雪艦長。

 返答に困っている裕太を見ていると、ふとジェイカイザーの古い記憶の断片のようなものが紐解かれた。


『……〈エビルカイザー〉だ』

「えっ?」

『あの機体は〈エビルカイザー〉だ! 合体していない私とほぼ同等の力を持つ機体だ!』


 なぜそう確信したのかはわからない。

 けれども、突然に天啓が降りたかのごとくそう感じたのだった。


「では便宜上〈エビルカイザー〉と呼称しましょう。コロニー・アーミィに攻撃を仕掛けているので敵と断定し、迎撃を開始します。よろしいですか?」

「ああ……だけど、ジェイカイザーのエネルギーが割とギリギリだ」

『では分離して戦闘してはいかがでしょう? 通常火器での応戦中は、フォトンリアクターによる充填が行われます』

「……そうだな。素ジェイカイザー並なら、高出力ビームが効くだろうし」

ェイカイザー!?』

「1文字だけ縮めるな!」


 にわかに、爆発のような光が宇宙に発せられ始める。

 すでにサジタリウス艦隊の〈ジエル〉と交戦を始める〈エビルカイザー〉。

 ただでさえ先のメタモス戦で損耗しているアーミィの部隊では、苦戦は免れないだろう。

 

「とにかく、迎撃に出るぞ!」

『わかった!』

『ブラックジェイカイザーは、私にお任せください』

『頼んだぞジュンナちゃん! オープンカイザーッ!』


 一瞬で分離し、バーニアを吹かせるジェイカイザー。

 裕太の操縦のもと、〈エビルカイザー〉で溢れる戦場へと真っ直ぐに向かう。

 その間にも、レーダーに映る敵性反応は増え続けていた。



 【2】


 激しい閃光が後方で巻き起こった。

 援護砲撃をしていた〈タウラス級〉の一隻が、緑色の光線を受けて爆炎に包まれる。

 ビームシールドを前面に構え艦を守ろうとする〈ジエル〉達も、敵の数の多さに防戦一方を迫られていた。


「クソッ! 何だと言うのだコイツラはッ!」


 マリーヴェルは素早く操縦レバーを動かし、振り下ろされた剣をビームセイバーで受け止めた。

 そのまま頭部バルカンを浴びせて怯ませ、蹴り飛ばして距離を離す。

 同時にビームライフルへと武器を持ち替え、発射。

 しかし光弾は緑色に輝く結晶のようなフィールドに阻まれ、敵機の離脱を許してしまう。


 祝勝ムードに水を差す勢いで現れた謎の機体群。

 先に交わされた通信の中から、このジェイカイザーに似たマシーンが〈エビルカイザー〉という名称であることは分かった。

 けれどもその勢力も、目的もわからないまま、部隊が激しい攻撃にさらされ消耗していく。


 ただでさえ、メタモスとの一大決戦を終えた直後。

 決して軽くない損害を被ったサジタリウス艦隊は、無限かと思うほど溢れてくるこの軍勢に対し、無力に等しかった。


 ひとつ、またひとつと味方の機体反応がレーダーから消えていく。

 全滅も時間の問題かと思い始めたあたりで、光明が文字通り戦場に現れた。


『うおぉぉぉっ!!』


 戦場外から放たれたビームが、敵機のひとつを貫いた。

 同時にバーニアを噴射し、こちらへと突撃する派手派手しくも勇ましい機体。


「その機体は……岸辺進次郎くんか?」

「いやいや、笠本裕太ですよ! 確かにさっきまで乗ってなかったですけれど!」

『実は裕太が正パイロットなのだ! 大元帥どの!』

「そうか。この敵たち、名称からして諸君らが関係する機体だと思われるが、どうか?」

「……お恥ずかしながら、おそらくその通りです。あの〈エビルカイザー〉達を仕掛けているのは、十中八九デフラグ・ストレイジという男です」

『やはりか……』


 少年の相棒とも思える機体のAIから、意味深な低い声が漏れる。

 マリーヴェルは、その意図に触れられるように「デフラグとは?」と尋ねた。


「こいつの……ジェイカイザーの生みの親です。ヘルヴァニアを強く憎んでて、ヘルヴァニアを受け入れた地球を浄化すると考えている……らしいです」

「浄化か。その言葉の意図するところは、この現状を見るに地球への攻撃……あるいはヘルヴァニア人の粛清か。どちらにせよ、この先へと通すのは危険だな」

「ええ。ですが、この数ともなると止められるかどうか……くっ!」


 緑色に輝く結晶をまとわせた剣を振り上げた〈エビルカイザー〉が、頭上から襲いかかった。

 その剣撃をビームセイバーで受け止めたジェイカイザーが、返す刀で敵の胴体を切り裂く。

 胴体に大きな傷を受けた敵機へと、マリーヴェルは冷静にビームライフルを打ち込み、爆散させた。


「倒せなくはないようだが、数で攻められてはらちが明かない。何か手はないか?」

「手と言われても……」


「笠本はん、 IDOLAイドラやこいつら!」


 Νニュー-ネメシスの方角から、ビーム・スラスターを噴射した〈エルフィスストライカー〉がジェイカイザーの近くで静止した。

 瞬時にビーム・スラスターを射撃モードへ移行させ、こちらを狙う〈エビルカイザー〉を数機、次々と撃ち抜いた。


「あ、ども。大元帥はん、うち内宮千秋いいます~」

「呑気に自己紹介している場合かよ! イドラって何だっけ?」

「もう忘れたんかいな! うちがメビウス社で収集したデータから作られた戦闘用AIや! せやけどな、あのAIは完全自律型やのうて、近くに指揮官代わりとなる人間が必要になるんや!」

「つまり、〈エビルカイザー〉にはそのIDOLAイドラという人工知能が搭載されており、指揮官機を落とせば止まるのか?」

「アッはい。そないな感じです大元帥はん」

「内宮、指揮官機を見分ける方法は?」

「この状況やったら、有人機がイコールで指揮官機や。人間臭い動きする敵機を見つけたら、優先的に攻撃ししばいたらええ」

「なるほど……それなら話が早い!」


 マリーヴェルは手早くコンソールを操作し、サジタリウス艦隊全機へと繋がる回線を開く。

 そして、これまでに無いくらい声を張り上げ、指示を飛ばした。


「全機聞こえるか、敵の大半はAI操縦の無人機である! 機械的に無駄のない動きをするやつは置いて、人間が操縦していると思われる機体を狙え! 苦しい状況だが、連中を一匹たりとも地球へと通すな!」



 ※ ※ ※



「人間臭い動きってよ、ナイン?」

「ゼロセブン。見分けがつかないなら、片っ端から撃ち落とせばいいだろう」

「あーんっ、もう一回ナナねえって呼んでよー!」

「断る! 戦いに集中しろ!」

「ちぇーっ!」


 マリーヴェルからの通信を聞いたレーナは、シートにエリィのぬくもりが残る〈ブランクエルフィス〉の中で操縦レバーに力を込めた。

 正面から仕掛けてくる〈エビルカイザー〉へと、ビームライフルを連射。

 同時に放出したガンドローンのビームを照射することでフォトンの防壁を破壊し、本体へと光弾が突き刺さる。


「……見えたぞ! あの奥に陣取っている機体が指揮官機だ!」

「どうしてわかったの?」

「僅かにではあるが、あの機体から恐怖の念を感じた。であるならばっ!」


 ナインの〈クイントリア〉がスラスターを咆哮させた。

 剣を銃のように構え、フォトン光弾で応戦する〈エビルカイザー〉の間をすり抜け、指揮官機と見定めた機体へと肉薄するナイン。

 ビームセイバーで格闘戦に持ち込むも、向こうもフォトンの剣でその攻撃を受け止め、鍔迫り合いが起こる。


 その背後からナインを攻撃しようとする〈エビルカイザー〉。

 レーナはガンドローンで各敵機へと牽制射撃をし、〈クイントリア〉を狙う敵の注意をこちらへと向かせて援護をする。

 

 当然、レーナの方へと注意が向いた敵機から激しい光弾の応酬が飛来するも、巧みにバーニアを噴射し最小限の動きで回避をしていく。

 多数の敵から一斉に狙われることなど、普段の宇宙海賊業で慣れている。


「捉えた、沈めッ!」


 通信越しの勇ましい妹の声が発せられると同時に、ナインが張り付いていた〈エビルカイザー〉の上半身が爆炎に飲み込まれた。

 そして指揮官機を失ったことで、その周囲の敵機が次々と動きを鈍らせ、糸の切れた人形のように宇宙空間に静止する。


「本当に止まっちゃった」

「なるほど、全機を相手にするよりは遥かに楽だな!」


 次の獲物を探すように、激戦区へ飛び込むナイン。

 レーナはその妹の背中を追うように、ペダルに乗せた足に力を込めた。



 【3】


 マリーヴェルの元から離れ、〈エビルカイザー〉の指揮官機のひとつと交戦する裕太。

 無限復活するメタモスと違い、倒せば壊れてくれるため先の戦いよりはマシである。

 とはいえ、現在こちらはエネルギーを節約しつつ戦っている最中。

 武器本体のバッテリーで駆動するビーム兵器を駆使して立ち回っているため、フォトン兵器を使える相手の方が性能的には一枚上手うわて


 しかし、裕太のこれまでの戦いは、格上を相手にしていたことのほうが多かった。

 なにせ最初のジェイカイザーの状態など、10年前の民間機レベルである。

 その状態でも操縦技能で圧倒し、時には知恵を働かせ、工業用キャリーフレームから軍用機まで相手取ったのだ。


 ビームセイバーでフォトンソードを受け止め鍔迫り合いをしながら、ふと裕太は思いついたことをジェイカイザーへと尋ねた。


「……そうだ、ジェイカイザー。お前、生体センサー持ってただろ。指揮官機をそれで見分けられないか?」

『それが無理なのだ、裕太! なぜか……なぜか〈エビルカイザー〉からは生体反応を感じることができぬ!』

「なんだって!?」

『敵はドアトゥ粒子を使った転移で戦場に降り立っている。それに加えてIDOLAイドラの仕様……その両方に人間が介入しなければならないはずなのだが』


「グハハハハッ! 愚かだな光の勇者!」


 正面の指揮官機から突如放たれた通信。

 その品のない笑い声には、聞き覚えがあった。


「その声、その呼び方……! 確か黒竜王軍のワニ怪人!?」

「このゴーワン様の名前を忘れるとは許せんッ!」

「どこ行ったのか忘れかけてたけどよ……ネオ・ヘルヴァニアが黒竜王軍と合併した今、お前はお呼びじゃないぜ!」


 隙を付き、裕太は操縦レバーを切り返した。

 鍔迫り合いの状態から一歩刀身を引くことで、瞬間的にバランスを崩した相手のコックピット部分をかすめる様にビームセイバーを走らせる。

 こうすることでコックピットを保護するクロノス・フィールドが発生し、操縦を切り離された機能が停止する……はずだった。


 裕太の眼前に広がる光景、それはコックピットハッチを切り裂かれた〈エビルカイザー〉の赤熱した傷口から、パイロットシートが見える状態。

 しかし、そのパイロットシートに鎮座していたのは人の姿でもワニ怪人でもなく、無数のパイプでコックピットの外壁と接続された一つの球体。

 何を示しているのかわからない緑色の信号が、その表面で点滅するボール状の装置が、確かに操縦席に座っていた。


「その姿……!?」

「グハハハッ! 笑わば笑え! 死にかけの身を拾われた先で、このような姿へと変えられた我輩を! だが、この永遠の命を持つ身体ならば、我輩の野望も────!」


 受けたダメージが、どこかに蓄積していたのか。

 あるいは自爆装置でもつけられているのか。

 ゴーワンの声がした〈エビルカイザー〉が内側から爆ぜるように膨らみ、爆炎の中へと消えていった。



 ※ ※ ※



「内宮千秋といったか。君、良い腕をしているな。コロニー・アーミィに入らないか?」

「大元帥はん、こないな時にスカウトでっか?」

「君を見ていると、昔の私を思い出してな。アーミィは優秀な若者をいつでも求めているぞ?」

「ありがたい勧誘やけど……全部終わらせてから考えさせてもらんます! うららららぁっ!!」


 マリーヴェルの〈ジエル〉と内宮の〈エルフィスストライカー〉で背中合わせとなり、補助用スラスターで横回転をしながらビーム・スラスターを連射。

 4門の大型ビーム砲身から放たれた無数の光弾が、次々と周囲を取り囲む〈エビルカイザー〉の守りを貫きダメージを与えていく。

 回転を止め、ビーム・スラスターを推進モードへと切り替えると同時に、内宮はフットペダルに力を込めた。


「どうした?」

「うちのExG能力が、指揮官機を捉えたんや! 逃がすかボケェッ!」


 ビーム・スラスターの加速力で一気に詰め寄り、1機の〈エビルカイザー〉へと肉薄する。

 速度を維持したまま射撃モードへと移行、ビーム・スラスターを指揮官機に向けて放射する。

 狙われた〈エビルカイザー〉は直撃を避けるようにフォトンフィールドを形成しつつ体勢を変え、ビームが当たることによりフィールドを失いながらもフォトンソードを構え格闘戦へと切り替えてきた。


 とっさにビームセイバーを構え、その一撃を受け止める内宮。

 同時に、正面の敵機から直接の通信が入っていくる。


「どうかね、内宮千秋くん! 自身の戦闘データの集団と戦う気分は!」

「何やと? 誰や!?」

「僕の声を忘れたのかい? メビウスで何度か話さなかったかな? 社長の三輪みわ勝元かつもとだよ!!」

「三輪社長やて!?」


 一旦、指揮官機から距離を取りつつ、周囲から横槍を入れようとしていた無人の〈エビルカイザー〉へと一撃を入れる。

 そして再び、三輪を名乗った者が乗る機体の方へと意識を向け、〈エルフィスストライカー〉のスラスターを吹かせる。


「三輪社長やったら、黒竜王軍に関与してたいう責任で居なくなったはずやろ! なんでこないなところで、こんなことを!?」

「これも全て、ドクター・デフラグの計画だったのだよ! 我々のような選ばれし者たちは、ドクター・デフラグの手で永遠の命を手に入れ、地球の支配者となるのだ!」

「くだらん夢ほざくなや!! 頭おかしいんちゃうか!?」

「ワハハハハ! ワハハハハハ!」


 高笑いをするだけとなった三輪の搭乗する機体へと、おもむろに内宮はビームライフルを連射した。

 すぐさま回避軌道を取られかわされるも、予め予測していた回避方向へと向けていたビーム・スラスターを間髪入れずに発射。

 コックピットのやや上を貫くようにして、太めの強力なビームが〈エビルカイザー〉をえぐり抜けた。

 本来ならば機能停止していてもおかしくないダメージを受けたはずなのに、首の根元から上と片腕を失った格好のまま〈エビルカイザー〉が腕を突き出して襲いかかって来る。


「内宮千秋ィィぃ!!」

「なっ……!?」


 大柄な腕で〈エルフィスストライカー〉の頭部を鷲掴みにされた格好で、内宮は正面に見えるむき出しのコックピットを見た。

 パイロットシートに固定されている、怪しげな球体の装置。

 その中から、確かに三輪のものと思える存在を感じ取っていた。


「どうかねこの姿は!? 人間を脆弱な肉体から切り離し、その精神だけを機械へと移植するドクター・デフラグの素晴らしいテクノロジーだよ!!」

「何が素晴らしいや!? そないな人間やめてまうような身体なって、ほんまに嬉しいんか!?」

「飢えも無い、老いも無い! 枯れることのない無限の意識と永遠の肉体が、未来永劫この私という存在を生きながらえさせ続けるのだよ!!」

「わからへん、うちには全然わからへん!!」


 目の前のコックピットを潰せば勝てる。

 それは内宮にもわかっていた。

 しかし、人の姿を捨てたとしても確かに人間がそこに無防備に乗っているのだ。

 その命を殺められるほど、内宮は戦士として成熟しては居なかった。


「貴様さえいなければ、ドクター・デフラグの計画の邪魔などさせ───!!」


 それ以上、愚かな男に言葉を紡がせないかのように〈エビルカイザー〉を貫くビームの光。

 三輪そのものであろう球体の装置をも巻き込んだ光弾は、機体を爆発の渦の中へと消滅させた。


「内宮千秋、無事か!」


 援護射撃をしてくれたマリーヴェルの〈ジエル〉に抱きかかえられた格好の〈エルフィスストライカー〉の中で、内宮の腕は震えるばかりだった。




 【4】


「マリーヴェル大元帥より入電! 敵集団の抑え込みに成功中とのこと!」

「わかりました、では──」

「艦長! あらたなワープアウト反応! 敵軍の増援です!」

「……何ですって?」

「数、200機ほどを補足! なおも増えています!」


 もう少しで勝てるのでは……と、深雪がそう思った矢先のことであった。

 損傷が激しいΝニュー-ネメシスは、戦場の中心からやや外れた位置に陣取っている。

 それは、この艦に搭乗しているのは民間人が多数であるがゆえにと、アーミィ側からの提案によるものだった。

 だがこのまま、傍観しているばかりでは済まないであろう。


「深雪ちゃん、僕に行かせてくれ!!」


 いの一番に名乗り出たのは、甲板で〈エルフィスMk-Ⅱマークツー〉に搭乗し、砲台代わりに警戒をしていた進次郎だった。


「サツキちゃんがせっかく救った地球を、このまま危険に晒すわけには!!」

「却下します。意気込みは結構ですが現実を見てください。あなたの腕前では足手まといになる確率のほうが高いです」

「だけど!」

「もうしばらく辛抱してください。こちらも手をこまねいていたわけではありませんから。エリィさん、シェンさん。ふたりとも彼が飛び出さないように見張っていてください」

「了解じゃ!」

「でも……本当に大丈夫なのぉ?」


 不安そうなエリィの声。

 少々ヒーロー気質が強い彼らが息巻く気持ちはよく理解できる。

 けれども、信じてくれとしか言えないのが、現在の深雪の立場であった。

 間に合ってくれという願い。

 無力な幼い子どもが艦長席からできることは、ただ祈るだけだった。



 ※ ※ ※



 デフラグ・ストレイジが何を考えているのか。

 その答えを導き出す前に、裕太は再び渦中へと戻された形となった。


 不思議と、機械化したゴーワンを手に掛けたことに不快感はあまりなかった。

 あまりにも哀れだったからか、相手が機械であることで割り切れていたからか。

 とにかく、今はそういう事を考えている場合ではないという意識が、裕太を突き動かしていた。


 新たに現れた敵軍を、残り少ない戦力のサジタリウス艦隊とともに迎撃に当たる。

 しかし、あれだけあった艦隊の戦艦も、今攻撃に参加しているのは旗艦の〈サジタリウス〉と1隻の〈タウラス級〉だけ。

 数十機はいた〈ジエル〉も、レーダーにはもはや両手で数えられるほどしか反応は残っていない。


「くそっ! 敵の戦力は底なしかよ!」

「怯むな、裕太少年!」

「大元帥はんの言うとおりや! 心が折れたら負けやで!」

「そうは言ってもよ……!!」


 もう何回目かわからない、指揮官機へのとどめ。

 いちいちとどめを刺す度に、人間の意識が入った球体から怨嗟のこもった断末魔が通信越しに響いてくるので、裕太の心身は消耗する一方だった。

 そして、そうやって無人の〈エビルカイザー〉を10機前後停止させても、またすぐに別の部隊が襲いかかってくる。


 そのようなことが繰り返されれば、いつかは起こり得ること。


「しまったッ……!!」

『裕太っ!!』


 疲労によって引き起こされる、僅かな操作ミス。

 僅かではあるが、致命的な操作ミスである。

 受け止めそこねた敵のフォトンソードが、裕太のコックピットめがけて振り下ろされる。

 位置的に、内宮やアーミィの援護も望めない状況下。


(ここまでかよっ……!)


 諦めかけた、その時だった。

 突如、戦場に降り注ぐ無数のビーム光。

 それはこちらを狙うものではなく、的確に〈エビルカイザー〉だけを背後から襲いかかった。


「な、何や!?」

「間に合ってくれたか……!」


「こちら、木星防衛軍旗艦〈ジュピターサーティ〉艦長、遠坂あきら! これより、サジタリウス艦隊を援護する!」


 遠方に現れた20をゆうに超える戦艦群と、その格納庫から次々と発信するキャリーフレームたち。

 その中のひとつが、光の尾を描きながら戦場へ突入。

 凄まじい速度で駆け巡りながら四方八方へとビームの嵐を撒き散らし、次々と〈エビルカイザー〉を葬ってゆく。


「まったく……相変わらずスグルくんは活躍が派手だねえ」

「大元帥はん?」

「何でも無い。向こうからは金星コロニー・アーミィの増援……どうやら支援要請は聞き入れてもらえたようだね」


 戦況が、一気に傾いた。


 木星、金星から送られた戦力群はまたたく間に〈エビルカイザー〉の数を減らしてゆく。

 指揮官機を狙うだとかそういう戦略を取る必要もないままに、圧倒的なまでの数の暴力と質の高さで大群を押しつぶしていった。

 

 確かに勝利を確信してよい……はずである。

 しかし、裕太の中で何かが引っかかっていた。



 【5】


「……何故だ? なんでデフラグはこの状況下で静観しているんだ?」

『裕太、どうしたのだ?』

「ずっと違和感を感じていたんだ。ヘルヴァニアを憎むデフラグ博士が、なぜこのエリアにばかり〈エビルカイザー〉を送り込むんだ……?」

『地球を防衛するコロニー・アーミィを叩くことで優位に立つためでは?』

「地球にだって、国ごと防衛組織が存在するんだ。それらとやり合うには数が足りてないし、ここで戦力をいたずらに損耗しているのはおかしいんだ……!」


 自身を支持してくれているであろう人間を、球体の機械に移して捨て駒のように投入する。

 確かに、このエリアを制圧するだけであればそれで十分である。

 しかし、その目的がヘルヴァニア人を殺すことであったなら、道理が通らない。


『む? 裕太、友軍機のひとつが地球へ落下しているようだぞ!』

「なんだって?」


 裕太がレーダーに目をやると、確かに映る地球へ近づいていく、友軍を示す緑色の光点を見た。

 しかし状況的にそれはありえないはずである。

 地球へ向かおうとする敵を止めるために戦いに、敵がいない地球方面へと向かう必要はない。

 今さっき到着した援軍だって、地球圏の外側からやって来たばかりである。

 そして、飛び交うアーミィの通信にも、味方機が地球に落下しているなどという報告はない。


「そうか……そうだったんだ!!」


 裕太は操縦レバーを思い切り倒し、ジェイカイザーを反転させた。

 同時にペダルを力いっぱい踏みこみ、全速力で光点で示された機体の方へと加速する。


『裕太……!?』

「やっとわかった……デフラグの狙いが!」


 大気圏に接近していることを示すアラートが、コックピットに響き渡る。

 しかしその音を気にすることなく、裕太はウェポンブースターを起動する。

 手の甲を下に向けたジェイカイザーの左腕の手首から、エメラルド色の結晶が飛び出した。


「最初からデフラグは、地球人に勝とうなどとは思っちゃいなかったんだ!!」


 その結晶は手の甲のビームシールドへと伸びていき、桃色の光を発していたビーム発振器から、ジェイカイザー全体を包み込まんとする緑色の長く広いビームが放出される。

 強化されたビームシールドに身を包んだまま、大気圏へ突入。

 かつて修学旅行の帰りに一回やったこと故に、恐怖感は無い。

 ただただ、前方に見える黒い点にしか見えない機体を、追いかけ続けた。


「その手でヘルヴァニア人を殺す、それだけが目的だと考えたなら……!」


 大気圏を無事に抜け、周囲の空が黒から青へと変化した辺りでウェポンブースターを解除。

 バーニアを全開に吹かせながら、落下速度を徐々に落としにかかる。


「一人でも多くのヘルヴァニア人を殺したいと考えたならば、目的地はひとつしか無い!」


 雲の層を幾つもとっぱし、眼下の光景が町並みと山々へと移り変わる。

 その風景は、ジェイカイザーの中から地図越しに何度も見た風景。


「世界最大のヘルヴァニア人密集度を誇り、反ヘルヴァニア組織の活動が最も活発な場所……俺たちの住む、代多よた市だ!」


 初めてジェイカイザーと出会った日、その場しのぎのために巨大な機体を隠した山。

 寺沢山へと落下し、巨大な土煙を上げる前方の機体。

 その土煙の中へと、ジェイカイザーも突入する。

 そして、落下の衝撃で形成されたクレーターの縁に、裕太は着陸させた。


 土煙の中から立ち上がる、邪悪な様相の機体。

 それは〈エビルカイザー〉よりも、2倍近い大きさをしていた。

 例えるならば、ハイパージェイカイザーの邪悪版。


「よくぞ、ワシの目論見を見破った……」

『デフラグ博士……なのか!?』

「どこまでも邪魔をしてくれるな、地球人! そしてそれにくみし創造主へと刃向かうかジェイカイザー!!」


 黒い機体の胸部にある、緑色の宝石のような物体が輝き始めた。

 その輝きは、何度も見たことのあるフォトンエネルギーが放つ光。

 そして、宝石の周囲を取り囲む結晶は、ウェポンブースターによるもの。


「この〈グレートエビルカイザー〉で、ヘルヴァニア人もろとも滅却してくれるわァッ!!!」



 ※ ※ ※



「あ……!」


 Νニュー-ネメシスの甲板の上でブラックジェイカイザーに乗っていたエリィの胸が、突然ズキリと痛んだ。

 その痛みは、彼女の中のExG能力が、何かを感じ取ったことを示している痛み。

 いても立ってもいられなくなったエリィは、ペダルに乗せた足に力を込めた。


「銀川さん!?」

「エリィ、どうしたのじゃ!?」

「わからない。わからないけど……裕太が危ないの! 行かなくちゃいけない気がするの!!」


 エリィはブラックジェイカイザーを素早く航空機形態へと変形させ、ペダルを踏み込んだ。

 直感に任せた方向へと、脇目もふらずに進んでいく。


『マスター、ジェイカイザーの移動経路を確認しました』

「ありがとう、ジュンナ。裕太はどこに?」

『地球……。いえ、この突入コースであれば……日本の代多よた市へと降りた模様です。移動ルートを調整し、自動操縦へと切り替えますか?』

「お願い。全速力で向かって!」

『わかりました。私も……機械ですが胸騒ぎのようなノイズを検出していますからね』

「裕太……ジェイカイザー……。無事でいて……!」


 少女はただ、祈りながら両足に力を込め続けた。

 そのバーニアの光を追っているものは、誰もいなかった。



 ※ ※ ※



 〈グレートエビルカイザー〉から放たれた光の帯が、空間を走った。

 とっさに回避したジェイカイザーの脇を通り抜けたビームが、進行上にある木々を消滅させながら進み、遥か向こうの基路山きろさんへと直撃する。

 瞬間、空が真っ赤になると同時に大爆発を起こす基路山きろさんの山頂。

 数秒して空の色がもとに戻った時そこにあったのは、半分から上をえぐり取られた基路山きろさんの姿であった。


「ぐぬぅぅぅっ、ブレスト・フォトン・ガイザーの射角がズレておったか!!」


『デフラグ博士……あなたは、本当に地球を攻撃するつもりなのか……!!?』

「ジェイカイザー、あいつはお前の知っている老人じゃない! 地球を滅ぼそうとする……敵だ!!」




 【6】


「ぬぅぅぅん!! グレート・ブレェド!」


 〈グレートエビルカイザー〉が手に持った、ジェイブレードに似た長剣にフォトン結晶がまとわりつき刃を形成する。

 そうして出来上がった巨大な剣が、裕太へ向かって容赦なく振り下ろされた。

 とっさに横っ飛びで回避し、ビームライフルで応戦する。

 しかし、光弾を直撃させているはずなのに〈グレートエビルカイザー〉には傷一つ付いてはいなかった。


「無駄だ、地球人! グレート・フォトン・ブラスタァァァ!」


 デフラグの咆哮と共に〈グレートエビルカイザー〉の頭部から放たれる、無数のフォトン結晶の弾丸。

 回避行動をとりながら裕太はビームセイバーを回転させ防御を行う。

 しかし、フォトン結晶はビームの刃を素通りするかのように次々とジェイカイザーの装甲へと突き刺さっていった。


「ぐあああっ!!」

『何故、何故なのですか博士! なぜあなたは地球を攻撃するのですか!? 地球を守るために私を作ったあなたが、なぜ!!』


「ジェイカイザー、貴様はひとつ勘違いをしているな!!」

『勘違いだと!?』

「わしが今憎んでおるのは、ヘルヴァニア人だけではない! 地球人もだ!」

『地球人もだと!? 何故だ!!』

「ジェイカイザー、貴様は平気なのか!? 地球人がヘルヴァニアを滅ぼしたがために、貴様は救星の英雄となる機会を逃したのだぞ!!」

『……!!』

「あまつさえ、ヘルヴァニア人によって穢された地球人のもとで、ヘルヴァニア人のために貴様は戦わされている!! それは裏切りではないか!!」


「違う!!」


 裕太は、ダメージで警告音が鳴り響くコックピットの中で叫んだ。


「お前は、地球を何もわかっちゃいない!」

「何……!?」

「地球だ地球人だと分かったふうに言ってるが、お前はニワカなんだ!」


 ウェポンブースターを起動し、ビームセイバーを強化する。

 緑色に光る刃は、地球人類の英知とジェイカイザーの力が合わさった輝きを放つ。


「ニワカだと!? 若造がワシに説教をしようというのか!!」


 再び放たれるグレート・フォトン・ブラスターの弾丸の嵐を、強化したビームセイバーの横薙ぎ一閃で全て焼き切る。

 そして流れるようにジェイカイザーを跳躍させ、〈グレートエビルカイザー〉へと光の刃を振り下ろす。


 だがしかし、光の刃が〈グレートエビルカイザー〉の巨大な手によって掴まれる。

 非実体のはずの剣を、その邪悪な手のひらが確かに受け止めていた。


「地球人が舐めた口を利くなぁっ!! ヘルヴァニアは宇宙に蔓延はびこがん細胞ぞ! 根絶やしにせねばならぬ病魔なのだ!」

「ぐおあぁぁっ!」


 ビームセイバーごと、ジェイカイザーを投げ返す〈グレートエビルカイザー〉。

 地面に叩きつけられ手から離れたビームセイバーの柄が、邪悪で巨大な足に踏み潰される。


「その病魔にむしばまれ、精神まで堕ちた地球人ども、ワシはその全てを滅ぼしてくれる! そのためならば、我が身を神にも悪魔にもやつして見せようぞ!」


 裕太は倒れたジェイカイザーを、操縦レバーに力を入れて立ち上がらせようとする。

 しかしその背中を、〈グレートエビルカイザー〉が踏みつけた。


「なんと地球人の無力なものよ。フハハ……地球人よ、その無力さを更に思い知ると良い」


 ジェイカイザーを踏みつけたまま、市街地の方を向き胸部の結晶体を光らせる〈グレートエビルカイザー〉。

 それは、さきほど基路山きろさんの山頂を吹き飛ばした攻撃を、居住区へと放とうという意志だった。


「やめろぉぉぉぉっ!!」

「ヘルヴァニア人もろとも滅びるが良い、地球人よ! ブレスト・フォトン・ガイザ……」


「デフラグ、貴様の思い通りにはさせん!!」


 ジェイカイザーの頭上で、突如現れた〈クロドーベル〉が〈グレートエビルカイザー〉の背部へと取り付いた。

 その手に握る電磁警棒は、ビームが一切効かなかった黒い装甲へとたしかに突き刺さっていた。


「貴様ぁぁっ! フォルマットかぁぁッ!」

「訓馬さん!? 〈クロドーベル〉で無茶だ!」


「これ以上、亡霊などに兄の名を汚させはせんっ! 裕太くん、此奴こやつの装甲にエネルギー兵器は通用しない! 物理的攻撃で攻め立てるんだ!」

「そういっても、警棒なんかじゃ致命打は……!」

「まもなく君の助けが来る! それまで耐え────」


「邪魔をするなぁぁぁっ!! フォトン・フィンガァァァッ!」


 背部に取り付いた〈クロドーベル〉へと伸ばされた〈グレートエビルカイザー〉の指が、閃光を放った。

 刹那、消滅するように爆散する〈クロドーベル〉。

 旧式の〈クロドーベル〉には、クロノス・フィールドは搭載されていない。

 その事実と、目の前の事象が示すものは……。


「訓馬さん! くそぉぉっ!!」


 気を取られてか〈グレートエビルカイザー〉が踏みつける力が緩くなった隙に、足の下からジェイカイザーを脱出させる裕太。

 そのまま背後を取り、ショックライフルを訓馬が突き刺した電磁警棒めがけて発射する。


「ぐぬぅぅっ!?」


「効いてる……! 警棒越しなら攻撃が通るのか!」

『裕太! 私はもう許さん!』

「ジェイカイザー!?」

『フォトンの光は世界を照らす希望の光だ! その力で悪を成すことは絶対に許せん!!』


 怒りに打ち震えるジェイカイザーに、裕太は大きな頷きで同意を返した。

 これ以上、だれも犠牲にはさせない。

 そのために、先程からレーダーにチラチラと写り込んでいた存在へと意識を集中させた。


「裕太ぁぁぁっ!!」

「エリィ、来い! 合体だ!!」


 上空から降るようにやって来たブラックジェイカイザーの元へと、裕太はジェイカイザーを跳躍させた。

 そして空中で合流し、声を張り上げる。


「ジェイカイザー、ハイパー合体!!」


『おう!』

「ええ!」

『行きます!』


 エリィの乗るブラックジェイカイザーの四肢が分離し、巨大な手足へと変形する。

 空中に転送された合体パーツがジェイカイザーの足を火花を上げながら包み、そこに変形したブラックジェイカイザーの脚が合体。

 今度は合体パーツがジェイカイザーの腕を通し、一体化。

 足のときと同じようにブラックジェイカイザーの変形した腕が装着される。

 エネルギーが通り光のラインを浮かび上がらせる腕から、金色に光る手が伸び力強く宙を握る。


 残されたブラックジェイカイザーの胴体が上下に分離し、上半分が仮面をかぶせるようにジェイカイザーの頭部を包み込む。

 残りの合体パーツが次々と舞い上がり、ジェイカイザーの胴体を覆っていく。

 最後に残されたブラックジェイカイザーの胴体がコックピットハッチを守るように装着され、胸に輝くエンブレムが現れた。


 そして、仕上げとばかりにジェイカイザーの口元が鋼鉄のマスクで覆われる。


『ぬぅぅんっ!! 青く輝く地球のために、人々の笑顔と平和を守る!! 旭光きょっこう勇者ハイパージェイカイザー!! 降臨ッ!!』



 【7】


 地響きとともに、〈グレートエビルカイザー〉の正面に着地するハイパージェイカイザー。

 大きさもパワーも、これで互角となったはずである。


「エリィ、来てくれてありがとうな!」

「裕太ったら、いつもあたしに心配かけてばかりだもの。放っておけなくって!」

『別に、ジェイカイザーが心配で来たわけではありませんからね』

『それはツンデレと取って良いのか? ジュンナちゃん!?』

「とにかく、だ。訓馬さんの弔い合戦だ!!」


「ええい、勝手に殺すでない。私は生きているぞ! 孫娘の花嫁姿を見るまでは死なん!」

「あれ?」


 通信で入ってきた訓馬の声に、裕太はシリアスモードを崩された。


「いやだって今さっき、コックピットごと爆散……」

「ドアトゥ粒子で脱出したから安心したまえ。それよりも、合体したとしてもあやつの装甲にダメージが入らないのは変わらぬが、何か策はあるのか?」

「訓馬さんのお陰で策ができました。この方法なら、行けるはずです」

「そうか……では健闘を祈る。時代をつくるのは老人ではなく若者であると、あの亡霊に叩き込んでやれ!」

「はいっ!!」


 訓馬との通信が切れた辺りで、ショックライフルで麻痺していた〈グレートエビルカイザー〉が動き出した。

 乱雑に背部へと刺さっていた電磁警棒を引き抜き、そのまま握りつぶす。


「地球人ごときが、ヘルヴァニア人と手を組みワシに歯向かうかァッ!」


 手に再びグレート・ブレードを握った〈グレートエビルカイザー〉が、ハイパージェイカイザーへと巨大な刃を振り下ろす。

 裕太は素早くジェイブレードを構え、フォトンの刃をまとわせてその一撃を受け止めた。


「さっきから地球人だ、ヘルヴァニア人だと言って……お前はカテゴライズだけでしか、人間を見ていないな!」

「若造が生意気を言うかぁっ!!」


 乱雑に振られた横薙ぎの一閃を、屈んで回避する。

 直後に〈グレートエビルカイザー〉の頭部から発射される無数のフォトン結晶弾。

 しかしハイパージェイカイザーは軽快に後方へと飛び退き、その攻撃をすべてかわし切る。


「あたし達は一緒に生きているの! 人種とか生まれとか、そういうの関係なしに!」

「ヘルヴァニア人の小娘が何を言うかぁっ!!」

「人間だけじゃない! 俺たちはジェイカイザーとも、ジュンナとも出会った! そして今、この機体の中で一緒に戦っているんだ!」

『裕太とエリィどの、それに私とジュンナちゃん! そのどれもが欠かすことのできない仲間なんだ!!』

『それは地球という惑星に住まう人々も同じです。すでに、ヘルヴァニア人は地球に欠かすことのできない人々となっています』


「だが、それは歪みでしか無いぃぃ!! 地球が不要な不純物で汚され、社会が歪んでゆくのがわからぬかぁぁぁっ!!」


 〈グレートエビルカイザー〉が、剣の結晶を弾けさせ展開させる。

 それは、ジェイブレードの射撃機構を強化して放つ前動作。

 裕太たちも、ハイパージェイカイザーをダブルフォトンランチャー発射体制へと移行させる。

 

「もう一度言ってやる! お前は地球をニワカ知識で語っているだけだ! 上辺だけのカテゴライズで満足し、個々人を見られないようなやつが地球を理解しただとふざけている!」

「小僧おおぉぉっ!!」


「あたし達は見てきた、感じてきた!」

『人間の強さを、社会の逞しさを!』

『そして、地球という懐の大きい共同体で、私達は生きてきました!』

「お前なんかの手を借りなくても、世の中は良くなっていこうとしているんだ! そこにを挟むな! 見下すなぁぁぁっっ!!!」


「死ねぇぇぃ!! グレート・フォトン・キャノン!!」

『「『「ダブルフォトンランチャー、発射!!!!」』」』


 同時に、3本のフォトンエネルギーの塊が放出され、ぶつかった。

 凄まじい閃光が一帯を包み込み、周囲の木々が衝撃波でなぎ倒され大地が削れていく。

 強大なエネルギー同士のぶつかり合いの果てに、不毛となった大地に立つ巨人がふたつ。

 その片方の胸部が、三度みたび緑色の光を放ち始める。


「とどめだぁっ!! ブレスト・フォトン・ガイザァァァァッ!!!」

「その瞬間を……待っていたんだァァァっ!!」


 背部のバーニアを全開に、エネルギーチャージをする〈グレートエビルカイザー〉へと突進するハイパージェイカイザー。

 そしてその手には、ジェイカイザーが初めてこの世界でキャリーフレームと戦ったときから握っていた武器。


『ジェイ・警・棒!!』


 突進の勢いそのままに、〈グレートエビルカイザー〉の胸部宝石へと、電磁警棒を突き刺す。

 刺さりとしては、警棒事態の長さが短すぎるゆえに浅すぎる刺さり。

 しかし、裕太のやろうとしていることには、十分すぎる深さだった。


「何をする、地球人んんんんっ!?」

「このままウェポンブースターをねじ込んで、エネルギーを暴走させてやる! いくらお前でも、あの破壊力を倍増して内部から放ったら耐えられまい!!」

『このままバーニアを全開。射角を問題ない角度へと無理やり引き上げます』

「裕太! ウェポンブースターに回すエネルギーはバッチリよ!」

「よし! ふんばれジェイカイザー! もう少しだ!」


『ああ……! ……だが、それは私一人でやる!!』

「「ええっ!?」」


 突然のジェイカイザーの発言に驚いていると、気がつけばコックピット内にキラキラと光る粒子が浮遊していた。

 それは、ジェイカイザーの転送や、先の訓馬の脱出に使われたイェンス星の物質・ドアトゥ粒子。


『ご主人さま。実は……この機体のクロノス・フィールド発生装置は、地上でのメタモスとの戦いより始まった度重なる戦闘で故障していたのです』

『この男と共に消えるのは私一人で十分だ。裕太たちが犠牲になる必要は無い!』

「待てよ、待ってくれよ!! 自己犠牲をやるってのか!?」

「そうよ! みんなで帰って、ハッピーエンドをするのよぉ!」

『そのエンドに、私はふさわしくないのだ。地球を危機に陥れた、デフラグ・ストレイジその人である、このは私はな……』

「ジェイカイザー……お前、気づいていたのか!?」


『私という存在は、この世界にとって歪みなのだ。フォトン結晶も、ウェポンブースターも、この世界に混乱をもたらすだけなのだ』

「そんなことはない! 俺たちはお前の力にいっぱい救われてきた!」

「そうよぉ! あなたの力で、何人助けられたと思っているのよぉ!」

『けれども、やはりこの世界にあってはならない存在なのだ! 地球という、その星の力だけで強い文明を築いたこの大地に、外部からのテクノロジーは相応しくない!』

「そんな屁理屈、俺は納得しねえぞ!!」

「ジュンナも、ジェイカイザーに何か言ってよぉ!! 友達を犠牲にしての決着なんて、あたしは嫌ぁ!!」

『……ジェイカイザー。ご主人さまとマスターは、必ずや私がお守りします。あなたの分まで』

『頼んだぞ、ジュンナちゃん』

『跳躍地点、東目芽高校校庭。跳躍……!』

「待てよ、ジェイカ─────!!!」


 裕太の叫びが出切る前に、その姿はコックピットから消えていた。



 ※ ※ ※



 ハイパージェイカイザーから伸びる結晶が、警棒を通して〈グレートエビルカイザー〉の内部へと入り込んでいく。

 なおも輝きを増していく相手の胸部を見ながら、ジェイカイザーは損傷によってカメラアイから涙のようにオイルを滴らせていた。


(ありがとう、エリィどの。私のような存在を、最後まで友として扱ってくれて)


 ハイパージェイカイザーに押され続けた〈グレートエビルカイザー〉が、ついにバランスを崩し仰向けに倒れる。

 それでもジェイカイザーは胸部から離れず、フォトンエネルギーを送り続けていた。


(ジュンナちゃん。一度でも良いから君の口から……私が好きだと聞きたかったな)


 内部で膨れ上がるエネルギーに耐えられなくなった〈グレートエビルカイザー〉の外部装甲にヒビが入る。

 そして空気を送り込まれた風船のように、その巨体が徐々に膨らんでゆく。


(進次郎どの……サツキちゃんとレーナちゃんと幸せにな)


 溢れ出るエネルギーに、ハイパージェイカイザーの装甲が融解を始めた。

 数多の戦いを耐え抜き、人々を救ってきた戦士の、最期が近づいていた。


 死を前にしてジェイカイザーの中に、思い出が蘇る。


 パトカーから逃げるように夜空を飛んだあの日。

 免許を取るために、警察と戦ったあの日。

 美少女転校生が、異種生命体だとしってもなお友となったあの日。

 ドラマの撮影をしようとして、軍用機と戦う羽目になったあの日。

 裕太とエリィが、パフェをかけてキャリーフレームで戦いあったあの日。

 海水浴場で水着姿を拝んだあの日。


 軌道エレベーターから落ちそうになったあの日。

 サツキが虫と仲良くなったあの日。

 宇宙怪虫との戦いの中で、バラバラに必殺技を叫んだあの日。

 愛するジュンナと、最悪で最高の出会いをしたあの日。

 ネメシス海賊団と知り合い、レーナが進次郎に惚れたあの日。

 大気圏を堕ちながらも、強敵をみんなの力で退けたあの日。


 ジュンナがメイド修行に励んだあの日。

 初めてエリィがジェイカイザーに乗ったあの日。

 裕太とともに、グレイに敗北したあの日。

 カーティスとともに、犯罪者と戦ったあの日。

 改良した身体で、グレイに対しリベンジを果たしたあの日。


 異世界からの来訪者に驚いたあの日。

 巨大兵器を一刀両断したあの日。

 学校の校庭で忍者ロボと戦ったあの日。

 自分とそっくりなロボットから、エリィを救い出したあの日。

 裕太の代わりにエリィとともに、敵に立ち向かったあの日。

 みんなの力を合わせて、内宮を救ったあの日。

 初めてハイパー合体をし、巨大怪獣を倒したあの日。


 宝島を目指し、みんなで航海したあの日。

 深雪が艦長として、初めて指揮をしたあの日。

 ネコドルフィンと共に、島に眠る謎を解き明かしたあの日。

 島を守るためにΝニュー-ネメシスと共に戦ったあの日。

 初めてダブルフォトンランチャーを放ったあの日。


 光国グァングージャへと漂着し、神様と崇められたあの日。

 内宮に操縦してもらい、反政府軍を相手取ったあの日。

 ナインに対抗するべく、分離合体攻撃に転じたあの日。

 木星へ向かう途中で、のんびりと過ごしたあの日。

 裕太がスグルと戦う姿を、ハラハラと眺めてたあの日。

 心を開いてくれないナインのために、裕太が女装をしたあの日。

 捕らえられた要塞の中から、レーナと共に脱出したあの日。


 部活の練習試合が、台無しになったあの日。

 ネオ・ヘルヴァニアとの戦いに覚悟を決めたあの日。

 軌道エレベーターで、再び戦ったあの日。

 カーティスの恋路を、全力で応援したあの日。

 グレイの機体と合体し、ドラゴニックモードとなったあの日。

 敵も味方も手を携えて、落下する要塞を押し返したあの時。


 地球にメタモスの恐怖が舞い降りたあの日。

 サツキを救うべく、地球を発ったあの日。

 メタモスとの激闘に、進次郎とともに臨んだあの時。

 サツキの強さに、驚いたあの時。

 そして、地球を侵略しようとする自分のオリジナルを相手に、決着をつけつつある今。


 どの思い出も、まるで昨日のように思い出せる。

 けれども、それも後少し。

 

(裕太。楽しい思い出を、ありがとう……! あ、でも……)


 心残りが無いとなれば、嘘になる。


(今季のアニメの最終回くらい、見たかったなァ……)


 叶わぬ願いの中に、ジェイカイザーは消えていった。


 

 ※ ※ ※



 山から真っ直ぐに立ち昇る緑の光。

 その輝きを窓越しに感じ、まぶたがゆっくりと開く。


「あら、きれいな光……」


 上体を起こし、窓の外で輝く光の柱にしばし見惚れる。

 背後で看護師が放つ「先生、笠本由美江ゆみえさんが目を覚ましましたァァ!」という叫び声も気にせずに、じっと見つめていた。

 その光が、息子の友が命を燃やし大地に還る光だと知らぬまま。

 ただじっと、その瞳は輝きを見つめ続けていた。



───────────────────────────────────────



登場マシン紹介No.49

【エビルカイザー】

全高:9.0メートル

重量:9.4トン


 ドクター・デフラグが製造した邪悪なジェイカイザー。

 人間の人格を移植した球体ユニットをパイロットした指揮官型と、人工知能IDOLAイドラを搭載した兵士型が存在する。

 なお、装備・外見ともに両型とも際はない。

 外見は丸みを帯びたトゲのような意匠が各部位にまんべんなく施された黒いジェイカイザーといった風貌をしている。

 量産型ジェイカイザーといった性能をしており、改良後のジェイカイザーを凌ぐスペックを持つ。

 また、ジェイカイザー同様フォトンリアクターを内蔵しており、ウェポンブースターを使用しての攻撃も可能。

 武装は遠近両用のフォトンソードと頭部バルカン砲のみ。



【グレートエビルカイザー】

全高:16.4メートル

重量:44.2トン


 ドクター・デフラグが製造したハイパージェイカイザーの邪悪バージョン。

 地球人類ごとヘルヴァニア人を殲滅するための悪鬼魔神というコンセプトで開発されている。

 ハイパージェイカイザーとの大きな違いは胸部の大きな宝石型ユニット「ブレスト・フォトン・ガイザー」。

 これは圧縮したフォトンエネルギーを、内部で更にウェポンブースターによって増幅し放つ悪魔の兵器であり、その威力は山ひとつを消し飛ばすほど。

 他にもグレート・ブレードという名の改良型ジェイブレードと、頭部にはフォトン結晶をマシンガンのごとく放つグレート・フォトン・ブラスターを搭載している。

 外部装甲はあらゆるエネルギー性攻撃を無効化する特殊装甲であり、フォトン結晶による攻撃も無効化される。

 しかし実体武器に対しては耐久性が薄く、電磁警棒で貫かれるほどだった。



───────────────────────────────────────



 【次回予告】


 すべての終わり。

 それは、すべての始まりでもある。

 新たな季節は、人々を新しいステージへと駆り立てる。

 だがひとつ信じられることは、未来は常に希望に満ち溢れていることだ。


 次回、ロボもの世界の人々 後日談「希望の未来へ」


 ────少年の戦いが終わっても、世界は廻り進み続ける。

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