第48話「光を動かすもの」



 【1】


「〈ジエル〉4番機、戦線離脱!」

「キャリーフレーム隊、損耗六割突破!」

「〈タウラスシックス〉航行不能!!」

「もうダメだ! 脱出するしかない!」


 宇宙は、地獄になっていた。

 マリーヴェルのコックピットに、アーミィの戦力が失われていく報告ばかりが響き渡る。

 戦いの鍵となる少年がメタモスに飲みこまれたという報告は、部隊にとって致命傷だった。


 不幸中の幸いか、格納庫で顔を合わせた少年少女たちがやられたという報告が上がってはいない。

 しかし、このまま戦いが長引けば彼らの撃墜も時間の問題となるだろう。


「何か……手はないのか!?」


 苛立ちで乱暴にコンソールを殴りつけるマリーヴェル。

 こんな絶望の未来のために、二十年前戦っていたのか?

 違う、確かな平和を求めて戦っていたはずなのだ。


「大元帥閣下! 戦艦級が接近しております!」

「なにっ!?」


 突っ込んできた巨大メタモスが、指揮官機〈ジエル〉に砲身で喰らいついた。

 ワニの口に挟まれたような形となったマリーヴェルだったが、相手は戦艦級メタモス。

 その口の奥底から、エネルギーをチャージする光が溢れんばかりに輝きを放ち始める。


「ここ……までかっ!」


 死を覚悟した、その瞬間だった。


 しん、と突然戦場が静まり返った。

 それまで執拗に人類へと牙を向いていたメタモスの軍団が、急に停止したのである。

 

「何が……起こったのだ!?」

「大元帥閣下! 目標メタモス内部より高エネルギー反応! これは……!」


 さきほど少年を飲み込んだメタモスが、まばゆい光を放ちながら膨れ上がった。

 そして、内側を突き破るように飛び出した何か。

 マリーヴェルは力が緩んだ戦艦級の口から脱出し、カメラを望遠にしその物体を注目する。


「あれは……フッ。そうか、やったのか……!」



 ※ ※ ※



 サツキに手を引かれたまま、動かないメタモスの間を抜けてハイパージェイカイザーの前へと運ばれた進次郎。

 コックピットハッチが勢いよく開き、レーナが涙で濡れた顔をヘルメット越しにのぞかせた。


「進次郎さまぁ……!!」

「ごめん、心配かけた」

「本当に……本当に良かったぁ……!」


 泣きながら進次郎に抱きつくレーナ。

 進次郎が振り返ると、サツキは笑顔でふたりのことを見守っていた。

 改めて、スペースルックとなったサツキの顔をじっと見つめる。

 その表情は見慣れた呑気な笑顔ではなく、まっすぐに愛する人を見つめるたくましい眼差し。

 彼女の頭の後方に下がっているふたつのおさげ髪も三編みではなく、シュッと伸びた長く美しい束ねられたふたつの髪束となっていた。


「レーナさん、進次郎さんのことお願いしますね」

「お願いって……あなた、どうするつもりなの?」

「私は新しい水金族の女王、〈スレイヴ・クィーン032号〉として……この事態を収めます」


 密集したメタモスによって宇宙の白いシミとなっている方向を、サツキが指差す。

 その方向からは、未だ動き続けるメタモスの群れが大挙して侵攻を続けていた。


「サツキちゃん一人であの数を……? そんな無茶だよ!」

「大丈夫です、進次郎さん。私は……一人ではありませんから!」

「え……?」


 サツキがそう言って天高く手を振り上げると、その指先がまばゆく輝いた。

 同時に、周囲で停止していた兵士級メタモスがその姿かたちを金色の流体へと変化させ、やがて角張った人型の形状へとその姿を整える。

 わずか数秒の間に次々と形成される金色の〈ジエル〉。

 しかし擬態が不完全なのか、手に持つライフルは腕と溶け合うように一体化しており、頭部のデザインもやや違っていた。


「うーん……正確なイメージをきちんと伝えるのは難しいですね」


 そう言ってサツキがもうひとつの腕を振り上げると、今度は戦艦級メタモスがその形状を変化させ始める。

 元から艦船に似た姿をしていた巨体がシルエットを大きく変えることなく、再現が不完全な〈タウラス級〉へと変身していった。


「メタモスの艦隊……?」

「はい。話したら、みんなわかってくれました」

「みんなって?」

「水金族のみんなです。メタモスの中にも、わかってくれる人たちはいますから」


 不意に、遠くにメタモスの見える方向から眩い光が放たれる。

 その瞬きが放たれた攻撃によるものだと認識されるより早く、変形した周囲のメタモス達がサジタリウス艦隊を守る盾となった。


 見れば、サジタリウス艦隊は満身創痍だった。

 腕や脚を損失した〈ジエル〉が散見される中、遠方には黒煙を上げる艦艇が数隻。

 Νニュー-ネメシスでさえボロボロになり、ハイパージェイカイザーもエネルギーを激しく消耗したあとだ。

 これ以上、先のような激しい戦闘は続けられないだろう。


「サツキちゃん……君は、メタモスと戦うのかい? たった一人で」

「私は戦いに行くのではありません。……私は、彼らと対話をしに行きます」


 対話という言葉を聞いて、進次郎ははっと思い出した。

 修学旅行の帰り道の戦いで、再生中の水金族に対しサツキがコンタクトを取り、その結合を解除していたことを。


「サツキちゃん、君は……」

「この人たちは、あなた達の護衛につかせます。進次郎さん、私のこと……見ていてくださいね」


 これからサツキが行おうとしていること。

 それは口振りから、一人でメタモス艦隊へと殴り込むことであろう。

 戦力としては損耗の激しいサジタリウス艦隊は、彼女にとっては守らなければならない対象。

 その為に置ける戦力をすべて残し、一人で途方も無い数へと挑もうとしているのだ。


「無茶だよ、サツキちゃん! 僕も……!」

「進次郎さんたちは、私を助けるために死力を尽くしてくれました。だから、ここからは私の役目なんです。……行ってきます!」


 にこやかに手を振りながら、彼女の小さな身体が宇宙空間に飛び上がる。

 進次郎は急いでハイパージェイカイザーのコックピットに入り込み、サブパイロット用のコンソールを操作した。

 サツキの……愛する人のたった一つの願い。

 彼女の戦いを見届ける、そのために。



 【2】


 一定周期ごとに、サジタリウス艦隊へと砲撃を繰り返すメタモス艦隊。

 その先陣で警戒していた兵士級メタモスが、サツキの気配を察知したのか素早く振り向いて向かってきた。


 巨大なカマキリそのものの凶悪な体躯が、少女そのものの姿のサツキへと覆いかぶさるように襲いかかる。

 しかしサツキは一切慌てることもなく、堂々と正面からメタモスを迎え撃つ。


「スカーフ・カッター!!」


 首に巻いた真紅のスカーフが、腕組みをしたサツキの声とともに硬質化。

 鋭い刃と化した布が躍動し空間を一閃すると、兵士級メタモスが中央からパックリと割れ、断面を顕にする。


(──あなたたちは、こんな事をしなくても生きて行けるんです!)




 少女の思念波が宇宙を駆け、黄金塊となったメタモスの中へと浸透する。

 その巨体を構成する分子レベルの生命体が、送り込まれた意志に戸惑い、狼狽うろたえていく。

 やがて統制の取れなくなった集合体は、解散した隊列のごとく霧散。

 そしてサツキの心に賛同した粒子たちが、彼女のもとへと集結した。


 外敵の存在を認識し、一斉にこちらへと身体を向けるメタモスたち。

 サツキは先の一撃で集結した「仲間」へと願いを送る。

 滞留していた粒子の一つひとつが、彼女を包み込むように渦巻き、バリアフィールドのように半透明のオーラを形成。


全方位オール・レンジ・スティンガー!!」


 真空中へと思念、あるいは通信波長で放たれた少女の叫びに呼応し、黄金のオーラが炸裂した。

 飛翔した欠片の一つひとつが無数の鋭い針となり、光の尾を引きながら高速で空間へと飛び散っていく。

 そして周囲のメタモスたちへと刺さったその刃は、入り込んだ傷口の内側から秘めていたエネルギーを開放。

 広大な宇宙空間にメタモスが弾け飛ぶ球体の爆炎が、空間を振動させながら次々と形成されていった。


(──争い合わなくたって!)



 朽ち果てちりになるように消えていく無数のメタモス。

 その跡からキラキラと太陽の光を反射して輝く微粒子のいくつかがサツキへと集結する。

 彼女の危険性を感じ取ったメタモスの一団が、包囲網を狭めるように一斉に少女を取り囲まんと加速を始めた。


 その動きを感じ取ったサツキは、新たに集結した友たちを広げた両腕の、その手先へとそれぞれ終結させる。

 指の先で渦巻くように光の螺旋を描いていく光の粒子が、集まった仲間の数に応じてその渦をどんどん巨大化させていく。

 少女の指先に形成された粒子の集合体は、まるで渦巻く銀河を象ったような、鋭く巨大な円盤へと変貌していった。


「ダブル・ギャラクシー……!」


 より巨大に成長し、より早く回転していく指先のふたつの銀河。

 先行して攻撃を仕掛けようとした兵士級メタモスが、その奔流に巻き込まれ粒子の渦を構成する要素に加えられていく。

 そして、サツキの身長の何十倍にもその直径を膨れ上がらせた光の螺旋が、彼女の手を離れ空間に放たれた。


「……ブゥゥゥメランッッ!!」


 少女の手から離れた一対いっついの円盤。

 その一つひとつが暴れまわるように暗黒の宇宙を駆け巡り、その進路上に存在したメタモスを次々と巻き込み、飲み込んでいく。

 ひとつ、またひとつと金切り声のような断末魔とともに巨体が切り裂かれ、爆散。

 

(──悲しみを産まなくたって!)




 サツキの頭上で、撃ち漏らした戦艦級メタモスの数体がひとつに融合。

 3倍ほどの大きさの怪獣となったメタモスが、サツキへと巨大すぎる顎を開き襲いかかる。


「ぐうっ……!!」


 擬態のモデルとなった生物が捕食をするための器官であろう巨大な口内。

 しかしメタモスによって少女一人を噛み潰すために変容したこの内側は、プレス機のごとく圧力をかけるための平面の壁となっていた。

 両腕で上顎を押さえつけ、両脚で迫りくる下顎を踏み支える。

 上下から圧殺せんと重みを増していく巨大メタモスの口を、細い四肢を震わせながらサツキは歯を食いしばり耐えていた。


(──私達は!)




 サツキの指、その一つひとつがメタモスの上顎にめり込み、突き刺さる。

 それは少女の意志が、気合が、精神が、メタモスの力を上回ったことにほかならない。


「フィンガー・ビーム・ブラスタァァァッ!!!」


 硬質化した平面を貫いた指先がまばゆく光り始める。

 その輝きは地球人類の叡智、その科学によって生み出されたビームの瞬きそのものであった。

 そして、収束した光が一気に放出され、光が幾何学模様を描くようにメタモスを発光させていく。


(──宇宙に生きるひとつの生命体として!)




 芯からビームで焼き刻まれ崩壊していく上顎から、サツキは意識を脚底が食い込んだ下顎へと向ける。

 一矢報いるためなのか、サツキに向けて鋭い針状の物体が平面から突き出始める。

 自身の喉元へと向かって伸びたその凶器を、サツキは空いた手でつかみ止め、強引に捻じ曲げた。


(──生きて……!)

 



 足の裏からジェット噴射をし、下顎の底面を蹴って飛翔するサツキ。

 そのまま両手を頭上で合わせ、合わせた指先を真下の巨大メタモスへと素早く向ける。


「ハイパァァァァ・ビィィィムッ!!」


 少女の腕ほどのか細く、けれども力強く鋭い光線が収束した手先から発射された。

 その針のような光の刃は、まるで豆腐に突き刺さる爪楊枝のように、いとも簡単に硬質化したメタモスの下顎を貫いてゆく。


「スラァァァッシュ!!」


 そしてサツキが両手をそれぞれ上と下に振り分けると、連動して放たれた光線がメタモスを切り裂くように一閃。

 真っ二つに切り裂かれた巨大メタモスが、その形状を維持できずに断面から連鎖爆発を起こす。


(──生きて、いけるんですッ!!)



 地球人類へと追い打ちをかけるべく放たれたメタモスの第二波。

 その艦隊が送り込まれたその場所に今立つのは、腕組みをし空間に仁王立ちする少女一人。

 鮮やかな金色の残骸が浮かぶ中に威風堂々と佇むサツキのおさげと首のスカーフは、風のない宇宙にも関わらずゆらめき、はためいていた。




 【3】


 裕太は、〈エルフィスMk-Ⅱマークツー〉のコックピットの中で息を呑んでいた。

 今まで友人として一緒に過ごし、助け合い、共に冒険していた一人の少女。

 その本気の戦いぶりに、驚愕をし続けるしかできなかった。


「あれが、金海さんの本気……」

「あたしたちがあんなに苦労したメタモスを……」

「あんな簡単にいなしてまうんやなぁ……」


 通信越しに聞こえる、エリィと内宮の呟き。

 彼女たちも、サツキの戦闘能力に戦慄しているのであろう。


 思えばこの作戦は、サツキを取り戻すことで状況が好転するというマザーの言葉を信じて行ったことである。

 それがよもや、このような形で宇宙怪獣めいたメタモス相手に無双する少女を見ることになるとは、露とも思っていなかった。


「……少年少女、聞こえるか?」


 不意に入ってきた通信。

 コンソールに写ったマリーヴェル大元帥の顔を見て、裕太はポカンとしていた表情を気持ち引き締めて対応する。


「聞こえてます、大元帥」

「フ……まさかこのような形で逆転できるとはな。思ってもみなかった」

「そうですね……」

「だが、少女ひとりに任せて傍観していたのではアーミィの名折れだ。そちらも、このままあの子一人に任せきりにするきはあるまい?」


 大元帥の問いに、大きな頷きで返す裕太。

 確かに、人智を超えた力で戦うサツキは頼もしい。

 しかし、そうであってもあの子の内面はか弱い少女そのものなのだ。

 一人で戦うことに不安を感じているかもしれない。

 助けを求めているかもしれない。

 だからこそ裕太は、可能な限りサツキと共に戦うことにためらいはなかった。

 その心はエリィと内宮も変わらないらしく、後に続いて首を縦に振る。


 3人の意志を汲み取った大元帥はサムズアップを返し、通信を全体域にしてから声を張り上げた。


「この場にいる全隊員に告ぐ! この隙に一度、それぞれの母艦へと帰投せよ! 母艦がすでに戦線を離れている場合は、最寄りの艦へと帰投。補給、修理を手早く済ませ再出撃せよ!」

「だ、だ……大元帥閣下!!」

「何事だ!!」


 マリーヴェルの通達を遮るように入った通信。

 その声の震えからただ事ではないと感じ取ったのか、強い語気で大元帥が問いかける。


「て、敵メタモスの一団が外縁部にて集結! 融合しているのか人型となり巨大化を繰り返しています!!」

「巨大化だと? まとが大きくなってくれて結構。現在の敵メタモスの全長、大雑把で良いので報告しろ!」

「融合メタモスの全長、1000……5000……1万……まだ巨大化しています!!」

「1万メートルを超えただと!? 奴らめ、デカければいいなどと思って──」

「巨大化止まりました!! その全長約……い、1万5000……キロメートルですっ!!!!」

「なっ!!?」


 報告とともに送られる映像。

 そこには確かに、遥か遠くの空間に浮かぶ巨大な金色の巨人が映し出されていた。

 胴体や関節などは立方体や8面体などのシンプルな立体で構成されているが、報告を聞く限りはその一つひとつの時点でスペースコロニーを超える巨大さであろう。


「き、キロメートルだとっ!? バカなッ!! 地球の直径を超えているではないか!!」

「敵超巨大メタモス、移動を開始しました! 目標は……こちらではありません! 敵の進路は……地球です!!」


 彼方に見える巨人が、距離を詰めるに連れ僅かではあるが少しずつ大きくなっていく。

 地球をも超える大きさの怪物を前にし、これまであらゆる困難にも勇敢に立ち向かっていた裕太たちでさえも、頭を抱え言葉を失うしかなかった。



 ※ ※ ※



『地球を超える体躯の巨人だと!? ええい、ダブルフォトンランチャーを使えば……!』

『無駄ですね。計算してみましたが最大出力で直撃させたとしても、敵の外装を数キロメートルほどくぼませることしかできませんね』

「じゃ、じゃあどうすればいいの!? ねえ、進次郎さま!?」

「わからない……。サツキちゃん、何か策があるのか……?」


 一歩一歩、まるで宇宙空間に虚空の大地が存在するように歩き、近づいてくるメタモスの巨人。

 その動きはまるでスーパースローカメラで捉えた映像のごとく鈍重で、非常にゆっくりとしたものである。

 しかし、その巨体を鑑みればそれでも速すぎるくらいであろう。

 なにせ、地球を超える大きさの怪物である。

 その細長く伸ばされた8面体で形作られた足先が、いったい時速どれほどで空間を払っているかなど、考えたくもなかった。


「……進次郎さん!」

「サツキちゃん!?」


 突然聞こえてきた愛する少女の声。

 いつの間にか、サツキが何のためかは不明だが、ハイパージェイカイザーの前へと戻ってきていたのだ。

 彼女の、未だ絶望を知らない逞しい表情は、今の進次郎にとって救いであった。


「サツキちゃん、どうするんだ!? 地球以上の大きさの巨人だって!?」

「安心してください! 相手が大きいのであれば、私も大きくなれば良いんです!」

「サツキちゃんが大きく? それってどういう……?」


 進次郎の問いに答えが帰ってくる前に、サツキは飛翔した。

 急いでコンソールに映ったサツキをカメラで追いかけ、彼女の動向に注目する。


「進次郎さま、あの子……何って?」

「わからない。けれど、大きくなればいいって」

「まさか……?」


 進次郎達はただ、サツキを見守ることしかできなかった。

 彼女を信じることしか、できなかったのだ。



 【4】


 眼前で虚空の大地を踏みしめ接近する超巨大メタモス。

 マザーから受け継いだ記憶の中に微かに残る、あの巨人の容姿。

 それは、水金族が、メタモスがかつて滅ぼした宇宙文明のひとつから吸収した存在。

 地球言語で表すなら「グランドアース級惑星絶対滅亡銀河魔神」略して〈グアーゼ・メギマ〉という名で呼ぶにふさわしい破壊神。


 その古の巨人に対抗するための策なら、一応存在する。

 けれども、相手が明確に地球を攻撃しようという意思を持ち接近する中、背後の惑星を守りながら戦うことなどできるのだろうか。

 いや、できるかどうかではない。やるしかないのだ。

 やり遂げることができなければ、地球も、そこに住む人々も、愛する人も、全てが失われてしまう。


 サツキは地球に背を向け、腕組みをし、大地に足をつけるように両足を広げた。

 彼女の意思のもと、先程まで戦っていたメタモスたちが。

 第一波としてサジタリウス艦隊へと襲いかかった元水金族の人々が、ゆっくりと集まってゆく。


 一箇所に集結し、集まってゆく金色の粒子。

 数に数えることが途方も無い偉業となるほどの原子級生物メタモスの一つひとつが、一人の少女を中心としてその形を変えてゆく。

 ゆっくりと、そして確実に巨大化していく少女の体躯。

 その大きさは人を超え──

 キャリーフレームを超え──

 家を超え──

 ビルを超え──

 戦艦を超え──

 コロニーを超え──

 月を超え─────。

 そして、地球をも超えた惑星級サイズの黄金の球体。

 それが縦に細長くなるようにしてから、人の形へと徐々に変容していく。


 女性らしい曲線となだらかな胸部を有する胴体。

 全体から見ると細く見えるが、スペースコロニーの直径をも超える太さの逞しい腕と脚。

 指の一つひとつが大型戦艦をも凌駕し、月をも片手で掴み投げられそうなサイズの手。

 地球に経てば大陸ひとつが丁度よい台座になるほどの大きさのブーツ上の足。

 そして、月をも超える大きさの顔面に、キリッとしたサツキの逞しい顔が浮かび上がる。

 後頭部より伸びる2本のおさげが風を受けて揺らめくようにしなる。

 その根本たる髪のような部分は、まるで稲妻が弾けるように金色に輝き、激しく発光していた。


 それは、決して現実に存在したものではない。

 かつて愛する人と一緒に鑑賞した、大仰な設定のフィクションSFで描かれた、故郷の惑星を守る女性型の守護者。

 その意匠と、地球を守りたいという想いから生まれた、地球絶対防衛用 水金族融合超惑星級 人型決戦兵器。


「ガ・イ・ア・ディ・アァァァァーーーーッ!!」


 地球ガイア守護者ガーディアン、〈ガイアディア〉とサツキは名付け、その名を咆哮した。

 確保できる質量の関係で、その全長は約1万3000キロメートルと、〈グアーゼ・メギマ〉に2000キロメートルほど大きさでは負けている。

 しかし、惑星を超えるサイズ同士のぶつかり合いでは、2000キロという途方も無い距離ですらも誤差に過ぎなかった。


 不意に、〈グアーゼ・メギマ〉が足を止める。

 それは相対するにふさわしい敵が現れたと察知したのか、あるいは地球を破壊するに足りる距離へとなったのか。

 おもむろに片腕を上げたメタモスの巨人が、その腕先たる円錐えんすいの先端から、青白い光線を発射した。

 光の速度には届かなくとも途轍もない速度で飛来する光の矢に対し、〈ガイアディア〉は両腕を胸の前でクロスし防御を固める。


「インフィニティィィィ・フィィィィイルドッ!!」


 サツキの叫びとともに前方数百キロメートル離れた位置に形成される、超巨大バリアー・フィールド。

 時空間の操作と停止を織り交ぜることによって生み出された半透明の障壁に光線が当たり、枝分かれした光がフィールドの正面を沿うように〈ガイアディア〉の脇を通り過ぎる。

 それは地球に直撃こそしなかったものの、公転軌道を周回する無人の人工衛星のいくつかを飲み込み、爆炎という形で一瞬の瞬きへと昇華させた。


 反撃に移ろうと〈ガイアディア〉が腕を動かそうとするが、〈グアーゼ・メギマ〉の方が上手うわてだった。

 先ほどとは狙いを変え、ギリギリ地球へと当たり、かつフィールドからそれる絶妙な位置へと光線が放たれる。

 位置と距離からフィールドで受け止めることを不可能と察したサツキは、左腕を伸ばし光線を手のひらで受け止めた。

 直撃した着弾点から巻き起こる大爆発。

 爆炎の跡には、ちぎれ飛んだように〈ガイアディア〉の片手が消失していた。


 急いで構成粒子を調整することで手を修復しようとするが、再び放たれる光弾はそれを待ってはくれなかった。

 無事な方の右腕をとっさに伸ばし、地球を狙う光線を受け止める。

 両手を消し飛ばされた格好になったが、連続で光線を発射したからなのか動きを止める〈グアーゼ・メギマ〉。


 この隙にとばかりに、サツキは両腕を正面へと突き出し、両腕を構成する質量を合わせて一本の砲身を生み出した。

 敵の中枢があるであろう胴体めがけ、エネルギーをチャージする。

 光が砲身の中へと集まるように吸い込まれ、内側が激しい発光を行う。


「ハ・イ・パァァァァァ………ビィィィィムッ!!」


 極大の、直径を測ることすら馬鹿らしい程のスケールのビームが〈グアーゼ・メギマ〉へと放たれた。

 僅かな時間で着弾し、途方も無い大きさの爆発がその胴体から巻き起こる。

 しかし……。


「!?」


 爆炎を突き抜けて放たれたのは、〈グアーゼ・メギマ〉の鋭いパンチ。

 音速を有に超えた速度の8面体の鋭角が、〈ガイアディア〉の砲身を切り裂いてゆく。

 後方に背負う地球のために、回避することはできない。

 そう思ったサツキは、自らの胸部を犠牲にしその一撃を受け止める。

 左腕の質量を犠牲にして急いで修復した右手で〈グアーゼ・メギマ〉の腕を掴み、引き剥がそうとする。

 しかし、その腕までもが〈グアーゼ・メギマ〉のもう片方の腕に貫かれ、胴体に縫い込まれるようにして動きを封じられた。


 一歩も退けない状態で両腕を止められ、そして眼前の敵は頭部でエネルギーのチャージを開始している。

 その攻撃の矛先が〈ガイアディア〉にせよ、地球にせよ、放たれた一撃が滅びの光になることは確定していた。



 【5】


「サツキちゃんが押されている……!!」

「進次郎さまぁ! なんとかできないの!?」


 レーナに揺さぶられる進次郎であるが、方法などただのひとつもない。

 ジェイカイザーのフルパワーですらも、先程サツキが放ったビームの何万分の1の火力にしかならないのだ。

 すでに惑星級生物同士の戦いという人類の手には余りすぎる戦いなのである。

 そんな状況でちっぽけな人間にできることなど、有りはしなかった。

 進次郎は、なまじ頭が良いがゆえに、その事実をわかってしまっていた。


「僕らにできることなんて、何もないんだ……! 惑星サイズの大きさの敵に立ち向かえるほど、地球のテクノロジーは進んじゃいないんだ!」

「本当にそうなの!? 何か……何かあるんじゃないの!? 今までも、どうしようもない状況なんて、何度もあったじゃないの……!」

「けれど今回ばかりは……サツキちゃんを信じるしかないんだ。僕らにできるのは、サツキちゃんの戦いを見守ることだけなんだ……!」


 信じる、ということは行動を起こさないということである。

 その勝利を信じるだけでは、勝つことはできないとわかっている。

 けれども、成すすべがない今、彼女の勝利を信じることしかできないのであった。



 ※ ※ ※



「もう終わりじゃ……わらわ達にできることなど、もはや何も……」


 シェンも進次郎と同じく、絶望の淵に立っていた。

 損傷した〈キネジス〉の中で、圧倒的なまでの戦いを見せつけられ、無力さに打ちひしがれていた。

 愛しの姉様あねさまの名誉を回復させることもできず、人類の敗北を見届けるしかないのか。

 まさに今とどめを刺されようとするサツキが映る画面を見て、ずっと〈クイントリア〉と通信が繋がり続けていることに気がついた。


「……ナイン、そなたはクールじゃの? さっきから一言も発しておらんようじゃが」

「ああ、すまない。メッセージの返信を読んでいた」

「返信じゃと? いったい、誰からのメッセージじゃ」

「この状況を打破できる相手とだ。間に合うと良いが……」


 シェンにはナインの言っていることの意味がわからなかった。

 完全に人智を超えた戦いを前に、打破できる人間がいるとは思えなかったからだ。

 たとえ地球最強のキャリーフレーム乗りだというエリィの父を持ってしても、何一つとして事態を好転することはできないだろう。

 真顔で画面に目を通す友人の姿を、シェンはただ首を傾げながら見守っていた。


 ※ ※ ※



「お前たちは、母艦に戻らなくても良いのか?」


 大元帥からの問いかけに、俯きという形で裕太は答えた。


「もう、戻ったところでどうしようもないでしょう。それよりも最後まで金海さんの戦いを見たほうが……」


 裕太の心は、完全にポッキリと折れてしまっていた。

 手の届かない場所に等しい壮絶な戦いに、何も力になれない無力さが合わさり無気力になっていたのだ。


「諦めたというのか? 我々アーミィは諦めんぞ。最後の最後まであがき、勝利を追い求める。だからこそお前たちもΝニュー-ネメシスに戻れ!」

「でもぉ、あたしたちに何ができるっていうのよぉ……金海さんがあんなに苦しんでいるのに、あたしたちは何もできないもの……」

「グダグダ言うてんや無い! ほら笠本はんも銀川はんも、一旦Νニュー-ネメシスに戻るで!」


 ぐいと、内宮が操縦する〈エルフィスストライカー〉の手が裕太たちの機体を引っ張った。

 裕太は無気力になりながらも、仕方なしという感じでペダルに乗せた脚に軽く力を入れる。

 突如として鳴り響いた警戒アラートに気がついたのは、その時だった。

 画面の中の大元帥が、呆れ顔になりながら声を張り上げる。


「ええい、何事だ! 多少のことではもはや驚きはせんぞ!」

「大元帥閣下! 味方識別のビーム砲撃射線データが送信されました! 退避を!」

「射線データだと!?」


 裕太は通信を聞き、レーダーに目を向ける。

 確かに映る射線データであるが、明らかにおかしい部分があった。


「これから放たれるビーム……やたらめったらデカイぞ!?」


 目一杯にペダルを踏み込み、危険域から一斉に脱出する裕太たち。

 直後に眼前を一瞬で通り過ぎる白い光の帯。

 キャリーフレームはおろか、艦隊をも飲み込まんばかりの超巨大光線。

 人知を超えた戦いへと入れられた規格外の横やりは、地球をかすめるような軌道で飛んでいき……。


 そして、〈グアーゼ・メギマ〉の横っ面を殴り抜けた。



 【6】


 突如として現れた思わぬ援護攻撃に、〈グアーゼ・メギマ〉が大きくその巨体をよろめかせる。

 同時にチャージされていたエネルギーが射出され、あらぬ方向へと滅びの光が伸びていき、虚空を貫き消えていった。


 千載一遇のチャンスに、〈ガイアディア〉は攻勢をかける。

 押さえつける相手の力が削がれたことで、踏ん張る必要のなくなった片脚を振り上げた。

 鋭い蹴りとなって襲いかかったハイキックは、胴体に突き刺さった敵の両腕を、一撃のもとに切り裂く。

 そしてすぐさま、切り離された敵の腕を吸収し、得た質量で〈ガイアディア〉は腕を始めとした自らの損傷した部位を修復する。


「ハイパァァァ・ミサイルゥゥゥ・マイトォォォォッ!!!」


 咆哮を上げながら、サツキは復活した両腕の先から無数の超大型ミサイルを高速連射する。

 ひとつひとつがスペースコロニーサイズのミサイルを、胴体に次々と直撃された〈グアーゼ・メギマ〉。

 その巨体が初めて後方へと後ずさるように、地球を離れ下がっていく。


 後退した〈グアーゼ・メギマ〉が修復に集中し、一時的に攻撃不能となっているのは明白だった。

 この隙を逃すまいと〈ガイアディア〉は足の底からジェット噴射をし、高く、高く舞い上がった。


「ハイパァァァ……!!」


 ちょうど足先が地球の頂点を超えたあたりで上昇をやめ、同時に地球の引力を打ち消すための重力アンカーを解除する。

 そして先端を円錐状に変形させた足先を〈グアーゼ・メギマ〉へと向けたまま、背部から無数のジェットを噴射。


「スピニングゥゥゥゥ……!!」


 ただでさえ超がつく巨体を動かすための推進力に、地球の重力が加わり途轍もない速度で“落下”する〈ガイアディア〉。


「キィィィィック!!」


 速度の上昇とともに、足先の円錐に溝が生まれ、回転を始める。

 さながら、惑星をも彫り抜けるドリルを模した凶器の脚が、〈グアーゼ・メギマ〉の胴体に突き刺さり、打ち貫き、そして風穴を開けた。


 敵の胴に片脚で突き刺さった形となった〈ガイアディア〉。

 そのまま前かがみになりつつ、脚と同じく円錐状のドリルと化した両腕を、容赦なく〈グアーゼ・メギマ〉の両肩に当たる部分へと押し当てる。

 巨大な火花を四散させながら入り込んだ手の先を、ビーム砲身へと作り変え、そして。


「トドメです!! ハ・イ・パァァァァァ………ビィィィィムッ!!」


 抉りこまれた両腕から、内側へと直接照射される無数のビーム。

 その一つ一つが〈グアーゼ・メギマ〉の内部機構を次々と誘爆させ、その爆発が連鎖するように巨体全域へと広がってゆく。

 それにより、外側では表面走行から次々と半球状の膨らみが、内部の爆発によって生み出されていた。

 頭頂部から足先まで、余すところなく膨れ上がった〈グアーゼ・メギマ〉。

 胴体に〈ガイアディア〉が刺さったまま、破滅を導く金色の巨人は……大きな、あまりにも大きな爆炎の中へと消えていった。


 至近距離でその爆発を受けた〈ガイアディア〉も無事ではなく、刺さった足先から徐々に耐えきれなくなった部位が崩れ落ちてゆく。

 そんな中、サツキを模した巨大な顔面、その額から飛び出すサツキ。

 彼女はそのまま爆炎の中へと飛び込み、そして願った。



(この力は、私だけで得たものではありません!!)



 塵となって炎の中に消えゆくメタモスの粒子の中で──



(私の願いを聞き、味方となってくれたメタモスの皆さん……!)



 無垢で、純粋で、素直な少女が発する願い──



(私に多くのことを教えてくれた、地球の人たち……!)



 それは、地球という惑星の中で、素晴らしい体験をしたという報告──



(いつも私のそばで、優しくしてくれた進次郎さん……!)



 愛を育むという、生物の幸せという概念──



(そして、彼らを育んだ地球という惑星の力が、1つになって初めて得た力なんです!!)



 辛いことも、悲しいこともあるけれど──



(星を食べなくても……!)



 それ以上に、嬉しいことと楽しいことが得られるという幸福──



(争い合わなくても……!)



 それらを教え、そして──



(私達は生きていけるんです……!)



 メタモスも……水金族も、その幸せを享受することが可能であるという事実。



(だから皆さんも……!)



 それは、人間としての素晴らしい人生への勧誘であった。



(私達と、お友達になってください!!!!)





 【7】


「さ、サツキちゃぁぁぁぁん!!」


 ハイパージェイカイザーのコックピットから飛び出した進次郎は、Νニュー-ネメシスの甲板で、遥か彼方で崩れ落ちる〈ガイアディア〉へと叫んだ。

 いつの間にか機体ごと帰投し、進次郎の元へと駆けつけた裕太が、進次郎の肩を掴む。


「見ろ! メタモスが集まっていく……!!」


 裕太が指差した先へと、進次郎は視線を向ける。

 その先には宇宙に浮かび、徐々に大きくなっていく黄金の球体。

 ゆっくりとその質量を増していくメタモスの塊は、やがて巨大化をやめて形を変容させていく。


「また、あの巨人になるのぉ!?」

「いや……何や様子がおかしいで!?」

「あれは……!?」


 球体から変化するメタモスであったが、その丸みを帯びたフォルムは変わらず、耳のような突起が上部に生まれていた。

 前方下部からは、ヒレのようにも見える平べったい形状の手のような器官。

 少しだけ伸びた後方には、先端に魚の尾びれのような二股の部分が出来上がる。

 そして笑顔のような細い目と、猫のような口を形成したそれは、やがて見覚えのある姿を完成させた。


「……なんで、なんでネコドルフィンなんだ!?」


 宇宙に浮かぶ、黄金に輝く巨大なネコドルフィン。

 争いとは無縁な、穏やかな愛玩動物の姿からは、何一つとして驚異を感じることはない。


 呑気の塊のような物体の中からひとつ、煌めく小さな光が飛び立った。

 宇宙空間を駆けるように飛び回ったその光は、やがてΝニュー-ネメシスの方へと近づいていく。

 その姿が近づくにつれ、進次郎は大粒の涙を流しながら目を見開いた。


「サツキちゃん!!」

「進次郎さーーーーーーんっ!!」


 飛び込んできたサツキを抱きしめ、受け止める進次郎。

 宇宙服のヘルメット越しに、見慣れた微笑みを浮かべるサツキの顔へと笑顔を返す。


「本当に……本当に無事で良かった……!」

「はい……はいっ! 私、サツキは五体満足、順風満帆です!!」

「メタモスとの戦い……終わったんだよな!」

「もちろんです! あのネコドルフィンは、彼らなりの平和の表現なんです!」

「でも、なんでネコドルフィンなんだろう……?」

「銀河中に生息しているネコドルフィンの存在は、メタモスたちも知っていたんですって!」

「そ、そうなのか……。まあ、いいや」


 ネコドルフィンのことはさておきと、進次郎はまっすぐにサツキの目を見つめる。


「君に、伝えたい言葉があるんだ。今からすぐ、一緒に地球に帰って……」

「それは、できないんです」

「えっ……」


 悲しそうな顔で進次郎から離れるサツキ。

 宇宙に浮かぶネコドルフィンを見上げながら、震える声を背中越しに発する。


「今も銀河のどこかで、さっきまでの彼らのように惑星を襲っているメタモスがいるんです。だから私は……彼らとともに、新しい生き方をメタモスたちに教えてあげなければならないんです」

「そんな……サツキちゃん!」

「でも、安心してください! 私はちゃんと、進次郎さんの元へと必ず帰ってきますから!!」

「サツキちゃん……」

「だから、待っていてください。私は、あなたから愛の言葉を聞くために……地球へと戻ってくるその日まで!」

「ああ、もちろんだ! 僕は待つよ、君が帰ってくるまで、いつまでも……!!」


 進次郎の言葉を聞いたサツキが、振り返り笑顔を向ける。

 その目尻から、大粒のナミダを宇宙へとこぼしながら。


「さようなら、進次郎さん。さようなら、皆さん! また……150時間後に!!」


 Νニュー-ネメシスの甲板から飛び立ち、小さな光となって巨大ネコドルフィンの元へと飛んでいくサツキ。

 そのまま、地球に背を向けるようにして離れていくネコドルフィンが見えなくなるまで……進次郎はずっと彼女の向かう先を見つめ続けていた。


「……ん? 待てよ……」


 別れの感動が過ぎ去った当たりで、進次郎は冷静になった。

 一日は24時間である。

 そして、24に7をかけると、168。

 つまり、サツキが言っていた150時間とは、一週間に満たない期間でしかなかった。


「あ、意外と早く終わるんだね……説得。ハハハ……あはははははっ!!」


 その場に膝をつき、進次郎は大いに笑った。

 この数日間、緊張で溜め込んでいた感情を吐き出すように。

 その笑いは笑いを呼び、進次郎の周りに集まった皆も、いつの間にか笑っていた。



 かくして、後に「黄金戦役」として歴史に残る戦いは終結した。

 子供たちが、コロニー・アーミィと協力して成し遂げた、地球を救うための戦い。

 そして、ひとりの少年と少女の愛が、人類を救った物語。


 後世に伝記として語られる、大いなる物語が幕を閉じた歴史的瞬間は、溢れんばかりの笑顔で締めくくられたのだった。

 



 【8】


「お疲れさまでした、皆さん」


 戦いでボロボロになったΝニュー-ネメシス。

 その艦橋の艦長席から降りた深雪が、艦長帽を外して一礼した。

 呼ばれた裕太たちも、反射的にお辞儀を返す。


「それにしても、ファインプレーでしたね、ナインさん」

「なに。大したことではない」

「そういえば、あの危機を乗り切る要因となった極大ビーム……あれは何じゃったんじゃ?」

「そうよぉ。平和を求める心が起こした奇跡だとか言われても、納得しないわよぉ?」

「では、功労者の方と通信をつなぎますね」

「功労者?」


 それが誰か、を裕太が尋ねる前に、深雪は艦長席に戻ってコンソールを操作した。

 数秒の後、大きなモニターへと移される一人の男の顔。

 その顔面を指差して、真っ先に声を上げたのは内宮だった。


「あーーーっ!? キーザはん!?」

「何だ、内宮千秋。私では不満かね?」

「何故に、この男が功労者なのじゃ? この男は火星にいるはずじゃが……」

「火星……?」


 裕太は、その言葉でネオ・ヘルヴァニアとの戦いを思い出した。

 火星宙域を舞台として、激しい戦いが繰り広げられたあの戦いを。

 そして思い出す、戦闘の中核となった巨大構造物。


「まさかあのビーム……コロニー・ブラスターだったのか!?」

「ご明答だ。突然ナインからメッセージが届いてな。送信した方角へ向けてコロニー・ブラスターを照射しろと」

「なるほど、ナインがあのとき妙に黙っておったのは、角度計算を行っておったのじゃな?」


 シェンにそう言われ、ナインが得意げに胸を張る。

 ドヤッという表情で誇らしく立つ彼女の姿は、初めて見るものだった。


「私とて、ナナねえの恋の顛末を見ずに地球が滅亡するのは忍びなかったのでな」

「ナナねえ?」

「あっ」


 しまったとばかりに口に手を当てるナイン。

 その言葉の意味がわかったからか、レーナがニヤニヤ顔をしながらナインを肘でちょちょいと突く。


「ねえ、それって私を呼んだのよね? やっとお姉ちゃんって認めてくれたんだ! もう一回言って、ナナねえって!」

「こ、断る! せいぜい一週間後に恋愛の決着とやらが付いてから、貴様がメソメソ鳴いてたりしたら慰めのために呼ぶかもしれんがな!」

「もー、意地悪!!」


 微笑ましい喧嘩を繰り広げる姉妹をよそに、進次郎が一団の前に出てキーザへと頭を下げた。


「今回の戦いにおける火力支援、本当にありがとうございました。この戦いで救われた地球の人々を代表して、お礼を述べます」

「ふむ、君がレーナの想い人であるという岸辺進次郎少年か。君も、ご苦労だったと聞くぞ」

「……一週間後、僕はレーナちゃんとサツキちゃんをつれて火星を訪れるつもりです。積もる話は、その時にでもしましょう」

「ふふ、そうだな。関わりは薄いが、間接的に血の繋がった娘の思い出話……興味がないわけではないからな」


「おいおい、育ての親のオレを放置してエンディングかな? 連れないねえ」

「あ、パパ!!」


 割り込むようにして艦橋に入ってきたのは、この戦いの中一度も姿を見せなかったナニガン・ガエテルネン。

 腰を労るようによろめきながらモニターの前に歩いた彼に、レーナが支えるように手を添える。


「よう、キーザ。子どもたちは元気にしているか?」

「ええ、もちろんですよ元親衛隊長どの。元気すぎて大変なくらいで」

「オレも腰がぶっ壊れてなかったら、ちょっとは戦いに貢献したかったんだけど……歳を取るのは意外と辛いねえ」

「もう、パパ無理をしちゃだめよ。これ以上腰痛が酷くなったら、歩けなるなるかもって船医さん言ってたわよ?」

「男には無理して出なきゃならん時もあるんだよね、どっこらしょっと……」


 レーナの手を借りながら、副艦長席に腰掛けるナニガン。


「それにしても、地球を焼こうとしてたコロニー・ブラスターで地球を救うとは、感慨深い結果だねえ」

「ナインのお陰ですよ。よっぽどあなたの教育が良かったんでしょう」

「いや。お前さんのほうが、ナインとの付き合いは長いだろう?」

「ハハハハ」

「ワッハハハ」


 しばしの、大人同士での笑い合い。

 その後はキーザのもとにいるレーナとナインの妹たちが何か問題を起こしたとかで、通信は唐突に打ち切られた。

 話が終わり、ナニガンはゆっくりと進次郎の方へと顔を向ける。


「オレはね、若いものの色恋沙汰に口を出す趣味はないけれど、娘の話となったら事情が別なんだよね」

「はい」

「君はさっき、娘とあの嬢ちゃんを一緒に連れて挨拶に行ってたと言っていたが……どういうことなんだい?」

「僕に考えがあるんです。みんなが幸せになる方法が」

「……その言葉、親として信じて良いんだな?」

「ええ。もちろん」

「そう、か」


 どこか、寂しそうな顔で天井を見上げるナニガン。

 娘の将来を案じてのことか、それとも別のことを考えているのか。

 定かではないが、ただひとつ言えるのは幸せそうであったということだ。


「艦長! マリーヴェル大元帥より通信が入っています!」

「わかりました。繋いでください」


 通信士の報告を聞き、コンソールを操作する深雪。

 先程までキーザが映っていたモニターに、大元帥の顔が映し出される。


「少年少女諸君、この度のエイユウ作戦での健闘、まことに感謝する」


 どこか誇らしげなマリーヴェルの表情。

 彼女の礼の言葉に対し、深雪が冷静に返答をする。


「彼らに代わって、こちらからもお礼を述べます。大元帥閣下、そちらの被害は大丈夫ですか?」

「ボロボロにされた連中もいるが、幸いにも戦死者はゼロだ」

「それは良かったですね」

「改めて今度、Νニュー-ネメシスには挨拶に伺おうと思っている。こちらも片付けをせねばならぬからな。だからこそ────」


「だ、大元帥閣下!!」


 戦いの最中に何度か聞いた、マリーヴェル大元帥を呼ぶ通信士の声。

 彼が慌てて呼び出す時は、必ず良くないことが起こる時。


「なんだ、通信中に。後にしてくれないか?」

「緊急事態です! メタモスのものとは違うワープ反応! 同時に、オープンチャンネルにて謎の通信が一帯に流されています!!」

「謎の通し────」


 大元帥との通信が突然途切れ、彼女の顔の代わりに「SOUND ONLY」という文字が画面上に浮かぶ。

 そして通信越しに響き渡る老人の声。


「フハハハハハッ!! 地球人諸君、誠によい戦いぶりであった!! あの原子級粒子生命体を持ってしても滅ばぬとは誤算だった」

「あなたは、何者ですか?」


 冷静に、深雪が通信へと質問をぶつける。

 顔も見えず、聞いたことのない声だけの存在である老人。

 しかし、裕太にはこの時点でこの人物が何者なのか、察しが付いていた。


「艦長、ワープ・アウト反応を確認! ジェイカイザーの転移現象に酷似しています!」

「モニターに出してください」


 深雪の命令を受けた通信士がコンソールを操作すると、モニターに宇宙空間の一角が映し出された。

 そこに映っていたのは、かつてのブラックジェイカイザーとは異なる意匠の、邪悪な装飾が施された黒いジェイカイザーのような機体。


「舐められたものですね。メタモスとの戦いの傷は癒えていませんが、コロニー・アーミィが随伴しているこの状況に1機だけとは……」

「ワープ反応、なおも増大中! 数は、推定数百!!」

「なんですって?」


 次々と宇宙空間に出現する、黒く邪悪なジェイカイザー。

 裕太はいても立ってもいられず、ジェイカイザーが待つ甲板へ向けて環境を飛び出した。


「さあ地球人よ、宴を始めよう! ワ・ハ・ハ・ハ・ハ・ハ!!!」


 老人の笑い声がスピーカーから響き渡る廊下を、裕太は一目散に駆け抜けた。



───────────────────────────────────────



登場マシン紹介No.48

【スレイヴ・クィーン032号】

全高:1.52メートル

重量:秘密


 水金族の少女、サツキがマザーから受け継いだ女王権限を用いてメタモスを取り込み、戦闘形態へと変身した姿。

 一見すると人間大の少女の姿だけであるが、その周辺に常に視認不能なほどの大きさをした微粒子レベルのメタモスが浮遊している。

 攻撃の際にはこれを取り込み、変容させることで無から武器を生み出したかのような現象を発生させている。

 外見は白と水色を基調としたスペースルック(旧世紀のSF作品に登場する宇宙服のようなコスチューム)となっており、首に巻いてある真っ赤なスカーフがアクセント。

 人間体時のチャームポイントであった三編みのおさげは、この形態の時は根本で束ねただけで編み込んでいないまっすぐなおさげとなっている。

 メタモスとしての特徴を活用し、変幻自在な攻撃を繰り出すことができる。

 また、華奢な外見からは想像できないほど耐久性や馬力も向上しており、巨大戦艦級メタモスに噛みつかれ10万トンほどの圧力をかけられても、両手両足の踏ん張りだけで長時間耐えることができた。


 劇中で用いられた攻撃方法は、スカーフの余った布部分を硬質化し、刃として振るい対象を切断する「スカーフ・カッター」。

 メタモス粒子が持つエネルギーを、破片状の飛翔体を介して全方位の敵へと直接流し込み爆発させる「全方位オールレンジ・スティンガー」。

 銀河のような渦巻状の鋭いカッター・プレートを両手から放ち、広範囲の敵を薙ぎ払う「ダブル・ギャラクシー・ブーメラン」。

 硬質化した指先を相手に突き刺し、直接ビーム・エネルギーを打ち込む「フィンガー・ビーム・ブラスター」。

 両手を合わせ、10本の指から放たれるビームを収束させて貫き、敵を切り裂く「ハイパー・ビーム・スラッシュ」の5つの攻撃でメタモス艦隊を薙ぎ払った。



【ガイアディア】

全高:約13,000,000メートル(約1万3千キロメートル)

重量:計測不能


 地球をグアーゼ・メギマから守るために、サツキが説得したメタモスたちと合体した決戦形態。

 あえて正式名称をつけるならば、「地球絶対防衛用 水金族融合超惑星級 人型決戦兵器 ガイアディア」。

 名称の由来は「地球ガイア守護者ガーディアン」を縮めたもの。

 地球を超えるほどの巨体であることを除けば、外見はスレイヴ・クィーン032号を大人体型にし、よりメカメカしくさせたような風貌となっている。

 その姿は、かつて進次郎と共にサツキが見たSFアニメ作品のヒロインからイメージを拝借している。


 スレイヴ・クィーン032号と同様に、メタモスの特性を使い多種多様な攻撃を可能とするが、巨大であるがゆえにエネルギー伝送の関係で武器に変容可能な部位が腕部、および脚部の先端に集中してしまっている。

 そのため、激しい攻撃を防御するなどして腕部が立て続けにダメージを受けると、攻撃方法が大きく制限されてしまう弱点を持つ。


 劇中で用いられた攻撃方法は、前に突き出した両腕を巨大なビーム砲身へと変容させビームを発射する「ハイパー・ビーム」。

 鋭利な形状に変容させた足先や腕で対象を切り裂く「スティンガー・アタック」。

 両腕から超巨大ミサイルを連続発射する「ハイパー・ミサイル・マイト」。

 推進機による加速と地球の重力を合わせた超加速で、ドリル状の脚で対象を貫く「ハイパー・スピニング・キック」。

 ドリル状の手先を敵に突き刺し、内側へとハイパー・ビームを直接注ぎ込む「ファイナル・ハイパー・ビーム」の5種類の攻撃でグアーゼ・メギマ相手に戦った。


 防御兵装として時空間操作とクロノス・フィールドの原理を応用した「インフィニティ・フィールド」を持つが、構造上近接攻撃を防げないという欠点を持つ。

 地球の直ぐ側で戦っているにも関わらず、地球の重力や気候、公転軌道や地表などに影響が出ていないのは、この防御兵装を応用し、リアルタイムで物理法則を調整しながら戦っているからである。



【グアーゼ・メギマ】

全高:約15,000,000メートル(約1万5千キロメートル)

重量:計測不能


 スレイヴ・クィーン032号の攻撃で第2メタモス艦隊が壊滅したことを受け、サツキの説得に応じなかった第2艦隊の粒子と、第3艦隊の個体が融合したメタモスの切り札。

 擬態元となった存在はかつてメタモスが飲み込んだ、とある惑星文明が作り上げた惑星破壊兵器。

 そのため本来の名称はその文明の独自言語によるものであるが、地球言語に翻訳した「グランドアース級惑星絶対滅亡銀河魔神」縮めてグアーゼ・メギマとサツキは呼称していた。

 ちなみに名称内に記されているグランドアース級惑星とは、地球のような大きさと気候を持つ惑星のことである。


 8面体や立方体などの、シンプルな形状の立体を組み合わせ人型にしたような外見をしているが、立体の間に存在する空間はなにもないわけでなく、常に間を流れ続ける膨大なエネルギーがワイヤーのように各部位を繋げている構造となっている。

 腕や頭部の先端から放たれる光線「惑星破壊光線プラネット・バスター・ビーム」を惑星が受けると、惑星中心の内核を膨張させることによって空気を入れすぎた風船のように惑星が膨らみ、やがて爆散してしまう。

 この光線の技術のみが旧ヘルヴァニア銀河帝国に流れ着いており、ヘルヴァニアの母星グリアスを爆散させる惑星破壊兵器の元となった。


 敵に威圧感を与えるという目的のために、虚空の大地を踏みしめ歩くかのような動きをすることが可能となっている。

 また、この歩行時の動きは非常にゆったりとしたものであるが、格闘戦を行う時は非常に機敏に動くことが可能であり、光速を超えることはないものの巨体に見合わない速度で動くことができる。

 壮絶な巨体故に、地球人類の兵器ではダメージを与えられないが、同じく惑星を破壊するほどの威力を持つコロニー・ブラスターのビームではダメージが通った。



───────────────────────────────────────



 【次回予告】


 男には生命を燃やす時がある。

 アニメの中の熱血青年が言っていた台詞を思い出すのは

 今が私の生命を燃やすときだからであろう。

 自らの生まれと、それによる因縁を果たすために。


 次回、ロボもの世界の人々 最終話「大地に還る」


 ────裕太。楽しい思い出を、ありがとう!

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