第47話「天の光はすべて敵」

 【1】


「ライフリアクター、始動!」


 深雪の掛け声で、Νニュー-ネメシスの艦橋に光が灯る。


「フライホイール接続!」

「フライホイール接続!」


 動力炉が上げる唸り声と共に、動力室のクルーが通信越しに復唱をする。


「出力上昇! 80……90……100!」

「ライフリアクター回転数良好!」

「重力アンカー解除! Νニュー-ネメシス、抜錨ばつびょう!」


 反重力システムの働きによって、巨大な船体が土埃を巻き上げながら東目芽めが高校の校庭の大地を離れた。

 眼下で手をふる警察チームとカーティス達を見ながらぐんぐんと高度を上げ、モニターに映し出される町並みが小さくなっていく。


「艦長、前方にワープアウト反応! 戦艦級メタモスです!」

「マザーの言う通り、このタイミングで出現しましたね。裕太さん、エリィさん、お願いします」


「了解!」


 深雪の正面コンソールの映像が、Νニュー-ネメシスの主砲とその砲塔にしがみつくハイパージェイカイザーを映し出す。

 ハイパージェイカイザーから伸びた結晶が主砲にまとわりつき、緑色の強い輝きを放った。


「主砲エネルギー、出力200%!!」

「では空間わ……コホン。ディメンショナル・フォトン・バースト、発射!」


 深雪の命令と同時に、緑色の輝きをまとった光の渦が砲身より放たれる。

 通常の空間歪曲砲よりも何倍もの太さを誇るエネルギーの柱が伸びていき、戦艦級メタモスを飲み込んでゆく。

 金切り声のような鳴き声を発しながら霧散して消えていくメタモスを突っ切り、Νニュー-ネメシスは空を駆け抜けた。


 山よりも高く飛翔し、雲を突き抜け、速度を上げながら大気圏へと突入する。

 船体の外部装甲が高温になりつつも高度を上げていき、やがて窓の外の景色は宇宙になった。


 大気圏を突破して一息付いたところで、通信士がこちらへと振り向き声を張り上げる。


「艦長、前方に艦隊を捕捉! コロニー・アーミィ主力艦隊です!」

「マザーの言うことが正しければ、戦いまで少し時間があるはずです。私自ら挨拶に出向くので、スペースボートの準備をお願いします」

「了解!」


 深雪は艦長席から立ち上がり、ひとつ小さなため息を付いた。

 半年戦争のとき、アークベースに乗ってヘルヴァニアへと遥かな旅に出た父もこういう気持ちだったのだろうか。

 そんな事を考えながら小さな艦長は艦橋を後にした。



 ※ ※ ※



『見たか、裕太! 裕太たちが操縦するとディメンショナル・フォトン・バーストの出力が30%も向上したぞ!』

『正確には170から200なので17.647%ほどエネルギー効率が向上いたしました』

「そうか、そうか」


 ハイパージェイカイザーのコックピット内。

 出力の上昇が腕の差によるものなのかは考えずに、裕太はふたりの報告に適当な相槌を打った。


「エリィ、フォトンエネルギー残量は?」

「えっとぉ……残り78%ってところかしらぁ?」

「こっから数十分の充填に入ると仮定すれば……まぁ、足りなくはないか」


 裕太の懸念材料は、あと一時間もしないうちに始まるメタモスとの決戦。

 その最中にガス欠が起こるか否かの心配であった。

 フォトンリアクターによるエネルギー充填は、放置していれば勝手に行われる。

 永久機関というわけではないのだが、未知のテクノロジーによってほぼ無尽蔵に生み出されるエネルギーは、補給のヒマがない今においてはありがたい存在ではある。


「とにかく、だ。コロニー・アーミィのお偉いさんに顔見世する必要があるらしいから、さっさと動くか」

「たしか、大元帥さんだっけ?」

「ン……多分そうだったかな」


 コロニー・アーミィ。

 それは太陽系を股にかけるスペースコロニー及び宇宙空間の防衛組織。

 今となっては当たり前のように無数に浮かぶコロニーであるが、その一つひとつの規模はせいぜい日本の都道府県一つ程度である。

 この規模の集合体すべてが防衛用の軍事力を保有・維持をし続けるのは現実的ではない。

 それは例えるなら、地方自治体が各個に軍を保有するようなものであるからだ。

 そのため、コロニー指導者は防衛費用を支払うことで、コロニー・アーミィの庇護ひごを受けているのである。


 そんなコロニー・アーミィは大きく分けて地球圏、木星圏、金星圏の三ヶ所にそれぞれ大元帥と呼ばれるリーダーを置き、その三人の合議制によって成り立っている。

 ……というのが深雪から話半分で聞いたコロニー・アーミィの構造らしい。


 これから顔合わせにいくのは、その中の地球圏防衛を担う大元帥。

 要するに地球圏を守る軍隊の一番偉い人なのである。

 その現実離れした階級の人物に謁見するという状況で裕太が特に緊張していないのは、既にエリィを始めとした姫だの最高権力者だのに付き合いなれていることが大きい。


(贅沢な慣れだよな、きっと)


 そんなことを考えながら、前方で光信号を送る白い戦艦へと向け、裕太はフットペダルに力を入れた。



 【2】


 コロニー・アーミィ大元帥直轄艦隊旗艦、〈サジタリウス〉。

 いて座を示す名を関したその戦艦は、キャリーフレームの規格を超えた超大型兵器・オーバーフレームの運用をも想定された超巨大宇宙戦艦である。

 Νニュー-ネメシスと比べると大人と子供ほどの差がある巨大な艦船であることが幸いし、キャリーフレームとしては規格外のハイパージェイカイザーを格納庫に容易に受け入れた。

『おお……まさか究極体のワタシを受け入れられる戦艦があるとは! この戦艦、私も欲しいぞ!』

「馬鹿言うな。Νニュー-ネメシスで我慢しとけ」

「見てみて、裕太! あのキャリーフレームハンガー!」

「ハンガー?」


 精密操縦からオート着艦に切り替えたあたりで、裕太ははしゃぐエリィが指差す方向を見ることができた。

 無数の整備員によって整備中である、ズラッと並んだ白いキャリーフレーム群。

 その風貌ふうぼうは〈エルフィスストライカー〉を想起させるが、どちらかといえば頭部デザインが〈量産型エルフィス〉に近く、カメラアイはゴーグルタイプ。

 今までいくつものエルフィスタイプを見てきた裕太であったが、その装備とカメラアイとの組み合わせには見覚えがない。


「あの機体は何だ? 新型か?」

「あれは、お父様が設計に携わった次世代量産主力機〈ジエル〉よぉ! といっても、本生産まではまだ時間がかかるって聞いていたからぁ……先行試作量産型ってところかしら?」


 アーミィの旗艦ともなればそんな大層な機体も扱えるのかと思いながら、着艦を完了させたハイパージェイカイザーのコックピットハッチを開ける。

 タラップとなったハッチを駆け下りると、そこにはスペースボートから降りる深雪たちの姿があった。


「遠坂さん、それに進次郎たち」

「裕太さん、来ましたか。宇宙服の襟を正してください。もうすぐ大元帥がいらっしゃいます」

「あ、ああ……」


 深雪に言われ、宇宙服の首元を引っ張りながらナインの後ろに立つ。

 直後、格納庫の扉が勢いよくスライドし、飛び出すように一斉に軍服姿の男たちが道を作るように2列にならんだ。

 そして、その列の間をゆっくりと真っ白な軍服を着た女性が一人、靴音を鳴らしながらゆっくりと近づいてくる。

 立派なマントと腰につけられた刀の黒い鞘が妙に似合うその容姿は、裕太の親くらいの年齢に見えた。

 妙な迫力というか、威圧感を放つ女性に対し、深雪が一歩前に出て深いお辞儀をする。


「マリーヴェル・ロランス大元帥閣下。ご無沙汰しております」

「……ものの見事に少年少女だけだな。遠坂深雪嬢、久方ぶりだ。木星の皆は元気か?」

「はい。父などは最近、老いで耄碌もうろくしているようですが」

耄碌もうろくか……娘から手厳しい意見を言われるな、あいつは」


 フフ、と笑った大元帥が、裕太たちの方を向く。

 そして、ゆっくりと頭を下げた。


「先のネオ・ヘルヴァニアとの戦いにおいて地球を救ってくれたこと、遅ればせながら感謝する。火星の情勢が絡んでいたとはいえ、本来ならば我々が行わなければならないことを、君たちのような少年少女たちに任せてしまって申し訳ない」

「あ、頭を上げてください。俺たちはその……当たり前のことをしたまでです」


 裕太が慌ててそう言うと、マリーヴェル大元帥は顔を上げニッコリと微笑んだ。


「君たちは素晴らしい人間だな。申し遅れた。私は地球圏コロニー・アーミィ大元帥、マリーヴェル・ロランスである。本作戦への参加、心から感謝する」


「マリーヴェル……マリーヴェル?」


 大元帥の姿を見てから、ずっと隣で顎に指を当てて考え込んでいたエリィ。

 その名に聞き覚えがあるのかのように、しばらくウーンと唸っていた彼女は、数秒の後に手のひらに拳を叩きつけた。


「も、もしかしてあなた! 元カウンター・バンガードのマリーヴェルさん!?」

「む……? その髪の色、もしかしてスグルくんとシルヴィアさんの?」

「はい! 銀川スグルの娘で、エリィと言います! 初めまして! あなたが父と共に戦った話は聞いていましたが、コロニー・アーミィの大元帥になっていたんですね!」


 少々はしゃぎながら、マリーヴェルと握手を交わすエリィ。

 一方の大元帥はというと、少し苦そうな顔をしながら見せかけの笑顔をエリィへと向けていた。

 ひとしきり手を握り合ったマリーヴェルは、コホンと咳払いで場を改め彼女の手を離す。

 そして顔を左右にゆっくり振り、裕太たちの集団を見渡した。


「さて、と。時間もあまりないので挨拶はこのくらいにしようか。今回の作戦の主人公は誰だ?」

「主人公?」

「地球の危機を救う鍵となった少年だ。確か名を……岸辺進次郎と言ったか」


 名を呼ばれた進次郎が、レーナの後ろから恐る恐る手を上げ前に出る。


「ぼ、僕です……」


 昨晩のうちに決意は決まったはずだが、大元帥を前にして怖気づいているのかもしれない。

 マリーヴェルに手招きされ、渋々と言ったふうに彼女の前へと進次郎が歩を進める。

 コロニー・アーミィのトップに顔を覗き込まれた進次郎が、緊張でカチコチに固まっていることは背後からでも容易に感じ取れた。


「……ふむ。いい目をしている。まさに主人公といった風貌ふうぼうだな」

「えと……さっきから主人公主人公って、何のことですか?」

「いや、気を悪くさせたのならすまない。君たちのような少年少女たちが地球の命運をかけて戦うなど、まるでジャパンアニメーションの主要人物たちのようではないかと思ってな! であるならば、我々コロニー・アーミィは君たちの勝利を裏から支援する、頼れる大人の役を買って出るというのが筋というものだ! ハーハッハッハ!」


 高笑いするマリーヴェルの姿を見ながら、裕太は彼女がタダのアニメオタクなんじゃないのかと思った。

 一方で大元帥に主人公だと仕立て上げられた進次郎は、頭を掻きながら苦笑いをしている。

 とりあえず、後方支援にあたってもらうコロニー・アーミィのトップが悪い人では無さそうと感じホッとした。


「大元帥閣下」

「む、なんだね深雪嬢?」

「いえ、ここに来るまでの間に艦隊を見たのですが……地球を救う作戦にしては艦艇の数が少ないなと思いまして」

「……遠坂の娘の目は誤魔化せんか。恥ずかしながら、この旗艦〈サジタリウス〉と〈タウラス級〉宇宙戦艦10隻が、現状私の手で動かせる限界の数なのだ」

「やはり……コロニーの防衛に戦力をかなければならないからですか?」

「うむ、この一大事だ。アーミィの全戦力を作戦に当てれれば良いのだが……手薄となったコロニーに宙賊がなだれ込む危険性もある。それに一応、木星および金星の大元帥にも支援を要請したが、それぞれの場所でも同様の理由で戦力を出せないと突き返されてな」


 裕太たちからすれば、10隻もの宇宙戦艦はとんでもない戦力に思えるが、確かに地球の命運を分ける戦いにしては数が少なく感じる。

 大元帥が語った以外にも、裏で大人の事情というものが渦巻いているのだろう。

 共通の強大な敵が現れれば人類は一つになれる、などと古いフィクション作品ではよく語られたものだが、現実はそう甘くはないようだ。


「しかぁし! 木星の変態や金星のロリコンどもの力など借りる必要はない! 我々サジタリウス艦隊……いや、絶対地球防衛艦隊の手で! 必ずや君たちに輝く未来を掴ませる手伝いをやり遂げると誓おうではないか!」

「頼もしいお言葉です、大元帥閣下」

「フッ、言うには及ばんよ。さて、作戦の連携のためにも君たちの作戦を聞きたいのだが……作戦会議室まで来てもらえないかな?」

「わかりました。では恐縮ですが案内をお願いいたします」


 マントを翻し、廊下へと歩き始めるマリーヴェル大元帥。

 裕太たちも、彼女の後を追うように歩を進める。


 清潔感のある白い廊下を歩きながら、裕太は小声で深雪に尋ねた。


「なあ……さっきエリィが大元帥と握手したとき、大元帥の顔が強張ってたが理由わかるか?」

「エリィさんには内緒ですが……マリーヴェル大元帥は銀川スグル氏の幼馴染だったらしいですよ」

「おさななじみ?」

「隣に住んでいた仲のいいお姉さんといった感じだったらしいです。スグルさんの手助けをするためにカウンター・バンガードにも所属し、半年戦争末期にはキャリーフレームのパイロットも努めていたとか」

「……読めたぞ。大元帥は、エリィの親父が好きだったんだな」

「ええ。ですから半年戦争の功績でアーミィの要職に付いてからも、銀川一家には一切連絡してなかったらしいです。私の父との親交は以後も続いていたんですけどね」


 人に歴史あり、とはよく言ったものである。

 かつての恋するお姉さんキャラが、恋に破れた後に今や地球圏の平和を担う大元帥。

 時の流れとはかくも残酷なものだなと思いつつも、彼女に似たような境遇に自分の手でさせてしまった内宮の姿が脳裏をよぎる。


(……ごめんな、内宮)


 背後でレーナの隣を歩く糸目をチラと見ながら、裕太は申し訳ない感情を押し殺した。



 【3】


 Νニュー-ネメシスのものとあまり変わらない、〈サジタリウス〉内のブリーフィングルーム。

 コロニー・アーミィの幹部たちと見られるコワモテの大人たちで席が埋まっている中。

 裕太達は最前列の席から、壇上のマリーヴェル大元帥と深雪の話に耳を傾けた。


「では、本作戦……エイユウ作戦について、深雪嬢から説明をしてもらおうか」

「はい。ですが大元帥閣下、エイユウ作戦という作戦名はどこから?」

「敵性生物メタモスの実体は、液化した黄金のようなものだと聞いている。そこから金の元素記号であるAuと、地球を救うヒーロー……つまり英雄をかけてエイユウ作戦と命名した」

「なかなかのセンスの作戦名をありがとうございます。では改めて、本作戦の概要を説明します。進次郎さん、壇上に来てください」


 深雪に呼ばれ、おずおずと壇上に上がる進次郎。

 彼は、手に持っていた宇宙服のヘルメットの内側から、何やら荒い網目状の帽子を取り出し、皆に見えるように持ち上げた。


「えと、これが地球有数の科学者によって作られた、ExG能力の感応力を高める装置です」

「この装置と、彼が持つExG能力。そして同乗するパイロットの能力を使い、作戦の目標となるメタモスにさらわれた少女・金海サツキさんの救出を行います」


 深雪の説明に、アーミィの者たちがざわざわと声を上げ始めた。

 たった一人の少女を救い出すことが、地球を救うことにどう結びつくのかわからないからであろう。

 ざわめきの中、大元帥が刀の鞘の先で床を突くと、その音を合図にしたようにしんとブリーフィングルームが静まり返った。


「深雪嬢、続けて」

「はい。金海サツキさんは、一部のメタモスと心を通わせることが可能です。彼女の能力があれば、メタモスの半数を味方につけることができます。それにより戦力差が覆り、メタモスとの戦いに勝利できる……といった算段となっております」

「なるほど?」

「そして、そのサツキさんを救い出すことができるのは、彼女と親交が深かったこの岸辺進次郎さん……というわけです」


「聞いたか、我らアーミィの者たちよ! 我々コロニー・アーミィは、この少女ひとりを救い出すことが最初にして最大の任務となる! そのため、我々はこの進次郎少年が搭乗する機体を、生命を課して守らねばならない!」

「「「イエス・マム!」」」


 大元帥の号に、一斉に立ち上がり声を上げるアーミィの男たち。

 背後から感じるその叫びに圧倒されながらも、裕太は壇上で緊張のあまり固まっている進次郎の様子をじっと見守っていた。


「……む、そろそろ時間か。では少年少女諸君、手間を取らせて済まなかったな。君たちの艦に一度戻ると良い」

「はい。マリーヴェル大元帥閣下、ありがとうございました」

「ああ。健闘を祈る」



 ※ ※ ※



 宇宙空間で一度分離し、ジェイカイザーとブラックジェイカイザーに分かれてΝニュー-ネメシスに戻ってきた裕太とエリィ。

 すでにスペースボートで一足先に戻っていた深雪たちと合流し、作戦前の最終ブリーフィングに望んだ。


「作戦開始まであと数分となりました。予め言っていたように、本作戦においてはジェイカイザーとブラックジェイカイザーには、それぞれレーナさんと進次郎さんに乗っていただきます」

『なにっ!? 裕太たちではないのか!?』

「おいジェイカイザー、お前さては話聞いていなかったな?」

『私が改めて説明します。作戦において何より重要なのは進次郎さんをサツキさんのもとへ無事に送り届けること。そのために最も頑強なハイパージェイカイザーに彼と支援をするレーナさんを乗せることになったんですよ』

『さすがジュンナちゃん! わかりやすい説明だ!』

『あなたが話を聞いていれば説明する手間が省けたんですがね』


「とにかくです」


 深雪の低い声に、周りの全員が深雪の方向へと向き直る。


「ジェイカイザーに二人が乗るため、手空きとなる裕太さんとエリィさんにはそれぞれ、〈エルフィスMk-Ⅱマークツー〉と〈ブランクエルフィス〉に搭乗して貰います」

「お姫様! わたしのエルフィス、大事に乗ってね!」

「ええ、もちろんよぉ!」


「俺が〈エルフィスMk-Ⅱマークツー〉か……」


 ここに来て、一大決戦にほぼ初乗りの機体。

 宇宙に出る前に一度、慣らし操縦はしておいたが実戦では初となる。

 しかし、裕太は怖気づいてはいられない。

 親友の進次郎が命を張って最前線に行く手前、文句を言っている余裕など無いからである。


「他、ナインさんは〈クイントリア〉」

「ああ」

「シェンさんは〈キネジス〉」

「うむ!」

「内宮さんは〈エルフィスストライカー〉」

「……思たんけど、なんでうちだけ名字呼びなんや?」

「返事は?」

「しゃあないなぁ。はぁい……!」


 問いへの答えが帰ってこなかったのかが不服だったのか、やや不真面目な返事を返す内宮。

 しかし深雪は彼女の態度は意にも介さず、ひとつ大きな頷きをした。


「以上、機体割り当ての発表を終えます。知っての通り、メタモスはΝニュー-ネメシスの空間歪曲砲以外の武器では足止めしかできません」

「そら、いくらボコスカ撃とうにもすぐ再生するからな」

「本来であればΝニュー-ネメシスが矢面やおもてに立ち、メタモスを撃破しながら侵攻するのが理想です。しかし空間歪曲砲の連射が効かない以上、相手の数が膨大なためそれは叶いません。ですので、皆さんは自身の安全を第一に考えつつも、ハイパージェイカイザーのアシストに徹していただきます」

「「「「了解!」」」」


 全員が返答を返したこのタイミングで、格納庫内に警報が鳴り響いた。

 赤い光が裕太たちを照らす中、ブリッジクルーのひとりが廊下の方向からあわてて深雪へと駆け寄る。


「艦長! 前方より無数のワープ・アウト反応を確認しました!」

「始まりますか……ではみなさん、最後にひとつ私からの命令です。どうか、死なないで。……以上です」


 そう言って、廊下の方へと走り去る深雪。

 最後まで徹底して、生命を大事にするように言い続けた小さな艦長。

 その背中を見送ってから、裕太と進次郎は向かい合い拳を突き合わせた。


「進次郎、頑張れよ!」

「裕太こそ……死ぬなよ!」


 深雪に、進次郎に、そしてエリィに報いるためにも、裕太は覚悟を決めて〈エルフィスMk-Ⅱマークツー〉の方へと駆けた。



 【4】


 握りしめた進次郎の拳は、震えていた。

 ここまでお膳立てがされた一大舞台。

 そこで果たして自分のような小市民が、大役を全うできるのだろうか。

 何度も決めた覚悟が揺らぐほどに、少年の肩に乗ったプレッシャーは計り知れないものだった。

 その重い肩に、やわらかな手が乗せられる。


「進次郎さま」

「レーナ、ちゃん……」

「わたしたちの手でサツキさんを……地球を救いましょう!」

「あ、ああ……」


 震える声で返した自信のない声。

 恐怖とプレッシャーで震える全身を押さえつけても押さえつけても、決して自信は湧いてこなかった。

 しかし突然、レーナが宇宙服越しにではあるが進次郎に抱きついた。


「わたしだって怖い……だけど、進次郎さまのためならわたし、頑張れるの……」

「レーナちゃん……」


 宇宙服同士でなければ、彼女の柔らかな胸の感触を身体で感じることができたであろう。

 それができなかったという青少年特有の苛立ちが、逆に少年から緊張をほぐしていく。


「……ありがとう、レーナちゃん。僕、やるよ……!」

「ええ。二人で助けに行きましょう、サツキさんを!」

「ああ……行くぞ!!」


 進次郎はレーナの手を引き、ジェイカイザーの方へと走り出した。

 そしてすぐにレーナは、進次郎の手を振りほどいた。


「レーナちゃん……?」

「進次郎さま、わたしがジェイカイザー! あなたはブラックジェイカイザーに乗らないと!」

「あ、そっか! あはは……」


 やっちまった感に苛まれながら、ブラックジェイカイザーのコックピットへと身を滑らせる進次郎。

 コンソールを操作してコックピットハッチを閉じ、起動プロセスをひとつずつ進めていく。


『岸辺進次郎さん。改めましてよろしくおねがいします』

「ジュンナさんだっけ。よろしく」

『……ジェイカイザーの方にレーナさんが乗っているんですよね』

「そうだけど……?」

『ジェイカイザーが彼女に粗相をしていないか心配しているんです。あの人、女性を乗せるとすぐに調子に乗るので』

「もしかして、レーナちゃんに嫉妬してる?」

『ふふ、どうでしょう。女好きでさえなければジェイカイザーはいい人ですからね。あ……この発言、彼には内緒でお願いしますね』

「わかったよ」


 一足早く格納庫から出撃していく〈エルフィスMk-Ⅱマークツー〉や〈クイントリア〉の後に続いて、進次郎もブラックジェイカイザーを宇宙につながる格納庫の端に立たせる。

 いよいよ、ここから踏み出せば戦いが始まる。

 地球の命運をかけた、一世一代の大勝負が。


 ゆっくりと大きく深呼吸をして、進次郎は目を見開いた。


「岸辺進次郎、ブラックジェイカイザー。行きます!!」


 ペダルを強く脚で押し込み、Νニュー-ネメシスから機体を飛び出させる。

 暗黒のキャンバスに光の斑点を携えた大宇宙に、少年は飛び込んだ。


 正面に見えるは無数の金色の光。

 その一つ一つが巨大な敵、メタモスである。

 そのさらに奥には斑点と言うには密すぎて、もはや帯となり視界の半分を覆い隠している白い輝きの塊。

 遥か彼方に位置する、文字通り星の数ほどのメタモスの群れ。

 それとぶつかる前に、愛する彼女を救い出す。

 それが、進次郎に与えられた勝利条件であった。


「進次郎さま、合体しますよ!」

「ああ。レーナちゃん、いくぞ!」

「「ジェイカイザー、ハイパー合体!!」」


 輝く大宇宙で、2機のジェイカイザーが飛翔した。


 進次郎の乗るブラックジェイカイザーの四肢が分離し、巨大な手足へと変形する。

 空中に転送された合体パーツがジェイカイザーの足を火花を上げながら包み、そこに変形したブラックジェイカイザーの脚が合体。

 今度は合体パーツがジェイカイザーの腕を通し、一体化。

 足のときと同じようにブラックジェイカイザーの変形した腕が装着される。

 エネルギーが通り光のラインを浮かび上がらせる腕から、金色に光る手が伸び力強く宙を握る。


 残されたブラックジェイカイザーの胴体が上下に分離し、上半分が仮面をかぶせるようにジェイカイザーの頭部を包み込む。

 残りの合体パーツが次々と舞い上がり、ジェイカイザーの胴体を覆っていく。

 最後に残されたブラックジェイカイザーの胴体がコックピットハッチを守るように装着され、胸に輝くエンブレムが現れた。


 そして、仕上げとばかりにジェイカイザーの口元が鋼鉄のマスクで覆われる。


『ぬぅぅんっ!! 世のため人のため愛のため! この身を削り戦い駆ける! 閃光勇者ハイパージェイカイザー、見ッ参!!』

『相変わらず決め台詞はビミョーですね』

『ええい、文句を言うでないっ!!』

「アハハ……進次郎さま、サツキさんを感じる?」


 コックピットの斜め下からレーナに尋ねられ、進次郎は静かに目を閉じた。

 精神を集中させ、サツキのことだけを頭に思い浮かべる。


「……見えた!」


 目を閉じた進次郎の中に駆け巡った確かな気配。

 ヘルメット内の装置によって増幅されたExG能力が、その姿を捉えてくれた。

 遥か彼方から聞こえる、サツキの声。


(進次郎さん……!)


 心でその声を受け止めた進次郎は目を開き、感じ取った気配のおおよその位置をレーダーに入力する。

 その方向へ向かえば、近づくことができれば、もっとハッキリとサツキを感じ取ることができるはずだ。


「この方向でいいのね? ……オッケー、みんなに送信したわ!」

「レーナちゃん、お願いだ。僕をサツキちゃんのところへ連れて行ってくれ!」

「わたしだけじゃないわ。みんなで連れて行ってあげる!」



 ※ ※ ※



 データを受信する音が、マリーヴェルが乗るコックピットにこだまする。

 その内容は、切り拓くべき道の方向を示す情報。

 これから自分たちが行う行動の指針。


「いいなぁ。私もメインヒロインみたいに、スグルくんに好かれたかったなァ……」


 主人公とヒロインのような関係になりたかった、かつて少女だったマリーヴェルが、ポツリと一人だけのコックピットで呟いた。

 助けを待つ少女の元へ、生命を課して飛び込む少年。

 彼らの関係を羨んでばかりではいられない。

 彼らのために明日を創るのだ。


 そのために、素の自分を脱ぎ捨て、通信のスイッチを入れる。


「皆の者! 我らの目標はハイパージェイカイザーの護衛である! 敵中枢へ飛び込む彼らを支援し、必ずや作戦を完遂せよ!」


 通信越しに、周囲に浮かぶ〈ジエル〉たちから歓声が巻き起こる。

 クロノスフィールドによってコックピットが守られていようが、相手は未知の宇宙生命体。

 決して必ず生還できるわけでもない戦場でこれだけ士気が高いのは、ひとえにフィクションのようなシチュエーションに身を置かれていることが挙げられる。

 幼き戦士たちの指針となるべく、礎となるべく、戦いに身を投じる。

 それは平和と正義を守ることを志し、コロニー・アーミィという組織に身を置いた者たちのほまれであった。


「総員、突撃せよ!!」

「「「「うぉぉおおおお!!」」」」


 マリーヴェルの号令で、周囲の〈ジエル〉が次々とビーム・スラスターを噴射し高速で前進する。

 本来ならば総司令官たる大元帥が戦場で前線を張ることなど愚の骨頂である。

 それでも戦場に足を踏み入れ、こうして指揮官用〈ジエル〉に身を置いているのは、自身をも1戦士にすることで士気を高め、戦力を向上させるためであった。

 フットペダルに力を込めると、指揮官用〈ジエル〉のビーム・スラスターが後方へ噴射口を向けて光の粒子を噴射する。


「20年ぶりにもう一度……世界を救うとしますかッ!!」



 【5】


「四方八方敵だらけだぜ、エリィ!」

「んもう! そんなことはわかってるわよぉ!」


 メタモスの先陣に突き刺さった裕太とエリィは、周囲の物量に圧倒されながらも陣形を崩すように戦闘を始めた。

 兵士級メタモスをビームセイバーで切り裂き、少しでも再生が遅れるように溶断された破片を蹴り飛ばす。

 側面から戦艦級メタモスが光弾を放とうとしていれば、ビームライフルを連射しその攻撃を阻止する。

 大火力を浴びせても倒せないことだけが厄介ではあるが、足止めをするくらいのことならば不可能ではない。


「裕太! これを使って!」

「ビームブロードか、よしっ!!」


 エリィから投げ渡された武器を振るい、眼前の兵士級を両断する。

 しかし2つに別れた金色の残骸が、すぐさま重機動ロボの形へと変化し、ゼロ距離でミサイルを放とうとした。


「なっ!?」

「どおっせいやぁぁーーっ!!」


 雄々しい叫び声とともに内宮の乗った〈エルフィスストライカー〉がメタモスのミサイルポッドをビームセイバーで切り離した。

 残った本体が一瞬怯んだところに、裕太は頭部バルカンを放ちながら再生中の個体を殴り飛ばす。


「内宮、助かった!」

「油断大敵やで、笠本はん!」


 今作戦の鍵は、唯一メタモスに打撃を与えられるΝニュー-ネメシスである。

 これまで2度、ハイパージェイカイザーの手を借り戦艦級メタモスを屠った空間歪曲砲、ディメンショナル・フォトン・バースト。

 だがその有効射程は、広すぎる戦場においてはあまりにも短かった。


 しかし、目的はメタモスの殲滅ではなく進次郎をサツキの元へと送り届けること。

 そのため、まずキャリーフレームと艦隊の砲撃で敵の塊を止め、目的地に向け掘り進める。

 そして空間が空いたところでΝニュー-ネメシスを突撃させ、サツキまでの道を強引にディメンショナル・フォトン・バーストでこじ開ける。

 あとはハイパージェイカイザーがサツキの元へとたどり着けるかの勝負だ。


 その第一段階を完了すべく、裕太達は戦っていた。



 ※ ※ ※



「食い散らせ、インベーダー!」

「シキガミよ! わらわの敵を撃つのじゃ!」


 〈クイントリア〉と〈キネジス〉から放たれたガンドローンが光の帯をデタラメにばら撒き、周辺のメタモスをこれでもかと切り刻む。

 しかし単発のビームでは戦艦級メタモスの巨体を貫くことは叶わず、撃ち漏らした戦艦級がギョロリと巨大な目をナインへと向けた。


「狙われておるぞ、ナイン!」

「それならば……シェン、攻撃を合わせろ!」

「がってん承知じゃ!」


 こちらを狙う戦艦級メタモスの眼球へと、すべてのガンドローンの銃口を集中させる。

 そして手持ちのビームライフルの発射に合わせ、一斉にビームを放射。

 幾重もの光の束がひとつに収束し、巨大な戦艦級の胴体を撃ち貫く。


「やったのう!」

「む……! シェン、後ろだ!」

「わかっておるわい!」


 素早くビームセイバーを抜き、背後から襲いかかろうとしていた兵士級メタモスを切り裂く。

 切り裂かれて飛んできた破片へと、ビームドローン・インベーダーの砲身を向け発射。

 少しでも細切れにし、再生を遅らせる手間を惜しまない。

 それがこの混沌とした戦場で最も有効な戦術であった。



 ※ ※ ※



「艦砲一斉砲撃を行う! 前線のキャリーフレーム隊は送信した危険ラインから離れよ!」


 キャリーフレームたちの攻撃により、メタモスの前進が停滞したのを見てマリーヴェルは号令を出した。

 戦場内の前キャリーフレームに向けて、ビーム砲撃の射線データが送信される。

 これによりレーダー内に、どの位置にいれば味方の砲撃を喰らわないかが表示されるのだ。


「大元帥閣下! 射線オールクリア!」

「全砲門開け! サジタリウス艦隊、主砲一斉発射!!」

「「「「主砲、一斉発射!!」」」」


 メタモスの軍団に向かって、次々と戦艦から青白い光線が放たれた。

 旗艦〈サジタリウス〉を戦闘にくの字型の陣形から放射された一斉砲火は、一瞬の後に戦場を貫き、幾重もの爆発を巻き起こす。

 まるで宇宙が振動しているような錯覚さえ覚える大火力攻撃に、操縦レバーを握る手も小刻みに震えだす。


「反撃、来ます!」


 メタモスの軍勢から飛来する、無数の光弾。

 艦隊の中へと叩き込まれたそれらは大きな爆発を何度も起こし、次々と弾けていく。


「損傷確認!」

「2番艦中破! ですが戦闘続行可能との報告があります!」

「退かせろ! 艦の撃沈は士気に関わる! 砲撃の効果はどうだ!?」

「大元帥閣下! わずかに突入距離足りません!」

「であるならば、〈ジエル〉隊、我がもとへ集合せよ!」


 マリーヴェルの命令により、周囲に退避していた〈ジエル〉が次々と指揮官機の元へと集結する。

 そのまま速やかに砲撃陣形を取り、移動用に後方噴射していたビーム・スラスターを一斉に前方へと向けた。


「出力全開! メガビーム・ブラスター一斉発射!!」


 戦場のど真ん中から、強力なビームの応酬が一点に向けて放たれた。

 周囲のメタモスを巻き込みながら進み行く光の螺旋が、道を作るようにメタモスの集団をえぐり抜けていく。


「今だ! Νニュー-ネメシス!!」



 ※ ※ ※



「艦長! 合図来ました!」

「わかりました。進次郎さん、レーナさん、準備はよろしいでしょうか?」


 艦首の主砲砲塔にしがみつくハイパージェイカイザーへと通信を飛ばす深雪。

 返ってきたのは返事代わりのサムズアップ。

 それを見て、大きく頷いてから深雪は声を張り上げた。


「砲雷撃戦用意! 最大船速で目標へ突撃!」

「了解! 砲雷撃戦用意! 船速最大!」


 Νニュー-ネメシスのメインエンジンが後方へと炎を噴射。

 赤白い光を推進力へと変え、巨大な船体が見る間に加速していく。


「歪曲フィールド展開! 圧力最大!」

「歪曲フィールド展開! 圧力最大!」


 復唱と共に展開されるバリア・フィールド。

 活躍を見守るキャリーフレーム隊たちの間を突っ切り、速度を上げながらメタモス軍団の中枢へと突っ込むΝニュー-ネメシス。

 驚異と感じ取ったメタモスたちが、纏わり付かんと接近してくる。


「艦長、敵接近! 取り付かれます!」

「側面ビーム砲門全部開け! 味方機に当てないようデタラメに一斉射!」

「側面ビーム砲塔、一斉射!」


 Νニュー-ネメシスの側面から顔を出した砲塔から、無差別にビームが放射される。

 それはメタモス1体1体に対しては僅かなダメージしか与えられないであろうが、一瞬の隙を作り出すには十分な時間稼ぎを実現できた。


「艦長! 目標地点到達しました!」

「第一主砲塔に動力伝達! レーナさん、お願いします!」

「はーい! ウェポンブースター、起動!」


 元気のいいレーナの返事とともに、ハイパージェイカイザーの両腕から緑色の結晶が放たれた。

 主砲塔に纏わり付いたフォトン結晶によって、空間歪曲砲のエネルギーが跳ね上がっていく。


「主砲エネルギー、出力190%!!」

「ディメンショナル・フォトン・バースト、発射!」

「空間歪曲砲、発射します!!」


 砲塔より緑色の輝きをまとった光の渦が放出される。

 その渦は前方で壁のように固まっていたメタモスたちを薙ぎ払い、光が通った跡に丸い穴のような空間が開く。

 そしてその先には、1体の戦艦級メタモスの姿。


「おふたりとも、後はよろしくおねがいします」

「わかったわ! 進次郎さま、頼みましたよ!」

「ああ!」



 【6】


 ハイパージェイカイザーが、Νニュー-ネメシスの艦首から飛び出した。

 進次郎は確かに、前方の戦艦級メタモスの中にサツキの存在を感じていた。

 巨大なメタモスの先端に、ハイパージェイカイザーが着地する。


「進次郎さま、サツキさんはどこ!?」

「えっと……そこの目と目の間のところだ!」

「了解!」


 メタモスの上をハイパージェイカイザーが進み、進次郎が指定したポイントに到着する。

 そしてビームセイバーで表面装甲に傷を入れ、そこに手を差し込み強引に開く。

 決してサツキの姿がそこにあったわけではない。

 けれどもたしかにその存在を感じ取った進次郎は、ヘルメットをしっかりかぶっていることを確認してからコックピットハッチを開き、メタモスの中へと飛びこんだ。


「サツキちゃん──!」


 メタモスの傷の奥底。

 そこに足を踏み入れた進次郎の脚は、まるでぬかるんだ泥を踏んだような感触に囚われた。

 底のない沼に落ちたような感覚。

 危険を感じ飛び退こうとも考えたが、この向こうにサツキがいることを信じた進次郎は、決死の覚悟でその中へと潜っていった。


「進次郎さまっ!!? 進次郎さまーーーっ!!」


 背後から通信越しに聞こえるレーナの叫びが、徐々に切れ切れになっていき、やがて聞こえなくなった。



 ※ ※ ※



「レーナさん、どうしましたか?」

「進次郎さまが飲み込まれちゃった!! どうしよう!?」

「なんですって?」


 レーナは、ハイパージェイカイザーのコックピット内でうろたえることしかできなかった。

 助けに行ったはずが、飲み込まれてしまう。

 そもそもどのようにサツキを救い出すのか、そのプロセスを考えていなかったのがここで仇となった。

 何度も進次郎が消えていった先に叫ぶレーナであったが、突然操作もしていないのにコックピットハッチが開き、ハイパージェイカイザーがメタモスから飛び退いた。


「ちょっと、勝手に離れないでよ! 進次郎さまが!」

『すまないが、レーナちゃんを守るために勝手をさせてもらった!』

『周囲にメタモスが集結しつつあります。このままでは危険です』


 ふとレーダーに目をやると、周囲を完全にメタモスに囲まれ、Νニュー-ネメシスもまた甲板に無数の兵士級メタモスの侵入を許してしまっていた。

 襲いかかってくる兵士級メタモスをビームセイバーで闇雲に切り刻みながら、レーナは進次郎の名を叫び続けた。





 【7】


 気がつけば、進次郎は真っ暗な闇の中であった。

 宇宙とは違い、星の瞬きひとつ感じられない暗黒の空間。


(僕は……どうなったんだ?)


 メタモスの中に飛び込んだところまでは覚えている。

 それからどうなって、この空間にたどり着いたのか。

 それだけが記憶にもやがかかっているように思い出せなかった。


「あなたは……誰?」

(サツキちゃん!?)


 声を出そうとして、口から何も音が出ない。

 けれども、頭の中に直接響くように次々と知らない声が入ってくる。


「何者だ?」

「誰?」

「仲間ではない」

「私達とは異なる」

「違う存在だ」

「違う」

「違う」


(ううっ……これは……水金族たちの声なのか……?)


 幾多もの声が、進次郎の中に入り込み、抜けていく。

 ぼうっと、視界に人影が映り始める。

 しかしそのどれもが、まるで人をかたどった塊に目と口を表す雑な穴が空いただけの、例えるならハニワのような影だった。

 無数の声が通り過ぎる中、ぼやけた人影が次々と現れては消えていく。


 この中に、サツキがいるはずなんだ。

 そう思っても、彼女の断片が掴み取れない。

 その存在を感じ取ることができない。


(僕は……サツキちゃんに会いに来たんだ!)


 心のなかでいくら叫ぼうとしても、口が動くばかりで声が出ない。

 まるで声を奪われたかのように、進次郎は何も喋れなくなっていた。


(ここまで来たのに……僕は何もできないのか……!?)


 絶望の淵に沈みながら、脳裏にサツキとの思い出が蘇ってくる。

 初めて出会ったときのこと。

 水金族だと明かしたときのこと。

 一緒に修学旅行に行ったこと。

 ジュンナのメイド修行を一緒に見守っていたときのこと。


(僕は……どうしてここにサツキちゃんがいるって、感じたんだろうか)


 思い出を振り返りながら、ふと思う。

 こんなに多くの水金族が混じり合った中で、何を元にしてサツキを感じ取ったのだろうか。

 目を閉じ、静かに精神を集中させる。


(サツキちゃんとの思い出をたどるんだ。何か答えがあるのかもしれない)


 進次郎は、記憶の中のサツキの姿を必死に思い出した。

 彼女の笑顔を。

 彼女の笑い声を。

 彼女はいつも、元気いっぱいで、笑っていた。

 そしてその首元には、いつもペンダントが輝いていた。


(あ……あれは、サツキちゃんの誕生日の)


 進次郎は、ダメでもともと、サツキが身につけていたペンダントの気配を探し始めた。

 雑音のような声がかすれたように消えていき、やがてひとつの人影だけが残った。


(あれが、サ……)


「サツキちゃん!!」


 伸ばした手が、確かに細い腕を掴んだ。

 ぼうっとした頭のような丸みが、徐々に輪郭を帯びてくる。


「しん……じろう……さん……」

「サツキちゃん! やっと見つけた!」


 徐々にハッキリと形作られるサツキの姿。

 一糸まとわぬ彼女の身体の上に、唯一首元のペンダントだけがハッキリと視界に映る。


「どうして……ここ……に……?」

「君を助けるために来たんだ! 僕が送ったペンダント、ずっと持ってくれ……」


 進次郎はそう言いかけて、ふと思う。


(あれ、僕はペンダントなんて送ってたっけ……?)


 記憶をたどり、半年近く前に行ったサツキの誕生日パーティのことを思い出す。

 あの時はたしか、進次郎はサプライズのパーティのセッティングと、パーティで食べる料理の手配をしていた。


(あッッ……!!)


 そして思い起こされる致命的なこと。

 それは、サツキへの贈り物は基本的に食べ物ばっかりで、アクセサリ類を送ったことはただのひとつもなかった。

 決して進次郎が無精者だったわけではなく、彼女が直接欲しがったのが食べ物であったことが原因だったのだが、それがことこの状況では致命傷となっている。

 いま眼前で光る、サツキを救い出す助けとなったペンダントも、送り主は自分ではなくエリィである。


「サツキちゃん……僕は、君に何もあげられなかったね……」


 自分自身に失望し、申し訳無さ満載で声を絞り出す。

 しかし、うつむく進次郎の前でサツキは首を横に振った。


「わたしは……しんじろうさんに……いっぱい貰いました。たのしい思い出に……たくさんの友達。そして……愛という感情……!」

「サツキちゃん……!」

「あなたのお陰で、私は人間としての幸せを得ることができました。……今度は、私が恩返しをする番です」


 サツキの肌に、薄っすらと文様が浮かび上がる。

 やがてその文様は服の輪郭となり、彼女の全身を包み込む。

 そして靴部分や手袋部分が形成されたことにより、白を基調とした全身タイツのような戦闘スーツへと変化した。

 彼女の目を覆うように、半透明なオレンジ色のバイザーが生み出され、首には真っ赤なスカーフが巻かれる。

 

「私に贈り物がしたり無いというのなら、平和になった世界で指輪でもください!」

「サツキちゃん、それって……!」

「うふふ! では進次郎さん、行きましょう! 私達の未来へ!」


 スペースルックとなったサツキから差し出される小さな手。

 進次郎は大きく頷き、彼女の手に腕を伸ばした。


───────────────────────────────────────



登場マシン紹介No.47

【先行試作量産型ジエル】

全高:8.0メートル

重量:7.7トン


 クレッセント社が次期コロニー・アーミィの主力量産機となることを目指して開発した次世代型キャリーフレーム。

 ジエルという名称は天使を表す「エン“ジェル”」と「次のエルフィス→エル」をかけたもの。

 半年戦争の英雄・銀川スグルが設計に携わった機体であり、JIO社の最新鋭機ザンドールを凌駕する性能を秘めている。

 エルフィスストライカーの特徴であったビーム・スラスターの改良型を推進機構として採用しており、高機動戦では後方に向けたスラスターモードによる超加速、高火力モードでは前方に向け艦載ビーム砲並の威力を放つことができる。

 特に宇宙戦においては慣性を使い減速せずにビーム・スラスターの加速力と火力を同時に使うことが可能。

 

 なお、先行試作量産型は少数生産したものを試験的にコロニー・アーミィ大元帥直轄部隊にテスト運用として与えられたものである。



【サジタリウス】

全長:382メートル

全幅:140メートル


 コロニー・アーミィの大元帥直轄の絶対地球防衛艦隊こと、サジタリウス艦隊の旗艦。

 将来的にオーバーフレームの運用をも想定しているため、他の宇宙戦艦に比べるとかなり大型となっている。

 大型化の弊害となる被弾のしやすさを解消すべく、外部装甲には贅沢にドルフィニウム合金を採用し、特殊コーティングによって高い耐弾・耐ビーム性能を両立させている。

 主砲は艦首の3連装メガビーム砲4門。

 副砲としてほぼ全域をカバー可能な30門のビーム対空砲と40連プラズマミサイル砲を装備している。

 


【タウラス級】

全長:244メートル

全幅:87メートル


 コロニー・アーミィで運用されている宇宙戦艦。

 量産型宇宙戦艦の中では割と最近建造された型なので、他の組織で運用されている戦艦より性能は秀でている。

 しかし、旗艦サジタリウスと比べると物足りなさを感じてしまうもののこれはサジタリウスが化け物じみた性能をしているだけである。

 武装は主砲として大型ビームキャノン2門、副砲に連装機関砲が18門、ミサイルランチャーを装備。


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 【次回予告】


 私は本当は争いは好きではありません。

 けれども、恐怖を乗り越えて助けに来たあの人のために。

 素敵な人生をくれた、大好きなみんなのために。

 私は、戦います。この惑星ほしを守るために。


 次回、ロボもの世界の人々第48話「光を動かすもの」


 ────みなさん、さようなら。

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