第46話「星を発つ者」

 【1】


「方法なら、あります……!」

姉様あねさま!?」


 突然ブリーフィングルームの扉を開き、入ってきたのはマザーだった。

 彼女の美しかった金色の髪はやや色が抜けてボサボサになり、肌の表面もところどころに亀裂のような線が入っている。

 見るからにボロボロな姿になっていた彼女は、足を引きずりながらも深雪と入れ替わるように壇上へと上がった。


「先程、意識を失っている間に……私の使命を思い出しました」

姉様あねさまの使命……?」

「私は……地球での呼称にあわせるならば、私は“メタモス”という宇宙生命体の生体ビーコンだったのです」


 突然の発言に、みなポカンと口を開き固まる。

 いきなり宇宙生命体と名乗られても、ピンとこないのは当たり前である。

 だが、その唖然を意にも介さず、マザーは説明を続けた。


「私達の種族は、知的生命体の住まう星を喰らい、文化・技術・知識を吸収して増える真社会性生物です」

「真社会性生物って?」

「地球で言うと、蟻や蜂のように女王を中心として役割に合った姿に生まれた個体たちによって集団を営む生物の形態ですね」

「せやったら、あんさんは地球で女王なるために送り込まれた言うんか?」

「いいえ。私はあくまでも、知的生命体が住まう惑星を発見するための探知機に過ぎません。ですが私は、何らかの影響によって今日こんにちまでその使命を忘れていました」


 ブリーフィングルームにざわめきが起こる。

 誰かが「マザーのせいで地球が危機に陥ったのではないか」と言い出す前に、素早く手を上げ発言したのは深雪だった。


「では今、地球を襲うメタモスたちは、あなたが呼び寄せたのですか?」

「半分は当たりです。先日、何者かが光国の宮殿を襲撃し、“地球がヘルヴァニアというけがれから解放される”などと言いつつ私から招集プロトコルを奪い取っていきました。おそらくはその人物が、メタモスを呼び寄せたものだと思います」

「……あなたさえ来なければ、地球に危機は訪れなかったわけですね」

「それについては……申し訳ありません」


 深く頭を下げて謝罪をするマザー。

 その真摯な振る舞いに、ざわめきが少し抑えられた。


「しかし、メタモスは姉様あねさまが呼んだわけではなく、地球を滅ぼそうとする悪党が仕掛けたことじゃろう? 今回は手段がたまたま水金族であっただけで、もし水金族が地球に来ていなくても別の方法で地球を危機に陥れたはずじゃ」


 フォローするように、シェンが立ち上がって発言した。

 家族同然であるマザーが責められるのは、彼女にとって決して愉快ではない。

 シェンに続くように、裕太はフォローの声を上げる。


「その悪党が誰にしろ、まずはメタモスをどうにかしないといけないだろ。それで、メタモスを一掃する方法って何なんだ?」

「地球を襲うメタモスは、空間転移能力を持った先発隊に過ぎません。倒したところで次々と現れ、数日もすれば本隊が地球へと到着します。その際に、露払い役として集められた水金族が駆り出されるでしょう」

「その中に……サツキちゃんが」

「スレイブ032、サツキが消える前に……私は彼女に女王権限を移譲しました。プロトコルを奪われた私は……水金族として力が弱まりつつありましたから」


 今にも倒れるんじゃないかというマザーの弱々しい姿は、その言葉に説得力を与えていた。

 けれども、中央スクリーンにもたれ掛かりながらも、彼女は声を絞り出す。


「なんとかしてサツキの意識を呼び起こすことができれば……彼女が水金族を味方に引き入れてくれます。その力は、必ずメタモスを退ける力となるでしょう」

「でも、どうやって意識を呼び起こせば……」

「サツキは、愛を知るという任務のために……人間らしい感情の部分が飛躍的に伸びやすい構造にしてあります。なので、彼女に最も親しい人物が呼びかければ……応えて……くれるはずです」

「サツキちゃんと一番親しいって……もしかして、僕?」


 周囲の視線が、そう発言した進次郎の方へと集中する。

 マザーが片腕をゆっくりと上げ、その言葉が正しいことであることを示すように手を進次郎へと向けた。


「はい、岸辺進次郎さん。あなたこそが、地球をメタモスから救う鍵となる人物なのです」

「……いやいやいや! たしかに僕はサツキちゃんと仲が良かったけど……。そんな、僕の行動一つで地球がどうなるかなんて……そんな無理だよ!」

「進次郎さま、あなたはサツキさんを助けたいって思わないの?」

「……そりゃあ、助けられるなら助けてあげたいよ。でも敵は地球を滅ぼそうっていう連中だし、人間ですらないんだよ! そんな相手に、僕に何ができるっていうんだい!?」


 進次郎が必死に否定する気持ちはわかる。

 突然、地球の命運が自分ひとりにのしかかっていると告げられたに等しいのだ。

 まるで、いわゆるセカイ系というジャンルの物語の主人公のような役割を押し付けられる。

 本人としては、たまったものではないだろう。


 ガタンと音を立て、突然マザーがその場に倒れ込んだ。

 すぐさまシェンが「姉様あねさま!?」と叫び側に寄り、マザーは彼女の助けを借りながらよろめきつつ立ち上がる。


「確かに……あ、あなた一人では荷が重いかもしれません……。けれど、あなたにはこんなにも頼れる仲間がいるじゃないですか」

「仲間……」


 進次郎が裕太たちの方へと振り向く。

 もとからこの問題に対し協力を惜しまない気でいた裕太は、親友を安心させるためにもサムズアップを送った。


「水臭いぜ進次郎。俺たちの力を頼ってもいいんだぜ?」

「そうよぉ! 岸部くんもサツキちゃんも、あたしを助けるために協力してくれたんでしょ? 今度はあたしが助ける番よ!」


 エリィに続いて、一拍置いてからレーナが立ち上がる。

 彼女は手を震わせながらも、進次郎へとまっすぐ視線を向けた。


「わたしも、進次郎さまをお手伝いします!」

「レーナちゃん……! でも、サツキちゃんは君にとって……」

「確かにあの娘は恋敵ですよ! けれど、私は正々堂々と進次郎さまのハートを掴み取ってやるって決めているんです! このまま進次郎さまの心に傷をつけてサヨナラなんて、させないから!」


 ワアっと、部屋中が盛り上がった。

 地球を護るための大事業なんて、ネオ・ヘルヴァニアとの戦いですでに一度経験しているのだ。

 遥かに規模の大きい宇宙生命体との戦いに対しても、裕太たちとネメシス海賊団のクルーたちの士気は、非常に高かった。


「とはいえ、です」


 パンパンと、深雪が手拍子をならして場を鎮めて再び壇上へと上がる。


「この方、マザーの体調も心配ですし、宇宙に出るにしても準備が必要です。ひとまずは関係各所へ連絡をとりつつ作戦を立てます。作戦に同行する皆さんは夜10時までに〈Νニュー-ネメシス〉へと集合してください。いいですね?」


 気迫のこもった低い声に、一同は一斉に首を縦にふる。

 それから間もなくマザーはシェンの付添のもと担架で運ばれていき、ナインや他のクルー達は準備のためにとブリーフィングルームから出ていった。

 あとに残ったのは、裕太と進次郎、そしてエリィとレーナ。


「……裕太」

「進次郎。お前、強がってただろ?」

「やっぱり……わかるかい?」

「付き合い長いしな。いきなり地球の運命どうのって言われたら、俺でもおっかないよ」

「けどさ、裕太は僕と違って戦う力はあるし、なにより名実ともに勇者じゃないか」

「勇者なあ……」


 裕太は、ぼんやりと天井を見上げた。

 勇者だなんだと周りで言われてはいるが、その称号が自分に似合うものなのか未だに納得しかねていた。

 確かに勇者と呼ばれるに、ふさわしい働きはしているかもしれない。

 タズム界で母が英雄をやっていて、その血を継ぐというというのも事実。

 だからこそ、自分にそう言われるだけの力があるのかは、甚だ疑問だった。


「なあ進次郎。いったん気持ちを整理したほうが良い。お前が重要な人物だという事実は揺るがない以上、覚悟は決めないと……」

「……そうだな、裕太。すこし、ひとりにさせてくれ」


 うつむきながら、ブリーフィングルームを後にする進次郎。

 レーナも彼の名を呼びながら、その後をついていく。

 裕太もひとまず外へ出ようかと、エリィの手を引いて廊下に出たときだった。


「笠本裕太くん。今、時間は良いかね?」

「訓馬さん……そういえば、俺達に話があるって言ってましたね」

「メタモス騒動のことで言いそびれていたが、これからのことにも関係することだ。ジェイカイザーは今、君の携帯電話の中かね?」

「いえ。外のグラウンドで整備受けさせてます。合体を解いてなかったので」

「それは……好都合だ。そうだな、少し場所を変えようか」


 そう言って背を向け、歩き出す訓馬。

 裕太はエリィと顔を見合わせ、お互い頷きあってからその背中を追い始めた。



 【2】


姉様あねさま姉様あねさまは大丈夫なのか……?」


 医務室のベッドに横たわり、弱々しく呼吸をするマザー。

 その傍らで、彼女の手に自らの手を重ねたシェンは船医へと問いかける。


「なにしろ、身体構造自体は人間だが擬態してその姿になってるって話だからなあ。一応検査はしたが、例えるなら老衰による細胞の機能低下のような症状が全身で起こっている」

「では、このままでは姉様あねさまは死んでしまうのか!?」

「このご婦人の、何を持って死とするかってところだがな。本人に聞かねえことには、人間専門の医者としてもどうしようもねえよ」


 そう言って、医務室の奥の方へと引っ込んでしまう船医。

 シェンが強く手を握りしめマザーの無事を祈っていると、背後で扉の開く音がした。


「シェン……」

「ナイン、わらわはどうすればよいのじゃ……?」


 不安で満ちた感情を抑えきれずに、ナインの胸へと泣きつくシェン。

 困ったような表情で、ナインが優しく押し返す。


「私に聞かれても困る。自分で考えてくれ」

「それも……そうじゃな。ナインは厳しいのう」


 自らの指で涙を拭い、椅子に座り直す。

 けれども不安は拭いきれず、抱え込んだ感情をナインへと吐露する。


姉様あねさまは……結果的にとはいえ地球を危機へと陥れてしまう元凶となってしまった。わらわは、他の者達が姉様あねさまの存在を非難すると思うと、耐えきれないのじゃ」

「……まるでメタモスとの戦いには勝てると信じているような言い方だな」

「勝てねば終わりじゃろう? であれば勝てると信じ、勝った後のことを考えるのは自然ではないのか?」

「どうもお前は妙に達観しているな……」

「まあのう、おぬしよりも12年は長く生きておるからの」

「肉体年齢は同じだがな」


 ナインが立ち上がり、傍にあったウォータークーラーから紙コップへと水を注ぐ。

 そして喉を鳴らす音を2,3度ならした後、シェンの方へと振り返った。


「ではシェン、お前に問うが……お前は私のことが憎いか?」

「憎い? なぜ、わらわがナインを憎まねばならぬのじゃ?」

「私は光国グァングージャで反政府側へと付き、キャリーフレームで襲撃をかけた張本人だった。それを思い出して、私を非難するか?」

「そういえばそうじゃったのう……。けれどもこのひと月、共に過ごしてきてナインという人物を友人と思うたからの。もはや憎しみなど微塵も感じではおらぬよ」

「それと同じではないか?」

「なぬ?」

「ヘルヴァニアという存在も、かつては地球侵攻を企てた勢力だった。だが今となっては、もはや地球人と扱いはそう変わらない。地球のことわざに熱さを過ぎればというものがあるが、お前の姉君が地球のために尽力したのならば、時間がすべて解決してくれるはずだ」

「ナイン……」


 彼女の言葉は、まさにシェンが求めていた言葉そのものであった。

 そうなって欲しいと願うのと、第三者からそう言われるのとは、言葉の重みが違う。

 たとえシェンの不安を紛らわすための優しい嘘であったとしても、今のシェンには何よりもありがたい救いであった。


「わらわは果報者じゃ。ナインのような友を得ることができたからの」

「気持ちが落ち着いたところで、現状の問題への対応も考えないとな。彼女が目覚め、対抗策の一つでも教えてもらえれば良いが」

姉様あねさま……どうか目を覚ましてくれ……」


 シェンは、優しくマザーの手を握り、強く祈った。



 【3】


 人のいないガランとしたネメシスの食堂。

 静寂とした広い空間に、訓馬のあとに続くように裕太とエリィは足を踏み入れた。

 自動扉が閉まってからひと呼吸おいて、老人が「さて」と話を切り出した。


「勿体ぶってしまった形となってすまないな」

「それはいいんですけど、訓馬さん。ジェイカイザーの事なのに本人がいなくていいんですか?」

「本“人”か……君は彼のことを、本当に人間のように思っているのだな」

「まあ、そうですけど」


 訓馬が裕太たちから離れるように数歩進み、椅子に腰掛ける。

 そしてそのまま、彼は小刻みに体を震わせた。


「……訓馬さん?」

「この椅子、回らんではないか。ええい、もういい」


 怒り混じりに立ち上がり、わざとらしい咳払いで老人が仕切り直す。

 裕太は格好のつかないその姿に苦笑いを浮かべながら、彼の発言に耳を傾けた。


「君たちは、人工知能の人格というものがどのように形づくられるか知っているかね?」

「人工知能の人格……?」

「人格というものは本来、人が長い年月を生きることにより、その間に得た経験をもとにして徐々に形成されていくものだ。だが、AIというものは生まれたその瞬間から人間と言葉をかわしコミュニケーションをとる。その場合、AIの人格はどのようになると思うかね?」

「えーっとぉ……真っ白な状態から始まるとしたら、ジュンナみたいに機械的になるのかしらぁ?」

「と言っても最近ジュンナはだいぶ人格らしい人格ができてきたみたいですけど」

「うむ。彼女のような形態が、本来のAIの姿として自然なものなのだ。だが、ジェイカイザーはどうか? 彼はAIというにはあまりにも……」

「人間くさい?」

「というよりはぁ……人間そのものよねぇ」

「私は初めてジェイカイザーと言葉交わしたときから、その点が謎だったのだ。聞けば彼が活動を始めたのは今年の春。人間に近い人格を形成するには、あまりにも短期間だ」


 ここまでの話を聞いて、裕太は訓馬がなぜこの場にジェイカイザーを入れたがらなかったのかを察した。

 いわばこの話は、ジェイカイザーのアイデンティティに関わる問題に踏み込むもの。

 ナンバーズであることを明かされたレーナくらい精神がタフであれば良いのだが、重要な戦いを前に控えている今。

 ジェイカイザーの心を不安定にするのは悪手だと考えたのだろう。


「既に熟成された機械の人格を、コピーしたとかじゃないのぉ?」

「人に近いAI人格では、その方法は危険なのだ。データ構造が複雑かつ膨大なせいで、精神構造に脆弱性ぜいじゃくせいが生まれやすく、不安定になりやすい」

「じゃあ、ジェイカイザーの……あいつの人間らしい人格はどこから来たんですか?」

「……それはズバリ、人間そのものからだよ」

「な……!?」


 静かな食堂に、衝撃が走る。

 今まで友として付き合っていた存在の正体。

 その一端がいま、明かされたのだ。


「人間から取り出した人格が、ジェイカイザーの人格なのか? だとしたら、誰から抜き取った人格なんだ?」

「それが判明するまでは、私は君たちに話すまいと思っていたのだ。万が一にでも誘拐した地球人から抜き取った……などという結果であったなら、シャレでは済まないからな」

「ということは、どういうことぉ?」

「ジェイカイザーの人格、あれは他でもなく我が兄、デフラグ・ストレイジのものなのだった」

「デフラグって……ジェイカイザーを作った人だよな?」

「ああ。あまりにもジェイカイザーの性格が、その……兄の若い頃からあまりにかけ離れすぎていて気づくのが遅れてしまった」


 バツが悪い顔をして、頬を指先で掻く訓馬。もといフォルマット・ストレイジ。

 彼の表情の奥にある困惑に、裕太たちは首をかしげる。


「離れてたって?」

「兄は……あんなに女好きでもなければお調子者でも無かった。正義感と使命感に溢れ、強い意志と威厳を持っていた人物であった」

「それって多分……あたし達のせいよねぇ」

「君たちのせい、とは?」

「エリィ、その件に俺を入れるな! 社会勉強の教材って言ってジェイカイザーにエロゲだギャルゲだと与え続けたのはお前と進次郎だからな!? 俺は関係ねえ!」

「ハッハッハ……なるほど」


 神妙な面持ちをしていた老人が、朗らかに笑った。

 その笑いの意味がわからなくて、思わず「何が面白いんだ?」と問いかける。


「いや、なに。人間より抽出され機械に移植された人格が、こうも経験によって変化するというのが面白くてな。ジェイカイザーはベースである我が兄の人格が、君たちのような若者のカルチャーに触れた結果変化したものなのだと今、確信したのだ」

「ええと、それってどういう?」

「いやなに。ヒトというものは生まれた時代、育った文化に順応して変化するものなのだ。真っ白で無垢な赤ん坊のときは同じであれど、周りの環境一つで心の作りというものは変化するものだよ」

「つまり……?」

「人格の土台こそ移植されたものであるが、そこに作られたばかりという幼い状態が混じり合ったことで、柔軟に若者文化に適応した。それがジェイカイザーなのだよ」


 なんとか言葉を選んで伝えようとしているのであろうが、結局の所よくわからない。

 それでも、友たるジェイカイザーの存在が、誰かのコピーから逸脱したものに立ったということはなんとなく理解できた。


「だけど、この事実ってそんなにジェイカイザーにショックを与えることかな」

「そうよねぇ。むしろ自分が何者かスッキリするんじゃないかしらぁ?」


「うむ。問題はここからなのだ」


 老人が立ち上がり、顔つきを険しくする。


「そもそもジェイカイザーの人格が兄から抽出したものだと気づいたのは、遺体を検死にかけたからなのだ。その時、頭蓋骨にマイクロ単位の穴が空いていて、人格抽出のために端子を脳に接続した跡が見つかってな」

「なるほどねぇ。それで?」

「問題はそのマイクロ単位の穴が、複数箇所に見受けられたのだ。これは、一つの脳から複数回人格を抽出したことに他ならない」

「ってことは……」

「ジェイカイザー以外にも、兄の人格を載せた存在がいるということだ。そしてその存在が、地球にメタモスを呼び寄せた存在である可能性が高い」

「なんだって……!?」


 驚愕する裕太の顔をまっすぐに見据え、訓馬は説明を続けた。


「マザーを襲った人物は、“地球がヘルヴァニアというけがれから解放される”と言ったそうだ。私が知る中で、ヘルヴァニアという存在を“けがれ”と評した人物は……ただ一人、デフラグ・ストレイジだけなのだ」

「じゃ、じゃあ……」

「ジェイカイザーを作った人が、地球を滅ぼそうとしているのぉ!?」


 その情報は、まさにジェイカイザーに最も知ってほしくない情報だろう。

 地球を護るために生まれた自分の片割れが、地球を気機に陥れている。

 その事実を知った彼が、正常でいられる保証はない。


「本人でない以上、真意はわからぬよ。メタモスという存在をコントロールできると思っているのか、あるいはヘルヴァニア人ごと地球を消すつもりなのか……。ただ一つ言えることは、地球を守ることに使命を燃やすジェイカイザーの片割れが、地球を滅ぼそうとしていると彼に知られるのは好ましくないということだ」

「そうだな……あいつ、ああ見えて意外と繊細な所あるしな。……うわっ!?」


 その時、突然大きな振動が裕太達を襲った。

 艦そのものが何かしらの衝撃を受けたのか、電灯が振動に呼応するように点滅し、そして光を失う。


「何事だ?」

「メタモスの攻撃か!? くそっ、扉が開かない!」

「あたし達、閉じ込められちゃったのぉ!?」



 【4】


 裕太たちのいた部屋が振動に見舞われる十数分前。

 一人でΝニュー-ネメシスを飛び出した進次郎は、ひとり校庭の隅にあるベンチに腰掛け頭を抱えていた。


(どうして、僕が……)


 今まで、まるで漫画やアニメの主人公のように活躍する友人・裕太を側で応援する立場だった自分。

 それが今、世界に主役をやれと言われてしまったような状況となっている。


 確かにサツキを助けられるのであればそうしたい。

 これが今までのように黒竜王軍だとか、ネオ・ヘルヴァニアだとか、そういった実体のある勢力が相手ならば、彼がここまで恐れることもなかっただろう。

 しかし、相手取らなければならないのは、現在進行系で地球全土に危機を振りまいている怪物・メタモス。

 成功させなければ地球の滅亡という未来は、一人の少年が背負うにはあまりにも大きすぎるプレッシャーだった。


「進次郎さま……」


 不意に頭上からかけられた声に驚き、とっさに頭を上げる。

 

「んぎゃっ!?」

「うがっ!?」


 そして、少女の顎に頭頂部がクリーンヒットする形で互いに痛みでうずくまる羽目になった。


「あいたたた……ごめん、レーナちゃん」

「もう、痛かった~! ええと、進次郎さまが思いつめてたようだから、心配で追いかけて来ちゃいました」


 そう言って、レーナは進次郎の隣へと腰掛けた。

 ほのかに香る少女の香りが、進次郎の心を少しだけ安らげる。


「レーナちゃん、僕は……怖いんだ」


 うつむいたまま、進次郎は独り言のように言葉を放つ。


「大丈夫ですよ! 進次郎さまはみんなで……」

「違うんだ。僕が失敗すれば地球がどうにかなってしまう。そんな状況で、サツキちゃんを取り戻すことができるか、自信がないんだ」

「進次郎さま……」


 いままで、人前で弱音は吐かなかった。

 常に自分は天才だと、不可能はないんだと自己を鼓舞し、強い人間として振る舞っていた。

 しかし、重すぎるプレッシャーは去勢で身を固めていた等身大の少年から、自信を喪失させるのには十分すぎた。

 初めて弱音を聞かせてしまった少女が、顎に指を当て「うーん」と考え込む。


「自信がないのなんて、みんな同じですよ」

「え……?」

「では進次郎さま。ひとつ聞きますが、いつもわたしが戦いに赴くときに勝てると確信していると思いますか?」

「レーナちゃんは……強いから」

「ぶっぶー、外れです。私も戦いの度に、怖いと思っていますし、絶対に勝てるという自信はありません」

「レーナちゃんでも?」


 顔を上げ、隣に座る少女の方へと視線を向ける。


「宇宙海賊同士の戦いとか、宙賊との戦いとか、今までい~っぱい経験してきました。これまでは勝てているからいいけれど、負けたり宙賊の捕虜になったらどうなると思います?」

「……わからない」

「自分で言うのも何ですけどほら、わたし可愛い女の子ですから。まあ酷いことをされると思います。最悪、殺されちゃうかも」

「レーナちゃん……」

「でも、戦わなきゃいけないんです。パパや仲間を、大事なものを守るために。最悪のことを考えたら、キリが無いんです。そういう世界で、わたしは戦っているんです」


 彼女は、決して進次郎の恵まれた環境を疎ましく思っているのではない。

 たとえ負けたら酷い状態になっていても、戦わなければいけない時があるのだと言っているのだ。

 自信を喪失している人物を鼓舞する言葉として、この発言は決して百点満点ではないだろう。

 けれども、女の子にここまで言われて何も感じないほど、進次郎は女々しくはなかった。


『うおおお! 良いことを言ったぞレーナちゃん! 君にもまさしく勇者のソウルが燃え上がっている!!』

「うわっ、びっくりした! ジェイカイザー……きみ、ここで整備を受けていたのかい」


 Νニュー-ネメシスの隣で、かがんだ格好のまま海賊団の整備員たちに弄り回されているハイパージェイカイザー。

 その格好のまま、巨体の中からスピーカー越しに声が溢れ出る。 


『合体を解き忘れたので野外で整備を受けざるを得なかったのだ!』

『一大事でしたから、ご主人さまも慌てていたようです』

「そうか……ジェイカイザー。君は、僕にサツキちゃんを救うことができると思うかい?」

『もちろんだ! 進次郎どのもまた、勇者の一人であるからな!』

「僕が……勇者?」


 言い切ったジェイカイザーへと、思わず問い返す。

 

『進次郎どのは、いつも我々の危機に対して勇ましい活躍をしていたではないか!』

『修学旅行で水金族と戦った時、あなたは危険も顧みずに戦場に降り立ちました』

「そういや、そんなこともあったっけ……」

『央牙島への道中、拳銃で敵要塞を怯ませたこともありました』

『そして何より……ジュンナちゃんにメイド技能を与えてくれた!』

『それは関係ないですし、教えてくれたのは岡野さんです』

『ワハハハハ! とにかくだ、進次郎どのはかけがえのない我々の仲間だ!』

「ジェイカイザー……」


 底抜けに明るい、親友の相棒にベタ褒めされ、進次郎の心が少し暖かくなった。

 今にして思えば誰かに才能の裏付けをしてほしかったのかもしれない。

 決して無力ではない自分を、そうだと言ってほしかったのかもしれない。

 少しずつ、心の奥底で淀む不安が、徐々に薄れていくのを感じる。


 その時だった。


 一瞬の空の光、響き渡る爆音。

 Νニュー-ネメシスから爆炎が登り、その船体が周囲の大地とともに大きく振動する。


「進次郎さま、Νニュー-ネメシスが!?」

「一体何が……!?」


 黒煙が立ち上る艦の脇を走り抜け、進次郎は空を見上げた。


「あれは……!!」

「メタモス!? でも、さっき倒したのよりずっと大きいわよ!?」


 遠くの空中に浮かぶ巨大な物体。

 一見すると戦艦にも見えるシルエットのそれは、遠目でもはっきりと分かる側面の眼球をギョロリと動かしながら、前進を包み込む外殻を震わせて鳴いていた。

 数秒後、地上から光弾──ショックライフルのものと思われる攻撃が巨大メタモスへと放たれ、細かい光が底部で点滅を繰り返す。


「警察の人たちが攻撃しているのか……?」

「わたし達も手伝わないと! でも……」


 振り返り、煙が昇るΝニュー-ネメシスを見上げる。

 窓越しに見える内部の奥は真っ黒になっており、照明が落ちていることが察せられる。


「停電しているの?」

「さっきの攻撃でどこかやられたのか? ん、電話……?」


 不意に震え始めた自分の携帯電話を手に取り、画面に映る通話ボタンを指で押す。


「進次郎、無事か! お前今どこにいるんだ!?」

「裕太か。ネメシスの外だが……巨大なメタモスがΝニュー-ネメシスを攻撃したみたいだ」

「それでか……停電で扉が閉まって出られないんだ! 遠坂艦長に聞いたが、格納庫も開かないし、復旧には数分かかるらしい! 頼む、それまでジェイカイザーでΝニュー-ネメシスを守ってくれ!」

「僕が……!?」


 今まで、ジェイカイザーに乗ったことはあった。

 しかしそれは、移動させるだけとかサブパイロットとしてだけであり、自分が戦闘で操縦したことは一度もない。

 眼前に浮遊する未知の巨大怪獣を相手に、戦えるのか?

 戦って、Νニュー-ネメシスを守りきれるのか?


(怖い……だけど)


 ギュッと、拳を握りしめた。

 ここで戦わずに、サツキを救えるわけがない。

 隣に立つレーナが、進次郎をまっすぐに見つめ深く頷いた。


「……わかった。僕が、戦うよ。だって僕は……」

「ああ、お前は……」

「「天才だからな!!」」


 電話を切り、進次郎はジェイカイザーへ向かって走り出した。


 コックピットハッチを登り、パイロットシートへと滑り込む。

 後を追うようにレーナが後方のサブパイロットシートへと腰掛け、コックピットハッチが静かに閉じる。

 ジェイカイザーの起動プロセスを順に進め、操縦レバーを握りしめて神経接続を果たしたところで、気がついてしまった。


「レーナちゃん。勢いに任せて乗り込んだけど、これ……レーナちゃんがメインパイロットの方がいいんじゃ……?」

「……言われてみれば、それもそうですね。だけどもう進次郎さまが神経接続しちゃいましたし……? 今から接続し直すとまた再起動しなきゃいけないから……」

『ええい! 大丈夫だ! 進次郎どのならできる!』

『珍しく正論ですね、ジェイカイザー。さあ、リアクターも温まったところで行きましょうか。時間もないですし』

「わかった。よし……岸辺進次郎、ハイパージェイカイザー、出る!!」


 周辺の整備員が退避したことを確認してから、進次郎はフットペダルを力いっぱい踏み込んだ。



 【5】


「くっ……あれもメタモスっていう化け物だってのかよ!」


 照瀬は〈ハクローベル〉のコックピットの中で、発射トリガーを連打しながらぼやく。

 ショックライフルを何度も打ち続けているが、相手が巨大すぎるからかそもそも効いていないのか、攻撃になっているとは思えなかった。

 

「全然効いている気配が無いであります!」

「だとしても、今オレ達にできるのはこれくらいだ! 自衛隊が来るまでの時間稼ぎくらいはしねぇと……!」


 照瀬がそう言うやいなや、怪物の巨大な目玉がはっきりとこちらへと向いた。

 と同時に巨大メタモスの底部のイボというイボが光りだし、無数の光線が放たれた。


「なにいっ!」

「うわーっ! であります!」

 

 間一髪でその光線を回避するも、着弾した道路が赤熱し融解する。

 ビームほどではないが、それに匹敵する熱量エネルギー。

 防護システムのない〈ハクローベル〉で喰らえばひとたまりもない。


「気をつけろ富永! こいつを食らっただお陀仏だぜ!」

「と言うでありますが、もういっかい来るようであります!!」

「んだとぉっ!?」


 再び上空から降り注ぐ光の雨。

 回避が間に合わずもうだめだと思ったところで、大きな影が照瀬の機体を庇うように割り込んだ。


 緑色に輝くバリアーのようなもので光線を受け止めた巨体は、まさに照瀬たちにとっては救世主のような存在だった。


「ジェイカイザー……! ってことは笠本の坊主か!」

「いえ、僕です!」

「……進次郎くんでありますね!? どうして笠本くんではないでありますか?」

「いろいろと事情がありまして……とにかく、お手伝いします!」



 ※ ※ ※

 


「かっこよく参戦できたまではいいけど……ここからどうしようか」

『敵巨大メタモスより高熱源反応』

「進次郎さま! また光線が飛んできますよ!」

「ええと、こういう時はこれだ!」


 進次郎はコンソールを操作し、ハイパージェイカイザーの拳へとフォトンエネルギーを集中させた。

 緑色のエネルギーの奔流が手先へと集まり、光が渦巻いていく。


「えーと……ロケットパンチ!」

『フォトンナックルだぞ!!』

「いいじゃないか技名くらい! ええい、喰らえっ!」


 進次郎が力いっぱい操縦レバーを押し込むと、ハイパージェイカイザーが拳を振りかぶり、真っ直ぐに上空へと突き上げる。

 その勢いのまま放たれたフォトンエネルギーの拳がメタモスへと接近、巨大な底部に爆発を起こした。

 衝撃でメタモスの巨体が少し傾き、光線の発射が中断されたのか輝きが消えた。


「やったぁ! さすが進次郎さま!」

「攻撃は止められたけど……見て」

「ああっ!?」


 フォトンナックルが直撃した部分、メタモスの破損した底部に金色の液体のようなものが集まっていた。

 そして僅かな時間で傷がふさがり、綺麗サッパリと攻撃を受ける前へと戻る。

 ひときわ大きくメタモスが咆哮し、今度は全身を回頭させ、進次郎たちの方へと巨体の先端を向けた。

 ゆっくりと少しずつメタモスの先端が展開し、その奥が光り輝く始める。


『先ほどとは比較にならないエネルギー反応です』

Νニュー-ネメシスを撃ち抜いたビームを放つつもりだ!』

「ということは、対艦ビーム級よね。ハイパージェイカイザーで防ぎきれる?」

「……無理なんじゃないかなぁ」

『進次郎どのが弱気になってどうする! 無理でもやらねばならんのだ!』

「……そうよ! エネルギー同士をぶつけ合えば!」

「ええと……剣を肩にぶっ刺すランチャーだ!」

『ダブルフォトンランチャーだッ!!』


 コンソールを素早く操作し、2本のジェイブレードを空中へと放つ。

 同時にウェポンブースターが起動し、ハイパージェイカイザーの全身をフォトン結晶が包み込み、鎧のように形状を変化させる。

 二本のジェイブレードが宙に浮き、ガイドワイヤーを伸ばす肩部へと、吸い込まれるように移動した。


「ダブル……なんとかランチャー、発射!!」

『ダブルフォトンランチャーだと言っているッ!!』


 ジェイカイザーのツッコミと同時に放たれる、エメラルドグリーンに輝く2本のエネルギー波。

 その光の帯は迎え撃つように放たれた巨大メタモスの大口径ビームと衝突。

 メタモスの眼前で大爆発を起こした。


「やったか!?」

『それはやっていないフラグだっ!』

『縁起でもありませんね』

「見て、メタモスが!」


 上空に浮かんだまま、展開した先端部分が爆発によって大きく変形した巨大メタモス。

 その歪みをただそうとしているのか、傷ついた部分が一度金色の液体状に融解していく。


「ほら言わんこっちゃない! ……ああっ!」


 その瞬間、白い光の嵐がメタモスの先端をかすめるように飛来し、その歪んだ先端部分をえぐり取るように消滅させた。

 同時に入る、Νニュー-ネメシスからの通信。


「おふたりとも。ネメシス復帰までの時間稼ぎ、ご苦労さまでした」

「遠坂深雪ちゃん! もう大丈夫なのかい?」

「先の攻撃による衝撃で起こった、エネルギーの送電線の破損は応急処置でなんとかできました。けれども、あの大型の敵……マザーいわく、戦艦級メタモスを倒すには出力が若干不足しています」

「エネルギー不足……だったら!」


 空中で再生しようとしている戦艦級メタモスをよそに、進次郎はペダルを踏み込みハイパージェイカイザーを飛翔させた。

 その動きを追うように、メタモスの先端がハイパージェイカイザーを捉え回頭する。


「進次郎さま、何を?」

「エネルギーが足りないんだったら、ネオ・ヘルヴァニアの宇宙要塞を支えたときのように……!」


 操縦レバーを巧みに操り、Νニュー-ネメシスの空間歪曲砲近くの甲板へとハイパージェイカイザーを着地させた。

 そしてウェポンブースターを再び起動し、両腕を取り巻くフォトン結晶をそのまま砲塔へと伸ばしまとわりつかせる。

 コンソールを操作し、残り少ないジェイカイザーのエネルギーを、全て空間歪曲砲へと送信した。


「深雪ちゃん! これならどうだ!!」

「……バッチリです。素の出力の170%を記録しています」

「やっちゃえ、Νニュー-ネメシス!!」

「では皆さん、対ショックおよび対閃光防御をお忘れなく。空間歪曲砲……」

『せっかく私が強化しているのだ! そのままの武器名では芸がないだろう!』

「それもそうですね。ではディメンショナル・フォトン・バースト、発射します」

『ナイスネーミングだ!! うおおおっ!! いっけぇぇぇっ!!』

「……一人で盛り上がってら」


 ジェイカイザーの唸り声と同時に、緑色の輝きをまとった光の渦が砲身より放たれた。

 通常の空間歪曲砲よりも何倍もの太さを誇るエネルギーの柱が伸びていき、戦艦級メタモスを飲み込んでゆく。

 金切り声のような鳴き声を発しながら、粉になるように消えていくメタモス。

 エネルギーの放出が止まり、ガス欠となったジェイカイザーが甲板に膝をついた頃には、空は静かになっていた。


「ふぅ、助かった……」

「助かったんじゃない、助けたのよ! 進次郎さまが、その手で!」

「……そうだな。僕がやり遂げたんだ。……うおぉぉぉぉっ!!」


 コックピットの中で、進次郎は両手を高く上げながら叫んだ。

 それは、愛する者を救う戦いへ赴く覚悟を固めた、男の咆哮だった。



 【6】


 日も落ち、あたりも暗くなった頃。

 Νニュー-ネメシスのブリーフィングルームで会議を終えた裕太たちは、明くる日の出発に向けて一旦解散となった。

 とはいえ出発を告げる家族もおらず、準備もほとんど海賊団任せの裕太は、外の空気を吸うためにタラップをひとり降りていた。


「裕太……」

「エリィ、どうした?」


 校庭にできたクレーターの側で、そっと裕太の手を握るエリィ。

 彼女の意図をなんとなく感じた裕太は、無言でその手を引いて校舎裏へと連れて行く。


「ここでいいだろう。ここなら、人もいないし……景色もいい」

「ありがとう、裕太」

「まあな……」


 くたびれたベンチへと二人で腰掛け、夜空を見上げる。

 黒に染まった空のキャンバスに、星々の斑点。

 そして……その斑点にまじって、光の点が密集してできた白の塊がひとつシミのようにこびりついていた。


「あの光が……全部メタモスなんだよな」


 意識を取り戻したマザーが、先程のブリーフィングで語った事実。

 太陽系の外に大規模なメタモスの軍勢が転移し、地球へと向けて進みつつあるということ。

 空に浮かぶ光のシミは、その無数という他ないメタモスの軍勢が、太陽の光を反射した光だという。


「あたしたち……勝てるのかしら」

「勝つと言うよりは、成功させる……だな。進次郎が金海さんを助け出せれば、事態が好転する……らしい」

「らしい……なのよね。もしも助け出せても、それが何の意味もなかったら……」

「お前らしくないな、エリィ。いつものお前だったら、とにかくやってみるしか無い! とか言いそうなもんだが」

「……これが最後なんじゃないかと思ったら、怖くて」

「最後?」


 座ったまま俯き、顔を手で覆うエリィ。

 いつもの彼女らしくない弱気な姿に、裕太はその不安そうな肩へとそっと手を置いた。


「もしもタズム界の予言のように、この世界が滅んじゃったら……。そうしたら、もう裕太と一緒にいられない。そう思うと、なんだかとても悲しくって」

「エリィ……」


 ぽたり、ぽたりと硬い土に涙が落ちる。

 エリィの言うこともわからなくはないが、だからといって怯えている暇はないのだ。

 裕太は腕を伸ばし、彼女の両頬に手を添えて自分の方へと顔を向かせた。

 涙が頬を伝う美しい顔だち、目尻に雫を湛えた燃える炎のような真紅の瞳。

 裕太は、何をされるのか察したのか頬を高揚させるエリィへと、ゆっくり顔を近づけた。



 ※ ※ ※



「──というわけで、わらわ達は明日みょうにちに地球を救うべく大地を発つのじゃ」

「へぇ、そうかい」


 屋敷のリビングでシェンの報告を聞いたカーティスは、ロゼが注いだワインのグラスをぐいと傾けた。

 その態度に腹を立てたのか、しかめ面のナインが一歩前へと出る。


「いくら自堕落な男とはいえ、危機に対しての態度が緩すぎるのではないか?」

「けっ、地球がどうにかなる瀬戸際に酒を飲まずにいられるかよ。……勝算はあるのか?」

「ナニガン副艦長のツテを用い、コロニー・アーミィなる組織が全面協力してくれるそうじゃ。なんでも、いくつか艦隊を動かしてくれるらしいわい」

「……じゃあ、俺が出向く必要は無さそうだな」

「貴様……!」


 腕を振り上げんばかりに怒りを顕にするナインを、そっとロゼが止める。

 彼女へ暴力を振るう気はないのか、ナインはそっと拳を解いて後ずさった。


「この人は、あなた達が宇宙で思い切り戦えるよう、この街を守るために頑張ろうとしてますのよ」

「おい、ロゼそれを言っちゃあ……」

「本当のことですし、良いではないですの? あなたもさっきまで〈ヘリオン〉の整備に勤しんでましたじゃありませんこと?」


 やれやれ、とカーティスはわざとらしく頭を掻いた。

 もともと、愛機の宇宙での適正の低さには悩んでいた。

 事実、火星など重力下での戦いではなんとかなっていたが、ロゼとの出会いの場となった宇宙戦での活躍はさっぱりである。

 だからこそ、宇宙へと旅立つ若者たちの後顧の憂いを断てればと、こっそりと準備していたというのに。


「ま、そういうわけだからよ。お前たちゃ宇宙でよろしくやってくれ」

「任された! 地上で吉報を待っておくが良いぞ!」

「うふふ……あら? そういえばレーナさんは来ていないの?」

「ナナねえなら、今作戦の主役と一緒だ。まったく……ゆっくり寝たいなどとふざけたことを」

「ナナねえだぁ?」


 聞き慣れない愛称に、カーティスは首を傾げた。

 照れくさそうな顔で黙り込むナインの代弁をするように、シェンが笑みを浮かべる。


「最近ようやく、レーナのことを姉だと認め始めたのじゃて。じゃが、素直に呼べず色々と模索し、ナナねえと呼ぶことにしたんじゃと。なあナイン?」

「ナナねえには内緒だぞ。本人に対して呼ぶほど、私はまだ奴を認めてはいない!」

「ふふふ、地球が平和になったら素直に呼べるといいですわね」

「まったくじゃ。レーナがもう少し騒音に強ければ、ここで無理やり呼ばせたかったのじゃが」

「騒音?」

「レーナが言うておったのじゃ。夜な夜な軋む音だの声がうるさくて眠れなかったとな。まったく、外の野生動物が戯れておるだけだろうに」

「「うっ……」」


 心当たりがあるカーティスは、同じくバツの悪い顔をしているロゼと口を歪ませながら見つめ合った。

 毎晩、寝室でロゼとともに行っている夫婦の営み。

 その音が安眠妨害になるまで響いていたとは、ふたりは露とも思っていなかった。


(おいロゼ、やっぱお前の声大きいんだって)

(カーティスこそ、もっと優しくしてくださればよろしいのに……)


 小声で責任を押し付け合いつつ、ロゼにシェン達二人の寝室の用意へと向かわせた。

 変に勘づかれる前に話を切り上げようと、カーティスはゴホンとわざとらしく咳払いをする。


「まあとにかくだ。明日、頑張らなきゃならねえんなら今日はしっかりと休みやがれ。寝床は用意してやっから、二人で風呂にでも入りやがれっての」

「そうじゃの。ではナイン、行こうかの」

「ああ」


 二人で仲良く脱衣所に向かう少女たちの背中を見送りつつ、カーティスは残っていたワインを一気に喉へと流し込んだ。


「平和になったら、壁に防音でも施すか……」




 【7】


 目を閉じたまま顔を赤らめるエリィの目の前で、裕太は固まっていた。

 せっかくいい雰囲気だったというのに、ガイと内宮が校舎に隠れつつこちらを見ていることに気づいたからだ。


「お前らなぁぁぁぁっ!!」

「なーんや、意気地なし。男らしくブチューっとかましたらんかい! ほれ、ブチュっと!」

「そうしようとしてたんだよ! けどお前らに見られながらできるかよ!」

「あーん! 今、裕太がキスしてくれようとしていたのよねぇ!? ね、ね、ほらあたしは見られながらでもいいからぁ……」

「そういう問題じゃなーーーい! 中止だ、中止!」


 キスされそうになっていたのがそんなに嬉しかったのか、いつの間にか元気を取り戻していたエリィ。

 裕太としてはここで彼女と口づけをして、戦いの前に恋人としての絆を一歩深めようと思っていたのであるが完全に台無しである。


「……もしかして拙者たち、何か悪いことしたでござるか?」


 頬をポリポリと掻きながら、何をしたのかもわかっていないガイ。

 思えば彼も富永巡査も、ひごろから仲良くしているくせに双方ともそういった知識が皆無のためか、恋人というより友人関係から発展していないらしい。

 であれば、裕太たちがやろうとしていたことが理解できないのも無理ではないか、と呆れ顔で諦めた。


「というかオヤジ、あまりにも当たり前にいるから忘れてたけど、タズム界はいいのかよ?」

「うむ、新生黒竜王軍もといネオ・ヘルヴァニアのお陰でパワーバランスが安定したらしくてな。我ら英傑の役目もそこまで多くなくなってある程度の自由が許されたのでござる」

「そりゃあよござんすねえ……そういえば、タズム界って俺達の世界がメタモスに滅ぼされた遥か未来なんだよな?」

「ということはぁ……もしかしてこの世界が平和になったらタズム界が消えちゃう!?」


「その心配はないぞ! とうっ!」


 校舎の屋上からマントを翻しながら飛び降り、格好良く着地する魔法騎士マジックナイトエルフィス。

 久々の登場と派手な出現方法に、裕太達はその場から一歩飛び退いた。


「ひ、久しぶりエルフィスさん……」

「その件についてタズム界の大賢者様に問いかけたのだが、我らの世界は独立した並列宇宙の一つとして確立しているようでな。この世界が平和になろうとも消滅することはないということだ」

「よくわからないけどぉ、平和になっても大丈夫ってことぉ?」

「そういうことだ。我々も、この世界がタズム界へとならぬよう地上から応援しているぞ!」

「応援だけかよ!」

「まあ、拙者達はウチュウとやらでは戦闘能力は発揮できぬゆえ、申し訳ござらん」


 そう言われれば強くは責めれなかった。

 まあ大気圏内だけで戦いが完結しているらしいタズム界出身であれば、当然の話ではある。

 いろいろと一度に起こって、疲れ果てため息を吐く裕太。

 そんな彼を、これまた校舎に隠れた格好で大田原が覗き込んでいた。


「……大田原さん、何ですか?」

「えーと、今出てきてもいいか? ほれ、戦いに向かう坊主にひとつ餞別せんべつをと思ってな」


 そう言って、大田原は裕太の手のひらの上にひとつのペンダントを乗せた。

 くすんだ銀色のチェーンに付いた、見覚えのある小さな飾り。


「これ、もしかして母さんの……」

「そうだ。いつか渡そうと思いつつ今まで渡しそびれちまってな。渡すシチュエーションとしては今が最高だと思って、わざわざここまで足を運んだってわけだ」

「ありがとうございます、大田原さん。……なんだか、気力が湧いてきましたよ」

「そいつは良かった。さあて、ガイにエルフィスさんよ。お二人はちぃとここいらの防衛作戦会議に顔だしてくれや。糸目の嬢ちゃんも、邪魔してばっかりだと恨まれちまうぞ?」

「しゃあないなぁ……ほな笠本はん、また明日な」

「ああ、おやすみ」


 Νニュー-ネメシスへと向かう内宮、大田原に付いていくガイとエルフィス。

 ようやく、校舎裏が再び静かになった。


「ええと……その、エリィ。キス……するか?」

「ううん、いらないわぁ」


 エリィの言葉に、機を逃したかとがっくり肩を落とす裕太。

 しかし、言葉とは裏腹に彼女は満面の笑顔を浮かべていた。


「今は、ね。全部終わって、平和になったその日まで……お預けにしましょ!」

「戦いが終わったらってか? なんか死亡フラグみたいだな」

「知ってる? こういうやり取りって、ヘルヴァニアでは生存フラグなのよぉ。お母様も、お父様が半年戦争の最終決戦に行く前に、こう言ったんですって!」

「英雄のお墨付きなら、頼れる生存フラグだな……!」


 ベンチに腰掛け夜空を見上げながら、裕太は明日の戦いに向けて英気をみなぎらせた。



 ※ ※ ※



「ねえ、進次郎さま」

「なんだい、レーナちゃん」


 Νニュー-ネメシスのレーナの部屋で、床に敷かれた布団に横たわる進次郎へとベッドの上のレーナが尋ねる。


「わたし、サツキを助けたあとに……進次郎さまがどういう選択しても、恨みませんからね」

「それって……」

「本当なら、ここで一緒に寝て……進次郎さまと恋人らしいことでもしたいわ。でもそれじゃあ、あの子がいないところでズルをしちゃうことになっちゃう」

「正々堂々サツキちゃんと僕を取り合うって話してたね。美少女二人に求められて、僕は幸せ者だよ」

「そんな本当のこと言われたら、照れちゃいます……。だから、ちゃんと恋愛バトルをするためにも、明日は絶対にサツキを助け出しましょうね?」

「……ああ、もちろんさ。でもレーナちゃん、寝る前にハグのひとつでもしてくれたら僕は……」


 そう言いかけて、レーナが寝息を立てていることに気がついた。

 そういえば彼女の目の下に、深くはないがクマがあったけと思いながら、頭を枕の上に戻して天井を見上げる。


(絶対に助けるんだ、絶対に……! だから……サツキちゃん、待っててくれ!)


 心のなかで強く意思を固めながら、臆病だった少年は目を閉じた。



───────────────────────────────────────



登場マシン紹介No.46

【戦艦級メタモス】

全高:不定

重量:不明


 水金族と同じ擬態能力を持つ怪物、メタモスの尖兵。

 兵士級よりもかなり大きく、名前のとおり戦艦クラスの巨体と戦闘力を持つ。

 擬態対象となっているのは地球にとって未知の宇宙生命体。

 底部に無数の熱光線発射器官と、先端を展開させて極太の光線を放つ攻撃能力を持っている。

 表面を覆う装甲のような外殻は生物としては規格外の頑丈さを誇り絶縁体のためショックライフルも無効化する。

 しかし、ハイパージェイカイザーやΝニュー-ネメシスのパワーの前には装甲としての役目を果たせなかった。

 ハイパージェイカイザーとの戦いにおいては大気圏上で浮遊していたが、あれはメタモスが擬態能力で内部に別の宇宙生命体の浮遊構造を構築しており、本来の戦艦型宇宙生命体の能力ではないと推察されている。

 巨大で複雑な構造を維持しなければならなためか、攻撃によって分離した破片が兵士級メタモスになるような現象は起こらず、すべての破片が再生のために働きかけている。




───────────────────────────────────────



 【次回予告】


 宇宙に昇った僕らが見たのは、絶望の輝き。

 けれどもそれに臆することなく、ただ大切なもののために戦いへと向かう。

 愛しいあの子が、一番苦しんでいるとわかっているから。


 次回、ロボもの世界の人々第47話「天の光はすべて敵」


 ────少年よ、輝きを飲み込む光となれ。

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