第33話「降臨祭の決戦」
【1】
スペースコロニー内に発生する風は、地球に吹く風とは少々趣きが異なる。
自然発生の風の多くは気圧の差によって生まれる空気の流れであり、コロニーという人工居住区においても自然再現という理由で同じ原理を利用している。
それは人為的・機械的に気圧差を発生させ、大気を流れる風を不定期にエミュレーションすることによって、コロニーに暮らす動植物に惑星内と同じような環境を提供しているのだ。
そういった人工的な風であっても裕太たちが爽やかさを感じるのは、古めかしい建造物に囲まれた町の風景に、どこかノスタルジックな印象を受けているためであろう。
時代劇に出るような外観の茶屋の前で、これまた時代劇の一幕のように長椅子に座り三色団子に舌鼓を打てば、景色を楽しむ余裕が生まれるのは必然であった。
「は~~~美味いわ~~」
「ほんと、この店の団子は絶品じゃろう?」
のほほんと白い団子の刺さった串を片手に咀嚼する内宮とシェン。
その隣で、裕太は首輪を指で弄りながら目の前の広場を眺めていた。
トンカチが釘を打つ子気味が良い音を響かせながら、大工たちによって組み立てられる木組みの舞台。
降臨祭の会場となるべくして建造されているヤグラは、襲撃を想定している感じは全く無く、あまりにも無防備な作りであった。
「なあ、シェン。祭りの舞台はあれで良いのか?」
「降臨祭は我らの主たる自然神が降臨なさる祭り。それゆえ降臨の祭壇は自然の物を使う習わしなのじゃ」
スペースコロニーという人工物の権化のような場所に、自然もクソもないだろうと思うが口には出さない。
首輪についている紐の先を、この古めかしい口調の少女に握られていれば、うかつな発言は命取りだからだ。
しかしながら、反政府軍・黒鋼の牙が明日に降臨祭へと襲撃をかける宣戦布告をしている以上、防衛目線での意見は言わざるを得ないのも事情である。
無い知恵で色々と考え込んでいると、舞台の建設を眺めていた子どもたちが、シェンの方へと駆け寄ってきた。
「ねえねえ、姫巫女さま。どうしてそこのお兄ちゃんは首輪つけてるの?」
「まるで動物みたーい」
「これはのう、この者がわらわから離れぬように繋げておるのじゃよ」
適当なこと言いやがって……と思いながらも、子どもたちに優しい笑顔を向けるシェンの前で黙っていた。
幼い子どもたちから慕われているシェンの面目を潰す意味など無いし、そんなことをしても現状は何一つ好転しない。
──降臨祭の襲撃を退ける、それがゆうべ裕太たちに与えられた
宮殿の奥には現代で使われるタイプの通信設備が存在し、それを使わせてくれるという。
裕太としても、ここまで首を突っ込んだ手前、襲撃を見過ごす事もできない。
目の前で狙われている命を見捨てるほど、非情になれないのが裕太の良さである。
やがて、子どもたちにボールのようなものを渡されて手を引かれたシェンは、困った顔をしながらも内宮に首輪の紐を預け、舞台の前に広がる草原へと駆けていった。
原っぱの中を駆け、ボールを蹴る。
跳ね上がったボールに群がり、小さな身体がぶつかりあって、笑い合う。
襲撃の前日だということを思わせないのほほんとした光景を見ていて、裕太の心は暖かくなった。
「偉いこと言うてても、まだ13かそこらなんやなぁ。シェンはんは」
「え?」
「年齢や。うちらよりずっと若いんに、苦労して辛いこといっぱい経験して……。でもあんなふうに明るく振る舞える。やっぱ強いんやなぁ」
物思いに
艦長として活躍していた深雪も、まだ小学生である。
彼女もまた幼い頃からたくさんの苦労を背負い、大人のような振る舞いを幼い身体で行っている。
そういう子どもたちを見ていて、裕太は自分たちがひどくちっぽけな存在に感じてしまった。
決して裕太たちが年齢に見合わない幼稚さであるというわけではない。
しかし黒竜王軍や反政府軍と戦っているような身でありながら、年相応でいいのかという疑問が浮かび上がった。
顎に手を当て考えていると、薄ぼんやりと内宮の顔に光る線が浮かぶ。
「……ええんやない? うちらはうちらや」
「えっ、俺の考えていることわかったのか?」
「へへん、長い付き合いやしな。……そうでもないか? まあええわ、ExG能力のおかげでそう感じたんや。……きっと」
朗らかな内宮の笑みに、笑顔を返す。
この国を守るために、地球へ帰るために、生き残るんだと心に誓う。
【2】
「それは、間違いありませんね?」
「はい、女帝様。私が神術にて感じ取った様相なので、間違いはないかと」
女帝リンファが座る玉座の間。
無数の兵士たちとともに彼女の前へと集まった裕太と内宮は、シェンが述べた敵の戦力について耳を傾けていた。
昨日、裕太と共に反政府軍の基地へと拉致されたシェンは、並外れたExG能力によって敵の残存戦力を感じ取っていたという。
それによると、キャリーフレームが7機ほど。うち1機は黒いキャリーフレーム〈クイントリア〉であろう。
あくまでも昨日の情報なため、今日に戦力補充が行われる可能性もあるが、少なくともキャリーフレームが減ることはあれど増えることはないだろう。
一件の後、宇宙と繋がるエアロックは警備が厳重化され、大掛かりな外からの持ち込みが行われればすぐさま連絡が来る体制が整えられている。
それから、武装した構成員は約30名。
こちらの数は多少増減するであろうが、兵士の数ではこちらが上回り、秘蔵の銃器を開放するとのことなので戦力としては数字上優位。
一方、キャリーフレーム戦力はハイパージェイカイザー、シェンが乗っていた〈キネジス〉、それから量産機の〈ザイキック〉が3機ほどとやや心細くある。
前の戦いで大破した〈キネジス〉が数に入っているのは、すでに修復が完了しているためだという。
女帝の手により解放された過去のテクノロジーによって、人型機動兵器の扱い方は技術者たちに浸透しているらしい。
そうでなければ、ワンオフの機体を一日二日で元通りに修復することはできない。
しかし、防衛戦の際にシェンが〈キネジス〉を操縦できるわけではない。
姫巫女という役職であるシェンは、降臨祭の儀式で自らの業務を遂行する必要がある。
こればかりは、降臨祭というものの習わしを
彼女の代わりに〈キネジス〉を戦列に加えるため、白羽の矢が立ったのは内宮。
姫巫女専用機は神聖な者のみが搭乗するべきという考え方もあり、操縦の腕が立ち使徒様と崇められる彼女はまさにうってつけの存在だった。
「ひとつ質問ええか? 祭りの舞台を見てきたんやけど、あんな作りやったら敵のビームでリンファはんもろとも吹き飛ばされかねえへん。そこについて対策はあるんか?」
「対策はありませんが、確信はあります。あくまでも彼らの目的は私の失脚。つまりは観衆の前で反政府軍が女帝である私を殺害する、その瞬間を見せなければならない。それに……降臨祭は
「つまりは大火力砲で一掃とか、遠距離からの狙撃とかはないわけやな? なら色々と光明がみえてくるっちゅうもんや」
「舞台の上はわらわが儀式を行いつつも目を光らせるから安心せい。使徒様たちには、直接乗り込む兵を援護する機械人形を抑えてもらえれば」
「わかった、大船に乗った気で居いや!」
【3】
「あんな大口叩いて、大丈夫なのかよ?」
作戦会議を終え、格納庫へと向かう廊下の途中。
裕太は内宮に対してそう問いかけると、それまで自信満々だった彼女の顔に陰りが現れた。
「正直なところ、不安だらけやわ。銃持っただけのペーペー兵士がアテになるとは思えへん。そのうえ前提が、敵さんが誠実であることの一点張りやからな」
それは裕太も感じていた。
防衛に向かない草原に建てられた木のヤグラ。
ガラ空き同然の防備に不安を感じるなという方が無茶である。
しかし。
「神像様の眼前で堂々たる行いを外せば神罰が下るのじゃ。
「なあシェン。その神像ってジェイカイザーのことか?」
「無論。連中がなぜ昨日、無人の機械人形や
「神像さまねぇ……」
内宮に聞いたときから疑問に思っていたことがひとつあった。
それは、この国で崇められている神様的な存在と、ハイパージェイカイザーの外見が瓜二つなこと。
単純に造形が似ているというレベルではなく、像を参考にハイパージェイカイザーを作ったのでは、と勘ぐるレベルでそっくりなのだ。
格納庫へとつながる引き戸が開けられ、その中を見れば謎はさらに深まる。
キャリーフレームのような人型兵器を格納できるにもかかわらず、格納スペースはキャリーフレームを想定としたものより一回り大きい。
そのサイズは、キャリーフレームとしては別格の大きさを誇るハイパージェイカイザーを想定したとしか思えないのだ。
機械的な格納庫に見合わない巫女服姿の整備員たちが、ジェイカイザーの各部を磨いている。
その様子を見上げていると、裕太の携帯電話がブルルと震え、立て続けにジェイカイザーとジュンナのアイコンが画面に浮かび上がった。
『ワハハ、ここは最高だぞ裕太! フォトンリアクターに至るまで隙の無い整備、地球でも受けたことはない!』
「まるでお前の整備法を知ってるみたいだな?」
『ご主人様、あながちそれは間違っていないと思われます』
「どういうことだ?」
意味深な言葉を発するジュンナに対し、首をかしげる裕太。
何についてかを教えるかのように、画面にジェイカイザーの合体シーケンスを描いた映像が映し出される。
『この宮殿の技術者たちによって、ハイパージェイカイザーの自動分離機能がアクティブになりました。操作ひとつで合体前の2機の状態へと一瞬で分離できます』
本来であれば、訓馬の立ち会いのもとに分解作業を行わないとできなかった合体の解除。
地球では資材と技術者の不足が原因でできないと言われていたことが、ここ
「もしかして……」
科学技術を一度は捨てたかのような文化。
ジェイカイザーを神と崇め、完璧に整備する技術。
そして、かつてヘルヴァニアの支配下にあったという歴史。
それらの断片的な情報をつなぎ合わせることは、お世辞にも頭がいいとは言えない裕太にも簡単なことだった。
「ここは、イェンス星のコロニーなのか
……?」
「いえんす? なんやそら」
「そういや内宮は知らなかったか。訓馬の爺さんの故郷の惑星だよ」
──私は旧ヘルヴァニアの占領惑星、イェンス星の生き残りだ。
夏休みの前、老人が語った言葉が思い出される。
高度な科学技術による汚染から、豊かな母星の自然を守るために技術を封印した文明。
しかし、戦いの知識をも封印したことでヘルヴァニアに為すすべなく占領されたという。
『では、この国は……言ってしまえば私の故郷ということにもなるのか?』
「コロニーだから語弊はあるかもしれないけど、そういうことになるな」
『そうか……』
感慨深そうに口を閉じるジェイカイザー。
彼が自らの出自に関して、あまり情報を持っていないということは知っている。
「なんじゃなんじゃ。わらわをさしおいて盛り上がりおって」
「いて、いてて。首輪を引っ張るな!」
シェンが引っ張る首輪に手をかけながら抵抗する裕太。
すかさず彼女を内宮がどうどうとなだめにかかる。
「まあまあシェンはん。後でゆっくり教えたるさかい、今は堪忍したってや。うちら、整備状況を見に来たんちゃうんか?」
「使徒様がそういうのでしたら……そうですね。皆のもの!」
凛とした声が格納庫中に響き渡ると、一斉に巫女たちが作業の手を止めて集まってきた。
シェンは彼女たちの中へと入っていき、作業の進捗を一つ一つ確認していく。
面倒な説明が先延ばしになったことで、裕太はゆっくりとため息を吐いた。
【4】
「なるほど。わらわの祖先の故郷たる惑星からの亡命者が、使徒様の住む星へと……」
すっかり日も落ち、明日の降臨祭を迎えるまでの準備をすべて終えた裕太たち。
シェンの部屋に3人で集まったのは、彼女へと後回しにしていたイェンス星についての説明をするためである。
訓馬もとい、フォルマット・ストレイジの出自。
ジェイカイザーを造った科学者デフラグ・ストレイジの存在。
シェンだけでなく、事情を知っていなかった内宮も興味深そうに裕太が語る話に相槌を打つ。
「このコロニーがイェンス星飛び出したのて、何百年も昔やないんか?」
「わらわの知る歴史では、神が
『えらく大昔の話だな』
「と言っても150年って俺たちにとっちゃ長い年月だけど、銀河レベルの考え方だと割と短いらしいしなぁ」
『ご主人様、そもそも地球文明の発展が早すぎるのですよ。地球だと100年どころか、10年の開きですら別世界ではありませんか』
ジュンナの言いたいことも最もである。
通常、文明の発展や変化は銀河レベルの常識だと何百年に一度技術の発展が起こるという。
しかし、地球のテクノロジー発展速度は日進月歩。
高度情報発展時代にあった21世紀前後など特に、数年の過去があっという間に歴史書の出来事レベルと揶揄されるほど、人々の生活が変異していたという。
人型機動兵器の発展一つとっても、旧ヘルヴァニア帝国で50年選手の重機動ロボが当たり前な中、地球では新型キャリーフレームが3年も前線を張れればいい所。
これもひとえに地球の兵器メーカー各社の熾烈な開発競争と、宙賊の存在など兵器運用が必要となる太陽系情勢がなせる技である。
地球文明が銀河のイレギュラーであるということを、裕太たちは改めて痛感する。
「……とにかく、そうと分かったら俺たちにとっても明日の戦いは他人事じゃない。ここはジェイカイザーの故郷のようなものだからな」
『嬉しいことを言うじゃないか裕太! 私も明日はフォトンリアクターを全開にして戦うぞ!』
「なんだかんだ言っても、あんさん達は相棒同士なんやなあ」
「相棒同士といえばじゃが、前から気になっておったのじゃが……使徒様とコヤツは、恋仲なのか?」
「「へ?」」
笑い合っていた中に突然投げ込まれたシェンの発言に、裕太と内宮は同時に固まった。
そんな二人の様子など意にも介さないように、シェンは言葉を続ける。
「えらく仲が良いようじゃし、同じ場所から来た男女じゃ。そういう関係かと思っておったのだが、違うのかの?」
顎に手を当て首をかしげるシェンに、裕太と内宮は黙って顔を見合わせ、互いに頬を赤く染める。
確かに、内宮は以前に裕太へと告白した。
その好意を裕太もわかっているし、嫌だとも思っていない。
しかし、裕太にはエリィの存在もある。
二人の女性による板挟みへの回答を、裕太は未だ出せないでいた。
言葉失った二人の代わりに助け舟を出したのは、裕太の携帯電話から声を発するジュンナだった。
『お言葉ですが、彼らの関係は単なる恋愛感情では語れないような関係にあります。シェンさまが理解をするのには経験が不足しているかと』
「むぅ、機械のくせに言うのう。まあなんじゃ、聞いてみただけじゃよ。深い意味はないぞ?」
バツが悪そうに視線を逸らしそっぽを向いたシェンに、裕太と内宮は乾いた笑い声を送った。
【5】
「ったく、何で男のトイレが1階にしか無いんだよ……」
窓の外から聞こえる虫の音を聞きながら、裕太は明かりの消えた薄暗い廊下をひとり歩く。
内宮とシェンが寝静まった後、尿意に目を覚ました裕太は用を足しに部屋を出た。
幸いにも首輪の紐は寝てるシェンが掴んでいなかったため出歩くのは簡単だったが、シェンの部屋のある2階には男性用トイレが無い。
広い宮殿内を
「……あれ、部屋に戻るにはどっちだっけか?」
階段を登り、あたりを見渡し、頭を抱える。
トイレを探すのに無我夢中で、往路をすっかり忘れていた。
巨大な宮殿の中は非常に入り組んでおり、あまり内部構造を把握していない裕太にとっては迷路にも等しい。
おぼろげな記憶を頼りに廊下を歩いていると、人影がひとつ裏手のバルコニーへと出ていくのが見えた。
巡回の兵士だったら道を聞こうと思い、その影を追う。
人影が兵士のものではないことに気づいたのは、人工太陽の放つ月明かりを真似た淡い光に照らされたリンファが、バルコニーで椅子に座ったまま振り向いてからだった。
「あら、あなたは……?」
「ちょ、ちょっと道に迷っちゃいまして……アハハ」
「ふふふ。せっかくですから、少しお話でもしませんか?」
足早に立ち去ろうとした裕太を、柔らかな声が止めた。
ここで下手に逃げ出して不審に思われるよりは、話に付き合ってほとぼりが冷めたあたりで道を聞くのがいいだろう。
そう思った裕太は、リンファの誘いにゆっくりと頷いた。
バルコニーへと足を踏み入れ、リンファの正面に位置する椅子へと座った裕太は、改めて彼女の顔を観察した。
ほうれい線が少し浮き出つつもシェンに似た整った顔立ちに、スラリと伸びた黒い長髪。
柔らかくも儚げな笑みを浮かべるその姿は、とても反政府軍から命を狙われる暴君には見えなかった。
「笠本さん。やむを得ず、牢屋へと閉じ込めていまい申し訳ございませんでした」
「え……」
突然頭を下げ、謝罪するリンファに裕太は戸惑う。
シェンが言うには、裕太が牢に入れられたのはExG能力が無い故に反政府軍の関係者と間違われたからである。
「いや、まぁ……牢屋にブチ込まれたことはムカついているけれど。俺なんかに謝ったら体裁とかまずいんじゃないですか?」
「いえ。あなたは
「わ、わかったから頭を上げてくれ」
状況に耐えかねた裕太に促され、頭を持ち上げるリンファ。
本当にこんな女性が、恨まれるほどの悪政を行ったのかがわからなくなる。
シェンは一年前の降臨祭で襲撃を受けたあと、女帝は人が変わったようだと言っていた。
「リンファさん、あなたは怖くないんですか? 明日、もしかしたら殺されるかもしれないのに」
「恐怖はありません。女帝として行った
「でも、あなたが死んだらシェンや宮殿の人たちは悲しみますよ」
「遅かれ早かれ、別れは来ます。それが寿命によるものか、人の手によるものかの違いなだけです」
微笑みながら、女帝リンファは自らの死をも厭わぬ言葉を綴る。
どこか、自分のことなのに他人事のような考えを述べる彼女に、裕太の中にモヤモヤとした感情が渦巻いた。
この人は、死んでいい人間なんかではない。
「俺は、あなたを死なせやしませんよ。正直、俺は
「では、なぜ?」
「人の死によって生まれる悲しみを、見たくないだけです。だから、明日はあなたを守ります」
裕太がそう言うと、リンファは一瞬驚いたような顔をしてから、ニッコリとほほえみ直した。
「ふふ、ありがとう。娘があなた達といたがる理由がわかったような気がします」
「娘? シェンが?」
「さて、もう夜も更けます。あなたもお部屋にお戻りなさい。では、良い眠りを」
そそくさと、逃げるようにバルコニーを去るリンファ。
彼女の背中が見えなくなってから、裕太は重大なことに気がついた。
(部屋の場所、聞きそびれた……!!)
【6】
バキバキに痛む背中を抑えつつ、裕太はパイロットシートに腰掛け直した。
あくびをしながらレーダーに気を配っていると、コンソールに表示される内宮の顔。
「なんや、辛そうやな。それにしても、何でわざわざ独房に寝に行ったんや?」
「トイレに行ったら帰り道がわからなくなったんだよ。廊下よりはマシだろと思ってな、いてて……」
少し慣れたとはいえ劣悪な寝床は裕太にダメージを蓄積していく。
しかし、その不調を言い訳にせぬよう気合を入れなきゃいけないのもまた事実。
降臨の儀式を前に舞台へと集まる観衆を見れば、この人々を守るために戦わなければと覚悟も決まる。
時間は正午。
草原の中に立てられた舞台の周囲は降臨祭でお祭りムード。
その周囲を守るように配置された3機の〈ザイキック〉が警戒する中、裕太たちは会場からやや離れた位置で待機していた。
このポジションの意図は一つ。
敵主力を確実に迎え撃つことである。
確認した中で最も手強い反政府軍の戦力〈クイントリア〉は、ハイパージェイカイザー以外では太刀打ちはできない。
先陣を切るか、あるいは後詰で来るか。
そのどちらでも対応できるような配置がこのポジショニングだった。
「内宮は大丈夫か? その機体」
「昨日に慣らしはさせてもろたけど、まあまあって感じや。操縦系統は基準仕様やから問題はないとして、ガンドローンが満足に扱えるかっちゅうところが不安やな」
「お前ならできるよ」
「気休めでも嬉しいわ」
『裕太、シェンちゃんが出てきたぞ!』
ジェイカイザーに促され、警備の〈ザイキック〉から送られている映像に目を向ける。
厳かな飾り付けをされた舞台の上にシェンが姿を表し、観衆に向かって一礼をする。
普段の格好とは違う薄目の衣装を着込んだ彼女は、幼さを感じさせない色気を醸し出している。
タン、と靴で舞台を踏み鳴らし、巫女たちの楽器演奏とともに始まる舞踊。
踊りの衣装についているひらひらとした装飾が、シェンの動きを追うように舞い、跳ね、空を薙ぐ。
目を閉じて回転し、ステップを踏み、小さな体が舞い踊る。
その見事な儀式の舞に、裕太は目を奪われていた。
『あれが神への踊りか。なるほど、私の心を打つ良い踊りだ!』
『あなたはただ、彼女の薄手の衣装にいやらしい視線を送っているだけでしょう?』
『ぐぅ……』
聞き慣れた
演奏の終わりとともにシェンが一礼し、舞台の奥へと消えていったところで画面に警告が走った。
『ご主人さま、レーダーに感です』
「いよいよか。行くぞ、内宮!」
「がってん!」
ペダルを踏み込み、ハイパージェイカイザーのバーニアが吼えた。
【7】
戦端を開いたのは、黒い球体から放たれたビームだった。
咄嗟に回避したハイパージェイカイザーと〈キネジス〉の間を抜けた光弾が、青々とした草原に黒い焦げ目を刻む。
直後に飛来した〈ザイキック〉が反政府軍所属を示す緑の装甲に光を反射させながら、ビームセイバーを振り上げつつ内宮へと攻撃。
〈キネジス〉はその一閃をビームセイバーで受け止めつついなし、背後を取り〈ザイキック〉のバーニア部ごと片腕を切り落とす。
一方、球体から放たれるビームの嵐を、空中で巧みに軌道を変えつつハイパージェイカイザーが回避する。
数十秒の回避の後に、内宮機と離されるように誘導されていたと気づいた頃に、漆黒の装甲に身を包んだ〈クイントリア〉がビームセイバーを抜き接近戦を仕掛けてきていた。
「くっ……! 分断が狙いだったのか!」
「我らの主はお前の戦闘データを欲している。付き合ってもらうぞ」
広域通信で〈クイントリア〉から伝えられる、ゼロナインの声。
その発言の意図を考える暇も与えられず、敵機の左肩に残っていた球体が宙に浮いた。
「インベーダー、奴へ喰らいつけ」
ゼロナインの冷たい声に呼応し、インベーダーと呼ばれた球体状のガンドローンがその周囲に輪状のビーム刃を形成しつつ回転する。
間を置かずに高速で飛来する黒い球体を、反射的に形成したフォトンフィールドで受け止める、が。
『裕太、
「にいっ!? 耐えられねえのか!」
回転するビーム剣の乱打は、一撃の衝撃を軽減するフォトンフィールドとは相性が悪かった。
僅かな時間に無数の斬撃を受けた翠色のフィールドはいともあっさり砕け散り、回避の遅れたハイパージェイカイザーの胴部にインベーダーの光る牙が浅く突き刺さる。
慌てて後方に飛び退きながらジェイブレードを抜き、射撃モードでフォトン弾を発射。
しかし狙いの逸れた光弾は最低限の動きで球体に回避され、お返しとばかりにビームが放たれた。
「やっぱ、一人だと照準が甘いか……!」
『私達も支援はしていますが機体制御に処理を取られている分、手動での臨機応変な射撃管制が無いと厳しいですね』
『裕太も私も射撃に関してはノーコンだからな!』
「自慢げに言ってる場合かよ……っと!!」
2,3発ビームを回避した後、放たれた4発目のビームをビームセイバーで打ち返す。
急な反射に回避が間に合わず、インベーダーへと光弾が突き刺さる。
『やったか!』
「やってねえっ!!」
ビームを受けた球体から黒い塗料が剥離し、その下から深緑の装甲が顔を出す。
そういう防御兵装だったのか、それともビームの当たりそこないか。
画面に表示された警告を見て反射的にペダルを踏み込み、眼前を下から飛来したビームが通り過ぎた頃にはどちらかと考えている余裕はなくなっていた。
「ExG能力を持たずにこれほど戦えるとは、面白い」
「るせぇっ、こっちはいつもギリギリなんだよ!」
ハイパージェイカイザーの頭部を真下に向けてバルカン斉射。
弾が届くどころか射撃前に回避行動を取られ、無人の野に吸い込まれる弾丸が虚しく土煙を巻き上げる。
背後を取られた形にはなるが、すぐさまスラスターを噴射して振り向きざまにビームセイバーで斬りかかる。
不意打ち返しをした形の一撃であったが、呆気なく〈クイントリア〉のビームセイバーで受け止められてしまう。
「なる程。反射能力は常人以上ではあるが、能力者には足りない」
「こいつ……強い!」
相手がグレイの時以外で、初めて腕の差で苦戦を強いられる裕太は、冷や汗で頬を濡らした。
※ ※ ※
「笠本はんが苦戦しとる……! 応援に行きたいんやけど、こいつらぁっ!!」
振るったビームセイバーが空を切り、回避行動の勢いを乗せた〈ザイキック〉の蹴りを受けてしまう。
運動性のために軽量化された〈キネジス〉は物理的な衝撃に弱く、後方へとふっ飛ばされてしまう。
バーニアを全開にして踏みとどまるも、立て続けに放たれたビームを回避しようとして体制を崩してしまう。
その隙を逃さず接近したもう1機の〈ザイキック〉が、ビームセイバーを振り上げる。
「こん……にゃろぉっ!!」
一瞬でガンドローンを放出し、正面の敵機へとビームの集中砲火。
頭部を貫かれた〈ザイキック〉が振るった刃が内宮の脇を通り抜け、そのまま機体が地面へと落下する。
「ぜぇ……ぜぇ……」
体制を立て直し、残った1機の〈ザイキック〉へと向き直る。
しかし、最初に撃墜した機体のコックピットハッチが開いていたことに気づいたのはかなり後のことだった。
【8】
降臨祭の儀式もいよいよ最後の段階。
女帝リンファによる静かな祈りと、舞台を見守る観衆達による黙祷。
静寂に包まれる会場の中、遠方から聞こえる機械人形戦の音にシェンは舞台袖で不安を募らせていた。
「神像様、もう少しだけ連中を抑えてください……!」
呟きながら、神に祈る。
しかし、その願いは届かなかった。
乾いた銃声と兵士の断末魔。
舞台の後方から聞こえたその音は、敵が侵入したという事実に他ならなかった。
護身用にと置かれていた銃身の長い自動小銃を手に、シェンは音のする方へと駆けた。
(母上様は……わらわが守らねば……!)
通路へと飛び出した時だった。
銃声とともに自動小銃が弾かれ、シェンの手を離れ音を立てて地面に落ちる。
正面には短機関銃を構えたヤンロンの姿。
「ヤンロン! 貴様、どうやってここへ!?」
「バカ正直に歩いてくると思ったか? だからてめえらは甘いんだよ! 機械人形ン中に潜んで、落とされてから抜け出てくるだけの簡単な作戦だったぜ!」
完全な失念だった。
無人操縦の機械人形の中に人が居ないという固定観念を、2日前の襲撃で植え付けられていたのだ。
そうでなければ、機能停止した機械人形の中から出てくる敵を、裕太たちが見逃すはずがない。
「姫巫女さんよ、てめえを殺すつもりはねえ。生きてもらわねえとバカな民衆共に嫌われちまうからな。さ、道を開けな」
「わらわがおとなしく通すと思うたか! 命に変えても、母上様は守る!」
「チッ……2,3発ブチ込んで動けなくされてえみてえだな!」
シェンへと向けられる銃口。
引き金を引こうと動くヤンロンの指。
傷つく恐怖が、シェンの目を閉じる。
発砲とともに、鮮血が舞った。
※ ※ ※
球体のガンドローン・インベーダーの全方位攻撃を紙一重で回避し続け、反撃を試み続けた。
そのどれもがどちらにも致命傷を与えず、しかしハイパージェイカイザーには確実にダメージを蓄積させていた。
初めて敵対する、殺意を持って攻撃してくるExG能力者の強さに、裕太は無力であった。
「くっ! まるで先を読まれてるみたいだ!」
「無能力者の身でここまでやるとは思わなかったが……これ以上の抵抗は無意味だ」
根比べになれば不利なのはこちら。
何か手はないかと頭を巡らせる。
コロニー内ゆえに、広範囲を破壊する大技は打てない。
下手をすれば、この国そのものを滅ぼしかねないからだ。
宇宙という生命を拒む空間と内側を隔てる壁は厚く頑丈で、様々な危機に対応する仕掛けが無数に施されている。
しかし、ハイパージェイカイザーの全力はそれをも貫き、スペースコロニーという建造物を再生不可能なまでに破壊する危険性があるのだ。
(待てよ、ExG能力って……)
かつて、エリィが言っていた説明を思い出す。
ExG能力とは、決して未来予知を可能とする超能力ではない。
相手の僅かな動き、空気の流れや音などの情報から起こりうる事象を一瞬で正確に想像することができる情報処理能力。
そしてそれを生かした効率化された
つまり、相手の想定外・あるいは認識の外から攻撃を仕掛ければ。
裕太の足りない頭がオーバーヒート思想になりながらも導き出した推論。
しかし、それを実行するには文字通り手が足りなかった。
────笠本くん!
エリィのことを思い出し、幻聴が聞こえてきたのかと裕太は思った。
そうでなければ、自分以外はジュンナとジェイカイザーしかいない機体内で彼女の声が聞こえるはずがないのだから。
────笠本くん!
『どうしたのだ、裕太!?』
「いや、あまりのピンチに銀川の声が聞こえたような気がしてな」
『ご主人さま。それ、多分幻聴じゃありませんよ』
「え?」
『ドアトゥ粒子を検知。跳躍完了まで2……1……』
「笠本くん!!!」
「銀川!? どあっ!!?」
目の前に、エリィが降ってきた。
そうとしか言えなかった。
再会の喜びか、膝の上から力いっぱい抱きついてくるエリィをよそに、裕太は現状の打開策を思いついた。
「本当に無事だったのね!! あたし、あたし……」
「銀川! 喜ぶのは後だ、後ろのシートに座れ!」
「え、ええ!!」
エリィが裕太の膝の上から飛び退き、流れるような動きでサブパイロットシートへと滑り込む。
そうこうしている内に、正面からビームセイバーの一突きをコックピットめがけて放つ〈クイントリア〉が接近してきていた。
「来るわよ、笠本くん!!」
「銀川、分離するぞ!」
「え!?」
『分離シーケンス作動』
『オープンカイザァァァァッ!』
剣先がまさにコックピットを貫くその瞬間。
ハイパージェイカイザーが上下に分かれ、一瞬でジェイカイザーとブラックジェイカイザーへと分離する。
空中で変形を解き、合体前の状態へと推移する2機。
初めて、ゼロナイン相手に虚を突いた瞬間だった。
「銀川、あれをやるぞ!!」
「ええ、わかったわ!」
裕太は一人になったコックピット内でコンソールを叩き、地面へ向かってジェイアンカーを射出させた。
草原を湛える豊かな土にアンカーが突き刺さり、ワイヤーを巻き取ることでジェイカイザーの機体が高速で着地する。
一方、ブラックジェイカイザーは戦闘機形態へと変形し、〈クイントリア〉の上空へと高速で移動し変形を解く。
攻撃の後隙を晒す格好となった敵機を、上下で挟む位置取りとなったところで同時にジェイブレードを抜く。
「行くぞ!!」
バーニアを全開に、上下から〈クイントリア〉への距離を詰める。
その間にもウェポンブースターでジェイブレードを強化し、そのフォトンの刃を活性化させていく。
「『「『必殺!!』」』」
「強化同時斬!」
『ジェイカイザーダブルスラッシュだぁぁ!』
「ハイパーコンビネーションアタックよぉ!」
『ツインクロスブレイド!』
2つの刃が交差し、衝撃が走った。
コンビネーション攻撃を受けた〈クイントリア〉の黒い装甲から塗料が剥離し、地の深緑色がむき出しとなる。
同時に、攻撃の中心となった右肩部が格納していたインベーダーごと爆散した。
「直撃……とはいかなかったか!」
『だが、あの手負いの状態では満足に戦えないはずだ!』
「くっ……!」
ゼロナインが悔しさの感情を声としてこぼすと同時に、〈クイントリア〉が舞台の方へ向かって加速する。
裕太たちもそれを追って、ペダルを思いっきり踏み込んだ。
【9】
「かあ……さま……!?」
銃弾を受けた胸から血を吹き出し、リンファが倒れる。
ドクドクと流れ出る生命の紅が、床を染めていく。
「……ハッハッハ! バカだな、お前は! 姫巫女を救うために殺されたんじゃ、本末転倒じゃねえか!」
「母様! 母様、どうしてわらわを……!!」
シェンは駆け寄り、ヤンロンがいるのも忘れて衣装を血に染めた母を抱き起こした。
身体に空いた生々しい穴から、とめどなく血が流れ出る。
「シェン……これが、あの人の望みだったから……。あなたのことを守ってくれと、頼まれたから……」
「あの人?
「いえ、違います……。あなたの母は、リンファは……」
「母様……何を言って……っ!?」
その時、シェンは自分の目を疑った。
凶弾を受けたリンファの傷跡が、みるみるうちにふさがっていく。
流れた血が金色に変わり、吸い込まれるようにリンファの身体へと集まっていった。
「あなたの母上は、1年前に亡くなりました」
まるで撃たれたことが無くなったかのように、立ち上がるリンファ。
シェンとヤンロン、この場にいる二人はあまりの事態に言葉を失い、固まっていた。
「この……死にぞこないがッ!!」
一度は降ろした銃口を、再びリンファへと向けるヤンロン。
しかし、その銃が鉛を吐く前にヤンロンの身体をどこからか現れた狼が体当たりで吹き飛ばした。
「母様……? これは……!? いや? あなたは? ……母様なのですか!?」
「全ては1年前、反政府軍の放った銃弾があなたを捉えた時に始まりました。シェン、あなたを庇ったリンファはその傷で息を引き取ったのです」
「じゃが……たしかにこの1年、母様はいた! 確かに……」
「“私”が成り代わっていたのです。国の混乱を避けるために」
リンファの身体が、黄金像のように金色に染まる。
そのまま、まるで輝く粘土のように形を変え、シェンが見慣れた……この1年間求めていた者の姿となった。
「あね……さま……!!」
それは確かに、襲撃事件の後に姿を消した
外から流れ着き、町で人気ものになり、 リンファの世話役となった女性の姿そのものだった。
そして、先ほどヤンロンに体当たりをした狼もまた、金色の粘土となり形を変え、金髪のおさげをした女の子の姿へと変わる。
その子は、
「お母さん、お役に立てましたか?」
「ええ、スレイブ032……金海サツキ。ありがとう」
「
「私達は水金族と名乗る、分子レベルの擬態能力を持った液体生命体です。そして私はすべての水金族を産み落としたマザー。そしてこの子は、32番目スレイブであるサツキです」
「水金族……?」
目を白黒させるヤンロンとシェンへと、
今から十数年前、マザーは太陽系のここ・小惑星帯メインベルトへと迷い込んだ。
漂う隕石を吸収しながら成長する内に、
直系の分裂体を生み出し、周辺の宇宙船で事故死した地球人の女性の姿へと変えて、
最初こそよそ者ゆえに拒まれもしたが、優しい心を持った人たちによって暖かい歓迎を受け、マザーは徐々に人間に対しての興味を持った。
宇宙船の存在から、
その分裂体は宇宙を漂う間にも隕石やスペースデブリを食べてまた分裂し、そうやって無数に産まれたスレイブの内、成長が著しかったものを人間へと擬態させ、地球社会の中で「ヒト」を学ぶように促した。
それは感情であり、それは精神であり、それは心だった。
スレイブが学んだ情報は宇宙に浮かぶ本体を通してマザーへと伝達。
精神を徐々に成熟させていったマザーは、
リンファの世話役として宮殿に選ばれたのも、ちょうどその頃だったという。
その後も太陽系各地で人間として生活するスレイブたちから情報を貰いながらも、シェンの成長を見守っていた。
当時兵士の一人だったヤンロンから好意を向けられてからは、愛を知るために32番スレイブであるサツキに感情を学ばせたりもした。
なお、生前のリンファはマザーが人間でないことと、その特性を知った上で信頼をおいていたらしい。
しかし、転機が訪れてしまう。
1年前の銃撃事件である。
その時、シェンを庇い凶弾を受けた本物の女帝リンファは重症を負い、マザーに後を託して息を引き取った。
リンファの最後の願い、それはマザーに女帝リンファを演じさせ、国の混乱を避けるとともにシェンを守ること。
マザーはリンファとなった後、女帝が嘆いていた無能力者を差別する政策の尻拭いを始め、少しでもリンファの名誉を保とうとした。
しかし先日の襲撃で、兵士を辞めたヤンロンが反政府軍に
自分の存在が不幸を生んでしまったのなら償わなければ。
その思いで今日、ヤンロンとシェンの前で正体を明かすことを決めたと……。
マザーの説明を聞き終え、ヤンロンが表情を歪ませる。
「なんだよ……。じゃあ、俺は愛する人に銃を向けるために反政府軍に入ったってのか? これは傑作だ……」
「リンファさんのために黙って置くのが得策と思っていましたが、そのためにあなたが傷ついたのならば……謝罪します」
「頭を下げるな、俺がますます惨めになっちまう。俺は、お前のためにお前を殺そうとしていたんだ」
立ち上がり、手に持っていた短機関銃を投げ捨てるヤンロン。
彼はそのまま背を向け、外へ向かって歩き始めた。
「ヤンロン、どこへ行くのじゃ!?」
「俺は、この国がこのままでいいとは思ってねえ。いつか必ず、この国を解放する」
「ですが……」
「ヘッ……ヘルヴァニアにつくのがこの国のためだとわからせるために、あがくだけさ」
「待つのじゃ、ヤンロン!!」
シェンが追いかけようとしたその時、深緑の装甲をまとった巨大な腕が舞台の裏口から伸び、ヤンロンを掴んだ。
その腕の先には、色が変わり片腕を失った〈クイントリア〉の姿。
腕に掴まれたヤンロンは、真紅の髪の女の子が操縦するコックピットへと飛び込み、閉じるハッチの奥へと消えた。
「ヤンローーーンッ!!」
シェンの叫びを振り切って、〈クイントリア〉は空の彼方へと飛び去り、あっという間に見えなくなった。
【10】
それからは、大騒ぎだった。
それからリンファ──もとい、マザーとサツキ、それからシェンと合流し顛末の説明を受ける。
そして……。
「ええっ!? 母様を演じるのを辞めるじゃと!?」
「はい。私が自らを偽ったせいで、ヤンロンを不幸にしてしまいました。それにリンファは、私の正体がバレた時には皆に愛された
「じゃが、突然そんなことを公表すれば……間違いなく国は混乱する!」
「その混乱をおさめるのも、皆さんを騙していた私への罰です。ですが必ず、やり遂げてみせます」
マザーの意思は固かった。
大切な人の思いに殉じる、その姿は下手な人間よりも、はるかに人間らしかった。
翌日、リンファの死とマザーが成り代わっていたことは、国中に広く伝えられた。
ある者は女帝の死を悲しみ、ある者は愛された者の帰還を喜び、そして彼女が女帝代行へと就くことには、驚くほど反対は少なかった。
それは彼女が女帝として働いていた頃の功績をたたえてか、それとも
しかし、確かに
反対派も、いずれは彼女の努力によってその心を溶かしていくだろう。
けれども、もとに戻らないものもある。
ヘルヴァニアの後継を名乗る組織へと旅立っていったヤンロン。
リーダー格だった彼が居なくなったこと、それから女帝の死によって活動理由を失ったことで反政府軍は解散。
しかし、姿を消したその男一人の存在が、シェンとマザーに深い影を落としているのも事実だった。
※ ※ ※
「では、これでお別れじゃな。使徒様、それから裕太」
「俺の名前、初めて呼んだな」
「ふん、もうおぬしは罪人ではない。首輪などつけ振り回して、すまなかったの」
丁寧に頭を下げ、謝罪するシェン。
裕太はもう彼女への怒りは持っていなかった。
「ま、散々だったけどいい……思い出にはなったよ」
「そう言ってもらえると助かるのう。そうじゃ、ヤンロンのことじゃが……」
「シェンはん、わかっとるで。うちらでとっ捕まえて、首根っこ引っ掴んでここに持って来たるわ」
「すまないのう。おぬしらには迷惑をかけっぱなしじゃ」
『神として許すぞ! わっはっは!』
『あなたにはその権限はないですよ、ジェイカイザー』
「ハハハハ……」
笑い合いながら手を振り、シェンと別れた裕太と内宮。
ふたりは
「お別れ、終わった?」
「ああ。色々と落ち着いたら、また来ような」
「せやな!」
「うーん……」
裕太と内宮の顔を交互に見て、考え込むエリィ。
どうしたんだ、と裕太が聞く前にサツキが真っ直ぐに手を上げた。
「はいっ! わかりました! お二人の距離が少し縮まっています!」
「「え?」」
「やっぱりぃ! ふたりでなんか、ラヴコメ的なあれとかこれとかあったんでしょ! そうでしょ!?」
エリィに詰問され、笑う内宮の横で目をそらす裕太。
否定はしないが、ここでいろいろと揉めるのも体力的にしたくない。
話題を変えようと、サツキの方へと振り向く。
「そうだ。金海さんが俺たちの場所を突き止めたんだっけか?」
「もう、話をそらさないのぉ!」
「はいっ! お母さんからビビッと情報が来まして、みんなに言って迎えに行かせたんです!」
「その時には一度日本に戻っていたから、訓馬さんからもしもの時のためってドアトゥ粒子の入った小瓶を何個か渡されたのよぉ」
「エリィさんは待ちきれないからって、コロニーにつく前に裕太さんの所にワープしたんです!」
「ああんもう! それは言わない約束でしょお!」
ぷりぷりとサツキに怒るエリィの姿を見て、裕太は改めて自分のいるべき場所に帰ってきたんだなと感じた。
そう思っている間に
「よーし、じゃあ今から地球へ……」
「地球へは帰れないわよ、50点」
真紅の髪を結ったツインテールを揺らしながら、レーナが進次郎とともに歩いてきて言った。
その言葉の意味を理解できない裕太は、彼女へと詰め寄る。
「何でダメなんだ?」
「お姫様が散々急かしたから、無理やり急いだ結果資材が心もとないの。だから最寄りの木星に行って、そこで補給してからね。地球は」
「木星か……」
太陽系第五惑星・木星。
そこは地球人類とヘルヴァニアの関係が始まった場所。
そして、エリィの生まれ故郷である。
初めて訪れる惑星で起こるであろう問題を、このときの裕太は想像すらできていなかった。
───────────────────────────────────────
登場マシン紹介No.33
【クイントリア】
全高:7.9メートル
重量:6.1トン
反政府軍・
装甲の地の色は深緑色であるが、漆黒の塗料にコーティングされている。
この塗料は対ビーム・コーティング加工を施された新素材であり、薄皮のように包んだ場所にあたったビーム攻撃を一度だけ剥離することによって無効化する。
両肩に装着された特徴的な球体状のユニットは大型ガンドローン・インベーダー。
インベーダーは対ExG能力者を想定した特殊兵装であり、球体であることによって砲身の向きを悟られない仕組みとなっており、「見てから動く」を高速で行う能力者に対しては天敵とも言える射撃機構を備えている。
また、内部に埋め込まれて見えづらい砲身は遠近両用の新型ビーム発振装置であり、サーベルのように短いビームを発しながら回転することで、まるで土星の輪のようにビーム刃を展開し強力な近接攻撃をも可能としている。
その特性上、インベーダーは分離しての運用が基本となるが、肩部に装着したままビーム砲台としての活用も可能。
インベーダーは大型故に相手から狙われることも想定し、かなり頑丈に作られていることもあり緊急時には追加装甲として攻撃を受け止める働きもある。
携行武器はビームセイバーとビームライフルといった標準的なもの。
インベーダーと同時攻撃することによって火力を増させるための大型兵装を持たせようと当初は予定されていたが、インベーダーを運用するのに必要なエネルギー量が想定以上に多くなったため中止。
そのため効率化が進みきっておりエネルギー消費が少ないセイバーとライフルを兵装として選んだという経緯がある。
また、インベーダーの重量がかなり大きいため盾などの防御兵装を所持することもできず、またエネルギー問題でビームシールドも搭載不可。
そういった事情により守りはビームコーティング塗料頼みという性質上、激しい戦闘を行うには相応の技量を必要とするピーキーな機体でもある。
───────────────────────────────────────
【次回予告】
木星へと向かい、数日間の平和な旅路を進む裕太たち。
一方、日本では半ヘルヴァニア思想を持つ集団・愛国社の活動が活発になっていた。
愛国社の鎮圧と親からの結婚催促に疲れ果てる照瀬は、独身仲間でもあり古い友人の軽部のもとへと足を運ぶ。
そこには、女性と仲良さそうに過ごす裏切り者の姿があった。
次回、ロボもの世界の人々34話「シット・イン・マインド」
「富永ァッ! お前は仲間だよな! なあっ!?」
「はい! 最近はガイさんに食事や映画にお呼ばれすることも多々ありますが、私は照瀬巡査部長の味方であります!」
「お前もか! この、裏切り者ォッ!」
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