第32話「黒鋼の牙」

 【1】


 チュンチュンと、微かに聞こえる鳥の鳴き声が裕太の目を覚ました。

 明かりとして燃える松明が放つヤニ臭さが、ツンと鼻を刺激する。

 投獄されて一夜明け、変わらない状況にため息をつく。


『おはようございます、ご主人様』

「おはよう……。い、痛え、全身がバキバキする」


 痛む背中を軽く叩きながら立ち上がる。

 身体が悲鳴を上げるのは、ひとえに寝床が粗末だからだ。

 藁のような柔らかい植物の枯れ草だけを集め、一箇所にまとめただけの寝具。

 枕も無ければ掛け布団もない、まるで家畜のような寝床は、ベッドという贅沢に慣れた裕太の身体ひしひしと一晩中突き刺さった。


 うんと強めの伸びをして、キョロキョロと周囲を見る。

 扉の横にはドロドロのお粥のような臭い飯。

 廊下の先には兵士の影。

 寝る前は空室だった向かいの牢屋の中には、見覚えのある小さい姿があった。


「お、ニイチャン起きたみたいだな!」

「おいおいズーハン。お前また捕まったのか」


 ニコニコと牢屋の中で微笑む少年の姿に呆れる裕太。

 聞けば、朝食にするために畑から野菜を盗もうとした所をとっ捕まったらしい。


「お前も懲りねえな」

「いんや、こんなにオイラが捕まるのも珍しいんだぞ?」


 この少年が歪んだ価値観を持ったまま大人になるんじゃないかと思いながら、裕太は鼻が曲がるほど匂いのきつい飯が盛られた茶碗に手を伸ばす。

 慣れない土地での過酷な扱いに、裕太の心身は疲れ果てていた。



 ※ ※ ※


 

「おはようございます、使徒様」


 朝日を模した光を放つ人工太陽の暖かさにまどろむ内宮へと、シェンが頭を下げた。

 眠い眉をこすりながらも「おふぁよう……」とあくびと共に返す。


「本日は朝食の後、我らの主君・女帝様へのご挨拶を予定しております。よろしいでしょうか?」

「よろしいもなんも、嫌やと言うても聞かへんやろ。……せや、女帝言うたら、もしかせんでもシェンはんのオカンやないんか?」

「はい。女帝様は我が母上様でもあります。慈愛と先見に満ちた偉大な御方です」


 母親に対しての度を越したかしこまり方に違和感を抱く内宮。

 しかし、この国はどうも常識からかけ離れたところがあるため、そういうものだろうと一人で納得する。


(違う常識ぶつけ合うて、揉めるんは面倒やしな……)


 小さくいびきをかく携帯電話を掛け布団の中へと突っ込んでから、内宮は寝汗で汚れた巫女服を脱ぎ捨てる。

 一糸まとわぬ肌に空気が触れる感覚に、身を震わせる。

 コロニーの中だということを忘れるほど澄んだ空気は、浴びていて気持ちのいいものだった。

 シェンが差し出した新しい巫女服を纏い、帯をキュッときつめに締める。

 着替える前と変わらない格好に着替え終え、携帯電話を布団から取り出し画面をつつく。


「おい、起きぃや」

『ふがっ……! 良い朝だな内宮どの! おほっ、そこに脱ぎ捨てているのは昨日の巫女服! くうっ、着替えシーンを見損ねたかっ!』

やかましいじゃかぁしいわボケェ! 朝メシの後にシェンはんのオカンに謁見やてよ。うちらの品位が下がるようなマネせんといてくれな?」

『了解した!』

「……ホンマにわかっとるんやろなぁ?」


 ただでさえ細い目をより一層細め、内宮はジェイカイザーを睨みつけた。



 【2】


 ギィと木のきしむ音とともに、大仰な扉が開かれる。

 広々とした室内に伸びる長く赤いカーペットの先、綺羅びやかに光る椅子。

 その椅子に座る女性が、にこやかにほほえみながら内宮へと手招きをした。


 女帝の周囲に兵士の姿はなく、守りを固めるは巫女服の若い女たち。

 彼女たちの視線が刺さる中、予めシェンに教えられたとおり、内宮は一歩二歩進んでから跪き、深く一礼をした。


おもてを上げられよ。汝は我と立場を同じくする使徒なる者ぞ。守護の者よ、姫巫女と共に結界にて封じ給え」


 娘であるシェンとよく似た、凛とした声だった。

 涼しげすら感じる号令を受けた巫女たちが、シェンと共に静かに部屋を出る。

 そして、音を立てて大扉が閉じられた。

 内宮は立ち上がり、慣れないかしこまった雰囲気で凝った首をゴキゴキと鳴らす。


「はぁー、かったる。お偉いさんは大変やな、格式張った喋り方せなあかんて」

「ふふふ。人払いをした途端に素を出せる、あなたも大したものですよ」

「うちはな、心から尊敬した人間以外には敬語は使いたくないんや。まぁ、ポリシーみたいなもんやから、堪忍な」


 部屋の隅にあった座布団を一枚敷き、その上にあぐらをかく。

 内宮が馴れ馴れしい態度が許されているのは、ひとえに使徒というこの国においては女帝と並ぶ地位の者として扱われているからである。

 予めそのようにシェンから聞いていた内宮は、捨て身の覚悟でこのような態度を取る決心をしていた。


「申し遅れました。私はリンファ、ご存知の通りこの国・光国グェングージャを治める者です」

「うちは内宮千秋。信じてくれへんのは承知で言うけど、使徒とやらの大層な存在じゃあらへんで?」

「存じておりますとも」

「ほらな、なんべん言うてもわかって……は?」


 ゆっくりと、大きく頷く女帝リンファ。

 今、彼女は確かに「内宮が使徒ではないことを知っている」という意味の肯定をした。

 予想外の反応に眉をヒクつかせながら、眉間にシワを寄せる内宮。


「リンファはん、あんさんもしかして……うちらの素性を知った上で、こないな扱いしとるっちゅうんか?」

「左様でございます。あなたの機械人形が神像と似ていたゆえに、このような手段を取ってしまったことをお詫びします」


 優雅にふわりと頭を下げるリンファの姿に、内宮は頭が痛くなった。


「せやったら、何でこないな──」


 その時、ぐらりと宮殿が揺れた。

 慌ただしくなる城内、窓の外に見える黒煙。

 扉が勢いよく開かれ、シェンの長く艷やかな長髪が跳ねる。


「女帝様! 反政府軍の襲来でございます! 急ぎ守護の間へと退避を!」

「わかりました。シェンは使徒様と共に迎撃を」


 他の巫女たちと共に、足音一つ立てずに滑るように部屋を出るリンファ。

 座布団の上から立ち上がろうとした内宮に、シェンが手を差し伸べる。


「うちは戦うて言うた覚えはないで?」

「神像を繰りし者は、弱者を救うと聞いておりますが?」

「あー……まぁ、しゃあないよなぁ……」


 この城に住まう巫女たちやリンファは、戦うすべを持たない非力な者たちなのであろう。

 眼の前でそういう人たちが危険に晒されて、黙ってみていられないのはきっと裕太のお人好しが伝染うつったからだ。

 シェンに手を引かれて立ち上がった内宮は、彼女の案内のもと城の中を駆けた。



 【3】


「うおおっ!? 地震か!?」

『ここはコロニーですから、地震はありえませんよご主人さま。これは……襲撃のようですね』


 地下牢でズーハンと格子越しに雑談していた裕太は、突然の揺れに戸惑っていた。

 情報を整理するなら、攻撃を仕掛けているのは反政府軍という連中であろう。

 見張りをしていた兵士たちも、慌ただしく声を張り上げ走り回り、状況への対応に追われているようだ。


 とは言え、牢に囚われている身としては文字通り身動きが取れない。

 脱走のチャンスと言うならば、絶好の機会であることに変わりはないのだが。



 ※ ※ ※



 ハイパージェイカイザーのコックピットに座った内宮は、緊張に手を震わせていた。

 未知の敵と戦うことへの恐怖を抱いているのはもちろんの事。

 初めて戦闘目的で搭乗するジェイカイザーのメインパイロットシートの冷たさが、機体の正規のパイロットではない内宮に悪寒を走らせる。


「なあ、ジェイカイザー。うち、行けるかな?」

『内宮どのならいける! 心配は無用だ!』

「えらい前向きやな? なにか良いことでもあったんか?」

『フッフッフッ、美人な巫女たちに私のボディを集団で磨いてもらったのだ!! ああ……ここは天国か? それとも楽園か!』

「……あんさんに聞いたうちがバカやったわ。なんか不安になるのがアホらしなってきたわ」


 巫女服の袖を思いっきりくり、操縦レバーに手をかける。

 指先に走る刺激とともに神経が身体と機体を一体化させる感覚に身を震わせ、ペダルに足を乗せる。

 コックピットの内側を覆うディスプレイに光が灯り、正面に開けた草原が映し出された。

 右隣には、同様に出撃体制にあるシェンが搭乗する〈キネジス〉の姿。


「使徒様。敵は表に3機、裏手に4機来ています。裏手は私が受け持ちますので、表はお願いいたします!」

「うちらの他に戦力は無し、か。軽く蹴散らして合流するわ!」

「ご無理はなさらぬよう。いざ!」


 ほぼ同時にバーニア・スラスターから炎を吹かせ飛び出すふたり。

 上昇の後に反転し、宮殿の裏へと回る〈キネジス〉を尻目に、ハイパージェイカイザーに滞空させながら内宮はレーダーに視線を移す。

 くの字型の陣形を組んだ光点が三つ。

 シェンの言った敵機で間違いはないだろう。


「来よったで、ジェイカイザー。そういやエネルギーは大丈夫なんか?」

『丸一晩ゆっくりと蓄えることができたから満タンだ!』

「せやったら、遠慮は無しや!」


 レバーをぐいと倒し、ひねりこむ。

 ハイパージェイカイザーの腕が、腰部にマウントされたジェイブレードを引き抜き、構える。

 刃が展開、射撃モードに移行したブレードを持ち替えながら、正面から飛来する敵機体を迎え撃つ体制を取る。


「射程内まで3……2……1…………今や!」


 展開したジェイブレードの間を翠色の光が走り、空を駆けた。

 視界内に入った3機のキャリーフレーム〈ザイキック〉が空中で身体を傾けつつバーニアを吹かし、光弾を回避する。


(……何や、この感じ?)


 敵の回避行動に既視感を感じる内宮。

 陣形を広げつつ構えたビームライフルを発射する〈ザイキック〉の攻撃を回避しつつ、トリガーを惜しみなく連打する。


 巧みな動きでフォトン弾を回避し、直後に反撃とばかりにビームを放つ敵の姿を見て、内宮は既視感の正体を掴んだ。


「この動き……! ジェイカイザー、敵機に生体反応は!?」

『ぬ? ええと……なに!? 内宮どの、敵は無人だ!』

「思った通りや。多分こいつら動かしとんのは、 IDOLAイドラや!!」


 ビームセイバーを抜いた〈ザイキック〉の1機が距離を詰め、剣を振りかぶる。

 咄嗟にジェイブレードを近接モードに移行させ、フォトン結晶の刃で受け止めつつ後退。

 内宮はお返しにとペダルを踏み込んでキックを放つが、ハイパージェイカイザーの巨大な足が触れる前に敵機はバーニアを噴射して回避する。


『そのイドラとやらは何なのだ?』

「うちがメビウス電子で開発協力しとった人工知能や! そのデータ取りのために、うちはジェイカイザーと戦っとったんやで!!」

『もしや、裕太と出会って間もない頃の?』

「せや! あの時いろんな機体で挑んでたんはこいつを作る為やったんや! けど……なんでこないなところでメビウスのAIが出てくるんや!?」



 ※ ※ ※



「ふむ……今日の反政府軍は動きが違うのう?」


 宮殿の裏手に攻撃をかけてきた〈ザイキック〉を相手にしながら、シェンは思案していた。

 今までの反政府軍は、同じ〈ザイキック〉を使ってはいたが、シェンの手にかかればシキガミと呼んでいるガンドローンで一掃できるほどの腕前しかなかった。

 しかし、今回の襲撃でやってきた眼の前の3機は違う。

 シキガミの放つ光線を巧みに回避し、同時に射撃で反撃を行ってくる。

 

「じゃが、わらわの神術の前では赤子よ!」


 目を閉じ、集中力を高める。

 僅かな前動作から、相手の動きが手にとるようにわかり、数秒後の相手の位置が透けて見える。

 狙って当てるのではなく、攻撃を置く。

 シキガミから放たれる光線に自ら当たりに行くような形で、〈ザイキック〉の装甲にダメージが入っていく。

 剣を抜いて接近し、一閃。

 鋭い突剣の一撃を胴体に受けた敵機が、内部で爆発を起こし四散する。

 爆炎の中を抜け、飛びかかる2機の〈ザイキック〉。

 しかしそのふたつの巨体に、周囲に飛ばしておいた8機のシキガミによるビームの雨が突き刺さる。

 関節部を切り取られるように光線で抉られた敵は、四肢をバラバラに分解させながら落下していった。


「これで3つ。残る1機は……ぬうっ!?」


 不意の方向から放たれた太いビームを片足に受けながら、シェンは〈キネジス〉を跳ねさせる。

 続けざまに別方向から2,3発と飛んでくる光線に対して回避に徹しつつ、ビームを放ってきた敵の方へと視線を向ける。

 それは、回転する黒い球体だった。

 球体の中心部分が一瞬光ったと思うと、そこから光線が放射される。


「反政府軍の新兵器? いや、しかし敵の数が合わぬ……まさか」


 球体がスラスター炎を噴射させ、動きを変える。

 向かう方向は、遠くで静止したまま動かなかった残り1機の敵の方。

 接近する反応が視界内に入り、黒い巨体を顕にする。

 全く未知の機体は、その両肩のスペースに先ほどまでビームを放っていた黒い球体を格納。

 手に持つビームライフルをシェンに向けながらも、肩の球体と同時に3本のビームを放射した。


 シェンはペダルを踏み、レバーを捻じり、〈キネジス〉を空中でくるりと回転させ、光線をかわす。

 同時にシキガミを操作し、黒い敵機の背後へと回す。


手練てだれのようじゃが、神術を持たぬ反政府軍にはこの攻撃はかわせまい!」


 シェンが得意顔でシキガミに発射命令を出す、その瞬間だった。

 敵機の両肩の球体が分離し、空中で高速回転しながらビームを乱れ撃つ。

 いや、ビームの一発一発がひとつの撃ち漏らしもなく、正確に〈キネジス〉の放ったシキガミへと放射していた。

 攻撃と飛行能力しか備えていないシキガミにビームの直撃が耐えられるはずもなく、焼き付いた残骸となったシェンの下僕が地上へと落下していく。


「まさか……あの球体は、シキガミ!?」


 シェンがそう気づけたのは、すでに球体が側面よりビームの刃を出し、回転しながら接近しているところだった。

 迫る光の輪が近づき、〈キネジス〉の両腕に突き刺さる。

 同時に、背部のスラスター部を損傷した機体は、浮力を失い落下を始めた。



 【4】


「貴様、何者だ!? ぐわっ!!」


 うめき声とともに、鎖かたびらに身を固めた兵士が格子の向こうで倒れた。

 裕太が驚き、立ち上がって背後の壁に身を寄せると、砂利を踏み鳴らす硬い足音。


「あーあー。こんな古くせえ装備してっから、怪我ぁするんだよ」


 姿を表したのは、片目を眼帯で覆った男だった。

 煤けた緑色のコートを羽織り、片手にサブマシンガンのような銃を持った男は、その荒々しい顔を向かいにあるズーハンの牢屋へと向ける。


「ヤンロンのアニキ! 助けに来てくれたのかい?」

「おい、ズーハン。お前はついでだ、ついで。俺の用事は……」


 倒れた兵士から槍を奪い取り、その先端でズーハンの牢を開けるヤンロン。

 牢屋から飛び出した少年は、適当な挨拶をしながら牢の外へと走り去っていった。

 ヤンロンが振り返り、裕太の牢の扉も解錠する。


「お前が外の人間だな?」


 手をクイクイと動かし、こっちへ来いという合図を送るヤンロンに対し、懐疑の眼差しを送る裕太。

 牢屋から出してくれるのはありがたいが、襲撃という形で攻め込んできた勢力を信用するかどうか、迷っていた。


「……何かしら吹き込まれたか。別に取って食おうってんじゃねえんだ。どちらかというと、俺達はお前の仲間だぜ?」

「……わかった」


 危険な賭けになることはわかっていた。

 しかし、方や牢に閉じ込め臭い飯を与え、方や牢から助け出そうとしている。

 精神がすり減りつつある裕太が、楽な方へと流れていくのは仕方のないことだった。


 ズン、と大きな衝撃が床を伝って振動という形で地下牢に響く。


「頃合いか。出るぞ、少年」


 ヤンロンの案内に従って、地下牢を出る裕太。

 外の光に眩しさを感じながら階段を駆け上がり地上に出ると、そこには胴体と片足だけの状態で横たわる〈キネジス〉の残骸。

 そのすぐ前には、見たことのない黒いキャリーフレームが肩に球状のユニットを納めていた。

 エネルギー切れが敗因だったとはいえ、自身を打ち負かした相手をここまで叩きのめした黒い機体に、裕太は畏怖を覚える。


 黒い機体のコックピットハッチが開き、中からパイロットが顔を出す。

 既視感のある赤色の髪を短く整えた、薄いタンクトップを上半身に身につけた無表情な少女だった。


「対象の沈黙を確認。次の命令を」

「よーし、引き上げるぞ! っと、その前に土産として姫巫女さんを持ち帰ってやれ」

「了解」


 抑揚のない声で返答した少女がコックピットシートに戻り、操縦レバーを動かす。

 黒い機体の手が〈キネジス〉のコックピットハッチを強引に引き剥がし、気を失っているのかぐったりとしたシェンを掴み持ち上げた。

 そしてもう片方の手を差し出し、指を整えて皿のようにする。

 機体の手によじ登るヤンロンに、裕太も続いた。


 バーニアの噴射音とともに、機体が浮き上がる。 

 キャリーフレームの手の上で流れる空気を風として受けながら、裕太は落ちないように鋼鉄の指にしがみついていた。



 ※ ※ ※



 裏手の異変に内宮が気づいたのは、全てが終わってからであった。

 AI搭載機に苦戦し、ようやく3機の〈ザイキック〉を倒した後。

 シェンの救援にと駆けつけた時には、すでに敵は引き上げたあとだった。


 内宮にとって大きなショックだったのは、牢屋から裕太の姿が消えていたことだった。

 戦いに巻き込まれたのか、敵に誘拐されたのか。

 事情を知らない内宮には、知る由もない。



 【5】

 

 空中を高速で飛行する黒い機体〈クイントリヤ〉の手の上から、下の景色を見下ろす裕太。

 豊かな緑をたたえる草原が通り過ぎ、景色は華やかに賑わう町の上へと移っていく。


「結構、賑わっているんだな」

「まあな。この国の人口は約300万、ここ以外にも色んな所に町があるし栄えてる。上とかな」


 ヤンロンが指差した上方を見上げると、雲の漂う円筒形コロニーの芯部分の向こうにも、足元の町のような景色がおぼろげに広がっていた。

 ここがスペースコロニーであることを再度認識しながらも、裕太の中に疑問が募っていく。


「そう言えば、この……〈クイントリヤ〉だっけ? この機体のパイロットの子も反政府軍なのか?」

「うん? ああ、こいつは借り物だ」

「借り物?」

「俺たちを後援してくれる外の連中が貸し与えてくれた戦力の一端だ。まあ、詳しいことは基地に戻ったら教えてやるよ」


 そう言って口を閉ざすヤンロン。

 会話が続かないので、再び眼下の風景に視線を移す。

 いつの間にか街を通り過ぎ、ぽつぽつと小さな小屋が点在する農村地帯の上を飛んでいた。


「よーし、そろそろ俺たちの基地だ。しっかり捕まってろよ少年」


 ガクンと〈クイントリヤ〉が高度を落とし、やがて草原の一角へと着地する。

 同時に、周囲の地面が沈み込むように降りていき、地下の空間へと降下していく。

 貧しい農村の風景は、一転して近代的なキャリーフレーム格納庫へと変わった。


「ようこそ、少年。我々“黒鋼くろがねの牙”の秘密基地へ」



 ※ ※ ※



 無機質な金属壁に囲まれた、会議室のような基地の一室。

 椅子に座り、果物ジュースと菓子のようなものを提供される裕太。

 傍らで、縄でぐるぐる巻きにされ床に座らされているシェン。

 宮殿での立場が逆転したような状況の中、裕太の正面に座るヤンロンが足を組んだ。


「さて、だ。気分はいかがかな? 笠本裕太」

「な……!? どうして俺の名前を?」


 名乗った覚えのない相手に本名を言われ、たじろぐ裕太。

 その反応が面白かったのか、ハハハとヤンロンが笑う。


「こんなコロニーでも、色々と情報は入ってくるもんだ。裕太くん、君は君自身が思っている以上に有名なんだぜ?」

「ってことは……ここに俺を連れてきたのも何か目的があるのか?」

「話が早くて助かる。単刀直入に言うと、二日後に催される降臨祭を襲撃する作戦に力を貸してほしい」


「ええい、このっヤンロンめ! 降臨祭を襲撃するなど、バチあたりも甚だしい!」


 足をジタバタさせながらシェンが声を張り上げると、ヤンロンは手に持ったサブマシンガンをシェンに向けトリガーを引いた。

 発射された弾丸が彼女の頭のすぐ側をかすめるように飛び、背後の壁に食い込み着弾の音を軽快に鳴らす。

 恐怖にすくんだのか、シェンは顔をこわばらせたままピタリと固まった。


「姫巫女さんよ、俺は客人と話してんだ。後で話には加えてやるからよ、それまで黙っててくれないか?」


 睨みとドスを効かせたヤンロンの迫力に満ちた言葉は、歓迎されている身の裕太の背筋をも凍らせる。

 すっかり静かになり、コクコクと頷くシェンに怖い笑顔を向けた後、ヤンロンは咳払いをして裕太の方へと向き返った。


「で、どこまで話したんだっけかな?」

「えっと……降臨祭がどうのとか」

「ああ、そうだそうだ。まあ簡単に説明すると、降臨祭ってのは年一度のおめでたい祭だ。そこで俺たちは、女帝を暗殺する」

「暗殺だって?」

「女帝ってのはこの国一番の偉いさんだ。そいつをぶっ殺すのが、俺達の目的なのさ」


 ある程度予想していたとは言え、後も直球に言われるとゾッともする。

 なにせ今、裕太は強面の男から人殺しの手伝いをしろと頼まれているのだ。

 そしてその話を聞いて、恐怖で固まっていたシェンも黙っては居られなかったのか眉をキリリと吊り上げた。


「女帝様の暗殺のくわだてじゃと!? そのようなことをすればこの国は……!」

「そう、政治システムが完全に麻痺する。全権力をあの一人の女が握っているんだからな、当たり前だろう」

「そうやって民を混乱に陥れ、貴様らは何が狙いなのじゃ!? 女帝様を殺めた者たちに、民たちは簡単になびきはせぬぞ!」

「簡単な話だ。元の鞘に収まるだけだよ」

「元の鞘じゃと?」


 首をかしげるシェンを横目に、裕太の方へと振り返るヤンロン。

 彼はゆっくりと立ち上がり、裕太の前の机に手を乗せる。


「おかしいと思わなかったか? 裕太くんよ。この国が歪んでいることに」

「歪み?」

『文明レベルの古さと相反する、高度なキャリーフレーム運用技術の話ですか?』

「ああ、そうだ。ほう、喋る機械を持っているとは聞いていたが、なかなか賢いようだな?」

『お褒めに預かり光栄です』


 裕太は「褒めてねえって」と突っ込みたい衝動を抑えつつ、ヤンロンの話に耳を傾ける。

 そのことについては、裕太もジュンナも疑問に思っていたことだったからだ。


「話は何百年も前に遡る。俺たち光国グァングージャに住む連中の先祖は、もともと別の惑星に暮らしていた」

「ふん、国の成り立ちのおとぎ話じゃな? そのことは赤子でも知っておるよ。神の命により新しい大地に教えを広めるため、方舟を作り黒き海原に漕ぎ出した……じゃろ?」

「そうやって都合よく広まっているのがおとぎ話だ。本当はな、逃げ出したんだよ……ヘルヴァニア銀河帝国からな」

「ヘルヴァニアだって!?」


 裕太は驚愕した。

 ヘルヴァニアといえば、20年前の半年戦争にて地球に侵攻し、敗れた宇宙帝国だ。

 親しい関係にあるエリィは、戦争当時に指導者をやっていた者を母に持つヘルヴァニアの姫君でもある。

 すでに亡き帝国の話が光国グァングージャで飛び出したことに、驚きを隠せなかった。

 突然出てきた国名にポカンとするシェンを放置し、ヤンロンの説明が続く。


「このスペースコロニーでヘルヴァニアから逃げ出した俺達の先祖は、ただただ宇宙の流れに乗りながら細々と生きてきた。だがな、そうやって航海をしていく内に住民たちに異変が起こった。神術とかいう能力に目覚めたのさ」

「神術は神より賜りし奇跡じゃ! 我ら帝家の血筋に脈々と継承された……」

「ハッ! 笑わせるな。外の世界にゃああいう能力に目覚めた奴がごマンといるんだぜ?」

「バカな、そのようなことが……」

『我々の領域ではエクスジェネレーション能力、通称ExGと呼称しております。統計によりますと、地球外で誕生した人間の4割ほどに発現が確認されています』

「嘘じゃ……嘘じゃ!」


 頭をブンブンと振って認めようとしないシェン。

 幼い頃よりそう教えられて育ってきたのだろう。


「神術に目覚めたか否かで優劣を作り出したのがてめえの母親、女帝リンファなんだよ! そうやって俺たち能力なしは権利を奪われ蔑まれ貶められ、こんな辺境の寂れた農村に追い出されたんだ! ズーハンのような子供が、盗みを働かなきゃ喰っていけないようなのが俺たちの状況なんだ! しかも女帝のやつは禁忌とされていた科学技術を紐解き、あまつさえ流れてきた機械人形を使って兵器まで作りやがる!」

「では、女帝様を付け狙うのはその復讐か!」

「それもあるが、くだらない信仰ごっこを終わらせ、国の人間を解放してやるのさ! 外の世界は豊かで便利で、この国みたいな生活の仕方なんかもう千年も前に捨てっちまってる!」

「……それで元鞘とな? 貴様らは、光国グァングージャをそのヘルヴァニアという国に売り渡そうというのか!」

『しかし、ヘルヴァニア帝国は半年戦争の折に滅亡していますが……』

「元の国はそうらしいな? だが俺たちが迎合するのはもっと偉大で、新しくてフレッシュな連中だ! 俺たちの革命のために奴らは兵器もくれたし、情報だって貰える!」

「売国奴がっ……!」


「えーと……」


 ヒートアップする現地の人間に挟まれ、話に混ざれなくなってきていた裕太はゆっくり考え込んでいた。

 とにかくわかっているのは、反政府軍・黒鋼くろがねの牙は女帝暗殺を目論んでいること。

 目的は光国グァングージャをヘルヴァニアに代わる何かに売り飛ばすことであり、おそらくは黒いキャリーフレーム〈クイントリヤ〉やパイロットの女の子はその勢力から分け与えられたものなのだろう。


 その上で、裕太は決まりきった返答を勇気を振り絞って吐き出した。


「そういうことだったら、俺は協力しない」

「……ほう?」


 ヤンロンの目つきが鋭くなる。

 手に持ったサブマシンガンで自らの肩をトントンと叩くのは威嚇のつもりなのだろうが、裕太の決意はそんな脅しに屈しない。


「俺は、俺の力を人殺しのために振るう気はない。いくら脅されようが、絶対にだ」


 協力の提案を蹴ったことで、痛い目に遭わされるかもしれない。

 下手をすれば、この場で殺されるかもしれない。

 しかし、そういったリスクを凌駕するほどに、裕太のポリシーというものは揺るがなく、絶対である。

 どこまでも青く、どこまでも甘い。

 それが裕太という男の生き方であるから。

 凄むヤンロンの顔に、睨みで返していると、彼の口端が緩んだ。


「ハハハ……ハーッハッハッハ! 面白え、実に面白え奴だ笠本裕太ってやつは!」

「な、何がおかしい!」

「俺様を前にしてそう言い切っちまうってところがな。てめえは決して靡かねえ、そういうやつには敬意を払う男だぜ俺は! おい、ゼロナイン!」


 ヤンロンが指を鳴らし呼びかけると、思い鉄扉がゆっくりと開き〈クイントリヤ〉を操縦していた女の子が姿を表した。

 一礼し、「何か御用ですか」と問うゼロナインと呼ばれた少女の肩を、ヤンロンはポンと軽く手で叩く。


「こいつらを基地の外に出してやれ」

「了解」

「待つのじゃヤンロン! 貴様、何のつもりじゃ!?」


 縛られたまま器用に向きを変え、食って掛かるシェン。

 確かにヤンロンの行動は不自然である。

 散々、女帝暗殺についての計画を話した上で相手勢力の人間を解放しようというのだから。


「なあに姫巫女さんよ。何事もスマートに行こうぜ、スマートにな。俺たちは降臨祭の宣戦布告をした、お前らはそれに対して迎え撃つ準備をする。どっちが勝つか、わからねえほうが面白いじゃねえか?」

「何……? そなたはそれで計画が失敗したとしても良いというのか?」

「ハッ! こっちは負けるつもりは毛頭ねえ。こちらの手をすべて明かしたってえわけじゃねえからな」

「嘘じゃな。姉様あねさまの事を想うから、そういった回りくどいことをする!」

「ヤツの話をするなっ!」


 ヤンロンの平手が飛んだ。

 ぶたれた頬を痛々しい赤に染めながらも、シェンはヤンロンを睨むのをやめない。


「何が解放じゃ、何が元鞘じゃ。そうやってムキになっているのが、姉様あねさまの事を振り切れてない証拠ではないか? 女帝様憎しのために、姉様あねさまを奪った反政府軍に身をやつすとは、愚かじゃ。愚か……」

「……チッ!」


 舌打ちをしながら扉をくぐり、廊下の奥へと姿を消すヤンロン。

 ゼロナインがシェンを縛っているロープの一端を掴み、裕太に対してぺこりと一礼をする。


「では、命令通り送り届けます。私の後ろについてきてください」

「わ、わかったけど……そのロープ、どうするんだ?」

「縄を解け、とは命令されておりませんので。このまま引っ張っていきます」

「待てい! わらわをそんなぞんざいに扱うなど許しはせぬぞ! あがっ!!」


 シェンの言葉には一片も耳を貸さず、廊下へとあるき出すゼロナイン。

 引っ張られ横倒しになったシェンが、床をズリズリと引きずられながら部屋から出ていく。

 裕太も急いで後を追い、ゼロナインの側へと寄った。


 彼女の横を歩いていて、裕太はタンクトップから伸びる肩に“09”と数字が入れられていることに気づいた。

 おそらく、ゼロナインという呼び名はこの数字から来ているのだろう。

 そのことに質問しようかとも考えたが、余計なことを言って危険を冒すのは得策ではない。

 そう思った裕太は基地の外に出るまでは、黙って従うことにした。


「せめてわらわに歩かせい! 嫌じゃ、こんな荷物みたいに扱われるのは嫌じゃぁぁぁぁ!!」


 床を滑るシェンの声も、裕太は聞こえないふりをして無視を決め込んだ。



【6】


 それからはスムーズだった。

 基地を出た所は草原の真っ只中であったが、数分も歩いている内にハイパージェイカイザーで探しに来てくれた内宮とすぐに合流できた。

 そして縛られたままのシェンと共にコックピットに乗り込み、宮殿へとあっさり戻ってこれた。


「……で、何で俺はこんな扱いを受けてるんだ?」


 帰り着くと同時に紐のついた首輪をつけられた裕太は、紐の先を握るシェンに連れられて宮殿の廊下を進んでいた。

 時折すれ違う巫女服姿の女性たちから奇異の目でみられ、くすくす笑われながら歩いているのは、もはや一種の公開処刑だ。

 裕太の後ろをついてくる内宮も絶えずゲラゲラと笑い続けているのも、恥ずかしさに追い打ちをかける。


「なぁシェンはん。飽きたらその紐うちに貸してぇな。笠本はんを犬みたいに連れ歩くのごっつ楽しそうやん?」

「おいシェン。俺が人間としての尊厳を失う前に何とかしてくれ。逃げたりしないから」

「うるさい、うるさい! わらわを散々引き回しておいて何を言う! 第一、そなたがヤンロンの誘いを突っぱねたとはいえじゃ! まだ連中とつながりが無いとは言い切れぬ! じゃからこうして、わらわ自ら見張りの任を請け負っているというのに!」

「ぐえっ!! おいこら、引っ張るな!」


 なんで中学生くらいの女の子にこんな仕打ちをされなきゃいけないのかと思いながら、転ばないように廊下を歩いていく。

 そうこうしながら三人でたどり着いた部屋。

 シェンが「ここじゃ」と指差した先の看板には“湯殿”の文字が刻まれていた。


「湯……? 湯!? ってことはここは風呂か!?」

「アカンで、笠本はん! 男湯女湯で別れとらん! まさかシェンはん、三人で入るとか言うんや無かろうな?」

「はい? もちろん全員で入るのじゃよ」


 脱衣所のようになっている部屋に入るとともに、おもむろに身につけている巫女服を脱ぎ始めるシェン。

 上半身の白衣しらぎぬを脱ぎ捨て、下半身の緋袴ひばかまを籠へと投げ入れ、あっという間に彼女は一糸まとわぬ素っ裸になった。

 羞恥心が無いのかシェンは局部を隠しもせず、あわあわとする裕太と内宮の方を向き首輪の紐を引っ張る。


「そなた、何をしておるのじゃ。衣服をまとったまま湯を浴びるつもりではなかろう?」

「いや、まあそれはそうだけどさ……ほら、えっと」

「ええいもどかしい! 使徒様、こやつの服を剥ぎ取ってくだされ!」


 全裸のまま飛びかからん勢いのシェンを、内宮が「まあまあ」と抑えながら裕太から引き離す。

 そして内宮は何やらシェンに耳打ちをすると、納得したように首輪の紐を内宮に預けたシェンが先に浴場へと入っていった。


「何て言ったんだ?」

「うちが脱がすから先に入っとき言うたんや。えと……脱がしたろか?」

「自分でやるから内宮も隅っこの方で脱いでくれ」

「ええー? ここに来る前にあんだけ見せたんやし、いまさら恥ずいことないやろ?」

「見せたって言ったって下着止まりだろうが! 内宮も年頃なんだからもっと恥じらいをだな……」

「ジョーダンや冗談! ムキになるからおもろうてついつい、堪忍な!」


 そう言って脱衣所の隅へと歩き、巫女服を脱ぐ布擦れ音を出す内宮。

 彼女の方を見ないように努めながら裕太は手早く服を脱ぎ捨て、シェンが入っていった浴場へと足を踏み入れた。


 浴場の中は、豪華な銭湯といった風な景観となっていた。

 木々が美しく生え並ぶ中庭の見える大窓。

 その窓に隣接するように広大な浴槽には、壁から突き出た獅子の頭を模した彫像の口から湯が注がれている。


 タイル敷きの床を裸足で歩いていると、洗い場で裕太に背を向けていたシェンが「こっちじゃ」と手招きした。


「ほれ、せっかくじゃから背中の一つでも洗うてくれぬか?」

「何がせっかくだよ……」


 泡立ったタオルを手渡され、渋々シェンの小さな背中をこすり始める。

 見てはいけない部分が見えないように彼女の背中を注視しながらタオルを動かしていて、裕太はシェンの肌に浮かぶ異変に気づいた。

 それは、円状の傷の周りに火傷の跡が縁のように広がった銃創。

 シェンの左肩に3つ浮かんでいる傷跡は、あまりにも痛々しいものであった。


「シェン、この傷って……」

「ああ、それか。1年前のことじゃったかな……降臨祭の最中、反政府軍の者が神事を行うわらわに襲いかかったのじゃ」

「女帝じゃなくて、シェンが狙われたのか?」

「奴らにとってはわらわも敵よ。機械人形を駆り、連中の戦力をなぎ倒しておったからの。わらわを狙って放たれた弾は、女帝様……いや、母様が庇ったことで当たりこそすれ致命傷にはならなんだ」

「でもそれじゃあ、女帝のほうがヤバかったんじゃないか?」

「それが不思議なことに、母様は事件の後ピンピンしておった。思えば、わらわを庇ったのは母様の衣に身を包んだ姉様あねさまだったのかもしれぬ」


 姉様あねさま、という単語に裕太は基地でのやり取りを思い出した。

 その言葉を聞いたヤンロンは激高し、シェンは悲しげな表情を浮かべていたやり取り。


「よかったら、その姉様あねさまって人のこと教えてくれないか?」

「……よかろう。そなたももはや無関係な人間ではないしの」


 シェンは背中越しに、静かにゆっくりと語り始めた。



【7】


 彼女がまだ赤子だった頃、このコロニーに一人の女性が流れ着いたという。

 外から来た人間として最初は忌避されていた。

 しかし彼女の持つ邪念のない純粋な優しさは人々の警戒心を徐々に解いていき、ひと月も経つ頃には町の人気者になったという。

 その頃、幼いシェンは大人が手を焼くほどのやんちゃぶりを発揮しており、暴れ子獅子と揶揄されるほどの状態だったらしい。

 しかし不思議と、その女性と触れ合った幼いシェンはおとなしくなり、すっかり懐いたのだった。

 その功績をシェンの母である女帝に認められた女性は宮殿に招かれ、シェンの育て役として任命された。

 シェンや周りの人達から姉様あねさまと慕われた女性。

 彼女はかつては宮殿で警護兵をしていたヤンロンとも恋仲のような関係となり、その関係をシェンも誇らしく思い応援していたという。


 しかし、1年前に悲劇が起こった。

 先ほどシェンの口から語られた反政府軍による降臨祭での襲撃事件。

 事件の後、姉様あねさまと慕われた女性は姿を消したという。

 町や宮殿では、女性の行方について数々の噂がたった。


 曰く、外の人間が迎えに来て連れ帰った。

 曰く、事件の際に攻撃に巻き込まれ命を失った。

 曰く、宮殿を離れ人しれぬ場所で今も暮らしている。


 どの説も、決定打になる証拠はなく、噂は一つずつ語られることは無くなった。

 そして最後に、圧政を敷いていた女帝に嫌気を指したのではないかという説が残った。

 襲撃事件以前の女帝は機械人形キャリーフレームの運用を始めとした兵器の建造。

 並びに神術……つまりはExG能力が発現しなかった人間を僻地へ追いやるなどの政策を行い、少なからず人々を苦しめていた。

 そのことが廻り巡って、反政府軍が立ち上がるきっかけともなった。


 警護兵だったヤンロンが反政府軍についたのは、おそらくは恋人だった女性あねさまを奪われた恨みを、すべての根源である女帝にぶつけるため。

 女帝の敵となるために、仇の勢力の頭領になったヤンロンの存在もまた、シェンの心を痛めていた。


「そんなことがあったのか……」

姉様あねさまが居なくなってから、母様は人が変わったようにお優しくなられた。最近など、人々に触れ回った神術の有無による差別をなくそうと試みようとしているほどじゃ。けれども、姉様あねさまを失った悲しみが癒えぬ限り、ヤンロンは母様を付け狙うであろうな」


 シェンの頬を、涙が伝った。


「なぜじゃ……。なぜ姉様あねさまは居なくなってしもうたのじゃ……。姉様あねさまさえ居なくならなければ、ヤンロンもわらわも、今も共に宮殿で笑って過ごせておったというのに」


 裕太は、彼女に掛ける言葉が見つからなかった。

 大切な人を失った悲しみは、裕太にも痛いほどわかる。

 それが肉親に近い人物であるなら、なおさらだ。

 しかし、これほど込み入った事情の渦中を幼い身でひとり戦うシェン。

 口が裂けても「気持ちがわかる」とは言えないと思うのは、裕太の優しさの一つの形であった。

 ただ、彼女を慰めるように背中をタオルでさする。

 それだけが今の裕太にできる精一杯のフォローだった。



 ※ ※ ※



 湯から上がった後、シェンを彼女の部屋へと連れ帰った裕太。

 夜になり布団の中でシェンが寝息を立て始めてから部屋の隅で携帯電話を取り出す。

 基地からの帰り道でハイパージェイカイザーに乗った際、内宮の携帯と中にいるAIを交換した裕太は、久々にジェイカイザーと夜風の中語り合っていた。


『聞いたぞ裕太! シェンどのと共に入浴するとはけしからん! 今度のときは私も連れて行け!』

「うるせえ。そんなに良いもんでもなかったぞ。首輪つけられて引っ張り回されたし」

『ほほう、首輪か! 私も気の強い女性に首輪をつけられて犬と呼ばれながら引き回されてみたいものだな! ワハハ!』


 久々に相棒の変態テンションを浴び、腹立たしくもすこし安心感を得る裕太。

 ふとジェイカイザーがヘルヴァニアと戦うために産まれたマシンだということを思い出し、シェンやヤンロンのことを彼に教えてみた。


『ふむ……そのヤンロンという者が言ったヘルヴァニアの後継という存在が気になるな』

「新しくてフレッシュとか言っていたが、もしかして別の帝国が来ていたりするのか?」

『わからぬ。しかし私は今となっては、ヘルヴァニアを悪くは思いたくはないな』

「どうしてだ? 昔はあんなにヘルヴァニア殺すマンだったのに」


 かつての言動を思い出しながらも、相棒の変化に戸惑いを覚える裕太。

 ジェイカイザーは、少し考え込むような間を挟んだ後、神妙な顔つきを画面に写しながら口を開いた。


『銀川どのやナニガンどのなど、ヘルヴァニア人でありながらも良い者を多く見てきたからかもしれん。地球人やヘルヴァニア人、あるいはタズム界の人間やここ光国グァングージャの者たち。どこの人間かという大きな括りでまとめるのは簡単だが、一人ひとりがそれぞれの考え方で味方をしてくれたり、敵になったりする。一概に何人なにじんだからとかで善悪を考えるのは愚かなのではないかと最近は考えているのだ』


「お前らしくない成長だな」

『失礼だな裕太! 私だって色々と考えているのだよ! どうすればジュンナちゃんと蜜月関係になれるか……とかな!』

「前言撤回。お前は成長していない」

『ひどいぞ裕太!!』


 数日ぶりに笑い合いながら更けていく夜の時間。

 明後日の降臨祭、そこで起こる戦いの前に裕太はひとときのやすらぎを堪能していた。



 ※ ※ ※



「なあジュンナはん、聞いて~な。笠本はんたら、うちが浴場に入ってもひと目もくれずシェンはんと語り合っとったんやで?」

『あらたな恋のライバル出現かもしれませんね? これでマスターを含めて4人目ですか。ご主人さまもつくづくモテる人ですね』

「はぁ~ショックやわ~。うちってそんなにオンナとして魅力ないんやろか……って、4人? うちと銀川はんとシェンはんとして、一人多いんちゃうか?」

『私もご主人さま争奪戦には参加しているつもりですよ? むしろひとつ屋根の下で共に暮らす間柄ですから、もっともご主人さまの伴侶に近い存在かもしれませんね』

「なんやて!?」

『ふふふ、冗談ですよ』

「ホンマかいな……」


 一方その頃、内宮は寝床の中で新たなライバルに戦慄していたのであった。



───────────────────────────────────────


登場マシン紹介No.32

【ザイキック】

全高:7.2メートル

重量:3.8トン


 光国グァングージャで運用されている量産型キャリーフレーム。

 正規軍と反政府軍の両陣営で運用されている機体であり、装甲の色で勢力が別れている。

 宮殿を警護する正規軍は紫のカラーリング、反政府軍は緑色のカラーリングとなっている。

 両陣営で装備の差はなく、ビームライフルとビームセイバー、及びガンドローンを搭載している。

 光国グァングージャ内ではガンドローンのことを「シキガミ」と呼称しているが、特に機構に差異があるわけでもなく、あくまでも土地独自の呼び方なだけである。

 反政府軍には神術、つまりはExG能力に長けた者がいないため、ガンドローンは飾りとなっている。


 機体すべてをいちから光国グァングージャで建造したわけではなく、機体を構成するベースはコロニーに流れ着いたJIO製キャリーフレーム「ザンク」である。

 ザンクは数え切れないほどの数が太陽系内で撃墜・廃棄されており、その無数の残骸が漂っている。

 特に現在、光国グァングージャのコロニーが存在する小惑星帯・メインベルトでは火星と木星という2つの惑星の重力に引っ張られあった岩石が滞留しており、その中にはキャリーフレームの残骸も無数に混じっている。

 そのため整備・修理するための資材には事欠かず、機械類の生産力に乏しい光国グァングージャでも安定した運用が可能となっている。

 キャリーフレームを扱うために禁忌とされていた過去の科学知識を用いているため、事情を知っている人間からは疎まれている存在でもある。


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【次回予告】


 反政府軍・黒鋼くろがねの牙が襲撃を予告しているにも関わらず決行される降臨祭。

 シェンと女帝リンファを守るため、裕太はヤンロンの襲撃に備える。

 そこに姿を現したのは、〈クイントリア〉を駆るゼロナイン。

 そして、ヤンロンの凶弾がリンファへ向けて放たれた時、光国グァングージャの時代が動く。


 次回、ロボもの世界の人々33話「降臨祭の決戦」


『そういえばシェンどのは何歳なのだ?』

「わらわは華の13歳ですよ。神像様」

『ええい、のじゃロリだから数百歳のロリババアだと思ったのに! 裏切られたぞ!』

「何言ってんだこいつ」


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