第16話「ライバル登場! 鮮血の埠頭」


 【1】


「おーっす、進次郎」


 風邪を完璧に治し久々に教室へと入った裕太は、暇そうに座っていた進次郎に元気さをアピールするような気さくな挨拶をした。

 裕太の声を聞いて表情を明るくさせたエリィが立ち上がり、にこやかな顔で「おはよ!」と言う。

 進次郎の机に張り付いていたサツキも「おはようございます!」と元気な挨拶を返してくれた。


「やっぱ、この4人が集まると安心するわねぇ」

「そうだな。いなくなって初めて分かる裕太の大切さ……」

「おい進次郎、それじゃあ俺が死んだみたいじゃねえか」

「じゃあ今度、裕太さんが休んだときは知り合いの水金族に裕太さんになってもらいましょう!」

「金海さん、それは止めて欲しい。絶対に」


 4人はハハハと笑い合っていると、ホームルームの始まりを告げるチャイムが教室中に響き渡った。

 軽部先生にどやされまいと、好き勝手な場所で話していた生徒たちが各々の席に戻っていく。

 裕太も自分の席に座り、次の授業の準備をしようとカバンから取り出した教科書やノートを机の引き出しに差し込んだ。

 すると、奥の方でクシャっと紙が潰れるような音が聞こえた。


「……ん? なんじゃこりゃ」


 引き出しの中に腕を突っ込み、手に触れた何かを掴んで取り出す。

 それは、くしゃくしゃになった一通の封筒だった。

 開け口がベットリとのりで貼り付けられているうえ、ハートのシールで封されているその封筒を、後ろからエリィが覗き込んだ。


「それ何かしらぁ? もしかしてラブレター?」

「……の割には封が厳重すぎると思うんだが。……ま、学校が終わったら開けるか」


 そう言って、裕太は封筒をカバンの中に仕舞い、教科書とノートを再び引き出しの中へと入れた。



 【2】


 翌日。

 学校に向かうまでの道を、いつものようにふたりで歩くエリィと裕太。

 裕太がボーッと歩いていると、不意にエリィが背中をトントンと指でつついてきた。


「何だよ銀川」

「結局、中身は何だったのぉ?」

「中身?」

「ほら、昨日のラブレターよ」

「あ、すっかり忘れてたぜ。……って、まだラブレターとは決まってないだろうが」


 そう言いながらカバンに手を入れ、奥から教科書に潰されてクシャクシャになった封筒を取り出す裕太。

 中身を傷つけないように端を慎重に指で破き、中身を取り出すと折りたたまれた一枚の紙が顔を出した。

 その紙を後ろからエリィが、指でつまんで取り上げる。


「おい銀川、俺に先に読ませろよ」

「良いじゃない減るものじゃないんだしぃ! えーとなになに、拝啓 笠本裕太……」



  はいけい、笠本裕太さま

  たて続けの事件解決、ご苦労様です。

  しかしながら、一人での戦いは

  じゃまに入られたときに困るでしょう。

  ようするに、お手伝いがしたいのです。

  うんうんと頷くなら、代多埠頭よたふたとうまでお越しください。



「……変な文章の手紙ねぇ」

「文面通りに捉えるなら、この手紙の主は俺の協力者になりたいというところだろうが……」

「じゃあ、どうして埠頭ふとうなんかに呼び出すのかしらぁ? 」


『裕太、これは果たし状だ!』


 携帯電話越しに文面とにらめっこしていたジェイカイザーが唐突に叫ぶ。

 裕太は周囲を見渡し、今の声を誰にも聞かれなかったか確認した。


「いきなり喋るなよジェイカイザー。で、なんで果たし状なんだ?」

『よく見るのだ裕太。文章の左端を縦に読むと……』

「えーと……は・た・し・じ・よ・う。……確かに果たし状ねぇ」

「そんな、ネット掲示板じゃあるまいし。縦読みを仕込んで果たし状を送ることに何のメリットが有るんだ」


 歩道のど真ん中で、ふたりであれこれと考え込む裕太とエリィ。

 そもそも、果たし状を送ってきたのは誰なのか、どうしてこんな回りくどい方法を使ってきたのか。

 思い当たるフシがなく、答えが出ない。


「おい、何でこんなところに突っ立っているんだ」


 そんな時、ふたりの背後から聞き覚えのある低い声が飛んできた。

 振り返ると、そこには何度もお世話になった警察官、照瀬てるせの姿があった。


「照瀬さん、おはようございます」

「おう、おはようさん。何だ、道のど真ん中で手紙の朗読でもしているのか?」

「手紙じゃないわ。果たし状よぉ」

「果たし状だと?」


 エリィが差し出した紙を掴み、素早く目を通す照瀬。

 最初は首を傾げていたが、縦読みに気がついたのか納得したような表情になり、最後は眉間にシワを寄せた顔になった。


「……言いたいことはわかるが、意図がサッパリ読めん」

「俺もですよ照瀬さん。でも放っておくのもなんだか気味が悪いし、今日学校が終わったら埠頭ふとうに行ってみようかと思います」

「いたずらの可能性も無くはないだろうがな。ま、困ったら俺に知らせろ。軽犯罪に強い知り合いは何人かいるからな」


 そう心強い言葉を残して、照瀬は警察署の方へと小走りで去っていった。

 埠頭に行ってみるという発言を聞いてか、エリィが心配そうな表情で裕太の顔を横から覗き込む。


「行くって言ってたけど、大丈夫かしらぁ。本当に果たし状だったら勝負を仕掛けられるわけでしょ?」

『心配無用だぞ、エリィどの! 数多の戦場で武勲を上げ続けた裕太は百戦錬磨の立派な戦士だ!』

「それは少し言いすぎだが、送り主の顔を見てみたいという怖いもの見たさもあるしな」


 軽く笑いながらそう言う裕太の表情を見てか、ふふっと微笑みを返すエリィ。


「そうね、笠本くんなら大丈夫よね! 今まで何度も、なんどもあたしの身に迫る危険を取り除いてくれたもの! 免許試験のときも、軌道エレベーターのときも、月のときも!」

「軌道エレベーターの時に危なかったのはお前じゃなかったけどな」

「もう、細かいことはいいじゃない!」


 頬を膨らませたエリィがプンプンと先へ向かってしまったので、裕太は慌てて後を追った。

 しかし、このとき裕太は忘れていた。


 ──果たし状が届いていたのが昨日の、それも朝だったことを。



 【3】


「はーるばーる来たぞーっと、代多埠頭よたふたとう~♪」

「何歌ってるのよぉ」

「こんな辛気臭い所、歌いもしなきゃやってられんよ」


 予定通り、学校が終わった後にバスを乗り継ぎ、果たし状に書いてあった代多埠頭よたふたとうにやってきた裕太とエリィ。

 いつでもジェイカイザーを呼べるように携帯電話をいれたポケットに手を突っ込みながら、裕太は辺りを見回した。


 この埠頭は、休日ならばそこそこ人で賑わう場所である。

 しかし、今日は曇り空も相まって不気味なほど静まり返っており、聞こえるのは波音と遠くの船の汽笛だけだった。

 動くものなんて空を飛び交う黒いカラスと、無数のコンテナの上でくつろぐ野生のネコドルフィンの姿くらいしかいない。


 やがてコンテナに乗っていた何匹かのネコドルフィンが一箇所に集まり、まるで共鳴するかのように「ニュイニュイニュイニュイ……」と一斉に鳴き始めた。


「……何やってるんだ、あれ?」

「あれはネコドルフィン同士で仲間意識を高める、円陣みたいなものよぉ。かわいい~♥」

「お、おう。……それより、やっぱいたずらだったのか? 誰も居ないぞ」

「そうねぇ。じゃあ早いところ帰りま──」


「待っていたぞ、(グゥ~)笠本裕太!」


 どでかい腹の虫とともに人陰がひとつ、コンテナの上に現れた。

 その男は高所から見下すかのように裕太を睨み、裕太をびしっと指差す。


「ほんっっっっとに(グゥ~)待ったんだからな!! 34時間と16分と23秒も(グゥ~)ずっとここで(グゥ~)待っていたんだぞ!」

「すぐ行かなかったのは謝るが、一日たった時点で帰れよ!! っていうか秒単位で数えんな!」

「やはり貴様は(グゥ~)生かしておけん! 勝負だ、笠本裕太!」


 男は腹を鳴らしながらそう叫ぶと、立っていたコンテナの天井に開いていた穴に飛び込むように、その中へと入っていった。

 直後、そのコンテナを突き破るようにして中から黒く巨大な腕が現れ、やがてコンテナを破壊しながら一機のキャリーフレームが立ち上がった。


「こ、こいつは……!?」


 そのキャリーフレームは、裕太にとって見覚えのある……いや、いっときも忘れたことのない姿をしていた。


 ──母親を昏睡状態に至らしめた元凶、〈ナイトメア〉。


 裕太の脳裏に蘇る、意識不明のままベッドに繋がれた母の姿。

 映像で見た、〈ナイトメア〉が母の乗る〈クロドーベル〉のコックピットを鋭い腕で貫く瞬間。

 自分の無力を感じ、フレームバトルの場を去ったあの時の虚無感。


 なぜこの男が〈ナイトメア〉に乗っているのかは知らない。

 しかし、裕太は無意識のうちに携帯電話を取り出して、天高く掲げていた。


「来い! ジェイカイザァァァ!!」


 裕太の叫びとともに、暗い曇天の空を照らすように出現する輝く魔法陣。

 その中心を突き破るようにして、ジェイカイザーがその巨体を現した。


「ハッハハハ!(グゥ~)姿を表したかジェイカイザー!」

『ええい、いちいち腹の音がうるさい男だな!』

「ジェイカイザー、あいつは……あの機体だけはなんとしても破壊してやる!」『ゆ、裕太……!?』


 コックピットに乗り込みながら声を荒げる裕太に、ジェイカイザーが困惑の声を上げた。

 普段は戦闘のときも冷静な裕太が、珍しく怒りを露わにしている。

 それほどの手強い相手なのかとジェイカイザーは思っているのであろうが、裕太にとって〈ナイトメア〉は怨敵。

 今の裕太は理性ではなく、感情で動いていた。

 

 ジェイカイザーが戦闘態勢に入ると同時に、〈ナイトメア〉が足を踏み出し、一瞬でその姿を消した。

 目にも留まらぬ速さでコンテナの上を飛び移り、くつろいでいたネコドルフィンを蹴飛ばしながら〈ナイトメア〉は裕太を翻弄するように動き回る。


「いたいニュイ~!」

「ひどいニュイ~!」


『裕太! いくらネコドルフィンが弾力が強すぎてどんな事でも無傷とはいえ、ネコドルフィンがすごくかわいそうだぞ!』

「知るか!! 今、集中してんだよ! 黙ってろ!」

『裕太、落ち着け!』

「ああ!? 俺は落ち着いてるよ!!」


 ジェイカイザーの周囲を素早く動き回る〈ナイトメア〉の位置を、研ぎ澄ました聴覚でその位置を図ろうとする裕太。

 目を閉じ、〈ナイトメア〉の足音から攻撃タイミングを割り出す。


 (グゥ~)


「そこか!!」


 背後から聞こえてきた腹の虫を頼りに、後方へと放たれたジェイカイザーの肘鉄が〈ナイトメア〉の胴体にヒットした。


「ぐぼっ!?」


 スピーカー越しに聞こえるグレイの呻き声とともに吹っ飛ぶ〈ナイトメア〉。

 その巨体は後方にあったコンテナを押し潰すように倒れ、その周囲にいたネコドルフィンが慌ただしく跳ね回り逃げていく。


「くっ! さすがは(グゥ~)笠本裕太だ! だが(グゥ~)貴様への恨みはこの程度の空腹など何の苦しみにもならん!」

「俺への恨み……?」


 裕太がそう疑問を投げかけると、〈ナイトメア〉は足を止めた。


「そう、あれは8年前……」

「隙あり!」

「ぐああっ!?」


 パイロットが足を止めて語りだした〈ナイトメア〉の胴体に真っ直ぐストレートを放つジェイカイザー。

 全く構えをしていなかった〈ナイトメア〉はそのまま後方へと倒れ込み、凹んでいたコンテナを真っ二つにするように倒れて辺りに地響きを立てた。

 その衝撃で逃げ回っていたネコドルフィンたちが「ニュイ~」と鳴きながら、辺りに吹っ飛んで海にポチャポチャと落ちていく。


「おのれ、笠本裕太! 人が回想をしている時に攻撃をするなど!!(モグモグ)」

「回想もクソもあるか、戦闘中に飯食いやがって!!」

「やまみもまめまみまみめもめん!!」

「早く飲み込め!」

「(ゴクン)やはり貴様は生かしておけん! 空腹というリミッターを解除した俺の恐ろしさ、思い知れ!」


 男がそう言うと、〈ナイトメア〉が再び一瞬で姿を消した。

 目視と聴覚を頼りにその動きを追おうとするが、死角から放たれた体当たりにジェイカイザーはバランスを崩してしまう。


「なっ……クソッ!」

「笠本くん、後ろ!!」

「何だ銀川……ぐあっ!?」


 崩した体勢を立て直そうとした瞬間〈ナイトメア〉が背後を取り、ジェイカイザーの片腕を掴み、側のコンテナに押し付けた。

 コンテナの外装がメキメキと音を立てる中、裕太は抵抗しようとレバーをガチャガチャと闇雲に動かすが、押さえつける〈ナイトメア〉にパワー負けしているのか、完全に身動きを封じられていた。


『う、動けん!?』

「……しまった、このままじゃ!」

「ハーッハッハッハ! これで心置きなくできるというものだ!」


「笠本くん!?」


 外でエリィの心配そうな叫びがこだまする中、押さえつけられたジェイカイザーの腕がミシミシと音を立てる。

 裕太はこの状況を脱するためのアイデアがないか思考を回転させるが、〈ナイトメア〉への怒りで頭に血が昇っている状態では、冷静な思考などできるはずもなかった。


「何をする……つもりだ!?」

「そう、あれは8年前……」

「……回想するために押さえつけたのかよ!!」


 裕太がツッコむのも意に介さず、男は淡々と話し始めた。


「8年前、俺は年少フレームファイト選手として華々しい活躍をしていた。最年少のプロ入りも目前だった。プロになれば、孤児の俺を育ててくれた貧しい両親に楽をさせてやれると、そのときは思っていた」

「……」


 男の回想を黙って聞く裕太。

 話を聞いているうちに、何かこの状況を脱せるチャンスが来るかもしれないと思い、自ら冷静さを取り戻そうとしていた。


「しかし、そんなある日。全国大会をかけた地方大会の一戦目で俺は敗北した……笠本裕太、貴様にだ! その敗北により世間の目は俺よりも貴様に向くようになり、俺のプロ入りも初戦敗退という失態がもとで帳消しに!! 俺の名を、氷室グレイという名を忘れたとは言わせんぞ!」

「ごめん、覚えていない」

「貴様ァッ!!」


 裕太の即答に激昂したグレイは、ジェイカイザーを締め上げる〈ナイトメア〉の力を強めた。

 掴まれた腕が半壊し、ジェイカイザーが『ぐおおおっ!』と苦悶の声を上げる。


「それって、笠本くんに対する逆恨みじゃないのよぉ!」

「否、断じて否ぁっ! プロへの道が絶たれた俺の家族に後はなかった! 挙句に父は金のために愛国社へと下り、この〈ナイトメア〉で暴れさせられているところを貴様の母親らによって取り押さえられ裁判で極刑! 俺の母は借金取りに追われる生活を苦に自ら命を絶った! そう……笠本裕太、貴様のせいで母は死に父は終身刑! おまけに俺は極貧生活だ!!」

「知るか……よっ!!」


 裕太は、掴まれていない方のジェイカイザーの腕に握らせた警棒で、〈ナイトメア〉の肩を突き刺した。

 そのまま、不意の攻撃を受けて力の緩んだ〈ナイトメア〉を全身で突き飛ばし、押さえつけられていた状態から脱することに成功する。


「その話が本当だとしても、俺はここでやられるわけにはいかない。それに、そのキャリーフレームは、俺の母さんのかたきだ!」

「フン! 互いに因縁のある同士、決着をつけるぞ! 笠本裕太ァッ!」


 ほぼ同時に、ジェイカイザーと〈ナイトメア〉が足を踏み出した。

 ナイトメアの鋭利な手刀がジェイカイザーめがけて放たれる。

 それを咄嗟に腕で受け流し、カウンター気味に警棒を突き出すジェイカイザー。


 しかし、締め上げられていた方の腕で防ごうとしたのが悪手あくしゅだった。

 半壊した腕は手刀を受けて切断され、肘から先の部分がコンクリートの地面に音を立てて落下する。

 その反動で姿勢を崩すジェイカイザーの警棒は虚しく空を突き、〈ナイトメア〉に掴まれてそのままへし折られてしまった。

 そしてジェイカイザーのコックピットを狙って、鋭い手刀がまっすぐに伸びて来る。

 咄嗟に、無意識にジェイカイザーの身体を横にずらそうとペダルを踏み込む裕太。

 しかし回避距離が足りず、コックピットハッチを貫いた〈ナイトメア〉の腕が、裕太の座るシートのすぐ脇を通り過ぎていった。


「ッ……!?」


 破壊された装甲板の破片がコックピット内で跳ね回り、裕太の額に一筋の傷をつけた。

 目元に垂れてくる自分の血で、視界が徐々に赤く染まり、不明瞭になっていく。


「トドメだ、笠本裕太!! ……むっ!?」

「大丈夫か笠本の小僧! そこのキャリーフレーム、今すぐに戦闘を止めておとなしくしろ!」


 耳に聞こえてくる照瀬の声。

 エリィが通報してくれたのか、周辺を通りがかった人が読んでくれたのか定かではない。

 しかし、ポッカリとコックピットに開いた穴越しに〈クロドーベル〉の姿がぼやけて見えていた。


 ジェイカイザーにとどめを刺す手を止めた〈ナイトメア〉は、〈クロドーベル〉の方へと向き直り、手刀の構えを取った。

 抵抗の意思ありと判断したのか、〈クロドーベル〉も警棒を手に持ち戦闘態勢に入る。


「照瀬さん、ダメだ……そいつには……!」


 裕太でも反応しきれないほどの素早さを持つ〈ナイトメア〉に、〈クロドーベル〉で勝てるはずがない。

 朦朧とする意識の中で必至に声を絞り出そうと口を開く。

 しかし、すでに裕太の声は外に届かなくなっていた。

 外部に音声を出すマイクは大破し、スピーカー部分に至っては先程の攻撃で綺麗にくり抜かれている。


 飛びかかる〈クロドーベル〉と、迎え撃つ〈ナイトメア〉。

 次の瞬間、裕太の目に映ったのはまっすぐに伸ばされた〈ナイトメア〉の腕が〈クロドーベル〉の胴体を貫き、その指先に赤い液体を滴らせている光景だった。

 同時に遠くの方から複数のパトカーのサイレン音が鳴り響き、その音が徐々に近づいてくる。


「ちっ……邪魔に入られたか。笠本裕太、次に合った時には必ず息の根を止めてやるぞ!!」


 グレイがそう叫んだ後、〈ナイトメア〉は腕を〈クロドーベル〉から引き抜き、そのまま海へと飛び込みその姿を消した。

 埠頭には、いつの間にか降り出した雨の音とパトカーのサイレン音、そしてエリィの悲鳴だけが響き渡っていた。



 【4】


 メビウス電子の秘密ドックに、海水を滴らせた〈ナイトメア〉が降り立った。

 グレイがコックピットから飛び降りると、すぐにメビウスの整備員が雨に濡れるのも厭わず〈ナイトメア〉を取り囲み、地下へと続くエレベーターへと運んでいく。


「み、見事な戦いぶりだったな、グレイくん」


 少々引きつった顔で、キーザが傘を持った手で音の鳴らない拍手をしながらグレイへと歩み寄る。

 どうやったのかは定かではないが、この男は先程の戦いを見ていたのだろう。

 ジェイカイザーを半壊させ、警察のキャリーフレームを一機大破させた戦果は、この平和な日本で見るにはショッキングが過ぎる。

 特に、戦闘を記録するために埠頭上空を飛んでいた〈ウィングネオ〉から降り、キーザの隣でこぶしを震わせる糸目の女には、大きな衝撃を与えただろう。


「殺したんか……?」

「む?」

「……笠本はんと、あのキャリーフレームの警官。殺したんかって聞いとんのや!」


 震える声で問いかける内宮を、グレイは鼻でフッと笑った。


「笠本裕太は仕留め損なったが、警官は知らんな。……ただ、お前にひとつ言っておこう。俺達がいる世界は、ひとつの油断が命取りになる戦場だ。競技というぬるい世界の中で、戦いゴッコをするのとは訳が違う。その覚悟がないお前は、この仕事を抜けるべきだ」

「なんやて……!」

「あの程度の男に何度も敗れるような貴様には、何も言う権利はない」


 グレイが冷たく言い放つと、内宮は「笠本はん……!」とだけ呟いて、そのまま俯き黙り込んだ。



 ※ ※ ※



 ドックに併設された休憩室の中で、グレイはひとり椅子に座って雨で塗れた髪をタオルで拭いた。

 唐突に、ポケットに入れていた携帯電話がブルブルと震えだす。

 乱暴にタオルを投げ捨てたグレイは、湿った手で携帯電話を掴み、耳に当てた。


「……俺だ」

「やぁグレイくん。君の働きは見せてもらったよ、実に良い戦いだったね」


 電話の主、メビウス電子の三輪社長が弾んだ声でそう言った。

 三輪とは対称的に、不機嫌な声を電話にぶつけるグレイ。


「あれが良い戦いだった、か。貴様の目は節穴か?」

「なっ……!?」

「確かに最後は奴を……笠本裕太の機体を半壊まで追い込んだ。だが最初は奴の手玉に取られていたうえ、邪魔が入って仕留め損なった」

「ふっふっふ、まあいいだろう。君に不満があるのだったら〈ナイトメア〉の整備が済んだら、またあのジェイカイザーと戦えばいい。まあ、向こうが再起不能になっている可能性もあるかもしれんがね」

「次に……奴が万全の状態で出てきたら、その時にやる。しばらくは警察の目もかいくぐらなきゃならんだろうしな」

「好きにすればいい。我々の目的は、君のお陰で達成されつつあるのだから」


 言うだけ言って、一方的に電話を切る三輪。

 ツーツーと通話が切れたことを知らせる音にグレイは軽く舌打ちをし、先程投げ捨てたタオルの上に携帯電話を放り投げた。


「笠本裕太、次こそ必ず……!」



 【5】


(ここは……?)


 裕太が目を覚ますと、真っ白な天井がぼんやりと視界に映った。


(知らない天井……?)


 ズキズキと痛む額を押さえながら、水色の患者衣に包まれた身体をゆっくりと持ち上げる。

 白い壁と床に包まれた部屋の中で、白いベッドに寝かされていたらしい。

 硬い寝心地のベッドから降り、扉を押し開けて廊下に出る。

 先程までいた部屋には自分の名前が印字されたプレートがかけられ、遠目にはナースセンターと書かれた案内板が見えた。


「ここは、病院か……」

「笠本くん!」


 ふいに背後から聞こえてきた声に振り返ると、今にも泣きそうな顔のエリィが廊下に立っていた。

 そのまぶたはれており、長い時間泣いていたことがひと目でわかる。

 裕太がエリィのもとへ歩み寄ると、両手でギュッと抱きつかれた。


「痛ででで!! お前ちょっと加減しろ、俺は怪我人だろ!?」

「あ、ごめん。笠本くんが無事だったと思うとつい嬉しくって……。大丈夫? 痛くない?」

「今お前に締められたところ意外はあんまり……そうだ、照瀬さんは!?」


 裕太がそう尋ねられ、暗くなるエリィの表情。

 嫌な予感を感じた裕太は壁にかかっている名前プレートを頼りに照瀬の部屋を探し当て、その扉を開けた。


 裕太の目に映ったベッドに横たわったまま、顔を白い布で覆った照瀬と、椅子に座った大田原と富永。


「坊主……!」

「照瀬さん、まさか……!」


 止めようとする大田原を振り切り、裕太がベッドに走り寄る。



 ──その時、照瀬の顔を覆っていた布がふわっと浮き上がった。


「よし、今のは10センチ行っただろ? おっ、小僧じゃねえか」

「だあっ!?」


 包帯で固定された手を持ち上げながらひょうきんな声を上げる照瀬を見て、思わずその場でずっこける裕太。


「照瀬さん!! 何やってるんですか!」

「いやなに、寝たままだと暇だからティッシュペーパーを息で浮かせる遊びをだな……腕も折れちまったし」

「ティッシュって……じゃなくて、腕だけ? 〈ナイトメア〉にやられたときに血が滴ってたような……? まさか」


 思い当たるフシがあった裕太は、伏し目で大田原を睨みつける。

 しかし大田原は視線を受けても意に介さず、懐からいつものように特濃トマトジュースの紙パックを取り出した。


「いやなに、トマトジュースは成分的に警察の仕事にぴったりだってわかってからな、〈クロドーベル〉のコックピットに常備させてたんだ。いやあ、まさかその貯蔵庫を貫かれるとは思わなかったぜ」

「この数分のシリアスを返してくださいよ!!」


「まあ、ケガはしましたが命に別状なしでめでたしであります!」

「そうだけど! そうなんだけど、納得がいかねぇ~~!!」


 場を勝手にシメようとした富永に悲痛なツッコミの声を上げる裕太。

 そうこうしているうちに傷を負った額が痛み出し、思わず手で押さえつける。


「ちょっと笠本くん、無理しちゃダメよ!」

「おい銀川、お前なんでさっき照瀬さんのこと聞いたら意味深な暗い顔したんだよ!」


 裕太を心配して部屋に入ってきたエリィに問い詰めると、露骨に視線を逸らされた。


「だ、だってぇ……大怪我を負ったと思ったのに腕の骨折だけで済んじゃって。しかも変な遊びに熱中してるんだもん。言いたくない気持ち、わかって♥」

「あのなぁ~~~!」


 すがりつくようにエリィにしがみつく裕太の背中を、大田原が「どうどう」と言いながらポンポンと叩く。


「俺は馬ですか!? 同情はいりませんよ!!」

「何をバカなことを言っている。ひとりだけ無事じゃないやつがいるんだよ。そいつについての話をしようと思ってな。歩けるか?」

「えっ? 歩くくらいなら……」


 裕太はそのまま、大田原に連れられて部屋の外に出た。



 【6】


 病院から出て、大田原の運転するパトカーに乗せられる裕太。

 走り出したパトカーはいくつかの曲がり角を曲がると、やがて見慣れた道へと入り、やがて見慣れた警察署へと到着した。

 パトカーを降りた大田原に案内されて格納庫のひとつに入った裕太は、そこに置かれているものを見て、驚愕した。


「ジェ……ジェイカイザー……!?」


 そこにあったのは、片腕が失われ、コックピット部分に大穴が空いたボロボロのジェイカイザー。

 裕太の脳裏に、あまりのショックに脳が封印していた光景がフラッシュバックする。

 千切れるジェイカイザーの腕、貫かれるコックピット、破片で傷ついた額。

 あの〈ナイトメア〉との戦いを思い出し、こぶしを震わせる裕太に、整備班長のトマスが申し訳無さそうな顔で携帯電話を手渡した。


「すみません、裕太くん。ジェイカイザーがですね……」

「ジェイカイザーがどうしたんですか!? 修理、できます……よね?」


 不安な顔で裕太が尋ねると、トマスは悲しげな表情のまま首を横に振った。


「ここまで壊されてしまうと、研究所にあった予備パーツだけでは修復が不可能でして……。その、警察だけの力ではもう修理できないんです」

「そんな……」


 予想していたこととはいえ、哀しい回答に裕太はガックリと肩を落とし、両膝をついた。


 確かに今まで、警察……というよりは大田原の好意でジェイカイザーの整備・修理をやってもらっていた。

 それができたのも、これまでの戦闘ではジェイカイザーは大した損傷を受けず、傷の修復や傷んだ細かいパーツの交換だけで済んでいたからだった。

 中破……いや、見ようによっては大破とも言えるほど、損壊した状態での修理が望み薄なのは、頭では理解できていた。

 しかし、ジェイカイザーがもう修理不可能という事実は、認めたくなかった。


『裕太……』


 携帯電話の中から、ジェイカイザーの声が弱々しく響く。

 今まで聞いたことのない相棒の気弱な声に、裕太は思わず涙が流れそうになる。


「おいジェイカイザー! お前が元気なくてどうするんだよ! お前が……!」

『裕太、すまない。私が古いマシーンなばっかりに……』

「……お前は確かに古い機体だったけど、今までやってきたじゃないか!」

『違うのだ。修理できない理由が……』

「……理由?」


 一筋の理由が頭をよぎった裕太は、訴えるようにトマスを見つめた。

 睨みつけるような視線に我慢できなかったのか、トマスは諦めたように大きくため息を吐く。


「ジェイカイザーが修理できない理由は、今まで作っていた古いパーツの換えがもう無くなってしまったからなんです。なにせ25年ほど前の骨董品パーツばかり使われていたもので、今手に入れるのは不可能に近いんです」

「ってことは、新しい部品に変えられないわけじゃないんですね……?」

「けれど、新しい部品だとお金が……」


 お金、という言葉が出た瞬間、裕太は手持ちのカバンの中に手を突っ込んだ。

 そして目的の物を取り出すと、見せつけるようにトマスに押し付ける。


「……これは、通帳?」

「ここに、今まで俺がジェイカイザーと稼いだ、500万円が入ってる。これでジェイカイザーを、俺の相棒を修理……いや、〈ナイトメア〉に負けないようにパワーアップしてやってくれ!!」

『しかし……それは裕太の貯金では!?』

「何言ってんだよ! お金ってのは使うために貯めてるんだよ! それが今だってだけだ!」


 裕太の言葉を聞いたトマスは、その言葉を待っていましたというように裕太から通帳を受け取り、大きく頷いた。


「わかりました。ではジェイカイザーの修理は、我々におまかせください!」

「頼みますよ、トマスさん! 大田原さん!」

「おうよ、坊主。俺たちとしても、照瀬の敵討ちをしてもらわなきゃならんからな!」

「……あ、でもトマスさん。50万くらいは残していただけると。生活費無くなったら困るし入院費用も怖いので」


 裕太の言葉に、トマスはその場でずっこけた。



 【7】


 その後、傷が痛みだした裕太は再びパトカーに乗せられ病院へととんぼ返りした。

 待合室で待っていたエリィの肩を借り、病室に戻るために廊下を進む裕太。


「ジェイカイザー、どうだったの?」

「修理してもらえることになった。何週間もかかるらしいけど」

「そう、よかった。じゃあ笠本くんもジェイカイザーが直るまでにケガを治さないとね!」

「そうだな、あっ……」


 通りがかった廊下の風景に見覚えがあった裕太は、咄嗟に壁にかかっているネームプレートに目を向けた。

 そこに刻まれている「笠本かさもと由美江ゆみえ」の文字を見て、裕太はこの病院が、母親が入院している病院であることを思い出した。


 エリィを呼び止め、裕太はそっとその部屋の扉を開けた。

 ピッピッピ、と心電図を刻む音だけが響き渡る静かな部屋で、生命維持装置に繋がれたままベッドに横たわり母の姿。


「この人が、笠本くんのお母さん……」

「5年前、母さんは大田原さんと共に〈クロドーベル〉で〈ナイトメア〉を取り押さえに行ったんだ。その戦いで、母さんの乗っていた〈クロドーベル〉は〈ナイトメア〉と刺し違えるようにコックピットに直撃を受けてしまった。〈ナイトメア〉は大田原さんが取り押さえたんだが、母さんはその時の傷が原因なのか、ずっと目を覚まさないままなんだ」


 眠り続ける母の顔を見て、裕太は拳をギュッと握りしめる。

 去り際に、〈ナイトメア〉のパイロット・グレイは決着を着けると言っていた。

 それは、向こうが再戦を望んでいるということ、こちらにもチャンスが有るということ。


「俺は必ず、あの〈ナイトメア〉にリベンジをする。照瀬さんとジェイカイザー、そして母さんの仇を絶対に取る。これ以上、俺の大切なものを奪われないために……!」


 静かに、低い声で裕太がそう言うと、エリィはそっと寄り添い優しく言葉をかけた。


「あたしは笠本くんを止めないわ。あたしだって、笠本くんがコレ異常悲しい思いをするのは耐えられないから……。だから、そのときに備えてケガを治しましょ。ね?」

「ああ、そうだな……!」


 エリィの言葉に裕太は微笑みを返し、ふたりで母の病室を後にした。




 ……続く


─────────────────────────────────────────────────

登場マシン紹介No.16

【ウィングネオ】

全高:8.8メートル

重量:7.1トン


 七菱製の可変軍用キャリーフレーム。

 ウィングの軍務利用の多さを受けて作られた、戦闘用に再設計されたウィングの改良型。

 高機動戦闘に耐えうる高性能の火器管制と無重力下でも問題なく飛行可能な重力制御装置を搭載している。

 緑がかった黄色の装甲色が特徴。

 基本武装は単発式のレールライフルとビームセイバー。

 オプション装備としてビームライフルも存在する。

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