第15話「裕太のいない日」


 【1】


「それでですね、ネコドルちゃんったらお向かいさんのお家の屋根までひとっ飛びしちゃったんですよ。でも、たかいニュイこわいニュイって言って降りられなくなっちゃって……」

「ふむ、ネコドルフィンの身体能力はなかなか高いが、知能はあまり高くないのだな」


 7月を目前に控えたある朝。

 普段より早めに教室に着いた進次郎は、サツキとともに他愛のない世間話に花を咲かせていた。


 最近のサツキの話題はペットとして飼い始めたというネコドルフィンなる生き物の話で持ちきりだった。

 ヘルヴァニア生まれの生き物らしいが、詳しくその生態は知らないので話自体には興味深い。

 しかし溶岩の中でも泳げるとか、宇宙に漂っている仲間がいるらしいとか、とても生き物とは思えない特徴ばかりサツキが話すので、進次郎は半信半疑になっていた。


 ガラッ、と音を立てて教室の扉が開く。

 進次郎が無意識に音のした方に視線を動かすと、「おはよう」と手を振るエリィの姿があった。


「銀川さん、おはようございます!」

「おはよぉ金海さん」

「……む? 裕太はどうした?」


 いつもならばエリィと一緒に仲良さそうに登校してくる親友の姿が無いことに気づいた進次郎。

 何気なく尋ねると、エリィは回答代わりに一つの携帯電話を取り出した。


「……これ、裕太のか?」

『そうだぞ! 進次郎どの!』

「うわっ、ビックリした」

「笠本くんったら、夏風邪ひいちゃったんだってぇ。お熱をはかったら38度も熱があったのよぉ」

『私は裕太に代わり授業の様子を映像に残すべくエリィどのに運んでもらったのだ!』


 ウザったらしいドヤ顔アイコンになったジェイカイザーを見ながら、進次郎は気が利くやつじゃないかと感心した。

 しかし、容量が足りるかとか、電池が持つかとかの問題が浮かんだが、あえて黙っておくことにする。


「だからぁ、学校が終わったらあたしが看病しにいかないと」

「む? 裕太の家にはジュンナがいるだろう?」

『ジュンナちゃんは進次郎どのの家へ修行の予定があるからと早々に出ていったのだ。裕太のことも気がかりではあるが、岡野さんとの修行の約束のほうが先だからと』

「融通きかせろよそこは……」


 主人を置いて予定を優先するメイドロボに、進次郎は呆れてため息をついた。



 【2】


「なんや、笠本はんおらへんのかいな」


 昼休み。

 エリィがいつものように進次郎たちと皆で中庭のベンチで昼食をとっていると、駆け寄ってきた内宮が残念そうにそう言った。


「あいにくだが、奴は病欠だ」

「お熱出して寝込み中なのよぉ」

「笠本はんに聞きたいことあったんやけど、おらへんのやったらしかたあらへんな」

「なになに? あたしが笠本くんに聞いてきてあげよっか? 笠本くんが内宮さんのことをどう思っているか……とか?」


 エリィがイタズラな笑みを浮かべそう尋ねると、内宮は「なっ!?」と短く叫んでから首と手をブンブンと横に振って否定の意を表した。


「なななな!? んなわけあるかい! な、なんでうちがあんな奴と!」

「お顔が真っ赤になってますよ? 内宮さんも風邪ですか?」

「アホ! 銀川はんが変なこと言うからや! 本人に直接きくさかい、余計なお世話はいらへんで! ほ、ほなな!」


 そのまま慌てた様子でパタパタと走り去る内宮を、視線で追うエリィ。

 あの態度は少なからず裕太に気があるということは察することができる。

 しかし、既に予約を確定してるも同然な気分のエリィは余裕の表情で彼女の背中を見送った。


「ふむ、裕太のやつ意外とモテるものだな。なかなか羨ましいものだ」

「なに言ってるのよお。岸辺くんだって宇宙海賊にレーナちゃんがいるじゃないのぉ。この百点満点くん!」

「そういえばそうだな……っと、サツキちゃんが怖い顔になる前に話題を変えようか。え~と……」


 露骨に陰の入ったサツキの顔を見て、すぐさま話題を変えようと目線をそらす進次郎。

 ふたりの態度が面白くて、エリィは思わずクスりと笑ってしまった。

 しどろもどろしている進次郎の傍ら、さっきまで嫉妬の感情をむき出しにしていたサツキに、不意に声がかけられた。


「お姉ちゃん……?」


 声のした方に視線を移すと、そこにあったのは弁当箱を抱えたひとりの女の子の姿。

 サツキに似た顔立ちの、眼鏡をかけた三つ編みの黒い髪という地味な風貌の女の子。

 その子にサツキが振り向くと「ご、ごめんなさい!」と謝りながら、持っていた弁当箱で顔を隠し校舎の中へと走り去っていった。


『あの反応……今の娘、もしかしてサツキどのに気があるのでは?』

「そんなわけないでしょお。でも、お姉ちゃんって言ってたわよねぇ」

「む? サツキちゃん、どうした?」


「あの子……もしかして……」


 サツキはひとこと、意味深に呟いた。



 【3】


「「妹ぉ!?」」


 昼食を終え、ベンチに座ったまま雑談モードに入ったエリィ達。

 彼女らがサツキの口から聞いたのは、先程の女の子がサツキの妹だということだった。


「水金族にも姉妹とか兄弟の概念ってあるのねぇ」

「い、いえ。そういうことではなくてですね、の妹だと思うわけですよ」

「「???」」


 サツキの説明を聞いて、同時に首を傾げるエリィと進次郎。

 自分の説明が伝わっていないとわかったのか、サツキはうーんうーんとしばらく考え込むポーズをした。


「えーとですね。私のこの姿って、モデルが居るんですよ。水金族で人間に擬態する個体は、悲惨な事故とかで亡くなった人間の姿を借りるんです」

「悲惨な事故……」

「飛行機の墜落事故とか、宇宙船の爆発とか、コロニーの崩壊とかですね」

「……ということはあれか。さっきの子はサツキちゃんの姿のモデルになった女の子の妹、というわけか」


 腕組みしていた進次郎が納得したようにうんうんと頷く。

 エリィは冷静に今の情報を頭のなかで整理していた。

 何らかの事故で亡くなった女の子。今のサツキの姿は、その女の子の外見を借りている。

 そして、亡くなった女の子の妹がさっきの子。

 ようやく理解はしたが、納得はできなかった。


 エリィがあれこれ考え混んでいると、突然ジェイカイザーが何かに気づいたかのような、ハッとしたような声色で叫びだした。


『進次郎どの、まさか姉妹丼を狙っているのではあるまいな!?』

「おいこのクソエロボット。いくらエロゲ脳とはいえサツキちゃんに妹がいるだけでそういう発想には行き着かんぞ。恥を知れ恥を」

『ガーン!! ガーンガーンガーン……』


 辛辣な返しを受け、セルフエコーでショックを表現するジェイカイザーが黙り込むのを気にせずに、サツキは説明を続ける。


「それで、姿を借りた人間の親類から離れたところで暮らすのが水金族の習わしなんですけど、あの子……どうやらこの近くに引っ越してきちゃったみたいですね」

「みたいですねって、どうしてそんなことがわかるのぉ?」

「あれ、言ってませんでしたっけ? 私と同じ水金族の端末スレイブはこの学校にも数人いるんですよ。各学年ひとりずつと、用務員さんと先生の中にもいて、相互に連絡とり合っているんです」


 未だに底の知れない水金族ネットワークに舌を巻くエリィ。

 聞けば、水金族は人間以外にも動物や無機物にも擬態している個体がいるらしく、今座っているベンチや向こうに見える木々、あるいは足元を這うダンゴムシすら水金族である可能性があるのだとか。

 そう考えると、背筋が少しゾクリとした。


「……ええと。じゃあ、あの子を放っておくわけにもいかないわよねぇ。ハッ! まさか……『勘のいい子供は嫌いです』とか言って、始末した挙句にあの子に擬態させた仲間と入れ替えるんじゃ」

「しませんよ! とにかく、帰りがけにお話を聞いてみようと思います。さあ、もうすぐお昼休み終わりますし教室に戻りましょう!」


 弁当箱を体内に吸収して鼻息荒く歩いて行くサツキの姿に、エリィはなぜか不安を覚えていた。



 【4】


 通常の授業が終わり、部活に向かう生徒と帰宅部の生徒が入り交じる下校時間。

 引っ越して間もない例の彼女は、まだ部活に所属していないらしい。

 ……という情報をサツキは他の水金族から得たらしく、エリィと進次郎を加えた三人で一緒に校門で待ち伏せをする。

 しばらく待っていると、下校する大勢の生徒の中に、あの娘の姿を見つけた。

「こんにちは。少しお茶しませんか?」

「あっ……」


 校門の陰から飛び出したサツキに声をかけられた彼女は、少し表情を曇らせた。

 不安げな顔をする彼女に、サツキが心配そうな顔で優しく問いかける。


「もしかして、今すぐ帰らなきゃ用事がありますか?」

「えっと、そんなわけじゃない。……大丈夫、私も聞きたいことがあるから」

「よし、話はついたな」

「ねぇ、立ち話も何だから喫茶店でお話しましょうよぉ」


 エリィがそう提案すると、サツキと進次郎が顔を見合わせて頷いた。



 ※ ※ ※


「はい、エリィちゃんにはリンゴジュース。進次郎くんはコーヒーで、サツキさんはコーラ。新しい子はオレンジジュースっと」

「美崎さん、ありがとー」


 とりあえず話をするために喫茶店「ブイメー」を訪れたエリィ達。

 ウェイトレスの美崎が、注文のジュースをテキパキと配り終えたところでサツキの妹(?)に向き直る。

 最初に自己紹介でもと、エリィが口を開こうとしたところで、先に彼女の方が口を開いた。


「えっと、私は一年生の栗原くりはら綾香あやかといいます。率直に聞きますが……あなたは、私のお姉ちゃんのドッペルゲンガーですかっ!?」

「ドッ……?」

「ドッペルゲンガーですよドッペルゲンガー! 自分と同じ姿の人物がいて、その姿を見ると死んでしまうってやつです! お姉ちゃんそっくりだから間違いないと思うですけど……あれ、でもドッペルゲンガーって自分をそうだという自覚ってあるのかな? あれあれ?」


 早口でまくし立てて、勝手に悩み始めた綾香にあっけにとられる三人。

 サツキに至っては珍しくうろたえて「えっとえっと」と話の切り出し方に悩んでいるようだった。

 困り顔で固まっていることを察したのか、慌てたように綾香が「すみません」と頭を下げる。


「私、こういうオカルトな話が大好きで、ついつい話しすぎちゃった……」

「へぇ、綾香ちゃんってオカルトが好きなのねぇ」

「はい! 幽霊が出る廃墟とか、空を飛ぶUFOとか、そういうの大好きなんです! UFOといえば最近だとアダムスキー型円盤がアメリカの方で……」


 スイッチが入ったように早口でUFOのうんちくを垂れ流し始めた綾香。

 先程まで空気だった進次郎が「うおっほん」と咳払いをして場を改めると、やっともとの話を切り出すタイミングを得られた。

 テーブル越しにサツキがずいっと身を乗り出しながら、勢い良く綾香に質問をする。


「えっと、綾香さん! あなたのお姉さんって私に似ているんですか?」

「そっくりですよ、そっくり! 瓜二つと言っても良いかもしれません! といってもお姉ちゃんは5年前に飛行機事故で死んじゃったんだけど……あれ、なんだか涙が……」


 突然ポロポロと涙を流し始めた綾香は、エリィがとっさに手渡したハンカチでそっと涙を拭った。

 数秒すすり泣いたあと、涙目のまま無理やりに笑顔を作って顔を上げる綾香。


「ごめんなさい。お葬式の時にもう泣かないって決めたのに……なんだかサツキさんと話していると、成長したお姉ちゃんと話しているような気分になっちゃって……」

「綾香さん……」


 しばし無言で見つめ合うサツキと綾香。

 口を挟めない空気であるものの、ここでどう話を切り出したものかとエリィが考えていると、進次郎がメガネを反射させながら「クックック……」と気味の悪い笑い声をこぼし始めた。


「この天才の僕は良き方法を思いついたぞ! サツキちゃんと綾香さんは今日いちにち、姉妹ごっこをすればいい!」

「し、姉妹ごっこ!?」

「そう。サツキちゃんは綾香さんを『綾香』と呼ぶ、綾香さんはサツキちゃんを『お姉ちゃん』と呼ぶ。フハハ、どうだいい考えだろう!」


 それはなんの解決にもなっていないのでは……、とエリィは首を傾げた。

 しかし、当のふたりは顔を赤らめながら「サツキお姉ちゃん……!」「あ、綾香……!」と進次郎の言うとおりに呼び合い、恥ずかしがりながらも笑顔を向けあっていた。


「よーし! これでふたりは姉と妹の関係だ! 今日は僕のおごりでパーッと遊ぶといい! ハーッハッハッハ!」


 高笑いをしながら領収書を片手にレジへと向かう進次郎。

 傍から見ればあまりにも滑稽なその後ろ姿に、綾香はくすくすと笑みを零した。


「あはは、サツキお姉ちゃんの彼氏さんって面白い人だね」

「そ、そんな……まだ進次郎さんは彼氏さんではないですよー」

「うそー! もう付き合ってるみたいなものじゃん、このこのー!」


 もう姉妹ごっこに慣れたのか、実の姉にするようにサツキのほっぺたをプニプニとつつく綾香。

 この状況に困惑しているのは自分だけか、と感じたエリィは綾香の手を握り笑顔を向けた。


「あたし、銀川エリィ。綾香さん、よろしくねぇ!」

「こちらこそよろしくお願いします!」


 屈託のない笑顔で、綾香はそう返した。




 【5】


 それからエリィたちは四人で街に繰り出した。

 進次郎のお金を頼りに、サツキと綾香の仲良し大作戦。


「ちょっ!? お姉ちゃんそれハメ、ハメ

だから!! ああーっ!」

「ふっふっふっー! 進次郎さんのお家で練習しましたからね!」

『サツキどのすごいぞ! レバー三回転からの複雑なコマンドの超必殺技を一瞬で!!』

「僕、あれに毎回狩られるんだよねー……」

「ねえ岸辺くん。このゲーム、パワーバランスおかしくなぁい?」


 ゲームセンターで対戦格闘ゲームに興じたり……。



「ねえお姉ちゃん、これ似合うかな?」

「すごく似合います! かわいいですよ綾香! 進次郎さんあれも全部買う方向で行きましょう!」

「……ねぇジェイカイザー、あれ全部でいくらだっけぇ?」

『12に0が4つだな!』

「僕の財布にだって限界はあるからな……!?」


 洋服店ブティックで着せ替え大会を開いたり……。



「ほら、あそこ学校じゃないですか?」

「わーっ! 本当だ! ほら見てお姉ちゃん、キャリーフレーム部が練習してる!」

「内宮さんがあそこにいるのかしらねぇ?」

『一度内宮どのとも手合わせしたいものだな!』

「ふへぇ、疲れたよ僕は……」


 ショッピングモールの観覧車に乗って景色を眺めたり……。



 そうこうしているうちに夕日も沈み、時刻は夜へと移り変わろうとしていた。



 【6】


「楽しかったね、お姉ちゃん!」

「そうですね、綾香! ……進次郎さん、大丈夫ですか?」

「なんのこれしき……僕は男だからな……!」


 買い込んだ洋服類でパンパンになった紙袋を両手に持ち、額から汗をにじませた進次郎が強がって絞り出したような声を出す。

 もうかれこれ数時間もこの状態で歩き続けているので、体力が限界なのだということは容易に想像できる。

 しかし、エリィが持つのを手伝おうと進言しても、進次郎は頑なに一人で荷物を全部持つことをやめようとしなかった。


 しかし、薄暗くなりつつある大通りの脇を歩いていると、ついに限界に来たのか進次郎がフラフラとよろけて、ベンチに座り込んで荷物を置いた。


「ゼェゼェ……さすがにちょっと休憩を要求するぞ僕は」

「体力ないのに無理するからよぉ」

「進次郎さん、あそこで休憩しましょう!」


 サツキが指差した先にあったのは、ビルの一階部分を店舗としたコンビニだった。

 奥には買った商品をその場で食べられるイートインスペースが設けられているタイプのコンビニなので、ゆっくり休憩ができるだろう。

 綾香も「さんせー」と笑顔で手を上げて了承し、全員でゾロゾロと入店する。

 間延びした店員の「らっしゃいませー」を聞きながら、みんなで真っ先に奥にあるドリンクコーナーへと向かった。


「あたしはこのリンゴジュースで」

「私はコーラ!」

「えっと、オレンジジュースで」


 次々と買い物カゴに飲み物を入れていく女性陣。

 一方、進次郎はうーんと何にするか迷いまくっているようだった。


「うーむ、ソーダにするかコーラにするか、それともコーヒーもいいかもしれん」

「早く決めなさいよぉ」

「まあまあ、そう急かさなくても……」


 パァン!


 突然店内に鳴り響く銃声。

 咄嗟に音のした方を振り向くと、フルフェイスのヘルメットを被った、いかにもな強盗が店員に拳銃を向けていた。

 天井の弾痕を見るに威嚇で一発、拳銃を発砲したらしい。


 コンビニ強盗は語気を荒げながら店員の顔に銃口を近づける。


「聞こえなかったか、金を出せと言っているんだ!」

「ひ……ひぃ……! うーん……」


 銃を向けられたビビりすぎて気を失ったのか、店員が真っ青な顔をしたままその場に崩れおちた。

 まだレジも開いていないのに店員に気絶された強盗は舌打ちをし、エリィたちの方向に拳銃を向ける。

 荒事に慣れていない綾香は、拳銃を向けられたと同時に小さく「ひっ」とすくみあがり、恐怖で身体を震わせながらその場に座り込んだ。

 強盗はその様子を見下すように、ヘルメットのバイザーの向こうにかすかに見える目を細めて銃口を上下に揺らして脅しをかける。


「ガキども、死にたくなけりゃおとなしくしろよ」

「……銃を向けるのをやめてください!」

「あん?」


 声を出して強盗の前に一歩出たのはサツキだった。

 顔つきを強張らせ、毅然として立ち向かうサツキの姿に強盗が少し後ずさる。


「き、聞こえなかったか? 命が惜しけりゃ動くなって……」

「妹が怖がっているんです! やめてください!」

「おとなしくしろと……」

「やめてください!」

「だから……!」

「めーでしょっ!!」

「ちいっ!!」


 パァン、と乾いた音とともに銃口が火を吹き、同時にサツキが額から血を出しながらその場に倒れた。

 強盗は拳銃を握った手を震わせながら、拳銃を降ろす。


「だ、だからおとなしくしろといったんだ!! おいてめえら、勝手なことをしたらこのガキみたいに……!?」


 そう言っていた強盗の顔が、凍りついたように固まった。

 驚くのも無理はない。なぜなら、今額を撃ち抜かれたはずのサツキが何事もなかったかのように、むくりと起き上がったからだ。

 立ち上がったサツキは一歩、また一歩と強盗に歩み寄る。


「やめてください……!」

「あわわ……!?」

「妹が……!」

「ひいいっ!」

「怖がってるんです!!」

「ば、バケモノォォォ!!?」


 パァン!


 怯える強盗の手から銃声とともに、弾かれるように拳銃が宙を舞った。

 いつの間にか進次郎が手に持っていた、小型拳銃の硝煙が天井に昇る。


「進次郎さん……!」

「大丈夫か、サツキちゃん。さあ強盗め、おとなしく掴まってもらうぞ!」

「進次郎さん!」

「サツキちゃん、後にしてくれ」

「進次郎さん、せっかく拳銃渡したのになんで私が撃たれるまで待ったんですか? 死ぬほど痛かったんですけど!!」

「……ごめん。隙が見つからなくって」


 プリプリと怒るサツキに平謝りする進次郎。

 エリィには見慣れた風景だったが、綾香はふたりの様子を見たまま固まっていた。


「今!? お姉ちゃん!? 撃たれ……!?!?」

「えっとね、説明すると長くなるんだけどぉ……。あっ! 強盗が! 待ちなさい!」


 どさくさに紛れて外に逃げていく強盗を、咄嗟にエリィは走って追った。



 【7】


「こらぁ! 待ちなさい!」

「待てと言われて待つかよ! こうなったら!」


 コンビニを飛び出して強盗が逃げた先には、一台の大型トラックが停まっていた。

 トラックの荷台に被せられた布の中へと強盗が入り込み、載せられていた巨大な物体が布ごと持ち上がっていく。


「キャ、キャリーフレーム!?」

「このガキ! 面倒になったら警察を蹴散らすために用意した、この〈エレファン〉で踏み潰してやる!!」


 地響きをあげながらトラックから現れたキャリーフレーム〈エレファン〉に周囲は騒然となった。

 片腕が鉄球となった、黄色と黒の縞模様が入った外観の〈エレファン〉は重厚な駆動音を辺りに響かせ、威圧するかのように道路に降り立つ。

 周りの人々が逃げ惑う中〈エレファン〉が一歩、また一歩とエリィに近づいていく。

 しかし、エリィは一歩も引かずにじっとその巨体を見据えていた。


「な、なぜ逃げん!?」

「……だってぇ、メインセンサーが布かぶったままだもん」

「し、しまった! 前が見えんと思ったら!!」


 強盗の〈エレファン〉が布を取ろうともがいているうちに、コンビニの中から進次郎が飛び出した。

 エリィが店内に目をやると、中でサツキが綾香を慰めている。


「銀川さん、警察が来るまで避難をしないと!」

『何を言っているのだ進次郎どの! ここは戦うべきところだ! さあ、エリィどの!』

「ったって、銀川さんは免許が……」

「来なさい! ジェイカイザー!」


 憂う進次郎をよそに、エリィが裕太の携帯電話を天高く掲げた。

 すると、もはや見慣れた魔法陣が道路の真ん中に描かれ、光の中にジェイカイザーを出現させる。


 そのままエリィは、いつも裕太がやっているようにタラップとなったコックピットハッチを登……ろうとして、服の裾を進次郎に掴まれ止められた。

 裾を引っ張ったまま「民間防衛許可証がないと戦っちゃダメなんじゃないのか!?」と大声で尋ねる進次郎に、エリィは懐から許可証を取り出し、ベーっと舌を出しながら進次郎の手を振り払う。


「あたしだって、頑張って許可証取ったんだからぁ!」


 修学旅行から帰ってからというもの、エリィはこっそり警察署に通い、許可証を得るための試験をこなしていたのだった。

 とはいえ既に何度か操縦経験があり、キャリーフレームに関する知識なら人一倍あるエリィにとっては小学校のテストよりも簡単な試験だったのであるが。


「ジェイカイザー、起動よぉ!」

『おふっ! 現役JKの尻の柔らかさがパイロットシート一杯に……!』

「くだらないこと言ってないで早く立ちなさいよぉ! このこの!」

『痛っ! た、叩くのは止めてくれ~!』


 エリィにベシベシとコンソールを叩かれ、渋々とコックピットハッチを閉じるジェイカイザー。

 コックピットの内側を包むように敷き詰められたモニターに光が灯ると、正面にようやく布を取り払った〈エレファン〉の姿が映った。


「ようやく取れたぜ……って、何だこのキャリーフレームは!?」

「正義のマシーン、ジェイカイザー参上よぉ!」

『おおっ! 銀川どの、それっぽいことを!』

「ふざけやがって~~!!」


 憤りドスの効いた強盗の声をスピーカー越しに響かせながら、〈エレファン〉が手先が鉄球となっている左腕を振りかぶった。

 エリィはジェイカイザーの操縦レバーを握り、ペダルを踏んで攻撃を回避しようとして……できなかった。


「きゃああっ!?」

『ぐおっ!?』


 衝撃を少し逃がしたとはいえ、鉄球で殴られたジェイカイザーが後ろに倒れてしまった。

 よろめきながらジェイカイザーを立ち上がらせようと操縦レバーを動かしながら、エリィはとてつもない違和感を感じていた。


(何、なんなのぉ!? なんで入力してから動き出すまで、秒単位でズレがあるのぉ!? もしかして……)


 今までのジェイカイザーに関する情報を思い返し、この違和感の原因を考えるエリィ。

 そして、思い当たるフシがひとつだけあった。


「ねえ、ジェイカイザー……あなたってたしか、古い部品を使っていたわよねぇ?」

『古いとは失礼な! 私が建造された25年ほど前の当時の最新パーツを結集しているのだぞ! ……民間機のパーツだが』

「25年前のハイエンドパーツ……って、今だと骨董品じゃないのよぉ! そんな時代の民間機のパーツの反応速度なんてたかが知れてるわよぉ!」


 この鈍いというレベルを超越した操作のしづらさのなか、裕太はあれだけの活躍をしていたのか。

 そう考えると、やっぱり裕太はすごいんだなぁとエリィは再認識し、思わず頬を赤らめた。

 などとぼーっとしている間に、起き上がりかけていたジェイカイザーは〈エレファン〉の張り手を受けて再び倒されていた。


『ぐあああっ!! 銀川どの何をやっているのだー!?』

「いやぁんっ! そういえば戦闘中だったぁ~!」


 仰向けに倒れた状態から、なんとか起き上がろうともがくジェイカイザー。

 しかし〈エレファン〉の巨大な足に胴体を踏まれ、動きを封じられてしまった。

 そのままコックピット部分めがけ、鉄球を振り上げる〈エレファン〉。


「脅かしやがってガキが! とどめを刺してや──」


 その時、空からひとすじの細い光が斜めに落ち、〈エレファン〉の左腕の付け根を貫いた。

 熱で赤く融解した肩はそのまま胴体から離れて道路の上に転がり落ちる。

 エリィがビームの飛んできた方向に視線を動かすと、上空に一機の黄色いキャリーフレームがビームライフルを構えたまま浮いていた。


 エリィがその機体が〈ウィングネオ〉であることに気づいたときには、〈ウィングネオ〉は飛行機形態へと変形して何処かへと飛び去っていった。


「助けてくれた……?」

『エリィどの、ぼーっとしている場合ではないぞ! チャンスだ!』

「え、ええ!」


 ジェイカイザーに促され、エリィは操縦レバーをガチャガチャと動かした。

 腰部に装備されていたショックライフルを握らせ、すぐさま照準を合わせるとそのまま引き金を引く。

 バシュゥ、という音とともに放たれた光弾は吸い込まれるように〈エレファン〉の胴体へと直撃し、その機能を停止させた。



 ※ ※ ※



「あかーん! データ取りの仕事やったのに、つい手ぇ出してもうた~~!」


 飛行機形態の〈ウィングネオ〉の中で、内宮は自分の髪をガシガシ掻きながら取り乱していた。

 例のロボット、ジェイカイザーが出現したという反応があったため、訓馬に〈ウィングネオ〉で戦闘データの収集を言いつけられた内宮。

 しかし、裕太が今日は寝込んでいることを知っていた上、上空から眺めていたジェイカイザーの動きがあまりにも素人同然で危なっかしかったので、つい身体が動いて援護してしまったのだった。


「……でもなぁ、あれ動かしてたんは銀川はんやろ? 銀川はんがケガしてもうたら笠本はん悲しむやろうからなあ……って、なんでうちが笠本はんの心配せなあかんのや! そやそや、女の子がケガするんはイカンからな! 助けんとアカンかったんや!」


 そう無理やりに自己完結した内宮は、操縦レバーをグッと倒してメビウス電子の隠れドックへと〈ウィングネオ〉の飛ぶ方向を向けた。



 【8】


「ええっ! おね……サツキさんが宇宙人!?」


 エリィからの説明を聞いて、綾香は両手を上げてオーバーに驚いた。

 強盗を警察に引き渡したエリィたちは、再び喫茶店へと戻り綾香にサツキについての説明をすることにしたのだった。


「宇宙人というか、人じゃないというかぁ……」

「騙すつもりはなかったんです。この姿も、あなたのお姉さんの姿を元にしていて……」

「そ、そんな……!」


 瞳を潤わせながら顔の前で合わせた手を震わせる綾香を見て、なんとも言えない空気に包まれるエリィ達。

 姉とそっくりだった人物が人間でなく、更には姉の姿を借りた宇宙生命体だったのだから、無理はない。


 ……とエリィたちは思っていたのだが。


「そんな、宇宙生物が身近にいただなんて感激! 宇宙人ってヘルヴァニア人みたいな人だけじゃなかったんだ! 世界、いや宇宙って広いのね! あ、写真撮っていい!?」


 感激した様子でサツキの手を握る綾香に、あっけにとられるエリィと進次郎。

 そんな2人のことなど見向きもせずに、綾香はずいっとサツキに顔を近づける。


「今日一日一緒にいてわかったの。やっぱりサツキさんはお姉ちゃんとは違う人だって。でも、サツキさんと知り合えたのは私の人生にとってすごく大事な意味があると思うのよ! そう、これは神様がくれた未知を求める私への出会い!!」

「あ、綾香さんが燃えている……」

「決めた! 私本格的にオカルト部の活動を始める! この世の不思議を解き明かしてやるのよ! 頼もしいメンバーもできたし!」


 そう言って、ぐるりとエリィ達に視線を送る綾香。

 その目は「これからよろしくお願いしますね」と言葉を発さずともその意志を露わにしていた。


「あっ、いけない! 笠本くんのお夕飯ゆはん作ってあげなきゃ! それじゃあね!」

「おい銀川さん! 僕らを見捨てる気か!」

「さあサツキさん、進次郎さん! この入部届にサインを……!!」


 背後から聞こえる進次郎の悲鳴を背中に受けながら、エリィは逃げるように喫茶店を後にした。



 ※ ※ ※



「笠本くん、具合はどーお?」


 エリィがそっと裕太の部屋の扉を開けると、裕太が咳き込みながらベッドから起き上がった。

 顔は熱で赤くなり、彼のつらさが表情ににじみ出ている。


「ずっと横になってたんだけどまだ治らなくてな……」

「お薬もちゃんと飲んでるんだから、すぐに治るわよぉ。ほら、氷枕かえてあげるわね」

「サンキュー……」


 裕太が起き上がっている間に、溶けてブヨブヨになった氷枕を冷凍庫から取り出したてのものに入れ替えてあげるエリィ。

 そのまま先程キッチンでササッとつくったおかゆを手渡し、次に飲む薬を机の上に並べた。

 テキパキと看病するエリィの様子を見てか、ジェイカイザーが『ウム』と頷いたような声を上げる。


『なんだかエリィどのは、裕太の奥さんみたいだな!』

「やだぁ、もうジェイカイザーったらぁ何言ってるのよぉ! あたしと笠本くんが夫婦だなんてそんな……うふふ!」

「……言葉とは裏腹にすごく嬉しそうだな銀川」

『私は夫婦とまでは言っていないのだが』


 クネクネと動きながら嬉しそうに頬を赤らめるエリィ。

 裕太は看病してもらい感謝半分、このような態度を取られて恥ずかし半分といったような複雑な表情をしていた。



 【9】


 メビウス電子の隠れドックに〈ウィングネオ〉を着陸させた内宮は、そこで待っていたキーザから叱責を受けていた。


「ジェイカイザーといかいうマシーンの戦闘データを収集しろと言ったのに、手助けをするとはどういうことだ!」

「せやから何度も言うてるように、今日はパイロットが笠本はんやなかったんや。そのまま、どこの馬の骨ともしれん悪党にジェイカイザーがやられても訓馬はんが怒るやろ」

「それはそうかもしれないが、だからといってだな……」


「フン、くだらん」


 壁に寄りかかっていたグレイが低い声で吐き捨てた。

 内宮は見下すようなグレイの態度が気に入らず、グレイに食って掛かる。


「なんやグレイはん。うちに文句あるんか!」

「勘違いするな、お前じゃない。病気で寝込んだ挙句、女に代役を任せる笠本裕太に呆れているだけだ」

「そら、人間やから風邪くらいひくやろうし、銀川はんに代役させとるんはちごて、あいつが勝手に乗り込んだだけやろ」

「……やけに笠本裕太の肩を持つのだな、内宮千秋」

「なっ……!」


 自分でも気にしていることをグレイに指摘され、内宮は言葉を失った。

 裕太を庇いたいわけではない。

 ただ内宮は、友人でもあり何度も戦った裕太を悪く言われることに、なぜか抵抗を覚えているだけ。

 そう自分に言い聞かせていた。

 いつか必ず裕太とジェイカイザーにリベンジするから、と。


 グレイは黙り込む内宮を一瞥し、顔をキーザの方に向けた。


「次は俺が出る。必ずや〈ナイトメア〉の力で笠本裕太を血祭りにあげて見せよう」

「あ、ああ……三輪社長も期待していたぞ」

「あの男のためではない、俺の為だ。母の死も父の死も、俺が空腹を強いられるのもポストが赤いのもすべて……すべて、笠本裕太の存在の為だ!! だから、俺は奴を倒し、その息の根を止めてやる!」


「いや、ポストはどうでもええやろ……」


 静かにツッコミを入れる内宮の耳に、グゥ~という腹の虫が響き渡る。

 内宮はこぶしを震わせ、今までずっと言いたいことを率直に言った。


「あのなグレイはん! いつもいつもグーグー腹がうるさいんじゃボケェ! 予め食うとくとかせんかこのダボ!」

「わかってないな。この空腹こそ笠本裕太への恨みを忘れんための俺のかせだ。この音が鳴るたびに俺は奴への怒りを……!」

「……重症やな、こいつは」


 再び鳴り響く腹の虫には、さすがの内宮もこれ以上ツッコむ気は起きなかった。


─────────────────────────────────────────────────

登場マシン紹介No.15

【エレファン】

全高:8.8メートル

重量:10.2トン


 七菱製の土木作業用キャリーフレーム。

 キャリーフレームの中ではトップクラスの大型機であり、油圧シリンダーで動くパワフルな腕パーツが特徴。

 人で言う「手」にあたる部分は用途により付け替えることが可能で、ショベルカーのような掘削パーツやドリル、破砕用の鉄球などバリエーションは豊か。

 搭乗者を守るため、ボディは重装甲で覆われているが、メインセンサーが頭部のモノアイのみなので視界は悪い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る