第17話「アメリカから来た男」


 【1】


 突き刺すような暑い日差しが照りつける真っ昼間。

 まだケガが治りきっておらず額に包帯を巻いたままの裕太は、炎天下の中で頬から汗をにじませながら、私服姿のジュンナと一緒にある場所に向かっていた。


『暑いな……地球温暖化ってのは本当の話なのかもしれん』

「ジェイカイザー、お前携帯電話の中にいて暑さがわかるのかよ」

「ご主人様。ジェイカイザーの熱センサーは、携帯端末とは繋がっていなかったと思うのですが」

『おっと、そういえば私の本体は涼しい格納庫の中で修理中だった! マシーンジョークだと思ってくれ! ハッハッハ!』

「提言、ジョークとして成り立っていません。只々ただただご主人様の怒りを買っただけと予想します」

『ガーン!』

「元気なのは良いけど、少しは黙ってろジェイカイザー。……おっ」


 ジェイカイザーのつまらない冗談を流しながら歩いていると、遠くで手を振るエリィの姿が目に入る。

 涼し気な白いノースリーブのタンクトップの上に、薄手な水色のカーディガンを羽織ったおしゃれな格好のエリィは、綺麗な長い銀髪と合わせて良い意味で周囲から浮いていた。

 その隣には、とても金持ちの御曹司とは思えないラフな格好の進次郎が。


「裕太、遅かったじゃないか」

「すまん。包帯の巻き直しに手間取ってたんだよ」

「ジュンナはメイド服じゃないのねぇ」

「はいマスター。さすがにあの格好で外を出歩くほど私は愚かではありませんので」

「風邪ひいた主人を無視して修行に行った口が言うことかこのやろう」


 今日4人で集まった目的のひとつは〈ナイトメア〉との再戦を目指して、警察署で日々リハビリトレーニングに励む裕太のねぎらい。

 そしてもうひとつの目的、それは──。


「そろそろ、サツキちゃんの誕生日プレゼントを買いに向かうとするか」

『それにしても、サツキどのに誕生日の概念があったとは』

「綾香さんが金海さんから聞いたんだってぇ。なんでも、母なる存在から産み落とされた日……らしいわよ?」

「それで、俺たちで誕生日プレゼントを買うってわけだな。待てよ、金海さんって何を受け取ったら喜ぶんだ……?」


 思えば、サツキが何かを欲しがったりしている姿は見たことがなかった。

 誘われて服屋に行けば試着してはしゃいだりはするが、擬態でどうにでもなる性質上、実際に衣服を購入するわけではない。

 そもそも体の一部を切り離しで何でも生み出せるため、人間的な欲と言うものが無いのではなかろうか。

 裕太が答えの見えない謎に首を傾げていると、ジュンナがポツリと疑問をこぼした。


「サツキとは、以前私がガトリングで撃ち抜いた子ですよね。あの子は水金族であり、人間ではないということですが、いったい何歳なのでしょうか」

「今年で5歳らしい。……おい裕太、人をロリコン扱いするような視線を向けるんじゃない」『大丈夫だ進次郎どの! いわゆる合法ロリというものであろう! 私はわかっているぞ!』「おいクソロボット、何のフォローにもなっていないぞ」


 冷静にツッコミを入れる進次郎に苦笑しつつ、裕太たちはショッピング街を目指して足を踏み出した。


 実は誕生日パーティを開くことは、まだサツキに教えていない。

 なぜかというと、サプライズパーティにすれば驚きと喜びが相乗効果で思い出深くなるだろう……という進次郎の天才的発想が生まれたからだ。

 実際にそれで功を奏するかはさておき、現在サツキは綾香とともに学校に新設したオカルト部の部室で雑談という名の時間稼ぎを行っている。

 その間に、裏でプレゼントの購入や会場の設営などを行って、パーティの準備が完了したら綾香経由でサツキを会場に呼び込む、という流れだ。


 その肝心のプレゼントに悩んでいた裕太であったが、特に凝ったプレゼントは用意せず、値段高めのケーキでも買ってロウソクを5本立てておけば一番喜ぶのではなかろうか。と考えた。

 プレゼントの算段が決まった裕太は、財布の中身をチェックしながら進次郎たちとともにショッピング街へと足を踏み入れた。



 【2】


「でぇーい! ちくしょうめ!」


 プレゼントを購入するショッピングモールに向かう道の途中、道端で電柱に蹴りを入れている怪しい男が目に留まった。

 サツキのものとは違う感じの金髪をオールバックの髪型にし、レンズの大きい怪しげなサングラスとヨレヨレのジャケット身に着け、外見だけで周囲に威圧感を撒き散らしている。


「……何だ、あのオッサン?」

「状況から判断するに、向こうのパチンコ店でお金を浪費したと予想します」

「これだからギャンブルはするものではないな、全く」

「岸辺くんはギャンブルしなくてもお金持ちじゃないのよぉ。ねえ、怖いし早く通り過ぎましょうよぉ」

「それもそうだな。こっそりこっそり……」


 電柱に八つ当たりをする男の視界に入らないよう、裕太たちは足音を立てないようにそーっと彼の背後を進むことにした。

 ああいった荒れた大人に絡まれれば、ロクなことにならないのは目に見えている。

 見れば、周囲の通行人がこの金髪オールバックを見ながらヒソヒソ話していたり、電話をしていた。

 あの電話が通報だとすれば、今にパトカーが来てこの男をしょっぴいてくれるだろう。


 ──そう思っていた矢先だった。



 ※ ※ ※



 立ち上がるキャリーフレーム、揺れる道路、立ち上る煙、通りの向こうの銀行から続々と出て来る覆面の男たち。

 覆面たちはアタッシュケースを抱えて大型トラックの荷台に飛び乗り、別のトラックの荷台から降りてきた2機のキャリーフレームがその車両を守るようにして陣形を固める。

 ……どう見ても銀行強盗が奪った金を持って逃げ出すところだった。


「な、何が起こっている!?」

「あのキャリーフレーム、クレッセント社製の〈ガブリン〉よ! 旧型だけども汎用性の高い陸戦用の機体で……」

「銀川、冷静に説明している場合か! 来い、ジェイカイザー!」


 いつものように天高く携帯電話を掲げ、叫ぶ裕太。

 しかし声が虚しく響き渡るだけで、なにもおこらない。


「……って、しまったぁぁぁ! ジェイカイザー修理中だった!!」

『ハッハッハ! 裕太もドジな一面があるのだな!』

「笑ってる場合じゃないだろう!」

「ご主人様、ここは危険です。直ちに退避することをオススメします」


「──どうやらオレ様の出番のようだな」


 先程まで電柱に蹴りを入れていたオールバックが、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら裕太たちの前に躍り出た。

 と、同時に空の方からババババと耳障りな音が鳴り響きはじめる。

 音につられて上に目を向けると、緑色に輝く物体が大きなプロペラを回転させて浮いていた。


「何だありゃ、ヘリコプターか?」

「ご主人様、ヘリコプターの割には大きいように感じられますが」

「違うわ、あれはキャリーフレームよ!」


 裕太たちが空に浮かぶヘリコプターもどきを見上げている間に、その物体から降りてきたロープにオールバックが掴まり、巻き取られているのか男が上昇していく。


 オールバック男の姿が完全にヘリコプターの中へ入り見えなくなると、ヘリコプターが空中で形を変えながら高度を落とし、そして裕太たちの眼前に着地して道路を大きく揺らした。

 緑と白のカラーリングをし、右腕が巨大な砲身となっており、背部にはヘリコプター形態の時に回転していたプロペラが装備されているキャリーフレーム。


「間違いないわ。アメリカ陸軍の制式採用可変機〈ヘリオン〉よぉ! ヘリコプター形態とキャリーフレーム形態を瞬時に切り替えられて、右腕のレールガンが強力な機体なの! ……でもペインティングからして、あれは個人所有のものっぽいわねぇ」

「銀川、いつもの解説どうも。……ってか、あのオッサンも民間防衛許可証持ってるのか」


 突然、上空から現れた〈ヘリオン〉に対し、強盗の〈ガブリン〉が手に持った巨大なナイフ状の武器を振りかぶりながら接近する。

 しかしオールバックの男が乗った〈ヘリオン〉は一歩も動かず、その場で素早く右腕の巨大な砲身を〈ガブリン〉に向け、ドンと何かを叩くような重低音を響かせた。


 砲身から飛び出した、空気の塊のようなものが飛びかかってきていた〈ガブリン〉の胴体で弾ける。

 透明な弾丸の直撃を受けた〈ガブリン〉は跳ねるように宙に浮かび、そのまま後方へと道路を削りながら倒れ、動かなくなった。


「ヘッヘヘ! まずは1匹!」


 〈ヘリオン〉の中から聞こえるオールバックの声に、もう1機の〈ガブリン〉が恐れを現すように数歩後ずさりし、そのまま〈ヘリオン〉に背を向けて先に逃げたトラックの方へと駆け出した。

 と同時に〈ヘリオン〉がその場で跳び上がり、空中でヘリコプター形態に一瞬で変形をすると〈ガブリン〉の上を飛び越すようにして飛行する。

 そして今度はキャリーフレーム形態に変形し直し、〈ガブリン〉の行く手を遮るように着地して砲身を胴体に突きつけた。


「どこへ逃げようってぇんだ? あーん?」


 オールバックがそう言うと、巨大な砲身から今度は鉄塊が放たれ〈ガブリン〉が周囲に破片を飛び散らせながら宙を舞った。

 しかし、球状のコックピット部分だけは破壊を免れ空中で静止したまま浮かんでおり、抜け殻のように吹っ飛んだ外装が道路の上に崩れ落ちる。

 数秒がたち、浮いていたコックピットもまるで吊っていた糸が切れたように、道路に音を立てて落下した。


「い、今コックピットが浮かんでなかったか?」

「あれは搭乗者を守る時間停止防壁クロノスフィールドよぉ。コックピットに直接攻撃された時に発動して、あらゆる事象から操縦席を守ってくれる最新技術ね」

『時間停止……閃いた!』

「通報した」

『はうっ!』

「マスター。あらゆる攻撃から身を守れるということは、そのフィールドで全身を覆えば無敵なのではないでしょうか?」

「そうもいかないのよ。発動範囲は限られているし、無線とかも通じなくなっちゃうから外に干渉もできなくなっちゃうからねぇ」


 長々とエリィが時間停止防壁クロノスフィールドについて解説している間に、動かなくなった2機の〈ガブリン〉を前に立ちはだかった〈ヘリオン〉のコックピットから、件の金髪オールバックのサングラス男が顔を出した。


「さあてもう抵抗できねえぞ強盗野郎! ……おっ、ちょうど警察の連中も来たみたいだな」

 遠くから聞こえてきたパトカーのサイレン音に気づいたのか、オールバックは道路に降りて〈ガブリン〉に近寄った。

 そして数台のパトカーが次々と〈ガブリン〉の周辺に停車し、中からゾロゾロと警官が現れ、そして──


「容疑者発見! よし、確保ーっ!」

「「「おおーっ!」」」

「ちょ、待て! なんで俺に来るんだ! ぐわーっ!」


 ──大勢の警官に飛びかかられ、オールバックの手に手錠がかけられた。



 ※ ※ ※



「おー、やってるやってる」


 遅れて到着した1台のパトカーから、特濃トマトジュースを片手に大田原が降り、警官たちに連行されるオールバックを見て満足そうに頷いた。

 一部始終を見ていた裕太が大田原の肩をトントンと指でつつくと、「おお、いたのか坊主」と言いながら紙パックをズゾゾと鳴らして振り返る。


「大田原さん、なんであの人捕まっちゃったんです? 強盗のキャリーフレームを倒したのはあの人ですよ」

「……本当マジか? ここいらで電柱に蹴り入れてる怪しい男が出た、というのとキャリーフレーム使った銀行強盗が出た、という通報がほぼ同時刻にあってな。俺はキャリーフレーム絡みってんで顔出しに来たんだが」


 そう言っている内に強盗のキャリーフレームを倒した功労者を乗せたパトカーが、サイレンを鳴らしながら走り去っていく。

 もののついでのように、機能停止した〈ガブリン〉から引きずり出された強盗の一味が警官たちによって取り押さえられ、手錠をかけられパトカーで連行されていった。


「あっ、行っちゃった……」


 パトカーの群れが見えなくなってから、大田原はバツが悪そうな顔で携帯電話を手に取り、ディスプレイを指でつつき始めた。


「刑事課の連中は血の気が多いからな。警察の評判が下がっても困るし、一応一報入れとくか……。坊主どもも悪いが弁護のために来てやってくれないか?」

「え、まあいいですけど……」


 場の状況に流されるように、裕太たちは頷き合って大田原のパトカーに乗り込んだ。



 【3】


「えーと、カーティス・エイムズ 29歳。元アメリカ陸軍の〈ヘリオン〉パイロットで、1年前に退役して日本に転居……で合ってるか?」

「ああ、あってるよ。なんでオレ様が尋問されなきゃなんねーんだよ。せっかく悪党を叩きのめしたっていうのに…………」

「尋問じゃなくて、調書だって言ってるだろ? 俺がいなきゃあのまま留置所送りだったんだから感謝してほしいがねぇ」


 頭を掻く大田原の目の前で、取調とりしらべ室の椅子にふんぞり返り、露骨に不満そうな顔をするオールバックの男……もとい、カーティス・エイムズ。

 一方、裕太はその様子を隣の部屋から窓越しに眺めつつ、エリィと進次郎と一緒に富永の運んできた緑茶を喉に通していた。


「どうでありますか? お茶っ葉を1ランクいいものに変えたんでありますよ」

「なかなかの美味ですね。それはそうとコールタールはありませんか?」

「警察署にあるわけ無いでしょ」

「マスター、今のはマシーンジョークですよ」


 ジョークと言いながらも残念そうな顔をして緑茶をすするジュンナに、呆れた表情でジト目を送るエリィ。

 なぜかワイングラスのように、クルクルと湯呑みを優雅に手で回す進次郎の隣で裕太は富永にカーティスの処遇について尋ねた。


「あの男の人ですか? うーん、町中で騒いでいたから誤逮捕というわけでもないでありますからねぇ。けれども強盗一味の逮捕に貢献したという事実もあるでありますし……」

「天才の僕としてはあの男の経歴が知りたいがね。住所を見るに僕の家のある高級住宅地に豪邸を持っているそうだし」

「豪邸かぁ。きっと地下に射撃訓練場あるんだろうなあ」

「おい裕太。僕の家の異質な部分だけを豪邸の基準にするんじゃない」

「確かに、自前で〈ヘリオン〉なんていう高級機体持ってるんだし、相当なお金持ちなんでしょうねぇ」


 そう言ってエリィは部屋の窓を開けて身を乗り出す。

 裕太もその横に立って一緒に外を見ると、カーティスの乗っていた〈ヘリオン〉がヘリコプター形態で裏手の駐機場に置かれており、トマス率いる整備班が集まっていた。

 それが調査をしているのか、整備をしているのかはこの部屋からではわからない。


『あのキャリーフレームが放っていた空気の渦のようなものは一体何だったのであろうか?』

「多分、大型レールガン空気弾を発射するエアブラスターね。町中での損害を少なくするための兵装なんだけど、カスタム装備だから……あの〈ヘリオン〉、日本円で言うと200億はくだらないんじゃないかしら」

「200億って、ゼロがひとつふたつ……って数えたくもねえや。そんだけカネ持ってるってことは只者じゃねえってことかあのオッサン……」


 裕太は羨ましげに、そして恨めしげに取調とりしらべ室のカーティスに視線を戻した。


 【4】


「ったく、やっと終わったぜ。あの強盗の野郎ども、よくもオレ様をハメてくれやがったな……!」


 取調とりしらべ室から出てきたカーティスが、さ晴らしをするかのように乱暴にソファーへと座り込んだ。

 逮捕されかけたことに関しては、あの強盗団の罠にハメられたと思っているみたいで、勝手に怒り額に青筋を立てている。

 富永が「お茶であります」と湯呑みを差し出すと、カーティスは乱暴にそれをひっつかみ、そのまま一気に中身を飲み干した。


 進次郎とは違う、どう見ても金持ちに見えない粗暴な言動のカーティスに、裕太は少し興味が湧いた。


「……そこのガキンチョ。お前、ケガしてるのか?」


 ふと目があったカーティスが、裕太の額に巻いた包帯を指差して言った。

 自分が包帯をしていることをすっかり忘れていた裕太は、指さされた額を抑えて、改めて自分がケガをしていることを思い出す。


「ええと、数日前に埠頭でキャリーフレーム戦をして……」

「埠頭でキャリーフレーム戦だと? ってことはあの戦いでやられちまった珍妙なロボのパイロットはおめえだったのか」

「ちょっと待ってぇ。どうしてあの戦いのことをあなたが知ってるのかしら? ニュースにはなってなかったはずよ」


 この場に生まれた一番の疑問を、すぐさまエリィが尋ねる。

 しかし、カーティスはその質問に対し、当たり前だろといった態度で返答をした。


「実はあの場に俺もいたんだよ。〈ヘリオン〉で遊覧飛行してた通り道で、急にドンパチ始まったからな。それで近くの丘に降りてちと観戦をな」

「……見てたんだったら、笠本くんを助けてくれたらよかったのにぃ」

「そうもいかんだろ、タイマン勝負を邪魔してとばっちりを受けるなんてバカな真似はしたくねえからよ。ま、それよりも今はあの強盗の連中だ。婦警さんよ、強盗の行き先を知りゃあせんかね? ほれほれぇ」


 そう言いながら、まるで手慣れたようなスムーズな動きでカーティスの手が富永の尻をなぞるように這わせる。

 その瞬間に富永はビクンと一瞬ハネた後に背筋を伸ばし、顔を真っ赤にして怒り出した。


「うひゃあぁっ!? いっ……今し……おしり……!?」

「うーん。硬すぎず柔らかすぎず、素直でいて癖のない良い尻だ」

「私のお尻を冷静に批評しないでくださいであります!!」


 顎に手を当て尻の感触を批評するカーティスの頭を平手でバシバシと叩く富永。

 取調とりしらべ室から出てきた大田原が、二人の間に割り込むように現れてうんうんと大きく頷いた。


「カーティスさん、いい審美眼をしているな。俺も富永は光るものがあると思っていたのさ」

「大田原さん!!」

「冗談だよ富永。冗談だからその振り上げた灰皿を降ろしてくれ。それは死ねる」


 サスペンスドラマの犯行シーンに使われそうな巨大灰皿を持った富永を、冷静な表情ながらも押さえつける大田原の滑稽な姿に、裕太は思わず苦笑した。

 大人げない押し合いをしている内に、大田原が手に持っていたクリアファイルが手を離れてふわりと床に落ち、中に入っていた紙束が床に散らばった。

 カーティスは自分が巻いた種による騒動に目もくれず、紙束を拾い上げてテーブルに広げた。


「なになに、オレ様をハメた強盗の手がかりだって? どれどれ……」


 ソファーに座ってくつろいでいた裕太たちも、覗き込むようにテーブルの上の書類に注目する。

 数枚の書類の内、一枚を除いては強盗とのキャリーフレーム戦に関しての報告書。

 そして残る一枚は──


「【集合場所は〈ドゥワウフ〉の射撃場付近】……? これが捕まった強盗一味が持ってた情報か?」

「そ、そうでありますね! 彼らの持っていた携帯電話のメールに残されていた、文面であります! しかし、具体的な場所が不明であります!」


 未だに大田原と押し合いをしている富永から説明を受けて、顎に手を当ててウームと考え込み始めるカーティス。

 裕太も少し考えてみたが、答えが思い浮かばなかったのですぐに思考を放棄した。

 そんな態度が鼻についたのか、カーティスが眉間にシワを寄せながら威圧するように顔を近づける。


「おいこら、ガキンチョども。お前らも一緒に考えるんだよ」

「笠本くん、付き合う必要は無いわよぉ」

「そうですねご主人様。そもそもこの人の弁護は終わったのですから長居は無用では。本来の目的である誕生日プレゼントの購入に戻るのが得策かと」

「それもそうだな。それじゃあ後は──」


 立ち上がろうとした裕太は、カーティスが懐からスッと取り出して机の上に置いた物体に視線を奪われた。

 紙のおびでまとめられた、1万円札の束。

 その枚数はパット見でも10枚以上あるように見える。


「あーあ、手伝ってくれたらお小遣いをやろうと思ったんだがなあ」

「喜んで手伝わせていただきます!! さーてこの暗号は何を表してんだろうなぁー!」


 掠め取るように札束をつかみ、裕太がクルリと掌を返すと、帰る気満々だったエリィがその場でズッこけた。

 何事も金を持っている者には従うものである。

 裕太の態度を見てか、進次郎が呆れのこもったため息を大きく吐く。


「まったく、裕太は仕方がないな。ま、僕の天才的頭脳も暗号と強盗たちの顛末てんまつには興味があるから付き合ってやろうではないか。その代わり、その金であとで何かおごれよ、裕太」

「あたしにも奢って~! ブイメーの特大パフェでいいからぁ!」

「あ、ああ……それくらいなら良いよ。さて」


 割りとノリの良い進次郎とエリィの要求を快く快諾し、再び書類の暗号に望む裕太。

 ようやく灰皿を取り上げ、取り返そうとジャンプする富永をからかう大田原に裕太は思いついた回答をぶつけてみた。


「大田原さん。自衛隊の射撃演習場ってことはないですよね?」

「無いな。ここから距離がありすぎるし、そこに集合してからの経路も考えつかん」

「だよなぁ……」


 安直な回答を否定され、再び思考モードに戻る裕太。


 ……しかし、考えれば考えるほど、ますますその意味がわからなくなってくる。

 こういった暗号はだいたい、ヒントとなるキーワードや記号などがあるのが定石だ。

 だがそういうものもなく、短文で済まされたこの暗号は取っ掛かりとなる手がかりさえ見つからない。


 考えすぎて額の傷が痛くなってきた裕太はソファーの背もたれに思いっきり寄りかかり、そのまま頭を後ろに倒してやる気なく思考を放棄した。


「あーわからねー。おい進次郎、お前の天才的頭脳でパパっと答えを出してくれないか? ……ってお前、何の本を見てるんだ?」

「フ……闘争した強盗団が集合し、遠方への逃走を考えているのであれば封鎖されたら終わりな陸路を行き続けるとは思えんからな。地図帳でこの近くにある民間が利用できる飛行場、あるいは埠頭を調べているのだ」

「確かに、そう考えると空路か陸路ってことか。それで、どこに何があるんだ?」


 裕太の問いに答える代わりにソファーに地図帳を広げた進次郎は、携帯電話の地図と地図帳を見比べながら、チラシの裏紙にボールペンでスラスラと地名を書いていく。 

 少しして進次郎は「よし」と言って地図帳を机の上に置き直し、地名とその位置を指で指し示しながら説明を始めた。


「まず候補1つ目が、この前裕太が〈ナイトメア〉と戦った【代多よた埠頭】。ここはこの時期利用する人間が少なく、こっそり逃走用の船を着けるにはうってつけだ。それから少し東に位置する【目取めとる港】。この港は昼間こそ人で賑わっているが夜は人通りが少ない。隠れていれば夜の内に船で逃げることもできるだろう」


 ふたつ目の場所を説明した進次郎は、今度は地図の内陸の方へと指を滑らせ、説明を続ける。


「ここにあるのは雑布ざつふ飛行場。個人が利用できる小さな飛行場だから、空輸をするのならばここを使う可能性が高いだろう。最後は戸干とかん空港。国際便もある巨大な空港だが端の小さな滑走路は小型機やヘリコプターの発着場として貸し出されている……といったところだな」

「わぁ、すごぉい! さすがは岸辺くんね!」


 エリィに拍手されながら褒められ、フフンと得意気に鼻を鳴らす進次郎。

 裕太は頭のなかで進次郎が言った4つの地名を整理する。


  第1候補:代多よた埠頭

  第2候補:目取めとる

  第3候補:雑布ざつふ飛行場

  第4候補:戸干とかん空港


「……この4つの内のどれかってことか。どれが正解かは、先の暗号を解けばわかるってことだろうけどさ」 


 4択になったとはいえ、未だ実質手がかり無しの状況。

 〈ドゥワウフ〉の射撃場付近……というのはシンプル過ぎて、逆にその意図が分かりづらかった。

 いつの間にか謎解きグループに富永も加わって、みんなでウンウン唸りながら謎を解こうとする。

 なお、大田原は窓から外を見ながら、ボーッとした顔で特濃トマトジュースをズゾゾと飲んでおり、なぜかジュンナもその横でトマトジュースを吸っていた。


「……なあ銀川、〈ドゥワウフ〉って前に俺が戦った機体だよな?」

「ええ、そうねぇ。少し前までアメリカ陸軍の主力機体だったキャリーフレームで、全高8.1メートル、重さ12.3トン。ビームライフルとビームセイバーを主兵装とするシンプルで頑丈なクレッセント社製の軍用機よぉ」

「相変わらずすごいスラスラと知識が出てくるもんだな」


「──そうか、わかったぞ!」


 これが推理アニメだったら電流が走った演出が出そうなくらい、進次郎が目を見開いて立ち上がった。

 一人で答えを掴みニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる進次郎を、裕太は不満げに睨みつける。


「一人で納得してるんじゃねえよ、進次郎。……で、答えは何なんだ?」

「まあ待て裕太。まず、ドゥワウフの射撃場 ──これはドゥワウフの主兵装であるビームライフルを示しているんだ」


 推理小説の探偵気分なのか、ドヤ顔で解説しだす進次郎に不服ながらも視線を向けて黙って話を聞く裕太。

 エリィとカーティス、それから富永も食い入るように進次郎の説明に耳を傾ける。


「そして射撃場の近く。この【近く】というのは場所の遠近のことではなく音の聞こえる場所ということ。つまりこの暗号のキモはビームライフルと音だということが導ける」

「ってことは、ビームライフルの発射音が答えっていうこと?」

「そうなるな。さて、ビームライフルの発射音とは?」


 早く答えを言えばいいものを、何故かもったいぶる進次郎に不満を覚えつつも、裕太は馬鹿正直に付き合うことにした。


「そりゃあ……バキュンとか?」

「ドヒューンとも聞こえるわよぉ?」

「バンバン! でありますか?」


 三者三様に回答を述べるが、そのどれもが先の4択にかすりもしていない。

 半ば脳内で(その推理は違ってるんじゃないのか?)と裕太が思っていると、静かにカーティスが手のひらに拳をポンと打ち付けた。


「……なるほど、ZAPザップってことか!」

「ザップ?」


 唐突にカーティスが言った聞きなれない言葉に、裕太は疑問符を頭に浮かべた。


「近頃のガキンチョどもは知らねえだろうが、ZAPザップってのはアメリカンコミック、いわゆるアメコミのベタなビーム発射音として使われる擬音なんだよ。そうか、つまりドゥワウフっていう指定はアメリカの概念で考えろってことだったんだな!」


 その場で一人ガッツポーズをするカーティス。

 暗号の答えがZAPザップで正しいのであれば、該当する地名は一つだけだ。


「……つまり、雑布ざつふ飛行場が強盗の集合地点ってことか!」

「正解だ裕太。さあ、さっさと向かわないと強盗が高飛びしてしまうかもしれん」

「よっしゃ! 行くぜ!」


 力強い掛け声と共に、カーティスが部屋を飛び出した。

 ここまで来たら乗りかかった船だ、と裕太もつられてその背中を追いかける。

 外へと続く廊下を歩きながら、カーティスが裕太に声をかけた。


「おい待てガキンチョ。お前の機体はたしか修理中じゃなかったのか?」

「そ、そりゃあそうだけど……せめて付いていくだけでも」

「確かに俺の〈ヘリオン〉には人員運搬の機能もあるけどよ……」


「──坊主、お前の乗る機体ならあるぜ」


 背後から裕太の肩を叩く大田原。

 「それはどういう……」と裕太が言う前に、大田原はキャリーフレームの起動キーを投げ渡した。

 そのキーには、警察のシンボルマークである旭日章きょくじつしょうが刻まれている。

「大田原さん。このキーは……?」

「場所は3番格納庫だ。後は見ればわかる」


 伝えたい意図はわからなかったが、想いは理解できた裕太は、建物を出てからまっすぐ3番格納庫を目指して駆け出した。



 【5】


 3番格納庫を守る半開きになった扉を押し開け、中に入る裕太。

 内部は薄暗いが綺麗に整頓され、頻繁に人が出入りしていることが見て取れる。


 そして、裕太の眼前にそびえ立つ1機のキャリーフレーム〈クロドーベル〉。

 一人で調整をしていたのか、コックピットから降りてきた作業着姿のトマスが裕太を見て駆け寄った。


「トマスさん、こいつって……!」

「ああ。この〈クロドーベル〉は笠本由美江さんの……君のお母さんの乗っていた機体ですよ。いつか帰ってきたときのために、修理してずっと整備をし続けていたんです。いつでも使えますよ!」

「……ありがとう、トマスさん」

「お礼を言うなら大田原さんに言ってください。じゃあ、僕はこれで」


 格納庫から去っていくトマスの背中を見送り、裕太は母の〈クロドーベル〉へと乗り込んだ。


 起動キーを差し込み、エンジンを始動させる。

 操縦レバーを握り、神経を接続。

 ともるモニターに気持ちを高ぶらせ、ペダルを踏んで格納庫の外へと一歩いっぽ前進させる。


『むむむ、私がいないのに動くのは気味が悪いな』

「これが普通なんだよ、これが。そうかこれが……この景色が母さんが仕事で見ていた風景なのか」


 母の面影をパイロットシートに感じながら熱い思いがこみ上げた裕太は、モニター越しに陽の光を浴びた。

 その眩しさに一瞬目をくらませながらも、感傷に浸っていた裕太であったが、その気分はすぐに抜け落ちた。

 その原因は視界に入った奇妙な動きをするカーティスの姿である。


 ズボンのポケットを裏返し、着ていたジャケットでバサバサと虚空を扇ぐカーティスに、裕太はたまらず声をかけた。


「おいオッサン。人がせっかく身内の機体に乗って感動的な気分に浸っているのに何やってんだ?」

「起動キーが見つかんねぇんだよ!! あっれーどこやっちまったかなぁーアハハハハーー!!?」

 焦りの汗を吹き出しながら変な笑い声を上げるカーティスに、冷ややかな視線を送る裕太。

 放置して現場に向かいたい気持ちが湧くものの、〈ヘリオン〉の飛行能力に頼ろうと思っていたのでそれも出来ず、仕方なくその場で立ち止まる。

 挙句の果てにカーティスが肌着まで脱ごうとし始め、近くにいたエリィが顔を手で覆ったタイミングで、大田原が乾いた笑いを浮かべながら小走りで駆け寄った。


「悪い悪いカーティスさんよ。預かっていた鍵を返しそびれてた」

「あーよかった~……じゃねえ! まったく、しっかりしてくれよなポリスさんよぉ……」


 脱ぎかけてたシャツを着直し、ジャケットを羽織ったカーティスは奪い取るようにキーを受け取ると、そのまま〈ヘリオン〉のコックピットに乗り込んだ。

 そして、まるで当たり前のようにその後に続いて乗り込もうとするエリィ。


「おい嬢ちゃん! なんでお前たちまでついてくるんだよ、降りろ!」

「ケチねぇ。あたしは笠本くんのサポーターよ! 敵のキャリーフレームについて助言をしてあげないと!」

「銀川、そう言ってお前〈ヘリオン〉に乗ってみたいだけじゃないのか?」


 裕太に指摘され、露骨に目を泳がせて視線をそらすエリィ。

 カーティスも呆れ顔をしながらも降ろすのが面倒くさいと思ったのか、入り込んだエリィを追い出そうとせずにパイロットーシートに座り込んだ。

 そしてコックピットハッチが閉じると、〈ヘリオン〉のプロペラ・メインローターが回転を始め、〈クロドーベル〉の頭頂部くらいの高さまで浮かび上がった。

 と同時にカーティスからの通信が入り、粗暴で太い声がコックピットに響き渡る。


「ガキンチョ。〈ヘリオン〉の底に取っ手が見えるだろ。そいつに捕まりな、目的地まで輸送してやるよ」

「わかった。この取っ手だな? ……手で掴むだけってすっげえ不安なんだが、指が折れたりしないか?」

「心配するな。こいつはローターと重力制御で飛行するキャリーフレームだからな。効果範囲内にいる間は大丈夫だ」


 説明を聞いても不安が拭えないものの、裕太はカーティスを信じて操縦レバーをグッと倒し、〈クロドーベル〉に取っ手を掴ませた。

 そして〈ヘリオン〉が上昇すると、〈クロドーベル〉の足が大地を離れぶら下がる形で浮かび上がる。


「ご主人様、ご無事で」

「ああジュンナ、行ってくる!」


 眼下で手を振るジュンナに、笑顔で返す裕太。

 純なの隣に立っていた進次郎も、飛び立つ裕太に声を送る。


「そうだ裕太、大田原さんから伝言だ。その機体、壊したら弁償だとさ」

「あのなあ進次郎、そういうのはやりづらくなるから後で……ってもう聞こえてないか」


 地面が遥か下になった辺りで、裕太は視線を前方に戻した。



 【6】


 足元を街が走り、草原が走り、高速道路の高架が通り過ぎていく。

 重力制御がされているとはいえ、腕ひとつで〈クロドーベル〉の全体重を支えているという心細さを気にしつつ、なるべく前方に意識を集中させる。

 ふと、空を飛んでまっすぐに目的地に向かうという今の状況に、裕太はジェイカイザーと出会ったあの日を思い出していた。


 思えば、あの日から裕太の生活は変わったものだ。

 キャリーフレームに乗るのを止めていた退屈な生活から、ジェイカイザーに乗って悪党を倒し収入を得る生活への変化。

 大田原と再会し、サツキやジュンナ達との新しい出会い。

 そして、母を傷つけた憎きキャリーフレーム、〈ナイトメア〉との最悪の再会。


 裕太の心の障害となっている〈ナイトメア〉を倒せば、内に眠る鬱屈とした気持ちが消えるのだろうか。

 もしかしたら、眠り続ける母が目覚めるかもしれない。

 そんな淡い期待を懐きながら、裕太は操縦レバーを握る手に力を入れた。


 ──今は、強盗との戦いに集中しないと。


「ビビってんのか、ガキンチョ?」


 強盗との戦いを前にし少し緊張していた裕太に、カーティスが小馬鹿にしたような声で通信を送ってきた。


「ガキンチョガキンチョ言うなよ。俺には笠本裕太って名前があるんだから」

「悪いが人の名前を覚えるのが苦手なんでね。戦いを前にして緊張するのは構わんが、俺の足を引っ張ることだけはするんじゃねえぞ」

「へっ、そっちこそ銀川を傷つけたら許さねえからな」

「オレ様にとっちゃ良いハンデだぜ。この嬢ちゃん程度守ってやらあ(ブッ)」


 通信越しに小さく鳴った、短く汚い音。


「今の音って……」

「……すまん嬢ちゃん、屁をこいた」

「いやぁん!! すごく臭ぁい! ちょっとオジサン換気して、換気!」

「そもそもお前が勝手に乗り込まなきゃ良かっだだけの話だろうが! 少しくらい我慢しろぉ!」


 泣き叫ぶエリィの声を聞いて苦笑いする裕太。

 さっきチラッと〈ヘリオン〉の構造を見た感じだと、操縦席のすぐ後ろに人員運搬スペースがあり、エリィはそこに座っていたのだろう。

 つまり、位置的にカーティスの尻から放たれたメタンガスを直撃したことになる。



 裕太がエリィに同情しつつ、心の中でエンガチョをしていると、斜め下前方に飛行場のようなものが見えてきた。


「ガキンチョ。もうそろそろ飛行場だぞ」

「こっちでも確認した。高度を下げてくれ」

「よし! 嬢ちゃんはシートベルトをしっかり締めときな!」

「え、ええ!」


 足元に広がる飛行場の滑走路めがけて〈ヘリオン〉が徐々に降りていく。

 眼下には強盗が逃げた時に乗っていたトラックと、12機ほどの〈ガブリン〉の影。


「……オッサン、ただの強盗にしてはやけに多くないか?」

「報告書読んでなかったのか? 愛国社が裏で絡んでいるんだとよ。まったく、はた迷惑な連中だぜ! 行くぞガキンチョ!」

「おう!」


 着地可能な高度になったことを確認し、裕太は取っ手を掴んだ手を離して一気に降下した。


 ※ ※ ※



 裕太は操縦レバーを押し倒し、落下しながら腰部に備え付けられたリボルバーガンを〈クロドーベル〉の手に取らせ、狙いを定めて発射する。

 しかし放たれた弾丸は落下の慣性もあって、狙った場所には着弾せずに飛行場のコンクリートに穴を開けるだけだった。


「……ダメだ、火器管制ないと当たりゃしねえ」

『まったく、日頃から私をないがしろにするからこうなるのだ!』

「うるせえ。射撃がダメなら!」


 滑走路の上に着地すると同時に、裕太は使い慣れた電磁警棒を抜く。

 突然空から降ってきた警察のキャリーフレームに強盗の〈ガブリン〉が狼狽えてライフルを構えようとしている隙に、近くに立っていた1機に飛びかかった。


「……すげえ。めっちゃ操縦が軽い! やっぱジェイカイザー、お前のパーツ古すぎたんだよ」

『なんだと! たかだか20年の違いではないか!』

「それが大事おおごとだって言ってんだろうが、よ!」


 ライフルの発射体制に入った〈ガブリン〉に、先程仕留めた機体を盾にしつつ接近する。

 連中の使う〈ガブリン〉がコックピットを保護する時間停止防壁ストッピングフィールドを装備していることはわかっているので、多少乱暴に扱っても搭乗員に危険はない。

 裕太の背後から襲いかかろうとしてきた敵機に、盾にしていた機体を投げつけつつ警棒で正面の1機を機能停止させた。


『裕太、右だ!』

「くっ!!」


 ジェイカイザーに言われて右を見ると、キャリーフレーム用のナイフを手にした〈ガブリン〉が今まさに斬りかかろうとしていた。

 しかし、そのナイフが振り下ろされることはなく、上空から放たれた空気の塊が直撃したことによって周囲の数機を巻き込みながら吹っ飛んでいく。


「オッサン、ナイス!」

「ガキンチョもやるじゃねえか!」


 地上に降り立った〈ヘリオン〉が接近してくる〈ガブリン〉を巨大な砲身で横薙ぎに殴りとけて弾き飛ばし、倒れたところにレールガンをぶっ放しとどめを刺す。

 裕太も負けじと、次々とナイフを手に持ち斬りかかってくる連中を警棒でいなし、1機ずつ機能停止させていく。


 数だけで見れば圧倒的に振りな状態から、不意打ちという状況と各人の操縦技能で覆した裕太とカーティス。

 あっという間に強盗団のキャリーフレームを全滅させた裕太は、最後の〈ガブリン〉の首元から警棒を引き抜いた。


「これで最後か……」

『裕太! 飛行機が飛び立とうとしているぞ!』

「何っ!」


 レーダーを元に滑走路の方を見ると、既に小さなセスナ機が走り出しているところだった。

 裕太が追いかけようとペダルを踏もうとしたが、それよりも早くカーティスの〈ヘリオン〉がヘリコプター携帯に変形してそのセスナ機を空中から追う。

 翼に揚力を得て地上から離れるセスナ機。

 次の瞬間、その小さな機体はキャリーフレーム形態へと変形した〈ヘリオン〉に掴まれその翼をへし折られていた。


「ったく、どさくさ紛れで逃げ出そうったあふてえやつだぜ!」


 カーティスが〈ヘリオン〉の指でセスナ機のドアを強引に開けると、操縦していた強盗の一人と現金が入ったアタッシュケースがゴロゴロと滑走路に落ちた。



 【7】


「「「誕生日おめでとー!」」」


 電気を消した部屋の中で、サツキがケーキに立っていた5本のロウソクの火を吹き消すと、裕太たちは拍手で祝いの言葉を送った。

 進次郎がスイッチを入れて明かりをつけるとともに、ジュンナが均等にまん丸なケーキを人数分に切り分けていく。


「誕生日というのがよくわかりませんが、祝っていただいてありがとうございます!」


 珍しく照れた表情を浮かべながらも、嬉しそうににっこりと微笑むサツキ。

 そんな彼女に、綾香が真っ先に包装されたプレゼントを手渡した。


「はい、サツキさん! これは私からのプレゼントよ!」

「わぁー! ありがとうございます! 中身は何でしょうか?」


 丁寧にサツキがリボンをほどき、包装紙を開いていくと、一冊の本が顔を出した。

 テーブルに戻ってきた進次郎が「どれどれ」とその表紙を覗き込む。


「……本当にあった都市伝説100選? えらく胡散臭い本だな」

「そんなことはないわ! この本にある都市伝説はどれも信憑性が高くて……」

「はいはい、綾香さんよかったわねぇ~! あたしのプレゼントは、ネックレスよ!」


 エリィがおもむろに取り出したネックレスを、サツキの首にかける。

 そして手鏡を取り出し、本人に着けた姿を見せた。


「ほら、金海さんすごく似合ってるわよぉ!」

「本当ですね! ありがとうございますエリィさん! 大切にします!」


 無邪気に喜ぶサツキに、申し訳ない気持ちになる裕太。

 なにせ裕太のプレゼントはこのケーキなうえ、このケーキを買ったお金もカーティスから貰った「お小遣い」だったからだ。

 せめて自分で買えばよかったなと思っていたが、ケーキを美味しそうに頬張るサツキの顔を見ると、その罪悪感もすぐに消えていった。




「──って、何でオレ様の家でパーティやってんだお前らはよぉ~~!!」


 激しい音とともに扉を開ける家主、もといカーティスが手をワナワナとさせながら大声で叫ぶ。


「何で、って言ったって……オッサンがいつでも遊びに来ていいって言ったんじゃないか」

「いや、そりゃあ言ったがよ。こんな大人数来るとは考えてなかったぞ。あ、このケーキ美味いな」


 文句を垂れながらも、ジュンナに手渡されたケーキを頬張るカーティス。



 そもそも、カーティスとこういう仲になったのは雑布ざつふ飛行場からの帰り道に遡る。


 ※ ※ ※



「それにしてもガキンチョ。お前すごく強いじゃねえか! 学生にしておくにはもったいないぜ」


 強盗団から盗まれた金を取り返した帰り道。

 往きのときと同様にヘリコプター形態の〈ヘリオン〉の取っ手に捕まる形でぶら下がっていた裕太は、唐突にカーティスから褒められてキョトンとした。


「いきなりどうしたんだオッサン。褒めても金は出せないぞ」

「違う違う! オレ様はな、以前から考えていた計画があるんだよ」

「計画?」

「ああ。民間防衛許可証を持ってる連中はそこそこ数がいるが、今のところ全員バラバラだ。そこで、さっきみたいに力を合わせればどんな事件が相手でも負けねえんじゃねえかとな」


 カーティスの言うことに、裕太は一理あるなと感じた。

 これまでは相手となる犯罪者が1機だけだったために対応できていたが、今後は今日みたいに集団で襲い掛かってくるケースもあるだろう。

 大田原たち警察の到着を待ってもいいが、彼らは出動までに手続きがあるのと陸路なためにどうしても時間がかかってしまう。

 カーティスならば、空を飛べる〈ヘリオン〉で駆けつけられるためいざという時にも頼りになりそうだ。


「つまり、オッサンは傭兵団めいたのを作りたいってことか」

「いろいろと語弊があるが、まあそうなるな。どうだ、この話乗らねえか?」

「……乗っても良いんだが、銀川はどう思う? おーい銀川?」

「は~い……」


 戦闘が始まってからずっと静かなエリィに裕太が声をかけると、落ち込んだような声が帰ってきた。


「銀川、どうした? 怖かったのか?」

「違うのよぉ。あたし、無理言ってついてきたのに特に力になれかったから落ち込んでるのよぉ……。このオヤジさんのオナラを浴びるために乗ったみたいだと思うと、やりきれなくってやりきれなくって」

「ああ……」


 確かに、強盗達が乗っていたのは既知の〈ガブリン〉だけで改造機もなし。

 真新しい機体は専門外のセスナ機だったため、エリィの役割は何もなかった。


「それはさておき……」

「さておきじゃないわよぉ! うら若き乙女が屁を浴びるために同行したなんて、人生の汚点よぉ!」

「ほら、後でパフェ奢ってやるから機嫌直せよ」

「ほんと!? で、何の話だったっけ?」


 あまりの変わり身の速さにコックピットの中で前にずり落ちる裕太。


「オッサンが仲間にならないかって誘ってんだよ」

「いいんじゃない? そうしたらあたしも戦力の一人だし!」

「ほう、嬢ちゃんも許可証持ちか。こりゃあいいや。よし、これからはオレ様の家を拠点として自由に使ってもいいぞ! 豪邸を建てたは良いが、部屋が余りまくっててな。ハッハッハ!」



 ※ ※ ※


「──って言ってたじゃねーかオッサン」

「確かに言った、言ったがぐぬぬ……! もう知らん! ちゃんと片付けろよ!」

「「「はーい」」」


 言葉に詰まったカーティスは、やりきれない気持ちをごまかすように音を立てて扉を閉めて去っていった。



 ……その後、一晩中パーティで騒ぎ通した裕太たちにカーティスが怒るのはまた別の話。



 ……続く


─────────────────────────────────────────────────

登場マシン紹介No.17

【ヘリオン】

全高:8.3メートル

重量:7.0トン


 アメリカのビッグハード社製キャリーフレーム。

 近年、アメリカが制式採用したキャリーフレームは可変機ばかりであり、このヘリオンもその例に漏れずヘリコプター形態とキャリーフレーム形態を使い分けることのできる機体となっている。

 機械の手マニュピレーターとしての機能を廃した右腕の巨大なレールガンが特徴で、対キャリーフレームとして非常に高い威力を発揮する。

 カーティス機は更にオプション機能としてこのレールガンにエアブラスター機能を搭載しており、流れ弾が危険な状況では空気弾で攻撃することが可能。

 他の武装としては頭部の機関砲や脚部に搭載されたミサイルランチャーが存在する。

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