第3章「灰色の悪夢 ナイトメア!」

第14話「メイド・イン・パニック」

 【1】


 赤紫色の鋭い手刀がジェイカイザーの右腕を切り落とした。

 胴体から離れた腕は重力に引かれ、ドスンと大きな音を立てて辺りに砂埃を巻き上げる。


 正面に見えるのは、右目の部分に大きな傷を負ったキャリーフレーム〈ナイトメア〉。

 その〈ナイトメア〉がガトリング砲を取り出し、コックピット越しに裕太を狙った。


「動け、動け、うごけ!! 何で動かないんだよ、ジェイカイザー!!」


 裕太は必死にレバーを押し引きするが、まるで電源が落ちてしまったかのようにジェイカイザーは動かず、返事もない。

 そうこうしている内に、裕太の方へと向けられたガトリング砲が回転しだし、ギュィィンという耳障りなモーター音を轟かせる。


 ──撃たれる。殺される。


 死の恐怖に声さえも出なくなった裕太は、音にならない声を上げ、無意識の内に自分の目を腕で覆った。



 ※ ※ ※



「うわああっ!!?」


 悲鳴を上げながらベッドから起き上がる裕太。

 びっしょりと汗塗れになった自分の手を見て、先程までの光景が夢であったことを認識する。


 ひどくリアリティのある悪夢だった。

 自分を狙うガトリング砲の駆動音が、まだ耳の中で反響しいているような気さえしてくる。


 ……いや。


 裕太のすぐ横から、その音は確かに聞こえてきていた。

 恐る恐る音のする方に裕太が顔を向けると、そこにはギュンギュンと回転する腕のガトリング砲を裕太に構えた、メイド服姿のジュンナが立っていた。


「おはようございます、ご主人様」


 カーテンを締め切った薄暗い部屋の中で、ジュンナは砲身を向けたまま無表情でそう言った。



 【2】


「それでよ銀川、あいつなんて言ったと思う? 起こすときは音を立てると良いとジェイカイザーから聞いたので、私の機能を最大限に生かした方法を取りました……だってよ」

「そりゃあ、災難だったわねぇ。笠本くん」


 悪夢から覚めた後の裕太は、やつれた顔のまま登校し、遅刻ギリギリになりながらも教室に到着した。

 そして上の空のまま午前中の授業を乗り切り、訪れた昼休みになってやっとエリィに今朝のことを愚痴るタイミングを得られたのだった。


「それにしても、ジュンナって今、メイド服を着てるのねぇ」

「ジェイカイザーが俺の金で勝手に通販したんだよ」

『良いではないかメイドロボ! 男のロマンのひとつであろう!』

「……家事をちゃんとやってくれて、優しくお世話してくれるなら文句はなかったけどよ」


 修学旅行から帰った後、裕太はジュンナを自分の家に住まわせることにした。

 裕太の家はもともと家族三人で暮らしていたのだが、母は入院中、父は宇宙出張で家を開けているため、部屋を持て余している。

 なので一室を彼女の寝室とし、共同生活を送ることになったのであるが……。


「そもそも、朝くらい一人で起きられるっていうのに。何でジュンナは俺を起こしに来たんだ?」

『彼女が自分の役目、存在意義を探しているようなので、私が提案したのだ!』

「おまえが元凶かこのクソロボット! また例のアレ動画の刑に処すぞ!!」

『はうっ!!! それだけは止めてくれ裕太!!』

「こらこら、ケンカしないのぉ」


 エリィになだめられ、冷静さを取り戻す裕太。

 自分からジュンナの主人になると言った以上、面倒を見なければならないのはわかっている。

 しかし、このまま戦う以外の生活能力もなく置いておくというのも彼女のためにならないだろう。

 少なくともジェイカイザーの話が本当なら、ジュンナは日常の中で役に立ちたいという気持ちも強いように思える。

 何かしら手を打たなきゃいかないよなあ……と、裕太は中庭のベンチの上で額に手を当て考え込んだ。



「……ちょっと、岡野さん。弁当を届けに来ただけだろう? 知り合いに見つからない内に早く家に戻って欲しいのだが」


 不意に、裏門の方から進次郎の声が聞こえてきた。

 気になった裕太は弁当のフタを閉じ、エリィと一緒に校舎の陰に隠れながら進次郎のいる場所を覗き込む。

 そこには進次郎と、スカートの長いメイド服を来た20代くらいの女性が口論していた。


「ですが進次郎お坊ちゃま。私とて岸辺家に長年仕える身。お坊ちゃまの通う学校というものを少し拝見したいのです」

「いやいやいや、友人に見つかると厄介だから、早く帰って──」

「見~~た~~ぞ~~!」

「うひゃぁっ!?」


 背後から裕太におどろおどろしい低い声で話しかけられ、裏返った声を出しながら飛び上がる進次郎。

 そんなお坊ちゃんの姿など意に介さず、メイドさんは裕太たちに対して「こんにちは」と言いながら丁寧なお辞儀をした。


「えっとぉ、あなたはどなた?」

「進次郎お坊ちゃまのご友人様でございますね? 私は岡野、岸辺家の使用人でございます」

「これはどうもご丁寧に……って、進次郎お坊ちゃま? もしかしてこいつ、偉い家の生まれだったりするのか?」

「お坊ちゃまから聞いていないのですか? 進次郎お坊ちゃまのお父様……つまり旦那様はコズミック社の社長様ですよ?」

「……なんだって?」

「だから、進次郎お坊ちゃまはコズミック社の御曹司おんぞうしですってば」


 その時、裕太の時が止まった。


 コズミック社──それはスペースコロニーの建造を一手に担う日本有数の巨大企業。

 20年前の半年戦争後、あまたのヘルヴァニア人を住まわせるためのコロニーを大量に建造し、今となっては宇宙の大地主とも呼ばれている。


 あの進次郎が、その大会社の御曹司。

 確かに、進次郎は自分の家族について話したがらなかったので妙だなとは思っていた。

 しかしそれは、家族仲が悪いだとか、親戚に問題のある人間がいるとか、そういう複雑な事情があるんだろうなと勝手に思っていたので、あまり触れようとはしなかった。

 まさか実家が超金持ちだと隠すためだとは、露とも思ってなかった。

 確かに、なぜか高級なホバーボードを持ってたり、維持費のかかる二脚バイクを所有してたり、宇宙海賊にサッと料金を支払ったりとそれらしい


「おい進次郎。おまえ何で金持ちだってこよ黙ってたんだよ」

「そりゃあ裕太。お前がそんなことを知れば、僕に金をせびりかねないと思ってな」

「……おまえなあ、俺を何だと思ってるんだ」

「ハッハッハ、冗談だよ。真に受けるな」


 笑ってごまかす進次郎に対し、本音だろうと察する裕太。

 そんな中、エリィがクイクイっと裕太の服の袖を指で引っ張ってきた。


「ねえ笠本くん。あたし良いこと思いついたんだけど……笠本くん?」

「あ、ああ? ああ。何だ銀川?」

「ほら、笠本くんはジュンナをメイドさんにしたいのよね?」

「そうしたいのはジェイカイザーだけどな」

「だったら本物のメイドさんに訓練してもらえればいいのよぉ!」


 なるほど確かに、と裕太は一瞬思ってしまった。

 実際はその本物のメイドさんもとい岡野さんが了承してくれるかとか、進次郎がどう思うかとか、なによりジュンナの意志がどうなのか、必要な手順はいっぱいあった。


 しかし──


「メイドのお勉強? いいですよ」


「僕の家で? まぁ、バレてしまったしいいか」


「わかりましたご主人様。私はご主人様の所有物なので、反対はいたしませんよ」


 ──関係各者の二つ返事により、トントン拍子にメイド特訓の計画は進んでいくのだった。



 【3】


 その日の夕方。

 学校を終えた裕太とエリィは、ジュンナを連れて進次郎の家までの道のりを歩いていた。

 泊まり込みでの特訓のために、全員一泊分の着替えを持参している。


『羨ましいぞ裕太。両手に花じゃないか』

「うるせぇ」

「それにしても、岸辺くんのお家って初めて行くわねぇ」

「銀川含め、俺んにはしょっちゅう遊びに来てたくせにな。……どうした、ジュンナ?」


 先程から黙って横をついてきているだけの、メイド服姿のジュンナに振り返りながら裕太が尋ねる。

 すると、ジュンナはショルダーバッグの中から大きめの水筒を取り出し、ふたりに見せつけるようにずいっと掲げた。


「このような場合、お土産を持っていくといいと聞いたので持ってきたのです。けれど、気に入ってもらえるでしょうか。このコールタール」

「……どっから仕入れたか知らんが、100%ありがたがられないから心配しなくていいぞ」

「そうですか……。では一服」


 そう言って、水筒の中身をゴクゴクと飲み始めるジュンナ。

 機械である彼女の動力は謎だが、有機物を分解してエネルギーにしているらしく普段は人間と同じ食事でエネルギーを補給している。

 しかし、このコールタール趣味はエネルギー補給とは関係ない行為のようで、数日前からタール特有の刺激臭に裕太は悩まされている。

 できれば控えてもらいたいのだが、ヘタに嗜好品を禁止して自爆されても厄介なのでやむなく許可しているのが現状だ。


『いよっ、いい飲みっぷり!』

「宴会のおっさんかお前は。だいたい、お前がはやし立てるからジュンナが調子に乗っているんじゃないのか?」

「ご心配なく、ご主人様。私はジェイカイザーのことなど眼中にありませんので」

『はうっ!?』


 ジュンナから辛辣な扱いを受けたジェイカイザーが勝手に落ち込んでいる間に、裕太は大通りを挟んだ反対側の歩道に人だかりができていることに気づいた。

 足を止め、ガードレールに足をかけながら向こう側を遠目にのぞき見てみる。

 群衆でほとんど隠れていて見えなかったが、キャリーフレームのような大型の機械の上で、男がメガホンを片手に何かを叫んでいた。


「どうしたの、笠本くん?」

「いや。向こうにキャリーフレームっぽいのがあってな。その上で誰かが叫んでるみたいだ」

「キャリーフレーム? 見たところあの形状から……あれはJIO社製の山岳調査用機体〈バルバロ〉ねぇ」

「……相変わらずよく分かるな。てっぺんしか見えてないじゃないか」

『あの男が何を話しているのか私が集音してみよう!』

「……毎回思うがお前、俺の携帯に機能を勝手に追加しすぎだろ」


 そうツッコミを入れながらも、裕太はジェイカイザーの入っている携帯電話をくだんの方向へと向けた。

 すると、ガヤガヤという観衆のざわめきまじりながらも、キャリーフレームの上に立っている男の声がにわかに聞こえてきた。


「諸君! この星におけるヘルヴァニア人の人口は増加の一途を辿っている! このままではやがて、地球そのものがヘルヴァニア人に支配されてしまう! 我々はその流れに一石を投じるべく──」


 そこまで聞いて、裕太はさっと携帯電話で大田原にメールを送り、そのままポケットにしまった。

 そして、首を傾げてハテナマークを浮かべるエリィの腕を掴み、引っ張るようにしてその場を去る。


「ちょっとぉ、笠本くん。何だったの?」

「愛国社の街頭デモだった。一応、大田原さんに連絡は入れたけど、銀川が見つかったら面倒なことになるし、さっさと進次郎の家に行くぞ」

「かしこまりました、ご主人様」



 【4】


「……ここが、進次郎の家?」


 塀に埋め込まれた「岸辺」の表札。

 何の変哲のない格子状の門。

 特に浮いている訳ではない2階建ての一軒家。


 想像していたものよりも、もっと平凡で、もっと地味な家屋がそこにあった。


「やあ諸君。よく来てくれたね」


 至って普通の玄関の扉を開けて、進次郎が姿を現した。

 その背後には笑顔で手を振るサツキの姿もあり、彼女の頭には猫の顔をした黄色い生き物が鎮座している。


「よお、進次郎。俺はてっきりお前の家は金ピカの家かと思ってたぞ」

「あのな裕太。そういうのは成金のやることだからな」

「ほんとよねぇ。学校の敷地くらい大きい庭とかあると思ってたわぁ」

「だから、それは成金の家だって。……よほど貴様らの金持ち観は歪んでいると見えるな。まあいい、あがってくれたまえ」

「「「おじゃましまーす」」」



 ※ ※ ※



 外見に見合ったごく普通の居間。

 エリィ達とカーペットの上に置かれた四角いちゃぶ台を囲みながら、裕太は湯飲みに入った緑茶で喉を潤す。


「ぷはーっ。うめぇお茶だ、もう一杯」

「おい裕太、貴様何をしにここへ来たか忘れているのではあるまいな?」

「ああそうだったそうだった。えっと、岡野さんだっけ? あのメイドさんはどこに?」


 キョロキョロと裕太が辺りを見回すと、階段を降りる小気味良い足音が聞こえ、扉を開けてメイド服姿の岡野が姿を現し、一礼した。


「ようこそいらっしゃいました、ご友人様」

「お邪魔してます、岡野さん。ほら、ジュンナも挨拶あいさつ」


 裕太に促され、渋々といったふうにジュンナが軽く会釈をした。

 と同時に、岡野の目がキッと鋭くなり、どこからか取り出したハリセンでジュンナの頭をスパーンとはたいた。


「!?」

「何ですかその表情は! それにお辞儀の角度が浅い! これから教えを乞う身であるのなら、45度以上の最敬礼をするものです!!」

「あ……は、はい!」

「返事が甘い! もっと真剣になるのです!」

「はい!」


 突然豹変した岡野の態度と、彼女につられて素直な返事をするジュンナ。

 メイド服に身を包んだふたりの、あまりの変わりように目を白黒させる裕太とエリィ。

 ちゃぶ台の側で横になっていたサツキがムクリと起き上がってニコニコした顔で口を開く。


「岡野さん、教え子ができるって言って張り切ってたんですよ~」

「まあ、今まで最若年としてしごかれる立場にいたからな。天才の僕としても、岡野さんがああなる気持ちはわからなくはない」


 サツキと進次郎が冷静な分析をしている間に、岡野はジュンナの手を引っ張って庭の方へと向かっていった。

 一瞬追おうかとも考えた裕太だったが、このまま放っておいた方が良いのではとも思い、ちゃぶ台に向き直って湯呑みの中身を飲み干した。



 【5】


「進次郎。お前がやけに拳銃の扱いうまいなとは思っていたが、その理由はこれか」


 岡野とジュンナが庭に消えてから数十分後、退屈だろうからと進次郎に誘われた裕太は、地下室に降りてそうこぼした。

 階段を下りた先に広がっていたのは、遠くに黒塗りの人型ターゲットの板が立っている射撃訓練場。

 端の倉庫のようになっている場所には本物だろうか、拳銃や突撃銃が映画に出てくる武器庫のように飾られている。


「金持ちらしくない家だと思ったが、らしい部屋があるじゃないか」

「僕の趣味ではない。海外で親父に叩き込まれた……というわけでもないが、身が身ゆえに自衛手段はひとつでも多く持っておいたほうがいいと、いって聞かなくてな」


 そう言って進次郎は壁にかかっていた黒光りする拳銃を手に取り、両手で構えてターゲットに向けて引き金を引いた。

 乾いた発砲音が響くと同時に、人型の板の中心に小さな穴が開く。


「キャリーフレームの操縦はパイロットの生身での経験がものをいうらしいな。少しはやってみたらどうだ?」

「……確かに、射撃はジェイカイザーの照準補正に頼り切りだけどよ」


 進次郎から拳銃を受け取り、ターゲットに向けて構える裕太。

 震える手を抑えながら、慎重に引き金を引いて拳銃を唸らせると、ターゲットから少し離れた壁に弾痕が浮かび上がった。


 続けてもう3発発射したものの、そのうちターゲットに当たったのはひとつ。

 しかも端にかするようにしか当たっていなかった。


「すげぇ下手だな、才能が無い」

「うるせー、今に見ていろよ! すぐにモノにしてやる!」


 進次郎にバカにされて悔しくなった裕太は、そう叫びながら再び拳銃をターゲットに向けて構えた。

 パンッ、と乾いた発砲音が射撃場に何度もこだまをする。


「……だいたいさ、俺はみんなが羨ましいんだよ」

「何が羨ましいというのだ、裕太?」

「お前は金持ちの御曹司、銀川はヘルヴァニアのお姫様だろ? おまけに金海さんは宇宙人ときたもんだ。俺だけ血とか家とか、誇れるものがないんだよ」


 裕太が引き金を引く音と、弾丸が発射される音が交互に鳴り響く。


「そんなことを気にしていたのか」

「そんなことって……俺は真剣に悩んでいるんだぞ。家柄の良いお前や銀川と、凡人の俺が釣り会える存在なのかっ……てな」

「まあ聞け、そして考えみろ。サツキちゃんはともかく、僕と銀川さんは親、あるいは祖先が凄いわけだ。では、その最初に凄い立場になった人物の生まれや血筋は?」


 拳銃の弾倉マガジンを交換しながら、裕太は数秒、進次郎の質問の回答を考えた。


「えーと…………普通の家?」

「そうだ、普通の家だ。凄い血筋とか家とかは、長い歴史の中のどこかで、凄いことをやった奴がいるから凄いと言われる。そのせいで、僕らのような血だけ引いたような連中は、意味もなく期待をされるし、失敗すれば期待はずれ、成功すれば親の七光りだと針のむしろだ。僕からしてみれば、初代になれる可能性があるお前のほうが、よっぽど羨ましいよ」

「初代……?」

「ジェイカイザーで平和を守る偉人か、はたまたスーパーパイロットか。何にせよ、お前はお前ができることを誇っていい。僕らと釣り合いがどうこう言うなら、この世で最強クラスのキャリーフレーム乗りだということを理由に釣り合っていると思え」

「スーパーパイロットだなんて、買いかぶりすぎだよ進次郎。俺は射撃が大の苦手だ」

「買いかぶっているのは貴様だ、裕太。僕は君ほど運動できるわけでもないし、度胸もなければ他人を助けるために命を張る覚悟だってない。天才の僕だって苦手分野がある。お前が完全無欠なら、僕の立場がないではないか」

「……お前らしい励まし方だよ、っと!」


 裕太が放った何十発目かの弾が、ターゲットの中央に風穴を開けた。

 その結果を見た進次郎が、パチパチパチ、とゆったりした拍手を送る。


「人間、回数を重ねれば成長をする。家柄や血に頼らずに伸びてゆくお前は、輝いてるよ」

「似合わないクサイセリフ言いやがって。……だけど、ありがとよ」

「女子たちがいないから貴様の愚痴を聞いたんだからな。銀川たちの前で弱音を吐くなよ」


 そう言って、進次郎は足音を立てながら階段を登っていった。

 親友の言葉で少し気持ちが軽くなった裕太は、もう少しだけ射撃練習に励むことにした。



 【6】


 ……一方その頃。


 リビングでサツキとくつろいでいたエリィは、横目で岡野がジュンナをしごいている様子をじっと見ていた。

 岡野が窓のサッシをそっと指でなぞり、指先についた埃をこれみよがしにフッと息で吹き飛ばす。


「なんですか、これは! まだホコリが残っているじゃないですか!!」

「す、すみません……!」


 語気を荒らげる岡野にペコペコと謝るジュンナの姿を見て、エリィは呆れの表情をその顔に浮かべてサツキの方へ視線を移す。


「なぁんか、メイドの先生というより嫌味な姑みたいになってるわねぇ」

「姑というのは、奥さんから見た旦那さんのお母さんですよね? つまり私的には進次郎さんのお母様……!」

「金海さん、本当に岸辺くんのこと好きなのねぇ」

「好きという感情はよく理解していませんが、私は愛というものを知るためのパートナーとして進次郎さんのことはとても気に入ってます!」

「それが好きってことなのよぉ。あたしだって笠本くんと……うふふ♥ あら?」


 エリィがうっとりしていると、机の下から黄色い物体がモゾモゾと這い出るのが見えた。

 その物体は前身をバネのように曲げてぴょーんと跳ね上がると、サツキの頭の上に乗って鳴き声をあげた。


「ニュイ~」

「あ、ネコドルフィンだ。懐かしいわぁ~」


 エリィが膝をポンポンと叩いて「おいで」と言うと、サツキの頭の上のネコドルフィンはぴょんと飛び降りて、エリィの膝にゆったりと着地した。

 そのまま優しく頭を撫でると、「きもちいいニュイ~♪」とリラックスし始める。


「エリィさん、ネコドルフィンの扱い上手ですね!」

「そりゃあ、ネコドルフィンはもともとヘルヴァニアの生き物だからねぇ。実家のある木星圏のコロニーにはいっぱいいたのよ。この子、金海さんが飼ってるの?」

「はい! 少し前に道端で拾ったんです!」

「へぇ~。……あら、岡野さんたち何してるのかしらぁ?」


 二人のメイドが正座して向かい合っていることに気づいたエリィは、眠りかけていたネコドルフィンを床に置き、そっと近づいて聞き耳を立てた。

 ぞんざいな扱いを受けているとは言え、ジュンナからマスターと呼ばれる身。

 その動向には興味が無いわけではなかった。


「……ですが岡野さま、あのような細かいところは気にもしなければ視界に入る頻度も低いはず。そこまで細かくやる必要はあるのですか」

「あのねジュンナさん。家、というものはそこに住む者の居住空間なだけというわけではありません。家とは、そこに住む者の体の一部なのですよ」


 先輩風を吹かせ、ドヤ顔で語る岡野とは裏腹に、無表情のまま首を傾げハテナマークを浮かべるジュンナ。


「はて? 非論理的な論法で、理解に苦しむ形容ですね」

「えーと……わかりやすく言うならば、安心できる、落ち着ける場所というわけです。ですから私達家政婦、メイド、あるいはハウスキーパーと呼ばれる者たちは、主のためにその家を大事にすることが必要となるのです」

「……先程とわかりづらさは変わっておりませんが」

「とにかく! 細かいところと言わずに隅々までキレイにすることは大切なのですよ」

「はい先生」

「……本当に、返事だけは素直なんですねあなたは」

「お褒めに預かり……」

「褒めてませんよ!」


 ふたりのメイドの漫才めいた問答を見て、エリィは呆れ顔になっていた。

 そうしている内に地下の方から進次郎が戻り、エリィに声をかける。


「銀川さん、風呂が湧いたみたいだから裕太に入るように言ってきてくれないか?」

「わかったけど、岸部くんは?」

「僕は晩御飯の支度をするさ」


 なるほど、とエリィは納得した。

 いまから岡野さんがジュンナに料理を教えるのだろう。

 進次郎はその手伝いをするから、代わりに裕太を呼んできてほしいのだ。

 進次郎に笑顔でサムズアップを送ったエリィは、鼻歌交じりに下り階段へと向かって行った。



 【7】


「ふへぇーいい湯だぜぇ」


 エリィに言われて風呂に入ることにした裕太は、やや広めではあるが変哲のない浴槽の中でオヤジ臭い感想を述べた。


『金持ちの風呂だから温泉を引いているのではないのか?』

「よくわからんけど、普通にお湯だろお湯」

『ううむ、なんだか疲れが取れるような気がしたのだが』

「密閉袋の中で浮いてるだけのくせによく言うぜ」


 そう言って、水面に浮く袋に入った携帯電話を指で突っつく裕太。

 そうしている内に身体がのぼせ始めたので、「よっこいしょ」と言いながら湯船から出て風呂椅子に腰掛ける。

 そして壁にかかっているタオルを手に取ろうとしたタイミングで──


  ガラッ


 ──浴室の扉が突然開いた。


 そこに立っていたのは、バスタオルを身体に巻いただけの姿のジュンナ。

 なぜかぴったり張り付いたタオルは、彼女の大きな胸の輪郭をくっきりと浮かび上がらせている。


「なっ………!!?」

「お背中お流ししますよ、ご主人様」


 そう言いながら浴室に足を踏み入れようとするジュンナの肩を掴み、押し出すように裕太は力を込めて抵抗した。


「待て待て待て!! なんで、じゃなくて要らないから! 一人で風呂入れるから! 大人だから!」

「はて? ご主人様はまだ高校生の身。世間一般からすれば子供にあたる年齢のはずですが?」

「そうじゃなくてだなぁーっ!!」

『おい裕太! 美少女メイドロボに背中を流してもらえるなんて羨まけしからんぞ! 代わってくれ!』

「言ってる場合かジェイカイザー!! だからジュンナ俺は一人で風呂をだな──」

「笠本くん、どうしたのぉー?」

「銀川! 助けてくれー!」


 更衣室から聞こえたエリィの声に救いを求める裕太。

 しかし、その判断が間違いであったと数秒後に判断するのだった。


 裕太の目に飛び込んでくる、バスタオル1丁のエリィ。

 ジュンナと全く同じ格好となった彼女は、ジュンナと裕太の二人を見てムッと眉を釣り上げた。


「ちょっとぉ! 笠本くんの背中を流してあげるのはあたしよぉ!」

「いえ、マスター。ご主人様の体を洗うのは私の役目」

「あたしが!」

「私が」

「あたしが!!」

「私が」


「でぇーーい!! ふたりとも出てけーっ! 一人で風呂に入らせろーーっ!!」


 渾身の力でふたりを押し出した裕太は、そのまま浴室の扉を閉め鍵を施錠した。


「ご主人様のあの拒否反応。もしやご主人様は同性愛者なのでは?」

「……多分、照れてるだけよぉ。笠本くんってウブなんだから」


 扉一面のザラザラとしたガラスの向こうから、勝手なことを言い始める追い出されたふたり。

 裕太は扉を平手でバンバンと叩いて、さっさと脱衣所から離れるように促すと、服を着る布擦れの音が何度か聞こえた後、ようやく磨りガラスの向こうから人影が消えた。


「ふぃー……やっと静かになった」

『裕太裕太!』

「今度はなんだよジェイカイザー」

『大田原どのから電話がかかっているぞ』


 言われて着信に気づいた裕太は、袋越しに細かい波紋を湯に伝える携帯電話を手に取った。

 袋に入ったままのそれに指を這わせ、受話器のマークを濡れた指でそっと触れる。


「よぉ、坊主。お前の読みは当たったぞ」

「読みって……まさか、あの愛国社が?」

「確認したら届け出の無いデモだったんで取り締まりに行ったら、連中キャリーフレームに乗ったまま逃げ出しやがった。いま照瀬と富永に追わせているが、住宅街に逃げ込まれてな……」


 警察の機体〈クロドーベル〉に乗ったふたりが、愛国社の追跡に苦労しているのは想像に難くなかった。

 住宅街は道が狭く、幅がキャリーフレームの片足分しかないところも多い。

 そんな中、破壊をいとわず突き進む愛国社と住人の財産を守るために慎重にならざるをえない。


「それで、俺にヘルプコールってことですか?」

「いや、その愛国社の連中が逃げている方向がな……今、お前がいるところの方なんだ」

「な……!?」


 裕太は急いで浴室を飛び出し、脱衣所を出て居間の窓から身を乗り出すように外を見た。

 遠くに影のように目に映る、キャリーフレーム〈バルバロ〉の巨体。

 静かだった住宅街は悲鳴と破壊音で騒然としていた。


「だからさっさと避難したほうが……」

「俺、いま友達の家にいるんですよ。そいつの家を潰されるわけにもいかないので、助太刀します」

「わかった。急げよ」


 裕太は電話を切り、背後にいた進次郎たちに真剣な表情を向けた。


「進次郎、あのキャリーフレームを止めてくる。だから銀川たちを……って銀川、なんで目を隠してるんだ?」


 赤くなった顔を手で覆うエリィの姿に首を傾げる裕太。

 岡野とジュンナの視線に至っては、裕太の下半身に向いている。


「……あのな、裕太。カッコつける前に格好をどうにかした方がいいと、天才として助言するぞ」

「格好……? ギャーッ!?」


 進次郎に指摘されて自分が全裸であることに気づいた裕太は、叫び声を上げながら脱衣所へと駆け込んだ。



 【8】


「俺もうおムコに行けない……」

『大丈夫だ裕太! 銀川どのがきっと貰ってくれる!』


 服を着なおして靴を履きながら、涙目で憂う裕太にジェイカイザーが解決にならない慰めを言った。

 ふたりのやり取りを後ろで聞いていた進次郎は、呆れながら両手で抱えていたものを裕太に手渡した。


「おい裕太、馬鹿なこと言ってる場合か? 行くのならば、これを使え」

「これって……高級ホバーボードじゃねーか!」


 それは月でジュンナに追われていたとき、サツキが変身したものと同じホバーボード。

 最高時速100キロを超える高速ホバーボードならば、現場にすぐ到着できる。


「よし、借りるぜ進次郎!」

「ただし、壊すなよ。壊したら弁償だからな」

「お、おう……」


 100万円の代物を手に持って、恐れ多く若干の使いづらさを感じつつも、丁寧にホバーボードを玄関の外へと浮かべる裕太。

 彼を見送るように、エリィたちも玄関から声援を送る。


「笠本くん、気をつけてね!」

「がんばってくださいね!」

「ニュイ〜!」

「ご主人様、どうかご無事で」

「笠本くん、ケガしないようにね!」

「進次郎さんと一緒にここで応援してますから!」

「がんばるニュイ〜!」

「ご主人様、どうかご無事で」


「……あのさ、もう行っていい?」


 このまま順番に延々と声援を送られるのではないかと不安になった裕太がそう問いかけると、見送りの面々が一斉にウンウンと頷いた。

 裕太はスゥ、と大きく深呼吸し、片足ずつホバーボードに乗せる。

 アクセルスイッチを静かに踏み込むと、ホバーボードの周囲の大気が揺れ、そして一気に加速した。



 ※ ※ ※



 風を切って現場へと向かう裕太。

 ふと前方を見ると、逃げ惑う人の列が道を塞いでいた。

 咄嗟に周囲を確認し、駐車されているセダンタイプの車を発見する。

 その車に向かいホバーボードの進路を変えた裕太は、ジャンプ台代わりに車を飛び越えて人の列を飛び越えた。


『凄いな、裕太!』

「昔、カッコつけてホバーボード練習してたからな。えーと……あの公園がちょうどいいか」


 数件の家を挟んだ向こう側に〈バルバロ〉が見える中、裕太は付近にあった公園へと入り、ホバーボードを飛び降りる。

 そして、ズボンのポケットから携帯電話を取り出し天高く掲げて叫んだ。


「来いっ! ジェイカイザー!!」


 裕太の声に応えるように公園の土が円形に輝きだし、立体映像の魔法陣を形成してからその中心にジェイカイザーの本体を出現させた。

 久々の召喚に興奮で身を震わせつつ、急いでコックピットに飛び乗り操縦レバーから神経接続を果たす。

 そして裕太は正面のコンソールを指で操作してハッチを閉じ、ジェイカイザーを立ち上がらせた。


「さあ、来やがれ愛国社!!」


 正面から向かってくる〈バルバロ〉を受け止めようと腰を落とし待ち構えるジェイカイザー。

 そして、6本の足を巧みに動かしながら向かってくる、まるでクモかカニのような外見をした〈バルバロ〉はジェイカイザーへと向かい──


 ──そのまま横を通り過ぎていった。



 【9】


「……段々音が近づいているな」


 自分の家で事の次第を待っていた進次郎も、流石に冷静さを欠き始めた。

 じっと椅子に座っているエリィや岡野も、不安が顔に浮き出ている。


「仕方ない。岡野さん、貴重品をまとめて来てくれ。避難するぞ」

「お坊ちゃま……」

「家を守るのも大事だが、皆の命も大事だ。なあに、裕太がサッと解決してまた戻ってこれるさ」

「……はい」


 観念したように、岡野は部屋の奥へと向かっていった。

 進次郎がエリィ達にも荷物をまとめるよう伝えると、それぞれ立ち上がって各々のカバンへと荷物を詰め始める。

 しかし、ジュンナだけは一歩も動かず、椅子に座ったままじっとしていた。


「……ジュンナさん。何をして──」

「進次郎さまは、それで本当によろしいんですか?」


 不意に投げかけられた問いかけに、進次郎は呆気にとられる。

 顔つきこそ無表情だったが、カメラのレンズのように輝く瞳を進次郎に向けながら、真剣な口調でジュンナが言う。


「岡野さまが言ってました。家とは、そこに住む者の体の一部だと。今、私は一時的にこの家に居を移しています。つまり私にとっても、他の皆様にとっても、この家は皆さんの身体ではありませんか?」


 そう言うとジュンナはすっと椅子から立ち上がり、サツキの方へと歩み寄った。


「サツキさん、軽機関銃の8ミリの弾丸を出してもらえませんか? できれば徹甲弾を」

「ええ? できますけど……」


 そう言うとサツキは手の平をあわせてお皿を作り、その上に浮き上がらせるようにして弾丸を生成する。

 ジュンナはできたての弾丸を掴み、ガトリング砲へと変形させた右腕へと丁寧に装填していった。

 進次郎もさすがにジュンナが何をしているのかを察し、慌てて止めに入る。


「ちょっと待った! その機関銃で戦うつもりなのか!?」

「いえ。あくまでもご主人様のサポートです。この私の腕で、守れるものがあるのだったら」


 そう言って、ジュンナはガトリングの腕のまま玄関から外へと飛び出た。

 その姿を見た進次郎は逃げるわけにもいかなくなり、どっしりと椅子に座り込む。


「お坊ちゃま、避難なさらないんですか?」

「ジュンナさんが身を挺して守ると言ってくれたんだ。信じてやらなきゃ、な」

「そうですね。お坊ちゃま秘蔵のフィギュアとかいやらしいゲームとかが喪われてしまいますものね」


 進次郎は岡野の言葉に思わず椅子から転げ落ちた。



 【10】


「おいコラ待てぇ! 逃げるんじゃねーボルボロ!」

「〈バルバロ〉でありますよ! 抵抗を止めて止まるであります!」

「そこのバラバラ、止まれー!」

「〈バルバロ〉だって言ってんだろ! それに話して止まるクチかよ!」


 〈クロドーベル〉に乗った照瀬、富永と合流した裕太は、そのまま進次郎の家の方向へと逃げ続ける〈バルバロ〉を追いかけ続けていた。

 しかし、戦況は決して良いとはいえない。


 まず、場所が密集した住宅街であるためショックライフル等の銃火器の使用は厳禁。

 さらに道が狭く入り組んだ街路だけなため、家屋を蹴り壊さないように慎重に操縦しないといけないという二重苦であった。


 一方の〈バルバロ〉は6本の細い足をガシャガシャと巧みに動かし、開けたルートを的確に進んで徐々に裕太たちを突き放していく。

 進次郎の家までの距離がだいぶ近くなっていることに、裕太は焦っていた。


「このままじゃダメだ。えーい、こうなったら!」

『ジェイ警棒!』


 裕太はジェイカイザーに警棒を握らせ、その場で一時的に足を止めた。

 そして警棒を持った方の腕を振りかぶらせ、慎重に狙いを定める。


『照準、距離補正!』

「今だ、行けぇっ!」


 勢い良く投げられた警棒はまっすぐに〈バルバロ〉のコックピットへと向かい飛んでいく。

 そして見事に命中……することなく、〈バルバロ〉はその場で軽快にジャンプし警棒を見事に回避した。


「……うん、半分そうなると思ってた。素早いなあボロブロ」

『射撃と投げは違うからな、裕太!』

「何を誇らしげに立ち尽くしてるでありますか! 早く追うでありますよ! あと〈バルバロ〉でありますからね!」

「はーい」


 富永に叱咤された裕太は、道路に刺さった警棒を引き抜きながら再び〈バルバロ〉を追いかけ始めた。



 ※ ※ ※



「……来ましたね」


 進次郎の家の前でじっと待っていたジュンナは、ゆっくりとガトリング方となった右腕を持ち上げた。

 正面には徐々に近づいてくる〈バルバロ〉の姿。

 それの目のようなメインセンサーに銃口を向け、ジュンナは砲身を回転させ始めた。


 家の中には裕太とジュンナを信じる皆が、固唾を呑んで見守っている。

 人間ならば緊張する場面であるが、機械であるジュンナは冷静だった。


「……そこ!」


 ジュンナは、〈バルバロ〉のコックピット部が有効射程に入ると同時にガトリング砲を唸らせた。

 放たれた弾丸は街灯の光を反射して、一瞬光の線を宙に描き、そして〈バルバロ〉に無数の火花をあげる。


 不意に前方からメインセンサーをやられたことで姿勢制御バランサーが故障したのか、〈バルバロ〉は足をもつらせるようにして周囲の塀を崩しながら前のめりに転倒した。

 そのまま滑り込むようにして近づいてくるコックピット部が、ジュンナのすぐ目の前で停止した。



 ※ ※ ※



「あれ、ジュンナだよな?」


 突如〈バルバロ〉が転倒するという事態に戸惑いながらも、鼻先に純なの姿を確認した裕太。

 倒れた先に立っていたジュンナの姿を見て、彼女が手助けをしてくれたんだということは容易に察することができた。

 ジュンナの目の前に倒れていた〈バルバロ〉の、細い脚がガシャンと音を立てながら動き始める。


『裕太、ベロベロが立ち上がろうとしているぞ!』

「させるかよ! 照瀬さん、富永さん!」

「「おう!」であります!」


 その場でもがきながら立ち上がろうとする〈バルバロ〉に、裕太たちは三方向から一斉に飛びかかった。

 そのまま落下の勢いを乗せ、次々と突き刺さる警棒。

 三本の電磁警棒を一斉に受けた〈バルバロ〉は激しくスパークをおこし、装甲の隙間から黒煙をあげながらその場に崩れ落ちた。


「……よし、ボラブラ討ち取ったり!」

「だから〈バルバロ〉でありますってば!」



 ※ ※ ※



「……どうや? 笠本はんの腕前は」

「あれだけの状況下で塀のひとつも壊さずに追いすがるとは、さすがだな笠本裕太」


 とあるビルの屋上で、双眼鏡を片手にグレイが内宮へと返答する。

 ふたりは愛国社が暴れれば裕太が出てくると踏み、キーザに連れられ現場がよく見える建物に昇っていた。


「だが、肝心の戦闘が見られなかったのは残念だ」

「なんや、グレイはんって意外と慎重派なんやな」

「敵を知り己を知れば百戦危うからず、と言うじゃないか。奴はしばらくフレームファイトから身を引いていて能力は未知数だ。慎重になりすぎても足りないことはないだろう」


 グレイはそう言って、グゥゥと腹の虫を盛大に鳴らしながら階段を降りていった。


(腹ペコなんやったら、コンビニのおにぎりでも食えばええのに……)


 内宮はグレイの背中を見ながらそう言いたかったが、心に留めるだけにしておいた。



 【11】


 避難していた人々が各々の家にかえる姿を窓越しに眺めながら、裕太たちは無事だった進次郎の家で食卓を囲んでいた。

 岡野とジュンナの手で次々と並べられる豪勢な料理は、見るだけで口の中によだれを溢れさせる。


 料理を並び終えたふたりが席についたところで、進次郎がジュースの入ったコップを手に持ち立ち上がった。


「では、ジュンナさんのメイド修行の成就を願い、また裕太の勝利を祝って……乾杯!」

「「「「乾杯!!」」」」


 皆で一斉にコップを掲げ、そして料理に箸を伸ばし始める。

 裕太は手近にあった野菜炒めを小皿に盛り、口へと運び入れる。


 その瞬間、裕太の味覚に電撃が走った!


「う・ま・い・ぞぉぉぉ!!!」


 たかが野菜炒めと侮るなかれ。

 柔らかくもその芯を失わない炒め具合の野菜、素材の味を殺さず存分に引き出しながらも決して空気にならない神の如き調味料の配分。

 一口一口が裕太の舌を感動させ、料理というものへの認識を改めさせていく。


「ほんと、おいしいわぁ!」

「これが美味しいって感情なんですね!」

「うまいニュイ~」

「やっぱすごいんだなプロのメイドさんって! ジュンナも岡野さんに習えばこんな料理が作れるように……」


 そう言いかけたところで、裕太は岡野の態度が変なことに気づいた。

 褒められることが嫌なのか、目線をそらしている。


「……どうしたんですか岡野さん?」

「えっと、この料理は私が作ったものではなくてですね……」


 岡野がチョイチョイと指差す方向に視線を動かすと、その先には進次郎の姿。 嫌な予感がしつつも、裕太は念のため進次郎へと訪ねた。


「まさか、これ全部お前が?」

「もちろんじゃないか、裕太! なにせ僕は天才だ、出来ないことなど運動以外にあまりないのだよ! さあ! 惜しみなく賞賛し、舌鼓を打つがいい! フハハハハ!」


 進次郎の高笑いが響く中、メイドさんの手料理だと思いこんでいた裕太はガックリと肩を落とした。



 ……続く!



─────────────────────────────────────────────────

登場マシン紹介No.14

【バルバロ】

全高:8.2メートル

重量:7.1トン


 JIO社製の山岳調査用キャリーフレーム。

 クモやカニにも見える6本の足を巧みに動かすことでどんなに荒れた地形でも安定して静止できる。

 戦闘用ではない上、標準的なマニピュレーターも備えていないため戦闘能力は皆無。

 名前の覚えにくさ、言いにくさに定評があり、バルバロマニアは間違えられるたびに「バルバロだぞ!」と訂正しなければならないとか。

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