第4話「ドラマの中の戦争」

 【1】


 いつものようにエリィと教室に入った裕太を待っていたのは、机の上で死んだ魚のような目をし、ブツブツとうわ言を口から漏らしている進次郎の姿だった。


「愛……愛……愛って何だ……?」

「ためらわないことか?」

『あまり狙わないことではないのか?』

「……宇宙刑事じゃないのよぉ。岸辺くん、何があったのぉ?」


 エリィがゆさゆさと進次郎の身体を揺らしながら問いかけると、サツキが申し訳無さそうな表情でぺこりと頭を下げた。


「ごめんなさい。私のせいなんです……」


 裕太は昨日、進次郎がサツキを家に呼ぶと言ってはしゃいでいたのを思い出す。

 進次郎の目の下のくまを見るに、昨晩何かが起こったのだろう。


「情熱を秘めた肉体……」


 不気味な呟きをする進次郎をよそに、エリィがサツキに何があったのか詰め寄ると、サツキは恥ずかしそうに頬を赤らめた。


「進次郎さんの持っている成人向けゲームを一緒に遊んだんです。それから朝までその……肌色の多いマンガや雑誌を読みあったり……」


 それを聞いて、なぜ進次郎が半ば廃人と化しているかなんとなくわかった。

 目の前に好意を持った女の子がいて、そっち系の作品を理性を保ったまま一緒に見るのはさぞ苦痛だったであろう。

 進次郎はヘタレであるから、サツキに手を出したなどとは考えづらい。

 となれば、夜通し溢れ出る欲を抑え続けたということは容易に想像できる。

 小便を我慢しすぎて膀胱炎になるようにして、進次郎はこうなったと想像するのは容易である。


「金海さん。そういうのはぁ、もっとデートとか重ねた後に、一緒に見るのが一番なのよぉ」

「えっ、そうなんですか! わかりました、今度から気をつけますね」


 的を射ているのか、外れているのかわからないエリィのアドバイスに、裕太はヤレヤレといった表情で首を横に振った。


「そういえば、裕太さんとエリィさんってどれくらいまで進んでいるんですか?」

「「えっ」」


 唐突に投げかけられたサツキの質問に、同時に声を上げながら固まるふたり。

 実はお互い、なんとなく流れで今のような関係になったようなものなので、告白したとかされたとか、そういった経緯を踏んだわけではなかった。

 もしもカップルの成立が告白によって決定づけられるとするならば、ふたりは未だカップルではないのである。

 言葉が浮かばずしどろもどろするふたりの姿に、サツキはクスクスと可愛らしく笑う。



 ※ ※ ※



「おっ、笠元はんおるやないか! おーっす!」


 唐突に、関西弁を話す糸目の少女が元気に教室に入って来て、裕太に馴れ馴れしい挨拶をした。


「あなたは、確かキャリーフレーム部の内宮さん!」

「せやでー。なんやうちも有名になったんかいな?」


 ケラケラと笑う内宮を見て、裕太はキャリーフレーム部の存在を思い出した。

 軽部先生が顧問を務めるキャリーフレーム部は、キャリーフレーム同士を戦わせる競技をする部活動だ。

 通称『フレームファイト』と呼ばれるその競技は、いまやオリンピックのいち競技になるまでに世界で普及している。


「軽部先生が試合の結果、毎回ホームルームで自慢するのよぉ。昨日は内宮が勝ったとか、誰それが負けたとかぁ」

「あのおっさん、自分のクラスでそないなこと勝手に言いふらしとるんか……。ま、そないなことはどうでもええ」


 そう言うと、内宮はずいっと裕太に顔を近づけニッコリと微笑んだ。


「笠元はん……うちと付き合うてくれるっつーのの返答、そろそろ貰いたいんやけどな?」


 内宮のその言葉を聞いた進次郎が、突然廃人状態から復活し怒り出す。


「何だと!? 裕太、貴様銀川というものがありながら別の女にアプローチをかけられていたのか!」

「あっ、進次郎さん元気になりましたね!」

「サツキちゃん、僕のことはいいよ。銀川も銀川でなんで無反応なんだよ! 他の女に裕太取られてもいいのか!?」


 怒り心頭の進次郎に詰め寄られたエリィは、キョトンとした顔で「何か問題あるのぉ?」と返す。

 進次郎にとっては予想外の返答だったらしく、毒気をぬかれるように勢いを失った。


「だってぇ、あたし笠元くんのこと信じてるもの。最後にあたしの隣にいてくれたら、それでいいのよぉ!」

「このバカップルが……」

「これが愛の絆なんですね!」


 身体をくねらせながら照れるエリィと憎々しげに吐き捨てる進次郎。

 そして目を輝かせて感激するサツキ、と三者三様の反応に裕太が呆れていると、内宮が面倒そうに頭をポリポリと掻いた。


「あのな。紛らわしい言い方したうちも悪いけどな、そういう話しにきたんやあらへんよ」

「そうなんですか?」

「せや。笠元はんにはうちのキャリーフレーム部の練習試合の相手してもらお思うてな」


 ピクリと、裕太の眉が吊り上がり無意識のうちに険しい表情になる。


「昔、フレームファイトやりはってたんやろ? 5年前までのジュニア大会に毎度名を連ねる猛者、笠元裕太はん」


 5年前、という単語から裕太の忌まわしい記憶がよぎる。

 大会の控室で受け取った母親の悲報。

 病室に横たわる目覚めぬ母の顔。

 自分の無力さを思い知ったあの日の記憶。


「……うるさい」


 無意識に、裕太は荒々しく威圧的な態度になり。


「俺は、二度と競技のためにキャリーフレームを操縦するつもりはない」


 普段の裕太らしからぬ、低い声。

 周りではしゃいでいた進次郎たちも、ピタリと口を閉ざし黙り込んだ。

 静寂の中、突然ピリリと着信音が鳴り響き、内宮がわたわたと胸ポケットから携帯電話を取り出す。

 その画面を見て、内宮は一瞬眉間にシワを寄せるも、すぐ場をごまかすようにナハハと乾いた笑いを浮かべ。


「バイト先からの電話や。邪魔してスマンかったな。ほな!」


 そう言って内宮は着信音が鳴り続ける携帯電話を握ったまま、教室の外へと駆けていった。



 ※ ※ ※



 廊下に飛び出した内宮は人のいない渡り廊下へと移動し、そこで携帯電話の応答ボタンをタッチした。


「もしもし? ああ、キーザはんか。次の週末? ええけど……ようやくうちの出番いうことやな。わかった、ほなな」


 通話を終え、胸ポケットに携帯電話を戻しながら渡り廊下の柵により掛かる内宮。


「うちかて、競技のためだけに腕磨いとるんちゃうねんで……」


 内宮は、ひとり空を見上げながら呟いた。



 ※ ※ ※



 ふぅ、とひとつため息をついた裕太は進次郎達が驚いたような顔で固まっていることに気づき、声をかける。


「……どうした?」

「笠元くん、顔……怖いわよぉ」


 そう言われ、慌てて作り笑いを浮かべる裕太。

 自分の中でも5年前のあの事件をまだ引きずっているのかと、裕太は自分が嫌になった。


「裕太、お前……」

「おうてめぇら! 席につきやがれ!」


 弾けるような軽部先生の声によって、進次郎の言葉がかき消される。

 何を言おうとしていたかわからないまま、そそくさと自分の席へと戻っていく3人を見て、裕太はまたひとつ大きなため息をついた。


『何を落ち込んでいるのだ?』

「おいジェイカイザー、あまり大きな声を出すな」

『先程の裕太の主張に私は感動した! 裕太はその力を娯楽の為ではなく、正義のために振るうまことの戦士だと確信したぞ!』


 相変わらずの的はずれな評論だが、裕太は少し気が楽になった。

 どういった経緯や内容であれ、人は褒められると嬉しくなるものだ。

 ふとエリィの方へ顔を向けると、裕太の表情がもとに戻ったからか、笑顔で微笑んでいた。


「笠元と銀川! お前らなんだ、アイコンタクトか? 夫婦の阿吽の呼吸かぁ!?」


 軽部先生にその様子を指摘され、周りの生徒に笑われて、裕太とエリィは同時に顔を赤くした。




 【2】


「夫婦だなんて、あたしたちにはまだ早いわよねぇ」


 空が赤焼ける夕暮れ時。

 進次郎たちいつもの4人で校門へと向かっていると、エリィが唐突に朝に先生が言った発言をぶり返してきた。


『結婚可能な年齢は18歳以上だぞ、裕太!』

「ジェイカイザー、そういう問題じゃねえぞ……ん?」


 裕太は校門の脇に、丸メガネをかけたひとりの男が立っていることに気づいた。

 男は裕太の顔と手に持った紙を見比べると、うんうんと頷いて歩み寄り、丁寧にお辞儀をしながら名刺を差し出し。


「突然ですが失礼。私はペタテレビディレクターの井之頭と申します。あなたがこの間の……」

「テレビディレクター!? ああっ、ついにあたしをスカウトしに来たのね! あたしほどの美貌があればいつかとは思っていたけど今日だなんて! 待ってまだ心の準備が……ちょっと笠本くん、押さないでああっ!」


 勝手な勘違いをしながらずいっと前に躍り出たエリィを、裕太は横へ押しやりサツキに抑えさせた。


「えっと、要件は何です?」

「コホン……あなたがこの間のハイアーム事件の時の少年ですね?」


 井之頭と名乗った男はそう言って、ジェイカイザーから降りる裕太を写した写真を見せた。


「そうですが、何か……?」


 不審の眉を寄せながら、裕太は井之頭の名刺とその写真を受け取る。


「実は私、あの場に居合わせてて、あなたの活躍見てました! それでですね、うちのドラマ『スパート!!』にあなたの乗っていたキャリーフレームを出していただきたく」

「ジェイカイザーを?」

「なによぉ、女優のスカウトじゃないのぉ!? もごご……」


 懲りずに前に出ようとするエリィが、サツキに口を手で塞がれて後ろへ引っ張られていった。


「あのドラマ、たしかホームドラマ系のやつじゃ?」

「まあそうなんですが、劇中劇として子供が見ている番組の映像に、そのジェイカイザーを使いたいんですよ」

「小道具ってことか」

「もちろん、報酬は弾みますよ。お友達の方々も、見学がてらエキストラとして出演してもらっても構いません」


 それまで眉間に皺を寄せながら話を聞いていた裕太だが、報酬という言葉を聞いた途端に目を見開き、井之頭に笑顔を向けた。


「わかりました、やりましょう!」



 ※ ※ ※



『見損なったぞ、裕太!』


 井之頭から撮影の日時と場所を聞き別れた後、ジェイカイザーがブーブーと不満そうな声をあげた。


「何怒ってるんだよジェイカイザー」

『裕太はもっと誠実な人間だと思っていたのだが。金や道楽のために私を使うなんて……』

「ジェイカイザーさんはドラマに出たくないんですか?」


 サツキが裕太の携帯電話の画面を横から覗き込みながらそう聞くと、より一層ジェイカイザーは声を張り上げて。


『私は正義の為に戦うマシン戦士だぞ! そのような遊びに付き合うつもりはない!』

「そうは言っても、もう承諾しちまったんだし今更断れないぞ」


 片手で頭をポリポリとかきながら裕太はどう説得したものかと頭を悩ませる。

 するとエリィが目を見開いて、何かを思いついたように進次郎に話しかけた。


「ねぇ岸辺くん。『スパート!!』って大人気なドラマなのよねぇ?」

「そうだな。僕が以前調べたところによると平均総合視聴率25%越えの絶賛大ヒットホームドラマ。天才の僕でも毎週録画は欠かしていないぞ」

「だからぁ、ジェイカイザーも劇中劇とはいえ有名なドラマに出れるのよぉ。そうしたら、たくさんの女の子がジェイカイザーのファンになるかも?」

『な……!?』


 そういえばジェイカイザーはここ最近、社会勉強と称してエリィから様々なゲームや電子書籍を与えられていたということを裕太は思い出した。

 しかもその内容はギャルゲやエロゲ、あるいはハーレム系マンガなどそういう系のものに偏っている。

 そのようなものを与えられ続けたジェイカイザーが人間の女に夢を抱き、女好きになるのはムリもない話だった。


『よし! 撮影に臨むぞ、裕太!』

「俺が言うのも何だが、チョロすぎだろお前」


 手のひらを返し意気込むジェイカイザーに、裕太は呆れる他なかった。




 【3】


 それから数日後。

 内宮はパーカーにミニスカートとラフな服装で『メビウス電子』と石のプレートに掘られた門を軽い足取りでくぐっていた。

 そのまま正面に見える白く立派な高層ビルの中へと足を踏み入れる。


「ようこそ、メビウス電子へ。失礼ですが、ビルをお間違えではございませんか?」


 受付の女性が内宮の背格好を見て優しく諭すようにそう言うと、内宮は眉間にシワを寄せながら肩肘を受付テーブルに乗せた。


「アポなら取っとるで。キーザっちゅう男に内宮が来たて言うてみ」

「キーザ課長ですか? ……少々お待ちください」


 受付が固定電話のダイヤルをポチポチと押し始めたのを見て、内宮は近くにあった豪華な椅子に座り込んだ。

 思ったよりもフカフカで尻が沈んだためバランスを崩し、一瞬後ろのめりになる。


「うおう、フカフカにも程があるやろ」


 小声でぼやきながら上体を起こし、キョロキョロとあたりを見回し受付周辺の空間を観察する内宮。

 一面大理石でできた白い床、見るからに高級そうな調度品、名のある画家が描いたであろう抽象的な絵画が自らの価値を主張するように光り輝いて見えた。


「怪しゅう呼び込みやないかと若干思うとったが、中々ぎょーさん稼いどる会社みたいやのー……」


 ぼんやりとした表情でそう呟くと、背後から何者かが近づき肩をポンと叩いてきた。

 内宮が立ち上がり振り向くと、そこには首から『キーザ・ナヤッチャー』と名前の書かれたプレートを下げたスーツ姿の男が立っていた。


「キーザはん、結構待たされたで」

「たかだか数分じゃないか、気が短いな。まあいい、早速仕事の話に入ろう。付いて来たまえ」


 キーザがそう言ってエレベーターホールの方へと歩き始めたので、内宮も急いで後を追いかける。

 他のスーツ姿の社員が使うものとは違う、貨物用のエレベーターのボタンをキーザが押すとすぐに扉が開き、ふたりは早足で乗り込んだ。


「なあなあ、キーザはん。このエレベーター、地下にしかいけへんようやけど?」

「問題ない。例のものは地下に隠してあるからな」


 ガクンとエレベーター内が揺れ、ブゥーンと駆動音だけが静かに響く。

 まだつかないのか、と内宮が思うくらいの秒数時間がすぎると、小気味良い到着音とともに扉が開き、薄暗く細い廊下が現れた。

 廊下を先へと進むキーザの後を、小走りで追いかける内宮は、やがて真っ暗な広い部屋へとたどり着く。

 キーザが入り口脇のスイッチを押すとカンカンと軽い音を鳴らしながら古ぼけた蛍光灯が点灯し、部屋の中央に鎮座してあったキャリーフレームを照らし出した。

 迷彩を思わせる深緑のボディに力強さを感じさせる太い手足。

 民間用のキャリーフレームとは比べ物にならないほど分厚い装甲を見て、内宮は思わず口笛をヒューと吹いた。


「気に入ってもらえたかな?」

「……このキャリーフレームを使えっちゅーことやな?」

「そうだ、この機体に相応しい相手はすでに決めている。いいな?」

「ま、こちとら命張るんや。ギャラは高うしてもらうで」


 内宮は口端をにやりと吊り上げ、目の前のキャリーフレームに乗り込んだ。




 【4】


 同日同時刻。

 暇な午前中を進次郎との買い物で潰した裕太は、撮影場所である河川敷近くのバス停でエリィ達を待っていた。

 暖かな日差しから目を守るように額に手を当てながら、バスが来るであろう道路の先と撮影準備が進められている河川敷を交互に見やる。

 まだ地理に詳しくないサツキと一緒にエリィがバスでここに来る算段であるのだが。


「……遅いな」

『もう約束の時間から10分も経っているではないか!』


 憤るジェイカイザーの声を軽く聞き流す裕太はバス停のベンチに腰掛け、気だるそうに上体を後ろへと垂らした。


「なあ裕太。あのふたり、まさか別の行き先に乗ったとか無いだろうな?」

「あり得るな。銀川の奴、あれで結構抜けてるところあるから。この間なんて……」

「誰が間が抜けてるですってぇ?」


 ギョッとして横を向くと、目の座った私服のエリィがぴっちりと脚に張り付いたジーンズに包まれた脚を少し開き、仁王立ちしていた。


「そ、その春っぽいコート似合ってるよ」

「取ってつけたような褒め言葉でごまかすんじゃないのよぉ。事故で渋滞しててバスが動かなくなったから途中で降りてきたのよぉ」


 ムスッとした顔で裕太から視線を反らし拗ねるエリィに、辺りを見回しながら進次郎が問いかける。


「銀川、サツキちゃんは?」

「私ならここですよ~」


 そう声が聞こえたかと思うと、エリィの背後に停まっていた2脚バイクがグネグネと形を変え、フリフリのついた可愛らしい服装に身を包んだサツキの姿へと変化した。


「……いつ見てもこの変身はギョッとするな」

「変身じゃありませんよ。擬態ですよ~」


 にこやかに進次郎の発言を訂正するサツキは、手の先からエリィが持っているのと同じ形状のバッグを形成して握った。


「バッグまで擬態で作れるのねぇ」

「えへへ、すごいでしょう!」


 楽しそうにバッグを見比べるエリィの顔を見て、薄っすらと色白くなっていることに気がついた。


「あれ、銀川……化粧してる?」

「し、してないわよぉ?」


 照れながら誤魔化そうとするエリィの反応を見て、裕太と進次郎は内心「してるな」と勘付いた。



 ※ ※ ※



「やぁーやぁー! よく来てくれましたね!」


 井之頭が陽気な声で裕太たちに手を振り、額から汗を流しつつ河川敷の坂を駆け上がってきた。

 額の汗を拭いながら礼をする井之頭に、裕太は軽い会釈を返し月並みな挨拶を返す。

 こちらへどうぞ、と案内するように先導する井之頭についていくように、裕太たちは河川敷へと降りていった。

 川沿いに広がる平地ではテレビスタッフが乗っていると思われる数機の〈ハイアーム〉が撮影機材や大道具とみられるものをせっせと運んでいた。

 その中で、裕太は〈ハイアーム〉2機がかりで運ばれている、キャリーフレームではなさそうなロボットが目に留まった。

 そのロボットはずんぐりした丸い胴体に紫色のトゲトゲとした肩パッドめいた装甲がついており、遠目でもひと目で悪い印象しか受けないデザインをしている。


「井之頭さん、あのロボットは何ですか?」

「ああ。あれは撮影でやられ役にする大道具ですよ。どうです、悪そうでしょう?」


 井之頭に言われて裕太は納得した。

 確かに、あの外見なら劇中劇の一瞬の登場でもひと目で悪側だとわかるだろう。

 そのとき、悪役ロボットを見ながら顎に手をやり考え込んでいたエリィがポンと手のひらに拳を乗せた。


「井之頭さぁん。あのロボットって、もしかしてベースは旧ヘルヴァニアの重機動ロボ〈マグナドーン〉じゃないかしらぁ?」

「あれ? わかっちゃいました? 外装は結構変えたつもりだったんですが」

「マグナドーンは肩パーツの位置が特徴的で、中型機の割には背中のフレームのラインが大型機と同じ形をしていてマニュピレーターも体型の割にはやや大型ってお母様が……あっ」


 早口で解説をまくし立てる姿を見てかぽかんと口を開けたまま固まる井之頭を見て、エリィは顔を赤くしながら恥ずかしそうに首をぶんぶんと横に振り。


「いやぁーん! こんなんじゃお嫁に行けないわぁ! 笠本くぅん、責任取ってぇ!」

「自損事故だろ! 責任持てるか!」


 ふたりのまるで夫婦げんかのようなやり取りを見てか、井之頭はあんぐりとしたまま呆然としていた。


「あれは、エリィさんなりの愛情表現なのでしょうか!」


 的はずれなサツキの指摘に進次郎はやれやれといった様子で「違うと思うぞ……」と静かに否定した。



 ※ ※ ※



 井之頭はコホンと咳払いをして場を鎮め、改まった様子で口を開く。


「それでは早速シーンの撮影でもやってみましょうか。笠本さん、キャリーフレームはまだ到着していないので?」


 辺りをキョロキョロと見回す井之頭の様子を見て、裕太は一般的なキャリーフレームの輸送手段を思い出した。


 キャリーフレームを運ぶとき、専用の大型トレーラーに寝かせるように搭載するのが一般的である。

 といっても建設会社のような大規模な組織でない限り、自前のトレーラーを持っていない場合が多いため、その場合はキャリーフレーム運搬を担っている宅配業者に頼んだりする。


 裕太は「驚かないでくださいよ」と前置きして、撮影スペースから少々離れた開けた場所に足を運び、携帯電話を取り出して空高く掲げた。


「来いっ! ジェイカイザー!!」


 裕太の叫びに応じるように地面に見慣れた魔法陣が現れ、その中からジェイカイザーの本体が姿を現した。

 手には前回の事件の後に大田原から贈呈されたシールドとショックライフルを手に持ってる。

 完全に姿を現してから、ジェイカイザーが勝手に動き出し決めポーズのような格好をして声たかだかに。


『愛と平和と奥様の心! 正義の光で守ってみせる! 機甲戦士ジェイカイザー、ただいま見参ッ!』

「……なんだよ、その決め台詞?」

『テレビに出るならと徹夜で考えていたのだ!』


 興奮したような声を出しながらかがみ込んでコックピットハッチを開くジェイカイザーの姿に呆れながら、裕太はジェイカイザーに乗り込んだ。


「いいねぇいいねぇジェイカイザーくん! 一流の俳優ロボットになれるよ!」


 ジェイカイザーのことをどう思っているのか定かでないが、ノリノリでジェイカイザーをおだてる井之頭の声に、ジェイカイザーが音声を弾ませた。


『だとさ、裕太! ロボット俳優を目指すのも悪くないかもしれないぞ!』

「おだてられてんだよてめぇーは!」


 そう言いながら操縦レバーを握り、指先から神経接続を行う裕太。

 そのままジェイカイザーを撮影場所の方へと歩かせて悪役ロボットの前に立たせると、足元から拡声器越しの井之頭の声が聞こえてきた。


「よーし、それじゃあ笠本くん! ぶっつけで本番いってみようか!」


 裕太はよーし、と意気込みながらジェイカイザーのショックライフルを背部のハードポイント突起に取り付け、右足から武器を取り出し手に持った。


『ジェイ警棒!』

「……って警棒じゃ格好がつかないか」


 と自分にツッコミを入れつつ警棒を右足に戻した裕太は、足元の井之頭が少し離れたところに置いてあるコンテナを指差していることに気づく。

 その方向にメインカメラを向けると、コンテナの上にキャリーフレームサイズのヒーローチックなデザインの剣が置いてあった。


「そう言うと思って、模造刀ですが用意してありますよ!」

『かっこいい剣じゃないか! 私は気に入ったぞ、裕太!』

「いい趣味してるぜ……っと!」


 裕太はジェイカイザーにその剣を握らせようと近づいて、脚を何かにぶつけた。

 足元に目を向けると、そこには黄金こがね色に輝く巨大な金ダライが無造作に置かれていた。


「井之頭さん、これもまさか撮影に使えって言うんじゃないですよね?」

「いやいや、それはこの後に撮影するキャリーフレーム漫才の小道具ですよ!」


 キャリーフレーム漫才というのがどのようなものかは想像できなかったが、深く機構としたら話が長くなりそうなので黙って模造刀をジェイカイザーに掴ませる。

 そして井之頭から送られた演技指示に従い両手で剣を握りしめ、あたかもヒーローが必殺技を使う前のようなポーズをとった。


『戦争が終わったと知らされはや数週間……! 演技とは言えようやっとヘルヴァニアのマシーンと交戦ができるとは……!』

「相手は動かないデクの坊だし、動かすのは俺だけどな」

「よーし、それじゃあかっこいい啖呵をきりながらズバッとかっこよくお願いしますよ! ……アクション!!」

『世に脅威を与える悪の手先め! このジェイカイザーが成敗してくれる!』


 合図とともに声を張り上げるジェイカイザーに合わせ、裕太はペダルを踏み操縦レバーをぐいっとひねる。

 するとジェイカイザーが跳躍し、そのまま落下エネルギーを斬撃に加えるが如く勢い良く素振りをした。

 すると、悪役ロボットが真ん中から真っ二つに裂けるように割れ派手な爆発を起こし、黒い爆煙が辺りを包み込んだ。

 足元で撮影を見学していたエリィ達は煙を吸い込んでケホケホと咳き込んだ。


「ちょっとぉ! ケホッ……井之頭さん、爆発派手すぎじゃないのぉ!?」


 手で口を押さえながら咳き込み抗議するエリィの横で、サツキは涼しい顔をしながら擬態で作り出したであろうガスマクスをかぶりながら。


「こういう時は備えあればなんとやらですよ!」

「ケホッ……サツキちゃん、天才の僕でもこの事態は想定できないぞ……」

「おかしいですね……こんなに爆発が派手なはずは……!?」


 狼狽した様子で井之頭が言うと、徐々に黒い煙が晴れて視界がはっきりしてきた。

 そして、その煙の中からジェイカイザーでも、悪役ロボットでもない巨大な影が姿を表した。

 キャリーフレーム特有の人型のボディに、重厚な装甲を身にまとったそれは妖しく一つ目のカメラアイを威圧するように光らせた。


「い、井之頭さんよぉ……こいつは撮影用じゃあ……!?」

『前方の機体から敵意を感じる! 気をつけろ、裕太!』


 謎のキャリーフレームが腕の収納スペースから筒状の物体を取り出すと、その物体から光の刃がブォンという発振音とともに飛び出した。


「……ビームセイバーか!?」

『避けろ、裕太!』


 突然放たれたビームセイバーの斬撃をジェイカイザーが後ろ飛びで回避した。

 脇に立っていた照明用の鉄柱が切断面を赤熱させて倒れるのを見て、裕太は背筋を凍らせた。

 ──ビーム兵器。

 それは超高温の発光粒子を射出することで対象を熱で融解させる、核兵器を除けば地球最強クラスの兵器群である。

 その有無で数で劣る地球軍がヘルヴァニア軍を圧倒できるほどの性能をもつそれは、本来ならば米軍やコロニーの駐留軍など限られた場所でしか見られないはず……なのだが。


「ほ、本物じゃねーか……!?」


 とっさに裕太は目の前のキャリーフレームから距離を取った。

 トマスら警察の整備班から聞いた話では、ジェイカイザーの表面には耐ビームコーティング他、特殊な処置は一切されていなかったという。

 となれば、ジェイカイザーの装甲はただの分厚い金属板に他ならず、ビーム兵器への抵抗力は一切ないということである。

 ジェイカイザーの予備パーツはもといた地下研究所にあるため、多少ダメージを受けるぶんには修復が利くだろう。

 しかし、もしもコックピットにビームが直撃しようものなら、裕太の身体は瞬く間にミンチより酷い何かへと変貌する他はない。


「笠元くん! 大丈夫!?」


 いつの間にか通話モードに入っていた携帯電話からエリィの声が聞こえ、裕太はハッと我に返った。


「銀川! このキャリーフレームは何なんだ!?」

「クレッセント社製の〈ドゥワウフ〉、旧型だけども米軍で制式採用されてた正真正銘の軍用機よぉ!」

「なんでそんな物騒なのが日本にあるんだよっ!?」

『裕太、来るぞ! 前だ!』


 エリィと話していて意識がそれていたため、正面からビームセイバーを横なぎしようとする〈ドゥワウフ〉の動きに裕太は反応が遅れてしまう。

 とっさにジェイカイザーの左腕に持っているシールドを構えつつ後方へと回避行動をとる。

 しかし、かわしきれずにビームセイバーの先端がシールドを切り裂いた。

 断面を赤く光らせながら切り離されたシールドの下半分は地面でバウンドし、エリィ達のいる場所へと回転しながら落下しようとしていた。


「しまっ……っ!?」


 その時、進次郎の後ろにいたサツキが前に飛び出し、片手を払うように横にぶんと振った。

 するとシールド片は金属同士がぶつかるような音とともに横へと吹っ飛び、川の中央へと大きな水柱をあげて突き刺さった。


「皆さん、大丈夫ですか?」


 鉄骨と化していた腕を元に戻しながらサツキが微笑むと、井之頭が怪しげな笑みを浮かべた。


「よーし、カメラを回せっ! あの戦いを撮るんだよ!」


 そう言われ井之頭が無事かどうか確認しに来たスタッフたちがギョッとした表情をする。


「そんなマンガみたいなことするんッスか!?」

「マンガみたいな状況だから撮るんだろうが! あ、君たちは危険だから坂の上で待っていなさい!」


 井之頭にそう言われ、エリィたちは渋々河川敷の坂を上り裕太とジェイカイザーの戦いを見守り始めた。



 ※ ※ ※



『裕太、聞いたか! この戦いが撮影されているぞ!』


 携帯電話越しに会話を聞いていたジェイカイザーが現在の状況を忘れたかのように弾んだ声を出した。


「言ってる場合か! こっちは命がけなんだぞ! のわっ!?」


 突如〈ドゥワウフ〉が飛びかかって来たのでとっさに手に持っていた模造刀で受け止めようとするも、ビームの刃はまるで豆腐に刃を入れる包丁のように模造刀の刀身を切断しながら素通りした。


「……流石に模造刀じゃチャンバラは無理か。ならこいつでどうだ!」


 自分にツッコミを入れつつ裕太は操縦レバーを捻り模造刀を放り捨て、背中にマウントしていたショックライフルを手に取り、後方へと下がりながらドゥワウフへ向けて発射した。

 光弾が命中すると思った刹那ドゥワウフはビームセイバーで切り払い、光弾はドゥワウフの斜め後方にあったテレビ局の中継車へと直撃した。


「あーっ! うちの中継車がーっ!」

「放っておけ! この映像が撮れれば5台は返ってくる!」


 携帯電話から響く井之頭たちの叫びに呆れつつ、裕太はめげることなくショックライフルを連射する。

 しかし、ドゥワウフはビームセイバーを握る手を手首ごと高速回転させ即席のビームの壁を作り、打ち込まれる光弾をことごとく弾いて接近してくる。

 この時、裕太は相手のパイロットがただのチンピラや犯罪者でないことを感じ取った。

 遠距離兵装に対して手首を回転させ相手の盾を作り出す戦法は、フレームファイトで取られる戦術の中でもかなり高度な技術である。

 なぜなら手に持った武器がひとつ使えなくなる上に反射の角度を間違えれば逸らしが足りずに被弾する可能性もある。


『何だ……相手は怪物か!?』

「このままじゃジリ貧だ! 銀川、〈ドゥワウフ〉ってのはなにか弱点はないのか!?」

「えっとぉ……〈ドゥワウフ〉は構造上の問題で主要な動力パイプが頭部を通ってるからぁ、頭を潰せば行けるはずよぉ! って笠本くん、前! 前!」

「んな無茶な! どわっ!?」


 エリィに意識を向けていた隙に〈ドゥワウフ〉に接近され、至近距離から袈裟斬りを放たれる。

 間一髪ジェイカイザーの身体を傾けて回避したものの、ショックライフルが銃身を切断され爆発を起こした。


「どわぁぁぁっ!?」


 爆発の衝撃でジェイカイザーが後方へとふっとばされ、川の中へと仰向けで倒れてしまう。

 一方〈ドゥワウフ〉はバックステップで爆発を避けていた。


『大丈夫か、裕太!?』

「俺は無事だが、武器がもう警棒しか残っちゃいないぞ!」


 ジェイカイザーを立ち上がらせながら裕太は必死に思考を巡らせる。

 相手は軍用故に動きが素早く、目立った隙も見られない。

 一度でもビームセイバーを受け止められればカウンターが可能なのだが、警棒ではそれも無謀である。

 万事休すか。と思ったその時、携帯電話から進次郎の声が聞こえてきた。


「銀川、電話を貸せ! 裕太、僕は天才的な作戦を思いついたぞ」

「進次郎、もったいぶってないで早く言え!」

「まあ聞け。ビームというのはいわば高温の物体だ。それが大容量の水の中へと差し込まれればどうなる?」

『お湯になるのではないのか?』

「いや、蒸発するんじゃ?」

「馬鹿者、水蒸気爆発が起こるのだ! なんとかビームセイバーを川に誘導するんだ!」

「無茶言うな! そんなことできるかよ!」

「では大量の水をやつにぶっかけてやれ! ビームセイバーを機能不全に陥らせることくらいはできるはずだ!」

「そう言われたって、どうやって水なんか……」


 そう言いつつ周囲を見渡し、裕太は巨大な金ダライの存在に気づいた。

 あれを川に沈めれば水が確保できるだろう。

 しかし、そんな悠長なことをやっている暇はない。


「進次郎。その作戦に乗りたいのだが……そっちで何とかしてあいつに隙を作れないか?」

「は? 無理言うな! 僕にアイツの足元で手旗信号でも送れというのか!?」

「笠本さん、私ならできますよ!」


 進次郎の横から割り込むように聞こえてきたのはサツキの声だった。


「じゃあ金海さん、なんとかして頼む!」

「わかりました! おまかせください!」


 元気のいい返事とともに、サツキが走る音が聞こえてきた。

 裕太は〈ドゥワウフ〉との距離を一定に保ちつつ、徐々に金ダライのある場所へと近づいていく。

 しびれを切らしたのか〈ドゥワウフ〉がジェイカイザーのもとへと踏み込もうとしたその瞬間、〈ドゥワウフ〉の左肩に何かが煙を上げながらぶつかり、小さな爆発を起こしす。

 裕太がジェイカイザーに金ダライを掴ませながら視線で煙をたどると、そこにはバズーカ砲のようなものを構えた、何故か薄手のタンクトップ姿になったサツキがいた。



 ※ ※ ※



 サツキはバズーカ砲を腕の中へと溶け込ませるように仕舞い、坂を駆け上がってエリィ達のもとへと走り戻った。


「私、やりましたよ!」


 ふんすと鼻を鳴らしながらドヤ顔で戻ってきたサツキに、進次郎は「お、おう」と煮え切らない言葉で迎える。


「金海さん……あなた、何を飛ばしたのぉ?」

「私の身体の老廃物や排泄物を変化させて作った弾頭です! 質量が少々足りなかったので服に回している部分も少し使っちゃいましたけど」

「べ、便利な身体ねぇ。でも金海さん、女の子が排泄物なんて言葉使っちゃはしたないわよぉ」

「はーい! わかりました!」


 わかっているのかいないのか、サツキは笑顔で手を上げて返事をした。



 ※ ※ ※



 爆発を受けた〈ドゥワウフ〉がキョロキョロとしているうちに、ジェイカイザーは金ダライを川に沈めて引き上げ、タライいっぱいに水を入れた。

 ジェイカイザーの怪しい行動に気づいたのか〈ドゥワウフ〉がビームセイバーを構え向き直る。


「今更気づいても遅い! くらいやがれ!」

『カイザーアクアインパクト!』


 ジェイカイザーが叫ぶ即興の技名とともに裕太は金ダライを振り回し、水の塊を〈ドゥワウフ〉へとぶちまける。

 正面から大量の水を浴びた〈ドゥワウフ〉が後ずさるが、ビームセイバーにかかった水が音を立てて水蒸気と化し辺りが白いモヤに包まれた。

 だが、モヤ越しに見えるビームセイバーの光の刃は動作不良どころかあいも変わらず爛々と輝いていた。


「進次郎めぇぇ! 適当ぶっこきやがったなぁぁ!」

『裕太、裕太!』

「何だよ」

『裕太、霧で見えない今がチャンスだ!』


 ジェイカイザーに言われ裕太はハッと気づいた。

 こちらからは相手のサーベルの光で位置がわかるが、向こうからこちらの位置は見えないのではないか。

 ならば霧が晴れない内にと、裕太はペダルと思い切り踏み込み操縦レバーを押し込んだ。

 すると手に持った金ダライを振り上げながらジェイカイザーが跳躍する。


『必殺! カイザー金ダライクラッシャー!!』


 そして金ダライを思い切り振り下ろすと、グワァンという金属音と共に〈ドゥワウフ〉の頭部が火花をあげグシャリと潰れ、砂煙をあげながら仰向けになるように轟音をたてて倒れた。



 ※ ※ ※



「……嘘やろ? こんな負け方、認めへんで……!」


 〈ドゥワウフに〉を操縦していた内宮は毒づきながら真っ赤なレバーを引く。

 そして、懐から小さな円柱状のプラスチックケースを取り出し、蓋を開けながら呟いた。


「……跳躍!」




 ※ ※ ※



 倒れて動かなくなった〈ドゥワウフ〉を見下ろし、ジェイカイザーが喜びの声を上げた。


『裕太! 無事に勝つことができたな!』

「まだだぞ、ジェイカイザー。こいつの操縦者を引っ張り出して動機の一つでも聞かないと俺の気が済まん」


 裕太はそう言って、ジェイカイザーに〈ドゥワウフ〉のコックピットハッチを掴ませ、ひっぺがさせる。

 しかし、コックピットの中には誰も乗っていなかった。


「あれ? 誰もいな──」


 メインカメラをコックピットに向けた裕太の目に入ってきたのは〈ドゥワウフ〉のコックピットのモニターに映された残り10秒、残り9秒と変化する真っ赤なカウントダウンの数字。そしてカチッカチッと時計が時を刻むような音がかすかに聞こえてくる。

 カウントダウンと赤い画面、そして時計の音から導き出される答えは──爆弾。


「!!!?!」


 声にならない声を出しながら後ろに下がろうとしたところで〈ドゥワウフ〉から強烈な光が放たれ、裕太の意識はそこで途切れた。




 【5】


「………ん! ……くん!」


 微かに聞こえる声が脳へと響き、頭がガンガンと痛む。


「うる……さいな……」

「笠本くん! 笠本くん!!」


 重いまぶたを開け裕太が目を覚ますと、視界に入ったのはどアップのエリィの顔。


「うわぁっ!? 痛っ!?」

「目が覚め……あ痛っ!?」


 急に起き上がろうとしたので、裕太とエリィは額同士をぶつけてしまった。

 頭を抑えながら痛みをこらえるふたりを、横で見守っていた進次郎がハハハと笑う。

 落ち着いて裕太が辺りを見回すと、ここはバス停があった河川敷の坂の上。

 空は夕焼けに染まり初め、〈ドゥワウフ〉があったところは焼き焦げたように円形に黒い跡が広がっていた。


「……結局、どうなったんだ?」

「あの後ぉ、ジェイカイザーの目の前で〈ドゥワウフ〉が爆発したのよぉ」

「それで裕太、お前はジェイカイザーごとひっくり返って、今の今まで気を失ったってわけだ」

「そうなのか……」


 未だズキズキと痛む頭を抑えながら、裕太は立ち上がる。

 よく見れば川に半分沈みかけているジェイカイザーの本体を、2機の〈クロドーベル〉とテレビ局の〈ハイアーム〉が協力して引き上げているところだった。


「すごい爆発でしたね。あんな爆発だと、乗っていた人はどうなっちゃったんでしょう?」

「……誰も乗っていなかったぞ」

「え?」


 目をパチクリとさせるエリィに裕太はもう一度言う。


「だから、あの〈ドゥワウフ〉のコックピットに誰も乗っていなかったんだって」

「うそ、あんな動きを無人制御でやったっていうの!? まだキャリーフレーム用の自動制御AIってそんなに発達してないはずよぉ!」

「俺も信じられないんだが、実際に誰も……」

『いや、裕太。あのロボットには確かに人が乗っていたぞ。金ダライを振り下ろすまでは私の生体センサーが中に人間の反応をキャッチしていた』


 突然携帯電話から声を出したジェイカイザーに驚きながらも、裕太は「本当か?」と疑いの目を向けながら聞き返す。


『私のセンサーに狂いはないっ!』


 自信満々で話すジェイカイザーの声を聞いて、裕太も確かにあの動きは人力じゃないと無理だなと改めて認識した。

 キャリーフレームの操縦に少しは自信のあった裕太が、相手が軍用だったとはいえあれだけ苦戦させられた。

 その事実に少し自信を失いかけうつむいていると、背後からズゾゾとストローを吸う音が聞こえてきた。


「ボウズ、こっぴどくやられたみたいだな」


 音の主は、特濃トマトジュースを飲む大田原警部補だった。


「大田原さん、来てたんですね」

「ま、隊長だからな」


 大田原はそう言って腰を下ろし、坂道に足を伸ばす。


「ボウズ、さっきパイロットがいなくなったって言ってたな? 実は数か月前から似たような事件がポツポツと起こっているんだ」

「前から?」

「何もないところに突然キャリーフレームが現れて暴れる。そしてやっとこさ取り押さえたと思ったらパイロットが消えていて機体は自爆……ってな事件だ。まるでマシンがパイロットを食っちまうように見えるってんで警察の中ではグールっていうあだ名をつけて警戒している」


 大田原は空になったトマトジュースのパックをたたみ、懐へしまうと立ち上がって裕太の頭にポンと手を置いた。


「ジェイカイザーの後始末は俺達がやるから、ボウズはもう帰んな。気を失ってたんだから、安静にしなきゃいかんぜ」


 微笑みながらそう言って、大田原は坂をずり落ちながら降りていった。

 ぼーっと大田原を目で追いかけていた裕太へ、背後からエリィが手を伸ばす。


「撮影は残念だったけど…笠本くん、帰りましょ?」


 裕太は、その手を握りながら「ああ、帰ろうか」と笑顔で返した。




 【6】


 メビウス電子の地下格納庫。

 椅子に座ってモニターを見ていたキーザの前に、光に包まれながら内宮が姿を現した。


「戻ってきたか、内宮」

「はぁーっ。原理はようわからへんけども、一瞬でパッとワープするんは気持ち悪いなぁ」

「そのおかげで逃走の手間が省けるのだ。文句は言わないでいただこうか」


 カップに入ったコーヒーを口元へと運ぶキーザに、内宮はポケットから取り出した小さなメモリーカードを手渡す。


「これが〈ドゥワウフ〉から抜き取った戦闘データやけど、ほんまに負けてもよかったんか?」

「構わんよ、どうせあの機体も元手はタダ同然だ。それよりも、これが報酬だ」


 キーザから分厚い封筒を手渡されて、内宮はすぐさま中に入っている札束の数を確認した。


「ひー、ふー、みー……まあこんなもんか。ほな、もう時間も遅いしおおきに!」

「次の時も頼むぞ、内宮うちみや千秋ちあき


 キーザの言葉にサムズアップで返事をしつつ、内宮はもう片方の手で封筒を握りしめたまま足早に格納庫を去っていった。

 キーザは改めてコーヒーを喉へと通し、グビリと音を立てて飲み込む。

 一息ついたところで、内宮と入れ替わるようにして、老いてしなびた顔だがギラリと目の鋭い老人が格納庫へと足を踏み入れ、ややしゃがれた低い声で話しだした。 


「キーザ、あのような小娘で大丈夫なのか?」

「訓馬専務。心配は無用ですよ、腕は確かです」


 訓馬と呼ばれた老人は、キーザの横に老いてある古びたキャスター付きのイスにゆっくりと腰掛けた。


「私が言いたいのはそういうことではなく……」

「あ、専務そのイスは!」

「ん? のああっ!?」


 座ったイスの足が突然メキメキと音を立てて折れ、訓馬は後方へとひっくり返った。


「……そのイスは明日廃品に出す予定だったんですよ」

「先に言え、先に! あだだ……」


 床に打ち付けた腰をさすりながら、訓馬は壁に立てかけられていたパイプ椅子を立て、今度も折れないかと恐る恐る腰をおろした。


「……ふう。私が言いたいのは、我々の行動だと警察どもに漏れやしないかということでな」

「学生という読まれにくい身分でかつ秘密を守り、金で動いてくれるような存在だと彼女以上に優秀な人材はいないと思いますがね」

「大した自信だな、根拠はあるのか?」

「ヘルヴァニア帝国の3軍将の一角『鬼神』と呼ばれたこのキーザの判断というだけではいけませんか?」


 自信たっぷりのキーザに頷きで返しつつ、訓馬は「負け犬がよく言う」とキーザに聞こえないように小声で呟いた。


 【7】


 結局、撮影は中止となりエリィ達がエキストラとして出演する話も自然とチャラになってしまった。

 しかし、肝心のジェイカイザーの映像は〈ドゥワウフ〉との戦闘を編集するとかで撮れたらしく、後日裕太の貯金口座にはギャラが振り込まれていた。



 そして、その映像が使われるドラマの放映日。


「サツキちゃん、その漫画の3巻取って」

「はいどうぞ、進次郎さん!」

「笠本くん、お菓子無くなっちゃったわよぉ」

「……何で俺の部屋にお前らが集まってんだよ」


 ベッドの上で好き勝手くつろいでいるエリィたち3人に勉強机から文句を言う裕太。

 辺りには彼らが読み終えた、またはこれから読む漫画本が縦に積み上げられている。


「そりゃあ、笠本くんとジェイカイザーの勇姿がテレビに映るのを見るためよぉ!」

「だったら自分ちで見ればいいだろ! 何で部屋に集まってんだよ!」


 眉間にしわを寄せる裕太に対し、進次郎がわざとらしく眼鏡をクイッと持ち上げた。


「本来ならば僕達もドラマに写れるはずだったのだがな。それに、あの時勝てたのは僕らのアドバイスがあったからではないのか?」

「ぐぬぬ……!」


 それを言われては反論できなかった。

 進次郎のアドバイス自体は役には立たなかったものの、結果的に勝利に結びついたことには変わりないからである。


「いいから、見終わったらちゃんと片付けてから帰れよな」

「はーい! あ、もうすぐ時間ですよ!」


 サツキに言われて、裕太はリモコンの電源ボタンを押してテレビを起動した。

 前番組のあとのコマーシャルが終わり、ちょうど例のドラマである『スパート!!』が始まるところだった。

 オープニングが終わり、ドラマの流れを食い入るように見つめる4人。


『な、なんだか恥ずかしくなってきたな! だが、これでお茶の間の女性がたに私が認知されるのか』

「見てたとしてもどーせオバちゃん連中ばっかだよ」

『そうとは限らないだろう!』

「お黙りジェイカイザー。うるさいわよぉ」

『むぐぐ……』

「あ、もうそろそろっぽいですよ!」


 サツキが指差し、一斉にテレビ画面に注目する。

 ドラマのシーンが代わり、子供がテレビを見ているシーンに切り替わった。


『来るぞ、来るぞ……!』

「しっ! 黙ってろ…!」


 カメラのアングルが子供の顔から、テレビへと変わり画面いっぱいにあの河川敷が映し出された。


「悪の機械戦士め! この私の剣を受けよぉ!」


 爽やかな声とともに剣を構え、振り下ろすロボットの姿が映る。

 ──が。


『わ、私ではない……!?』


 画面に写っているのはシルエットこそジェイカイザーにそっくりであるが、色もパーツの形状も全く違う別のロボットであった。

 しかも、声に至っては。


「この声、鳴神さんじゃないか? ほら、あのアニメの主人公やってた」

「進次郎、よくちょっと聞いただけで声優の名前わかるな」

「ま、天才だからな僕は! わははは!」


 そうこうしている内にドラマのシーンが切り替わり、ロボットの搭乗シーンが終わってしまった。


『い、一体何が……!?』


 状況を理解できずに声を震わせるジェイカイザー。


「CG合成で、別のロボットに差し替えられたな」

『わ、私の存在が女性がたに……』

「無理じゃないかしらぁ? 声なんて声優さんが当ててるしぃ」

「完全に別人? いえ、別ロボットでしたね!」

『うおおお! 私の苦労は一体ぃぃぃ!!』


 サツキの無邪気な言葉にとどめを刺され、ジェイカイザーは絶叫した。



  ……続く


─────────────────────────────────────────────────

登場マシン紹介No.4

【ドゥワウフ】

全高:8.1メートル

重量:12.3トン


 少し前まで米軍の主力を担っていたクレッセント社製の旧型陸戦用キャリーフレーム。

 童話に出てくる種族ドワーフから名前を取っているが、全体のシルエットはゴリラに近く、手足が太い。

 軍用だけあり、強固な装甲を持ち重量も民間用に比べると遥かに思いながらも動きは軽快。

 また、性能の高いジェネレーターを装備しているため稼働時間も長い。

 旧式なため軍放出品として何機かが民間に回っているが、中東の過激派団体などに使われている機体も存在する。

 

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