第3話「金色の転校生」

 【1】


 裕太が重機動免許を取得して2日後の月曜日。

 ホームルーム前の教室で、裕太とエリィ、それから進次郎はいつもやっているように裕太の席の周りに集まって談笑していた。


「でね、笠本くんったらジェイカイザーで警察のキャリーフレームにステップオーバー・トーホールド・ウィズ・フェイスロックを仕掛けたのよぉ!」

「適当言うな! っていうかなんだよそのクソ長い技名は!」

「天才の僕が解説してやろう。ステップ以下略とは、うつ伏せの相手の覆いかぶさり足首と膝を極め、相手の顔面を締め上げるプロレス技なのだ!」


 進次郎がメガネをこれみよがしにクイッと持ち上げながら、したり顔で解説する。


「知るかよ! なんで知ってんだよ!?」

「フ……天才たるものあらゆる分野に精通していなければならんのでな!」

「まったく、愛国社っていう荒っぽい奴らに襲われて大変だったんだぞ」

「うふふ! でも笠元くんったら、本当にカッコよかったんだからぁ」

『裕太! エリィ殿のこの反応はフラグが立っているのではないか! 今夜あたり家に呼べばイベントが起こるかもしれないぞ!』

「起こるか! っていうかジェイカイザー、勝手に進次郎のゲーム遊びやがったな! 余計な知識ばっかり得やがって! このエセヒーローロボ!」

『エセとは失礼だな、裕太! 大田原どのから平和を託された以上、これから私は悪と戦う正義の戦士として……!』

「ああん、おうちに呼ばれちゃったらあたし、何されちゃうのかしらぁ♥」

「銀川、話がややこしくなるから黙ってくれぇぇぇぇ!」


 裕太が悲痛な叫びをした辺りで教室の扉が勢い良くスライドし、軽部先生がドカドカと足音を立てて入って来た。


「くぉら! てめぇら! またもイチャついて楽しそうにしやがって!」

「これが楽しそうに見えますか!?」


 必死に訴えかける裕太であったが、軽部先生は一瞥いちべつするだけで軽く無視し教壇に登り声を張り上げた。


「相手がいない奴らのことも考えてやれと言っているだろう! だがなあ、寂しい独り身諸君に朗報がある! このクラスに転校生が来たぞ! しかも美少女だ!」

「美!」

「少!!」

「女!!!」


 先生から放たれた転校生、しかも美少女という言葉に教室中の男子生徒の顔が色めきだった。


「「「ウォォォ!!」」」

「こらこら、はしゃぎすぎだぞ!」


 裕太を除き、進次郎を含む男子生徒が一斉にスタンディングオベーションを披露する。



 ※ ※ ※



 彼らは、敗残兵だった。

 かつて、銀川エリィという物語の世界から飛び出たかのようなハーフの美少女を我が手にせんと多くの男子が戦ていた。

 いつの世も、ロマンスや青春を欲し求める男子高校生は決して減りはしない。

 マンガや小説にあるような美少女と過ごす高校生活など、一般的には夢物語に過ぎないのだ。

 だからこそ、彼らはエリィという存在を求め争っていた。

 しかしある日、特に彼女に執着していなかった笠元裕太という存在にエリィが心惹かれたという事実が周知のものとなる。

 彼らにとってその事実は、母国が敗戦し無条件降伏を行ったという大本営発表に他ならなかった。

 戦いに敗れた彼らを待っていたのは、他の女生徒からの軽蔑の眼差しだった。

 銀川エリィ争奪戦という醜い争いに身を投じていた事実は、他の女生徒達が彼らを非難する理由としては十二分であった。

 それ故に、彼らは独立戦争に敗北したコロニー国家の残党兵の如く、この校内でくすぶ雌伏しふくして時を待つ他になかった。

 だが、今まさに彼らは再び青春ドラマの主人公になり得るチャンスを得たと言っても過言ではない。

 転校生の美少女とは、すべての男子が同じスタート地点に立てる唯一の存在。

 誰もが、その救世主、いや聖母の降臨を待ち望んでいたのだ。



 ※ ※ ※



「転校生くらいで大げさな……」


 その渦中からは無縁な裕太は、他の女生徒達と同じ様な冷ややかな目で盛り上がる男子生徒を見ていた。

 裕太にとっては異性の転校生と言っても多少の興味はあれど、あまり魅力のある存在ではない。

 というのも、ただでさえエリィがいる上、口うるさい新参者についこの間から頭を悩ませているからでもある。


『裕太! 美少女というと昨晩遊んだゲームのクーデレなアンジェリッタちゃんみたいな女の子だろうか?』


 その口うるさい新参者がやや興奮したような口調で裕太に問いかける。


「知るかよ! ってか誰だよアンジェリッタって!」

「フフ、ジェイカイザーもあのゲームにハマったみたいねぇ」

「お前の差し金か!」

「静粛にしろぃ!!」


 お祭り騒ぎになっている教室中を黙らせるように、軽部先生が平手で黒板を叩いた。

 立ち上がっていた男子達が一斉に着席し、教室が静寂に包まれる。


「いいか、はしゃぎすぎていきなりセクハラになるような質問はするんじゃないぞ!」


 先生が男子生徒たちに諭すように言うと、進次郎が手を上げながら立ち上がり。


「まさか、先生も転校生を狙っていると?」

「バ、バ、バカヤロウ! 教師と生徒が関係を持ったら、そりゃあ大問題だろうが!」

『なるほど、女教師と男子生徒の逆版になるということか!』

「お前もう黙ってろよ」


 裕太が呆れ顔でジェイカイザーを黙らせる。

 斜め後ろからエリィがクスクスと笑う声が聞こえたが、裕太はあえて聞こえないふりをした。



 ※ ※ ※



「それでは、転校生のご入場だぁ!」


 軽部先生が指を鳴らして合図をすると教室の扉が静かに開き、小柄な少女が姿を表し教壇に立った。

 背の順なら確実に一番前になるだろう小さな身体と、その身体に見合うような可愛らしい小さな顔。

 丈があっていないのか制服の袖が少し余っており、指先だけが外に出ている。

 電灯の光を反射して輝く金髪のおさげは、首の左右で小さなリボンに結ばれ膨らみが控えめな胸へと垂れ下がっていた。


「初めまして、金海かねうみサツキと申します。まだわからないことも多いですが、これからよろしくお願いします!」


 サツキはそう丁寧に自己紹介し、一礼してにこりと微笑んだ。

 その笑顔は破壊力抜群だったらしく、男子生徒たちは一斉に立ち上がり頭を下げた。

「「「よろしくー!!」」」


 後に裕太が進次郎に聞いた話であるが、この時クラス中の男子はサツキが天使に見えたそうだ。




 【2】


 その日、教室はとにかくお祭り騒ぎだった。

 男子生徒達はサツキの心を掴まんと、話しかけたり質問をしたり。

 一方サツキの小動物のような容姿に庇護欲をそそられたのか、女生徒達も男子生徒達からサツキを守るように囲んで会話に混じらせたり、教科書を貸してあげたりしてサポートをしていた。

 サツキはというと、彼ら彼女らに笑顔を絶やさず感謝を忘れず、素直に誠実に受け答えをしている。


 裕太はその騒ぎを傍観者のように、自分の席から頬杖をついて見ているだけであった。

 ぼーっとしていた裕太の背後から、弁当箱を持ってエリィがにこやかに肩を叩く。


「ねぇ、お昼食べに行きましょ!」。

「ン……そうするか」

「なにボンヤリしてるのよぉ。あ、わかった! 金海さんのことねぇ?」

「あれだけ質問攻めされて、よく笑顔でいられるな~って。お前なんか、似たような立場だったとき不機嫌そうだったじゃないか」

「そういえばそんなこともあったわねぇ」


 数ヶ月前のことなのに昔懐かしむような表情のエリィを眺めていると、教室の後ろの方から悲痛な叫びが聞こえてきた。


「あーっ! 500円玉落としちゃった!」

「うわ、隙間に入っちまって取れねぇぞ!」


 そのやり取りを聞いて(かわいそうに)と裕太は思った。

 あのロッカーの隙間に小物が入ったら最後、長定規ながじょうぎでも使わないと取り出すのは困難であることはこの教室の者なら誰でも知っている。

 カネ絡みのため裕太がやや同情しながらも教室を立ち去ろうとすると、女生徒達と話していたサツキが立ち上がり、彼らに近づいて声をかけた。


「私が取りましょうか?」


 男子たちは大丈夫だと断っていたが、サツキはくだんのロッカーの前でうつ伏せになり隙間に手を入れると、しばらくして立ち上がった。

 サツキの小さな手には少しホコリを被った500円玉が握られている。


「はい、どうぞ! 私、手が小さいから隙間に入っちゃうんです!」


 サツキは頬がホコリで少し汚れた顔をニッコリとさせながら、500円玉を落とし主に手渡した。

 その様子を見ていて立ち止まっていた裕太の顔を、不思議そうな顔でエリィが覗き込む。


「笠本くん、どうしたの?」

「あ、ああ? 何でもないよ。飯にいこっか」

「うん!」


 スキップで前を歩くエリィを追いかけるように、裕太は教室を後にした。

 廊下を歩きながら、裕太はさっきの光景になにか違和感を感じていたが、エリィに早くと催促されたので忘れてしまった。




 【3】


「金海さんの人気、本当にすごいわねぇ」


 裕太とエリィは中庭のベンチで弁当を食べつつ、昼休みまでの教室の光景を思い返していた。


「外見が良くて、素直で優しい女の子ってのは男の目からしたら魅力的だからなあ」

「あら、外見が良くて素直で優しい女の子ならここにもいるわよぉ?」

「お前が素直? どうだかねぇ」

「なによぉ、失礼ねぇ!」


 頬を膨らませてぷいっとそっぽを向くエリィを見てか、携帯電話の中からジェイカイザーが反応する。


『裕太、これがツンデレというものなのか!』

「絶対に違うと思うぞ」

「うふふ、ジェイカイザーもまだまだ勉強不足ねぇ!」

「あのさあ、萌えの概念をAIに教え込むのってどうかと思うんだが」


 裕太が今日何度目かの呆れ果てた表情をする。

 ジェイカイザーと出会ってからというものの、裕太はジェイカイザーの奇行に対して呆れる以外の反応が出来ないことが多々起こっていた。

 もっと物語に出てくるような、例えば「命令を、マスター」と言ってくれるような冷静で素直で機械的なAIだったらなあ、と裕太は何度思ったことだろうか。


「そういえば、ジェイカイザーの本体って今どうなっているんだっけぇ?」


 ジェイカイザーと一緒に笑いあっていたエリィが、ふと思いついたように裕太に聞いた。


「ジェイカイザーの作られた研究所ってのが、偶然警察署近くの地下だったらしくてな。大田原さんが便宜をはかってくれて、そこへの運び入れから整備まで警察でやってくれるってさ」

「ふぅん。警察も太っ腹ねぇ」

「まあ、大田原さんとは親関連で色々世話したりされたりだったから、けっこう親切にしてくれるんだ」

『あの研究所にあるのならば、片道だけだがワープによる移動もできるからな! 裕太が私を呼べばGPSで位置を把握してその場所にワープ移動だ!』

「ああ、最初に校庭に出てきたのってそれだったのか」

「そうだ、最初の時みたいに飛んで移動とかはできないのぉ?」

『大田原殿に経費削減のために飛行用バーニアの燃料を抜かれてしまって……』

「俺が言うのも何だが、ケチ臭いな……ん?」


 裕太は正面から、進次郎が興奮した様子でこちらに走って向かっていることに気づいた。



 ※ ※ ※



「フ、裕太よ。やっぱり僕は天才だ! 僕はやったぞ!」


 腕をバタバタと振り回しながらそう叫ぶ進次郎に、裕太は冷ややかな目をくれながら。


「何だ? ついに新しい彼女ができたのか? 今度はどのゲームの何てキャラ?」

「あのな裕太……いくら僕が相手とはいえ少々酷くないか?」

「そうよぉ。岸辺くんだって……岸辺くんだって……やっぱりこないだの新作の娘?」

「いやいやいや、そういうことじゃあない! この天才の岸辺進次郎は、なんと金海さんと一緒に帰る約束をこぎつけたのだ!!」


 眼鏡を光らせながらのドヤ顔戦勝報告を聞き、裕太とエリィは鳩が豆鉄砲を食ったような表情になる。


「なにぃ? お前のような自称天才の割には対してそうでもなく、日々エロゲを嗜む陰気臭いオタクがどうやって?」

「よく口をついてこの僕への罵詈雑言ばりぞうごんをつらつらと並べることができるな貴様は! 僕が2脚バイクで通学していることを伝えたら、一度乗ってみたいと思っていたらしく、あっさりと了承を貰ったのだ」


 そう言われてふと、進次郎が数週間前に最新型の2脚バイクを買っていたと自慢していたことを思い出す。

 というのも、ジェイカイザーのバルカンで、チンピラの2脚バイクがスクラップよりひでぇ状態になった事件があったせいで、そのことがすっかり頭から離れていたのだった。


「あら、岸部くんにもついに春がくるのかしらぁ?」

「そううまく話が行くかよ。明日には別の男子と帰るぜ、きっと」


 ニヤニヤした表情で言うエリィに対し、裕太は辛辣しんらつに返した。

 進次郎は以前にも別の女生徒数人にアプローチをかけ、撃沈を繰り返している前科がある。


「フ、この僕は天才だからな。今日の帰り道で彼女の心をつかんでみせるさ」

「それができてたらお前は今頃ハーレム漫画の主人公だよ」

『よし、裕太! 今度は電子書籍でハーレム漫画というのを買って社会勉強に役立てることを決めたぞ!』

「決めるな。金の無駄だ」

『酷いぞ! 裕太!』




 【4】


「へぇー! 2脚バイクから見た景色ってこんな感じなんですね!」


 その日の帰り道、ガションガションと音を立てながら歩く2脚バイクの後部座席から、弾んだ声でサツキが感嘆の声をあげた。

 2脚バイクはバイクの一種ではあるのだが、歩行者と同じくらいの速度ならば歩道を通行することが許されている。

 不整地でも悠々と走れ、うまく操縦すれば柵を飛び越えるといった芸当も可能な2脚バイクは最近の若者のトレンドだ。

 ……とはいえ、通常の2輪バイクよりもやや高い値段な上、整備費用やら保険料やら諸々で更にお金がかかるのでよほど金を持ってないと保有するのは難しいのだが。


「フ、金海さん。揺れは大丈夫かい?」

「はい! 気持ちがいいです!」

「それは良かった。乗り物酔いで気分を害しているのではないかと心配していたのでな」


「なぁにが『それは良かった』だよ。心細いからって俺たちを呼んだくせに」


 楽しそうに話す2人の横で、裕太が小声で悪態をつく。

 進次郎は昼食の報告の際、裕太たちにも一緒に帰ってくれないかと土下座する勢いで頼み込んできたのだった。

 裕太とエリィの帰り道は、進次郎の帰り道とは少しルートが違うのだが、親友の頼みを断るわけにもいかないので渋々付き合うことにしたのである。


「まぁまぁ、いいじゃない! これを機にあたしたちも金海さんと友達になれそうだしぃ」

「お前はポジティブだなぁ」


 ビル街を通る大通りの脇の歩道を進みながら、進次郎が積極的にサツキに話しかける。


「金海さん。君はここに引っ越してくる前はどんなところに住んでいたんだい?」


 サツキは顎に人差し指をくっつけながら数秒ほど考えた後。


「えーっと…星の光が綺麗な場所でした!」

「ほう、君は星を見るのが好きなのかい?」

「いえ、そういうわけじゃありません!」

「あぐっ」


 輝くようなニコニコとした笑顔で話を強制終了され、進次郎がズッコケそうになる。

 慣れないことをするから……と裕太は同情したが、進次郎は疾風のごとく気を取り直したのか、一言「よし」と気合を入れて再びサツキへと質問をしようとする。


「えっと、じゃあ好きな食べ物とかは──」


 その時だった。



「逃げろーー!!」


 そう叫びが聞こえたかと思うと、裕太達の目の前に空から車が降ってきた。


「……ん? どわーーっ!?」


 進次郎の操縦する2脚バイクが急停止した衝撃でバランスを崩し、サツキ共々横に倒れてしまう。

 落下した車は前面の方からグシャリと潰れ、車内からは黒い煙が漏れ出ていた。


「進次郎、大丈夫か!?」

「痛た……僕は大丈夫だ。それよりも金海さんは!」


 立ち上がった進次郎が辺りを見回すと、いつの間にか立ち上がっていたサツキが大通りの先を指差していた。


「見てください、あそこ!」


 その方向に目を向けると、渋滞している車の奥で腕が長く、頭部の平たい妙な形状のキャリーフレームが大型トラックを持ち上げていた。


『裕太、あのロボットは一体!?』

「工事現場とかで見るやつだが……」

「あれはJIOジェイアイオー製の建築用キャリーフレーム〈ハイアーム〉よぉ! 全高7.8メートル、本体重量7トン。蛇腹じゃばら状の長い腕が特徴の、1万2000馬力を誇るパワー型キャリーフレームなのぉ!」

「……いつも思うけど、お前よくそんなスラスラと情報が出てくるな」


 褒められ照れているエリィを無視して辺りを見回すと、裕太達の近くにパトカーが停まり、拡声器を持った警察官が〈ハイアーム〉に向かって叫びだした。


「速やかに抵抗を止めキャリーフレームから降りなさい! 何をしているのかわかっているのか!」


 すると、一瞬ガピーというハウリング音が響いた後に〈ハイアーム〉のスピーカーからパイロットのものと思われる野太い男の声が聞こえてきた。


「なんだとぉ! 舐め腐った腐敗公務員共に正義の鉄槌をくだしてやろうってんだよ!」


 そう言い終えると、〈ハイアーム〉は持ち上げていた大型トラックを警察官のいる辺りに向けて放り投げた。


「た、退避ーーーっ!」


 落ちてくるトラックに警察官が情けない叫び声を上げながら散り散りになってその場を離れる。

 裕太も慌ててエリィの手を掴み、この場から逃げようと促そうとするが。


「笠本くん、あそこ!」


 エリィが指差した先を見ると、転んだ子供が泣きじゃくっていた。

 このままだとトラックの下敷きになってしまう!

 そう思った瞬間、その子供に向かってサツキが駆け出した。


「あぶなーーーい!」

「金海さん!?」


 進次郎が止めようとするのも聞かず、サツキは子供のいる場所に飛び込んだ。

 と同時にトラックが道路に落下し濃い砂埃が舞い上がり、辺りが一瞬見えなくなる。

 砂埃が晴れると、そこには横倒しになったトラックのコンテナに片足を挟まれたサツキと、彼女に抱かれるようにして守られた子供の姿があった。


「金海さん、大丈夫か!」


 進次郎が慌てて駆け寄ると、サツキはにっこりと微笑みながら。


「私は大丈夫です! それよりもこの子供を!」

「大丈夫って、片足挟まれてるのに……」


 そう言いかけた瞬間、挟まれていたはず足がするりとコンテナから抜け、何事もなかったかのようにサツキが立ち上がった。


「えっ……!?」

「今どうやって……!?」


 信じられないと言った表情で言葉を失う裕太とエリィを見てか、サツキは戸惑った様子で「ごめんなさい」とひとこと言い、突然その場から逃げるように走り去った。


「あ、おい金海さん! 裕太、僕は金海さんを追いかける! 2脚バイクは頼んだぞ!」


 そう言って進次郎もサツキの後を追いかけるように走っていき、人混みの中へと消えていった。



 ※ ※ ※



『裕太、もう我慢ならんぞ! 私を呼べ!』


 憤慨したような声で携帯電話の中からジェイカイザーが叫ぶ。

 とほぼ同時に携帯電話に着信が入った。


「こんなときに……もしもし?」

「ボウズ、俺だ。大田原だ。お前今、現場の近くにいるな?」

「どうしてそれを?」

「ジェイカイザー経由でそちらの位置はキャッチしている」

「俺のプライベートは無視かよ……」

「そこにいるなら話が早い。道が混んでて、俺達は到着にちぃとかかる。ジェイカイザーで止められるか?」 

「……ええ。友達が怪我させられました」

「許可は俺が出す。命を取らない範囲で好きにやれ!」

「……わかりました。報酬は弾んでくださいよ」

「おう、期待しな」


 裕太が電話を切ると、エリィが心配そうな顔で覗き込んできた。


「笠元くん……」

「銀川は進次郎のバイクを見ててくれ。……へへっ、こういうのやってみたかったんだ」


 裕太はすぅぅと大きく息を吸い込み、腕を振り上げて叫んだ。


「来いっ! ジェイカイザー!!」



 ……辺りが静寂に包まれた。

 周辺にいた野次馬や警察官が「なんだこいつ」と言った様子で裕太に冷ややかな目を向ける。

 彼らがヒソヒソと話す言葉の中には裕太のことを中二病かなにかではないかと噂する声も混じっていた。

 裕太は思わず、顔を赤くして携帯電話を握る手をプルプルを震わせる。


「どうしたんだよジェイカイザー!? 思いっきり叫んじゃった恥ずかしい!」


 携帯電話の中のジェイカイザーに文句をいうと、ジェイカイザーは怒り顔のアイコンをピョコピョコと跳ねさせた。


『呼んですぐ来れるか! 十秒待て!』


 数秒後、大通りの空いたスペースに、初めてジェイカイザーと出会ったときのような魔法陣が出現し、その中からジェイカイザーの本体がせり上がってきた。

 裕太はカッコつけ損にならなかったことにホッとしつつ、屈んだジェイカイザーの腹部から伸びるコックピットハッチを駆け上がり、コックピットに座り込む。


 正面モニターの横に携帯電話を置くと、免許試験のときと同じようにジェイカイザーがチープな音を出しながら本体を起動させた。

 裕太はコックピットハッチを閉じると、ジェイカイザーを立ち上がらせ〈ハイアーム〉の方へと向かせ、スピーカー越しに叫ぶ。


「そこの暴れハイアーム! これ以上暴れるのはやめろ!」


 裕太がそう叫ぶと、〈ハイアーム〉のパイロットがジェイカイザーに気づいたのか、カメラアイを不気味に光らせながら〈ハイアーム〉がジェイカイザーに向き合った。


「サツのマシンじゃねぇ……ってことは民間なんちゃらってやつか。公僕の犬に何ができるってぇんだ!」


 〈ハイアーム〉のパイロットは強気な姿勢を崩さず、裕太を煽るようにスピーカー越しに啖呵を切る。


『裕太! 話の通じる相手ではないぞ! 戦うんだ!』

「しゃあねえ!」


 裕太が正面モニターを操作すると、ジェイカイザーの右足側面が開き、そこから警棒が飛び出した。


『ジェイ警棒!』

「剣、まだ返してもらってないのかよ!」


 警棒を握って格好の付かないポーズを決めるジェイカイザーに、裕太が思わずツッコミを入れる。


『大田原殿いわく、いろいろと法律違反になるとかで没収されたままなのだ……。それより、ジェイ警棒ってJK棒に聞こえて何かよくないか?』

「なんだよ女子高生棒って! 自撮り棒か!? アホなこと言ってないで奴を止めるぞ!」


 警棒を構えて向き直るジェイカイザーの様子を見てか、〈ハイアーム〉のパイロットが高笑いをする。


「来れるなら来やがれ! この渋滞した車を踏み越えていけるならな!」

「ぐっ!?」


 そう言われて裕太は足元を見ると、事件の影響で渋滞した車が〈ハイアーム〉のもとまでズラーッと並んていた。

 一部の隙間もなく車が敷き詰められたこの状態で、やや離れたところを陣取っている〈ハイアーム〉に車を傷つけずに近づくのは困難極まりない。


「乗用車は数百万円もする高額品……! 父さんだって未だに車のローンに苦しんでいるのに、人様の車を踏み壊すことはできねぇ……!」

「そこは、運転手が心配とかにしなさいよぉ!」


 エリィのツッコミに聞こえないふりをしていると、再び大田原からの着信が携帯電話に入る。


「ボウズ、状況はどうだ?」

「大田原さん。渋滞してて敵に近づけないんです」

「そうだな……お前の近くにトラックがねぇか? 富永が運転してるはずだが」

「トラックってまさか……」


 裕太は嫌な予感がしながら、先程投げられ横転したままになっている大型トラックにジェイカイザーのメインカメラを向けた。

 すると予想通り、運転席の中で目を回している富永の姿が。


「やっぱり……。大田原さん、見つけました」

「そのトラックの荷台に警察の新兵器がある。うまく使え」

「うまくって言われたって……」


 裕太はボヤきながらジェイカイザーを操作し、大型トラックの荷台コンテナをマニピュレーターでこじ開けた。


「中には、キャリーフレーム用のシールドと、これは……?」


 ジェイカイザーの手が掴んだそれは、黒光りするグリップと巨大な銃身を備えた、キャリーフレーム用の銃器だった。

 それはアニメに出てくるロボットが持っているような、白い装飾がついているゴテゴテとした外見をしている。


『かっこいい武器だな、裕太!』


 呑気のんきにはしゃぎ声を上げるジェイカイザーとは対象的に、裕太は頭を抱えつつ。


「……大田原さん。まさかこれ、ビームライフルだとか言わないですよね?」

「馬鹿野郎。何で警察がビーム兵器持つ必要がある」

「まあ、言われてみれば確かに」

「そいつはショックライフルってぇ武器でな、帯電させた粒子を発射して一発で敵機を機能停止させるっつぅ代物しろものだ」

「ショートさせるわけですか。にしてはデザインに趣味が入っているようにも見えるんですけど」

「技術部の連中が勝手にやったことだ。気にするな」

「へぇ……それじゃ早速」


 裕太は操縦レバーを引きつつペダルを踏み、ジェイカイザーの持つショックライフルの銃口を〈ハイアーム〉へと向けた。


「な、なんだ銃なんぞ持ち出して! 脅しか、脅しなんだな!?」


 〈ハイアーム〉から、パイロットの慌てふためいてる様子が見て取れるような声が上がる。


『裕太、有人機のコックピットに向けて撃っても大丈夫なのだろうか?』

「確か、キャリーフレームのコックピットには対落雷用に電気を逃がす仕組みがあるって銀川が言ってたような……」

「その通りだ、ボウズ。だが、外してそこらのビルに当てるなよ。建物ん中のコンピューターが高電圧で全部吹っ飛ぶぜ」

「……撃ちにくくなるから、そういうのは撃ったあとにでも言ってくださいよ」


 大田原からプレッシャーをかけられ、レバーを握る裕太の手が震えだす。

 キャリーフレームの操縦は、パイロットの思考と操作の動きから望んでいる動作を読み取り、ロボットの動きに反映させる仕組みとなっている。

 そのため、武器の扱いなどに関してはパイロットの経験が物を言うのである。

 しかし、裕太は今まで銃を握ったことも、キャリーフレームで銃を撃ったこともなかった。

 それ故に裕太は、これまでになく気を張っていた。


『裕太、撃て!』

「いきなりそうするわけにもいかんだろうが。おとなしく投降しろ! さもなくば……撃つぞ!」


 緊張をごまかしながら裕太は大声で警告し、同時にジェイカイザーに両手でショックライフルの銃身をしっかりと構えさせる。

 巨大な銃口を向けられ怯えたのか、〈ハイアーム〉が一歩後退した。


「こ、こんなところでぶっ放そうって、迷惑を考えろ!」

「暴れてるくせによく言うぜ……」


 震える声で自分を棚に上げたような発言をする〈ハイアーム〉のパイロットに、裕太はやや呆れつつ呟いた。



 ※ ※ ※



 ショックライフルを構えてからどれくらい経っただろうか。

 お互い身動き一つせず睨み合うジェイカイザーと〈ハイアーム〉。


(来るな、来るな、来るな……)


 裕太は心の中でそう願いつつ、手から脂汗を滲み出していた。

 一方ジェイカイザーは「早く来い、早く来い」とショックライフルを撃ちたい衝動に駆られウズウズした声を出す。

 緊張感に包まれた空気は裕太だけでなく、周辺の野次馬や心配そうな表情で見守るエリィさえも一言も発させず、静寂な空間を作り出していた。



「ヤロォ! 脅しなんかに屈するかぁ!」


 ついにしびれを切らしたのか、〈ハイアーム〉が手近な乗用車を掴み、投げる構えをとった。

 同時に裕太も反射的にジェイカイザーに引き金を引かせた。


「来るなってのに!」

『偉いっ!』


 パイロットとロボットで正反対のセリフを吐きつつ放たれた粒子の弾丸は、ビームのように発光しつつ〈ハイアーム〉へと飛んでいく。

 そしてコックピット部分の中心に当たり、激しい光とともに弾け散り、〈ハイアーム〉全体に電撃が走った。

 ショックライフルの直撃を受けた〈ハイアーム〉は、全身をビクンと一瞬痙攣させたような動きをした後、長い腕が力を失ったようにだらんと垂れ落ち、カメラアイから光が消えた。


「あ……当たった……」

『火器管制は私の管轄だからな! 照準の補正はしておいたぞ!』

「……先に言えよ」


 〈ハイアーム〉を拡大して表示している正面モニターには、慌てた様子でコックピットから飛び出したパイロットが警察官に取り押さえられている様子が映る。

 裕太は事件の解決を改めて認識し、どっと疲れたようにだらしなく足元へと尻を滑り落とした。




 【5】


「俺が到着する前に片付けるとはな!」


 遅れて現場に〈クロドーベル〉で乗り付けた照瀬がジェイカイザーから降りたばかりの裕太の肩をバンバンと叩きながら言った。


「痛っ! ったく、遅いですよ照瀬さん」

「現場までの道で別の事故があって酷く混んでてな……。おい富永、お前なんてていたらくだ!」

「うう……面目ないでありましゅ……」


 トラックから這い出てきた富永が呂律の回らない声で言うと、照瀬が携帯電話を富永に投げ渡す。


「富永はさっさと救急車を呼んで病院に行け!」

「わ、私はなんともなく」

「気絶したのが問題なんだよ! ただでさえ俺達は人手が足りないんだから、さっさと無事を証明してもらえ」

「わ、わかりました! えーと119番……」


 そう呟きつつ携帯電話を操作しながら、富永は不安定な足取りでその場から離れていった。


「笠本の小僧。後片付けは俺達がやるから、お前も怪我したっていう友達んところに行ってやりな」

「あ、はい!」


 裕太がエリィのいる方へと走っていったのを確認した照瀬は、予備の携帯電話を取り出し大田原へと電話をかけた。


「隊長、俺です」

「照瀬、ご苦労だったな。犯人の様子は?」

「どうやら一度警察に捕まった腹いせに暴れていただけのようで、背後関係は無さそうです。あと、富永が負傷を」

「そうか、じゃあとっとと片付けて帰ってきな。富永の見舞いに行ってやらにゃあならんしな」

「……了解です」


 電話を切った照瀬は、ひとりコックピットを開けたまま動かないジェイカイザーを見上げる。

 キャリーフレームの規格から外れたこのロボットは、一体誰が作ったのだろうか。

 ジェイカイザーが開発されていたという研究所も、現在手の空いた整備班に調査させているのだが予想以上に広大で複雑な構造をしており、未だ全貌はつかめていない。

 後々、機会があったらあの小僧とロボットに直接問いただしてみるか、と照瀬は普段署内では吸えないタバコを懐から取り出し、ライターで火をつけながら考えた。



 ※ ※ ※



 照瀬の元から離れた裕太が辺りを見回していると、進次郎の2脚バイクに乗ったエリィが「こっちよ」と手を振っていた。


「銀川、進次郎から連絡はあったか?」

「さっきね。開発地区の自然公園で追いついたって! ジェイカイザーは?」

『私の本体は照瀬殿に任せたぞ!』

「そ、じゃあ早く乗ってぇ!」


 そう促されて裕太が2脚バイクの後部座席に乗ると、エリィはハンドルのグリップをいっぱいに捻る。

 すると、2脚バイクがウォンと唸り声を上げて大股開きで走り始めた。

 あまりの速さに裕太はガクガクと上下に揺られ、視界がぐわんぐわんと回り出す。


「ちょっ!? 銀川っ、飛ばしっ、過ぎっ!!」

「ちょっとぐらい我慢しなさいよぉ! 男の子でしょ!」

「それってっ、性差別って、言うんだぞぞぞぞ!」

「何!? 聞こえないわよぉ!」


 抗議を受け入れてもらえないまま、裕太は死に物狂いで後部座席の手すりにしがみついて目的地への到着を待った。


 【6】


「見つけた、あそこよぉ!」


 進次郎が言っていたという自然公園に着いたふたりは急いでサツキと進次郎のもとへと走り寄った。


「裕太、来たか……って何だその顔色は?」

「進次郎、2脚バイクって慣性制御システム積んでないのか……?」

「あるわけ無いだろう。ともかく、金海さんだ」


 そう言われ、サツキの方に向き直るとサツキは深刻そうな面持ちでうつむいて黙っていた。


「金海さん。君を責めているわけじゃないんだ。ただ、本当に大丈夫なのかが知りたいだけなのだよ」


 進次郎が優しくそう問いかけると、サツキは顔を上げて、静かに口を開いた。


「……わかりました。私の秘密を明かします。あなた達のようないい人に、嘘をつき続けるのは辛いですから」


 そう言うと、突然サツキの身体が肌や服まで金色になり、やがて溶けるように形を失った。

 その姿は、例えるなら黄金のスライムみたいだ。


「「「……!?」」」


 突然の現象に、この場にいる三人は思わず息を呑み言葉を失う。

 サツキだった金色の物体は人のような形状へと変化し、やがてサツキがトラックから助けた子供の姿へと変わった。


「金海さん、なのか……?」

「はい。私は金海サツキです」


 子供の口からサツキの声が発せられたことで、裕太達は目の前にいる存在がサツキであることを再認識する。


「私は……人間ではありません。私たちは遠い銀河からやって来た液体金属生命体……地球語であらわすと『水金族』という存在です」

「水金族……」

「私たちは星々を旅し、訪れた先で様々な知識を学び、母なる存在へと情報を送ることを目的としています。現在、私達は人間社会の中で様々な感情を学ぶために地球人へと擬態して活動しています」

「けど、金海さんって感情がないようには思えないけれど……」

「まだ全ての感情を学べたわけではありませんが、喜びや怒りなどの感情は既に他の個体によって学べているんです」


 子供の姿がまた金色のスライムへと変化し、再び制服を着たサツキの姿へと戻った。


「私達は粒子レベルの擬態能力を持っています。人間の姿は、私達の取る姿の一つでしかありません」


 それを聞いて、裕太は昼休みにサツキが狭い隙間に落ちた小銭を拾ったことを思い出した。

 あの時は手が小さいなら入るかと思っていたが、よくよく考えれば手の厚み的にあの隙間に入るのは無理がある。

 恐らくだが、この擬態能力によって手の厚みを変えたのだろう。


「じゃあ、トラックに脚が挟まれても平気だったのも……」


 エリィがそう聞くと、サツキはうつむきながら裕太たちに背を向けた。


「……私は怪物と言われても仕方のない存在です。あなた達に迷惑をかけるわけにはいきません。私はあなた達の前から去ります」

「どうして去る必要があるのだ?」


 この場から去ろうと足を踏み出したサツキの手を進次郎が掴むと、サツキは驚いたような表情をしながら振り向いた。


「確かに金海さん、君は地球人ではないかもしれない。だが、ここにいる銀川さんは地球人とヘルヴァニア人のハーフ。さらに言えば裕太の携帯電話の中には素性不明のヘンテコロボットが住み着いている」

『ヘンテコロボットとは失礼な!』

「……ジェイカイザー、黙ってろ」


 裕太がジェイカイザーを制すると、進次郎はコホンとひとつ咳払いをして続けた。


「僕が言いたいのは、この世界は不思議なことがいくらでも起こり得るということだ。だから僕は金海さんを化物だなんて思わないし、裕太たちもきっと同じことを考えているだろう」

「し、進次郎さん……」


 ポロポロと、サツキの目から雫が垂れ落ちる。

 その涙を見て、進次郎は少し慌てながらも言葉を続けた。


「えーっとだな、だから、然るにだな……。金海さん、去るだなんて言わないでくれないか? 僕は天才として、金海さんについてより深く知りたくなったよ」

「ありがとう……ありがとうございます……!!」


 サツキは涙を流しながらも、自己紹介をした時のような飛び切りの笑顔で進次郎にお礼を言った。

 裕太は進次郎らしくない臭いセリフだなと思いながらも、空気を読んで黙っておくことにした。

 進次郎は今頃になって自分の言ったことの恥ずかしさに気づいたのか、顔を赤くして照れくさそうに視線を背ける。


「改めて、よろしくねぇ金海さん!」


 そう言ってエリィが手を差し出すと、サツキは嬉しそうな顔でその手を握った。


「それにしても、擬態ってよくできてるのねぇ。肌触りも違和感ないし、温かいしぃ」

「はい。私達の擬態は外見だけでなく、骨格・臓器に至るまで元の生命体を忠実に再現していますから。例えば……」


 そう言って唐突にサツキは自らブラウスを脱いで下着を露わにした。

 そのまま下着も取ろうとするので、エリィが慌ててサツキの手を止める。


「ななな、何やってるのよぉ!」

「え? 私は肉体構造の再現度の証明をしようと……」

「……もう、先に羞恥心の感情を学んだほうが良いわよぉ!」


 脱いだ制服を元に戻そうとするエリィの後ろで、進次郎が舌打ちをしたのを裕太は聞き逃さなかった。


「……コホン。とにかく金海さん、これからもよろしくな」


 咳払いでごまかしながら、改めて進次郎はサツキと握手をした。

 気のせいか、進次郎に手を握られてサツキの顔が赤くなっているようにも見える。


『裕太! どうやってここから帰るのだ! まさか歩くのか!?』


 ジェイカイザーに言われて、裕太はここが通学路から遠く離れた地であることを思い出した。

 2脚バイクはふたり乗りだし、誰かふたりは徒歩で帰らなければならない。

 戦闘に加えさっきのガクガクで、裕太は疲れ切っていた。

 裕太がどうしようかと頭を悩ませていると、サツキが進次郎の2脚バイクに顔を近づけじっと見始めた。


「金海さん、どうしたんだ?」

「……わかりました!」


 サツキはそう言うと姿を変化させ、進次郎のものと全く同じ外見の2脚バイクになった。


「こうすれば、みんなで乗って帰れますよ!」


 2脚バイクから響くサツキの声に、何度か変身を見た裕太たちも目を丸くする。


「機械にも変身できるのねぇ……」

「進次郎、乗ってやれよ!」


 茶化すように裕太が言うと、進次郎はそっぽを向いて自分の2脚バイクに乗り込んだ。


「い、いや僕は自分のに乗る! 金海さんにはふたりが乗りたまえ!」

「やーい、照れてやがんの」

「照れてなどいない!!」


 顔を赤らめているのを誤魔化すように進次郎は怒鳴り、ねたような表情でアクセルを入れる。


「もう日も遅い、さっさと帰るぞ!」


 進次郎が足早に2脚バイクを走らせ始めたので、裕太たちもサツキが変身した2脚バイクに乗り、後を追いかけるように発進させた。



 ※ ※ ※



 オレンジ色の夕日に照らされながら来た道を戻っていると、サツキが裕太たちに小声で話しかけてきた。


「私、決めました。私は進次郎さんのもとで目的の感情を学ぶことにします」

「進次郎と?」

「あの方は私を受け入れてくれました。私の能力を初めて認めてもらえたので嬉しくなったんです。あの方となら、私の求めている感情が学べると感じました」

 嬉しそうな声でそう言うサツキに、エリィがニヤニヤとした表情をする。

「そうなのぉ、よかったわねぇ! それで、あなたの求める感情って何かしらぁ?」

「はい、私の学びたい感情は……『愛』です!」


  ……続く


─────────────────────────────────────────────────

登場マシン紹介No.3

【ハイアーム】

全高:7.8メートル

重量:8.0トン


 主に建設現場で運用されているJIO社製の工事用キャリーフレーム。

 1万2000馬力を誇る蛇腹構造の長い腕を持ち、束ねた鉄骨を軽々と持ち上げることができるパワーを持つ。

 作業のじゃまにならないように極力出っ張りが出ないよう丸みを帯びた形状をしており、茶褐色の本体色も相まって遠目からは巨大な生物にみえることも。

 脚部は形状こそ2脚であるが、基本は足裏のキャタピラで移動を行う。

 外見がとあるロボットアニメに登場する水陸両用ロボットに似ているが、そのロボットがモノアイ構造に対してハイアームのメインカメラはゴーグル状となっている。

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