第2話「教習! クロドーベル!」

  【1】


 まだ日も高い時間。

 外の明るさと対象的な、薄暗い取調室に野太い怒声が響き渡る。


「だから、あのキャリーフレームをどこで手に入れたかと聞いているんだ!」


 つばを飛ばして叫びながら、裕太ゆうたの取り調べを行っている警察官・照瀬てるせ三太郎さんたろう巡査部長は机を強く殴りつけた。

 そして、その衝撃でグラついた卓上ライトの電球で、照瀬は裕太の顔を照らし出す。


「うっ!」


 顔面に電球の光と熱を浴び、思わず手で目を覆う裕太。


「カツ丼であります」


 そんなふたりのやり取りを全く気にしてない様子で、メガネを掛けた女性警官・富永とみなが永美えいみ巡査が机の上にドンブリを乗せた。


「だから、何度も東目芽ひがしめが高校のグラウンドに急に現れたって言っているでしょう!」

「カツ丼であります」

「そんなマンガみたいな展開があるかよ! さっさと祖父とか知り合いの博士が作ったとか言ってみたらどうだ!」

「それこそアニメの見すぎでしょう!」

「カツ丼であります」

「富永ぁ! お前は何杯カツ丼を注文したんだ!?」


 机の上に次々と増えていくドンブリに、ついにキレた照瀬が机に拳を打ち付けた。

 ビクリと富永の全身が飛び上がり、彼女の眼鏡越しに見える目を泳がせながら、オドオドとした様子でゆっくりと振り返る。


「は、8杯であります!」

「どう見ても多すぎるだろうが!!」

「で、ですが! あちらのお嬢さんは3杯目に入ったであります!」


 と、富永は取調室の角の方を指差した。

 指差された先にある机の前で、ひとりガツガツとカツ丼を堪能するエリィ。

 ガツガツとドンブリの中身を口にかきいれ、湯呑みのお茶をごくごくと飲んで、部屋中に響き渡るほどの「ぷはぁ」という息継ぎの音を響かせる。


「美味しいわぁ! このカツ丼! 何杯でも食べれちゃうわぁ!」


 箸を持ちながら手を頬に当て、うっとりした表情を浮かべ、空のドンブリを重ねるエリィ。

 そんなエリィの姿を見て、裕太は「よく食えるな……」と呆れることしかできなかった。

 照瀬てるせは出前の箱に貼り付けられていた領収書を富永に突き出して。


「富永、余計に頼んだ分はお前が払うんだぞ」

「はうっ! ひどいであります!」


 涙目で自分の財布を取り出し、中を覗き込む富永。

 そもそもこの手のカツ丼って被疑者側が支払うものだと聞いたことがある。

 注文の過失があったとはいえ、どうして富永巡査が払わなければならないのだろうか。

 いや、そもそもなぜ自分が取り調べを受ける羽目になっているのか、裕太は朝から今までの経緯を思い返した。




 【2】


 その日の朝、裕太は学校の廊下をボサボサの髪のまま全力疾走していた。

 いつもの裕太であれば、携帯電話のアラームを目覚ましにして、余裕たっぷりに登校するのであるが。


「お前勝手にアラームを止めたせいで遅刻するところだったじゃねーか!」

『安眠を妨げる怪音波を止めただけだ!』


 携帯電話に住み着いたジェイカイザーは、ある程度その携帯電話を操作することができるようだ。

 ……そのせいで裕太は汗だくで走る羽目になったのだが。


 裕太は自分の教室である2年2組の前に滑り込み、扉を開き、教室の中を見渡した。

 賑やかに話し込むクラスメイトの姿を見て、まだホームルームが始まっていないことにホッと胸をなでおろす。

 誰から見ても遅刻ギリギリで必死に走ったとわかる裕太の格好を見てか、クラスメイトはハハハと友好的な笑い声で裕太を迎えた。


 笑うなよ、と心の中で舌打ちをし、ばつの悪い顔をしながら自分の席へと向かう裕太。

 呼吸を整え、髪が変に跳ねていないか手で押さえながら歩いていると、裕太の席の机の上に、エリィが腰掛けていることに気がついた。


 エリィは机の上でピンク色の装飾が施された箱を大事そうに抱きかかえ、その箱をなんとか取り返そうと、クラスメイトの岸辺進次郎がかけているメガネがズレるのもいとわず頑張っている。

 腕の隙間からわずかに見える絵柄を見るに、あれは恐らく成人向けのPCゲームの箱だろう。


「銀川さん! この天才の僕から、買いたてのゲームを取り上げるとはけしからんぞ!」

「ダーメっ! こんな不健全なもの、学校に持ってくるのが悪いんだからぁ!」

「仕方がないだろう! 発売当日の朝に買わないと限定版が買えないのだよ!」

「言い訳無用よぉ。このゲームはクラス委員権限で没収しておくわぁ」


「そう言って、後で自分で遊びたいだけだろ。銀川は」

「いたっ」


 裕太がそう言いながらエリィの頭を軽くペシッとはたくと、エリィは裕太の机の上から降りてわざとらしい笑顔を向けた。


「やぁねえ! べ、別にこんなエッチなゲームなんかにぃ、興味ないんだからぁ!」

「なあ裕太、お前も手伝ってはくれないか。男の意地がかかっているのだ!」

『あの箱と男の意地と、どういう繋がりがあるのだ?』

「わっ、バカ喋るな!」


 突然、携帯電話から響いた声に、進次郎が目を丸くする。

 裕太はとっさにあたりを見回し、ジェイカイザーの声を他のクラスメイトに聞かれなかったかを確認した。


 別に、ジェイカイザーのことを秘密にしないといけないわけでも、秘密にしたいわけでもない。

 しかし、見知らぬロボットのAIに携帯電話が乗っ取られたという状況をいちいち説明したくないだけだ。


 裕太は進次郎に小声で「おはよう」と言った後、自分の机の上に携帯電話を置き、不思議そうな顔をする進次郎に昨晩起こった出来事を説明した。



「へぇ、この顔みたいなのがそのAIなのか」

「なあ進次郎。お前だったらこいつ、なんとか追い出せないか?」

「よし、この天才の僕に任せるがいいさ! ハッハッハ!」


 そう言って自信満々に進次郎は携帯電話を持ち上げ、画面を指で突き始めた。

 数分して、進次郎は携帯電話を元の位置に戻す。


「……天才というものは、常に自己の限界というものをわきまえねばならないものだ」

「ただの敗北宣言じゃねーか! 一瞬期待した俺がバカだったよ!」


 自称天才の不甲斐なさにがっかりしながら、裕太は机の上の携帯電話を拾い上げた。


『わ……ワッハハハ! そ、そう簡単に私はお、追い出されんぞ!』

「声震えているぞお前」


 気持ち顔がひきつっているようにも見えるジェイカイザーのアイコンを指でツンツンつついていると、エリィが裕太の肩をポンと叩いた。


「いいじゃない、特に害があるわけじゃないんだしぃ」

「いや、今朝まさに害を受けたばっかりなんだが」


 そう言っている内にもジェイカイザーは勝手にインターネットブラウザを開き、掲示板サイトを見始めている。


「……あんまり変なサイト見るなよ。ウィルスにかかるかもしれないんだから」

『了解だ! 裕太!』


 そのやり取りを見てか、エリィがクスクスと笑う。


「なんだかんだ、あなたたちふたり馴染んでるわねぇ」

「それ、割とショックなんだけど」


 裕太が落ち込んでいると、教室の扉が音を立てて勢い良く開き、担任の先生が入ってきた。


「くぉら! てめぇら! いつまでもイチャついているんじゃないぞ!」

「軽部先生! 別にイチャついてなんかいません!」


 裕太は必死に反論するが、ベッタリとエリィがくっついているこの状況では、何の説得力も持っていない。


「仲がいいのは結構な事だが、相手がいない奴らのことも考えてやれ!」

「そうだそうだー!」

「学校イチの美少女を侍らせやがってー!」

「天才の僕にも良い思いを分けろー!」

「おい、進次郎! せめてお前だけは俺を擁護しろよ!」


 男子生徒たちのブーイングに交じる真横からの裏切り行為に、裕太は思わず反論した。

 その様子を、他の女子生徒は白い目で見ている。


「軽部先生だって相手がいないんだからなー!」

「俺のことは良いだろう俺のことは! 一時間目は俺の『近代宇宙史』だ! さっさと準備しろい!」


 半ばやけくそ気味にホームルームをすっ飛ばし、教科書を取り出して授業を始める軽部先生。

 周りの動きに合わせて、裕太もカバンから教科書を取り出してページをパラパラとめくる。


「前回は、第一軌道エレベーターの完成が人類の宇宙開発の夜明けとなった。というとこまでやったよな? じゃあ次のページの……」


 先生の言うことを半分聞き流しつつ、裕太は携帯電話の中のジェイカイザーに目をやった。

 何のサイトを見ているかわからないが、予め言いつけたとおり授業中は静かにしててくれているようだ。

 裕太はひと安心し、黒板にかかれていることをノートに書き写し始めた。




 【3】


「今日が午前だけで終わってよかったよ」

「ほんと、土曜日さまさまねぇ」


 裕太とエリィは学校帰りに、再び寺沢山を訪れていた。

 無論、理由はここに置いてきたジェイカイザーの本体の確認。

 ふたりは登山道を少し外れ、本体の方へと獣道をざくざくと進んでいく。


『はたして私の本体は大丈夫なのだろうか……』


 ジェイカイザーは携帯電話の中から不安そうな声で裕太に問いかける。


「それを今から調べに行くんだろうが。無事だったらお前のいたっていう研究所とやらに運んでやるから」


 裕太の言葉を聞いて、ジェイカイザーの顔アイコンが笑い顔になった。

 喜んでいるのだろうが、どことなく不気味な笑顔に裕太は思わず顔をひきつらせる。


「早く終わるといいわねぇ。あたし、帰ったらこれを遊びたいしぃ」

「……結局それ、進次郎に返さなかったのか」


 エリィが大事そうに抱えたままのピンク色の箱を見て、裕太は呆れ顔になった。


 男向けの成人向けゲームをエリィがなぜ好むのかは不明だが、こう見えてムッツリスケベなのかもしれない。

 ……いや、日頃からの発言を見れば全然ムッツリではなく、むしろオープンスケベという方が正しいのであろうが、あえて口には出さなかった。


『エリィ殿、私が調べたところそのゲームは現代社会を舞台に日常生活を送る内容のようだ。ぜひとも社会勉強のために貸していただきたい!』

「社会勉強にエロゲを使おうとするな!」


 このままではジェイカイザーが変な方向に歪むのを危惧しつつ、裕太はエリィの方へ目を向けると。


「笠本くんにだったら……貸してもいいかなぁ♥」


 と、箱を抱きかかえたままモジモジするエリィの姿があった。

 裕太は呆れつつも、借りるだけ借りといて明日進次郎に返してやることに決めた。



 ※ ※ ※



「確か、この茂みの向こうに……」


 草を掻き分け、ジェイカイザーを隠していた場所にたどり着いた裕太たち。

 しかし、そこにはジェイカイザーの本体の姿はなく、代わりに白と黒のカラーリングが施されたキャリーフレームが立っていた。


「……あれ、場所間違えたか?」

『いや、座標は昨日の場所と同じだぞ、裕太』

「どうしてこんなところに……?」


 不思議そうに黒いキャリーフレームを見上げるエリィ。

 裕太はこの装飾に心当たりがあり、無意識に冷や汗を垂らす。


「おい銀川、これって……」

七菱ななびし製のキャリーフレーム、PCF―21〈クロドーベル〉よぉ。全高8メートル、本体重量5.6トン。手先の器用さが特徴なんだけどオートバランサーが古いから、足回りの不安定さが欠点でぇ……」

「いや、そういうことじゃなくて……」


「ここで待ってりゃあ犯人が来るかと思っていたが……」


 急に背後から聞こえてきたしゃがれ声に、ふたりはビクンと身体を震わせる。

 恐る恐る振り返ると、特濃トマトジュースの紙パックを持った30代くらいの男が、スーツの上にトレンチコートを着た格好でストローを口に咥えながら立っていた。


「まさか笠本のボウズ、おまえとはなぁ」


 刑事ドラマから飛び出したかのような風貌の男はそう言って、ずぞぞと音を立ててストローを吸う。

 エリィは、驚き固まっている裕太の肩を叩き、小声で問いかけた。


「……誰なのぉ? 知り合い?」

「あ、ああ……。知り合いの“警察官”の大田原さんだ……」


 裕太がそう言ったのと同時に、大田原の背後からもう一人、ワイシャツの上にオレンジ色のベストを着たガタイの良い男が、懐から警察手帳を取り出しながら、低い声で言った。


「そこの二人、ちょっと署まで来てもらおうか!」




 【4】


 ……その後パトカーに乗せられ、裕太とエリィは町外れの警察署まで連行されて今に至る。


「ったく、強情なやつだ!」


 いつまでも素直にならない裕太の態度に腹を立てたのか、照瀬は不機嫌そうな顔で机を軽く蹴りつける。

 エリィが最後のカツ丼の器をドンブリの山に重ねたタイミングで、大田原おおだわらが咳き込みながら取調室へと入ってきた。


「ゲホゲホッ……照瀬くん、熱くなりすぎちゃいけないぞ?」

大田原おおだわら隊長! 非行少年を甘やかしては駄目です! 若い時こそ善悪の判断をきっちりと……」

「最近は取り調べの透明化も叫ばれてるし……ま、これでも飲んで頭冷やしな」


 腹立たしい様子で大声を出す照瀬に対し、大田原は特濃トマトジュースとラベルに描かれたの紙パックを手渡そうと差し出す。


「そんなの飲むの隊長だけでしょうが!」


 照瀬はそんな大田原の手を払い除けると、興奮した自分の感情を抑えるように自分の額を2,3度軽く叩いた。


「……失礼、熱くなりすぎました。外の空気でも吸ってきます」


 そう言って、照瀬は取調室を後にした。


「すまねえな。あいつ真面目なんだが頭が固いんだ。あ、カツ丼1個もらうぜ」


 先程まで照瀬が座っていた椅子に大田原が腰掛け、裕太と挟んだ机の上あったカツ丼を食べ始めた。

 舌鼓を打つ大田原を見ながら、エリィが首を傾げる。


「気になったんだけどぉ、どうして大田原さんと笠元くんって知り合いっぽいのぉ?」


 大田原と裕太の親しそうな雰囲気を感じたのだろうか。

 そして、勝手にハッと気づいたような表情をして。


「……まさか笠元くんは昔荒れた不良で、何度も警察のお世話に!? そして過去の記憶が疼いてあたしに乱暴を……! ああっ、ダメよ笠本くん♥」

「するか! そもそもそういう意味でお世話になったことはねぇよ!」


 大声でエリィに怒鳴りつける裕太の様子を見て微笑ましいとでも思ったのか、大田原はハハハと乾いた笑いを浮かべた。


「ボウズの彼女さん。こいつとは親の繋がりで見知ってるだけさ」

「まさか笠元くんの親御さんはが反社会的な活動家とか……! あれ? どうしたの?」

「……あ? どこからツッコむか考えていたんだよ」


 エリィのしつこい妄想茶番に、裕太はほとほと呆れ果てていた。



 ※ ※ ※



「……とりあえず、ボウズのやらかした事について結論が出た」


 そう言いいながら、大田原は机の上にいくつか書類を広げ、その内の一枚を手に取る。


「まず、未登録フレームの所持に関してはよくある話だし……発砲もやり過ぎだがケガ人、死人が出たわけじゃない。聞く限りだと正当防衛が適用されるっぽいしあわせて……厳重注意ってとこだ。ゲホゲホッ……」


 咳き込みながらの説明を聞き、裕太はほっと胸をなでおろす。

 しかし、大田原は渋い顔をしながら「ただなぁ」と言い、カツ丼のカツを一つ口に咥えながらもう一枚の書類を指差した。


「ボウズの免許……小型機動だろ? あのジェイカイザーとかいう機体、大型に値するサイズだから……簡単に言うと無免許運転扱いになっちまう」

「む、無免許……!?」

「警察見解でそうなった。はふっ、この卵が絶品……!」


 美味しそうにカツ丼の卵を口に運び幸せそうな大田原と対称的に、裕太は顔を青くする。


「ば、ば、ば……罰金はどれくらいになる!?」

「んーとだな、50万円以下の罰金。または3年以下の懲役」

「ご、ごじゅうまん……」


 言葉を失うのも無理はなかった。

 裕太は人一倍、貯金に熱心である。

 過去にお金で苦労した事があり、その為いつ何があっても良いようにとコツコツとお金を溜めてきていたのだ。

 時折ケチと罵られようと長年溜めてきた貯金。

 50万という金額は、裕太の数年分の貯金を吹き飛ばすには十分な額である。


「俺の、貯金が……」


 手をワナワナさせて机に突っ伏す裕太に、大田原が優しく肩を叩きながら声をかける。


「……まあ慌てなさんな。ここは治外法権が認められた天下の特殊交通機動隊。ボウズがちゃんと大型を運転できるか、試験を突破したら特別免許を出して、無免許問題を遡ってチャラにできるぞ?」

「そんなこと、許されるんです?」

「特殊交通機動隊じゃあ俺が法律だ! ガハハゴホッ……ゴホッ……」


 誇らしげな顔で咳き込む大田原の論法に、裕太は心のなかで(無茶苦茶だ……)とそっと呟いた。

 一連の話を聞いたエリィは、箸を置いて立ち上がり裕太に駆け寄り。


「それじゃあ、早くその試験を受けちゃいなさいよぉ。あたしを助けるために笠本くんが犯罪者になったらあたしも気分が悪いわぁ」

「と言ったって土曜日は免許センターとか開いてないだろ? どうやって試験を受けるんです?」


 裕太が質問すると、大田原は任せなと言うかのように胸をドンと叩きながら、威張るようにして声を張り上げる。


「さっき言っただろ? ここじゃあ俺が法律だ!」




 【5】


 大田原に案内され、裕太とエリィ警察署の裏手にやってきた裕太とエリィ。

 大型ショッピングモールの駐車場のような広大な空き地の端に格納庫のような倉庫がいくつか建っており、その中には数機の〈クロドーベル〉が直立していた。


『裕太、あそこを見ろ!』

「あそこって、どこだよ……あっ」


 あたりを見回し、裕太はジェイカイザーが言いたいことを理解する。

 空き地の一角に、なんとジェイカイザーの本体が立っていたのだ。


「な、なんでジェイカイザーがここに!?」

「こいつはチトかさばる大きさだからな。ここで調査をさせていた」

「調査?」


 エリィが首をかしげていると、ジェイカイザーの本体の方から作業着を着た太めの男が大田原に向かって走ってき、書類を手渡した。


「隊長、これが報告書です」

「おお、トマス。ご苦労」


 トマスと呼ばれた男は大田原に軽く敬礼をし、クロドーベルの立っている倉庫の一角へと走り去る。


「調査って、てっきりバラバラにでもしてたのかと思ったけど……」


 そう呟くエリィの横で、手渡された報告書をペラペラとめくる大田原。


「報告書によれば、こいつは1万馬力のパワーと分厚く頑強な装甲、頭部のバルカン砲を始めとした各種特殊兵装。並びに飛行可能なバーニアと反重力装置。そしてアストロ並の器用なマニュピレーターを持っているようだな」

「へぇ、1万か」


 書類に書かれている内容を横で聞き、ジェイカイザーの馬力に裕太は軽く関心をした。


『どうだ、すごいだろう!』

「ヒーローみたいな見かけして1万馬力ねぇ……」


 胸を張ったかのような声を上げるジェイカイザーに冷や水をかけるかのように、裕太とは真反対の反応をしながらエリィが言う。


『すごいのではないのか!?』

「今や民間で使われてる建設用キャリーフレーム、例えばJIOジェイアイオー社製の〈ハイアーム〉だって1万2000馬力はあるのよ。軍用どころか建設用と比べても型落ちよぉ」

『な、なんだってー!? この私が型落ち……だと……っ!?』

「こいつにはよくわからん動力もあるし、パワー不足の原因の大半はパーツの古さだ。まあそう気落ちするな。ゴホゴホッ……」


 姿が見えていれば、がっくりを肩を落としていたであろうことが容易に想像できるほど声のトーンが落ちたジェイカイザーの声を聞いて、大田原は軽く笑いながらフォローを入れた。



 ※ ※ ※



 裕太達は大田原についていく形でジェイカイザーの本体の足元まで歩み寄った。

 携帯電話の中のジェイカイザーが近づいたからか、空っぽのジェイカイザーの本体が自動的にかがみ込み、コックピットハッチを開く。


「それでぇ、試験って何をするのぉ?」

「まあそう急くな。ボウズ、そのジェイカイザーってのに乗りな。操縦はできるだろう?」


 大田原にそう聞かれ、黙って頷く裕太。

 そのままジェイカイザーのもとへと歩み寄り、コックピットへと乗り込む。

 暗いままの操縦席の正面のモニターの横に携帯電話を置くと、ピロピロというチープな機械音を鳴らしながら携帯電話の画面からジェイカイザーの顔アイコンが消えた。

 そして操作盤コンソールを操作すると、コックピットハッチが持ち上がるように閉じていく。

 と同時にコックピット内のモニターが次々と点灯し、動力炉が動き始めたのか機体が小刻みに震えだした。


『よし、起動完了だ!』

「ったく、便利なシステムだな。大田原さん、乗りましたよ!」


 裕太がジェイカイザーを直立状態にしてモニター越しに報告すると、大田原はにやりと口端を上げ、右手を上にあげ、下へ倒した。


「よし、じゃあ試験開始だ。富永! かかれ!」

「はいであります!」


 富永の声が聞こえたかと思うと、ジェイカイザーの左前方から突然〈クロドーベル〉が走り寄り、タックルを仕掛けてきた。


「かかれって……うごっ!?」


 半ば不意打ちのようなタックル攻撃をジェイカイザーはまともに喰らい、大きくバランスを崩す。

 しかし、自動的にジェイカイザーの片足が踏ん張るように後ろへと曲がり、なんとか転倒することはまぬがれた。


「っと……優秀なオートバランサーだこと……」


 裕太はジェイカイザーの姿勢を立て直し、富永の操縦する〈クロドーベル〉へと向き直る。

 拡声器越しに、大田原の声が聞こえてきた。


「ボウズ、試験の内容は格闘戦のみで富永と照瀬に勝つことだ! ちなみにバーニアの燃料は抜いてるから飛行は禁止な!」

「ちょっとぉ! 笠本くんはちょっと操縦は出来てもただの高校生なのよぉ! プロのパイロットと戦うなんて無理よぉ!」

「無理なんかじゃないさ、あいつの腕ならな」

「え?」


 薄笑いを浮かべながら自信たっぷりに言い放つ大田原に、エリィは不思議そうな表情をして、裕太の戦いを見届け始めた。



『裕太! 格闘戦なら私の必殺剣・ジェイブレードを使え!』

「そりゃこんなカッコだし剣の武器くらいはあるよな!」


 裕太がジェイカイザーに言われたとおりに正面モニターを操作すると、ジェイカイザーの左足の外側が少し開き、その隙間から棒状のものが飛び上がった。

 その棒状のものを左手に握り、かっこよくポーズを構えるジェイカイザー。


『ジェイブレー……ド……ん?』


 しかし、手に持たれた棒状のものは剣というには細長い、本当に白く長い棒だった。


「……ずいぶん斬新な剣だな?」

『ち、違う! これは別の武器だ!』


 裕太の皮肉を聞いて慌てるジェイカイザーに、大田原が拡声器で声をかける。


「おー、言い忘れてたが、そこにあった危なそうな剣は取り外しといたぞ。代わりに警察用の電磁警棒を入れておいた、気が利いてるだろ?」

「そりゃ、親切なことで……!」

「……本当に大丈夫なのぉ?」


 大田原の横でその様子を見ているエリィは、不安そうに呟いた。




 【6】


「観念するであります!」


 富永がそう叫ぶと、再び〈クロドーベル〉がジェイカイザーに向かって接近してきた。


『来るぞ、裕太! どうする!?』

「さっき銀川が言ってたろ! クロドーベルは手の器用さはピカイチだが……足回りが弱い!」


 裕太はこれから起こす動きをイメージしながら右手に掴んだ操縦レバーを引き、左足で思いっきりペダルを踏み込む。

 すると、ジェイカイザーは接近してくる〈クロドーベル〉の脇をすり抜けるように突進をかわし、同時に〈クロドーベル〉に足払いをかけた。

 足払いをかけられた〈クロドーベル〉は大きくバランスを崩し、地響きを立てながら仰向けに倒れ込む。


「け、けたぐりなどと!?」


 富永は慌てて〈クロドーベル〉を起こそうとするが、ジェイカイザーが馬乗りになるように押さえ込み、そのまま〈クロドーベル〉の喉元の隙間へと警棒を突き刺す。

 警棒から放たれる電撃によって〈クロドーベル〉の内部がスパークを起こし、やがて全身が機能を停止し動かなくなった。


「……よし!」

『さすがだ、裕太!』


 無傷で1機目を撃破し、裕太は得意げに声を上げた。

 その様子を見たエリィは、まるで自分のことのように裕太の勝利を飛び跳ねながら喜ぶ。


「すごいすごぉい!」

「な、言ったとおりだろ?」


 裕太の華麗な操縦を見て感嘆の声を上げるエリィに、大田原はどこか得意気な顔でそう言った。


『裕太、次が来るぞ! 後ろだ!』


 ジェイカイザーの言葉を聞き、裕太がペダルをぐっと踏み込みジェイカイザーの向いている方向を反転させる。

 そこには先程の〈クロドーベル〉と同じ機体が、警棒を構えて立っていた。


「富永はいい準備運動だっただろう。“ラスボス”は、この俺だ!」


 その機体から聞こえてくる照瀬の声に、裕太はレバーを握る手に力を入れる。


「っぐ……間髪入れずにか!」

「こいつは実戦を想定した試験なんだ! 実戦で敵が礼儀を守ると思うな!」


 そう言って、照瀬が搭乗した機体が警棒を振り上げて接近してきたので、裕太はジェイカイザーを身構えさせた。


 しかし、その瞬間に照瀬の背後に巨大な影が、塀を飛び越えるようにして姿を現した。

 跳躍の際に噴射したであろう背部のバーニアの残光をモニター越しに受け、裕太の目が少し眩む。

 巨大な影は陽の光を受けてその輪郭をはっきりさせながら手に持った銃火器状の武器を構え、照瀬の操縦するクロドーベルへと狙いを定めてゆっくりとトリガーを引き、何かを発射した。

 武器から放たれた棒状の物体が、クロドーベルの背中に突き刺さり目に見えるほどのスパークを引き起こす。


「ぐあっ! な、何だあっ!?」


 背後からの突然の攻撃に、姿勢制御を行う暇もなく照瀬が声を上げながら〈クロドーベル〉ごとうつ伏せに倒れ、周辺に小さくない振動を与えた。


『裕太、気をつけろ! あの機体からかなりの敵意を感じる!』

「少なくとも今の攻撃で、愉快な仲間じゃないってことだけはわかったよ……!」


 裕太が相手の出方を伺うようにジェイカイザーの警棒を構え直させると、敵のキャリーフレームからザザザとノイズ混じりの音声が鳴り始めた。


「フハハハ、警察諸君ごきげんよう! 我々は反ヘルヴァニア組織『愛国社』である! このクロドーベルとかいうキャリーフレームは我々がいただく!」



 ※ ※ ※



「ほう、誰かと思ったら『愛国社』の連中か」

「ちょっとぉ、なに落ち着き払ってるのよぉ!」


 呑気に特濃トマトジュースを飲みながら傍観している大田原に、隣に立っていたエリィが思わずツッコミを入れた。


「……そもそもアイコクシャってなぁに?」

「ああ? そんなことも知らねえのか。地球にヘルヴァニア人が住むようになってから現れた犯罪集団だよ。数年前に壊滅したはずなんだが、最近ぽつぽつまた現れるようになってなぁ」

「そんな、夏場のコバエじゃないんだからぁ……。っと、そんなこと言ってる場合じゃないわ!」


 エリィはハッとしたように『愛国社』を名乗ったキャリーフレームを観察し、自分の記憶の中を探って外見から該当する機体を導き出した。

 標準的な人型のシルエット、グレーを基調とした飾り気のない塗装の装甲。そして人体に忠実な精巧な作りのマニピュレーター。

 一つ一つの特徴をはっきりと認識し、エリィは以前読んだことのあるキャリーフレーム図鑑に描かれていたひとつの機体を思い出す。


「あれ、江草えぐさ重工製の汎用キャリーフレーム〈アストロ〉ね! 手に持っているのは杭を打ち出すパイルシューター……こうしちゃいられない!」


 エリィは急いで制服の上着についているポケットから携帯電話スマートフォンを取り出し、その画面をつつくように素早く操作し裕太の電話番号に発信をかけた。



 ※ ※ ※



「笠本くん、笠本くん!」

「うおっ! 何だ銀川かよ、こんな時に電話してる場合か!」


 突然コックピット内に響いたエリィの声に驚きながら、裕太は電話に向かって応答した。

 その直後、敵の〈アストロ〉がジェイカイザーに向けてパイルシューターを向ける。

 撃たれると察した裕太は瞬間的にペダルを踏み込み、放たれた鋼鉄の杭を流れるように回避した。


『凄いじゃないか、裕太!』

「動きに注意すればこのくらい……。それで、何だよ銀川」

「あのキャリーフレーム、江草重工の〈アストロ〉に間違いないわ! 手先の器用さが優秀な機体だけど、戦闘用じゃないからそこまで頑丈じゃないはず!」

「……つまり、警棒だけでも一撃入れられれば勝てるってことだな!」


 エリィの説明を聞き終えた裕太は操縦レバーを力いっぱい押し込むと同時にペダルを強く踏み、一気に接近を仕掛けようと試みる。

 しかしジェイカイザーの接近と同時に〈アストロ〉は距離を保つようにバーニアを噴射しながら横へと移動し、後方へ下がりながらジェイカイザーに向けてパイルシューターを発射した。

 咄嗟に、警棒を持っていないジェイカイザーの右腕で放たれた杭をガードする裕太。

 しかし、腕に突き刺さった杭が激しく放電を起こし、右腕は糸を失った操り人形の手のように力なく落ちていった。


『ぐああっ! 片腕が動かん!』

「……しまった!」

「フハハ! 妙な外見のキャリーフレームだと思ったが、動きはとんだロートルじゃないか!」


 そうジェイカイザーを嘲笑する声が〈アストロ〉から響き渡る。

 ジェイカイザーのコックピットの中に、右腕の機能停止を示す表示とアラートが響き、裕太の感情に焦りを生じさせた。


「くっ……他にも武器があれば……そうだ!」


 裕太はメインコンソールを指で素早く操作し、ジェイカイザーの固定兵装を起動させた。

 そしてそのまま照準を大雑把に〈アストロ〉に合わせ、操縦レバーのスイッチを力いっぱい押し込む。

 すると、ジェイカイザーの頭部に開いた小さな穴から駆動音が響き、裕太が初めてジェイカイザーと出会った時に見た武器『ジェイバルカン』が発射……されなかった。


「っておい! 何で発射されないんだよ!」

『そうだ思い出したぞ! 警察の人たちに検査を受けた時に弾丸を全て抜かれてしまったのだ!』

「このドアホーーー! どわっ!」


 裕太が揉めている間に発射されたパイルシューターが、ジェイカイザーの脇を通り過ぎ、背後で見ていたエリィたちのいる場所に突き刺さった。


「のわぁっ!?」

「キャアアア!」


 携帯電話越しに響くエリィの悲鳴と大田原の叫び声を聞き、裕太は咄嗟に彼女たちのいる場所へと視線を移す。

 そこには地面に小さなクレーターを開けながら突き刺さった鋼鉄の杭と、その傍らに倒れたエリィと大田原の姿があった。


「銀川! 大田原さん!」

「うう……あ、あたしは大丈夫よ。ちょっとコケちゃっただけだから……」


 エリィの無事を確認した裕太はホッと胸をなでおろし、〈アストロ〉へと視線を戻し目をキリキリと吊り上げた。


「こいつ、よくも……!」

「ヒャハハハ! よく見ればヘルヴァニア人のガキがいるじゃねーか! この場で撃ち殺してやるぜぇ!」

「させるかぁぁっ!」


 倒れるエリィに向けられて発射されたパイルシューターの杭。

 その射線に裕太はジェイカイザーを素早く飛び込ませ、飛んでくる杭を警棒で弾き軌道を逸らした。

 軌道の逸れた杭は敷地の外れに置いてある古めのコンテナに突き刺さり、鉄板を捻じ曲げるような音を辺りに響かせる。

 咄嗟に周囲を見渡し、何か攻め手になるようなものがないかを探す裕太。

 そこで、先程撃たれて倒れたままの照瀬の〈クロドーベル〉の腕が、脚部の格納部分から拳銃のような武器を抜いていることに気がついた。

 照瀬も裕太が動きに気づいたことを察したのか、〈クロドーベル〉の首を僅かに上下させ、裕太も同意をするようにジェイカイザーの首を頷かせる。


「へへへ、地球人のくせにヘルヴァニア人を庇うとはいい度胸だ。てめえから先にコックピットごと潰してやるぜぇ!」


 裕太たちの狙いにも気づかず、距離を取ったままパイルシューターを構える『愛国社』の〈アストロ〉。

 その照準が真っ直ぐジェイカイザーのコックピットに向いていることを確認した裕太は、ジェイカイザーの上半身を軽く左右に揺らし、狙いを定めさせないように動かす。

 コックピットを正確に狙いたいであろう〈アストロ〉はパイルシューターを構えたまま腰を下ろし、膝立ちの状態で狙い始めた。


「今です、照瀬さん!」

「よっしゃあっ!!」


 裕太の合図と同時に、照瀬のクロドーベルが握る拳銃が火を吹き〈アストロ〉が持つパイルシューターに向けて弾丸を放った。

 対キャリーフレーム用の鉛玉を受けたパイルシューターは跳ねるように〈アストロ〉の手から離れ、その衝撃でアストロがバランスを崩し、地面に手をつく。

 その隙を付いて裕太はペダルを力いっぱい踏み込みジェイカイザーを跳躍させ、そのまま落下の勢いを乗せるように、立ち上がろうともがく〈アストロ〉の喉元に杭を突き立てるが如く警棒を突き刺した。


 警棒の放つ電撃を受けた〈アストロ〉は、コックピットから搭乗者の悲鳴を外へと漏らしながら、全身をスパークさせて動かなくなった。




 【6】


「銀川!」


 警棒の刺さった〈アストロ〉が完全に動かなくなったのを確認した裕太は、急いでジェイカイザーのコックピットから飛び降りてエリィ達のもとへと駆け寄った。

 そこには、仰向けに倒れた大田原とそれを介抱するエリィの姿があった。


「笠本くん! あたしは大丈夫だけど……大田原さんが!」

「うう……ゲホゲホッ!」


 激しく咳き込む大田原に駆け寄り、彼の上半身をゆっくりと起こす裕太。

 大田原はうめき声をはさみながら、裕太の顔を真っ直ぐ見て、口を開き始めた。


「ボウズ……お前、よくやったな。邪魔は入ったが……これで試験は合格ってことにしといてやるよ……。無罪放免だ、おめでとさん……」

「そんなこと言ってる場合ですか! もう喋っちゃダメですよ!」

「へっ……ボウズの目、お前の母さんにそっくりだぜ……うっ! ゲホガハッ!」


 突然、大田原が胸のあたりを抑えながら激しく咳き込み、口から赤い液体を吐き出しうずくまった。

 腕にかかった赤い液体を見て、裕太とエリィは顔を青ざめる。


「大田原さん!?」

「もしかして、血……!?」

「へへ……ボウズがいれば世の中安泰だ……。あとは……頼んだ……ぜ……」


 そう言って、大田原の手は力なく下へと倒れた。


「大田原さーーーん!!」


 大田原との突然の別れに、裕太は絶叫した。



 ※ ※ ※



「ぐー……」

「……は?」

「え? 寝てる……?」


 穏やかな寝息を立てて上下する大田原の胸に、裕太とエリィは思わず目を点にした。

 ぽかんと口を開けて呆けるふたりの元へ、腕に包帯を巻いた照瀬と救急箱を持った富永が呆れたような表情をしながらゆっくりと歩いて来た。


「隊長、また外で寝ちまったのか。おい富永、後で運ぶの手伝えよ」

「はいであります!」

「寝たって……この赤いのは?」


 状況が飲み込めず困惑する裕太は、地面に広がった赤い液体を指差し説明を求める。

 すると富永が大田原の右肩を持ち上げながら自信満々に言った。


「大田原警部補はたんに悩んでいるのであります! 特濃トマトジュースが痰に絡んで血のような色になるのです」

「痰かよっ! 汚ったねえ!」

「いやぁん! さっき袖に引っかかったわよぉ!」


 赤い染みの着いた制服を慌てたように手でこするエリィをよそに、背後からクリアファイルを手に持ったトマスが裕太に近寄り、そのファイルから小さなカードを差し出した。


「合格おめでとう、笠本くん。ほら、これが免許証だよ」

「あ、ありがとう御座いますトマスさん……でしたっけ。って、もう一枚なにかあるみたいですけど……えーと、民間防衛隊証明証?」


 裕太が民間防衛隊証明証を指で摘んでピラピラと扇ぐようにして見せると、照瀬が包帯の巻かれた腕を抑えたまま説明を始めた。


「最近、さっきの『愛国社』のものを始めとしたフレーム犯罪が増えて来ていてな。情けないことに俺たち警察の部隊じゃ対応しきれてないんだ。そこで上層部が、民間のフレーム所有者にも協力してもらおうってのを決めてな。そいつはいわば、フレーム犯罪対応のためにジェイカイザーに乗って戦ってもいい証ってことだな」

「犯罪対応ねぇ……」


 裕太は振り返り、先程倒した〈アストロ〉の方へと視線を動かした。

 ちょうどコックピットハッチをこじ開けられ、操縦していた『愛国社』の構成員が警官たちによって、やや乱暴に連行されているところだった。

 照瀬もその様子を裕太の横で見て、ふぅと軽くため息を吐く。


「ったく、よりによって警察署に殴り込みをかけるとは舐められたもんだ。お前ほどの腕の者が味方になったら頼もしいんだがな」


 照瀬の言葉を聞いて、裕太は自分の母親について思い返していた。

 かつて大田原と共に肩を並べ、治安を守るために〈クロドーベル〉に乗り戦った母の姿。

 砂埃を受けて薄汚れた制服のエリィが裕太の横に立ち、心配そうな視線でじっと裕太の目を見つめる。


「……しょうがねえな。まあ、事件解決に貢献したら報奨金ももらえるらしいからやってやるよ。いいだろ、ジェイカイザー」

『もちろんだ、裕太! あのような悪がこの世に蔓延はびこっているのなら、この正義のマシン戦士、ジェイカイザーは平和のために戦うぞ!』


 携帯電話から響く嬉しそうなジェイカイザーの声に、裕太は自然と笑みが溢れた。

 それに釣られて、横に立っていた照瀬と富永も笑い声を漏らした。


「うふふ! ということはぁ、笠本くんったらあたしを守るために戦ってくれるのねぇ!」

「うーん、まあそうなるな。『愛国社』ってのはヘルヴァニア人を狙ってるらしいし」

「あたしも、キャリーフレームの知識を活かしてあなたのお手伝いをするわ!」

「ちょっ、抱きついて来るな! 離れろって!」


 裕太が突き飛ばすようにエリィを突き放すと、エリィが悲しそうな顔で裕太の顔に視線を合わせるので、裕太はムッとした顔でエリィの着ている制服を指差した。


「あのな銀川、お前自分の服がどうなってるのか忘れたのか?」

「あたしの服……? あっ!」


 エリィはそこでやっと、制服が大田原の痰まみれであることを思い出したようで、顔を手で抑えて顔を真っ赤にした。

 恥ずかしさに悶えるエリィの肩を、救急箱を持ったままの富永がポンと叩く。


「銀川さん、私の着替えでよかったらロッカーにしまってあるので、とりあえずそれを着るであります! 制服は洗濯してあげるであります!」


 富永にそう言われたエリィは黙って頷き、そのまま女同士で一緒に詰め所の方へと歩いていった。

 ぼーっとふたりを見送っていた裕太の首に、照瀬が馴れ馴れしい態度で腕を回す。


「いででっ、照瀬さん何するんですか」

「お前の制服も洗ってやろうと思ってな。お前こそ、自分の服の状態わかってないじゃないか」

「俺の服……? ああっ!」


 裕太はそこで初めて、先程エリィに抱きつかれた時に痰をなすりつけられたことに気づいた。

 真っ赤な痰がべっとりと張り付いた制服。

 ぞわっと、裕太の全身に鳥肌が立った。


『うわっ! ばっちいじゃないか、裕太!』

「銀川のヤロォ~~! 待ちやがれ!」

「あ、おい! 大田原のおっさんを運ぶのを手伝えよ!」


 警察署の敷地に、裕太と照瀬の叫び声がこだました。


  ……続く


─────────────────────────────────────────────────

登場マシン紹介No.2

【クロドーベル】

全高:8.0メートル

重量:5.6トン


 現在日本警察が制式採用している七菱製キャリーフレーム。

 全体的に細目のシルエットだが、肩や脚部などは大型になっている特徴的な体型をしている。

 採用当時は最新機ではあったが、民間機の性能向上に伴い数年で型落ちになってしまっている。

 近接戦においては腰部にマウントしている伸縮製の電磁警棒を用い、突き刺しからの放電で相手キャリーフレームを機能停止させる戦法をとる。

 パトカーのような白と黒の塗装が特徴的で、ひと目で警察の機体とわかるようになっている。

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