怪物の家

それは、忘れもしない月明かりもわずかな晩のことだった…


俺は、仲間達と暮らすいとしいわが家へと向かっていた。いつもとは違う気持ちで…


足が震える。ドクドクいう変な音が聞こえると思ったら、自分の心音だった。

ああ、どうして親分はよりにもよって一番ビビリの俺を、しかも一人で来させたのだろうか… 完全なる人選ミスでしょうよこれ… 素直に怖いから行きたくないって断れなかった俺も俺だけどさ…


そうこうしてるうちに家に着いちゃった… 皆でそれなりに楽しく過ごしてきたはずの場所なのに、今は心なしか異様な空気を放っていて怖い… でも入らなきゃダメなんだよな…

早くも涙目になりかけたが、ぐっとこらえ、中へと一歩踏み出した。


いやにひっそりしてる… 真っ暗だ… 何かが息をひそめてこちらをうかがっている気がする…

いや、そんなわけない、怖くない怖くない… 頭をぶんぶん振って気を取り直す。

まずは明かりが欲しい。キッチンに行こう。暗いのが怖いんじゃなくて、周りが見えづらいからだ。そうだそうだ…


暖炉の中に小さな黄色い光が2つ見える。しめた、炭火が残ってるんだ。

火をつけよう。マッチを近づけてと…

? ん、ぐにゃっとした感触が…


ふうう、と生臭い風が吹きつけてきた。

顔に、熱をともなった痛みが細長い線となって何本も出現した。次々に。

誰かが長い爪で俺の顔を引っかいているんだと気がついた。

心臓の音とは違った変な音が聞こえると思ったら、自分の悲鳴だった。


やっぱり出た! 逃げなきゃ、逃げよう!

脇目もふらずに裏口へと走った。扉をほとんど体当たりするような勢いで開け、庭へと飛び出した。


とたんに、脛に激痛が走った。鋭いものが皮膚を破り、肉に食い込んできたのがわかった。

きっと待ち伏せていた何者かに、小刀をつきたてられたんだ。


さっきとは別の悲鳴を口から溢れさせ、全速力で駆けだした。傷口からじわじわと生暖かいものがしみ出てくるのを感じたが、大して気にする余裕もなかった。


藁や落ち葉でできた肥料の前を通り過ぎようとした時だった。

横目に入ったものに、ぎょっとした。

暗かったからはっきり見えたわけじゃない。

でも、得体のしれない、大きな真っ黒い何かであることだけは確かだった。

そいつは、こん棒でしたたかに俺の腹を殴りつけてきた。

腹の中身が喉までせり上がってくるような衝撃と腹の形が変わってしまったのではないかと思うくらいの痛み。「がっ」という情けない声とともに地面に仰向けに倒れた。


屋根の上から、見下ろされている気がした。

それが、何事か怒鳴ったのが聞こえた。

恐怖やら痛みやらで混乱しきった頭にその意味はわからなかった。でも、「さあ、その悪者、ここへつれて来い」と言ったに違いなかった。


冗談じゃない! こんなわけの分からない奴らに殺されたくない!

まだ顔も脚も腹も痛かったけど、全身の力を振り絞って立ち上がり、がむしゃらに逃げ出した。


皆に伝えなきゃ! もうここは、慣れ親しんだ家であるはずのここは俺たちの家じゃない! この言葉は、認めたくなかったから使わないようにしていた、でも、もう認めざるを得ない!

あそこは…「怪物」の家だ!




数時間前の夕食の時の光景が頭に浮かぶ… 今朝、俺たちは一生遊んで暮らせるくらいの大金を盗み出すのに成功した。そのお祝いに、豪華なごちそうと飲み物を用意して、歌ったり踊ったりのパーティをしていた。


そうしたら、突然窓に映ったあの影… 今まで見たことのあるどんな動物にも似ていない… 何と表現していいかもわからない、まさしく「怪物」の影。

影だけじゃなく、それが放った声もこの世のものとは思えなくて、俺たちは恐怖にかられてごちそうも飲み物も金もほうってめいめいに家から飛び出した…


ああ、思い出したくもないのに、あのおぞましい鳴き声が脳内に響き渡る…




「ヒヒーン! ワンワン! ニャーオニャーオ! コケコッコー!」

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