第四話 秘密の指令書

 各セクションのチーフも、管制室詰めの作業員も研究員も、みな、無言だった。孵化が始まればエレベーターシャフトが崩れて地上に帰る手段はないこと、このまま掘り進めても間に合いそうにないこと、仮に今すぐ核融合爆弾を爆発させても卵に致命打を与えられるか判らないこと――そのようなことは乗組員一同、みな感づいていた。

 僕は、乗組員たちが管制室に押し寄せるのではないかと思った。しかし、集まってきたのは掘削チーム、計測チーム、食料課……各セクションのチーフだけだった。ここに姿の見えない圧倒的に多くの乗組員たちは、きっと今も持ち場を忠実に維持してくれているのだろう。

 どのような状況においても諦めない精神が求められる――そう言って始まったプラットフォーム搭乗訓練初日から、既に幾年も経っている。これまでにも幾度と無くトラブルに対処してきた。避けがたいものもあれば、人的ミスもあった。乗組員の信頼と結束と機転が、今日まで試練を乗り越えさせた。乗組員たちにしてみれば、今ある全てをこのプラットフォームと共に築いてきた。

 心身ともに健康な若人が、同胞の未来の為に、二十代をかなぐり捨てた。家族とも会えずに過ごしてきた。そしてこの五年、地下に潜り続ける不安な面持ちの中に、気概と自負が感じられた。


「艦長、これで人類が救われるかも知れないのなら、何でも試しましょう」

「核融合爆弾を起爆し、エイリアンの卵にかすり傷でも負わせてやりましょう」


 エイリアンがついに孵化しようという事実、その一点が、彼らに自決を迫ったのだ。だが、まだ戦いが終わったわけではない。プラットフォームの艦長として、僕は全ての乗組員に指令を告げる義務がある。


「我々は、どのような状況においても諦めない。これから秘密の指令書の内容を伝える。」


 僕は簡潔に伝えた。非常ハッチを開ければ女子高生エイリアンと会えるかも知れないことを。そして、秘密の指令書の内容を。秘密の指令書には、作戦名が書かれていた。曰く、「地上を闊歩するオッサンは、もとより、すべて“エイリアン”である」。そして、そこには「間に合わない場合、核融合炉で自爆してはならない。非常用ハッチを解放し、エイリアンと接触せよ」と書かれていた。


「非常用ハッチを開ければ、女子高生エイリアンと遭遇する可能性が高い。男のフェロモンを感じ取り、ここに押し寄せてくるだろう」


 管制室に、どよめきが起きた。

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