第三話 大深度地下、八〇一キロ。

 大深度地下、八〇一キロ。ようやく辿り着いた。しかし、プラットフォームの管制室は赤い非常灯と警告音に包まれている。

 計測器を確認する。目指す先を震源とする軽度の地震が、断続的に続いていた。一旦、警報を解除し、計測チームのチーフに意見を求める。青ざめた顔に、答えがにじみ出ていた。


「卵の孵化が始まったようです」


 管制室に、小さくどよめきが起きた。

 手の震えを隠すため、僕は拳を固く握りしめた。自分を見失いそうな時は、親指に残る深い傷を摩る。子どもの頃に工作をしていて、カッターナイフで切ってしまった痕だ。僕は元来、全くの不器用だ。それでも「実験」を続け、「工作」を続け、科学者になった。科学者への憧れだけは負けない。いつだって科学者としての自負を胸に、ひたすら勉強した。だからこうして、人類の生存のために、人類の夢を背負い、人類の到達した地底最深部に立っているのだ、と自分に言い聞かせた。

 大きく深呼吸して、僕は自分の使命を思い起こした。ここで核融合炉を爆発させたところで女子高生エイリアンの卵の殻に傷をつけられるかは、実際問題、誰にも判らない。確実に有効な一撃を与えるには、せめてあと百五〇キロは掘り進める必要があるという、試算の結果だけがあった。しかし、その百五〇キロを掘り進めるにしても、まだあと半年から一年はかかる。その間に女子高生エイリアンの卵が孵化する可能性は非常に高く、孵化すれば人類は滅亡する。

 今日この日まで、秘密の指令書を心の中で何度も読み返した。自分を言い聞かせ、自分の使命を信じた。それでも、地上で受け取った秘密の指令書を、疑わずにはいられなかった。覚悟を決めて、艦内放送用のマイクを取った。


「各セクションのチーフは、状況確認が済み次第、管制室に集合してくれ」


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