間章 その5

 黄都こうとの中枢議事堂へとその報が届いたのは、イリオルデら反乱軍の司令室壊滅より遥かに遅れてのことである。

 中立の立場で運営事務を担当する第一卿、基図のグラスおよび第八卿、文伝あやつてシェイネクは、急遽中止を通達された第十試合への対応に追われ、その同時刻に勃発していたさらなる争乱についても、知る由もない。


 しかし、第二十七将ハーディの突如の凶行は、そのような二人の多忙の手を止めて余りある衝撃であった。

 報せを聞くや否や、グラスは手当たり次第に書類を広げ、シェイネクがその中から組み合わせ決定時の議事録を瞬時に抜き出した。


「ね、念のため聞くが、シェイネク……気付いてたか」

「……まさか。グラス卿だって想像してなかったでしょう」

「ロスクレイとハーディは……、この六合上覧りくごうじょうらんに参加していた……全て、ひっくり返ることになるぞ」


 決定した対戦組み合わせについて、かつてシェイネクと共に議論したことを覚えている。

 確実に勝ち進める組み合わせを作る権利を有しながら、絶対なるロスクレイは、その構築に失敗した――と、試合を俯瞰するこの二人すら思い込んでいた。

 シェイネクは、慌ただしく組み合わせ表を机に開いた。


「ロスクレイが戦いを勝ち進むためにはむしろ、勝てないように見える組み合わせに見せる必要があったということになります。明らかに優勝が確定している一人は、他の十五人全員から警戒されてしまう……開催前、全員が万全の状態から妨害されるから。あのカヨンも……ケイテも、エヌも、全員、目の前の相手への仕掛けを優先した! 本当に、手段を選ばず戦ったなら……勝つのはロスクレイなのに!」

「……いや。ロスクレイを下そうって連中はいた。ツツリ辺りは、反ロスクレイの目があるケイテに接触してたって話もある。だが……ロスクレイに歯向かうつもりなら……現実的にそうしようとする奴は、ハーディだ……こっちの陣営につく……! その可能性すら、始まる前から刈り取られてやがった……」


 強大なる組織に逆らう者こそ、匹敵する別の強大なる組織を求める。

 自身の対立勢力としてハーディを擁立したロスクレイの策は、そうした反逆者の心理をも熟知した、致命の罠だ。


 軍部の長という肩書きが、黄都こうとの手より逃れて暗躍を続けてきた元第五卿、異相のふみのイリオルデすらをも引きずり出した――都合よく用意された偽りの勝算に、彼は陰謀家として蓄えてきた全てを投じた。


「この……この前提を置いて対戦組み合わせを見ると、どうなります?」

「……第一回戦、灰境かいきょうジヴラート。これは変わらん。あのロスクレイが、第一回戦から勝てない相手を選んでいたなら、さすがに何かがおかしいって訝しむ輩が出たはずだろう」

「実際には予想以上の苦戦を強いられたものの、世界詞のキアが例外だった――と」

「そりゃ、あんな化物を予想できる奴はいないよ。それこそロスクレイでもだ」


 第一回戦にして最悪の想定外という脅威に晒されながらも、彼は勝った。

 そしてロスクレイの第二回戦の敵となる出場者を決める、第三試合。


「移り気なオゾネズマ、対、柳の剣のソウジロウ……」

「確か、あれだ。第三試合の最中……ハーディがダントの奴に接触したって噂があったよな。もしもソウジロウが負けた場合は、オゾネズマの側に一枚噛もう……って話だと思ったが。あれも今にして思えばだ」


 移り気なオゾネズマに対して、ハーディはなりふり構わぬ大規模な兵力の投入によって、遅延工作を講じた。その横合いからロスクレイ陣営が介入することすら考慮していないようだった。


 さらには、ダント陣営に取り入ることで勝ち馬に乗ろうとさえした。

 無名の、正体不明の候補に一度勝つためにしては異常なまでの勝利への執着だと、誰かが思ったはずだ。だが、そこに辿り着ける者はいなかった。


「第二回戦。これは、第二回戦の、この戦いが狙いです。ハーディは……オゾネズマが勝ったとしても、内側からオゾネズマを妨害するつもりだった……違いますか!? 彼は最初から、自分の候補者を勝たせるつもりなどなかった! ロスクレイと同じ……どのような手段を取っても、第一回戦さえ勝てばよかった!」

「つまり……第三試合を勝ち上がったのがどちらであろうと、ロスクレイの対戦相手は、第二回戦で勝てなかった。あのハーディが……黄都こうと最大の軍閥が擁立者として全力で妨害を行ったとしたら……到底、不可能……」


 謀略の力を持たず、政治的な後ろ盾が一切存在しないソウジロウなどは、言うに及ばぬ。むしろそのような者を見定めて、ハーディは勇者候補として表に立てたのだ。


 第二回戦で、ロスクレイに負けさせるための候補として。


 ――第三回戦をどのように戦うつもりでいますか?

 ヒロトの投げかけたその問いは、ハーディにとって都合の悪い問いだった。

 彼には、最初から第三回戦を戦う予定などなかったから。


「……第三回戦。これは」

「そこは……とっくに答えは出ているだろうシェイネク。ロスクレイはそもそもんだよ……! 常識的に考えれば、確実にアルスかルクノカが勝ち上がってくるところだ……! 第八試合の時に仕掛けたアレで――魔王自称者認定で、試合前に消すつもりでいたってことだろう! 第三回戦までを全勝。不戦勝はこの一回だけで……誰も、不審に思わない。竜族りゅうぞく人族じんぞくの脅威だからだ……!」

「……だとしても」


 シェイネクは呟く。こうして彼の計略を改めて追い直せば分かる。

 この地平において最強の修羅が集う中で編まれた謀略の糸である。世界詞のキア。冬のルクノカ。ロスクレイの計画を打ち崩す要素はいくつも存在した。

 計画が長期間の、緻密なものとなるほど、それはたった一つの前提が覆されるだけで、修正を余儀なくされる。


「全て、修正した……ということになりますよ。それも、ルクノカの一件に関しては反主流陣営の戦力を削り、結果としてイリオルデを動かすための旗印にさえしてみせた。第十将クウェルの行方不明すら、本当に立会中の事故だったかどうか――何より……謀略の面で六合上覧りくごうじょうらんで最も脅威だったオカフ自由都市や“見えない軍”からも、この……もはや覆せない局面が来るまで、真の実力を隠し通してみせた……」

「こんな真似が……ロスクレイ……!」


 見る。何度見たところで、対戦組み合わせの事実は動かない。

 それはこの六合上覧りくごうじょうらんが始まった時点で、既に決まっている。

 ロスクレイの属する組を確認する。


 無尽無流むじんむりゅうのサイアノプ。擁立者死亡により脱落。

 おぞましきトロア。第一試合敗退により脱落。

 星馳せアルス。第二試合敗退および魔王自称者討伐により脱落。

 冬のルクノカ。大規模軍事作戦および第九試合敗退により脱落。

 移り気なオゾネズマ。第三試合敗退により脱落。

 世界詞のキア。第四試合敗退により脱落。


 柳の剣のソウジロウ。擁立者離反により、脱落が確定。


「――全滅だ!」


 絶対なるロスクレイは、決勝にまで勝ち上がる。

 後から見れば、全てが彼を勝たせるための作戦であったと理解できる。

 ソウジロウを勝利に導くためと見えたハーディの陰謀は、その実彼と当たって勝ち上がるロスクレイを先に進ませる戦略だった。故の、勝ち抜き戦。

 だが、それを知らない者では、決して気付くことはできない。


「さ、最初から……」


 他の候補者の誰がどのように動き、勝利への策を弄したところで、全てはそれよりもさらに上の次元で仕組まれていた。

 六合上覧りくごうじょうらん。ただ一人の勇者を定めるための、真業しんごうの戦い。


「この組の中に……奴なんか、誰も入っていなかった!」

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