絶対なるロスクレイ その1

 ――絶対なるロスクレイ。武勇の頂。真なる騎士。


 黄都こうとの市民に、この地上で最強の英雄を聞いてみるがいい。

 様々な答えが返るかもしれない。無数の迷宮をただ一羽で踏破した異形の鳥竜ワイバーン、星馳せアルス。あるいは誰もが見たことのない伝説のドラゴン、冬のルクノカか。

 それでも、彼らの脳裏にあるのは、常にロスクレイの名だ。その伝説と輝きを知る者は全て、“最強”の二文字を、絶対なるロスクレイと比較せずにはいられない。

 正々堂々たる騎士、ロスクレイ。人間ミニアの中で唯一単独でドラゴンを討ち果たした、竜殺しの英雄。如何なる敵が現れようと、その白銀の鎧に汚れ一つ付けることはない。


 もしかしたら、破城のギルネスも知らず、同じ憧れを抱いていたのかもしれない。

 湿った地下牢に繋がれ処刑を待つ、国を恨んだ反乱首謀者であっても。


 暗闇に座り込んだまま、彼は格子の向こうに立つ男へ問い返した。


「……俺と絶対なるロスクレイとを、決闘させるというのか」

「そうだ。破城のギルネス。貴様の行いは、ただいたずらに民を脅かし、人命を奪っただけのことにすぎない。断じて許せぬ平和への裏切りだ」


 黄都こうと第三卿、速き墨ジェルキ。黄都こうとの政務を牛耳る、現権力の黒幕の一人だ。

 このまま鎖を引きちぎり、千切れた鎖で格子の隙間を通し、その顔面を縦に割る。


 ……その光景を、脳裏に浮かべるのみだ。今、彼を殺して終わる戦いではない。

 これは民のための戦いだ。民が立ち上がらねばならない。ギルネスはその信念のもとに戦ってきた。


「――しかし貴様はかつての名将。破城のギルネスであろう。慕う民も少なくはない。ならば貴様の取るに足らぬ主張を聞き届けぬまま処刑するのも、女王陛下の正義を損なう行いだ。故に機会を与える。これは正義を懸けた、真業しんごうの決闘だ」

「貴様らはそれで構わんのか? 俺がロスクレイを殺し、潔白を示す。俺は、その場で民に議会の欺瞞を告発するぞ。止められる者はいまい」

「何を言おうと、貴様に拒否権はない。全力を尽くし戦え」


 第三卿の表情は、冷たい眼鏡の輝きと同じく、無機質で、冷徹だ。

 これは破城のギルネスにとっては好機と見えよう。だが事実は、きたる王城試合に向けて、英雄同士の真業しんごうがどの程度民に受け入れられるか、彼らの熱狂をどれだけ煽ることができるか。それを試すべく行う、デモンストレーションである。

 黄都こうとの礎となった王国で、王が病に倒れるまで猛将として民を守った破城のギルネスならば、それ以上の適任はあるまい。


真業しんごうと言ったな。全力を尽くし戦えと」


 ギルネスは幽閉のうちに伸びた髭面に、獣じみた笑みを浮かべる。

 あのロスクレイとの決闘。願ってもない。


「試合のその日まで、俺を閉じ込めておくつもりか? 剣を握らせることも、全盛の動きを取り戻させることもなく。それで全力を尽くしたと、貴様らは納得するのであろう。民はどう見る。貴様らの思うような、愚かな者ばかりか」

「無論、貴様はそのように主張するだろうな」


 軽い金属音が鳴る。ジェルキの目配せに応じて、看守が牢の鍵を開けたのだった。

 そのまま手際よく、ギルネスの枷までもが外されていく。


「決闘のその日まで、監視の上で貴様を釈放とする。決闘の日取りは布告してある。貴様の合意によって、一時の恩赦が果たされたと、既に民の尽くが知った話だ」

「……何を企む」

「何も。黄都こうと第二将の力を恐れるのならば、精々言い訳を並べ立て、逃げるが良い。こちらには、そのような敗北者を追ういとまもない。民よりの人望を引き換えに、貴様一人で生き延びることもできよう」


 破城のギルネスが釈放された姿を現に民へと見せることで、女王の寛大と正当性を示す心積もりか。

 鎖で繋ぐ必要もないのだろう。かつてあった王権の正当性を拠り所とするギルネスにとっては、自らの正義と、民の期待の視線こそが、何よりの鎖となるのだから。既に、小二ヶ月後の決闘より逃れる手立ては封じられている。


「俺が再び、議会や兵舎を襲撃するとは考えないか」

「構わん。貴様は我らの恩赦を無下にした恥知らずとして、今度こそ討伐の名分が立つ。その時貴様に誅を下すのは当然、絶対なるロスクレイだ。どのように足掻こうが、貴様はロスクレイと戦闘する運命からは逃れられん」

「……いいだろう。ならば実行は、最も民に訴える場がいい」


 元より、ロスクレイを恐れる心はない。ギルネスの決意は最初から決まっている。


 黄都こうとは、断じて女王セフィトのものではない。

 “本物の魔王”の脅威を前に種族分け隔てなく呼びかけ、民を集め、今の黄都こうとの礎を作った主、アウル王の国家だ。

 セフィトはただ、“正なる王”の中で唯一生き延び、その血統だけでこの国を乗っ取った侵略者に過ぎない。


 女王を許すことはできぬ。彼女の手足として民を支配する、黄都こうと二十九官も。

 王とギルネスが守ったこの王国は、他の二王国の民の流入に無残に歪められた。

 ましてや“本物の魔王”との講和という愚劣の極みに滅んだ王国の娘が、女王など。


 その日からギルネスの胸中を満たすのは、無限に燃える怒りだ。

 彼らの愛した民を、この正当なる復讐に目覚めさせねばならぬ。


――――――――――――――――――――――――――――――


 ギルネスの歩く街路の所々では、常に黄都こうとの兵が彼を見ている。

 それでも、監視の及ばぬ時は必ずある。風呂や寝室の中。あるいは告解室や娼館。

 その時のための武器を、破城のギルネスは懐に忍ばせている。


 ――市民に見せ、用途を理解できる者はいないだろう。手に収まる程度の空洞の木の軸から、金板を加工した、中央で割れた三角形の先端が伸びている。

 道具の名を、万年筆、という。


 多くの者が識字の能力を持たず、貴族や王族ですら、家系や王国に伝統する独自の文字言語を用いるこの世界にあって、ギルネスの軍団は、彼ら自身の文字を定め、一兵卒に至るまで徹底的にその教育を施している。

 ならば監視の兵程度が、理解できるはずもない。

 市街の各所へと残した布片に残された、ただの液墨の染みが意味するところなど。


(全力を尽くせと言ったな)


 彼は全力の鍛錬を続け、日々の営みを行い、試合を心待ちにする市民に笑顔で接し、あるいは支持せぬ者からの白眼を受け流した。

 彼を監視する兵が、そう報告するように。


 黄都こうと議会の知らぬ間に、破城のギルネスのかつての部下が集まりつつある。

 接触は決してない。それでも、各地に残した伝言で、互いの進捗を理解している。

 百名の尽くが、その日へと向けた計画を進行している。


(後悔にはもはや遅いぞ。第三卿ジェルキ)


――――――――――――――――――――――――――――――


「ギルネス様、試合の日取り、もう大二ヶ月後になりましたか!」

「……ええ。この店の紅果も、そろそろ食べ納めになるやもしれませぬなあ」

「いえいえ、ギルネス様も大したものです。ロスクレイ様と、真っ向勝負! 他の誰にもできることではありませんや。息子も楽しみにしておりましてねえ」


 準備と鍛錬の期間は過ぎ、小二ヶ月あった猶予は、残すところ大二ヶ月に迫っていた。この十四日で、各地に散らばっていた配下もこの黄都こうとに集う。試合の日、勝利の興奮状態の中で民に告発を行い……その時こそ、全ての軍勢は民を巻き込んで、同時に決起するのだ。


「真実のための戦いです。無論、正面から受けて立ちますとも。黄都こうとは今は亡きアウル王の築いた都市であって、セフィト女王や、まして議会の功績ではありません」

「ははあ。俺は学がないもんでよく分からんのですが、言われてみれば確かに、今の議会は少しおかしいのかもしれませんなあ。うちの息子はロスクレイ様を応援していますがね、もちろん私は、ギルネス様のことも贔屓していますよ!」


 この青果店の店主も、大二ヶ月後に行われる試合が真実殺し合いであることを、心の底からは実感していないのだろう。

 呑気に両者を応援しているということは、そういうことだ。彼らの甘い認識が現実を思い知ったとき、その心はどのように変わるだろうか。

 古代にあっては奴隷闘士の真業しんごうを競う闘技場が隆盛を誇ったことを思えば、あるいは今も民の本質は変わらぬのやもしれぬ。


「それはありがたいことです。正義の示されるその時には、是非、息子さん共々見届けていただきたい」


 店主と話している間、果物の並ぶ棚を見定める客が、立てかけていたギルネスの剣を取った。監視の兵からは、それは観葉樹に阻まれる死角だ。

 その客は代わりに、鞘と柄が全く同じ造りの剣を置いている。

 ギルネスは口髭を撫でて、了解の意を示す。


「――それでこそ、戦いの中で犠牲になった者たちが浮かばれるというものです」


 彼らが死んでいったのは、このような歪な議会政治を築くためではなかった。


 さりげない風を装って、ギルネスは取り替えられた剣を手元に寄せる。

 刀身の重量は、今まで用いていた数打の両手剣と、全く異なっていた。


(チャリジスヤの爆砕の魔剣。まだ残っていたか)


 これまで、鍛錬の際に実剣を抜いたことは数えるほどしかない。

 これから大二ヶ月をかけて、この刀身が元からその形であったよう、監視の者達の目に慣らさせていく。

 当日に、すり替えに気付くことのできる者のいないように。


 絶対なるロスクレイは、この刀身に触れた、その時に死ぬ。


――――――――――――――――――――――――――――――


 四日後。破城のギルネスは、郊外の住宅を訪れている。釈放より懇意にしている酒場の主人の使い、という形を取っている。人気の少ない土地のためか、監視の兵は特段に姿を隠す様子もなく、ギルネスの後方の樹木に寄りかかっている。

 ギルネスは呼び鈴を鳴らす。部下を用いて集めた情報が正しければ、今はこの隠れ家に、目的の人物がいるはずである。


 呼び鈴の音と同時、重い音が後方で倒れた。

 振り向くと先程まで立っていた監視は地面に伏し、代わりに、ひょろ長い初老の男がうっそりと佇んでいる。


「……ロムゾ先生」

「おや、これはギルネス将軍。お久しぶり。少し邪魔になりそうな者がいたのでね。ふむ。こうして眠らせてしまった」


 学者然とした丸い眼鏡で、倒れた兵を他人事のように見下ろしている。

 体術の凄まじさは、かつてアウル王が健在だった頃と、何ら変わるところはない。


「木に寄りかからせておこう。よいしょ。本人は眠ったことにも気づかないだろうがね、代わりに長くも持たない」

「分かっております。話は手早く済ませてしまいましょう」


 ――釈放の交渉。黄都こうとに集う百名の部下。チャリジスヤの爆砕の魔剣。彼が最後の切り札である。


 星図のロムゾ。彼こそは“最初の一行”。

 今の王国の在り方を憂う同胞の、ギルネス自身と並ぶ最高戦力の一人であった。


「御存知の通り、四日後の試合の最中に、我々は行動を起こすつもりです。場所は城下劇庭園。周囲を客席が囲み、“鳥の枝”の射程で十分到達します。そこでロムゾ先生には、援護を行う兵たちを護っていただきたい」

「ふむ。それは容易い。全く容易い……が、それだけではなさそうだね」

「――試合前に“宿威しゅくい”の技を願えますか」

「ふむ」


 ロムゾは、ぼんやりと木々を見渡した。葉が茶色になり、落ちていく時期だ。

 その間、ギルネスは口を噤んで、“最初の一行”を見据えている。


「それは容易い。分かっているよね」

「無論です。その一戦を勝ちさえすれば、我らが宿願は叶う」


 先の兵士を昏倒させた点穴の技は、ただ攻撃に用いるのみが用途ではない。

 その本領は、むしろ自身や味方が戦闘する際の、肉体限界の解除にある。


 “宿威しゅくい”は極北にあたる。死の代償すら背負いかねぬ技を、ロムゾはそう名付けた。


「……絶対なるロスクレイは、強いぞ。なにしろ、絶対だ」

「重々、理解した上での承諾です」

「うん。それなら、まあいい」


 老いた師は悠々と歩き、住宅の扉に手をかける。

 そこで振り返った。


「ああ、そこ……最初と同じ位置。私の三歩前くらいの位置に立っていなさい。そこの男、目が覚めた時はちょっとよろめいたくらいの気分でいるから」

「は。ありがとうございます」


 彼は深々と礼をして、同胞を見送る。今、全ての準備は為された。

 客席からの百の援護。当たれば即死の剣。そして生命限界を越えた動き。


 何もかも、ギルネスが持ち得る力の全てを尽くした準備だ。

 真業しんごう。その取り決めをどのように受け取るかは、個人によって異なるだろう。

 清廉にして高潔な騎士、ロスクレイならば、自身の磨き上げた技術一つで戦うことを正義とするかもしれない。

 ギルネスはそうではない。彼はロスクレイのような偶像ではなく、敵を殺すべく戦う軍人である。


 ――試合の日が来る。


――――――――――――――――――――――――――――――


「ロスクレイ!」

「ロスクレイ! ロスクレイ!」

「ロスクレイ!!」

「ロスクレイ!」


 群衆の声は、まるで耳が割れるようだ。

 白昼の城下劇庭園。広大な草の広場を囲む客席には、興奮状態の黄都こうとの民が犇めいている。

 この中に青果店の店主もいるのだろうかと、ギルネスはふと思いを馳せた。


 彼の対向に進み出た騎士は、まだ若い。金髪と赤い眼を持つその顔は、はっきりと分かるほどに美しい。

 それも血鬼ヴァンパイアのような、怖気をふるう美しさではない。見る者に安心を与えるような、爽やかな容貌の類である。

 加えて筋肉の付き方すらも、恐らくは生まれながらの体質が異なるのだろう。大きく太い筋肉を纏ったギルネスの威容と比べれば、細く引き締まった、彫像の如き印象を与える体だ。

 ――誰もがその顔を知っている。絶対なるロスクレイ。


(……なるほど。偶像として祭り上げられるだけはある)


 こうして対すれば、どちらが『正義』であるかは瞭然と見える。

 確かに、民を守る将軍として万の軍勢を率いた破城のギルネスも、彼と並べられればまるで山賊だ。


「ギルネス将軍。貴方の武勇は今なお民の記憶に新しい。此度の決闘を光栄に思う。遺恨なき闘争を、存分に見せよう」

「こちらこそ、光栄だ。こうして申し開きの機会を与えられたということは……我が正義がただの外道ではないと、議会にも認められたものと考えている。今、一人の対等の戦士として、貴殿と仕合うとしよう」


 ギルネスは、剣の重みを預けた自身の腕が下がっていく動きを認識している。

 僅か髪の毛一本下がった時、止める。動かす。髪の毛一本で止める。

 軸が揺らぐことすらない。傍から見れば、ただ滑らかに剣を下ろしているようにしか見えぬだろう。


 この僅かな時間で、ギルネスは肉体の性能の確認を終えている。

 瞬時に、思う位置と速さで肉体を『止める』ことができる。

 これぞロムゾの“宿威しゅくい”。ギルネスの全力の剣技に乗せたとすれば、その威力は如何ばかりか。


「ロスクレイ!」

「ロスクレイ!」

「ロスクレイ!」


 歓声の中、試合開始を告げる号砲が鳴る。両者はその瞬間、間合いを詰めている。

 ロスクレイが大上段に振り上げた構えが見える。教練で習う通りの、最も速い打ち下ろしだ。だが。


(俺には当たらない。今の俺には)


 ギルネスは、踏み込みを『止める』。

 その体重を乗せた突進加速の只中であっても、今のギルネスにはそれが可能だ。

 よってロスクレイは、初撃の間合いを見誤る。それが最悪の失着となる。


「一瞬だ。悪いが――」


 ――悪いが、百の兵力を用いるまでもない。


 剣筋を受ける下段に構えたギルネスの剣は、先端に、ロスクレイの刀身を掠った。

 太古の詞術しじゅつが走り、刀身は熱を帯びて爆裂する。ロスクレイの剣が折れる。


 チャリジスヤの爆砕の魔剣。

 観客の目からは、あまりの膂力に防御も叶わなかった一撃ということになるか。

 その軌道のまま、胸に浴びせるように、斬る。


「【――よりコウトの風へ i o k o u t o 蛍の湖面 n a m f a t q u m z i z 土の源 n i n h o r t a s 片目より出でよ w i z i o g u r a e u a 閃け p a s t i g e s t e r 】」


 詞術しじゅつが詠唱されていたことを、その時知った。

 ギルネスの剣の軌道の前に突如生まれた電荷が刀身を逆流して、一瞬、逃れ得ぬ生体反応として筋肉を硬直させた。

 常人であればそのまま意識を失っていたであろう。耐え、踏みとどまる。


(……なんだ、今のは)


 頭を振る。さすがに、眼前の相手の詞術しじゅつの予兆を見逃すギルネスではない。

 武器を失ったロスクレイは、穏やかな表情を変えてもいない。


 見えぬ予兆は不可解だったが、少なくとも、ロスクレイは今見せたような速度と威力の熱術ねつじゅつが可能ということになる。

 実戦の場で、あの剣戟の速度に合わせる以上は、相当な研鑽を積まねばなるまい。


(騎士と思ったが、詞術騎士か。それも良かろう)


 ――その研鑽に費やした時間だけ、剣の武練を積めてはいない。


 剣の技のみでロスクレイに勝つことは不可能と考えていた。ならば、年季にも経験の純度にも勝るギルネスが彼を越えることもできる。ましてや彼が振るうのは、接触が死の爆衝をもたらす、チャリジスヤの爆砕の魔剣だ。


「……その剣」

「中断でも申し立てるか? もう遅い。俺の一太刀は貴様の口よりも早く届くぞ」

「いいえ。私も、新しい剣が入り用かと思いまして」

「【――宝石の亀裂 v a p m a r s i a w a n w a o m 停止の流水 s a r p m o r e b o n d a 打て o z n o 】」


 ギルネスの横薙ぎの一閃は、剣に阻まれた。ロスクレイの剣――否。

 爆砕したその一本は、地面から生えてギルネスの剣閃を防いだ。

 今、ロスクレイを囲んで、四本の剣が大地の鉄質より形成されつつある。


「馬鹿な、これは……!」


 ギルネスは剣を引いた。実戦で、この速度の工術こうじゅつをも用いるのか。

 この男は騎士ではなく、正真の詞術士だったとでもいうのか。そんなはずはない。


「は……あっ!」


 その動揺を逃さず、裂帛の気合が土を踏んだ。

 ロスクレイの新たな剣は、教練通り、あまりにも正しい軌道で、ギルネスの剣を逆に辿って、篭手を割った。

 腕を落とされなかったのは、“宿威しゅくい”の効用で寸前に腕を引けたからにすぎない。


 平時のギルネスならば、この交錯で敗北していた。

 篭手の内布を浸しつつある血が、そのおぞましい予感を思わせた。


「馬鹿な……馬鹿な……」

「……これで仕切り直しですね。ギルネス将軍。さあ、正々堂々」


「【――よりコウトの土へ i o k o u t o 形代に映れ y u r o w a s t e r a 宝石の亀裂 v a p m a r s i a w a n w a o m 停止の流水 s a r p m o r e b o n d a ――】」

 「【――蛍の湖面 n a m f a t q u m z i z 土の源 n i n h o r t a s 片目より出でよ w i z i o g u r a e u a ――】」

「【――歪む円盤 t o r t e w b i j a n d 虹の回廊 r i n g m o r u s e i p a r 隠れし天地を回せ w r b a n d e a z i o g r a f ――】」

 「【――よりジャウェドの鋼へ i o j a d w e d o 軸は第四左指 l a e u s 4 m o t b o d e 音を突き t e m o y a m v i s t a ――】」


 剣が、さらに生まれる。電光が瞬く。宙へと浮かぶ。

 これだけの詞術しじゅつを同時に。いや、あの剣術の冴えを共に修めているなど。

 あり得ない。あり得ない。


 そもそもが、異なる詞術しじゅつ


(何が起こっている。そんなことが……絶対なるロスクレイは)


 破城のギルネスも知らず、民と同じ憧れを抱いていたのかもしれない。

 彼は正しき剣技で敵を打ち倒す、真なる正道の騎士なのだと。


「正しき技で、勝負しましょう」


(何もかもが、違う)


「ロスクレイ!」

「勝ってロスクレイ!」

「ロスクレーイ!」

「ロスクレイ!」


 この男の強さは。もっと得体の知れない、何かだ。

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