柳の剣のソウジロウ その2

「おい。一つ聞かせろ。さっきの技、あいつが詞術しじゅつか。どうやる」

「えっ……」

「やってたろ。礫を飛ばしたアレだ。そんくらい教えてくれろ」


 ユノは、“客人まろうど”と自分達の違いに思い当たる。授業で、それを習ったことがあった。

 異界の剣豪の目には、彼女の行使した力術りきじゅつが物珍しく見えたはずだ。ユノが命を助けられた理由などは、あるいはその一つ程度しかなかったのかもしれない。


「あの、“客人まろうど”には……この世界で生まれていない者には、使えない力だって習ったわ……“客人まろうど”の世界では、音の言葉で話しているから、認識が追いついてこないって」

「音の言葉? ああー、そうだな、日本語なわけねェわな、こっちの言葉」

「……あなたと私が、こうやって話せているのが、詞術しじゅつ力術りきじゅつ熱術ねつじゅつは……その詞術しじゅつで、動いたり燃えたりするように、頼むの。空気や物を……相手に」


 ソウジロウの言う“ニホンゴ”は、ユノたちが定義するような言語ではなく、空気を伝わる音声を使い分ける技術のことであろう。

 確かに、音は会話に必要となる媒介だ。どのような音でも、獣族じゅうぞくの鳴き声であっても、そこに込められた言葉を他の種族へ疎通することができる。

 この世界の心持つ種族ならば誰しもがそうできるのだが、“客人まろうど”の世界では異なるらしいと聞く。


「あっそ。じゃあ別にいいわ。面白えけど、面倒だ。刀のがいい」


 反応はそれだけだ。元より、純粋な興味本位で訊いた事柄に過ぎないのだろう。

 尋常ではなく。何の大言でも虚勢でもなく、この男は……果てしのない迷宮機魔ダンジョンゴーレムに、一本の練習剣のみで挑むつもりだ。


「しっ、死ぬわよ……!」

「関係ねェ」

「嘘……! だって、あんなの斬っても何にもならない! 倒したって誰も感謝しない! あなたは……外から来ただけなんだから! 逃げたほうがいいに決まってるでしょう!?」

「なんでだよ」

「だ……だって……死んだらおしまいなのに」

「おしまいか?」


 ソウジロウは素朴に訪ねた。


「……っ」

「敵が勝てねェバケモンなら、そこで終わりか」

「でも、だからって、私に何ができるの……! あんな、あんな、災害みたいなやつに……私、戦えなんて言えない……」

「オメェのことは関係ねェよ。オレは楽しいからやるんだ。あいつ、ありゃ絶対楽しいぞ。なァ」


 丸い眼光は、炎の赤をギョロギョロと映している。

 それは絶望の淵にあったユノの意識を醒ますほどの、深い戦闘の狂気だ。


「行くか」


 ソウジロウは――まるで市場に買い出しに行くかような足取りであった。ユノが呼び止める間もなく、炎の海の只中へ、歩を進めた。

 小柄な体躯は丘を越える。すぐに、機魔ゴーレムの影が群がる。それらは尽く、乱反射する光のような刃の軌道に、斬って落とされる。


 小さな影の点は、入り組んだ市街の中に紛れて、すぐに見えなくなる。さらに多くの機魔ゴーレムが集まり、しかしソウジロウに触れることはできない。ソウジロウを判別できずとも、ユノにはそれが分かった。

 明るい炎が切り払われて、暗く細いまっすぐな道が伸びていくのだ。

 敵を、炎を、空気までをも切断しながら、山の巨怪へと突き進んでゆく。


 ユノが知る中で最も瞬足の探索士であっても、あれほどの速度で街を駆け抜けることなどできない――たとえこの地平全土を見渡しても、厚い黒煙が視界を塞ぎ、炎の爆轟が聴覚を遮る中、焼けた瓦礫の地形を踏破できる者がいたか。


 同時に、その向こうの巨影も、揺らめいて形を変える。迷宮機魔ダンジョンゴーレムが腕を振りかぶっている。


「HWOOOO――OOO――」


 低い吠え声の鳴動が丘をも揺らした。ソウジロウの存在地点に叩きつけられた拳の猛威は、風圧の余波だけで、瓦礫を円状に吹き飛ばすほどである。

 ならば遥かに矮小な人間ミニアであるソウジロウは塵と消し飛んだのか。

違う。たった今大地に突き刺された長大な左の腕を斜面に見立て、ソウジロウは駆け上がっている。


 不可能な所業ではないのだろう――理論の上では。

 だがその勾配は、人間ミニアの体感上は崖にも等しいはずだ。小さな影が体表の凹凸を足がかりに駆け、その速度を一向に落とさぬままでいることが、果たしてどれほどの超絶であるか。


「HWOOOOOOOOOOO――」


 市街の炎をびりびりと震わせる悪夢の潮騒に、市街のあらゆる音がかき消えた。

 肩まで到達したソウジロウの影を一瞬にして覆い尽くした黒雲は、遠目からは羽虫の群れのようでもある。そうではない。それは迷宮機魔ダンジョンゴーレムの全身に開いた機構から放たれた迎撃の矢と、怒涛の物量をもってソウジロウを呑み込まんとする、機魔ゴーレムの軍勢であった。


 迷宮機魔ダンジョンゴーレムは、ただ力を奮うだけの怪物ではない。その巨体の内に兵器の物量を併せ持つ災害である。

 それは人の形を成して災厄をもたらす一つの機魔ゴーレムであると同時に、十年近くも探索士を阻み続けた、踏破不可能の大迷宮であるのだ。攻性を阻む城壁を、射撃を繰り出すやぐらを、機械兵を生産し送り出す兵舎を、その見上げるほどの体躯に包含している。


 ソウジロウの姿は、黒い雲にかき消された。超越の剣士は、理解の及ばぬ怪異に戦いを挑み、そして無為に果てた――ように、思えた。

 だが、違う。迷宮機魔ダンジョンゴーレムは未だ迎撃体制を取ったままである。

 巨大な青い単眼は、自らの腕の異常を捉えた。黒く長い斬線があった。迷宮機魔ダンジョンゴーレムの左上腕を斜めに走るように、明確な傷が刻まれている。


「ウィ」


ソウジロウは、その斬線の端に練習剣を食い込ませたまま、獣の如く嗤った。先の一瞬、左肩から飛び降りながら雲霞の軍勢を回避し、その落下の威力で迷宮機魔ダンジョンゴーレムの巨腕を斬撃していたのだ。


 もはや人智の領域ではない。


矢。砲。そしてさらなる機魔ゴーレム。瞬きのうちにソウジロウは飛び移り、駆け、降り注ぎ続ける殺意の暴嵐の中で、ただ一点の影が目まぐるしく位置を変える。

 迷宮機魔ダンジョンゴーレムの輪郭も、動いている。ソウジロウの取りついた左腕がゆっくりと――しかし当事者にとっては恐るべき速度で振り抜かれた。


「OOOOOOOO――――」

「……!」


 壮絶な遠心力が、機魔ゴーレムの軍勢ごとソウジロウを死の宙空へと投げ出している。それが一人の人間ミニアである限り、どれほどの絶技と神速を以てしても覆せぬ、莫大な質量の差という攻撃。


「LLLL――――LUUAAAAAAA――――」


 迷宮機魔ダンジョンゴーレムの咆哮は、これまでの潮騒のような唸りとは明確に異なる、金管楽器のような音色である。

 鉄と岩が複雑に噛み合った胸部装甲が大きく開いて、その内奥に煮えたぎる、青い超自然の溶鋼の光が、ナガンの廃墟を明るく照らした。


「【ナガンよりナガネルヤの心臓へ l u u l a a a l  l e l  l e e e 夜が昼であるように l u o l a u e  e e o l u 】」


 ユノは、一種の諦観とともにその終末を眺めていた。


(……ああ。あれ・・だ)


 ナガンを焼き尽くした、光だ。

 迷宮機魔ダンジョンゴーレムは、魔王自称者キヤズナの魔と技の全てを凝らした、あるいは“本物の魔王”を倒すための兵器であった。それは思考し、人域じんいきを越える使い手のソウジロウにまで対応し、その知性は、人のように熱術ねつじゅつを用いることすらできた。

 金管の音色は、詠唱である。


「【角雲の流れ l e a  l e l o o r o 天地の際 l o o a u  l u u a a o 溢れし大海 l e e o l u o u u ――燃えよ l a a a 】」


 破滅が閃き、炎は天までを貫いた。


 光の軌道で、雲はあぎとが開くように引き裂かれた。

 風と熱が波を打って広がり、地上の炎は、その衝撃にむしろかき消された。

 空を劈く射線の直下、川が蒸気と化して消え、夕暮れそのものに等しく空が燃えてゆく様が、遠くの丘に立つユノの視界にも見えた。


 ――果たして。

 異界より来た“客人まろうど”のソウジロウもまた、その蒸気の一筋と化したであろうか。


 ユノは眼前の、天を衝く機魔ゴーレムの影を見ている。

 敵なき荒野を、もはや蹂躙するだけの鉄の機構を。

 爆炎を透かして、滅亡を示す星のような双眸が光っている。

 光が。

 光が、ずるり――と、滑って落ちた。

 迷宮機魔ダンジョンゴーレムの首が、落ちた。


「……ウィ。そうか、そうか。こいつが、詞術しじゅつか」


 頸部断面の背後。

空中に投げ出され、滅殺の熱衝撃に跡形もなく消滅したはずの奇剣士が、如何にしてか、そこにいた。

 ソウジロウ自身の視点でなければ、一連の動きを捉えることは不可能であったろう――青い溶鋼の熱術ねつじゅつの射出寸前、ソウジロウがどのように動いたのか。

 とはいえ、その真実は、不可思議の魔術を用いて死の爆炎を回避したものと、どれほどの差異があったものだろう。


 自分と同じく宙に投げ出された無数の機魔ゴーレムの群れを、空中にあるうちに、飛び石の如く蹴り渡ったなど――ましてやその到達点が頭部であるよう、瞬時に跳躍軌道を見定めていたなどと、他の何者が信じられるだろうか。

 その超人の芸当を以て彼は、ユノから伝聞した詞術しじゅつの特性を攻略していた。

 詞術しじゅつは、現象を命令する。破壊の熱術ねつじゅつであろうとも、方向と範囲を指定するということである。故に詞術しじゅつは、自分自身を巻き込む方向への攻撃はできない。自らの頭部の背後にも。


 神殿の柱ほどに太い石造りの首が、落とされている。断面は橙に染まっている。鏡のように炎の光を反射しているのだ。不条理なほど鮮やかな切断面だった。

 物理の天則を超絶したそのような現象すら、剣の魔技の到達点の成す所業と呼ぶべきであろうか。


「WWWWWOOOOOOOHHHHHH――――」


 ソウジロウが剣を再び背負ったその時。悲鳴のような、胴深くからの地響きが風を揺らした。断末魔ですらない。それが常識を絶する巨大さであろうと、迷宮機魔ダンジョンゴーレムは、命の刻印によって動く機魔ゴーレムなのだ。命なき巨兵は死ぬことがない。


「だな。オメェはここじゃねェー……」


 首の断面に立つソウジロウを、怪物が右掌で薙ぎにかかるのと同時である。

 剣士は跳躍した。巨兵を人とするなら、その剣士は小虫。しかし大振りの一撃を躱すその疾さもまた、人に対する小虫である。

 頭部という重要器官を失った巨兵は盲目のまま、今は自らの右肩に立つ敵を、自らの左腕で叩き落とそうとした。

 どれほどの絶技と神速を以てしても覆せぬ、莫大な質量の差――


「――そこが、命だ」


――――――――――――――――――――――――――――――


 永禄八年。

 当代の剣聖と称された上泉かみいずみ信綱のぶつなは、門下老弟、神後じんご伊豆守(いずのかみ)を伴い、柳生の郷を訪れたとある。

 この時、柳生新陰流やぎゅうしんかげりゅう開祖、柳生やぎゅう宗厳むねよしは、この神後じんご伊豆守いずのかみを相手取り、真剣が打ち込まれると同時、その手中の剣を奪う――所謂“無刀取り”にてこれを下し、信綱より新陰流しんかげりゅうの印可を受けたものとされる。


 達人域の剣士が真剣を振るう場合、一説に、その先端速度は時速130kmにも達するという。平均的な打刀の刀身の長さ、約0.8m。

 ならば無手の人間が実戦において、この0.8m半径を時速130kmの刃が走るよりも早くかい潜り、持ち手となる手指を制し、一瞬にして刀を奪うことが、果たして可能であろうか。

 現代における“無刀取り”は、この技そのものを指したものではなく、無刀において帯刀の者を制する総合的な防御技術……あるいは単に活人剣の心構えであるとも解釈されている。

 前述した“無刀取り”が、誇張された創作の逸話であるという見方すらもある。


 ――その速度よりも速くかい潜り、間合いの内を制することが、可能であろうか。


――――――――――――――――――――――――――――――


「見たぞ。オメェの命」


 先の刹那まで迷宮機魔ダンジョンゴーレムの右肩に立っていたソウジロウは、今は空中にいた。自身を叩き落とそうとする左腕の動きを知っていて、そして攻撃を躱し交差するように、前方へと跳んだ。

 ――超絶の跳躍力を以て自らを弾丸と化したような、それは斬撃であった。


「そこだ」


 バチン、という音があった。

 亀裂の音だった。迷宮機魔ダンジョンゴーレムの左上腕、一直線に刻まれた溝から響く音だった。彼が狙っていたのは最初から、迷宮機魔ダンジョンゴーレムの武器――左腕そのものだ。

 それは寸分違うことなく、最初の一撃で刻まれた左上腕の傷を、さらに長く延長していた。

 表層に切れ込みを入れただけだ。

塔よりも太い巨人の腕を、練習剣の刃渡りで切断することは不可能である。

 だが左腕が振るわれる、この最中だけは。その直線の切れ込みから先に加わる負荷は、巨体重量に比例した壮絶な遠心力であり――


「OO――O」


 爆音があった。

 右肩部から跳んだソウジロウを狙った巨兵の左腕はそれ自体の莫大な質量によって、切れ込みから割れた。

 そうして千切れ飛んだ左腕の先端は、その勢いのままに、今は自らの右肩部を爆撃するように突き刺さり、その奥深くまでを破砕していた。

 ソウジロウが真に狙った箇所は、斬撃した左腕部そのものではない。直接に刃の届かぬ位置に、分厚く深く隠された命の刻印。左腕の大質量によって爆裂した、右肩の内奥である。


 ――敵の刀を、取った。


 剣の伝説の全ては、創作された幻想に過ぎないのであろうか。

 自身の数十倍の巨体の腕が、その速度を以て剣士を叩き潰そうとする時。

 その速度よりも早くかい潜り、間合いの内を制することが、可能であろうか。


「――“無刀取り”」


 可能である・・・・・


 奇剣士は結末を見届けることすらない。不安定な上腕をそのまま滑り落ちて、胴へ、腰へ。当然の摂理でそうなるかのように、あまりにも巨大な構造体上を、無傷のまま飛び渡っていく。

 その小さな影の動きに遅れて、大きな影もまた、全身の構造が脱落し、崩壊し、地に沈んでいく。命の詞術しじゅつの刻印を失った機魔ゴーレムは……魔王自称者キヤズナの迷宮機魔ダンジョンゴーレムであっても、そのようになるのだった。


 ナガン迷宮都市を一日と経たず滅ぼした迷宮機魔ダンジョンゴーレムは、一日と経たずに死んだ。


――――――――――――――――――――――――――――――


 逆巻く滝のように、どう、と塵灰が噴き上がった。

 遠い鉤爪のユノはその光景の一部始終を、呆然と見ていた。


「……本当に、倒した」

 何事もなかったかのように丘へと戻ったソウジロウは、人間ミニアに見えた。巨人ギガントでもドラゴンでもない。ユノと同じ、ただの人間ミニアであるかのようだ。


「斬ったぞ。“エムワン”のやつを斬るよか楽しかったな」

「なんで、ソウジロウ……。あなたは……そんなことができるの……。あんなの……絶対に誰にも、倒せないって思ってたのに」

「あァ。作ったやつの気分になりゃいける。地面からすぐ届く脚じゃねえ。腰は荷重がかかりすぎる。胸は火を吐く武器。最初に殴りに使ったのは左手。残った右腕の、上の方だ」

「……」


 きっとこの男は、今日斬った全ての敵を、そんな判断で読み当てていた。推測とも直感ともつかない、恐ろしく獰猛な殺戮者の本能だけで。


 ――いつかユノが“客人まろうど”について習っていたことは、もう一つある。

 彼らの来る“彼方”は、詞術しじゅつの力が働かない。言葉ではなく物理の法則のみで全てを繋ぎ止めなければならない、とても脆弱な世界であるのだと。


「ソウジロウ、“エムワン”って……」

「んァ、M1エイブラムス? どうせわッかんねーだろ。こっちの連中はよ」


 そんな“彼方”の法則からあまりにも逸脱した力を持って、その世界にいられなくなってしまった個人こそが、この世界に流れ着いてくる“客人まろうど”の正体なのだと。

 この世界に生きる、森人エルフ山人ドワーフ大鬼オーガドラゴンも――その最初の祖先は、“彼方”の世界に生まれた、突然変異の“客人まろうど”であったのかもしれないと。


「じゃ、オレは行くわ」

「……待って」


 ユノは、“客人まろうど”の背を呼び止めていた。

 ただの少女でしかないユノとはひどくかけ離れた、世界逸脱の剣士だ。

 人間ミニアの形をしているが、ナガンを滅ぼした、あの迷宮機魔ダンジョンゴーレムを凌駕する怪物だ。


「ソウジロウ。これ、携行食だけど」

「あー……そういや腹減ってたっけな。楽しくてすっかり忘れちまってたわ。あんがとよ」


 禍々しい。凄まじい。恐ろしい。


「ウィ、うめェな……へへ。虫やら草より随分いい。こっちの世界も悪くねェな」


 だがあの戦いを見て、幾度も命を助けられて、ようやく自覚できた感情がある。


(そうか。私は――)


 手の届くことのない領域で、全てを思うままに破壊し、悲劇すら蹂躙する様に浮かぶ感情。


(この男が許せないんだ)


 それは怒りだ。

 迷宮機魔ダンジョンゴーレムもこの“客人まろうど”も、本質は同じだ。

 不条理な、冗談のような力が、彼女の生きてきた人生を矮小な、取るに足らないものであるかのように貶めてしまって、ユノのような無力な少女には、それを否定する権利すらない。


「次だ。次はもっと楽しい奴がいい。どっちに行くかな……」

「……黄都こうと

「あァ?」

「強い人達を探すなら……黄都こうとがいいと思う。今はあそこが、一番大きい国になったから」

「そっか。強い連中もいそうか」

「……いる。黄都こうとの議会が、世界中から英雄を集めてる。すごく大きな、何かを決めるために。だから……きっと、あなたと戦っても負けない敵が、きっといる」

「は。そりゃあいい」


 ひどく曖昧な予感があった。

 ――なぜ今日のこの日に、ナガン大迷宮は起動したのだろう。

 それは例えば外部から訪れた、あり得ざる異界の剣士。魔王に匹敵するほど強大な脅威に対しての、自動的な防衛機構ではなかったか。


 あるいは……このソウジロウが、強者との戦いのみを楽しみとする、そのために如何なる無謀も厭わぬ、真の戦闘の怪物であるのならば、自分自身が楽しむためだけに自らの手であの迷宮を起動した可能性すら、あったのかもしれない。


(――復讐だ)


 もはや、それしかない。

 見当違いの憎悪であっても、幻のような可能性であっても……全てを失ったユノは、いまや目の前にある何かで自分自身を支えていく必要があった。


 この男を殺す。


 そうだ。この世界には、それができる強者がいる。

 ナガン大迷宮すらも造り上げた……“彼方”が生み出した全ての逸脱を受け入れてきたこの世界には、まだ誰も掘り尽くせないほどの、無数の脅威と真実が残されている。


 誰もがその名を知る黄都こうとの第二将、絶対なるロスクレイがいる。遠くワイテの山岳に潜む、おぞましきトロアの名を知っている。人に知られぬ第五の詞術しじゅつを極めたと語る、真理の蓋のクラフニル。九年前に大氷塞を解放した“客人まろうど”、黒い音色のカヅキが来る。あるいは誰も見たことのない、冬のルクノカさえ。


 立ち向かえることを示さなければいけない。

 この男が何者なのか、“彼方”の世界とは何かを、知らなければならない。

 そして無敵の転移者を殺し得る強者を、地平の全てから探すのだ。


「ソウジロウ。私が……案内、するわ。ナガンの学士としてだけど。それでも、黄都こうとに怪しまれない身分にはなるから」

「ウィ。いいじゃん、その顔」

「……何が?」

「や。あンがとよ。こっからはもう、オメェも好き勝手できるってことだろ。自由だ」

「……そう。私も、ありがとう」


 口の端を歪めた蛇のような笑いに、ユノも薄く笑い返してみせた。

 リュセルスはいない。彼女の過ごした街は全て焼けてしまった。

 自由だ。何もかもを失った今は、そんな途方もないこともできるような気がした。


「名前は?」

「ユノ。……遠い鉤爪のユノ」


 憎悪を支えにして、歩き出す。

 彼らの旅はそうして始まる。



 ――そして。

 読者諸兄は既にご存知であろう。


 これは一人目の話だ・・・・・・・・・


 この地平に蠢く無数の百鬼魔人の、修羅の一人だ。

 “本物の魔王”が倒れたこの世界になおも闘争を求める、その一人目に過ぎない。

 これは彼が巻き込む物語ではなく、彼が巻き込まれる物語である。



 それは単独の真剣のみで、史上最大の機魔ゴーレムを撃破することができる。

 それは遍く伝説をただの事実へと堕する、頂点の剣技を振るう。

 それは全生命の致死の急所を理解する、殺戮の本能を持つ。

 世界現実に留め置くことすらできぬ、最後の剣豪である。


 剣豪ブレード人間ミニア


 やなぎつるぎのソウジロウ。

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