第8話 逃走

 川辺に到着して昨晩立てた杭がそのまま残っているのを確認し、例の結界を張り終わった時にはもう、日が暮れていた。星明かりを頼りに袋から干し肉を出したジョルダンは、「よく噛んで食え」と言って一つ投げて寄越よこした。調理していないくせにまるで三日振りの飯のごと美味おいしく感じていたから、腹が減っていた事を自覚した。食い終わった頃を見計みはからって毛布を投げ渡され、眠るように催促さいそくされたので、仕方なくくるまって横になったが、寝付けないので寝返りを打って彼の方向を向いて話し掛けた。聞きたい事は多かったが、「何故なぜあの角は簡単に切れたのだ」と魔物の事を聞いてみれば、「魔物の体は硬い、特に骨やひずめや角なんかはな、それは魔力が流れているから硬くなるんだとさ」と返ってきた。しかしとどめを刺した時は簡単にが入った様に見えたがと聞けば、あそこは急所で軟らかいのだと言う。魔物の急所はみなあそこなのかと言えばそうではなく、種類や種族ごとに異なるのだと返ってきた。あの牛型の魔物とは過去に戦った事があったのかと聞くと「まあな」と短く返ってきたので、「何故なぜ剣が前でなく、左半身に構えたのだ」と言うと「ほう、良く観察していたな」と微笑びしょうして「最後の様なつのを使う一撃にそなえたんだ、蹴りはまあ、飛んでかわす事になるが、あれが正攻法せいこうほうさ」と答えた。それから「他にはどんな魔物と戦った事があるんだ」と声をはずませると、そうだなあと言って顎髭あごひげきながら「狒々ひひ型、虎型、獅子型、いのしし型、あとは石人形いしにんぎょう青銅せいどう人形だな」と得意に返ってきた。「あとれいたい型と出会でくわした時は師匠がいなけりゃ危なかった」とさえ言って、「流石に五年も旅をしてると、色々とあるんだよ」と話を結んだ。初めは何故なにゆえ旅に出たのか気になったので聞くと、「仕様しょうがなくだよ」と苦笑してさあもう寝ろと言うので、もう一度寝返りを打って背を向けた。

 平時いつも通り、日の出前に目が覚めた。ぼやけた頭でふと見れば昨日出会でくわした牛型の魔物が、二頭並んで川の水を飲んでいた。見張りの仕事はどうしたと聞くと、「不味まずい事になった」と返ってきた。聞けば昨夜からずっと、わるわる二頭一対でやつらが現れており、まるで巡回じゅんかいしているようだと言う。昨日の朝は居なかったが、偶々たまたまかと聞けば、恐らくは昨日倒した一頭の死骸しがいを見ての事だろう、このむれの長はかなりの知恵があると述べた。どうするのだと聞くと「一度やり過ごして、次が来る前に素早く移動するしかないな」と答えた。移動隊形たいけいは、足の遅い方、すなわち自分に合わせる為、ジョルダンが後方と決まった。

 き道に利用した獣道を駆け足で進む。隠密おんみつ性と索敵さくてきおろそかにする危険をおかすが、森を抜ける事を優先するためである。顔に掛かるえだ々を鉈で払う事もそこそこに、でき得る限り迅速じんそくに駆けた。往路おうろに掛かった時間から間も無く森を抜けるかと考えていた時、右方に黒色の脂艶を視認した。「ジョルダン、あれ」と声を掛ければ「ああ」と返答があった。気付かれていなければ良いのにと思いながら足を動かし続ければ、ついに森を抜け平地に出たが、「まだ止まるな」とのうしろからの声に、緩めかけた速度を維持する。後方の足音がとおかったのをいぶかしんで振り向いて見ると、二頭の牛型の魔物と対峙たいじするジョルダンが目に入った。

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