第6話 伝説の薬

 昨日と同じくらいの細いけもの道を歩いていた。森の中央に向かっているらしい。「魔物には詳しいのか」と前を歩くジョルダンに向けて尋ねてみたら、それほど出会でくわしたことはないが一通りの知識はあると言って、「さっきの魔物にはむれたばねるおさがいる、そいつは気性きしょうが荒い、お前なんて吹っ飛ばされるぞ」とおどかしてきたので「それは、楽しみだな」といって誤魔化してやればまた笑っている様だった。お前は怖くないのかと言うと「まあな」と返ってきて「そうそう出会であうもんでもないしな」と続けた。出会でくわした時の話をしているのだろうがと言ってみても「そうだな」と言ったきり笑っているらしかった。

 川原かわらを出てから数時間が経過した頃、木々がまばらになって視界がひらけ、大変歩きやすくなった。はらき具合から、時刻は日の出と南中の中間辺りだろうなと考えていると「少しこの辺りで休息しよう、そのあと目的の植物探しだ」と、手近な木々に目印の様な傷をつけながらジョルダンが言った。「この辺りが森の中央なのか」と疑問をそのまま口にするとそうだと言うのでなぜ分かるのかと尋ねたら「木々が疎らになってるだろう、それに生えている植物の種類が変わったんだ、例えばあのつるに赤い実が連なっているやつは分かりやすい目印だな、あの実は塗り薬になるが、口にすると毒だから気をつけろよ」と講釈こうしゃくしてくれた。感心したが、褒めてやるのもつまらぬので「本当に薬師くすしだったのだな」と言っておいた。

 休息の間、いつから旅をしているのかと尋ねてみたらもうすぐ五年になると言う。何故なぜそうまでしてくだんの植物を探しているのかと問えば、その植物を探し始めたのは一年程前からで、旅の途中にできた知人に頼まれたのだと言った。どのような薬になるのかと聞けば伝説の薬だ、死者はよみがえ生者せいじゃが飲めば非常な力を得ると言う。さも信じがたいが、この男が言うとさら胡散うさんくさい。しかし薬の知識は本物の様であるから、まさに半信半疑である。さてそろそろ出発だと言うので、四年間の旅の事や更に以前の事を聞きそびれてしまった。

 時刻は南中を過ぎ、日暮れまで数時間となったが、件の植物は一向に見つからず、とうとう木々の疎らな領域は探索しくして始めに休息した地点に戻っていたので、少し休んでから野営した川まで戻ろうという事になった。すると木々のみつな方向から落ち葉を踏みめる様な音が聞こえてきた。「ジョルダン」と小さく声をかけると「ああ」と短く返ってきて木の影に隠れる様に指示されたので直ぐに移動した。二人でしゃがみ込み、音の方向を観察していると、牛型の魔物がゆっくりと姿を見せて辺りを確認しているふうだった。先程遭遇したものと同じ個体かも知れないと思える程には類似していた。頭の位置がジョルダンの胸元に達するだろう体躯だ。「まずいな」とのつぶやきを耳にして間も無く、魔物と目が合った。「剣を貸せ」と言われて、あわてて彼から預かっていた短剣を渡すと「ここに居ろ」と言って魔物の前に歩み出て、短剣をさやから抜き右手に持ち、革手袋を着けた左手を前方に出す様にして左はんで構えていた。短剣の刃渡はわたりは鉈と同程度の五十センチメートルとこころもとないが、手元てもとから先端に向かって緩やかな曲線をえがき、鋭利えいり両刃もろはになっていた。

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