第7話

 電車を乗り継いで閉館時間ギリギリに着いた。もう少し早めに到着予定だったが、電車に不慣れなもので、思ったよりかかってしまった。学校帰りではなく、休日に来ればと悔やまれるがすでに後の祭り。どうしようもない。


 頼み込むにも、僕もまだ入館することは出来ない。あと一年生きれば権利が発生するが、彼女は待つことができない。

 インフォメーションにいる女性に声をかける。


 「すみません」


 「はい。どういった御用でしょうか」


 「17歳なんですけど、大丈夫ですか」



 「申し訳ございません。当館、18歳未満のご入館をお断りさせていただいています」


やっぱり、そう簡単にはいかないか。分かってはいた。問題はここから、どうするかだ。どう考えても僕が無理を言っているのだから、断られて当たり前。次で最後にしよう。しつこく言っても迷惑になってしまうから。


 「ですよね。でも、18歳まで待てない事情があるんです。人間なんていつ死ぬかわからない。詳しくは言えませんけど、どうか、どうか」


 「お願いします」


頭を深く下げた。彼女の病気を使ってまで交渉したくない。だから、これ以上は何も言わない。少ないけれど、やれることはやったと思う。


 「申し訳ございません。やはり、上の者に聞かないと何とも言えません」


 「分かりました。ご迷惑をおかけしてすいませんでした」


おとなしく退館しようと踵を返す。彼女の望みはこれ以外、聞いたことないが、聞けば何かあるだろう。目も見えなくなり、コミュニケーションが取れなくなるその前に、やりたいことを聞いておこう。

 下を向いて考え事をしていると何かにぶつかった。


 「あ、すいません」


 「いえ、大丈夫です・・・・・・って、あれ?」


 「はい?」


顔を見ると、どこかで会ったようなおじさんがいた。思い出せそうで、思い出せない。喉まで出かかってる。


 「いやー、あの時はろくにお礼も言えず、今更ながら、ありがとうございました」


その言葉で思い出した。遊園地の時、迷子になっていた少年の祖父だ。


 「ああ、お久しぶりです。こんなところで会うとは」


 「ほんとですね。何をしているんですか?」


 「ちょっと、18歳未満でも入れないかと頼んだんですけど、無理でした」


言っても仕方ないが、誰かに聞いてほしかった。褒めてもらいたかった訳ではない。ただ、努力したんだと言いたかった。


 「あと一年待てない事情でもあるんですか?」


 「はい。詳しくは言えませんが」


ふむ、と顎を触りながら考える仕草をしている。


 「分かりました。では、来週の土曜日の閉館時間後の30分だけ時間を取りましょう」


 「え?」


 「私は君に助けられましたしね。私もあなた達を助けましょう」


思いもしなかった展開に言葉が詰まった。



 彼女とある約束をした。来週の夕方7時に初めて出会った図書館に来てくださいと。国立国会図書館に行くとは言っていない。

 約束の今日、ちょっとしたことがあり、待ち合わせ時間に間に合いそうもない。さっき、遅れるかも、と連絡したら、来るまで待ってるとの返信が来た。今日の目的を言ったら彼女はどんな顔をするだろうか。想像もつかない。

 大通りの信号がなかなか青にならず、待っていると、横断歩道にボールが飛び出た。そして、それに続くように少年も。確実にこのままだと轢かれる。そう思ったころには体が動き出していた。きっと、周りは助けない。いま、少年に優しく出来るのは自分だけだ。少年を突き飛ばし、代わりに僕が車にぶつかる。

 意識はあるが、痛みはない。叫び声だけが耳に届く。思い出すのは彼女の顔。名前も知らぬ、彼女の顔。


 「ごめん。図書館にいけそうにないや」


そう声に出したが届くわけがない。僕はこれから、君に一番遠い場所に行ってしまう。でも、そこなら初めて声が届くかもしれない。もしそうなら、伝えることのできなかったこの思いを伝えよう。希望を持ちながら目を瞑った。



 すでに閉館した図書館の前に来るはずのない待ち人を待ち続ける少女がいる。手紙を持つ手は、かじかんで、赤くなっている。なにか聞こえたのか、上を見上げた。声など聞こえるはずもないのに。

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