第5話

 意外にも病院に行くと直ぐに会うことができた。前に見かけた時と同じ曜日、同じ時間に来たのが功を奏したらしい。それだけを考えると運がいいが、いざ会ってみても言葉に困ってしまい、沈黙のまま時間だけが過ぎていく。それは初めて出会った時を思い出すようだった。あの時は彼女から話しかけてくれた。なら、今回は僕が沈黙を破る番だ。


 「あ、あにょっ!!」


噛んだ。これ以上ないくらい思いっきり噛んだ。出来ればそのまま舌を噛み切りたかった。穴があったら入りたいというのはまさにこの事だ。何が『僕が沈黙を破る番だ』だ。恥ずかしさで顔が赤くなるのが分かる。

 恐る恐る彼女の顔を見る。すると予想に反して笑っていた。てっきり蔑んだ目で見られていると思っていたので、心が軽くなる。

 彼女はポケットから携帯を取り出し、何かを打ち込んだ。


 「しばらくぶりだけど、君は相変わらずだね」


 「君はいつの間にかデジタルになったんじゃない?」


久しぶりの会話だが、何も変わっていない。声が一人分だけ少ない会話。安心すると言ったらおかしいかもしれないが、落ち着く。


 「それで、こんなところまで何の用?」


 「いや、なんで、図書館に来ないのかなって」


 「そんなことの為だけに来たの?ストーカーみたいだね」


ですよね。気が付かないふりをしていたけれど、警察に通報されても文句は言えない。


 「もう、会いたくなかったんだけど」


分かってはいた。何も言わずにいなくなるのだから。それでも面と向かって言われると辛い。


 「そうだよね。ごめん。だけど、差し支えなければ理由を聞かせて欲しい」


 「うん。別に構わないよ。もう通院している事がバレている訳だしね」


強いて言えば手が疲れるってことぐらいだねと呟き、ついてきて来てといった風に彼女は手を拱いた。


 

 連れてこられた先は隠れ家的な喫茶店だった。今は何でも隠れたいのだろうか。流れているBGMやお客さんの様子がとても落ち着いている。空いている席に勝手に座っていいようで、一番隅の席に着いた。マスターであろうおじいさんがオーダーを取りに来たのでアイスココアを2つだけ頼んだ。


 「手が疲れるから簡潔に話す。何も言わず最後まで聞いて欲しい」


そう言われて首を縦に振る。


 「ありがとう」


 「私は病気です。それも原因不明の」


 「病状は、体の機能が徐々に衰えていく。君と出会った時にはもう、声帯が。そして、君と過ごしている間には聴覚が」


病気ということまでは分かっていた。それもただの病気ではないことも。しかし、驚愕してしまう。ノートで会話するのも、ある時から髪型が耳を隠すようになっていたのも、全て辻褄が合ってしまう。きっと、耳には補聴器か何かを付けていたのだろう。


 「そして最後。私は18歳になる前に死にます」


今までの全てがどうでもよくなることを言われた。無機質で、ただのビットで作られた文字。そこから真意など読み取れるわけがない。ただ、推測するとしたら諦め。どうしようもないという終わり。

 

 「なんで諦めてるの」


 「仕方がないから。そうする以外どうしようもないから」


 「君とは楽しかった。少しだけ生きてみたいと思うくらいにわ。だから苦痛だった」


 「病院に行ったことを知られた時に、これが節目だと思った。私が病気になったらみんな消えていったからね。誰でもこんなめんどくさいやつは嫌でしょ。消えられるより、消えた方が心が楽だから」


その言葉を聞いて感情が180度ガラリと変わった。驚愕と驚嘆が、憤怒になる。彼女は何も分かっちゃいない。人がなんだと言うが彼女自身が人のことを考えていない。


 「ふざけるなよ。つまり、君は僕をそんなやつらと一緒にしたんだろ。僕のことを何も知らないくせに、憶測だけで」


声こそは荒げないが、確かに怒りを込めている。それに気が付かない彼女ではない。見たことのないような顔をしてこちらを見ていた。


 「別にそんなつもりじゃないけど」


 「いーや。そんなことある。いい人は沢山いる。消えていく友達だけではなかったはずだ。君は悪い所だけを見すぎる」


 「この世界は君が思っているより優しいんだ」


彼女の目を見てはっきりと言った。逸らすつもりは無い。逸らせば言いたいことが伝わらない気がするから。


 「見方を変えればそうかもしれないね」


数分の余韻の後、彼女はそう打った。


 「なら、君のことを信じて、特別に思ってもいいかな?」


僕と彼女の目線が初めてあったような気がする。

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