第4話

 今日もまた居ない。あれから二週間、彼女の姿を見ていない。何度この場所へ来ようとも、前のように待っていることは無くなった。会いたいとは思えない。元々そんなに深い関係ではないのだから。

 原因を考えると病院の話意外に思い浮かばない。そして、風邪というのは嘘だ。きっと僕の知らないような難しい病気に違いない。僕のような他人には知られたくないような事情があるのだろう。だからこの場所から居なくなった。それを奪ったのは紛れもない僕だ。だから謝罪する必要がある。この場所にもう一度戻ってこれるように。

 しかし、会うことで余計に彼女を傷つけてしまうのではないか。ひょっとしたら、病院のことだけで無く、僕にも嫌気が差したのかもしれない。考えたらキリがなく、答えが出る前に閉館のアナウンスが流れてしまった。全く進まなかった課題をバックに詰め、図書館を後にした。


                  *


 家のリビングにあるソファに横たわる。テレビでは今人気急上昇中のお笑い芸人がネタを披露しているが頭に入ってこない。表情も悩みの種も図書館の時と何も変わることはない。ただ彼女の事だけだ。会って謝るか、傷つける可能性も考慮して会わないか、というたった二つの選択肢だけのはずなのに種は消えることはない。

 考えれば考える程思慮の海に沈んでいき、彼女を思えばよく分からない感情が生まれる。自分の気持ちだけを言えば会いたい。しかし、それを僕の臆病な感情が否定する。そんなことがメビウスの輪のように永遠と続く。

 

 「なんだ珍しく物思いにふけやがって。らしくない」


背後から急に声がする。振り返らずとも主は分かる。無愛想な声音に遠慮のない言葉。確実に姉さんだ。

 

 「優しい優しいお姉ちゃんが話を聞いてやろうか」


そう言いながら足をどかすように叩いてくるので、渋々重い足をどかした。

 

 「ほら。言ってみ」


普段の僕なら絶対言わないだろうが、今日はなぜが口を開いてしまった。何一つ包み隠さずに、全てを。


                 *       


 「まず結論から言うと、会え」


全ての話を聞いた上で姉さんはそう言った。僕の話している間は茶化さずに、時折頷きながら。

 

 「そうは言われても彼女のことを考えたら……」


僕の言葉は途中で遮られた。

 

 「あーうるさいな。そんなに難しく考えんなよ。自分のしたいことは決まってるんだろ。


ならそれを行え。実行してから後悔しろ」

わかっている。改めて言われなくとも。

 

 「私が思うに、自分の行動で相手を傷つけてしまうと思うなんて、相手が自分のことを

好きなんだと思うのと同じくらいに思い上がりだ」


それだけを言うとくだらなそうに欠伸をした。

 

 「真剣に聞いて損した。眠いから私は寝る。お前もさっさと寝てどうすれば会えるのかを考えろ。この私の貴重な時間を削ったんだ、しっかりやれよ」


おやすみ、とだけ最後に言い残しリビングから出て行った。結局僕の考えなんて聞かないで自分の言いたいことだけを言っていきやがった。こんな時にも変わらないなと笑みがこぼれる。時計を見ると一時間ほどしか経っていない。何日も悩んだことをたった一時間。

自分の考えの背中を押して誰かに押してもらっただけなのかも知れない。詳しくは分からないけど、憑き物が落ちたように頭の中が透明になった。

 そうだ。僕は会って話すしかないのだ。例え気持ち悪がられて嫌われても、それが後悔に繋がるとしても。このままだと納得できないから。そして、初めて芽生えたこの感情を成就させたいから。

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