第303話 思えばいと疾し11


「姫々先生の味噌汁は絶品ですね」


「恐縮です」


「あう。おかわり」


「幾らでも」


 そんなわけで、一義の宿舎でまったりする、ヴァレンタインとウェンディ。


 朝食を終えると、団子茶屋へ。


 二人は、割烹着を纏って、ウェイトレスを演じた。


「長期休暇じゃなかったのか?」


 休みでこっちにきて、ウェイトレスのバイト。


「考えたら負けか」


 その通り。


 ヴァレンタインとウェンディの噂は城下町を震撼させ、長蛇の列が出来る人気ぶりを博した。


「笑いが止まらない」


 とは、お世話になっている店主の談。


「団子とお茶にございます」


「十二番さんお愛想です!」


「あう」


 そんな感じ。


 一義は、いつもの通り読書にふける。


「先生。お茶のお代わりは?」


「貰いましょ」


「ではその通りに」


 ウェンディが、茶を運んでくれた。


「君可愛いね」


「あう」


 ヴァレンタインは、男の客に、ナンパされていた。


「ちょっち俺と遊ばない? 大丈夫。結構金持ってるから」


「あう」


「いいだろ? な?」


「あう。ごめんなさい」


「善意で言ってんだけど?」


「あう」


「大人しく頷け」


「ごめんなさい」


「舐めてんのかテメェ!」


 殴りかかる男の客は、拳を潰した。


 防御魔術。


 斥力のソレだ。


 当然、全力で殴れば、骨も折れる。


「――――」


 悲鳴をあげる客だったが、


「まぁこのように」


 とウェンディ。


「礼を失すれば、あだなすので、宜しく願いますわ」


 丹色の髪を梳いて、剛胆に言ってのける。


「…………」


 他の客は、理解せざるを得なかった。


「単なる美少女じゃない」


 その事実を。


 実際に、かしまし娘も似たような経験はあるが、どれも等しく似たような結果に終わっている。


 ――可愛い団子茶屋の娘にはトゲがある。


 誰しも思うところだろう。


 実際に、その通りではあるのだ。


「二番さんお愛想です」


「あう。あう」


「お汁粉ですね。承りました」


「にゃあよう。団子。お茶は?」


 そんな感じ。


「働く事は美しき……かな?」


 当人はニートだが。


「先生、団子は?」


「いらない。お茶を」


「緑茶で?」


「うん」


「承りました」


 そしてウェンディが、茶のお代わりを持ってきてくれる。


「あう」


 ヴァレンタインも、一義を意識していた。


 頬を染める乙女。


 割烹着姿は一義をして、


「グッとくる」


 と言わしめた。


「チョイチョイ」


 ヴァレンタインを手招き。


「あう。何でしょう?」


「お茶のお代わり。ヴァレンタインが運んできて?」


「あう。はい」


 はにかむヴァレンタインの可愛さよ。


 数日そうやって過ごし、他の予定の消化もありて、宿舎を離れるヴァレンタインとウェンディのコンビ。


 一義が言った。


「立派に育っていたね」


「胸がですか?」


「…………」


 お茶の渋みではなく、顔をしかめる一義だった。


 まぁそっち方面も、確かに育ってはいたが。

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