第302話 思えばいと疾し10


 ワンデイ。


 一義が本を読んでいると、


「一義先生」


 名を呼ばれた。


 視線をふる。


 錫色と丹色の美少女が、立っていた。


 年齢は、見た目、一義と同程度。


 だがその顔立ちの美しさは、見間違えようもない。


 ヴァレンタインとウェンディだ。


「これはこれはお久しぶりで」


「一義先生におかれましても」


「あう」


 ヴァレンタインの臆病さは、治っていないらしい。


「いい加減わたくしの物になる覚悟は出来ましたの?」


「他を見繕って」


 サクリ、と一義。


「あう」


 ヴァレンタインも、頬を染めていた。


「可愛い可愛い」


 撫で撫で。


「あう」


 嬉しそうに、はにかんだ。


「何か用?」


「いえ。長期休暇を得たので、ヴァレンタインと一緒に、先生に顔を出そうかと」


「長期休暇」


 ホケッ、と一義。


 とりあえず団子と茶を注文して、


「音々先生お久しぶりです」


「あう。お久しぶり」


「お久だね!」


 挨拶を交わす。


 音々は溌剌だった。


 直属の生徒が、この二人なので、感慨も一入とのところだろう。


「なにしにこっちへ?」


「単純に先生方に会いに、です」


「あう」


「何をしてるの?」


「座学庵で魔術講師を」


「あう」


「二人で?」


「ええ」


「あう」


 かたや防御魔術の権威。


 かたや炎熱魔術の権威。


「音々先生には及びませんが、まぁそれなりに」


 数学も教えているため、座学の方も、それなりには指導しているらしい。


「長期休暇……ね」


「オススメの宿はありますか?」


「僕らの宿舎に泊まれば?」


「よろしいので?」


「あう」


「まぁ広くはあるよ」


 事実だ。


 茶を飲む。


「では御言葉に甘えまして」


「あう」


 そんな感じ。


「それにしても活気のある団子屋ですわね」


「かしまし娘が働いてるからね」


「ナンパもされますの?」


「あう」


「ひっきりなし」


「先生に嫉妬が向けられるでしょうね」


「時既に遅し」


 どうにもならないところまで来ている。


 偏に手を出さないのは、軍事力の問題だ。


『一人一国』


 何のことかと言えば、一義たちの戦力を端的に現わした言葉だ。


 一人一人の戦力が一国に値する。


 そう言われている。


 残念なキャパの一義ではあるが、ステファニーがそうであったように斥力場は応用範囲が広いため、器用に戦える。


 アルルカンと呼ばれる事もあった。


 茶を飲む。


「先生方は安穏としていらっしゃって」


 苦笑するウェンディだった。


 その気になれば幾らでも出世できるのに、王都の城下町で団子屋の商売。


 戦力の持ち腐れは、たしかにそうだろう。


 征夷大将軍の方も、一義の事情を分かっているため、城下町での安穏を許している側面が有った。


 一応セレクトボタン程度には思われていて、一義もさすがに万が一があれば、出力も覚悟しているが、


「寧日」


 の一言で済む温和な国だ。


 山脈で隔離された半島国家。


 それが和の国であるのだから。

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