第304話 思えばいと疾し12


「…………」


「…………」


 一義と、もう一人は、机の対面に、互いに座って、何を語らうでも無く本を読んでいた。


 一義は白色の髪と瞳。


 後者は杏色の髪と瞳。


「…………」


「…………」


 その少女の声を、一義は知らない。


 生徒時代から寡黙だった。


 名をザンティピーと言う。


 経歴は知っている。


 王都の魔術師。


 ただ一人だけ……ずば抜けた魔術センスを持ち、寡黙だからか否か、無詠唱魔術を行使する。


 その手際、鮮やかで……現象は多彩。


 音々に比肩しうる魔術の申し子だ。


 比較的一義に懐いていたが、


「教える事が無い」


 くらい初期から、魔術を自在に操っていた。


「コミュニケーションはどうしているのか?」


 そこが一義には不安だが、何かあれば彼の耳にも入るだろう。


「…………」


「…………」


 時折、城下町に降り、団子茶屋に顔を出す。


「いいのかそれで」


 とは思えど、


「そも逆らう奴原がいない」


 とも言える。


「南無三」


 城塞魔術師にも色々いる。


「で、楽しいの?」


「…………?」


 瞳が疑問を浮かべた。


 あまり楽しさで職を決めたわけでも無い。


 それも知っている。


 が、働かなければ食っていけず、コミュニケーションを取らずに高給を得るなら……なるほど専属の魔術師は、確かにうってつけだろう。


 無論、


「一義先生が王都にいるから」


 がザンティピーの本音としても。


「…………」


「…………」


 ズズ、と茶を飲む。


 二人揃って。


 何も喋らず、視線も合わせず、ただ対面で座るだけ。


 一種の儀式と言えただろう。


 会話も成り立たないが、ほんわかした空気があった。


 ザンティピーが、一義に懐いている証拠だ。


「…………」


「…………」


 沈黙していると、日が暮れた。


 団子も売り切れ、店じまい。


「ザンティピー」


「…………?」


 視線を合わせる。


「大丈夫か?」


「…………」


 コクリと頷く。


「困ったら何時でも呼んでね?」


「…………」


 コクリと頷く。


「あと可愛くなったね」


「…………!」


 ボン、と赤くなる。


 こんなところは乙女だ。


 グリグリと、杏色の頭を、一義に押し付ける。


「可愛い可愛い」


 その頭を優しく撫でて、一義はあやした。


 初期から一義に心奪われた幼女。


 成長しても変わらずらしい。


「多分一番の難敵」


 が、かしまし娘の共有する処。


 城に勤めてはいるが、王都である事に変わらず、時折一義とコンタクトする。


 他の教え子より距離が近かった。


 一義にしても、


「多分誰よりも惚れられている」


 程度は把握しており、


「行き遅れになられても困るんだけど」


 と、かしまし娘に、零した事もあった。


 距離の近さが、そのまま心の近さ。


 とはいえ、一義の恋慕は、ソッチを向いていないのだが。


「本当ですか?」


「当たり前でしょ」


 だからこそ発作を起こすのだ。


 誰よりも……かしまし娘には愚問に相当する。


「絆されちゃ駄目だよ!」


 音々の警戒と、


「あたしの方がおっぱい大きいよ?」


 花々の暴走も、また何時もの事だった。

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