第301話 思えばいと疾し09


 大会当日。


「…………」


 緊迫感に溢れていた。


 一人一人、弓を持って、矢をつがえる。


 一人が場に立てば、他の選手は並んで正座。


「よくまぁやるよ」


 とは観客席の一義。


「形式というのは必要かもしれませんが馬鹿馬鹿しい事でもありますね」


 そんな御言葉。


 弦が絞られ、矢が放たれる。


 的に当たる。


 客は、静かに瞠目する。


 此処にあるのは静謐。


 誰も騒がず、ただ集中力だけを共有する世界。


 が、


「――――」


 アーシュラが場に立つと、少し客がざわめいた。


 屈強な男たちの中にあって、一人妙齢の美少女。


 その髪、鮮やかで、御尊顔麗しゅう。


 一種のアイドルだ。


 無論、


「魔弾の射手」


 その二つ名も、また、ざわめきの一部ではあったが。


 アーシュラは、矢を自身の魔術で用意した。


 ただし自動追尾は無しだ。


 そこは弓手としての、矜持の問題だろう。


 矢が一定のクオリティで、一律整然としている。


 であるから高度なコンセントレーションさえ保てば、全ての射る矢で同じ結果がもたらされる。


 弓弦が絞られる。


 矢が放たれると、的の中心を、射貫いた。


「…………」


 コンセントレーションは続く。


 第二射。


 鉛色の瞳は、既に的を捕らえている。


 それが一義には分かった。


 矢を射って結果を待つのではない。


 意識の中で的を狙い矢を射る。


 正鵠を射たイメージを掴んでから、後追いで…………フィジカルがソレをなぞる。


「良いイメージだね」


 そう一義は論評した。


 その瞳の湛える、熱気と冷気の両立は、


「血と汗の結晶」


 そう呼ぶに相応しい。


 幼女の頃から、弓を持って、はしゃいでいた女の子だ。


 外見年齢が一義に追いつこうと、その無邪気さは洗練され、たしかに成長した自分へ、バトンを繋いでいる。


 第二射も、正鵠を射た。


 またざわめき。


 がアーシュラには聞こえていない。


 忘我の境地。


 誰と争う事も無い。


 ただ自分のイメージを形にする。


 それは、弓道も、魔術も、変わらない。


 射って当てるのではない。


 当てた後に射るのだ。


 三射目。


 弓弦が絞られる。


 無音の世界。


 五感が消失し、ただ正鵠と自分の肉体だけが、感覚として残るのみ。


「…………」


 ゾクリ、と一義を寒気が襲った。


 集中というレベルでは無い。


 完全に無の領域。


 一義の『武』に於ける精神の有り様と、相似している。


 その上で、


「少女でありながら、その境地に到っている」


 戦慄もしようという物。


「…………」


 第三射は、一射目の矢をなぞる様に貫いて、正鵠を射た。


 此処まで来れば本物だろう。


 大会はアーシュラが優勝した。


 中略。


「乾杯」


「乾杯」


 一義とアーシュラは、大会が終わると、団子茶屋で打ち上げをした。


 表彰台に上って祝福を受け、ついでに賞金を貰って食いつなぐ。


「さすがだね」


「こればっかりは僕の自慢です」


 実際、弓の技術は、姫々にも指導できない。


 自身で磨き抜いた結果だ。


「スカウトは来た?」


「ええ。蹴りましたけど」


「ブレないね」


「他の大会にも出たいですし」


「弟子は取らないの?」


「たまに」


「たまに」


「お金に困ったときは飯代がわりに指導したりもします」


 弓道は、和の国では普遍的なので、何処に行っても飯の種には為る…………との事。


「出藍の誉れだね」


「いや~、さすがに姫々先生の銃撃には……」


 正鵠を射るだけなら、姫々のマスケット銃も、それを可能とする。


 焼夷弾で焼き尽くす事も出来るだろう。


 弓矢では出来ない芸当ではあれども、


「十分脅威」


 それもまた事実。

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