第203話 三人の姫は08


「殺す!」


「まった」


 加速しようとした花々の脚を払って転ばせる。


「にゃにをするんだい!」


 抗議の視線を、しかし一義は受け付けない。


「ルイズも抑えて」


「でも師匠……」


 花々同様に不満そうだ。


「師匠を侮辱されたんですよ?」


「単に絡まれただけ。スルーするのが大人の対応」


「ふん。やはり弁舌でこの場を乗り切ろうとする辺り……貴様の根本が見て取れるな」


「あー……」


 姫々、音々、アイリーンまでもが殺気を放出し始めた。


 しょうがない。


 ので、一義は会話をそのままに光の当て方を変える。


「君はルイズを侮辱している自覚はある?」


「ルイズ様は侮辱しているのは貴様だ」


 兵士は一貫してブレない。


「ルイズ様にズルして勝って名声を得る手段とする。コレが侮辱でなくて何だ?」


「んーと……」


 鼻先を掻く一義。


 穏便に場を修めたいのだが、ハーレムの女の子たちはほとんど修羅に憑依されていっている。


 このままで花々同様修羅道の極みが見られるだろう。


 それは好ましくない。


「じゃあ仮に僕がズルをしてルイズに勝ったとしよう」


「認めたな?」


「うん。まぁ」


 特に反論証拠もない。


「ズルをしていないという証拠はあるのか?」


 と問われて返す言葉がないのだ。


 否定命題は証明できないのである。


 そんなものは弁舌の基礎だが。


 屁理屈とも云う。


「じゃあ霧の国と鉄の国が全面的に戦争をするとして」


 有り得ないとは云えない辺りあまり上手い冗談でもない。


「僕とルイズが殺し合って……ついでにズルをして僕がルイズを殺したら君はソレをどうやって非難する気?」


「正々堂々と戦えない臆病者だろう」


「戦場でそう云うの? 武闘会では反則でも仮に殺し合いならそのズルも含めて僕の実力だ。要するに君はこう云っているんだよ?」




「形式の試合でなければルイズは一義に劣っている……と」




「っ!」


 険悪になる兵士。


「で、そこまで踏まえた上で」


 一義は肩をすくめる。


「ズルして勝った僕を侮辱することは搦め手を使っての戦いならルイズは一義の足下にも及ばないと大声を張り上げているんだけどその辺りどうかな?」


「ルイズ様を侮辱するな!」


「こっちの台詞だよ」


 激昂する兵士と淡々と説明する一義。


「ならば口だけ出ないことを証明して見せろ」


「どうやって?」


「ルイズ様は一騎当千の強者であらせられる。当然それを上回るというのなら相応の実績を見せて貰う。ルイズ様を下した剣の使い手だ。当然訓練場の兵士全員を相手にしても何の痛痒にもなるまい?」


 無茶な要求だった。


 訓練場では無数とまではいかないものの多数の兵士が居る。


「その全ての兵士と戦って勝利しろ」


 そう云ったのだ。


 当然兵士は無茶な要求をすることで一義がへっぴり腰になることを予想した。


 言い訳を重ねて逃げを打つ。


 そうすることで非難することの大義名分を得ようとの画策。


 が、


「まぁいいけど」


 あっさりその予想は覆された。


 躊躇も憂慮もなく挑戦を受ける一義。


「本気か?」


「そっちから提案したことでしょ」


 飄々と一義。


「さすが師匠」


 ルイズは嬉しそうだ。


 自身より高位の剣を見ることはルイズにとっても損にはならない。


「こちらの事情は気にせず鏖殺して良いですからね」


 軽やかに物騒なことまで口にする。


「さすがにそこまでは……」


 特に憎しみを覚えた相手でもない。


 灸を据える程度で収めるつもりだった。


「姫々」


「何でしょうご主人様……?」


「和刀を」


「はいな」


 ハンマースペースから和刀を取り出す姫々。


 一義は鞘から刀を抜いて鞘だけ姫々に返す。


 抜き身の刀を構えて、


「それじゃ始めよっか」


 不敵に言ってのける。


「今すぐか?」


「仮に兵士が戦場で都合が悪いから出直してくださいと敵に懇願するつもり?」


「ぐっ!」


 ぐうの音も出ない兵士。


「とはいえいきなりも性急すぎるか。いきなり訓練している兵士を襲うわけにも行かないし準備の期間を設けてあげるよ」


「ちなみに負けた場合は裁判を受けてもらうよ? 何せ皇帝直属騎士を侮辱したんだ。相応の処罰は必要だからね」


「そんな!」


「本来ならここで首を差し出して貰うつもりだったけど……」


 端的に死刑を口にするルイズだった。


「師匠に勝った場合は恩赦を授けてあげる。死に物狂いで頑張ってね」


 華やかな笑みで激励と云う名の脅しをかけるルイズだった。


「ほとんど死ねと云っているようなものだね」


 アイリーンが愛想良くもなく言う。


「ご主人様を……」


「お兄ちゃんを!」


「旦那様を」


 かしまし娘の心境はいつも通り。


「侮辱した罪は贖わせる……!」


 そんな総意だった。


「連れてくるメンツ選びに失敗したかな?」


 本気で憂慮する一義だった。

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