第166話 嗚呼、青春の日々07


「じゃ、行ってくるよ」


 一義はそう云って見送りの姫々に笑ってあげた。


 恒例の夜歩き。


「月子……」


 ジクジクと痛む心。


 その確認は慣れる物では無い。


 そんなことは分かっているのだ。


 一義には。


 それでもそれが誇らしかった。


 夜空には欠けた月。


「あなたの心もあの月のように……か」


 夜道を歩く。


 カンテラ。


 街灯。


 魔術による明かり。


 そこいらの酒場でやいのやいのと馬鹿騒ぎが聞こえてくる。


 静かな方に行こう。


 そう思って一義は路地裏に入る。


 喧嘩を売ってくる者は居ない。


 絡んでくる者も。


 一義に絡んだ者の末路を裏路地の人間は知っているからだ。


 ある種の有名税だが、


「さほどでもない」


 と一義は云う。


「何を恐れているのか?」


 それは一義の命題だった。


 自らの戦力を正確に把握した上での言なのだから救いが無い。


 別段不満があるわけでもないが。


「ふぅ……」


 ゆっくりと呼気を吐く。


 月を見上げながらブラブラと歩く。


 それはただの代償行為だ。


 何ら意味のあることでは無い。


 けれども欠けた月は一義の心的外傷と一致する。


 満月ならば一層胸を締め付けられる。


「結局まだ月子を卒業できていないって事だよね」


 くっくと一義は笑った。


 皮肉気に。


 月子が居なければこんな自分じゃ無かった。


 月子が死ななければこんな自分じゃ無かった。


 月子を想わなければこんな自分じゃ無かった。


 それでも。


 だからこそ。


 想いが尊い物だと再確認できるのだ。


 月が昇れば昇るだけ。


「さて……」


 と一義は云う。


「出てきたら?」


 そんな挑発に、


「…………」


 毒針の雨が降った。


 回避の出来ようはずもない。


 対処の出来ようはずもない。


 が、一義は対処して見せた。


 斥力。


 それが一義の魔術だ。


 ソレが全てでは無いが、


「頼っていることは否定できないね」


 と云う程度には使いこなす。


 一義は魔術の才に乏しき者。


 基礎の基礎であるライティングでさえ五秒と持たない致命的な劣等生。


 が、一義はそのハンデを覆すほどの能力を獲得している。


 パワーレールガン。


 一瞬だけ発生する斥力場を超速連続的な発生で以て物理に干渉し加速させる魔術。


 当然ソレは毒針の雨にも適応される。


 毒に耐性のある一義には無意味に等しい嫌がらせだが、針が刺さる痛みを味わいたくないだけ理は在る。


「ファンダメンタリストの刺客……か」


 エルフやオーガが備える超感覚で探るも刺客は一人。


 毒針の雨を降らせた一人だけ。


「とりあえず」


 と一義は魔術を行使した。


 斥力場の連続発生。


 ソレに伴い一義の頭上を取っていた刺客が同じ地面にたたき落とされた。


 宗教的な模様の仮面を付けた黒尽くめの人間だ。


「懲りないね君たちも」


 一義は嘆息。


 デートの邪魔をされたのだ。


 至極当然の反応である。


「背信者め……!」


「和の国では神様は八百万も居るからね。絶対神には興味ないかな」


「死ね」


 猛毒のナイフを振るう刺客。


「まぁ給料の内なんだろうけど……」


 一義は襲ってくるナイフに手を差し出すと斥力で弾いた。


「信仰と寿命で信仰を取るのもなんだかね」


 次の瞬間パワーレールガンが発生する。


 一義は銃弾を持っていない。


 銃弾の代替はファンダメンタリストの刺客である。


 パパパパン!


 空気を叩く音がして銃弾の代わりに刺客が加速して弾き飛ばされレンガの壁に激突した。


「が……!」


 息を嘔吐する刺客に、


「僕の暗殺を事業仕分けの対象にするよう具申してね」


 そう云ってとどめも刺さずに一義は場を離れた。


 月との……引いては月子との夜歩きが第一義だ。


 それ以外は十把一絡げに過ぎない。


 ファンダメンタリストの刺客について思うところは当然あるが、


「付き合ってもしょうがない」


 が結論だった。

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