第165話 嗚呼、青春の日々06


「良い湯だね」


 一義は風呂に入っていた。


 一流ホテル故に個室ごとに湯船が存在する。


 一義は一義の部屋の浴場に入っていた。


 露天風呂だ。


 輝かしい星々が天に映る。


 それは太陽とは別の光。


 数光年先の過去の光。


 まだ一義も知らない天井知らずな神秘の結晶。


 天動説と地動説で争乱と裁判が起きる時代の人間だ。


「良い湯ですね……」


 姫々が湯船に浸かってそんな感想。


「だね」


 一義も頷く。


 一義は精神的に未熟だ。


 何度も何度も月子の悪夢を見て涙を流す。


 そしてそれを理解できるのは姫々と音々と花々……かしまし娘に相違ない。


 それ以外の人間は……例えハーレムの女の子たちでも理解の及ばない範囲だ。


 これはかしまし娘のアドバンテージだが、逆説的に一義の自慰行為とも表現できる。


 かしまし娘が本気で案じているのは知っている。


 そもそのために一義はかしまし娘と共に居る。


 が、いつまで自慰が続くかは一義にも計算がつかない。


 よって皮肉ではあるのだがハーレムの女の子たちも必要と云えば必要なのだ。


 特に一義が入れ込んでいる女の子は居るが此処では割愛。


「ご主人様……」


 姫々が一義に寄ってきた。


 湯船が波立つ。


 一応破廉恥禁止であるため二人とも水着姿ではある。


 姫々は一義の腕に抱きつく。


「ご主人様……」


 姫々が云う。


「わたくしを抱いてはくださらないのですか……」


「うん……まぁ……」


 特に気後れせず一義。


 そも、


「そんなことのためにかしまし娘を侍らせているわけではない」


 のだから。


「ご主人様は残酷です……」


「うん」


「ご主人様は酷薄です……」


「うん」


「ご主人様は薄情です……」


「うん」


 特に否定はしない。


 というより出来ない。


 一義にとってかしまし娘とは涙の受け皿でしか無いのだ。


 人間として確立しているため度々忘れそうになるが、


「それでも……」


 と、


「ごめん……」


 と。


 他に言い様が無かった。


「ご主人様はそればかり……」


「見限る?」


 一義の瞳には不安が乗っていた。


 こういうところのメンタルは幼児のソレだ。


 一義は人に好かれること以上に人が離れることを怖がる。


 どうでも良い人間なら別だが姫々はその範疇では無い。


「まさか」


 と姫々は慈愛の声で否定した。


 一義の腕を抱きしめる。


 一義の腕におっぱいを押し付ける。


 そして……一義の肩にコトンと頭部を預けた。


 ラブラブバカップルモード。


 姫々のレゾンデートルである。


 それは音々と花々にも通ずる。


「ご主人様は思うとおりに生きて良いのです……」


 唄うように口にする優しさの言葉。


「わたくしと音々と花々が支えますので……」


「結局こんなことにしか力を使えないんだね……」


「良いことだと思いますよ……?」


 クスクスと姫々は笑った。


「魔術を攻撃手段にしないご主人様は素敵です……」


「ありがと……」


 一義は苦笑した。


 他の表情は選べなかった。


 姫々が真摯に云っていることが分かったからだ。


 馬鹿には出来ない。


 かといって受け入れることも出来ない。


 結論として苦笑であった。


「姫々は優しいね」


「ご主人様のためですもの……」


「ありがと」


「いえいえ……」


「姫々は僕が好き?」


「愛しているの言葉では足りないほど……」


「そうしたのが一義だ」


 とは姫々は言わない。


 かしまし娘にとって一義を責める言葉は紡げない。


 心から愛しているから。


 心を共有しているから。


 それがイニシアチブであり、限界でもある。


 一義という雛鳥の……その巣を飛び立つまでの無聊の慰み。


 それでも、


「ご主人様は……」


「お兄ちゃんは」


「旦那様は」


「尊いものだ」


 かしまし娘はそう言えるのだ。

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