第154話 いけない魔術の使い方23
「矛盾が波の国の姫たるエレナ様の騎士になった!」
それは噂が噂を呼び瞬く間に霧の国と波の国に広がり震撼させた。
一義は噂が浸透するまで霧の国の王城でダラダラしていた。
要するに「矛盾が騎士になった」ことが一般人の常識として調理されるまで待ったのだ。
頃合いを見計らって霧の国を西へ横断する。
港街につくと予約していた波の国行きの豪華客船に乗る。
百人の客がくつろげるほどの巨大な船だ。
一義の部屋のナンバーは百。
VIP専用である。
別に船などに頼らなくとも一義は水面や空中を疾走できるのだが、波の国が一体どちらにあるのか地図とコンパスで確認しながら疾走するのも間抜けなので船旅を楽しむことにしたのだった。
ちなみに一人だ。
ハーレムは置いてきた。
特にアイリーンとフェイは暗殺者に対して驚異的な威力を持つ。
そういう意味では一義が単身波の国に乗り込んでエレナとその護衛を霧の国に残したのは当然と言えた。
乗船して、豪華な部屋で眠りにつき、頃合いにて起き上がる。
個室についているシャワールームで体を洗い、
「また寝るか」
と思っていると、
「一義様。食事のお時間にございます」
船員にそう言われた。
「はーい」
と頷いて一義はバイキング形式の食事のフロアへと行く。
食事を楽しんでいた客たちがどよめく。
「ま、しょうがないよね」
一義は諦めた。
白い髪に白い瞳に浅黒い肌。
どれも人類には有り得ない色だ。
そんな東夷がこんな豪華客船に乗ることがどれほどの不名誉か……理解できない一義ではなかった。
だからといって、
「じゃあ降ります」
とも言い出しづらい空気ではあるのだが。
一義は衆人環視を無視して自身の分の食事を皿に盛ると平然と食事を開始した。
あぐあぐと食べる。
と……一義に声をかける男一人。
「おい貴様」
一義はパスタをあぐと咀嚼し、嚥下すると、男の方を見た。
男は貴族然とした雰囲気を持っていた。
一目で高級と解る衣服。
自身ではこうはいかないと整えられた髪と髭。
何より一義を見下ろす醜悪な視線が庶民と貴族の差別意識を如実に表していた。
護衛なのだろうか。
男の後ろには五人の帯剣した騎士が控えている。
しかして一義は恐れ入ったりはしなかった。
「何?」
食事を再開しながら問う。
貴族の男は一義の平然とした態度に矜持を挫かれたらしく不機嫌になった。
それから持ち直すと、
「何故東夷ごときがここにいる? この船は選ばれた人間だけが乗れるのだぞ?」
「へえ。そりゃ光栄だね。僕は選ばれた人間だったんだ」
一義は苦笑するより他なかった。
選民思想は一義の嫌悪するものの一つだ。
「東夷ごときが何様のつもりだ。今すぐ降りろ。亜人のくせに。分際をわきまえろ」
「そっちこそたかが人間のくせに何様のつもりさ?」
「我は霧の国の男爵の位をミスト陛下に頂いた身だ」
「へえ~。そりゃ恐れ入るね」
全く恐れ入らずに一義は言う。
「なんだその態度は!」
これは護衛騎士の一人の言葉。
剣を抜き放ち一義の喉元に突きつけると、
「降りろと言われたのだから温情ある内に船を降りるのが東夷としての最低限の礼儀であろう……!」
「僕の代わりに男爵様とあんたらが降りれば問題ないでしょ」
うんざりと一義は言った。
差別意識に凝り固まっている人間は相手にするのも疲れる。
ともあれ一義の言葉は男爵と護衛騎士のプライドを強かに打ち、剣を抜くに至らせた。
一義は五人の護衛騎士に半円状に囲まれて剣を突きつけられる。
「つまりこれは喧嘩を売られていると思っていいのかな?」
一義が確認するように問うと、
「ゴミを片すのは喧嘩ではなく掃除と言うんだよ」
どこまでも選民思想に凝り固まっている男爵はそう返した。
「ふぅん」
一義の反応はそっけない。
五つの剣を突きつけられていながらその態度には余裕さえ感じられた。
その意味するところを知らずに男爵は、
「斬れ」
と命じる。
同時に一義に突きつけた剣を刺突する五人の騎士。
次の瞬間、五人の騎士はまるで夢幻でもあったかのようにフツリと消えた。
「は……?」
血なまぐさいことになると信じて疑ってなかった男爵や衆人環視がポカンとする。
それほどあっけなかったのだ。
「さて……後はあなただけですね」
一義は食事を終えてゆらりと立ち上がると男爵へと歩み寄った。
「ひ……誰か……誰か我を助けろ!」
腰が抜けたのだろう。
地面にへたり込みながら男爵は哀願の視線を衆人環視にやるが返ってきたのは冷たい視線だった。
誰とて東夷を相手取ってまで男爵を助ける意義を見出せないようだった。
「我は男爵だぞ……! 我に手を出せば……!」
「どうなったって構わないよ」
トンと一義は指鉄砲の銃口を男爵の胸に当てる。
次の瞬間、男爵もまた護衛騎士と同じ末路を辿るのだった。
「まったく……茶番だ」
うんざりと言を紡ぐ。
それから食事を既に終えたのでプライベートルームへと戻ることを決める一義だった。
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