第153話 いけない魔術の使い方22


 次の日。


 昨夜言うタイミングを逸した一義は午後のお茶の時間にエレナを取り巻く環境の一切を当人に伝えた。


 エレナの反応は驚愕五割、不信三割、悲哀二割で表現された。


「……そんな……エリスが?」


「事実かどうかの裏付けはないけどね」


 一義は躊躇いを持ち合わせてはいなかった。


 ついでに心配りも。


 淡々と言い、紅茶を飲む。


 それからチョイチョイとディアナの席の後ろに控えるキザイアを手招きする。


「…………」


 何の用かと瞳で語りながら一義に近づくキザイア。


 その頭をクシャッと撫ぜて、


「美味しい紅茶だよ。褒めて遣わす」


 花満開の笑顔で褒めた。


「…………」


 この沈黙は失語症故ではなく照れて答えが出てこなかったためである。


 顔を薄い赤に染めてペコペコと礼をすると、逃げるようにキザイアはディアナの後ろへと戻っていった。


「お兄ちゃんズルい!」


「旦那様はこれだから」


 音々と花々が不満を口にする。


「褒められたきゃ美味しくお茶を淹れてみるんだね」


 皮肉って紅茶をもう一口。


「では当面はエレナは安泰、と?」


 これはディアナだ。


 紫色の瞳は珍しく思案するような感情を覗かせている。


「まぁ王都のファンダメンタリストはあらかたぶっ潰したし、残党がいようと問題ないレベルではあるね。キザイアが主の御心にそぐわない暗殺命令をソレと知って実行しない限りにおいては……」


 フルフルとキザイアは首を横に振る。


「うん。わかってるよ。可愛いキザイア」


「…………」


 さらにキザイアの顔の赤みが増す。


「そっちは第一王女エリサ様の刺客なのですよね?」


「情報源を信ずるならね」


「では大元の……第三王女エリス様の刺客は?」


「穏便に諦めていただいた」


 そう言って一義はディアナの私室……寝室ではない……の端に鎮座している仮眠用のベッドを指差した。


 そこでは、


「うへへぇ……フェイちゃ~ん……」


「お姉ちゃん……ちょっと離れて……」


 アイリーンとフェイが金色の瞳に悦楽と困惑を浮かべてはしゃいでいた。


「フェイがこっち側になったのがいい証拠でしょ?」


「ふむ……」


 ディアナが思案する。


「……あの……何かの間違いじゃ」


 エレナは信じられない……正確には信じたくないと表情で語っていた。


「間違いならもっと面倒なことになるよ?」


「……どういう意味でしょう?」


「犯人の手掛かり無しになるって意味」


「……それは」


「僕の情報源を信じないならそれもいいさ。けど何時までも僕は王都にいるわけにもいかないよ。王立魔法学院の学生の身分だからね。それにビアンカやジンジャー……ハーモニーが僕を待ってる。特にハーモニー」


 一義はハーモニーが気になるらしかった。


「ロリコンなら音々がいるよ!」


 幼児体型の音々が主張する。


「ロリコンじゃないよ。もっと……こう……小動物を愛でる様な可愛さがハーモニーにはあるんだ……」


「それをロリコンと言うんだよ旦那様」


 花々は容赦なかった。


「それで……ご主人様はどうなされるのですか……?」


 これは姫々。


「ハーモニーが僕を求めるならソレはその時だと思ってる」


「いえ……そっちではなく……」


「冗談だよ」


「どっちがでしょう……?」


「どっちも」


 紅茶を一口。


「では……」


「うん。まぁ。他に方法もないしね」


 それだけ。


 しかして姫々は納得した。


 わからなかったのはかしまし娘以外のハーレムだ。


 ちなみにアイリーンとフェイはいまだにイチャコラやっている。


 アイリーンのキャラが変わっていることに対してつっこむ者はだれもいなかった。


 とまれ、


「……どういう意味です?」


 エレナが問う。


「そんな難しい問題じゃないよ」


 一義は紅茶を一口。


「要するに誠心誠意全力全開で話し合おうってだけだから」


「ウェイブ王を脅迫すると?」


「誤解だよ。威力的な話し合いだって」


 一義は苦笑する。


「つまり強迫でしょう」


 とディアナは思ったが口に出しては言わなかった。


 少なくとも一義が温和な話し合いだろうが威力的な強迫だろうがウェイブ王に進言するのは決定事項だと思ったからである。


「しかして王立魔法学院の生徒は霧の国の軍属です。話し合うにもこれを強いれば国際問題に発展しますよ?」


「ああ、大丈夫。手は打ってあるから」


 一義の言葉に、


「?」


 クネリと首を傾げるディアナ。


 紅茶を一口。


「先に行われた剣劇武闘会を優勝した猛者がどこかにいるとして、どこかのお姫様がこれをいたく気に入った。その猛者の剣の腕に惚れたどこかのお姫様は猛者を自分の騎士にした。これなら騎士によるどこかの国への来訪は国際問題じゃなくてお姫様の意志の代弁となる……と思わない?」


「なるほど」


 理解するディアナ。


「……一義はそれでいいんですか?」


 困惑したのはエレナ。


「駄目なら先に言って。別の手を考えるから」


「……駄目ではありませんが」


「そ」


 簡潔に頷いて一義は姫々に視線をやる。


「姫々……装飾剣を」


「はいな」


 姫々はティーカップを受け皿に戻すと、背中から装飾過多な片手剣を取り出した。


 それを受け取り、一義はエレナの傍に立つ。


 そして右手に持った装飾剣で左手を貫く。


 剣は血に濡れ……そして一義は血塗られた剣をエレナに捧げる。


「この剣と血にかけて御身の騎士と成ります。受け申されるや否や?」


 エレナは剣を受け取った。


「この剣と血に信ずればこそ貴殿を騎士と認めます。私の尊きを守る剣となりなさい」


 こうして簡略ではあるが一義はエレナの騎士となった。


「ディアナ」


「はいな一義様。わかってますよ。矛盾がエレナ専属の騎士となったことを波の国に伝えればいいのでしょう?」


「うん。今日から僕はエレナを守る騎士だ」


「矛盾を解放されるのですね……」


 苦笑いをする姫々。


「どうせ後付で理解するんだから問題ないでしょ?」


「それはそうかもしれませんが……。それより左手の出血はどうされますか?」


「アイリーン。僕の怪我治してくんない?」


「ふぇへへへぇ。フェイちゃ~ん」


「おーい……」


 アイリーンの目に一義は入っていなかった。


 ボタボタと左手から血を垂れ流す一義。

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