第140話 いけない魔術の使い方09

 一義は殺気を感じた。


 それは花々も同様だった。


 殺気の発生から一義と花々が覚醒するまでに要した時間はコンマ単位で数えなければならないだろう。


 それほど一義の対応は早かった。


 花々も同じく。


 一義と花々が起き上がったベッドはキングサイズだ。


 そこには一義と姫々と音々と花々とアイリーンとディアナとエレナとジャスミンがいた。


 当然キングサイズのベッドと言えどこの人数はまかなえない。


 女王陛下の寝室ともあって間は広く取られており、その広さにものをいわせてキングサイズのベッドを横並びに四つ揃えているのである。


 一義と花々と招かれざる客以外はグースカと寝ている。


 しかして責める気には一義はなれなかった。


 それは花々も同様だろう。


 一義と花々の感覚が鋭敏すぎるだけなのだ。


 決して他の人間が鈍感なわけじゃない。


 体面上のディアナの護衛である蛇炎の騎士ジャスミンも起きる気配はない。


 承知の上だ。


 そもそもそのために一義と花々は王都に呼ばれたのだから。


 草木も眠る丑三つ時。


 魑魅魍魎が跳梁跋扈する時間だ。


 不逞な輩にもちょうどいい時間なのだろう。


 苦笑する。


 月光がカーテンの隅から漏れていた。


「シダラなら夜歩きしている時間だな」


 特に意味はないが率直にそう思う。


 ここまで一秒もかかってはいない。


 さらにコンマ単位で時間が流れる。


 一義は寝巻に隠していた槍の穂先だけを取り出したような暗器……クナイを両手に構えるのだった。


 花々は意識を明瞭にすると赤い瞳に爛と戦いへの欲望を燃やす。


 体勢を整える。


 膂力をためる。


 元より鬼……大陸西方で云うところのオーガ……は戦闘行為というモノに関してレゾンデートルを感じる仕様だ。


 厳密に花々がオーガと言えるかは後の議論としても、花々がそれに準じて戦闘行為が大好きなのは否定できない。


 まして相手が強ければ強いほど燃えるタチである。


 そして音々の斥力結界で囲っており鉄壁であるはずのディアナの寝室に現れた不逞の輩……暗殺者は毒ナイフを持っていた。


 生命を奪うに十分すぎる武器だ。


 一義は暗殺者をザッと見る。


 物腰。


 体勢。


 そんなものだ。


 少なくとも毒ナイフ以外の武器は持っていない。


 そう結論付けた。


 とは言ってもあらゆる毒への耐性を持っている一義や、そもそもにしてナイフの刃などでは掠り傷すらつけられない強靭な体を持っている花々はともかく、当人にして被害者候補のエレナではとても抵抗できるとは思えない。


 そうなったらそうなったで取り返しはつくのだが、だからといって殺されるのを見るのも忍びない。


 そんなわけで一義と花々は暗殺者に対抗する決意を固めた。


 判断が一瞬なら行動も一瞬だ。


 一義は隣で夢うつつに寝ている音々を叩き起こそうとする。


 花々は暗殺者目掛けて襲い掛かった。


 花々と暗殺者が交錯する。


 一方的に花々がやってしまうと考えていた一義だったが、そうは問屋が卸さない展開に相成った。


 膂力はともかく速度では花々に追いついているのだ。


 決して筋力が優れているというわけでもない。


 むしろソレはリミッターを外したが故の恩恵だろうと一義は悟る。


 花々が善戦をしているが暗殺者もわきまえているのか致命的な一撃はするすると回避して毒ナイフをエレナに投擲する隙を窺っていた。


 掠りでもしたらゲームオーバーだ。


 そう言う意味では有利な状況とは言い難い。


 ともあれ一義は音々を叩き起こす。


「うに……むにゃ……なぁにお兄ちゃん?」


「暗殺者……敵だよ。起きて」


「花々に任せようよ」


「合体技を使うよ。漸近境界の準備を」


「はぁい」


 くあ、と欠伸をして音々は目をこすりながら魔術に投影に意識を割く。


 一義の無詠唱ノーモーションの魔術が起こる。


 斥力だ。


 ポーンと天井近くまで垂直に放られる暗殺者。


 そして音々がパチンと指を鳴らし、


「漸近境界」


 と漸近境界を暗殺者の落下地点の床すれすれに床と平行に展開させる。


 落下した暗殺者は漸近境界によって身動きが取れなくなった。


 飛ぶ矢のパラドックスを具現化する漸近境界は近づきはすれど辿り着けずという性質を持ち……つまり暗殺者は今漸近境界に向かって限りなく落下してはいるものの空間座標は変わらないという不可思議な事態に陥っているのである。


 座標は変わらずとも落下し続けていることは事実であり、自然落下の際に起こる負債は背負ったままであるから仮に音々が漸近境界を解けば相応の衝撃をもって床と衝突するだろう。


 空中を移動する魔術か空間を移動する魔術でもなければ音々が展開し続ける漸近境界によって自然落下し続ける状況は打破できない。


 そして空間を渡れる能力が暗殺者にあることを一義は十分に承知している。


 花々も同様だ。


 決断は早かった。


 花々は漸近境界に四苦八苦している暗殺者の頭部を掴むと、まるで卵を安易に握りつぶすかのように破砕してみせた。


 脳漿と血流とが飛びだしたが、ソレらは時間が経つと消え失せる。


 死体も残らず消え去った暗殺者の末路に困惑する花々とは対照的に、一義はやはりと納得するだけだった。


 状況証拠しかなかったが一義は此度の暗殺者の正体にだいたいの予想がついていたのだ。


 であるから今後の予定を速やかにたてる。


 そして背伸びをして寝なおすためにベッドに寝転がった。

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